とうどうさん~020
藤咲さん、そんな遥香の意識なんか知っているだろうに、構わず頭を下げる。
「私達を助けてください」
全員固まった。遥香以外。
「うん。解った。いいでしょダーリン?」
振られて我に返る。
「助けろって言ったって、何から助けるんだ?」
決まっているでしょと藤咲さんとハモった。
「「須藤朋美からだよ」です」
カッと頭の血が沸騰した感覚!握った拳がギチギチと音を立てている。
「……緒方、そのツラひっこめろ。横井も『とうどうさん』も引いてんぞ」
木村に窘められるも、それは無理だ。だから代わりに別の事を言った。
「……解った。助けてやる。あの糞女は俺がぶち砕くから心配すんな」
「しかしよ。ぶっ殺すのは賛成だけどよ、どうやって?」
河内の疑問に答えたのは遥香。
「河内君、以前見たんでしょ?須藤を」
「確かに見たけど……」
「あの時、須藤はどこに潜んでいたんだろうね?生駒君を襲撃しようとした時は?」
河内も木村も横井さんも首を捻ったが、俺は全て解った。
「おい、お前等の力でこの辺りに人を近寄らせないようにできねーか?」
「え?じゃあ俺が……」
俺に言われて東山が動いた。傍から見れば何も変わっちゃいねーように見えるが、『嘘』でなんか施したんだろう。
「これで大丈夫だ」
「そうか……」
藤咲さんの前に瞬時に移動して拳を叩き付けた。と言っても藤咲さんにじゃない。顔面スレスレを狙ってその後ろに拳を叩きつけたのだ。
「お前!藤咲になにしやがる!!」
向かって来ようとしたトーゴーを東山と白井って奴が止めた。具体的には羽交締めをして。
「落ち着いてよトーゴー、藤咲を狙った訳じゃなさそうだし」
「緒方なら不意打ちで潰すつもりなら本気で潰している。意図は解らねえが、幸を狙った訳じゃない事は確かだ。だが、一体何のつもりだ?そこは答えて貰うぜ……」
やたら凄んでくる東山。それを遥香が窘める。
「助けて、って言ったでしょ?それよりも、アンタ達早く離れた方がいいよ」
酷く歪んだ笑みを藤咲さんに向けながら。いや、違う。俺が殴った個所と同じ場所に向けながら――
「何言ってんだ?幸の言っている事も解んねえってのに……!!」
東山を除いて藤咲さんから距離を取った『とうどうさん』。いや、ビビって身体が勝手に退いたってのが正しいか。
藤咲さんの後ろから悪意の塊である黒い影がずももも、と現れたのだから!!
「これはあの時と同じ……!!」
「いいからお前もすっこんでろ東山。木村、東山を近付けんな。河内は横井さんを死んでも守れ」
半ば強引に東山を引っ張って木村にぶん投げる様に渡す。
「お、おう……これがお前が言っていた奴か?河内も見たって言う……」
「ビビんな木村。言っただろ、この手の類には気持で勝つって」
思い出したように姿勢を正す木村。そして凛として影を睨み付ける。木村は心構えを持ち直したようだから安心だ。河内は一度見たので比較的余裕を持って横井さんの前に立って庇う事が出来た。横井さんは真っ青になってガクガクしていたが、これはしょうがない。
俺は踏み出す。殺気を全開にして影に向かって。
そんな俺を遥香が前に出て止める。
「おい……」
「え?まさか心配してんの?あんな程度の子を怖がるとか思っているの?」
振り向いた遥香に面食らった。マジで嬉しそうだったから。しかし、ワクワクと言った感じじゃない。
「久し振り須藤さん。そんな影に隠れてないで出てきなよ。久し振りにお話ししよう。あ、この子は返して貰うけどもね」
藤咲さんの手を取って力任せに引っ張って木村の方、と言うか東山にぶん投げた。
東山は「うおっ!?」とか言いながらもしっかりと受け止めた。それとほぼ同時に影が姿を形成していく……
遥香はやっぱり笑いながら「それ」に向かって言う。
