もうちょっとだけ続く~016
通訳みたいな小柄なアジア人に何か話す。そしてその通訳が――
「好きな物を頼め、と言っている」
奢ってくれる訳かよ。話をする対価か?まあ、ご厚意に与ろうか。
そうは言っても酒は程々で、後は適当に頼んでもらった。この後初詣に行かなきゃいけないからな。
「で、話ってなんだ?」
こしょこしょと通訳が訳し、ロペスが酒を煽って言う。何言っているか解んねえが、やっぱ通訳が訳してくれる。
「緒方はマーク・フェルナンドと戦うのか?と言っている。彼は自分の挑戦を避けた臆病者だ。そんな彼よりも自分と戦った方が観客も盛り上がるのでは?と」
「俺が知るかよ。オファーがあったら戦うだろ、誰とても。隆は年間4から5試合するような奴だぜ」
隆のベストはライト級だと言った。だが、階級を上げるに伴って体重を増やさなければならない。だが、ただ体重を増やすだけじゃだめだ。筋力も増強し、スピードが衰えないよう、努めなきゃならねえ。
隆の練習は俺が見ただけでも過剰だ。だから体重なんか簡単に落ちちまう。筋トレと食事で筋力を上げてどうにか落ちるのを防いでいる。
「隆が年間試合数が多いのはな、自分の筋力とスピードの仕上がりを試す為だ。結果が伴うから練習は間違っちゃいないと実感するためだぜ。究極的に言って世界挑戦もその課題の中に入ってんだ」
だから誰とでも試合をする。オファーがあれば格下でもやる。よってアレハンドロ・ロペスが戦いたいと言ったらノンタイトルでもやる。
あいつの中じゃ負けたら即引退だし、常に気を引き締めているから、いつでも誰とやってもあまり変わらない。勿論、タイトル戦とかはまた別の問題も入っちまうが、基本的にはそうだ。
また通訳がこしょこしょと。つうか、まどろっこしいな。
「俺じゃ無く隆に直接言えよ。そっちの方が話は早いだろ」
「どうやって?」
通訳が直接訪ねた。答えを聞いてそれを伝えようって事だろう。
「明日仲間内で会うことになってんだよ。そこに連れてってやるから、本人に戦うかどうか聞けよ」
少し躊躇したが、当たり前か、世界チャンプを大勢の前に晒す訳にはいかないからな。だが、やっぱり通訳した。
「オオサワ、ツレテイケ」
本人の口から連れて行けと出たが、他のスタッフ連中はどうなんだ?
「アンタ等はいいのかよそれで?アレハンドロ・ロペスはスターだぜ?スターを仲間内の祝いの席に出していいのかよ?」
スタッフは渋い顔だったが、ロペスが行くと言う事を聞かない。折れたマネージャーが、自分と通訳同伴なら、と許可を出す。
「じゃあ明日の夕方6時に迎えに来るからここにいろ。いなかったら縁が無かったって事で帰るからな。遅刻すんなよ」
通訳がムッとしながらも伝える。ロペス、にかっと笑いながらOKと。
じゃあ話は終わりだな。そう思って席を立つ。
「ドコニイクノダオオサワ?」
まだ料理が残っていると、出された皿に指を差す。
「これから用事があるんだよ。ガイジンには解んねえだろうが、元旦にやらなきゃいけねえ事は山ほどあるんだ」
初詣とかな。
「OKOK、引きとめて悪かった大沢。では明日、迎えをよろしく頼む」
通訳が握手を求める。それに応じる俺。なんか知らねえが、ロペスも執拗に握手を求めてきやがった。まあ、応じたけども。
で、白浜大社。深夜と比べて人の数は多少落ち着いたようだが、まだまだ参拝客はいる。そうじゃなくとも白浜のホテルはほぼ満室。昨日泊った客がそのまま連泊して観光に当てていると思われる。
そんな訳で、何となく列に並んで参拝し、おみくじなんかも引いてみた。
「末吉かよ」
まあ、そんなもんだろ、俺ならばな。
結んで帰ろうとした時、呼び止められた。
「国枝じゃねえか」
「やあ、まさか今日会えるとは思わなかったよ」
屈託なく笑う国枝。明日は休みを取ったんだっけか。
「昨日の試合、録画で見たよ。凄かったね」
言いながらもそんなに凄いって感じじゃない、ただ、本当に嬉しそうだった。
「凄いって……お前、実はそんなでもねえと思っているだろ?」
「……参ったな、ばれたかい?」
頷いた。嬉しそうなのは間違いないが、結果を知っていたような。
「視た、のか?」
「……実は……」
バツが悪そうに顔を伏せて。いいだろ別に、お前も修行中の身だ。視ちゃっただけだろ、結果的に。
「勝つところ、どうやって勝つかまで視たんだな?」
「……うん…」
「じゃあ良かったじゃねえか。お前の先視も磨きがかかったってこったよ」
「制御ができないのが何ともだね……」
国枝曰く、お告げのようなもんだと。望んだ訳じゃないと。だから、いいだろ。これからだよ、これから。欲を言えば、俺が浮気する未来を見て止めて欲しかったけども。
で、と、切り出す。
「お前が視た未来。それだけじゃねえだろ?」
俯く国枝。当たったと言う事だ。
「良くない未来か?」
「いや、そんな事はないよ。ただ、緒方君の頑張りを先に見たような気がして……」
引け目に感じているって事か。
「じゃあ俺が知っている未来と照らし合わせようぜ」
「え?大沢君は何を知っていると言うんだい?」
「まあまあ、じゃあ俺から行くぞ。近い将来、隆は統一チャンプになる」
「……それはちょっと卑怯じゃないかい?」
笑いながら。と、言う事は、ビンゴだってこった。
「じゃあもう一つ予想しようか。最初の統一戦はアレハンドロ・ロペスだ」
マーク・フェルナンドが最初に指名する可能性も十分あるが、あいつは確か防衛戦を2月に控えていた。だから隆とやるのはその後だが、ロペスの方は今でもいいって感じだった。
「え?そこは違ったようだね。僕が視たのはアレキサンドラ・ビガンって選手だよ」
怠け者のビガンが!?一体何で!?
