とうどうさん~019

「……その後解散して何度も湖に赴いて何度も力を上書きして、今に至ると言う事です」

 特に感慨深くも無く、飲み物の残りを啜る藤咲さん。

 俺としては人殺しの件云々はぶっちゃけどうでもいい。と言うか……

「そんな母親、殺されて当然だ」

 寧ろその件に関しては味方だ。俺も糞をぶち殺すと常々思っていたから、羨ましい気持ちも持っている。ホントはそんな感情いけないんだけど。高等霊候補としては。

 逆に目を剥いたのは東山だ。

「意外だな……非難されるかと思ったが……」

「非難はしねーよ。ぶっ殺したい気持ちの方が解るし」

 以前話したと思うが、人殺しは現世では大罪だが、前世で殺された仕返しと考えるのであればセーフなのだ。殺したら殺されるのは当たり前の事なのだから。

 この場合、藤咲さんは実に糞な母親に100回以上殺された訳だから、一度の仕返し程度、全然甘い。俺の見解だが。

 まあ、繰り返している事自体罪だが、これは東山が『引っ張った』訳だから、藤咲さんは被害者とも言える。

「あはは~。ダーリンならそう言うよね」

 こっちは読んでいたとばかりに愉快に笑う。

「まあそうだけど、お前の考えは?」

「概ねダーリンの言う通りだとは思うよ。殺した後の対処も必要だしね。これから生きて行こうと思うのなら。だけど、汚れ仕事を彼氏と友達に丸投げなのは戴けないな」

 笑ってはいるが目が全く笑っていなかった。

「それは俺が頼んだから……」

「うん。そこはまあ、しょうがないと思うけど、もう一つ気に食わない事があるのよね。そっちは本気で気に食わない。どうしてくれようかと思う程」

 その瞳に怒りが宿っている。遥香がそんな目を向けるとは……麻美以来じゃねーか?

「な、何がそんなに気に食わねえんだ?」

 東山がおっかなびっくり訪ねる。俺も興味があったので大人しく続きを待った。

「だって藤咲さん、愛して貰ったんでしょ?しかも三回もっ!!ウチのダーリンなんか何度も何度もどんな誘惑してもぜっっっっっっったいにしてくれないのに!羨ましくて妬ましいよ!!」

 俺は白目を剥いて卒倒した。こいつ何言ってんだ!?

「え?あれ?じ、じゃあお前等って何もしてねえの?」

「興味本位で乗っかるんじゃねーよ東山!!あれ?藤咲さん、一気に哀れな瞳になったような気がすんだけど!?」

「それは……当然でしょう?寧ろ私は緒方君を見損ないました。愛する彼女がそれをどんなに待ち焦がれているのか理解できないんですか?」

 逆に叱られた!!えー!?俺を非難する場面だっけ!?

「ねえ!?酷いでしょ、ウチのダーリン!!」

「酷いなんてものじゃないですね。槙原さんに興味がないと暗に言っているようなものです」

「そんな事無いぞ!!遥香には興味バリバリなんだ!!ただヘタレなだけなんだよ!!」

 カッコ悪い言い方になったが、実際そうだ。何度夜のおかずにしたと思ってんだ!!

「因みに藤咲さんの所って、平均月何回?」

「決まってはいないですが、抱かれたいと思った時には合図として甘えますし、颯介は思春期真っ盛りなお猿さんですから、基本的にはいつでも期を窺っていると思います」

「生々しい事言うなよお前……」

 げんなりする東山。こいつ、頻繁に……ゲフンゲフン!

「だ、だけど緒方、お前マジでヤバい奴じゃねえだろうな?男の方に興味があるとか……」

「マジふざけんな!!俺は遥香に興味津々なんだよ!!あのおっぱい何度妄想したと思ってんだ!!」

 なんか身を乗り出して余計なカミングアウトをしたようだが、男の方が好きとか思われるよりは遙かにマシだ!!

 あのおっぱいが俺にとってどれほどの凶器か解らねーだろ!!根性で堪えているんだよ俺はっ!!!

