もうちょっとだけ続く~015

 元旦。一年の始まりの年。めでたい日だが、起床したのは昼だった。

 何故なら、昨日の隆の世界奪取で仲間全員が盛り上がり、割烹くにえだで騒いでいたからだ。

 つっても定休日なので料理の類は無い。酒類しかないのでコンビニで適当につまみを買って盛り上がっただけだ。女将さんは会場を貸しただけだが、帰る時に片付けくらいはした。

 なので正月早々二日酔いだ。夜にはアパートに親が来るが、とてもじゃねえが出迎えできる状態じゃねえ。

 痛む頭を堪えてコンビニに向かう。スポーツドリンクと食いたくねえが飯を買う為だ。

 ついでにスポーツ新聞を買った。当たり前に隆の世界奪取が記事になっている。ランディの容態が詳しくはまだ知らねえだろうから、憶測で再起不能の怪我とか瀕死の状態とか書かれている。

 まあ、あの試合じゃそう書かれてもしょうがねえが、そういう所が隆が記者会見とかインタビューをあまりやりたがらない原因だ。言ったところで憶測だの考察だのと記者の自論を伸べられるだけだからな。

「おお、大沢じゃねえか。今起きたのかよ。俺も人の事言えねえが」

 あん?と思って振り向くと、東郷の野郎が娘と一緒にコンビニに入る所だった。

「おう、お前も昨日馬鹿みたいに飲んでいやがったな。お前の場合は嫁の実家に泊まっている身だから、昼過ぎまで寝ちゃいられねえだろうけど」

 屈んで東郷のガキ、悠里の頭を撫でて言った。

「おっちゃん、あけましておめでとう」

 悠里がぺこりと新年のご挨拶をしやがった。やっぱ女の子は可愛いなと思い、丁度いいと言ってポチ袋を購入。それに金を入れてお年玉だと言って渡した。

「おお、良かったな悠里。ちゃんとお礼言えよ」

「うん。おっちゃんありがとう」

 またぺこりと頭を下げた。ポチ袋を両手で握りながら。可愛いが、おっちゃんは勘弁してくんねえかな。

 その悠里は親父から許しを貰ってコンビニでおかしを物色する。

「4歳だよな。やっぱ女の子は可愛いな」

「お前も女作って子供も作りゃいいだろ」

 全く以てその通りだ。他人を羨ましがっている場合じゃねえのは事実。だけど、女共のネガキャンされていた身としては、それが許されねえんだよ。

「だが、今年からは違う筈だ」

「麻美がネガキャンやめようって言ったからな。あいつが始めた事だけど」

「お前の女房のおかげで大変だったんだぞ。お前も何とか言ってくれても良かっただろ」

「いや、事実だしな……庇いたいけど庇う要素が見当たらなかったし……」

 いや、そこ言われちゃしょうがねえし!俺だってそう思ったから今までネガキャンを甘んじて受けていたんだし!

「明日の新年会でフリーな女に付き合ってくれっつってみたら?案外いいよって言ってくれるかもいんねえぞ」

「フリーな女って?」

「えっと、佐倉と、里中。中条に友利……」

 全員却下案件じゃねえか。特に里中と友利はネガキャンやった側だし。

「そうだが、佐倉と中条は別にいいだろ?あとは森井もいたっけか」

「森井は彼氏がいるってよ」

「そうなのか?そんな話聞いた事ねえけど。麻美は知ってんのかな?」

 知ってんだろ。森井とマブダチだぞあいつは。

「つうかお前までそんな事言うんじゃねえよ。そうじゃなくとも今晩親父とお袋からその話でそうなんだし」

「そりゃ、周りが結婚していく中でお前だけ独身とか、心配するだろ」

 そりゃそう思うだろうが、別にそんなに焦んなくてもいいだろって話だよ。そのうち出来る。今年から邪魔が入らねえし。

「ぱぱ、これ」

 悠里がお菓子を東郷に向けて出した。

「お、それが良いのか。解った。ちょっと待って」

 自分もコーヒーを取る。

「大沢、お前買い物は?」

「ああ、今から買うよ」

「なんなら昼飯一緒にどうだ?ウチ来いよ」

 苦笑いしながら首を横に振る。

「流石に日向の家には行けねえだろ。お前の嫁の家だぜ?」

 そこに旧友とはいえ男呼んでいいのか?

