もうちょっとだけ続く~017
国枝の嫁も二階に上がって行った。一階には俺一人。
「俺もいますが」
「お前等は従業員だろ。ノーカンだ」
料理作ったり給仕したりしとけよ。今俺に話しかけるんじゃねえ。
「……隆の野郎、わざわざ他団体から試合の申し込みを受けるまでになりやがったか」
初めて出会った時はいじめられっ子で貧弱のガキだった。
俺が勧めたボクシングで、人殺しも辞さない超凶暴になった時は責任を感じたもんだが……
「やったじゃねえかよ。馬鹿野郎が」
「おう、サンキューなヒロ」
そうだな、お前はそうやっていつも能天気なようで…って何!?
「隆!?いつ来た!?」
いつの間にか俺の背後にいた隆!嫁と息子を伴って!!!
「いつって、たった今に決まってんだろが。それよりお前、悠里にお年玉やって久遠に何も無いって事はないよな?高校教師だ、そんくらいの常識はあるよな?」
そう言ってガキを前に出す。嫁が。隆のガキ、久遠がぼーっとして俺を見上げている。
「おう、久遠、あけましておめでとう」
用意していたポチ袋を渡す。久遠、やっぱりぼーっとして何となくそれを受け取った。
「久遠、ありがとは?」
嫁に促されてお辞儀をする久遠。超お辞儀だった。額が膝に接触した程だ。
「流石お前のガキ。身体柔らかすぎだろ」
「なぁ?これもジムに着いてきては柔軟やって遊んでいた結果だ」
頭を撫でながら感心する俺。隆のガキ、久遠は大沢ジム最年少の練習生扱いだ。ノリだろうけども、まあ、そんな扱いだ。
柔軟とランニング程度しかやらせてねえが、4歳じゃ最強だろとは思う。ガキにしては珍しく好き嫌いもないし、よく食うし。大山食堂でもガキにしてはと驚かれていたりもする。
ところで、と、隆と嫁に目を向ける。
「アレハンドロ・ロペスが来ているぜ」
「あ、そう?」
俺の予想じゃ二人で「「ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?」」とかやると思っていたが……
「な、なんで驚かねえの?」
「ジムに今日会いに行くと連絡が来たらしいからな。事前に元ジムの世界ランカーが誘ってくれたらしいじゃねーか」
「もう既にバレてんのかよ……」
なんかカクっとした。どんな反応すんだろうなとニヤニヤしていたのが途端に恥ずかしくなる程だった。
「ねえ、麻美さん来てる?」
「確かお前等が最後な筈だ」
「じゃあ悠里も来てるの?」
「悠里だけじゃねえ。今日は東山のガキと大雅のガキも来ている筈だ」
大雅の方はその気になりゃ面倒を頼める奴がいるが、東山の方はな。野郎の親も放任主義だし。孫が生まれて多少ましになったとか聞いたが、大事なガキをあんな親に任せられるかとか言っていたしな。
だから、外出等で面倒を頼む時にはベビーシッターを雇うみたいだが、正月じゃ簡単に捕まらねえ。まあ、連れてこいってみんな言ってたくらいだし、誰も文句は言わねえだろ。
「ねえ、久遠と先に行っているけど、IBFチャンピオンに先に言っておきたい事、ある?」
なんか嫁が気を遣ってんな。俺に。
「ちょっと遅れるから待ってくれっつっといてくれたら。久遠、小さい子の面倒頼むぞ」
久遠、ぼーっとしながらも頷いた。こいつ、本気でボケっとしているのか?たまに演技臭がするが、流石にそれは気のせいか。
ともあれ、嫁とガキは先に上がって行った。俺は隆と隣に座った。
「おめでとうございます緒方さん。これどうぞ」
ホットウーロン茶を隆に出した。隆が超下戸だってのは承知だと言う事だ。
「ありがとう、悪いな気を遣わせて」
「いえいえ、チャンピオンにそう言って貰えると恐縮すぎるんで、そう言うのは無しで」
笑いながら厨房に引っ込んでいく。隆は有り難くウーロン茶を啜った。あったけーなと言いながら。
「おうそうだそうだ。お前俺が世界チャンピオンになったらサイン欲しいって言ってたよな?」
確かにそう約束したけどな?
