とうどうさん~018
行きと同じくらいの時間を使って漸く家に到着。
「じゃあ明日、つうか今日な。お休み」
帰ろうとした颯介の服を引っ張った。
「え?な、なに?」
「……あのね。言いたかないんだよ?みんな察しろって顔していたよね?」
「?」と首を傾げた。対して豪快に溜息をついた。
「あのね。私はババァを殺したのよ」
「うん?今更なんでそれを言う?」
「不安だし心細いって気持ち解らない!?」
「え?だから上杉ん家に泊まれって言った筈だが……」
ああ、あれは颯介なりに気を利かせた訳か。だけどもみんなが気を利かせてくれたのはご存じないと仰いますか。
「それはどうもありがとう。だけどさっき言ったよね?みんな察しろって顔していたって」
「?」とやっぱり首を傾げた。バカじゃねえのこいつ?鈍感と言うか。いや、やっぱり馬鹿でしょ。
「あのね。言いたかないって言ったよね?」
女子の方から言えとは酷過ぎでしょ?ほら、ヒントも出したし。
「言わなきゃ解んねえだろ普通いてえ!?」
馬鹿過ぎて苛立って頭を叩いた。いや、ぶん殴った。フルスィングで。
「何すんだうおっ!?」
抗議しようとしたけど憚れた模様。だって私は颯介の胸に顔を埋めたのだから。
「……不安で心細いから一緒に居てって事だよ、馬鹿」
「え?お、おう、そうか…………一緒に?」
埋めたまま頷く。
「深夜も深夜だぞ?」
やはり埋めたまま頷く。
「俺って思春期真っ盛りの中学三年生だぞ?」
「…………だから察しろって事でしょ、馬鹿」
「お、おうそうか……………マジで?」
もう恥ずかしくて顔を上げられない。なのでやっぱり埋めたまま頷いた。
「お、おう……あの……すまん……マジで……」
「いいから家入ってよ、馬鹿」
颯介がぎこちなく玄関を開けようとした。
「……幸、開かねえんだけど」
「……鍵閉めたままだった………」
もう色々と二人で残念過ぎた。こう言うのはもっと自然に、ロマンチックにと思っていたけど、現実はこんなものなのかもしれないなぁ……と諦めもついた。
早朝、5時。隣でごそごそうるさかったので目を覚ました。
「…………おはよう颯介……バイト?」
「おう、起しちゃったかうわああああああああああああああ!!?」
朝っぱらから絶叫するとは近所迷惑過ぎる。
「何?マジでやめてそう言う事」
「じゃなくて布団!毛布!兎に角前隠せ!!」
薄目を開けているような感じて、しかし見ないとの意思を示しながらもわちゃわちゃと。
ああ、と布団を被った。
「ほら、これでいいでしょ?」
「お、おう……つか、お前恥ずかしくねえの?」
いや、恥ずかしいけど開き直っているだけだ。たかが裸を見られたくらいでと。
「昨日、というか今日と言うか。兎に角あんな事したんだから今更の事でしょ」
「……………」
なんか颯介が超猫背になって縮こまった。
「なにそれ?」
「思い出して生理現象で……」
ああ、と頷いた。いや、本当は恥ずかしいんだけど、何を今更と虚勢を張ったのだ。
「昨日散々見せられたから別に?と言うか初めてなのに3回もするお猿さんが今更何を恥ずかしがるの?」
「そりゃ……血気盛んな中三だし……」
まあ、受け入れて3回もした私も何だかなぁ、って所だが、何もかも初めての彼女にあれもこれも要望出し過ぎでしょ。おかげで全部見ちゃったし。男の子のあれってこんな感じなんだ~とか。
「と言うか眠くないの?3時間も寝てないんじゃ?」
「バイトだから仕方ねえ。無断欠勤する訳にもいかねえしな。お前は寝てていいぞ」
