もうちょっとだけ続く~014
『あーっと!緒方選手、チャンピオンに左フックを貰った!!』
隆の顔面が横に跳ね上がった。ランディが一瞬安堵した表情になる。
『しかし、瞬時にボディへの強打!チャンピオン、折角のチャンスを不意にしてガードに戻った!!』
やっぱりランディは隆の破壊力にビビっている。顔面を打って離したかったが、あの馬鹿は直ぐにボディへの強打をした。それにビビってまたガードを固めた。
ガードを固めた相手には有効打は打てねえぞ隆。ボディへの執拗な攻撃の意味は何だ?
ひょっとしてだが……
「あの野郎……ボディへ注意を向けさせて、顔面の隙を作ろうとしてんのか……?」
だが、それは悪手だ。ランディ・クロスの最も恐るべしは洞察力だと言っただろ。そこまで読んでるぞあの野郎は?
ランディのガードが一瞬下がった。ボディへの攻撃に注意を向けて、一層固めようとした。そう思っただろう。
『緒方選手の右フック!!!』
入ったと殆どの奴が思った筈。だが、これもランディの作戦だったら!?
『チャンピオン!その右フックに被せた!?カウンターか!?』
やっぱそういう作戦だったかよ!!隆の作戦を読んだランディはそれを逆手に取って……え?
『緒方選手、急停止!結果チャンピオンのパンチが空を切った!!!?』
「なんだって!?」
『緒方選手、得意のリバーブロー!!!チャンピオン、もろに喰らったあああああああああああああああああああああ!!!!』
あの野郎!ランディの洞察力を逆手に取りやがった!顔面狙いとカウンターを出したランディだが、右を引っ込めてリバーを狙いやがった!
読み勝ちしただと!?あのランディ・クロスに!?俺なんか一回もした事が無かったんだぞ!?
『……緒方選手、ボディに執着していましたよね。一連は全てフェイク。リバーに打ち込む為の囮でしたか……!』
そうか!!あの野郎、ボディに執着している振り、じゃねえ、していたんだ!若干下がったガードはランディのフェイクだが、そんなの知ったこっちゃねえ、ボディに入れたいが為のフェイクの右フックだったのかよ!!どんだけ頑固なんだあいつは!?
『そして右アッパー!!!ここで決まった、得意のコンビネーション!!!』
ランディの顎が上を向いた。これで決まっただろ!って!?
『あーっと!とどめの左ストレート!』
『ではありません!左のコークスクリューです!緒方選手は今オーソドックススタイルで構えています!緒方選手のコークスクリューは脚がキモなのですが、右コークスクリューはサウスポーに構えなければなりません!ですが左は……』
スイッチの時間が短縮できる!隆は右利きなので左は破壊力が若干落ちるが、問題じゃねえ!!
ランディはロープをしならせて仰け反った。リバーから右アッパー、そして左コークスクリュー。全部まともに入った。隆の勝ちだ!!!
そのランディがロープのしなりで戻って来る。あれ完璧に気を失っているな……っておい!!
『緒方選手、追い打ちの右スマッシュ!!また仰け反ったぞチャンピオン!!』
ここでスマッシュを打つのかよ!どこまで非道なんだお前は!?
『あーっと!チャンピオン、リングアウト!!!緒方選手のスマッシュに押された形でリングから落ちてしまいました!!!玉内さん、この場合は!?』
『WBA は10カウントまで戻ってくればオーケーですが、それは不可能でしょう』
「不可能に決まってんだろ!!隆の野郎、ホントに頑固だな!!!」
思わず立って叫んだ。仲間全員、こっちを見た。
「大沢、そりゃどういう事だ?」
河内が代表のように問うてくる。まあ、答えるが。
「隆はランディをボクサーと認めちゃいねえ。そう言ったよな?」
「あ、ああ」
「ボクサーじゃねえ奴がリングにいる事はおかしいだろ!?だから追い出したんだよ、リングの外に!スマッシュはリングアウト狙い用に開発したんだ!里中が言ったように、押すパンチだあれは!」
思えば序盤、スマッシュを打った時もロープ際まで一気に追い込んだ。破壊力は当然あるが、真の目的はそっちだろ!!
