もうちょっとだけ続く~013
しかし当たらねえ。ディフェンスに徹した隆には当たらねえ。
「おい!野郎のパンチが一発も当たってねえぞ!お前心配し過ぎじゃねえか!?」
河内がバンバン肩を叩きながら興奮するが……
「自分から攻撃しねえんだ。当たらなくて当たり前だ。隆はディフェンスを徹底的に鍛えたんだぞ。加えて殺す意思の集中力。あいつの目は昔から尋常じゃなかっただろ」
鬱陶しく思い、その手を払って言った。
「緒方が攻撃したらその話じゃねえって事か?」
「そうだ。オフェンスもディフェンスも同時にやらなきゃいけねえんだから。ランディがミスター3ラウンドだって言われてんのは知ってんな?」
「お、おう」
「ランディは1、2ラウンドを使って情報を集める。勿論ビデオなんかでも敵選手の癖とか戦術とかを調べると思うが、実戦でそれをより確実にするんだ。隆にビビっている事は間違いねえと思うが、それでも隆の情報をより多く掴もうとしてんだよ。ジャブだって真っすぐだけじゃねえ、上下に打ち分けたり、右のパンチも放ったりしてんだろ。あいつが本当におっかねえのは情報収集力と、データに基づいた効果的な攻撃を行えるセンスだ」
実際俺もそれでやられたしな。
「だけど、野郎、逃げているじゃねえか?緒方の圧力は鬱陶しいんだろ?それにビビって……」
「だから、隆にビビってんのは間違いねえっつっただろ。さっき隆がディフェンスに徹しているから当たらねえと言ったが、ランディも隆に攻撃の意思がねえって事は薄々勘付いている。このラウンドは情報収集とダメージ回復に努める為に、隆に付き合っているっつってもいい」
事実、ランディに焦った様子は見られない。ジャブやフェイクが徒労に終わろうとも落胆を見せていねえ。
そう言っても、あのディフェンスにもビビっている筈だ。ジャブの一発も貰わねえとは驚嘆物だろ。
と、いきなり隆は真横に右を放った。
「な、なんだいきなり?」
解んねえな……俺からは何も見えなかったし……
『緒方選手、見当違いの所に右を放ちましたが…』
『……チャンピオンの表情が物語っています。恐らくチャンピオンは左に移動しようとしたのでしょう。それをストレートで封じた』
『え?チャンピオンには何の動作も見られませんでしたが?』
『対峙している緒方選手には解ったんです。視線か、微かな動きか、何かしらの情報を得て逃がさないとの意思を示したんでしょう』
そうかよ…隆の野郎、そこまでの読みを……
だったら普通にぶっ飛ばせよ。なに遊んでんだあいつは、向こうは世界チャンプだっつってんだろ!
『チャンピオン、上下にパンチを散らします。しかし緒方選手、ボディへのパンチはパーリングで防ぎ、顔面へのストレートはへッドスリップで躱す!』
『しかもチャンピオン、じりじりと下がっていますよ。一発のハンチも放っていない緒方選手ですが、プレッシャーが凄まじい』
『そうですね。緒方選手の圧力はおーっと!チャンピオンのボディ!強打だこれは!!!』
『パーリングで防いでいますよ。この辺の集中力は流石ですね。ディフェンスに徹した緒方選手を崩すのは相当難しい』
『では攻撃に転じた場合は?』
『被弾は勿論するでしょう。さっきも言いましたが、彼は貰う前提で動きますから。相打ち上等ですよ』
玉内も俺と同じ見解か。情報があらかた集まったランディ、次は攻撃でパンチを出す隆。3ラウンド目が勝負どころか、両者とも。
『ここで2ラウンド終了のコング。攻めるチャンピオンに見事なディフェンスでパンチ一つ貰わなかった緒方選手ですが、ジャッジは?』
『勿論、チャンピオンが取りましたね。緒方選手は注意を受けてもおかしくなかったですし』
『それは手を出さなかったから?』
『そうです。消極的に見られましたね。内容は全く違うんですが』
その辺はジャッジもレフェリーも解ってんだ。だから注意をしなかったんだ。だが、手を出していないのは事実。ポイントは間違いなくランディだろう。