「うん。そうするけど、何時ころ帰って来るの?」
「多分6時半くらいだな」
あ、そうと促した。
「じゃあとっとと行って稼いできて」
「え?あ、うん、うん……」
なんか元気が無くなったが、着替えた。そして行ってきますと小声で言って出て行った。
じゃあ私は朝ご飯でも作りましょうか。裸エプロンで。と言うのは冗談で。油とか撥ねたら怪我しちゃうし。
そんな訳でシャワーを浴びてさっぱりして。着替えて朝ご飯を作った。
学校に持って行くお弁当もたまに作る事から、朝食作りは手慣れたものだ。
ご飯炊いてお味噌汁作って目玉焼き焼いた程度だけど。一応生野菜も添えた。お味噌汁のネギだけじゃ野菜摂ってないだろうと自分で突っ込んで。
「ただいま~。って言っていいのか解んねえけどただいま~」
意外と早く帰って来た。お帰りなさいと言っていいのか解んないけど、そう言って出迎えた。
「うん?朝飯作ってくれたのか?」
「お腹減っているだろうと思って」
ありがとうと言って席に着く。ご飯とお味噌を装っていただきます。
「今後金の面でどうすっか考えないとな」
一応ではあるが扶養主が居なくなった訳だから、生活費が入って来なくなる。私もバイトしようかなぁ……
「いやいや、その前になんでそんなに余裕なの颯介?ババァを殺したの、いつか絶対にバレるのに」
こんな都合のいい事は続かない。少なくとも永遠ではない。
「高校卒業までバレなきゃ何でもいい。何なら海外にバックれてもいいんだから。あ、だけど、そうなった場合、お前の大学進学は無理になるか……」
この期に及んで私の大学の心配とか。いや、嬉しんだけど。
「そんな先の話は棚に置いといて、当面の金の心配だ。貯金とかはどうなってる?」
「頑張れば年内は持つと思うけど、それ以降はね。扶養者行方不明でも生活保護は受けられるの?」
最悪施設に入れられる可能性がある。それは本気で避けたい。
「しかし、動くのはまだ先だよな。お前、母親と仲悪いんだし、向こうの職場か恋人から連絡が入って初めて動ける」
「あれは恋人じゃ無くセフレ。だけどそうだよね。私がババァ帰って来ないんだけどって捜す筈ないもん」
その前にババァの通帳も探さなきゃ。お金もそこそこ入っているだろうし。
ご飯が終わって颯介が着替える為に家に帰った。
その間ババァの通帳を探す。昨日ババァのバッグを一応持って来たけど、中に通帳は無かった。家に置いてあるか、セフレの家にあるか。
簡単に見つかった。クローゼットの引出しに印鑑と一緒に置いてあった。こんな所が庶民の味を出していて普通だ。その普通さをもっと他にも出してくれたらよかったのに。
ともあれ中身を確認。意外と持っているんだな、と感心した。枕で稼いだ甲斐があったようだ。
他に何かないかと物色した所、ネックレスやら指輪やらを発見。これを売っちゃおう。価値は解らないけど、貴金属はお金になる筈。
ブランド物のバッグとか服はどうしようか?取り敢えず様子見にするから結果売るのはまだ先の話だけど。
「ただいま~。って言っていいのか解んねえけどただいま~」
颯介が帰って来た。お帰りなさいと言っていいのか解んないけど、そう言って出迎えた。
「お金、結構あったよ。節約すれば一年は大丈夫」
コーヒーを滑らせて報告。ありがとうと言ってそれを啜る。
「退職金とか生命保険は貰えんのかな?」
「行方不明だからどうかな……何か積立していれば返して貰えるとは思うけど」
あの新車を買われたのが痛い。いや、ローンで買ったんだろうから、逆にお金を払わなきゃいけないんじゃ?