「おお。そうだったそうだった。こんな顔だったよね。久し振り過ぎて忘れちゃってたよ、ごめんごめん」
テヘペロの体で、絶対に悪いと思っていない態度だった。
「それ」はギョロっと目玉を遥香に向けた。
――久しぶりねぇ槙原……わざわざ殺されに来てくれたんだ?感謝するよ、そこは……
地の底から穴を通って吹き付ける風に乗ったような声で。
「うん?殺されるって、須藤さんに?まさか、あり得ないよ。だって私、あなたなんか眼中にないもの。私の敵は最初からずっとたった一人だよ。当たり前だけどあなたじゃないよ、須藤朋美さん」
ケラケラ嘲笑いながらの返し。俺の心臓の鼓動が増した。
遥香の敵って……たった一人って……
と、兎も角、藤咲さんに『憑いていた』朋美だが、俺のパンチによって剥がれた訳だ。しかし油断しちゃいけない。
「木村、藤咲さんだけは守れよな。一回憑かれちゃったんだから二回目は容易になるから」
「え?お、おう……」
東山と一緒に藤崎さんを後ろに隠す。しかし、緊張が尋常じゃないのが伝わってくる。
「どうした?生霊が怖いか?」
「……こええに決まってんだろ……初めて幽霊なんか見たんだしよ……だけど、うっすらだが……ああ、こいつだって理解できる。だから少しばかりは余裕があるか……それに、お前がさっき言った言葉があるからよ。勝てる可能性があるのなら踏ん張れるぜ……」
汗をぶったらしながら。東山もカタカタ震えながらも藤咲さんを身を挺して庇っている。
その藤咲さんは当然怖いのだろうが、東山は木村って程じゃないような感じだ。女子の方が胆が太い。
じゃあもう一人の女子、横井さんはと言うと……
「ちょ、千明さん、ヤバいから俺の後ろに居ろって」
「……確かに怖いけれど、話程じゃないから何となくは平気よ……緒方君にあんな迷惑行為をしたんだから一言くらい言わせて頂戴」
ガクガクしながらの答えだった。空元気だろうがそれでいい。隙を見せちゃいけない。
「だから、マジいから駄目だって!俺だって幽霊相手に守り切れる自信はねえんだ。せめて対処しやすようにしてくれ……」
河内に窘められて渋々と背中に回った。横井さん、朋美に文句言うつもりだったんだ……だけど話なんか通じないぞ、こいつ狂人だから。
向こうの『とうどうさん』も全員ガタガタ震えて地べたにケツ付けてやがる。一応あいつ等も守らなきゃならんのか?
しかし、流石は遥香だな……怖がるどころか待ち遠しかったって感じだし。
元々朋美を眼中にしなかったようだから脅威を全く感じていないんだろう。俺はビビりにビビっていたが。
まあ、それは兎も角、また会えたんだ。
「おい遥香、退け、この糞は此処でぶち砕く!!」
ぐるん、と遥香から顔事俺を向く。やけにぎょろついた血走った目だ。
――隆ぃ~……何で私を殴るのよぉ~……?私の気持ち、知っているんでしょ?それなのに、なんでこいつの物になってんのよぉ~……
カチカチと歯を合わせて。食いしばりたいが出来ないって感じだが……
「あれ?須藤さんって、もしかして奥歯無くなったの?」
ギョッとして遥香を見る。実に涼しそうに問うているのも驚嘆だが、なんで歯が無いって解った?
朋美の顔が醜悪に歪んだ。それを見た俺と遥香を除く全員が「ウッ」と声を漏らす程の表情だった。
――生駒って奴と大沢にやられた時に奥歯全部飛んだのよぉおおおおおおお!!あいつ等絶対に許さない!!殺す!!殺す!!槙原、アンタも殺す!!!
ヒロと生駒にやられたから奥歯が無くなったのか。だから俺は言ってやった。
「ザマァねえな糞!!俺は息の根を止めてやる!!」
跳び掛かる俺。だが、遥香がシャツを引っ張って止めた。おかげでつんのめって倒れる羽目になった。
「なにすんだ!!」
流石に抗議する。この状況で遊んでいる場合か!!