「意外だったようだね。その驚いた顔は」
「意外なんてもんじゃねえよ……あいつは試合をしたがらねえんだぞ?言われて乞われてそれを何度も繰り返してようやく腰を上げるような奴だ。それなのに、よりによって隆との統一戦をするとかよ……」
「言われているような怠け者じゃないんだよ」
「ど、どういうことだ?」
「怖いんだよ、相手選手を殺すのが」
殺す!?また物騒なワードが出たな……って、いや、ちょっと待て……
「……ビガンは確か、試合中の事故で相手選手を死亡させたことがある……」
「一発の破壊力は緒方君に迫るものがあるからね。ひょっとしたらそれ以上かもしれないよ」
それゆえの事故、か……
「緒方君相手なら遠慮はしない、と言うよりもできないだろうし、全力で戦える貴重な選手だよ。ビガン選手にとってはね」
尋常じゃねえタフさと、神がかったディフェンスの隆相手なら、殺す心配がねえから……?
「大沢君が言ったロペス選手は最後の統一戦相手だね」
統一戦に一番乗り気なロペスが最後だって?また運命ってのはおかしな具合で回るもんだな……
言った後に我に返る国枝。そして心底申し訳なさそうに。
「今言った事はここだけの話にして貰えるかい?」
笑った。まあ、そうだろうな。
「勿論いいぜ。お前の予知が当たるかどうか、俺だけの楽しみだ」
「そう言って貰えると助かるよ」
安心した顔になって。
「ところでお前、仕事は?」
「あ、少し話し込んじゃったね。じゃあ大沢君、明日に」
おう、と言って別れた。明日は仲間が集まる。その中に国枝もいる。
つうか、明日ロペスを案内するっつってしまったな。まあいいか。料理は確か立食式だったし。隆や玉内に遠慮して。
玉内は兎も角、隆は寧ろ食わなきゃいけねえんだけどもな。。
さて、今日は祝勝会……つうか、新年会の日だ。隆自身は正月明けに講演会とかジムの関係者とかとまた祝勝会をやるようだが、今回は仲間内だけだ。
とは言えゲストは来るけどな。
「チャンピオン、俺が言い出した事だが、揉めるような事は言うなよ?」
一応念押しだ。国枝の予知もあるからいきなり試合になる様な事は言わねえと思うが。後は喧嘩とか。
「OKOK。ダイジョウブダイジョウブ」
大丈夫としか言えねえよな。通訳とマネージャーが不安な顔になっているけども。
そんな訳で、割烹くにえだに到着。暖簾をくぐると、仲間はほぼ集まっているようだった。
「……こんばんは大沢君……そちらの方は?」
国枝の嫁が小首を傾げて聞いて来る。
「ああ、ちょっと訳ありでな。いきなりで悪いが、立食だから問題ねえよな?」
「……うん、それは大丈夫だけど……」
なんか不安そうだ。だからこいつの説明は玉内に丸投げしよう。ぶっちゃけ面倒だし。
「玉内は?」
「……来ているよ。呼ぶ?」
「ああ」
国枝嫁、とことこと二階に上がっていく。立食だが座敷にしたのか?
ややあって玉内と仲間数名が国枝嫁を先頭に降りて来る。
「なんだよ大沢、お前もくりゃいいだろ……って!?」
仰け反る玉内。東山がこいつ誰だと俺に問うてくるが、玉内が先に口を開いた。
「IBFウェルターチャンピオン、アレハンドロ・ロペス!?なんで大沢と一緒にこの店に!?」
顔を合わせる仲間たち。そしてややあって――
「「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええ!!!?」」」」」」」
まあ、そういう反応になるよな。何しに来たってさ。
アレハンドロ・ロペスは通訳に何かこしょこしょと。通訳が言うにはだ。
「緒方はどこだ?俺と戦え」
東山がやっぱアワアワして聞いて来る。
「チャンピオンは緒方と試合しようってわざわざ言いに来たのか?」
震える指をロペスに向けて。
「マーク・フェルナンドが試合の要望していただろ。先を越される前に自分とやれ、ってよ」
国枝からアレキサンドロ・ビガンが統一最初の相手だって聞かされたけども、ここでは言う必要もねえし、何より内緒にしてくれって頼まれたしな。
「や、やっぱ目当ては緒方か……あいつはまだ来てねえよ。チャンピオン、待つ間にちょっとした日本料理はどうだ?ここの飯は旨いぜ」
OKOKと言って二階に上がっていくロペス。俺は一階の椅子に腰を下ろす。
「大沢、上がらねえのか?」
「ああ、ちょっと休憩だ」
正月からなんか騒がしいからな。少しまったりしてえ。
「……そう、ビール出す?」
そりゃ有り難い。頼もうとしたが、既にジョッキに注がれていた。
「手際が良いな。流石女将」
「……これでも割烹経営しているんだよ?」
クスリと笑って。経営者だからって客の要望全て叶えられるもんじゃねえだろうに、気を遣ってくれてんだな。
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