『おーっと!ここでレフェリーが試合を止めた!!』
『セコンドからタオルが投げられましたね』
って、事はだ!!
隣の河内と顔を見せ合う。
レフェリーが隆の腕を取って高々と上げた!!!
『勝者、挑戦者、緒方隆!!3ラウンド1分46秒TKO!!!勝利を収めましたああああああああああああああああああ!!!!!』
歓声がすげえ事になった!周りを見ると、ダチたちが万歳していたり、女共は抱き合って泣いていたり。
オッちゃん達も隆に駆け寄って肩車までしやがった。なんか憧れがあったとか言っていたな、自分の所のチャンピオンを肩車するっつうのに。
『ランディ・クロス。タンカに乗せられ運ばれて行きます。気を失っている様子。ピクリとも動きません』
『場外に落とされた経験なんてないでしょうし、受け身の取り方も解らないでしょうしね。何より、緒方選手の強烈なパンチを顔面に喰らったんです。怪我が深刻じゃ無ければいいですが……』
言いながら心配しているツラしてねえぞ玉内。寧ろ若干笑ってんじゃねえか。
『若菜ちゃん、今日の試合はどうでしたか?』
『凄かったです!あんなパンチ打てるんだーって感心しましたし、ボクシングでも場外ってあるんだって驚きました!』
ニワカの格闘技ファンならそんなもんだろ。つうか場外なんて見る機会が乏しすぎるから知らない奴等の方が多いと思うが。
『それにしても緒方選手、ミスター3ラウンドを逆に3ラウンドで倒しましたよね。狙っていたんでしょうか?』
『そこはどうでしょうね。出来過ぎなようが気がしますから、偶然だとは思いますが』
思ってねえだろ!お前試合前に言ったよな?3ラウンドで勝つってよ!!通り名が3ラウンドで負けたに変わるってよ!!つうか全部狙い通りだろ!あいつの頑固は筋金入りだぜ!!
『さあ、緒方選手にチャンピオンベルトが巻かれました!おおーっと!ここでガッツポーズ!緒方選手のこういった姿は本当に貴重です!』
『彼は照れ屋ですからね。喜びを素直に表現できないと言うか』
どっと笑いが起こった。主に仲間の所から。
嫁と子供がリングに入った。子供を抱き上げてまたガッツポーズ。嫁は嬉しそうに笑っていた。
「槇原のあんな顔、久しぶりに見たな」
「槇原じゃねえだろ。だが、まあ、お前の言った通りか」
階級を一つ上げた時からあんな顔は見なかった。仕事に没頭するようになったから。全ては白浜ドーム完成に心血を注いでいたような気がしたから。
ここで里中がリングに入った。勝利者インタビューだ。
『緒方選手、世界奪取おめでとうございます!』
『ありがとうございまえ!?』
隆に向けられたマイクを息子が奪った。里中も想定外だったようで戸惑ってはいたが、まあ、ガキのする事だからな。
だが、ここから更に予想外だった。隆のガキが観客席に向かってマイクをぶん投げたからだ。4歳のガキにしては尋常じゃなく、遠くにぶん投げた。観客もあー!とか言っている。
そのマイクが床に落ちてコロコロ転がり、一人の外国人につま先にこつんと当たる。
そいつを見てぎょっとした。俺だけじゃない、隆も。
その外国人は黒人のジジィだ、苦笑いでそのマイクを取って立った。そして、返す訳じゃない、自分にマイクを向けた。
たどたどしい日本語ながら――
『新チャンピオン、オメデトウゴザイマス。クレイジーボーイ』
全員誰だ?って顔を拵えた。知っているのはボクシング関係者のみと言ってもいいだろう。
予備のマイクが里中に渡される。そのマイクを隆に向ける。
『……ありがとう、ミスター。チャンピオンの代わりに見に来てくれたのか?』
そいつはWBCウェルター級チャンピオン、マーク・フェルナンドのマネージャーだった。
因みにIBFチャンプのアレハンドロ・ロペスもたった今知ったようで、立ち上がって目を丸くしていた。
その後は英語で何か喋っていた。隆の嫁が隆に通訳をしている。
『えー……マネージャーさんはWBCウェルター級チャンピオン、マーク・フェルナンド氏は、次の相手を指名するために試合を見に来た、と言っています!』
