地域活性化友好交流会~003
30分足らずのアニメだったが、完成度がすげえ。
恋愛ものだったけど、シナリオはありきたりで(それでも大和田君の映画よりははるかにいい出来だったけど)、なんだあのCGは?マジで人間が踊っているようだったぞ。
「モーションキャプター併用のアニメですか……技術が凄いですね……」
慄く佐倉さんだった。あれはモーションキャプターって奴か……
「続編が気になる所だな。ありきたりとは言え気にはなる」
「いやいや、それより声優の演技力でしょう。よくある芸能人を使った声なんかよりも遥かに良かったですよ」
ヒロと佐倉さんのアニメ評価だった。俺はいい出来としか思わなかったが。
「あ、ライン入ってた。緒方君、大沢君、試合楽しみにしていますからね。それじゃ」
ペコリとお辞儀をして足早に去る。つうか俺達もそろそろ……
「北商の和楽器演奏の前に軽く昼めし食うか。そろそろ試合の準備もしなきゃいけねえし」
「今俺もそう言おうとしてた」
奇しくもヒロと同意見だったとは。
「んじゃ講堂から出るか。出し物の飯でいいだろ?」
「軽くだからな。それに異論はねえ」
そんな訳で講堂から出た。狙いは山農の野菜鍋だ。
「おう緒方!こっちだこっち!」
出たと同時に東山に捕まって渓谷学院の屋台に引っ張られる。
「ちょ、俺は山農……」
「うん?俺達の飯は食えねえとか言うのかよ?」
「ああ、俺はそれでもいい。蕎麦あったし」
ヒロの野郎が同意したおかげで渓谷学院に行く羽目になっただろうが!!山農の野菜鍋食べたかったのに!!
引っ張られたのはいいが、ここもかなりの大盛況、席なんて見当たらないぞ。
「緒方君、大沢君、待っていましたよ。さあ、こちらにどうぞ」
「藤咲さん?こっちにとか言われても、席なんてないだろ?」
「いえ、ありますよ」
ぐいぐいと背中を押されて奥に連れられる。幕の外側がスタッフルーム使用になっていて、確かに席がある。
「つってもこりゃダメだろ。ダチとは言え、言っちゃなんだがただの客だ。こりゃ贔屓になって白い目で見られる」
ヒロに同意して頷く。俺達はまだいいが、渓谷学院がそんな目で見られるのは憚れる。
「いいんですよ。これは頼まれた事ですから」
「頼まれた?誰に?」
「お前等のジムの人にだ。正確には槇原さんにだが」
東山が持ってきたお盆には、蕎麦とニジマスの塩焼き。
「オッチャンが?だけど、試合当日はパスタとかスタミナが付く炭水化物を少量取った方がいいが……」
「だから、おにぎりも一個追加だ」
よく見ると、ちっちゃいお握りが一個ついていた。まあ、気を遣ってくれたのだから有難く頂こうか?