「兵藤が売っぱらうって言っていただろ。保険屋だから盗難保険みたいなもんにも入ってんだろ」
それならいいけど、そうじゃ無かった場合どうなるのか?この先不安しかない。
約束の時間に間に合う電車に乗って丘陵に向かう。何となく無言で。
今回上手く誤魔化せたとしても、今後の課題が山積みで不安しか無かったから。
「そんな気にしてもしょうがねえだろ。高校卒業まで誤魔化せたら、やっぱ海外にバックれるとかしたらいい」
「みんなを巻き込んだ手前、それは出来ないよ。もしバレた場合、みんなに凄い迷惑が掛かっちゃうから」
「バレた場合って言っても、どうやってバレる?俺達の力、どうやって知る?」
無言で返した。確かにこの不思議な都合の良い力を使った事は発覚しようがない。
だけど胸がざわめく。この先手に負えない事態に巻き込まれてどうしようもなくなって脅されるとか……
何となくそんな未来のビジョンが浮かんだから。
「何を不安がっているのか知らねえけど、その時はその時だ。またどうにか対処する。それよか着いたぞ」
丘陵駅に到着した。電車内、ずっと考え事をしていたので心ここに有らずだったから気が付かなかった。もうこんな時間になったのだと。
外に出ると、みんなボーっとしてベンチに座って待っていた。特に兵藤君は死にそうな程ぐでーっとしていた。まるで溶けたスライムの様に。
「ど、どうしたお前等?半分くたばってんぞ?兵藤なんかほとんど死んでいるし」
「……おお、来たか……藤咲、ちょっと……」
来い来いと手招きされたので向かった。
「どうしたのよ兵藤君?」
「ほら、金。お前のもんだけど、一割はくれてやったから勘弁してくれ」
50万くらいのお金を束を渡された。何これ!?こんな大金貰う謂れは無いんだけど!!
なんかあわあわしていると、兵藤君が面倒そうにネタばらしをした。
「お前のお袋の車、昨日、つうか今朝がた処分したんだよ。ガソリンも満タンに近かったから運ぶ手間も省けたしな。その金は車売った金だ。60万ちょいくらいだったか。新車だからもっと高値で取引できたが、時間優先だからって買い叩かれた。一割は仲介者に渡したって事だ」
もう処分したの!?早すぎない!?
「マジで?じゃああんま寝てねえんじゃねの?」
颯介も感心してそう言う。兵藤君、やっぱり面倒そうに返す。
「早い方がいいだろ。だからお前等が帰った後に動いたんだよ」
本当に驚く事ばかりだ。私の為に此処までしてくれるなんて……
「じゃあ白井やトーゴー、上杉も手伝ったのか?」
「俺達は普通に夜更かししただけだな……」
「トーゴーの家に行ったのも久し振りだからちょっとテンション上がっちゃって」
「私は普通に帰ってお風呂入って寝たから別に眠くは無いよ。それよか嘘つき野郎、幸の腰の当たりが何か充実しているみたいだけど?」
なんかニヤニヤして颯介を肘で小突いた。私もそうだが颯介も真っ赤になった。
「マジかお前等……俺が不眠不休で処理頑張っていたってのに、なに乳繰り合ってんだよ……」
「いや!!いやいやいや!!えっと!そ、そうだ!お昼ご飯みんなに奢るよ!いいでしょ颯介!?」
「え!?お、おう!!お前の金だから俺に聞くのは違うと思うが、おう!!」
なんか誤魔化して御馳走する事になった。いや、寧ろババァの車売ったお金は本気で期待していなかったし、何なら兵藤君にご苦労様と全部渡しても良かったけど、この先の事を考えるとお金はあった方がいい。
だから感謝の意を御馳走の形で表す事にした。だから誤魔化しとは言え本心での謝意だ。
「まだ9時でしょ……昼飯の話は早すぎるよ。それより藤咲の力、確認しないと」
白井君が呆れながら本来の目的を述べた。
「お、おうそうだ。幸、やれ」
「やれっていきなり言われたって……」
誰に?どのようにして?
