とうどうさん~023

 暫く歩くと、後ろから追ってくる足音。振り返ると、それはトーゴーだった。

 歩を止めて追い付くのを待つ。

「おい、空気ぶっ壊してくれんじゃねえかよ。こっちは一生懸命接待しているってのに」

「文句言いに来たのか?それとも鼻血の恨み節か?」

 ハッと鼻で笑う。

「どっちでもねえ。話しをしようとも思わねえけど」

「じゃあなんで追って来た?」

「俺は『とうどうさん』最強だ」

 なに言ってんのこいつ?そんなモンの最強だからなんだっての?

「力を使わねえ、って前提での、ただの喧嘩の実力なら、って事だがな。そんな俺がやられっぱなしなのは頂けねえ」

「なんだよ、リベンジ狙いか?恨み節と同じじゃねーか」

「まあ、そうだが、若干違う。お前とおんなじだからスッキリしたいって事だ」

 俺と同じ?こいつと俺が?どの辺が?

「お前も何となくモヤモヤしてんだろ?共闘はいいし望むところだが、敵だろ、って感じで」

 成程な。俺と同じってのはそう言う事か。だが、違うぞ。

「共闘は遥香が望んだし、藤咲さんも似たような考えだからそうするべきなんだろうが、朋美なんかぶち砕いて殺すから共闘も何もだし、何よりお前等敵だろ?敵と慣れ合うの?チョー嫌だよ。って事だよ」

「俺が思っているよりも一段上かよ!?」

 仰け反って驚くが、ただの本心だ。だからあんま気にしなくていい。

「ま、まあいいや、要するに、殴り合いたいって事だ。東山はいいよって言ってくれたから、後はお前次第、だけど、さっきも言ったが、俺達はお前を利用したい。俺にぶっ飛ばされた後に共闘は無しと言われちゃ堪らねえ。だから普通に断ってくれてもいい」