「悪いな東山。いくだら?」
「あん?無料だけど」
タダの聞いて顔を見合わせる俺とヒロ。
「そりゃ拙いだろ。タダはありがてえが、他の客の手前もある」
その通りなので頷く。無料は本気で有難いが、好意ばっかじゃ頂けないし、他の人に余計な勘繰りを持たれる。
「そりゃ悪いからお金は払うよ」
確か蕎麦が400円でニジマスは500円だった筈。おにぎりはメニューに無かったが、100円でもいいのか?きっちり1000円じゃねーか。
「正確には既に貰っているからです」
「え?だ、誰に?」
「実行委員から、ですね。要するに国枝君からお代は頂いているんです」
「な、なんでそんな事!?」
「そりゃ、お前等にちゃんとした試合して欲しいからだろ。俺達は外だから観てねえけど、他の学校の出し物ってレベル高いんだろ?」
その通りなので頷く。海嶺のオーケストラも、内湾女子のチアリーディングも、山塊の演劇も、中洲情報のアニメも凄かった。白浜の文化祭なんて子供の遊びだと思う程。
「そこに負けられねえだろ。主催として、ファイナリストとして。だからできる限りのサポートはしたいんだよ」
「そ、そりゃそうだがよ、そこまでやらなくてもってのが本音なんだが……オッチャンが飯の指示を出した程度なら兎も角……」
「いいですから食べちゃってください。お蕎麦伸びちゃいます」
そ、それもそうだな。じゃあ、折角なんで……
「ヒロ、有難く頂こう。伸びたらまずいし、冷めたらまずい」
「え?お、おう、そうだな。じゃあ……」
いただきますと手を合わせた。流石にそこは礼儀だろう。誰も見ていなくともだ。
「ゆっくり、口に含むように食え。だそうだ。お前等のジムの人の伝言だってよ」
頷いてそのようにした。つか、俺達って減量していないから、急に腹に何か入れた訳じゃねーんだけど……
「うまいか?この蕎麦はそば粉100パーセント、十割蕎麦なんだぜ」
うまい。いつだったか、渓谷の湖で食べた蕎麦なんか目じゃないくらいに。もっとも向こうは手打ちですらなかったけど。
「そのニジマスも焼き立てです。どうですか?」
うまい。身がふわふわしてちょうどいい塩梅の焼き加減だ。
ゆっくり、口に含むように食えとの指示だったのでそうした。
そもそもよく噛んで食べればご飯の量は少なくて済むのだ。いつものようにがっつきさえしなければ、あっという間に腹いっぱいだ。よって食べ終わるころには腹いっぱいで大満足だった。
「流石にスープは飲まなかったですか」
本心としては飲みたかったが、あまり水分を腹に入れるのはな。
「食った後はよく休め、だそうだ。だけど寝るんじゃねえぞ。ただじっとして身体を休めるんだ」
頷く。それくらい知ってるわ。と言いたかったが、これも会長が出した指示だろう。
「しかし、繁盛しているな?さっきから客足が途絶えない」
何の気なしに振った話題だが、東山が悔しそうに顔を歪ませる。
「なんでそんな面すんだ?繁盛してんのが気に入らねえのか?」
「そうじゃねえよ。喜ばしい事だよ。だけど山農の方が客が多いんだよ」
ああ、まあ、うん……俺も向こうに行こうとしたし、うん……
「だけど飯食うんだったらこっちだろ?ヤマ農は鍋しかやってねえんだし」
「握り飯も出しやがったんだよあいつ等」
ああ、ますます山農に行きたくなるな。俺も特になにもないんだったらヤマ農に行って居たと思うしなぁ……
なんかいたたまれなくなって別の話題を振った。
「や、ヤマ農以外も大盛況だよな?南女なんて常に並んでいたし」
「南女は女子ばっかだからな。野郎の客が多すぎだ。おかげでこっちに流れてくる客もいるからまあいいけど」
言われてみればそうだな……女子客も勿論いたが、殆どは野郎の客だったような……
「だ、だけどほら、丘陵中央は甘味だろ?」
「まあ、食後に流れていく客もいるな」
デザートと言えばそうなるのかもしれないのか……?しかし、米だぞ?主食と言って差し支えない。
「黒潮は燻製だろ?」
「あっちはおやつ感覚だ。俺達と目的の客層が違う」
だったら南女も丘陵中央もそうじゃねーかよ。やさぐれる理由になんねーだろ。
「来年度に向けて課題ができたと思えばいいじゃない?」
暗にヤマ農に負けたとか思うなと藤咲さんが言った。こういうのは勝ち負けじゃなく、みんな一丸となって目標に向かう事が重要でな……
「まあ、そうだな。来年はウチが仕切るんだ。定食出せと進言してやるか」
「ヤマ農も同じ事言うと思うが……」
そもそも蕎麦も食事の部類に入るだろうに、何言ってんだこいつ?