「落ち着いてダーリン、折角話が出来たのに、即退場させるなんて無粋じゃない?」
挑発の様に笑いながら。勿論、向けている相手は朋美だ。
ぐるん、と再び遥香に顔を向ける朋美。上杉が「ひっ」と漏らしたのが聞こえた。
――この私に何の用事なの槙原ぁぁぁぁぁぁぁぁ………言っておくけど、命乞いは却下よぉ?だってアンタは殺すもの。隆と付き合っているアンタを生かしておく理由は無いからねぇぇぇぇ?
禍々しく息を吐きながら。こいつと何の話があるってんだ?もうぶち砕いてもいいんじゃねえ?
「あはは~。命乞いなんかしないよ。だってアンタはもうじき死ぬもの。だから全く脅威じゃない。だけど、今回のように鬱陶しい真似をされちゃ困るのよ。悪いけど寿命が来るまで大人しくベッドで寝てくれない?」
――随分甘く見ているじゃないの槙原ぁああああああ!!!
覆い被さろうとした朋美!俺の身体が勝手に動いて遥香の前に立つ!
「お前こそ俺を甘く見んなよ糞が!!」
殺す意思を乗せた右!しかし空を切った。
「……おう糞、意外だぞ?其の儘突っ込んで来るかと思ったが」
「意外と脳みそが詰まっていたんじゃない?」
馬鹿にするように笑いながら言う遥香だった。挑発させたら日本一だよな、こいつ。
――伊達に何度も殴られて無いのよ隆。だけど、アンタは許すよ。だって私の物だもの。多少の我儘は可愛い物よねぇ……
ぐにゃりと笑う。「く…」とトーゴーが漏らす程の醜悪な笑顔で。
「こらこら、勝手に自分の物にしない。この人は私のダーリンなんだから。振られた狂人は遠くで眺めるが吉」
ギュッと抱き付いてくる遥香。べたべたと頬まで擦り付けて、恍惚の表情までして見せて」
「緒方……言いたかねえが、こんな時にまでイチャつくなよ……」
「見えてたよな木村!?遥香が勝手に絡んできたんだぞ!!」
イチャつくとか、俺からはいつもやってないぞ!!遥香がスキンシップを図って来るの知ってんだろ!!
――今カノのアンタがくたばれば隆の気持ちも変わると思わない?
「あはは~。言ったでしょ?アンタなんか眼中にないって。私の敵はたった一人。言っておくけど美咲ちゃんでも春日ちゃんでもないよ。あの子達今は幸せだしね」
――ははははははは!!気が合うねえ槙原!!私もそう思っていたのよ!!敵は一人だってねえ!!!
「あはは~。あの子もアンタなんか眼中にないと思うよ?私以上にアンタを嫌いだろうしさ」
笑い合っているが、絶対に本心じゃない。挑発でもない、確認させているんだ、お互いに。
こいつ等の最大最強の敵は麻美!朋美は兎も角、遥香までそう思っていたのかよ!
「おい!あさむぐっ!?」
続く言葉を遮られた。遥香の手のひらによって、物理的に。
「大丈夫。麻美さんは弁えているから。だから私も何もしない。問題はこっちだよ、やっぱり麻美さんを狙っていたようだね」
ボソッと俺にしか聞こえない音量で。朋美のターゲットを見定めるのが今回の狙いか?
だが、麻美を狙っているって事はなぁ……
「お前が死ねよ糞が!!!!」
遥香を振り切ってかち上げるアッパー!!ボッと朋美の闇をぶち破った!!
「マジか緒方……本当に幽霊をぶっ飛ばしやがった……」
東山が慄いているようだが、ぶっ飛ばしちゃいない、あの糞、回避しやがった。纏っている闇をぶち抜いたに過ぎない。
――せっかちねえ隆……女子同士の話に割り込んでまでする事じゃないでしょ……
耳元での声。こんなに接近しやがったのか?俺相手に!!