首を傾げたのを冬華が察した。
「幸の力は認識を変える、んだよね?だったら、そうだな……あ、あのガラ悪そうな奴にナンパされてきて」
指差したのは、見るからにそっち系の人達、しかも5人も。
「ちょっと待て。ナンパされて来いって……」
「ああ、ごめん、ちょっと違う。幸の顔をこの嘘つき野郎に変えて、って事」
全員首を傾げた。この子頭良かった筈だけど、何言ってんのか解らない。
「ああ、えっと、要するに、嘘つき野郎を幸と認識を変える……つまり、嘘つき野郎を幸にするって事だよ」
なんとなあく解ったけど、まだぼんやり過ぎる。
「お前、語彙力なさすぎだろ……俺を女に変えてあいつ等にナンパさせてみろって事だろ?」
「嘘つき野郎にしては鋭い!!」
大仰に仰け反った。いや、アンタの解りにくいから……
「それにしても、なんで幸だ?女に認識を変えろって事なら誰でもいいだろ」
「認識が変わったかを確かめなきゃいけない訳でしょ?だったら可愛い子に変えてナンパさせてみなきゃ解らないでしょ」
確認の為に私なのか……つか、可愛いって……まあ、満更でもないけど。
「だったら別にお前でもいいんじゃねえの、そこそこ見てくれもいいだろ、お前」
「そこそこってのがすんごい気になるけど、私、一応地元民だから、後のトラブルは勘弁でしょ」
肩を竦めてワザとらしくおどけた。じゃあ私ならトラブってもいいのか……
「だったら別に幸じゃなくても、どこぞのアイドルでも……」
「幸があんながらの悪そうな連中にナンパされたら、アンタどうする?」
「ぶちのめすに決まってんだろ」
「それだったら私達にも解るじゃん。あいつ等がぶちのめされたら幸に認識が変わったってさ」
「そうか、俺達は互いの力の効き目が弱いからイマイチ解んねえけど、東山が藤咲に変わったって事でナンパされたら、それは藤咲がナンパされたって事だから東山がぶっ飛ばす。つまり視覚で俺達も判断できるって事か」
合点がいったとトーゴー君が感心して頷くが、ちょっと待って!!
「それって颯介が危ない目に遭うんじゃ?女子に殴られて大人しく引き下がるとは思えないんだけど」
報復で酷い事になる。絶対に。
「東山は強えぞ?何言ってんだ?なあ?」
「そうだな。あの程度楽勝だろ」
武闘派二人が解り合うように頷くも、そんな事は知っている。だけど5人は酷いでしょって事だ。
「何でもいいから早くやってよ藤咲。東山君もちょっとと誘われるようになんかやって」
白井君に偉い無茶振りされた。グダグダに飽きたんだろう。
「ま、しゃーねえな。幸、やってくれ。あのガラ悪そうで暇そうな奴に」
「え、えっと、意識してやるの初めて……と言うより、昨日一度しか使わなかったからちゃんとできるか解らないんだけど……」
「それを確かめるのも含んでんだ。だからやれ」
颯介ってこんな強引だったの?意外な一面だ。
「う、うん」
あの時を思い出す。そこに私はいないと強烈に念じた。今回は私を強烈に念じる。
颯介が例の五人組に目立つように近寄って行く。ナンパされるか?と思ったが、スルーされた。
「……アレだよ。私なんかじゃナンパ対象になんないって事だよ……」
「いやいやいや、違うって!!力をうまく使えなかっただけだって!!」
冬華が必死にフォローしてくれるが、そもそも中学女子なんか眼中にされないんじゃ?
そんな感じでグダグダやっていたら颯介が帰って来た。
「一応聞いとくが、ちゃんと念じたよな?」
「う、うん……」
ふーむを考え込んだ颯介。何か違和感でもあったのだろうか?そんな感じの疑問の表情だった。
「なんか気になる事でもあったかよ東山?」
兵藤君がその表情を読んで訊ねた。
「幸が力発揮しなのは、自分は此処に居ないと念じたからだ。だから向こうに行けと念じたからだ」
「う、うん。そうだけど……」
「多分だが、対象が違うんだろう。俺の認識を変えるんじゃなく、向こうの認識を変える、んだと思う」
私はいないんじゃなく、ここには何もないから向こうだ、と思ったって事?