「つうか来年、渓谷は同じもん出すつもりなのか?」
ヒロの問いに固まった東山。そういやそうだと言わんばかりに。
「来年は来年で主体の二年が企画出すでしょ。その手伝いでしょ、最高でも」
藤咲さんの突っ込みに項垂れた。まさにその通りだと気づいたのだろう。
「まあ、俺達は食ったからもうでるけど?」
「あ、おう。旨かったか?」
東山の問いに大きく頷くヒロ。実際旨かったし。
「そ、そうか、だったらいいや」
「おう、ごっそさん。俺達の試合絶対に観ろよな」
「おう、そりゃ当然だろ。ファイナルだぞお前等の試合」
笑いながら渓谷のテントから出た。さて、これからどうすっかな。
その時ヒロのスマホが鳴る。メールかラインの類だろう。読んでから俺に顔を向けた。
「……隆、オッチャンたち3時ころ来るってよ」
「え?俺達の試合って何時だっけ?」
「順当に行けば5時」
二時間しかないのか?準備どうすんだ俺達の?
「……で、今から個々に準備しとけって事らしい。二人じゃなく一人で」
「え?そりゃ別に構わないが、なんで別々に?」
「このスパー、ガチだってこったよ」
すんごい厳しい目を俺に向けて言うヒロ。一瞬たじろぐほどの殺気を孕んでいた。
しかしそうか。そう言う事になったか。
いや、何となくそんな予感はしていたんだ。根拠は全くないし、コンセプトも『ボクシングの紹介』なのは変わらない。
だけど、こいつとはガチにやらせるんだろうなとは、心のどこかで思っていた。
じゃ、まあ……
「次に顔を合わせるのはリングの上って事で」
そう言って背中を向けた。個々での準備を義務付けられたのだから、同じ方向に歩く訳にはいかない。
「随分ドライだな?らしくねえぞ隆」
「お前のその目を見りゃこうなるだろ。鏡見てみろ、敵を見るような目を俺に向けてやがるぞお前」
「……っち、顔に出るとか、俺もまだまだだな」
お前がまだまだなのは百も承知だが、俺もまだまだだよ。
だってなぜか心が躍っているんだから。漸く借りが返せると思っているのだから。
スパーでの負け越しは勿論、お前は俺を体を張って止められるただ一人の野郎だ。木村だって河内だってお前のような覚悟は持っていない。
狂犬緒方と刺し違えてもいいと思っている奴は、お前以外にいないのだから。
気配で解った。ヒロが俺と反対方向に身体を向けた事を。
そして足音が遠くなる。他のお客の足音も沢山あるのに、お前の足音だけはやけに耳に入りやがるな。
さて、準備だったか。どこに行こうか……
そういや前回、大和田君をプールで見つけたよな。人がいないって事だ。今回も隠れているんだろうか?別に知ったこっちゃねーか。
なのでプールに向かう。柵を乗り越えて適当な広い場所で足を止めた。
前回、大和田君はブールの茂みの方に隠れていた。そこには行かない。いたとしても話す事も無いし、関係ないからだ。
軽く屈伸、そして柔軟開始。ゆっくり、じっくりかけて解す。がさっとプールの方向から音がしたが、気にしない。大和田君が俺の姿を見て逃げたんだろうし。
試合一時間前。スマホが鳴った。
見ると、青木さんからだった。
「はい、もしもし」
『隆、お前今どこにいる?』
「プールす。ここは誰もいないっすから」
『そうか。じゃあ講堂の裏に来い』
はい、と言って通話を終えた。そして講堂の裏に向かう。
物作りクラブプラスが作ってくれた各校の待機場所がここにある。その中の海嶺高校が使っていたテントに、俺の名前が貼ってあった。ここに入れと言う事か。
こそっと開けると、青木さんと荒木さんが入っていた。
「おう隆、ここがお前の控室だそうだ。結構広いなこのテント」
「ああ、ここ使っていたのは海嶺の演奏部っすから。楽器の類を置く場所も必要だったんでしょうから、広いんすよ」
「そう言う事情か。だけど、その海嶺の生徒はどうしたんだ?楽器類は?」
「バスに乗せて来たらしいっすから、バスに積んだんでしょう。生徒はこれがファイナルだからもう使わないって事なんでしょう。海嶺は一番手だったっすし」
「そう言う事か。博仁の控室は内湾女子って学校が使っていたらしいが、二番手なのか?」
頷く。開いたテントをそのまま控室にしたんだろう。
「お前の事だから、柔軟もシャドーもやっただろ。うつ伏せに寝ろ」
言われたとおり、敷かれたマットにうつ伏せに寝た。肩や腰、肩甲骨などにマッサージが施される。
「……お前の事だから、そんな大袈裟な、とか言って遠慮するかと思ったが?」
「どうやらガチらしいっすからね。ちょっとでも油断すると、あっという間に飲み込まれてしまう」
「ガチ、と言うより本格的だなってのが感想だな」
苦笑しながらも施術してくれる荒木さん。まあ、確かにそうだな。
施術が終わり、着替えを促される。いつものTシャツに着替えようとしたところ――
「ああ、シャツはこれを着ろ」
そう言って青木さんにぶん投げられたのは。背中に大沢ジムとでっかく書かれたTシャツ!しかも住所と電話番号まで!