「おかしな遠慮しなくてもいいんだが……」

「遠慮じゃねえ。俺が単純にちょっと困るだけだ。じゃあな。悠里、またな」

「うん。おっちゃんまたね」

 手を振る悠里。やっぱ女の子は可愛いな。俺も子供女の子が良いかな。相手すらいねえけど。

 ともあれ、お目当ての水と弁当を漸く買った。帰ってこれ食ってまた寝るかな。

 そして夜。親父とお袋がやって来た。つっても実家からほど近いアパートだ、正月だから来たって訳じゃねえ。

「おう、これ」

 親戚に配るお年玉を親父に全部預けた。わざわざ親戚周りするほど暇じゃねえからだ。

「何ならお前が渡した方が喜ぶってもんだろ」

 そうじゃねえよ。金貰えれば誰だっていいんだ。間違うなよ?

「まあまあ、俺も親戚の前に出て、なんで引退したって責められちゃ堪んねえからな」

 俯く親父とお袋。親戚一同、俺が引退した事を暗に非難している。まだやれるだろうと。その最たる存在が親父とお袋だ。

 目の負傷も完全回復って訳じゃねえが、まあ、回復したし、事実ランディ・クロス以外に負けた事はないから。

 親父とお袋は俺のプライドなんか知ったこっちゃねえとばかりにせっついたからな。オッちゃんに言われてもう言わなくなったが。

「た、隆、やったじゃないか。あのチャンピオンを完全粉砕だ」

「言っただろ。俺より隆の方がつええって」

 また顔を伏せる親父とお袋。話題チェンジに失敗して息子の心の傷を広げたんじゃねえかって自責で。

「お、お前は今は充実しているのか?体育教師」

「充実?どうだろうな……考えた事もねえな。教員免許取っといて良かったとは思っているが、まあ、やりたい事見つけたしな」

「なんだそれは?」

「白浜にボクシング部を作ってインターハイ優勝を目指す」

 言ったら呆けた親父とお袋。ボクシングにはもう関わらねえんじゃ無かったか?って顔だ。

「俺は所詮あそこまでの選手だが、俺よりも、いや、隆よりも強い選手は育成できるかもしれねえ。何だかんだ言ってボクシングから離れられねえんだって昨日実感したんだよ」

「そ、そうか…!」

「おう、まあ、学校側に許可を得てからには当然なるが、まあ大丈夫だろ。世界チャンピオンの母校だ。ボクシング部創設は比較的簡単にできんだろ」

「そうだよな!お前の言う通りだ!将来の世界チャンピオンがまた白浜から出るかもしれない。その指導者となればいいんだよ!」

 なんかやたらと興奮する親父。やめた事を咎めたのを負い目に感じていたんだろう。しかし、別の形で復帰するんだ。言っちゃなんだが、自分の罪悪感も薄れるってもんだろう。

 ところで、と、豪快に話を変えるお袋。

「お前、家には帰って来ないの?」

「うん?別に帰ってもいいが、誰かにお前はパラサイトかと言われてな。いい歳した大人が親と同居とか、やっぱそう思われんのかなとか思っちゃうと、躊躇するっつうか」

「俺が言った事がそんなに引き摺っていたのか……」

 超ビックリして親父を見る。この親父が言ったのかよ!だったら余計帰れねえだろ!つうかそれトラウマになってんのかもな、誰に言われたか忘れるくらいには!