 つまり、こう言う事か?ぶち砕いた後でも共闘してくれ。朋美こええから。

「それでいいぞ。お前が後悔しないんだったら」

「やけにあっさり決めてくれたな?有り難いけど。じゃあ人気のない所に行こうぜ」

「ここでいいだろ。誰かが救急車呼んでくれるだろうし」

 お前の惨状を見たらそうなる。逆に人がいた方が良くね?早めに通報してくれんだから。

「人の目があり過ぎるだろ!?」

「なんか問題でもあんのか?」

「ありまくりだろうが!!どこまで常識が無いんだお前!!」

 なんか指を差されて言い切られた。

「お前って場所を選んで喧嘩していたのか?俺はそんな事した事無いけどな。向かってくる糞はぶち砕く。後悔は病院でしろってな」

 構える俺。トーゴーが目を剥いた。

「噂以上の狂犬だよお前!!警察沙汰になる事はどうでもいいのか!?」

 そんな事考えて喧嘩した事は無い。いや、あるけど、ほぼ無い。

 まあいいや、やると決めた以上言葉は必要ない。俺はいつも通り、敵をぶち砕けばいい。

 そんな俺の肩を叩く誰か。振り向くと、物調ズラしたヒロと波崎さんが居た。

「こんな所で何やってんだお前は。ホント見境ねえな」

「やほ、緒方君。遥香から呼び出されてデート切り上げて来たよ。遠くに出かけていたからちょっと遅くなっちゃったけど」

 遥香の奴、木村と河内だけじゃ無くヒロにも連絡していたのかよ。波崎さん、日曜日が休みってあんま無いからってヒロが昨日断った筈だが。

「遥香なら喫茶店だ」

「知ってんよ!!だからこっちの方に来たんだろ!!」

 呼び出されたと言うのならそうか。なら早く喫茶店に行け。

「波崎。俺こいつとタイ人連れてその辺に行くわ。槙原にそう言っといてくれ」

「え?だって緒方君、もうやる気だよ?止めないの?」

「言って止まる奴なら苦労しねえよ……」

 超げんなりしながら言う。そんな事は無いぞ。言って止まる時もあっただろ。

「俺が付いてっから大事にはしねえ。終わったら連絡すっから。木村達も来てんだろ?そう言っといてくれ」

「う、うん……」

 何となく心配そうに、だが、ヒロがいるならと何度も何度も振り返りながらも喫茶店を目指した。

「そんな訳だ。場所代えるぞ。ここは目立ち過ぎる」

「……大沢だっけか?助かったぜ……」

 安堵して息を吐くトーゴー。警察が怖いのなら喧嘩なんかしなきゃいいだろうに、ヘタレ過ぎんだろ『とうどうさん』は。

 ともあれ、ヒロに連れられて向った先。

「さっきの河川敷公園じゃねーかよ」

「知らねえよ、さっきのとか言われても」

 そりゃそうだ、お前居なかったんだから知る由もないよな。

「まあ、日曜で人も意外と歩いてっけど、さっきの道路のど真ん中よか遙かにマシだろ。ああ、言っとくけど、ヤバいとなったら止めるからな。そっちのタイ人も解ったな?」

「有り難い、東山の力が解除されたと言っても、意外と人通りが少ないからな」

 そう言って構える。そんなトーゴーにヒロが振った。

「なんだ力って?」

「あとで説明する……つうか、お前等の仲間全員に話すから、都合の良い日を緒方の女から指定される筈だ」

 ふーんと言って下がるヒロ。やってもいいのか?じゃあやるか。

 利き足に力を込めて!渾身のダッシュで懐を取る!

「速いが舐め過ぎだろ!!」

 がに股加減で放った蹴り。ムエタイ特有の蹴りだ。ボディの軌道だが、俺は前傾姿勢でのダッシュの為に顔面の位置にある。

 ならば、と根性で歯を食いしばって其の儘突っ込んだ!!

 目論見通りにトーゴーの蹴りを額でガードした。が……

「おう!?」

 振り切った蹴り。と言う事は、俺は吹っ飛ばされた事になる。

 貰う覚悟で気合を入れて突っ込んだが、まさかぶっ飛ばされるとは。俺は体重を前に乗せていたっつーのに。

 地面を転がる俺。だが、追撃を警戒して瞬時に立った。

 構えを取ったら、トーゴーの方が目を剥いていた。

「マジか……俺の蹴りを喰らっても立つのか……」

 はあ?と思った。それが正直な感想なら舐め過ぎなのはお前の方だろ。

「額でガードして突っ込んだだろうが。あんなもん効いちゃいねーよ」

 いや、結構グワングワンしているけど、当たり前に虚勢を張った。

「それも織り込み済みで放ったんだがな……」

 目が座ったトーゴー。またまたはあ?と思った。

「お前、俺を相手に様子見だったのか?だとしたらとんだ間抜けだ。本気の蹴りだったらダウンくらいは奪えたかもしれねーのに」

 転がったからダウンしたんじゃね?との突っ込みはいらない。

「様子見じゃねえ。無意識に手加減していただけだ。俺も人は殺したくねえからな……」

 本気で甘いなお前。だったら俺に喧嘩売って来るんじゃねーよ。

「やっぱり死ぬのはお前だったようだなあああああああああ!!!!」

 またまた突っ込んだ。トーゴーもさっきの蹴りの構え。しかし、今度は違うぜ。

「あ!!ああああああああああああああああ!!!ああ!!!」

 さっきは額で受け止めたが、今度はストレートでその脚をぶち砕く!!

 同じ構えからの同じ個所への蹴り。そこに右ストレートをぶち当てた。

「くわっ!?」

 トーゴーの身体が流れてバランスを崩した。そこに左ボディ!!