「んで、トランクスはこれだ」
そのトランクスもケツにでっかく書かれている!
「宣伝は解りますけど……しかも青とか……」
「博仁は赤だぞ」
あいつはいいんだよ、目立ちたがり屋だから。
「それより、背中とケツに看板背負わせたんだ。ダウンして宣伝を隠すような真似はするなとの事だ」
「ダウンする気はないっすが、ヒロのは隠れるでしょうね」
「向こうも同じ事言ってんだろうな」
そう言って笑いながら。着替えついでに聞いてみる。
「ヒロのセコンドは?」
「幸田と堀田だ」
まあ、無難か、青木さん、荒木さんと同格っつったらそうなる。
「レフェリーは誰がやるんすか?」
「出川だよ。タイムキーパーもジャッジのこっちで用意したから心配すんな。贔屓はねえから」
いや、ヒロの味方をするとは誰も思っちゃいないからいいんだけど、タダの雑談代わりに聞いただけだし。
「あ、だけど、実況と解説はお前等の学校で用意するからと逆に頼まれたようだな。そのくらいは邪魔になんねえだろうから許可したらしいが」
実況と解説?誰がやるんだ?遥香か?
実況はともかく、解説は無理だろ?
「隆、着替えが終わったら座れ。バンテージ巻くから」
終わったので素直に座る。荒木さんがバンテージを巻いてくれる。
「どうだ?きつくねえか?」
ぐーぱーして感触を確かめる。うん、ちょうどいい塩梅だ。
「ちょうどいいっす」
「そうか」
言ってから青いバスタオルを掛けられた。当たり前に大沢ジムと書かれていた。
「じゃあ行くぞ、時間だ」
「うす」
立って裏から講堂を目指す。流石に入場シーンは無いだろう。
と、思ったら右に行けと指示を出された。国枝君に。
「講堂の入口の右方向に勝手口がありますから、そちらの方から入場お願いします」
「まさか、入場シーンまでやるのか?」
「え?あたりまえでしょ?緒方君はメインだよ?」
逆に何言ってんのと返された。大袈裟すぎだろ!
「博仁は左の勝手口って事か?」
「そうです。アナウンスは緒方君が最初ですので、アナウンスの後入場をお願いします」
どこまで凝ってんの!?これ地域友好イベだったよな!?俺とヒロのスパーがメインじゃねーだろ!!
『青コーナーより、緒方隆選手の入場です!』
わー!!と歓声が挙がった。え?マジでこの歓声の中出ていくの!?
「おい隆!早く行け!」
「お前が進まねえと俺等も出られねえじゃねえか!!早く行け!!」
青木さんと荒木さんにせっつかされて仕方なく出ていく。俯き加減で。
「隆!!シャドーしながら歩け!!」
「え~?そこまでしなくちゃいけねえんすか?」
「こういうのはノリだ。お前に決定的に欠けているのはノリだ」
そう言われちゃ、やるしかねーだろ。
そんな訳でシャドーしながらの入場……って、アナウンス里中さんじゃねーかよ!!何やってんだあの人!?屋台の責任者だろうが!?
『緒方選手、調子は良さそうですね。どうですか解説の玉内さん』
玉内!?なんであいつがここに!?