「舐めんなよ糞が!!!」
左フック!!これも軽やかに躱される。
「おかしいぜ……以前は簡単、って訳じゃないが入っていたのに、緒方のパンチをあんなに躱せるもんか?」
「確かにおかしいな……手加減している手訳じゃねえし、殺気もマジモンだ……」
木村と河内もおかしいと感じ始めた。俺が感じている事をあいつ等も感じているって事だ。
「ねえ須藤さん、あなたって死にそうでベッドから動けない筈だよね?」
いきなり話し掛ける遥香。今はこいつを砕く方が優先だろうに?
――そうよ。この頃は寝ていても身体が痛くてね……夜中痛みで目が覚めて絶叫する事もよくあったわねえ……
お前も雑談に応じるのかよ!!突っ込もうとしたが、先に遥香が口を開いた。
「よくあったって事は、今は無い?」
――…………!!!
朋美が一瞬険しい顔をした。なんつうか、核心に触れたって顔だったような?
「ねえダ-リン、この子って生霊だよね?」
「え?今更何言ってんだ?前からそう言っているじゃねーか?」
「生霊って覚醒中でも飛ばせるものなの?寝ている時限定じゃなく?」
……本当ならこんな雑談している場合じゃないが、何か理由があるんだろう。遥香の顔がそう言っている。
「関係ない。念を飛ばすって事だからな」
「私は須藤さんと会うのはこれが最初だから解らないけど、以前はもっと殴り易かったんだよね?」
「殴り易かったって言うよりは、デフィンスが上手くなったっていうか……俺のパンチが見えているから躱せるって感じか?」
大きく頷いて朋美を見る。その見る目が本当に侮辱していた。哀れんでいるようにも見える。嫌悪しているようにも見える。
「槙原、この子ひょっとして……」
「流石横井。今までの経過で読めたって所かな?」
頷く横井さん。え?何が解ったの!?
その横井さんもさっきまでは多少恐怖が見え隠れしていて、それを頑張って堪えていた感じだったが、今は怒りに変わっていた。
「なんだよ遥香、何が解ったんだよ?」
「いや~。痛みに耐えられないんじゃ、最初からやるなよクズ女って所かな?」
挑発じゃない、本心で言っているのが解った。朋美の形相が酷くなって行くのもどこ吹く風で。
「槙原、勿体ぶらねえで言えよ。千明さん、何に気付いたんだよ?」
河内に急かされたのかは知らんが、遥香が口を開いた。
だが、発する前に――
「あの幽霊は覚せい剤のような物を使用しているのでしょう。恐らくは病気の為に痛む身体から痛覚を無くする為に」
藤咲さんの言葉に全員固まった。
「そう、モルヒネって言う麻薬のような物かな?がんの末期患者に使用される事もある、強力な鎮痛剤。モルヒネは病院で処方されるけど、滅多に処方してくれない。適用ルールが厳しいのよ。中毒症状になるから」
遥香の説明に木村が割って入る。
「痛み止めで病院から処方されるんなら問題ねえだろ?しかも聞いた話じゃ痛いから打ってくれって言う代物じゃねえ。要は中毒にならねえように制限されるからだ。それが須藤が機敏になった理由にはなんねえだろ?」
「だけど、痛いの我慢したくないでしょ?特に須藤さんは痛いからどうにかしろって喚くキャラじゃない?」
その通りなので頷く。
「つまり代用品を用意したのよね。勿論だけど、病院に内緒にして、家族か、もしかしたら下っ端の組員に命令してさ。コカインを」
コカインと聞いて全員の表情が強張った。まさに麻薬じゃねーか!!
「コカインは元々鎮痛剤として開発された経緯がある。そして須藤さんのお家は入手しやすい環境でもある、コカインは覚せい剤と同様に神経を興奮させる作用がある。隆君のパンチを躱せたのはその為」
我慢できなくなって朋美をぶっ叩いた。しかし、やはり軽やかに躱される。
「おい糞!!遂に自分から薬に手を染めたかよ!!」
――はははははははは!!なに?怒ってくれるの?だけど、こうなったのも隆が全部悪いのよ?アンタが素直に私の物になっていたらこうならなかった!!