どういうことだ?と、ドヨドヨする。河内も俺も英語なんか解らねえから何言ってんだあのジジィって感じで見ていたが、河内嫁が厳しい顔で言う。
「今美緒が通訳したのは触りだけ。マークさんって方は緒方君との試合を望んでいるようね。尤も、負けていたらその話も無かったと言っているけれど……」
「マークが?だが、ウェルターには統一王者に意欲がある奴はロペスくらいしかいねえんだぞ?しかも奴の年齢は38だった筈。引退も考えているって話だが……」
「最後に面白い選手と戦いたいようね。緒方君がたった今倒したランディ・クロスはつまらないと言っている……」
「お、おい大沢……お前の見立てでいいから、チャンピオンの評価を聞きたいんだが……」
河内に乞われて答える。
「ランディは洞察力に優れているっつう話はしたな?IBFのロペスは隆に近いファイターだ。つっても向こうはオールラウンダー。隆は接近戦メインだが。WBOのアレキサンドラ・ビガンは怠け者っつうう二つ名がある。こいつは兎に角試合をしたがらねえ。協会に叱られて渋々試合をするような奴だ。で、今話題に上がっているWBCのマーク・フェルナンドは年齢でも察する通り、経験年数が投げえ。パワーじゃ他3人に劣るが、テクニックじゃ間違いなく一番だろうな」
「そのマークが緒方を次の試合相手に指名したってのか?」
「引退を考えている。次がラストバトルと考えているんだったら自分が一番戦いたい選手を指名するのはおかしな話じゃねえ。明らかに咬ませ犬を指名する訳じゃねえし、統一戦と謳えば多分実現するだろうが……」
「だけどよ、あのロペスって奴は統一戦に意欲があるって話だろ?だったらあいつを指名してもおかしい話じゃねえよな?」
「確かにな。ロペスと隆は近いファイターっつったよな?だったらロペスとの試合も面白そうだと考えていい筈だが……」
そんな事を考えていると、隆がマイクに向いた。
『ぜひ戦いましょうと伝えてください。都合の良い日を指定していただければ幸いです。俺の方はいつでもいいんで。何なら明日にでもいいですし』
明日でもいいとか、思っても言っちゃいけねえだろ!一種のトラッシュトークになるぞそれ!お前トラッシュトークの相手は気に入らねえんだろうが!!
OKと言ってマイクを返そうとリングに寄って来るが、それをロペスが阻んだ。
で、何か言い争っている。こっちにはよく聞こえねえが。
「君は英語をよく知らないだけでしょう?」
「全くその通りだな」
英語知らねえから聞こえねえ振りをしたのがバレた。体育教師とは言え教師、その俺が英語知らねえとか言えねえだろ。
ともあれ、試合は終わった。隆の3ラウンドTKO勝利で。
隆がリングから去っても熱気冷めやらぬ会場は新チャンピオン誕生で盛り上がっていた。
「俺達も帰るか」
「そうだな」
仲間全員が立った。俺は振り返り、リングを見た。
あの場所から逃げた俺にはもう居場所はねえ。だが、身体が熱い。俺にもまだ熱はあったのか。ボクシングに対する熱が。
「なんならボクシング部作ってコーチと監督やればいいじゃん」
こともあろうか、波崎がそう話しかけて来た。
「……俺はあそこから逃げた男だ。それを今更……」
「でも、好きなんでしょ?ボクシング」
なんで解っているように言う?俺はお前を最悪な形で裏切った馬鹿野郎だ。そんな俺を解っている風に言うんだ?
「これ以上ないいい女はもう帰って来ない。だけど、ボクシングなら間接的に続けられるんだよ」
つい噴いた。なんだよこれ以上ないいい女ってのは。
「ボクシングまで失う事は無いんだよ?」
「……そうだな。これ以上ないいい女は失っちまったが、ボクシングならまだ続けられる」
「その通り。女の一番はもういないけど、ボクシングだったらまだ一番を狙える。インターハイ優勝とかさ」
肩をポンと叩かれた。その時の波崎は、俺に笑顔を向けていた――
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