『そうですね。緒方選手はこう言った催しが苦手ですから硬くなっているかと思いましたが、そうでもなさそうで一安心です』
お前もマジで解説やるの!?つうか今までどこいたんだお前!?
『おや、緒方選手の脚が止まったように思えるんですが?』
『緒方選手は予期せぬ事態に陥った時にパニックになる事がままあるようですから、僕がいることに驚いているんでしょう』
どっ!!と笑いが起こった。あの野郎、何言ってんだ!?
腹抱えて笑っている奴が目に入る。あれ河内だ。あの野郎、あとで絶対にしばく!!
「隆、行けって!」
「は、はい!」
荒木さんに言われて漸く脚が動いた。今木村と目が合った。あの野郎もニヤニヤしてやがったぞ!
『緒方選手、リングに立ちました!!お聞きください、この歓声を!!会場に割れんばかりの歓声が降り注いでいるのにも拘らず、俯いてばかりで手を上げてくれません!!』
『緒方選手は注目されるのに慣れていませんからね。悪目立ちの悪評は物凄いんですが』
『緒方選手はヘタレですからねー。恋人の槙原さんと友達なのですが、全然積極的じゃないといつも愚痴を聞かされています』
またまたどっ!!と笑いが起こった。転がって笑ってんのはトーゴーだ。あいつもしばく!!
「お前って手ぇ出してねえの?」
「なんでそんな事聞くんすか荒木さん!?」
「だって、思春期だったら……なあ?」
なあ?じゃねーよ!俺は健全な高校生なんだよ!!つか、俺を弄るイベントじゃねーだろこれは!!地域を活性化させるために高校生が友好と称して盛り上げる企画だろ!
『赤コーナーより、大沢選手の入場です!』
漸くヒロの入場か……これで弄られることは無くなるな。
そのヒロだが、ガウンを着て観客に手を挙げながら入場してきた。こいつのノリは本物だ。
『大沢選手、緒方選手とは実に対象的な入場ですが?』
『大沢選手は目立ちたがり屋ですからね。悪目立ちばかりの緒方選手とは違って逆に積極性がありますし』
『恋人の波崎さんとも友達なのですが、大沢選手は常に隙を伺っているらしいですからね。貞操が危ないといつも聞かされています』
どっ!!とやっぱり笑いが起こった、ヒロが足を止めて何かクレームを出しているのは目に入る。いやいや、お前その通りだし。
「博仁は解りやすいからな」
青木さんの台詞である。まんまそうだ。
『赤コーナーを要望したのも大沢選手らしいですが、何か違いがあるのですか?』
『一般的に、ランキングが上の選手が赤コーナーですので、マウントを取りたかったのでしょう』
またまた笑いが起こった。今度は河内が転がって笑っていた。これはその通りだからしょうがない。
『大沢選手、リングイン!!鼓舞するが如く大きく両腕を上げてアピっています!!』
『ここまでくると寒いですね』
やっぱり起こった笑い。俯いてプルプルしているのは大雅か。
『大沢選手、ガウンを脱ぎます……あれ?脱げなくてわちゃわちゃしていますが?』
『意外と袖が細いガウンなんでしょうね。グローブが邪魔をして脱げないようです』
『締まらないのはやはり大沢選手の真骨頂!ここも実に緒方選手と対照的です!!』
もう笑い声しか聞こえねーよ。なにやってんだあいつ?
「こんなポカすんのは幸田だろうな」
荒木さんの言葉に頷く。幸田さん、イマイチ詰めが甘いから……
『せっかく着用したグローブを取りましたね。ガウンを脱ぐためには仕方がない事ですが』
『そもそも、練習試合でわざわざガウンを着てくる方がおかしいのですが、盛り上がっているのでまあいいんでしょうか?』
玉内が「?」を付けた。まあいいんだろ、多分。
なんかしょぼくれてグローブを着け直しているヒロの後ろ姿を見てそう思った。
そして付け直した後、勢いよく身体をこちらに向けた。
……………!!!