広がる闇!全員ビビってその場で固まった。これに揉まれたら間違いなくやられると言うのに、恐怖で身体が動かなくなったのだ。俺と遥香以外は。
よって動けた。この闇は意志を持っていたから、察知するのも容易だったから。
この闇は藤咲さんを狙っている!!
「相手は俺だろうが糞が!!!」
殺す意思を乗せたストレート!!闇が弾けて飛ぶも、規模がヤバい。俺一人じゃ防げない。
遥香曰く、木村達は俺が守ると決めたから大丈夫と以前言っていた。それを信用するにしても、藤咲さんや『とうどうさん』は守ると決めていない。さっき話したりなので、その意思は薄い。そもそも『とうどうさん』は敵カテゴリーだ。敵を守る筈がない。特に俺ならば。
ちくしょう、ヒロか生駒が居ればどうにかなったものを!!
そんな中、俺の他に動けた遥香が檄を飛ばした。
「藤咲さんを守るために生き返ったのは誰!?そんなチンケな意思でウチのダーリンに喧嘩売ったっての!?」
東山に向けた言葉か。しかし、動けない、固まっているにせよ、前に出て守ろうとの意思は感じる。
つうか東山に守れって言うの酷じゃねえ?あいつ、ただの甘ちゃんだぞ?
「動いてよ!君の為に一緒に頑張ってくれた友達を守るの、君の役目じゃないの!?」
尚も檄を飛ばす。俺はその間、闇に拳を振るっているので手が回らない状態だ。
なので俺も便乗する。
「やれ東山!!藤咲さんを、仲間を守りたいんならぶち砕け!!」
しかし東山はビビって動かない!!
「緒方!無駄だ!完全にビビっちまってる!!」
「ちくしょうが!!俺にも可能性があるんだったら!!」
木村と河内が微かに前に出た。朋美なんかに負けやしねえとの意思の表れだ。
――はははははははは!!流石西高の番長さんと晴彦を負かした黒潮の番長さんと言った所だけど、アンタ等には用事はないのよねええええええ!!あるのは裏切って敵に助けを求めたそっちの連中だよ!!ははははははははははは!!!!
朋美の言った通り、闇は、いや、朋美自身、藤咲さんに向かって行く!!
「マジか東山!!どうにかしろ!!トーゴー!おい!!」
しかし動かない。ビビって蒼白になってガタガタ震えるのみ。
本当に『とうどうさん』は朋美に負けたのか?兵藤が威勢のいい事を言っていた筈だが、虚勢だったのかよ!!
「っち」
遥香が舌打ちした、こんな状況で?
「綺麗事ばっかりだったか……まあ、高校生ならこんなものなのかも」
「おい!?冷静に何言ってんの!?チョーヤベェじゃんか今の状況!?」
俺は闇をぶち砕くので手いっぱい。友達に厄は寄せ付けないとの力(遥香の仮説だけど)で木村達にはどうにか被害が行っていない状況。
『とうどうさん』は全滅だろ!?流石に近所で死体が6つ出るとか勘弁だぞ!!
「まあまあ、『とうどうさん』は負けてないよ」
「なに言って……!?」
ぱあああああん!!と闇が飛散した。同時に「ぎゃああああああああああああ!!!」と絶叫が聞こえた。
つか、その絶叫、何度も聞いたぞ!!
「朋美!?何で顔半分飛んでいる!?」
闇が飛散したのは、朋美の顔が何かに破壊されたからだった!!絶叫は当たり前だが悲鳴だ!!
「ふう……アンタ達、怖がり過ぎ。一度死んだ身でしょう?今更もう一度死ぬことに何を怖がっているの?」
『とうどうさん』全員に向けた言葉なのは明白だが、発したのは……
「藤咲さん!?」
――ガアアアアアアアアアアア!!!!貴様、何をした!?