「まあ、藤咲さんと案外話が合う事が解ってよかったよ」

 そ、そうなの?話しが合うような場面あったっけ?

「私もです。もうちょっと綺麗事を言うのかと思いましたが、そうじゃなくて安心しました」

 藤咲さんも安心とニコニコ笑う。フェイクの笑顔じゃなく、本気で安心したような?

「幸、それってどう言う事だ?緒方を弄っただけじゃねえのか?」

「やっぱ俺って弄られてんだよな?」

 悪意がない訳じゃない、遥香の奴は本気でしたいと思って非難したんだろうが、藤咲さんは乗っかって弄っただけ。

 そう思ったが違った。

「要するに、藤咲さん自身は須藤と戦う決意をとっくにしていたって事だよ。須藤に怖がって従っていたのは東山君と言う訳」

 そうなの!?と目を剥いて藤咲さんを見た。

「ちょっと違います。私自身が捕まっても殺されてもいいと思っていますが、颯介が私の為に従ったのが正解です」

「……捕まらせねえし、殺させねえよ。何のために生き返ったと思ってんだよ……」

 深く溜息をついて東山が追記した。藤咲さんの為に無茶無謀な事を繰り返してきたんだ。その気持ちも解るが……

「朋美にビビったのは本当なんだろ?」

「……そりゃそうだ。戦って勝てると思えねえ。幽霊相手にはな」

 要するに、どっちも本心だと言う事だ。まあ、藤咲さんを守るのは東山の役目だ。俺にはあんまり関係ない。

「私としては、母親殺しの件は警察に持って行く事はしないけど、ダーリンは?」

「さっきも言っただろ。くたばって当然だって」

 この辺りはドライなのだ、俺は。死んで当然の奴を殺そうが、そこを責めたりはしない。

「俺は朋美をぶち砕く。その手助けをしろとも言わない。ただ、大人しくしていろ、邪魔すんな。向こうに着くんならまとめてぶち砕く。それだけだ」

「あの幽霊に命令されてんだよ。幸を捕まえさせたくなきゃ協力しろってな。お前は殺すなと言われたが」

 睨み合う俺達。女子達はやれやれと肩を竦める。

「じゃ、まあ、出ようか?」

「そうですね。それがいいと思います」

 今度は俺と東山が顔を見合せた。

「あの、出るって何処に?」

「外に決まっているでしょ。藤咲さん、どこ?」

「河川敷公園がこの近くにあるじゃないですか。そこです」

 河川敷公園?なんでそこに行くの?

「幸、なんでそこに?」

「トーゴー君達がそこに待機しているから」

 ガタン!とデカい音を立てて立ち上がる俺。

「仲間呼んでいたのか東山!!いいぜ、全員ぶち砕いてやるよ!!」

「ち、ちょっと待て!!俺は何も指示してない!!」

 慌てる東山。対してまた呆れる遥香。

「そのくらい読んでいない訳ないでしょ。藤咲さんの意図は兎も角、お友達を近くに呼んでいるくらい。大丈夫、こっちも呼んでいるから」

 今度は東山がデカい音を立てて立ち上がった。

「お前も呼んでいたのかよ!!最初から俺達と戦争するつもりで……」

「ち、違う!初耳だ!つか誰を呼んでんだ遥香!?」

「木村君と河内君、あと、付いて来たようで横井」

 あいつ等用事あったんじゃ無かったの!?だから俺と遥香の二人の筈だったんじゃないの!?つか、どこまで用意周到なのこいつ!?