会場の笑い声が消えた。ヒロの雰囲気を察知したのだろう。
「……隆、博仁はマジだぜ?」
「解ってますよ。あんだけの殺気を俺に向けているんすから、マジじゃねーと考える方がおかしいでしょ」
しかし流石だな。あんだけ笑われていたのに、一瞬で黙らせるとか。他の人たちにも解るヒロの殺気、この感覚も久しぶりだ。
『……大沢選手、さっきとは打って変わって……なんと言いましょうか、雰囲気が違いますが……?』
『そうですね……キャラで騙されやすいでしょうが、大沢選手は中学時代、荒れに荒れていた緒方選手を力で止めていたとか。そんな芸当ができる者は限られていますよね?』
『解説の玉内さんは緒方選手と試合をした事があると聞きましたが、大沢選手とは?』
『大沢選手とは無いですね。ですが、試合を観た事はありますよ』
『それを踏まえて予想はどうですか?』
『どっちか勝ってもおかしくはない、とだけ言いましょうか』
玉内の結びに静まった会場に歓声が沸いた。あいつも『持っている奴』だな。ヒロとは対極だ。
「両者、リング中央に」
レフェリーの出川さんに促されて中央に向かう俺。そして――
顔を突き合わせて睨み合う!!ぶち砕く意思を拳に纏わせて!!
「おい隆!そのおっかねえ顔は駄目だろ!博仁もだ!」
「いいから出川さん、チェックしてくださいよ」
「そうだぜ出川さん。俺達はもう腹をくくってんだからよ。安心しろ、ちゃんとボクシングだから」
そう、これはボクシングの練習試合。本気も本気のガチスパーなだけだ。
「そ、そうか?じゃあ肘打ち、頭突き」
「もういいっしょ?ルールなんて何度も聞いてるし知っている」
「出川さんはレフェリーストップとちゃんとやってくれたらいいですよ」
「お前等って俺をぞんざいに扱うよな?」
そうじゃないが、今は早く試合がしたいんだよ。ヒロだって同じ気持ちだろ。
俺もそうだがこいつだって観客の前で負けたくないからな。殺気もやる気も当たり前の事だよ。
『注意も終わり、両者コーナーに帰りますが、玉内さん、序盤はどう予想しますか?』
『様子見でのジャブ、がセオリーですが、両選手は同門で手の内を知り尽くしていますからね』
ジャブは基本だ。当たった方が主導権を得る。だからジャブで正解だが、様子見のジャブじゃない。
「隆、ジャブで最初に当てろ。主導権を握って一気にやれ」
頷く。元々そのつもりだったし。しかしだ。
「向こうはどういう作戦っすかね?」
「同じだと思うが、手の内を知り尽くしているってのがな。序盤で大砲もあり得るだろうが、逆に向こうもそう思っているだろうな」
そうだよな。だから考えるのは後だって結論にいつも達するんだよな。
「兎に角ジャブだ。腹に集中させろ。どうせ防がれるんだからボディに意識を向けさせて顔面狙いだ」
マウスピースをかませながらの助言。それも多分織り込み済みだともうぞ。もっとも、俺じゃなく青木さん、荒木さんの戦略を読んでいるんだろうけどな。
コングが鳴った。リング中央に向かう俺達。
『さあ!運命の第一ラウンドです!』
運命か。いい言葉知ってんな里中さん。
ヒロがグローブを突き出してきた。それにこつんと当てる俺。
引いての左ジャブ!ヒロも同様に左ジャブ!やっぱりおんなじか!
「隆!!先に当てろ!!」
「博仁!主導権絶対に取れ!!」
向こうも同じ檄が飛ぶ。まあ、作戦通りにボディにジャブを集中させる。
「ふん。荒木さんの差し金か。ボディに集中させて顔面のガードを甘くしようってこったろ」
やっぱ読まれてるわ。しかも荒木さんの作戦だってバレてるわ。
「何でもいいや。せめて10ラウンドは持たせろよ隆!!」
ジャブのスピードが上がる。しかも俺のボディへのジャブは冷静に捌いてやがるし、この作戦はもう失敗したと言っていいな。
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