「緒方の野郎、行ってもいい時もあっただろうになぁ……」
河内でさえ呆れた隆の頑固さ。ランディ相手にボクシングはしねえと決めたからな。だが、息子の目の前で狂戦士は流石に見せられねえし。
「まあ、次で必ず動きがある。どっちもな」
「チャンピオンの方もか?」
「逆にランディの方に動きがある。ミスター3ラウンドは伊達じゃねえんだ。隆の癖を全部掴んだとは言い切れねえが、あらかたデータは集まった筈だ。そのデータを元に試合を進めると思うが、そうなりゃ間違いなく隆の勝ちだ」
「どうしてだよ?」
「あれが隆の本気だと、戦略だと誤解するからだろ。あんなもんじゃねえだろ、KO率100パーセント、ダウン経験なしの無敗の狂戦士は」
1ラウンドの防御ド無視の荒れ狂うパンチ。2ラウンドの一つのパンチも受けなかったディフェンス。その融合が3ラウンドに来る。
『始まりました3ラウンド!チャンピオン、ランディ・クロスは殆どの試合、このラウンドで決着をつけてきましたが、今回の挑戦者はどうだ!?』
歓声がすげえ。ランディの二つ名、ミスター3ラウンドはこのラウンドで真価を発揮する。
対する隆はしのぐか、逆にぶち倒すかの興味を引いている。
『チャンピオンは1、2ラウンドを情報収集に当てています。事前でも間違いなく緒方選手の試合をビデオ等で研究しているでしょうし、このラウンドで照らし合わせる。今までの試合はそうですたし、今回もそうでしょう』
『では、チャンピオン優勢だと?』
『いえ、緒方選手は今までのラウンドを両極端で進めています。試合中の情報はあまり役に立たないと思いますね』
その通り。ランディが真価を発揮するつうなら、隆も真価を発揮する。
『緒方選手、効き脚に力を込めました!』
『一気に懐を取ろうとしているんでしょう。今までの試合もそうでした。勿論チャンピオンもそこは承知でしょう。どう迎え撃つのか、興味が尽きないですね』
『行った!緒方選手の超速ダッシュ!一気に間合いを詰める!しかしチャンピオン、左のパンチで接近を防いだ!』
ランディの今のパンチは隆の対戦相手の全員が使っている牽制だが、隆が止まったところは見た事ねえだろ!
『掻い潜る緒方選手!チャンピオン、右に左にステップを使って左!』
『どうしても接近させたくないようですね。気持ちは解ります』
玉内が微かに笑いながら言う。全く同感だ。隆の距離で撃ち合いなんて冗談じゃねえ。
『しかし躱す!追う!チャンピオン、フットワークを使いながらも応戦!』
隆を中心に回るような動き。格下相手がやる事だと思ったが、成程、真っすぐな隆には捕まえにくいな。
『おーっと!チャンピオン、いつの間にかロープ際だー!』
『緒方選手の圧力は相当な物ですから。ですが少し……』
『緒方選手、今度は左に牽制のパンチ!ああああああああああああああ!!!?』
里中が叫んだ。観客も絶叫した。ランディの左ストレートが隆の顔面を捕えたからだ!
『2ラウンド、緒方選手はチャンピオンの動きを読んで右に牽制のパンチを放ちましたよね。今度はそれを逆手に取られた』
そうだ。あの野郎のフェイク。ランディ・クロスはテクニックもパワーもスピードも並み以上に持っているが、一番怖えのがあの洞察力!だがな!!!
『緒方選手、動じません!左ストレートを喰らったにも拘らず、ふらつきもしない!』
『逆に睨んでいるのも彼らしいですね。しかし、ダメージはどうでしょう』
ダメージ?あるに決まってんだろ。だけどロープまで追い込んだのは事実。そう見せかけたフェイクだとしても、紛れもない事実!
『緒方選手、左ジャブ!チャンピオン、ガードでしのぐ!』
『あそこがコーナーならより良かったですね。ロープならしなりを利用してさばけます。緒方選手以外の相手ならね』
玉内の言う通り、マジもんの殺気を身に纏い、じりじりと前に出て――
『緒方選手の左ボディ!しかし、ガードされた!!』
ガードされるのはいいんだよ。肝心なのは隆の間合いだって事だ!!