「ぐ!?」

 腹を押さえて膝をつくトーゴー。その様子を愉快そうに眺めて言う。

「河内に羽交締めされた時に、俺のボディに蹴り寄越したよな?俺はそんな無様に腹押さえて膝付かなかったぜ?」

「くく……て、テメェ……」

 厳しい瞳を俺に向けるが、全然怖くない。ガンくれて威嚇のつもりなのか知らんがなぁ……

 左フック!頬を貫いてダウンを奪った。

「おい、お前ってそんなもんじゃねーんだろ?死ぬ前は殺すつもりでぶん殴っていた、んだろ?その力見せろよ。それとも『間合い』が無けりゃそんなもんなのか?」

「……くく、くくくくく……俺も随分と温くなったもんだな……いや、殺されたくねえ、殺したくねえって思っちゃったからそうなったんだな……」

 なんかブツブツ言いながら立ち上がる。

 顔を上げたトーゴーを見てちょっと身体が引いた。

 こいつ、笑っていやがるが、全く笑っちゃいない。なんつーか、俺と同じ表情……

「礼を言うぜ緒方。今なら幽霊もぶっ飛ばせるような気がする」

「朋美如きにビビって言う事はいはい聞いていた奴が虚勢張るなよ。と言いたいが、そうかもな……」

 思わず構えた。こいつ……『俺達レベル』だ。下手すればこっちがやられる!!

「目を覚ましてくれた礼だ。本気の、いや、戻った俺を見せてやるよ。参ったは聞いてやるから早目にな」

 言ったとほぼ同時に俺のボディに痛みが走った。突き刺すような蹴り。それが俺のボディに入ったのだ。

 吐きそうになった。ボディで俺にそこまでダメージを覚えさせた奴は記憶に乏しいが、恐るべきはそこじゃない。

 蹴りが見えなかった。速いなんてもんじゃない、今までやり合ってきた奴の中でも断トツに速い!!

 この蹴り、ひょっとしたら河内以上か!?的場よりも速い!!

「シッ!」

 息吹きが聞こえたかと思ったら顔面が横に飛んだ、首が回ってもげるんじゃねーかと思ったくらいの衝撃!!

「なかなかタフだな!!」

 左脚から全身に響いた痛み。ローキックか!?

 しかし、モーションが掴めない!速いだけじゃない!軌道が全く一緒なので、速い秘密は解ったが……

 後ろに跳んで間合いと取る。そしてでっかく深呼吸して言った。

「さっきのムエタイの蹴りと違って、今の蹴りって全部前蹴りみたいなもんだな?回し蹴りが無い」

 ほう?と感心した顔になった。図星だって事だ。

「大抵の奴は腰を捻って回して蹴りを放つ。それはムエタイでも空手でも同じだ。ハイでもミドルでもローでも。だが、お前のは直線だ。ウェイトも乗っていやがるから、モロに喰らえばヤバいな」

「よく見えたな。その通りだが、当たり前だが通常の蹴りも打てるぜ?」

「そりゃそうだろうが、それは溜めが必要のとどめ用だろ?大抵の奴なら、その前蹴りのようなキックで終わる。だが、生憎だが、俺は大抵の奴じゃない」

 俺は強い奴と戦いたいとか、こいつに勝つために鍛えているとかじゃない。

 ぶち砕く為に。糞を殺す為に鍛えて来たんだ。

「見せてやるよ……殺気の籠ったパンチをな……」

 地を蹴った!今まで以上に速いダッシュを意識して。狙うはリバー。肝臓破裂させてやる!!

「確かに速いが!」

 蹴りの間合いよりも深く入った俺だが、顔面に衝撃が走って脚が止まる。

 こいつ、膝を合わせてきやがった!!

 その時目に映った。トーゴーが半歩ほど下がったのが。

 ヤバい!と思ってガードを固める。

 ガード越しでも気を失うんじゃねーかと思う程のハイキック!!これ無防備だったら終わっていたぞ!!

 たたらを踏んで後退する。効いちまった!!

「シッ!」

 前蹴りのようなハイキックがまた飛んできた。またガード越しだったが威力がスゲエ!!

「防いでいようが効いてんだろ!!」

 ローをぶちこまれる。膝がガクンと折れた。

「くたばれ緒方!!」

 股が開いた、ムエタイのがに股のような蹴りが来る。

 しかし、これはチャンスだ。このキックは溜めが必要な筈。つまり隙が生じる。

 問題は俺がその隙を生かせるかどうか。つうか生かさないと終わる。

 相討ちでもいい。あいつの動きを止めればなんとでもなる。

 スタンスを広げて一瞬。直ぐにダッシュをかます俺。

「!?」

 驚いている顔をしているぞトーゴー。自分のキックで直ぐに動ける奴が今まで居なかったようだな?

