プロローグ2~王国と帝国

 鉛色の雲が垂れ込めていた。

 そんな空の下、ぽつぽつと森林が散見される広々としたラヴロン平原を何万という人間が覆い隠していた。


 北方に陣取る軍勢の本隊が掲げる旗は

 黒地に双頭のドラゴンの意匠いしょう――ヴォルドノヴァ帝国。


 対する南方に陣取る軍勢の本隊が掲げた旗は

 白地に月と太陽とを描いた意匠――アリエミール王国。


 その他、軍勢の配下にある軍団は本軍の旗とは別に、己の軍の、己の家紋を描いた旗が翩翻とする。

 両者が対峙して三十分余り。

 両軍の緊張感は今にも破裂しそうなほどに膨らんでいた。


 最初に動いたのは帝国軍。

 ラッパの音と共に先陣を切ったのは傭兵隊だ。

 武器や装備は一定しない。胸板のみという軽装備がいれば、全身を鎧に包んだ重武装もいる。

 騎乗者もぽつぽつといるばかりで、歩兵が主体だ。

 だがその分、数が多かった。彼らが雄叫びと共に王国軍に襲いかかる。

 王国軍側の傭兵集団も負けじと雄叫びを上げて、ぶつかる。

 実力は伯仲。たちまち混戦となった。


 そこは帝国軍側、王国軍側の傭兵集団の後方に控える第二陣――派手な装飾の甲冑に身を包み、整然と並んだ騎馬隊、貴族を中心とした軍隊が動き始める。

 帝国、王国両軍は敵を包囲しようと両翼を左右に大きく広げる。

 加速しながら左右に広がり、敵の機先を互いに制しようとしてぶつかる。

 馬から引きずり下ろされる者、槍を突き出し、火花を散らす。

 帝国軍が徐々に押し始める。

 王国軍の整然とした動きは突撃するまでの話。

 いざ敵とぶつかれば、簡単に押し負け、隊伍が乱れてしまう。

 帝国軍側は明らかに戦に鳴れ、練度においても優れていた。

 騎馬隊が押しまくられれば、帝国騎馬隊の圧力を王国側の傭兵たちは直接的に受ける羽目になってしまう。

 傭兵集団は王国への忠節心などない。目の前で、王国を支える貴族たちが負ける姿を見せられては指揮を保つことは無理だ。

 圧力を支えきれなくなった王国軍の傭兵は算を乱して逃げ出す。それを追撃する帝国の傭兵集団、騎馬軍が深く深く王国軍を食い込む。

 騎士達は軍の指揮官を守ろうと必死の抵抗を試みるが、最早先陣が半ば瓦解した状況では難しい。


 王国軍の完全な崩壊までもう少しというその時――。


 五色の鮮やかな色をつかった旗を、王国軍旗、さらに王家の紋章――王冠と剣と盾を意匠化したもの――共に掲げた騎馬の一団が、森より突然と飛び出して来た。

 その集団は真っ直ぐ混戦状態の帝国軍の脇腹を突く。

 錐のように鋭い突撃を横っ腹に受けた帝国軍は一気に崩れた。

 退こうにも、帝国軍は王国軍の不覚にまで浸透してしまっている。

 まるでボロ布を引き裂くように呆気なく、帝国軍は分断する。

 まず傭兵集団が算を乱して退却を始めた。

 帝国軍の騎士たちが本軍を守ろうと退けば、最早軍は形を成さない。

 まるで雪崩を打つように軍全体がぼろぼろと崩れていった。

 帝国軍は撤退を開始する。


 王国軍は深追いを避けて追撃をしなかった。

 王国軍は、敵軍の屍の転がる大地で勝ち鬨の声を空にこだまさせた。

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