「気が変わった。だからいらねえや」
「そうなの?」
全く驚きもしねえとは。「え!?なんで!?」とか聞いても良かろうものだが、あっさりしているつううかな。
こいつ自身、なんで自分のサインなんか欲しがるんだ?と思っている節があるし。
「勘違いすんなよ。今はいらねえつう意味だからな?」
「んじゃいつなんだよ?」
「統一王者になった時に、いの一番にくれ」
真顔で隆を見ながら言う。隆は少し笑った。
「統一王者っつったって、怠け者とはやれねーだろ。マーク・フェルナンドだって2月に防衛戦控えてんだし、負けちゃう可能性があるんだぜ?」
国枝が統一戦初戦はアレキサンドロ・ビガンだと聞いたが、そこは内緒にしとこうか。
「それに、アレハンドロ・ロペスだって6月に防衛戦だ。こっちも負ける可能性あるんだしな」
「お前はその三人とやって勝つ自信があるのか?」
「勝つ自信と言うよりも、勝つつもりで戦っているんだが……」
そりゃそうだ。負けると思ってやる奴はいねえ。防衛戦の相手だって勝とうと思って仕上げて来るんだ。隆の言った通りだ。
「おうそうだそうだ。お前、ランディ・クロスを殺す気だっただろ?」
「いや?死んじゃったらそれが結果なだけで、俺は気に入らねーチンピラをリングから叩きだしたかっただけだ」
やっぱこいつは物騒だな。結果死ぬだけとかよ。
「スマッシュもその為に開発したのか?リングから押し出す為に?」
「よく解ったな?その通りだ」
全くその通りだったかよ。ホント、こいつは解りやすいな。
「で、ランディ・クロスはぶっちゃけどうだった?」
答えは解っているが敢えて聞く。俺が二度負けた相手だしな。
「糞雑魚だ。あの雑魚は記者会見の時の握力勝負で俺にビビったんだぞ?だから虚を突いた試合開始早々の小細工をしてきやがったんだ。糞雑魚の小細工なんか俺には通じねーっつのに」
小細工って、グローブを合わせようとしてストレートを放ったあれか?
「あれは既にお前にビビったからこその作戦だったのかよ……」
「まあ、あの目を見りゃ解るよ。なんか企んでやがるな糞雑魚って。俺だって警戒してんだし、額で受けたのもその賜物だから」
その後の試合運びを見りゃ解るが、隆に完全にビビっていたのが解るからな……しかし、あの会見の力比べからだったとは……
「なんだっけ?売りが洞察力だっけか?そんなもん、ビビった時点で終わっているのも同然だろ。洞察力云々に関してはその最たる存在が俺の嫁だし」
槇原を嫁にした時点で洞察力云々に脅威は抱かねえか……戦略もあの嫁以上の奴はなかなかいねえだろうし、そう考えると環境に恵まれているとも言える。
「テクニックもマーク・フェルナンドの方が遥かに上だし。スピードならアレハンドロ・ロペスが上だけど、俺はそもそも軽いから、それ以上の速度の相手と戦っていたんだし、なんなら玉内の方が全然速い。パワーだってアレキサンドロ・ビガンの方が遥か上だ。そんな何もかも格下の相手にどうやって負けろっつうんだ。お前が負けた方が驚きだぞ俺からすれば」
いや、あの当時はランディもまじめに忠実にボクシングに勤しんでいたからってなんだって!?
「お前、怠け者が力自慢だって知ってたのか!?」
俺だって国枝に言われるまで気が付かなかったんだぞ!?それなのに!?