 ともあれ出た。女子二人がとっとと出たので、俺達男子が慌てて付いて行く形になったのだが。

「おい東山、割り勘でいいよな?」

「おう。つうか、幸もそうだが、お前の所も女、とっとと出て行ったよな。金払えって事か?」

 俺は後で遥香から自分が飲み食いしたお金が帰って来るが、お前の所はどうも違うようだな。証拠に涙目になっているぞ。

 まあ、それを述べて追い打ちを掛ける必要もない。ともあれ河川敷まで雑談と行こうか。

「おい、なんで仲間呼んだ?」

「解らねえ……幸が用意したようだが……言っておくが、お前等と喧嘩とか考えてはいねえからな?そこは誤解すんなよ」

 誤解も何も、ふざけた真似をするのならぶち砕くだけだ。

「つうかお前も呼んだじゃねえかよ」

「あれは本当に俺は知らねーんだよ、遥香が仲間連れて来る事を読んでいたから用意したとか言っていたが、木村と河内二人だけってのがどうもな……」

 やり合うつもりならば、遥香なら万全を期して友達全員集めるくらいの事はする。だけどあの二人なのが解らん。横井さんは付いて来ただけのようだし。

「つうか、俺トーゴーとやり合う約束してんだけど、その辺お前はどう考えてんの?」

 仲間の一人が凶悪狂犬と戦おうってんだ。リーダーとしてどう思ってんの?

「トーゴーは強い。よって喧嘩するってんなら安心して送り出せるが、『とうどうさん』的にはお前等とやり合う事は考えてねえ。だからその辺俺もちょっと今のところは解んねえ。逆に聞くが、お前等は『とうどうさん』とやり合う事を想定してんのか?兵藤がツレは守るみたいな事、仲間が言っていたとか言っていたが?」

 木村の台詞だったかそう言えば。概ねその通りで、敵だったらぶち砕く。そこは揺るがない。俺じゃなくても、木村も河内も、友達全員そう思っている。

 河川敷公園に着いた。藤咲さんがスマホをピコピコ。遥香も同じ事をしていた。

 そして現れた。ククリット・トーゴーとその仲間達。つっても3人だけだが。

 一人はちょいポチャのメガネ。こいつだけは初見だが、兵藤と黒潮でおかしな真似をした女も来てやがる。あいつが上杉っつったっけ?

「……よう緒方。久し振りか?いよいよかもな」

 凄んでそう言うが、ぷっと噴き出した。

「何がおかしい?」

「いや、忘れてくれ。気にすんな」

 おかしいも何も。

 国枝君曰く、こいつを戦ったらどっちか死ぬとか物騒な事を言っていたが、何の事は無い。確信した、あの話を聞いて。

 殺すのは俺だ。こいつは参ったと絶対に言わないタイプなんだろう。だったら誰も止めなければとことんの俺だ。こいつは死ぬ。

 最初は得体のしれない力のせいでちょっと不気味だったが、今は全く怖いとは思わない。

「トーゴー、揉めるなって藤咲に言われただろ。そのおっかない顔やめろよ」

 ちょいポチャの男子に窘められて我に返ったような顔をした。

「えっと、お前の名前は白井でいいのか?」

「そうだよ。君の自己紹介は必要ないからいいよ、緒方」

 さして興味無さそうに。見た目よりも腹が座っているな。なんつーか、危険度はこの中で一番なような気がする。

「……まあ、確かに幸にそう言われたからね。なんで召集したか知らないけど、ここは言う通りにしましょう」

 上杉って女が前に出て来てそう言う。しかし、その顔を見た瞬間俺の理性が飛んだ。

「え!?」

「なっ!?」

 トーゴーも東山も、兵藤って奴も白井って奴も、そのくらいしか反応できなかった。何故なら、俺はあの女目掛けて瞬時に間合いを詰めたのだから。

「え!?な、なになになになに!?」

 なに、じゃねえだろ。お前人を使って赤坂君をぶん殴らせただろうが?その借りはまだ返しちゃいねだろ。忘れんじゃねーよ!!

 振りかざす拳!!女相手だろうが敵はぶち砕く。俺の大事な友達をあんな目に遭わせた報いだ、ここで死ね!!