怒り狂う朋美。半分無くなった顔を押さえながら。
「何をしたと言われても、見た儘です。平手打ち。俗に言うビンタですね」
そう言ってビンタのジェスチャーを何度か繰り返す。
「な、なんで藤咲さんが……?」
朋美をぶっ叩ける?しかも、あんなに派手に?
「だって藤咲さん、負けてないもの。何度か話を聞いた限りじゃ、須藤さんに脅されて手下に成り下がったらしいけど、その脅しのネタが藤咲さんは人殺しだって事をバラすって事だったじゃない?」
「た、確かに兵藤がそんな事を言っていたが……」
兵藤を横目にそう言うと、瞬時に顔を伏せた。真っ赤になって。
「藤咲さんはさっきに話しじゃバラされても、というか知られても良かったようだよね?隠蔽したのが東山君で、それに協力したのが東山君達」
そういや、自首とか通報されてもしょうがないような事を言っていたが……
「藤咲さんを失いたくなかったのは東山君で、『とうどうさん』はそんな東山君に協力するメンバー。そうだったじゃない?」
「そ、そうだけど、藤咲さんは負けていない理由ってそれ?」
頷く遥香。更に、と付け加える。
「藤咲さんの人殺しをバラされちゃ困るから須藤さんに協力したってのは、言い訳。単純に生霊の須藤さんが怖かったから命令に従っただけだよ。あの人たち、一度死んで戻って来たんだから、生霊の執念の凄まじさは私以上に知っている、と言うか感じたと思うしね」
それで兵藤が顔を伏せたのか!体のいい言い訳をこの場に持ち出された引け目で!
それでも東山はやっぱり違う訳で。
「……俺がそうしてくれってこいつ等に頼んだからだよ……」
ふん、と鼻で息をする。
「まあいいや、おい足手纏い共。大人しく「リーダー様」の後ろに隠れてろ。幸いな事に、あの糞女、藤咲さんにビンタ喰らって超動揺してやがる」
なんか殺すとか喚いて頭振りまくっているし、要するに隙だらけだ。
ダッシュで一瞬にして間合いを詰める。そこは俺の右の間合い!!ただし、踏み出した脚は右脚だ!!
内に捻る右脚!!膝から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から拳に伝わる!!
「死ね」
放つ右!!溜めと回転を加えた俺のコークスクリュー!!糞女にぶちくらわすのは、これで二度目だ!!
俺のパンチは朋美の顎にぶち当たる!!
――…………………!!!
声も出ないか?そうだろう。お前の顎をぶち砕いたからな!!
これはフィニッシュブローだ。人間ならこれで終わる。決まれば追撃不要の一発。だが!!
右を戻した。そしてスタンスを広げて得意のリバーブロー!!
――!!!!?
「肝臓をぶち抜いたぞ糞女!!ただでさえボロボロの身体だ、早くくたばるのに力を貸してやったぞ!!」
朋美は藤咲さんの平手打ちと俺のパンチで左顔面と顎、それに肝臓が破壊された状態。しぶとく生きているようだが、薬によって痛みが消えて感覚が研ぎ澄まされているようだが、間違いなく本体にダメージは与えただろう。
つうか藤咲さんのビンタでなんであんなにダメージが通った?
考えていると、朋美が闇に紛れ込んで行くのに気が付くのが遅れた。
「おい緒方!!須藤が逃げるぞ!!」
「え?あー!木村!なんでもっと早く教えなかったんだ!何しに来たんだよお前!」
「槙原に呼ばれて万が一に備えたんだろうが!!須藤のとどめを促すために呼ばれたんじゃねえだろ!!」
「言い合いしている場合か緒方、木村!!って、もう居なくなった!!」
河内の言う通り、闇はいきなり掻き消えた。そして、当たり前だが朋美の姿は無くなった。
「おい河内!引き止めくらいしろよな!何しに来たんだお前!」
「槙原に呼ばれて万が一に備えたんだろうが!!須藤の引き留めに呼ばれたんじゃねえだろ!!」
「うるせえ!!お前等万が一って言うけど、何が万が一だ!?」
「「『とうどうさん』が一斉にお前を襲うかもって事だろ!?」」
え?そうなの?と遥香を見る。
「当たり前でしょ。あとダーリンが『とうどうさん』をうっかり殴っちゃって本格的に戦争になるのを避けるために止めて貰おうって事でしょ」
呆れられてそう言われた。いや、うっかり殴ろうとか……
あ、上杉って女をぶち砕きそうになったな。いやしかし、あの女は赤坂君の仇だから狙うのは当然で、そうなると命令を出したであろう東山もぶち砕かなきゃいけないのか?