 だけど俺は動けるんだよ。お前の蹴りなんぞよりも強力なキックを放つ奴と戦ったんだ。

 その蹴りを喰らっても動いたんだよ俺は!!

 踏み出す右脚!!これでお前のハイキックの間合いは消した。代わりに俺にストレートの間合いになったぜ!!

「ちちちっ!!」

 流石と言っておこうか。修正して速度重視の蹴りに代えやがった。だけど俺は相討ちでもいいんだよ。お前の動きさえ止められればな!!

 放つ右ストレート!俺の方がドンピシャの間合いだったので、トーゴーの蹴りが当たる前に顔面を貫いた!

「ぐあっ!?」

 ハイキックを放っていた最中という事は片脚だったと言う事だ。それは防御の力じゃない、攻撃に転じる為の力。要するに踏ん張りきれていない。

 片脚で俺の右を踏ん張れるか!!

「あ!!あああああぁああ!!ああっ!!!」

 振り抜いた右!!トーゴが半回転して倒れた。これで二度目のダウンを奪った。

 だが、これで終わりじゃない。これは喧嘩だ。異種格闘技戦じゃない。

 俺はトーゴーのマウントを取った。これは喧嘩だ。タイマンの喧嘩だ。最悪死ぬまで続く、ただの喧嘩だ!!

「あああ!!」

 馬乗りになってぶん殴った。当たり前だがガードするトーゴー。

 しかし、マウントを取った方が絶対的な有利なのは承知だろう。お前もこんなのやられた事あるんだろ?

 右と左を交互に、高速で何度も放つ。ガードの隙間を狙って、何度も。

「くくく!!っが!?」

 左がジョーに入った。一瞬ガードが緩んだ。

 そこに渾身の右!ガードをぶっ壊して鼻に入った!

「があっ!?」

「頑丈だなトーゴー!!俺の右をまともに喰らっても折れない奴なんて、滅多にいないぜ!!」

 喉に左!喉笛を潰して終わらせる!

 顔を捻って逃れたトーゴー、目もいいのかこいつ。

「野郎!」

 苦し紛れか、腕を取るように狙って来たが、お前、関節は専門外だろ。俺は柔道家にもこうやって殴って来たんだぞ。

 お前如きに腕なんか取られる程間抜けじゃねーよ!!

 その狙われた右腕を引き、左拳を叩き込む!その際力を込めようと意識しすぎたようで前のめりになった。

「隙が出来たな緒方あ!!」

 首に両腕を絡めて、言うなれば寝ながらクリンチされた。これじゃパンチを放つ隙間が無い!しかもこいつ、不完全ながらも頸動脈を締めてきやがった!

「この糞が!!野郎と抱き合う趣味なんかねーんだよ!!早く離せ!!」

 超窮屈だが、まったくダメージに繋がらないだろうが拳を打った。脇腹に。

「ご自慢のパンチもこれじゃ役に立たねえみたいだな!!この儘締め落としてやる!!」

 ギリギリと締まる首。さっきも言ったが不完全故落ちる事は暫くないだろうが、この儘じゃマズイ!!

 両腕を突っ張った。馬力で。向こうも頑張って押さえつけていたのでパンチの隙間は出来ないが、それでも僅かながらの隙間は出来た。

 顎に頭突きできる程度の隙間だ!

「らあっ!!」

「がっ!?」

 そんなにダメージにはならない筈が、締めていた腕が緩んだ。兎も角チャンスとばかりに拘束から脱出する。

「く!?」

 自分でもしまったと思ったんだろう、力任せに暴れてマウントから脱出して転がって間合いを取った。

「舐めやがってこの糞が……あんな不完全な絞め技で俺を落とそうとか、傲慢過ぎんだろ」

「強がりはよせよ緒方……結構ヤバかった筈だろ?尤も、顎にパンチ貰ったおかげであの頭突きにすら耐えられなかった俺も情けねえが」

 左がジョーに入ったなそう言えば。だが、成程だ。

 なんやかんやで俺のパンチは効いているって事だ。当たり前か、俺はその為に拳を鍛えて来たんだから。

「しかし、俺としちゃ良い展開になった。あの儘マウントを取られっぱなしになるよりはな」

 そう言って構える。確かに、立ち技最強との呼び声も高いムエタイだ。あんな絞め技なんかよりも自信があるんだろうし。俺を倒せる自信が。

 しかし、俺だって立った方が都合がいい。俺のパンチは地面も利用するからな!!