『返す刀で右アッパー!緒方選手得意のコンビネーション!!』
左リバーに右アッパー。接近戦大好きな隆の得意なコンビネーションだが、やっぱりガードで弾かれる。
『チャンピオンも修正していますね。緒方選手のパワーを読み違えた教訓でダウンしたんですから当然と言えばそうですが、あのガードはより強固な物になっていますね。ウェイトを乗せてガードしています』
だから、ガードなんか当たり前だってんだ!そこをぶっ壊すのが緒方隆だろ!!
『緒方選手、左ボディ!え?』
放った左を引いた?なんで!?
『右フック!左はフェイントか!?だがガードされた!』
『チャンピオンは緒方選手のリバーブローを警戒していますね。研究もして来たんでしょう。さっき左ボディを放っていたら、緒方選手の拳が破壊されたかもしれません』
『玉内さん、それは一体?』
「チャンピオンは肘でガードしていました。エルボーブロックですね』
エルボーブロックかよ。つっても隆にも経験はある、リバーを警戒する相手がたまにやっていた防御だ。確かに肘に当たれば拳が壊れるか。
『緒方選手、ここでスタンスを大きく広げたあああああ!?』
より踏ん張りがきくスタイルに移行した途端右フックを喰らった!あの僅かな隙を見逃さねえとは、流石チャンピオンだ!
『しかし緒方選手、お構いなし!そんなパンチなんか効かねえよとばかりに自身も右フックを放つ!』
ランディの顔が険しくなった。破壊力が増したと感じたんだろう。
『左ボディ!これもブロックに阻まれた!チャンピオン、お返しとばかりに左フック!緒方選手、ダッキングで躱す!』
接近戦で隆と打ち合おうとする馬鹿が居たとはな。まあ、せざるを得ない状況にしたんだから仕方ねえか。
『躱した緒方選手、そのままショートアッパー……いや!』
「入った!!!!!!」
つい立ち上がって叫んだ。隆のストマックブローが入ったからだ!
『チャンピオン、悶絶の表情!再びガードを固めて凌ぐ!』
苦しいのに踏ん張りがきくのか?あの暴力的な破壊力相手によ!
しかし、流石はチャンピオン。超苦しい筈なのに、ガチガチにガードを固めてチャンスを窺っている。
『緒方選手の破壊力は学習済みですからね。ストマックも一瞬の油断で貰ったんです。これ以上の油断は期待できそうもないですね』
玉内の言う通りだが、油断云々じゃねえんだよ。お前も知ってんだろうが、隆の狙いを!
「ぶち壊せ隆!!!!」
つい叫んでしまった。あいつの狙いはガードをぶっ壊して確実にダメージを与える事。自分も多少貰おうが、そんな事は想定済みだ!!!
『緒方選手!あの強固なブロックをこじ開けるよう、お構いなしに打って行く!!』
里中の実況その通りだ。あんな場面、学生時代から何度も見ているだろ!!
『おおーっと!緒方選手、チャンピオンの左フックを貰ってしまった!!』
『あの距離ですからね。チャンピオン側も手を出せば当たる位置ですし。ですが、あの距離こそ緒方選手の得意とする距離です。貰う前提で動いている緒方選手にとって、あの左フックは想定内でしょう』
よって動じねえし、堪える事も出来る。俺が出来ねえ戦法だ。
『加えて背負っている場所がロープ際です。ロープのしなりを利用して躱す、ダメージを軽減させる事も可能です。コーナーだったらもっと楽な展開になっていたでしょう』
その代わり、コーナーじゃできねえことができるんだよ!
『緒方選手、被弾しようが構い無しにボディに執拗に集中する!左右のフックやショートアッパーがブロックをぶち破るか!?』
うん?執拗以上にボディに集中しているだ?あいつは目に入った箇所をぶち壊そうとする奴だ。もしくは集中なら一点集中。リバー目的なら左フックに重点を置く。
だが、ボディ全般は無い。目に入った箇所をぶん殴るのは頭に血が昇っている状態だからそうなっているが、ボディに集中させているのは意外と冷静だからだが……
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