いいんじゃねえの?『とうどうさん』との戦争。あいつ等が仕掛けてきたようなもんだろ?だったら買ってもいいんじゃないの?
じゃり、と藤咲さんが俺の前に出る。東山、慌てて止める。
「幸、無防備すぎる!なんだかんだ言っても緒方は『とうどうさん』を敵認識しているんだぞ!」
そうだけど。上杉って女、差し出すんなら溜飲は下げてやるけど。
「敵、つう程じゃねえが、そっちの金髪とは約束があったからな」
「やめとけ木村。さっき糞女にビビっていたのにお前とやれる訳ねーだろ」
心のままに発したら兵藤の表情が変わった。
「……確かに俺達は幽霊にビビっちゃいたがよ……それでお前等に気圧されていると思ってんなら心外だよなぁ?」
プッと噴き出す。
「今更虚勢張っても滑稽なだけだ。さっきの顔、忘れちゃいねーぞ。藤咲さんだけだろ、朋美を怖がっていなかったのは」
「この野郎……!!」
図星を突かれてお怒りな様子。拳を握ってプルプルしているし。
「仕方ねえな、折角来たんだ。俺がそっちのタイ人とやってやる」
「タイ人じゃねえ。ハーフだ。と言うかお前程度がしゃしゃるんじゃねえよ黒潮の。俺は緒方と約束があるんだよ」
「お前如きが緒方と張れる訳ねえから優しさで言ってんだ。俺なら病院送りまで追い込まねえって事だよ」
なんか俺そっちのけでバチバチ状態になっているんだが。遥香も横井さんも眉間を押さえて頭痛を堪えているし。
そんな殺伐などどこ吹く風の如く、藤咲さんがいつの間にか俺の前に出て来た。東山の制止を振り切って。
そして深々と頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございます」
その言葉に我に返ったように『とうどうさん』が固まった。
「……助けた訳じゃないよ。俺があいつをぶち砕くのは前から決まっていた事だ。それに藤咲さんのビンタから流れが変わった。だから『とうどうさん』を助けたと言うのなら藤咲さんだよ」
「私は義務がありますから、あれでも結構頑張ったんです。『とうどうさん』は私の為のチームですからね」
顔を上げてにっこり笑う。そんな笑顔を見せられちゃ……
頭を掻いて木村達に言う。
「ここはやめとこうぜ。朋美を追っ払ったのは藤咲さんの助力のおかげだからな」
「緒方君の力のおかげですってば。私のは空元気です。実際、あの生霊は私に憑いていた訳ですし」
俺的にはこの『本心』でまったくやる気が失せた。藤咲さんは混じりっ気なしで俺に感謝しているのだ。そんな状態で喧嘩なんかできるか。少なくとも藤咲さんは敵じゃないと思えた。
「……そっちの女に命令を出しているのは東山か?赤坂君と宇佐美を襲うようにしたのは」
「……嘘つき野郎って訳じゃない、強いて言うのなら、あの生霊にやれと言われたからだよ」
「いや、俺がお前等に頼んだからこうなった訳だから……」
東山が庇うように言うが、それはもうどうでもいいや。あとで内々でやってくれ。
「じゃあ上杉っつったっけ?赤坂君と宇佐美に謝罪してくれ。それで『とうどうさん』とは終わりだ」
ぶっちゃけ、あの件以外じゃ『とうどうさん』はどうでもいい。狭川と須藤真澄の件は何とも思っちゃいないし。
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