「あのな、俺と同じ階級の選手でチャンピオンだぞ?当たり前に意識するだろ」
呆れられたが、まさにその通りだ。同じ階級の選手なんだ、気にして当然か……
「怠け者は怖がりなんだよな。事故で人を殺したくらいで手加減するとか。俺相手なら120パーの力で掛かってきてもいいんだけど」
「殺したくらいとか言う奴はお前くらいだろ…」
事故とは言え殺人をしたとの事実はある。それを気にしない奴は少数だろ。まあ、お前は昔からそんな考え方だったから今更だが……
「お前、試合のダメージは大丈夫か?」
一応身体を慮っての発言だ。今日は飲み食いする日だから。
「全く問題ねーけど、なんで?」
「いや、結構打たれていたようだったからよ」
「あれ以上打たれた事もあるんだが……あの糞雑魚が調子に乗ってビビったから勝手に自滅したってのもあるけど、まあ、問題ねーよ」
自滅と言うのかお前は……お前の殺気に怯むのは人間として当然だろ。マジ殺す気なんだし。
「そんな事はねーぞ。試合の結果死んだってだけで、殺す気はあんまねーよ」
あんまねーと言う事はあるんじゃねーかよ。
「あれでランディがリングに戻れなかったらどう思う?」
「そもそも追い出す気満々だったんだが……」
そうだった。その為のスマッシュだった。ボクサーじゃねえ奴がリングに上がるなよって考えている奴だし。
「リバーから右アッパー、左のコークスクリューに止めのスマッシュ……最後は場外だ。死んじまってもおかしくねえが、そこも気にしねえのかよ」
「全く」
清々しい程言い切った。まあ、そこは諦めているが。
「だけど、狂戦士モードはマジやめろ。あれはお前もダメージを受けちまう。今は大丈夫だとしても、後々響くかもしれねえ」
ノーガードはやめろ。あれは確かに相手選手に恐怖を植え付けるが、お前も打たれるんだ。だからやめろ。
「あれも頭の血が昇った結果、ああなるってだけなんだが……」
「冷静になれっつってんだろ、馬鹿」
「だってボクサーじゃねー奴がだな……」
「相手選手だって練習をして戦略を組んでウェイト管理して万全にしてきているボクサーだ。お前の気持ちも解らねえでもねえが、相手だって立派なボクサーだと俺は思うよ」
「それ、会長にも散々言われてんだけどなぁ……」
頭を掻いて。俺じゃなくオッチャンにも口を酸っぱくして言われ続けられてんだろうが、そうなんだよ、お前が納得しようがしまいが、ボクサーである事には変わらねえんだ。
で、と、また豪快に話を切り替える。別にどうでもいい事だが、二階に上がっちまったらゆっくり話をする機会が遠くなるからな。
「お前車買うのか?」
「ああ、的場から」
ビールを噴き出しそうになった。河内じゃなく的場!?
「か、河内じゃねえのか?」
「あそこから超お高い車買ったばっかだろ。ま、俺じゃなく嫁だけども」
「な、何で的場?」
「なんでもいい日本車が入ったとか、入る予定だとか。だからそれくれって言った」
「そんな八百屋から大根買う様に簡単に言うなよ……」
「それ、的場にも言われたな。河内から買ってもいいけど、もう嫁が買っちゃったから、また今度ってとこか」
「なんて車だ?」
「なんだっけ……GTRとか言ってたな。S2000も入るからそれも買うけど」
簡単に言ってやがるが、GTRがどんくらい高いか知ってんのかこいつ!?しかもS2000も買う!?
「なんでS2000も?」
「親父が前々から欲しがっていたからな。世界取ったら買ってやるって言ったし、まあ、約束は守らなきゃだ」
あそこの親父も随分な物ねだったな……オープンカーが欲しかったんだっけか?
「お前は河内からなんか買うのか?だからそんな質問したんだろ」
「ああ、まあ、来年の話だがな。ちょうど車検切れるから」
「俺なんか何回車検取ったか解んねーぞ。まだまだ乗れるだろ、あの車」
お前は乗り過ぎじゃねぇかな……20万キロオーバーとかよ……
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