 前に出る。風切り音が聞こえて脚を止める。

 あの前蹴りのようなハイが飛んできたのだ。あっちの方が距離的優位だな。今更だが。

 しかし、俺は懐を取っての接近戦。そこが俺の土俵だ。

 あの蹴りを掻い潜って懐を狙う。


 たたん、たたたん。


「……ステップを踏みやがったな。真っ直ぐだけの直線馬鹿だと思っていたが、やっぱボクサーってとこか」

 違う。俺はボクサーじゃない。手段としてボクシングを選択しただけだ。あと、誰が馬鹿だ。

 まあいい。その言葉は病院のベッドの上で後悔して貰うから。


 たたん、たたたん。たたん、たたたん。


 ジグザクにリズムを作りながら向かう。あの速い蹴りの狙いを定めにくくさせる為に。

 蹴りの間合いに入った。同時にあの蹴りが飛んでくる。

 それをサイドステップで躱し、距離を取る。あの糞、慎重だな。追ってきやがらねえ。

 俺は短気だ。加えて懐に拘る。と言うかインファイトメインでそうなったんだが、兎に角懐大好きだ。

 よって直線でのダッシュが一番得意だが、短気でも知っているもんは知っている。

 あの糞の間合いはヤバいと。だからって訳じゃないが、俺にしちゃ慎重過ぎる程ステップを踏みまくった。

 国枝君に言われた事を思い出す。戦えばどっちか死ぬと。それがある種の枷となり、安易に突っ込めなくなっているのもあるんだろう。

 だがまあ、友達の忠告だ、これで正解だろう。なので執拗にステップを繰り返す。フェイントを織り交ぜて、前に出たり後ろに跳んだりと。

 あの糞はじっと見ているのみ。向こうも慎重だな。焦れねえとか、俺よりも気長じゃんか。

 じゃあもっとギアを上げようか!!


 たたたたん!たたたたん!


 ピクリ、とトーゴーの眉尻が上がった。まさかあれでMAXだと思っていたのか?

 ヒロよりも、玉内よりも確かに遅いだろうが、お前如きに捕まる程トロいステップじゃねーんだよ!!

 更にギアを上げてジグザクに突っ込む!!

「ちちちっ!!」

 あの前蹴りの様なミドルが飛んできたが、確かに速いが見せ過ぎたな。軌道が読めるぜ!

 キックが入る刹那、バックステップでそれを躱す!

「!?」

 そんな驚いた顔している場合か?一歩踏み込めばパンチの間合いだぜ!!

 前に出る。これでパンチの間合い!速度重視の左ストレートをジョー目掛けて放った!

 手応えと同時にトーゴーの身体が流れた。

 しかし、ダメージは無い。あの野郎、咄嗟にガードしやがった。身体が流れたのはキックを放っている最中のガードなので、踏ん張りが利かなかったからだ。

 だがしかし、身体が流れたって事は隙があるって事だ!!

 左を戻す。そして右をぶち込む。ワンツーだ。

 しかし、あの糞はそれを読んでいたかの如く、首に腕を絡めてきた。クリンチか!!

「今のはヤバかった。ガードが間に合ってホッとしたぜ」

 言いながら身体を密着させてきた。

「この糞が!さっきも言ったが、俺は野郎と抱き合う趣味はねーんだよ!!」

 暴れるが、がっちりホールドされているので体力だけが減って行く。

「俺だってそんな趣味はねえよ。だから早々にぶっ倒れて貰う」

 身体を引き離された。隙間が空いてチャンスと思ったが、反撃する前に膝がボディを貫く!

「かっ!?」

「ムエタイはパンチとキックだけじゃねえ。知ってんだろ」

 言いながらまたボディに膝!!これ地味にやべえ奴だ!!