「同じじゃねえのそれ?違いがイマイチ分からないが……」
「いや、東山君が言いたいのは、人物じゃ無く現象、って事じゃないかな?」
「おう、奴等の認識を変えるんじゃ駄目だ。個人になっちゃうからな」
なんか壮大な話になって来たけど、要するにこう言う事?
「ここにいる人達全員が颯介が私だって思わせなきゃいけないって事?」
「いや、だから、あいつ等に俺は幸であると思わせるんじゃなくて、俺は幸だとみんなに思わせるんだ」
「アンタ、さっき私に語彙力ないとか言ってたけど、その台詞そっくり其の儘返させて貰うわ」
ジト目で非難する冬華に全員頷いた。颯介はなんでだ!?と騒いだが、私も同意見なので何のフォローも入れなかった。
「だけどまあ、言いたい事は解ったぜ。個人じゃなく全体と言うか」
兵藤君の言葉に頷く颯介。アンタ伝えるの下手くそだよね。嘘ばっかついて来たから。
「じゃあやってみてくれ」
いきなり無茶振りをするトーゴー君だった。まあ、力を知る為に集まって貰ったようなものだから仕方がない。
「じゃあ幸に変身はやってもしょうがねえから、どうすっかだな」
「アンタ、あのど真ん中で全裸になって来てよ。で、幸がそこじゃなくミスドで全裸になっているって認識を変えて……」
「捕まるよなそれ」
冬華の案は無茶苦茶だが、ヒントは貰った。
駅の出口は反対側だと認識を変えたら、みんな改札を逆走するのでは?
その旨を話すと――
「お、いいな、そうしてよ、それなら俺達の視覚にも反映されるから。いいよねみんな?」
白井君が同調してみんなに促した。
「俺の全裸よりも遙かにいいアイデアだ。どこかのおさげに聞かせたい程に」
「今更アンタの評判なんか世界一どうでもいい事でしょうに、なにビビってんのよ?チキンのヘタレ」
「そこまで酷い事言われるのか、俺は……」
「項垂れているお前の旦那なんかほっといて、やってくれ藤咲」
非道いのは兵藤君もだった。颯介って昔孤独だったのに、今はこんなに弄ってくれる友達がいるんだなぁ、と、おかしな感心をした。
ともあれ、集中。
改札から抜けて出口に向かう人が大勢いるが、その認識を変える!!
出口はそっちじゃない、今来た方向だと強烈に念じた。
向かっていた人たちの脚が止まった。
そして方向転換。改札に戻って行く。
「お、これはもしかしたら成功か?」
颯介の言葉に頷いた。成功した。証拠に駅員さんも戻って来た人達に文句を言う事も無かった。駅員さん達の認識も変えたと言う事。
「ハンパねえな藤咲の力……白井の言う通り、現象を変えるってのはこう言う事か?」
「いや、トーゴー、そう言う類じゃないよこれ。やっぱり認識を変えたんだよ。だけど想像以上だな。全員そう思い込んでいるよ……」
「大したもんだ、幸、其の儘続けていつ効果切れるかついでに見極めようぜ」
「いや、それは拙いだろ。持続時間は気になるが、事故る可能性もある」
兵藤君の懸念は真その通りだと思ったので、解除した。
「あ、あれ?間違ったか……」
「なんで戻って来たんだろ……」
そのような疑問と共に、笛も聞こえた。駅員さんが鳴らしたのだろう。
「持続時間は別の安全な方法で見極めよう」
冬華の言葉に全員頷いた。お昼をみんなに御馳走すると決めたから、そこいらのファミレスか何かで実践してみようかな……
そんな訳でファミレスに移動。
「好きなもの注文して」
ババァのお金とさっき兵藤君からもらったお金があるので奮発する事にした。
「有り難いが、今後の事も考えて、なるべく節約した方がいいんじゃねえか?」
そう言いつつも一番高いステーキを注文した兵藤君だった。
「ドリンクバー付けてもいいだろ?」
「いいよ、というかそうするんだろうと思っていたんだけど」
わざわざ聞かなくてもと思ったが、颯介ならそう言うだろう。私限定だけど。