 しかしぶち抜く事は叶わなかった。後ろから羽交い絞めにされて動きが止められたからだ。

 トーゴーか?それとも東山かと振り返ると――

「間一髪じゃねえか……お前見境なさ過ぎんだろ……」

 超げんなりして河内が言う。俺を止めたのは河内か。

「離せ河内。お前も知ってんだろが、こいつは赤坂君をいたぶったんだよ。じゃあ仕返しされてもしょうがないだろ」

「気持ちは解る。俺も宇佐美をやられたからな。心情的にはやらせてやりてえが、女相手は流石に世論が許さねえだろ」

 知るかそんなモン。じゃあ馬力で振り解いてぶち砕くだけだ。

「その通りよ緒方君。赤坂の事は気の毒だったでしょうが、その子を前にすればそうなると槙原も読んでいたでしょう?だから止める為に河内君達を呼んだのよ。ここは少し堪えて頂戴」

 おっかなびっくりではあるが、横井さんがそう言って宥める。河内にどうこう言われても何とも思わんが、横井さんに女子を殴る姿を見せるのはちょっとなぁ……

 脱力して殴らんとの意思表示を示す。

「信用していいよな?」

「お前なんかにどう思われようが世界一どうでもいいが、横井さんに怖がられるのは勘弁だからな」

「何つう言い様だ!!止めたマブダチに言っていい台詞じゃねえ!!」

 文句を言いながらも羽交締めを解く。此処で上杉って女がへたり込んだ。

「し、信じらんない……女を殴ろうとするなんて……」

「あ?じゃあお仲間全員ぶっ倒せばいだろ。その中にお前もいるってだけだ」

 此処で木村も合流。結構な殺気を振り撒きながら。

「木村明人……!!」

「おう、兵藤、っつったか?最初はお前か?」

 なんか俺そっちのけで殺伐し出した。河内にそれとなく言ってみる。

「おい、俺もやっていいんじゃねえの?なんならあの女譲ってやるし」

「やりてえけど、千明さんの手前なぁ……」

「……藤咲、これはこの場で決着を付けるって事で俺達を呼んだの?」

「違うよ白井君。あくまでもお願いに来たんだけど、この状況になるかもって事で、槙原さんに期待していたけど、なんか笑っちゃっているし」

「あはは~。まあ、カオスになる事も読んでいたし。藤咲さんのお願いも何となく読めたよ。だからここは大人しく退いてねダーリン」

 お願い?なんのこっちゃと河内と顔を合わせる。

「……そうかよ。じゃあ続きはその話の後だ。それでいいな兵藤」

「……ちっ」

 そう言って双方離れた。まあ、何の頼みか聞いてからどうすっか決めようか。

 遥香が俺達の前に出た。これ以上揉めんなよと言わんばかりに。

「信用ねえな槙原。お前の男じゃねえんだ。そこまで狂っちゃいねえぞ?」

「だって兵藤君と約束しちゃったんでしょ?次は戦うって」

「いや、そりゃ……」

 ごもごも言いながら引っ込んだ木村だった。お前も充分狂っているから当たり前の処置だろ。

「そっちも引っ込めて頂戴。そっちの外国人が今にも襲いかかて来るように見えるわよ?」

「外国人じゃねえ。タイと日本のハーフだ」

 横井さんに突っ込みながらも身体ごと退いて東山を前に出すトーゴー。

「うん?なんで東山君?」

「え?俺達のリーダーは東山だからだろ」

 違う違うと遥香。

「東山君に誘われて仲間になったんだろうけど、『とうどうさん』のリーダーは藤咲さんでしょ?」

 その通りですと東山を押し退けて前に出る藤咲さん。東山、「うおっ」とか言って倒れそうになりながらも後ろに下がった。

「これで漸く言えますね。お願いを」

「あはは~。うん、そうだね。まずはお願いを聞いてからその後の事を話そうか」

 笑っているが、目は全く笑っていない遥香だった。だが、ちょっと視線がおかしい。

 藤咲さんを前にして、そこを見ていないような……もっと言えば、その後ろを見ている様な……しかし、控えている東山を見ていないような……そんな視線、と言うか意識の向け方だった。

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