「やっぱスゲエな緒方。ボディに打って気付いたが、鍛え方がハンパじゃねえ」

 そう言ってまたまた膝!!確かに俺は鍛えに鍛え捲っているつもりだが、これ逃げなきゃいつか倒れる!!

 しかもあの野郎、ストマックばっかじゃねえ。リバーにも打ち込んできやがる。これいつまでも耐えられる代物じゃねーぞ!

 右や左、ど真ん中とボディに膝を打ち込まれた。

 一応肘で叩いたり腰を引かせてダメージの軽減を図ったが、完璧に向こうに主導権がある。ダメージも溜まって来たし、マジでヤバい!!

「本当にタフだな!何発入れたか解んねえぞ!」

 あれ?ひょっとしてトーゴーの野郎、焦れてる?

「俺の膝をこれだけ貰って倒れねえとか、本気で化けモンかお前!!」

 ああ、いつもならとっくに倒れているって事か?俺が倒れないから焦っている訳か。貧弱な奴としか戦って来なかったのかよ、糞が。

 じゃあ、もしかして、と、膝を折った。ガクンと。

「漸くかよ!!これで終いだ!!」

 突き放す動き。思った通り、ハイキックでぶっ倒すつもりだ。ダメージが通り易いキックだからな!!

 その隙を狙ってアッパ-を打つ!

 と、ほくそ笑んでいたら、顎に衝撃が走った。え!?ハイキックじゃねーだと!肘かよ!!

 今度はフェイクじゃない、本当に膝が折れた。効いちまった!!ヤバい!!

 咄嗟に左腕だけでクリンチ。「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げたトーゴー。

「倒れたくねえってのか!?どんだけ強情なんだお前!!」

 腕を突っ張ったトーゴー。攻撃の隙を作ったって事だろうが、遅えよ。

「隆!!」

 ヒロが叫んだ。結構慌てた声で。大丈夫だ、一応手加減はするから。本気で打ったらどうなるのか想像もできないからな!!