そんな訳でみんな注文したが……
「冬華、ご飯食べないの?」
冬華が注文したのはほうれん草とベーコンのソテーのみ。サイドメニューもいいとこだった。
「今ダイエットしているから」
昨日カロリーが高いピザを食べた人が言っていい台詞じゃないと思ったがフォローした。
「そ、そうなんだ?だけど細いよ?気にする事も無いと思うけど……」
「見えない所がヤバいのよ。言わせないでよ恥ずかしい」
結構強めの口調で言われた。まあ、女子としてはその心境は理解できるけど、じゃあやっぱり昨日のピザは拙いんじゃないのか……
「ミックスピザのお客様~」
「あ、俺だ」
ビザを受け取る白井君。キャラ的にビジュアルもバッチシだ。
「チーズハンバークのお客様~」
「あ、こっちこっち」
ハンバーグを受け取る白井君。キャラ的にビジュアルもバッチシだ。
「チーズケーキのお客様~」
「もうデザート来たの?追加の方がタイミング的にも良かったかな」
チーズケーキを受け取る白井君。いや、好きなの頼んでもいと言ったけど……
「抹茶かき氷のお客様~」
「あ、これ先に食わなきゃいけないよな」
抹茶かき氷を受け取る威白井君に冬華がキレた。
「白井!!頼み過ぎじゃない!?私なんてサイドメニュー一品なのに!!ケーキ食べたいの我慢してんのに!!」
「知らないよ。勝手に自重したからそうなんだろ。食べたきゃ頼めばいいだろ。藤咲も遠慮しないでって言ってくれたんだし」
遠慮しないでいいと言ったけど、頼み過ぎでしょ。冬華は自分が我慢しているのにって逆ギレだけど。
「どいつもこいつも自分勝手だな。俺なんかドリンクバー付けてもいいかってわざわざ聞いたってのに」
「颯介がそうやって聞くの、私だけだよね?」
「当たり前だ。他の連中に気なんか遣うか」
颯介も充分自分勝手なような気がするけど。と言うか私に気を遣うなよ!!恋人同士でしょ!!
トーゴー君がスープバーからスープを注いで戻って来た。
「なぁ、ドリンクバーとスープバーの認識を変えてみねえか?逆にするとか」
スープバーをドリンクバーに、ドリンクバーをスープバーに、か……
「でも、どっちも頼む客も多そうだよ。見極めがムズい」
「そうだよな。混乱もあんま起きそうもねえからいい手だと思ったけどな」
混乱があまり起きないと言う事は、平和的に実験できると言う事だ。
「じゃあ水だ。水をドリンクバーと思い込ませる」
颯介の案だ。しかし……
「水を飲む客も当たり前に居るだろ?」
見極めがムズいと再び白井君が言う。それに同感してみんな頷いた。
「いるだろうけど全員水は有り得ねえだろ。スープバーとの交換よりも難しくはねえだろ」
「確かにそうだけど、確実性を知りたい訳だから……」
「いや、持続時間優先だ。確実性は数をこなしてサンプルを集め捲ればいずれ解って来る。混乱が起きにくい今の案で持続時間を知る方が重要だ」
解ったと素直に折れた白井君だった。流石に吃驚した。もうちょっと粘ってもいいんじゃないのと。
「え?俺は東山君に従うだけだよ?万が一が起こったらみんなで対処すればいい話だし。ねえ?」
白井君が振ったら全員頷いた。私が思っている以上に颯介は慕われていると感じた瞬間だった。
ともあれ、促されたので念じた。ドリンクバーはあそこだよと。
ちょっとしてドリンクのお代わりのお客が水の所に向かって注いていた。
「成功か?」
「多分。空のグラスの底が黒かっただろ。コーラが空になったからお代わりに来たと推測する」
颯介とトーゴー君がそう言うが、まだ解らないが正解だ。単に水にしたかった可能性もある。
その後も観察したが、全員が水の方に向かって注いでいた。間違いなく成功したと思われる。
「一安心だな。あとは持続時間か」
「うん……颯介の力ってどのくらい持つの?」