「だけどお父さん、ウチ増築したんだし……」

「あのよ?彼女もいねえ身なのに、なんで二世帯住宅に増築すんだよ?言っとくが、結婚したとしても、暫く同居はねえからな!」

「「なんで!?」」

 声を揃えて言われてもだよ。

「今時同居なんて女の方が嫌がるからだ。俺のダチだって同居している奴3人くらいしかいねえんだぞ」

「「3人もいるよな!?」」

 声を揃えて言われてもだよ。3人しかいねえんだよ。蟹江と木村と松田だけだ。

 しかもその全員が会社起こしている社長さんだぜ?だったら社長夫人としての権限得られるから有りだろ。

 対する俺んところは平凡なサラリーマンで、俺は体育教師だ。同居するメリットがねえだろ。

 つうか元旦早々親の希望を押しつけんな。俺には俺の人生があるんだよ。

 なのでやんわりと追い返した。これから出かけるからと。改築した家を見に来いと何回か言われたが、そのうちなと濁した。

 さて親も帰った事だし、元旦だからっつっても腹は減るしでな。外に食いに出るか。やっている店は限られているが。

 初詣もしとかなきゃいけねえから白浜大社の方に行ってみよう。

 白浜大社は南白浜の端っこにある、結構でかい神社だ。国枝が働いている(で、いいのか?)神社でもある。

 と、言う事は、南白浜に行く事になるな。あっち方面ってなんかあったか?

 一応電車で向かう。酒が飲みたくなるかもしれねえから。

 やっているのはファミレスくらいしかねえ。後は回転ずしか。隆一押しのとんかつ屋は休みだ。個人営業はそんなもんだろ。

 それにしても、ここいらも結構ビジネスホテルが建ったな。昨日の試合を見に来た奴も、このホテルのどこかに宿を取っただろう。

 そういやホテルの一階には居酒屋があったような。ビジホが沢山あるのでどこに入ってもいいが、混んでいるだろうな。

 そんな訳で、比較的混んでいない店を探す。あったと思って入店したら、それはビジホじゃなく一般ホテルだった。と言う事は料金も高いって事になる。

 どおりで他より空いている訳だ。出たいがもう入店しちゃったしな……

 そして、居酒屋じゃなく割烹だった。割烹なら国枝の嫁の店でなじみがあるが、ここはお高いんだろうなぁ……

 しかも一人客俺だけとか。他は家族と来ていたり、旅行と思しき外国人の集団だったり……って!

「アレハンドロ・ロペス!?」

 つい声に出してしまった。他のお客が俺を向く。当然アレハンドロ・ロペス一行も俺を見た。

 ヤベエと思って顔を背けるが、ロペスがなんか見た事がある顔だって感じで寄って来た。

 そして俺の顔をまじまじと無る――

「……オオサワ?」

 何で知ってんだ!?俺は負けて引退したから興味がねえだろ!?

「やっぱりオオサワ!」

 なんかフレンドリーに握手を求めて来た。つうか日本語随分うまいな?

「ナルトを読むためにイッショケンメ勉強しましター」

 強引に手を取られて握手させられる。つうかナルト読むために日本語の勉強したのかよ…忍者はやっぱ有名だな。

 何しに来たんだ?と、問われて、飯食いに来たんだと言ったら、じゃあ一緒に食おうと、これまた強引にテーブルに引っ張られた。

 お前世界チャンプだろ?こんなフレンドリーでいいのかよ?つうかな?

「あの、俺なんかほっといて、スタッフたちと一緒に飯食った方がいいと思うんだが?」

「なにを言ってるンダー?君とハマシがしたかったからよかったヨー!」

 ハマシ?ああ、話か?

「なんの話だ?俺は引退した雑魚だぜ?そんな俺に何の話を聞きたいってんだよ?」

「勿論、オガタ」

 だろうな。俺と隆が同じジムだってのも知っている訳か。つうか昨日試合観ただろうに、今更何の話だよ?

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