 トーゴーのボディに右拳を当てた。

 そして右脚を、腰を、背中を、肘を内側に巻き込むように捻った。

 仕上げに添えた右拳に全ての力を伝達させるよう、捩じりながら放った――


「がはっ!?」


 目を剥いて崩れ落ちるトーゴー。両膝が地面に付く。腕から完全に力が抜けてだらんと垂れ下がった。

「隆!!殺してねえよな!?」

 慌てて駆け付けるヒロ。

「手加減したし、急所も外した。くたばっちゃいねーよ。気を失っただけだ。これも国枝君に感謝だな」

 あのどっちか死ぬとの警告が無ければ普通にぶっ放していただろう。そうすりゃ下手すれば死んでいたかもだ。

「そ、そうか、ところでこのタイ人どうする?」

 どうするもなにもだ。

「ここに置いとく」

「そりゃあんまりだろ。ベンチに寝かせておくとかよ……」

 なんでそこまで気を遣わなきゃいけねーんだ。基本敵だぞこいつ。

「救急呼べば病院のベッドまで運んでくれるだろ」

「なんでわざわざ大袈裟にしなきゃなんねえんだよ。このタイ人もこの先なんかやる事あんだろ。槙原に命令されて」

 そりゃ遥香はそうしたいだろうが、俺の知ったこっちゃねえ。と言いたいが、全部俺の為だしな、これは悩むところだ。

「しかし、やっぱ洒落なんねえ威力だよな。あの密着状態でこのダメージとかよ」

 気の毒そうに膝をついて気を失っているトーゴーを見ながら。せめて寝かしてやったら?と思ったが敢えて言わん。

「本気で打てばマジでどうなるか解らん。死にはしないような気はするが」

「解んねえもん打つんじゃねえよ。お前ホント物騒だな」

 だってこれ糞を殺すパンチだし。だが安心しろとヒロの肩を叩いて言う。

「これは朋美にしか使わねーから心配すんな」

「須藤はぶち殺してもいいと思うが、お前大体にして病院に行けんのか?京都だぞ」

「修旅で京都行くだろが。その時ぶち殺す」

「今年本当に京都なのか?修学旅行?」

 さあ?前回はそうだったが。つか、修旅まで生きたの前回しかないから、サンプルはそれ一つしかないから解らない。

「その辺遥香がどうにかすんだろ」

「その槙原にこいつ等許せって頼まれたんだろうが。自分は槙原頼みなのに、槙原の頼みは聞かねえのか?」

 超痛い所を付かれた。いや、正にその通り。これは俺の方が都合のいい話しだった。

「仕方がない、バイトして自力で京都に行くか……」

「そんなにこいつを味方にするのが嫌なのか……」

 嫌って訳じゃない。結果がどうあれ共闘はするとこいつにも約束したし。ただ、馴れ合いたくねーな、とか思っちゃう訳だよ。赤坂君の事があったし、どうにも信用できないから。

 その時、ぞろぞろとこっちに向かって来る足音。

「やっぱり此処か。槙原の読み通りだな」

「いや、波崎が大沢君の伝言したでしょ。だったら空気読んで此処かな、って」

 やってきたのは俺の愛すべき彼女さんと友達、そして『とうどうさん』だった。

 その『とうどうさん』総括とも言える東山がぶっ倒れているトーゴーに駆け寄る。

「トーゴーが負けたか……じゃあお前に勝てる奴はもうウチには居ない」

「そうか、じゃあ、金髪、やるか」

 全員目を丸くした。なんで!?と。

「いや、こいつ俺に文句ありそうだったし、勝っても負けても『とうどうさん』とは共闘するしで、スッキリしたい」

「さっきお前と本格的に喧嘩したくないっつたよな!?」

 え?あれって本心だったの?てっきり方便かと思っていたが。

「ま、まあ、そうだったらいいや、ところであの糞女と宇佐美はどこ行った?」

「糞女って……上杉はさっき彼氏が出来たから早速遊びに行ったよ」

 なんか知らんが白井が代表でそう言った。

 兎も角、赤坂君と宇佐美が許した訳だし、とうどうさんと共闘するしで何の文句も無い筈だ。こいつの仇討ちがしたいってんなら話は別だが。

「じゃあもう一度聞く。『とうどうさん』と敵対関係は無い。共闘相手となる、でいいんだな?」

「そうです。トーゴー君もリベンジは狙わないと思います。この一度きりとの約束だったので」

 リーダーたる藤咲さんにそう断言して追って来たのか。じゃあもう心配ねーよな。約束破ってリベンジに来たら『とうどうさん』はもれなく全部ぶち砕く事になるのは何となく察しているだろうし。

「兎も角、お前の仲間全員に改めてもう一度話すから、その時お前も来るんだろ?」

 東山が若干不安そうな顔で訊ねて来た。断るとか思われているのだろう。

「面倒だが仕方ないだろ。朋美をぶち殺す作戦もあるんだろうし」

「あはは~。作戦と言うか根回しと言うかね」

 なぁんにも聞いちゃいないのに乗っかってきた彼女さん。間違いなく何か企んでいるだろ。

「じゃあ此処はお開きでいいだろ?」

「そうだな。結局何しに来たのか解んねえが、千明さんがこの後付き合ってくれるっつうから俺としちゃ儲けた気がするが」

「付き合うと言っても図書館でしょう?勉強するのよ。君の頭がとても心配だから」

 なんかズーンと項垂れる河内だった。じゃあ……

「こいつを回収してくれ。次は穏やかな空気の中で話し合いたいもんだ」

「殺伐させたのはほぼお前じゃねえかよ」

 木村の突っ込みに全員頷いた。とうどうさんですらも。

 兎も角、長話とトーゴーに付き合って疲れた。俺は手を上げてその場を後にする。

「待ってよダーリン、もうちょっと話しようよ?」

「マジで疲れてんだよ。だから休みたい。ホントに他意は無い」

 本心を述べたら遥香が慌てて他の連中に手を振って追いかけて来た。

 木村とヒロ達はもうちょっととうどうさんと付き合うのか?兎も角、俺は遥香を伴って家に向かった。

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