「え?そういや途切れたかどうかは確認した事はねぇな。いや、最初は気が気でないからすんげえ観察したけど、誰も何も言わねえし、未だに掛かってんのか忘れているのか……」
「え?じゃあ冬華は?」
「私のは徐々に埋もれて行って忘れる感じ?長い時で2日くらいかな?」
「じゃあ白井君は?」
「俺のは急に我に返るって感じかな?MAXで1週間くらいの持続はあるかな?」
「俺は瞬間だな。間合いなんてその場限りの力だし」
「俺はホラ、謝罪だから。一回許すって言った相手にやっぱ許さねえとか言わねえだろ普通。だから持続時間は解んねえか」
みんな一律って訳じゃないんだな。当たり前か。それぞれの力が違う訳だし、生き返った理由も状況も様々なんだし。
気が付けばもう夜。本気で長い事観察していたんだな、と我ながら感心する。
白井君達は途中で寝ちゃったりスマホを弄ったりして暇を潰していたようだが、冬華に至っては買い物に出たりもしていたが、颯介だけはじっと注視していた。
その颯介が漸く口を開いた。
「幸、言いにくい事なんだが……」
決心したように凛とした表情を拵えて私を見る。そんな顔で何を言うのだろうか?
唾を飲んで続く言葉を待っていると――
「晩飯此処で食って行ってもいいだろ?」
「何の心配してんの!?」
仰け反ってソファーに背中を打った。
「いや、そろそろ晩飯時だからな。腹も減ったし」
こいつは真剣に効果の持続時間を観察していたんじゃなかったのか?なんでお腹の心配すんのよ!!
しかし、颯介は兎も角、他の人達にはやはり御馳走しなければならないだろう。私の為に集まってくれたんだし。
半ば呆れて、実際溜息も付いたが、答えた。
「いいよ、他の人達もそうして、ここは驕るから遠慮しないでね」
「昼も結構食ったし、途中途中でポテト摘まんだりしたんだがな……」
そう言ってやっぱり一番高いステーキを頼んだ兵藤君だった。
冬華はやはりサイドメニューのサラダだった。昨日あんなにピザ食べたのは一体なんだったんだ?と思うくらいだ。
「俺はミックスクリルでいいや。あまり腹減ってないから」
「俺もそうするかな……」
白井君もトーゴー君も無難なので攻めた。颯介は和風御前。ご飯のおかわり自由なのが良いとか言いながら。
注文の品が揃ったところで颯介が口を開いた。
「効果はまだ切れちゃいねえ。この儘観察するにもどうかって時間だし、一旦お開きだな」
確かに、お昼から夜までずっとファミレスに居座っているのだ。もう充分お店にも迷惑が掛かっているのに、これ以上は心情的に無理だ。
「解除して店から出るか。まあ、それが良いだろうな。しかしそうなると、また一から観察し直さなきゃなんねえぞ」
トーゴー君の言う通り。改めて別の場所で最初からやり直さなければならないだろう。持続時間の検証なんだし。
「俺は兎も角、幸を二日連続でサボらせる訳にはいかねえ。だから普通に帰って地元で検証する。結果は当たり前だが知らせるから」
みんな頷いた。それでいいと言う事だ。
「じゃあ食べたら解散だね」
「そうだな。食ったらみんな、幸に礼を言うように」
「アンタに言われるまでもないわよ。昨日からいくら使っているんだって。これもアンタが甲斐性無しだから……」
「ちょっと待って、中学生の俺にそんな大金を支払えって方が無茶じゃないの?」
「幸も中学生でしょ」
「いや、そうだけどさ、違うでしょ?色々と」
なんか言い合いしているが微笑ましい。本気で罵っていない、ただのじゃれ合いだから安心だった。
「いいよ、颯介が甲斐性無しなのはしょうがない。ここはお金を持っている私に任せなさい」
ドン、と胸を叩いて誇らしげに。なんかみんな「はは~」と礼をした。ノリが良い。
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