とうどうさん~003

 そんな訳で日曜日。誰も来ないのは珍しいが、とうどうさんの情報がどんなもんか興味はみんなある様で、終わったら連絡くれとの事。

「女子もみんなそう言っていたよ。付き合いたい子もいたけど、大沢君が日曜日に休みは珍しいだろって譲ってくれなかったって」

「来たい子って波崎さんの事だろそれ」

 何でぼやかす必要があるんだ?ヒロ絡みだってのバレバレだろ。

「横井も来たがっていたけど、河内君の誘いを断った手前、同行できないって。もし知られたら白浜に来てみんなに迷惑掛けるかもしれないからって」

「いや、何度も来ているから今更なんじゃないかな……」

 別に横井さんも河内と一緒に同行してもよかろうものだが。ああ、いや、横井さんがなるべく一緒に居たくないって事なのかな……

 ま、まあ、そこには触れないでおこうか。なんか面倒臭くなりそうな気配がビンビンするし。

「そろそろ時間だね、待ち合わせの喫茶店に行こうか?」

 そう言って遥香が立った。もうそんな時間か。

 東山は電車で来ると言ったので、駅に近い喫茶店で待ち合わせしたのだが、あいつ暴走族なんだろ。バイクで来ると思ったんだが。

 ともあれ家から出て喫茶店に向かう。遥香が腕に絡み付いて歩きにくいが、根性で突き進む。

「来るのは東山君だけ?」

「解らんけど、連絡寄越したのは東山だけだったな。チームで来るんならバイクで来ると思うから、やっぱ一人なんじゃねーの?」

「それはダーリンがあの手のバイクが嫌いだから気を遣ったんじゃないかな?」

 まあ、嫌いだ。うっかり手が出そうなくらい嫌いだ。しかしザ・ワールドは俺達に協力してくれる訳だから、うっかり手を出すつもりはない。

 待ち合わせの喫茶店に到着。マスターの「いらっしゃいませ」とほぼ同時に馴染みの席に着く。窓際の端っこだ。言う程馴染みって訳じゃないが。

「まだ来ていないみたいだし、先に何か頼む?」

「そうだな。流石に何も注文しないのは有り得ないよな」

 待ち合わせ時間は午後一、ついでに此処で昼飯どうだ?って事なんだが、まだ来ていないんなら俺達だけで飲み物でも頼もう。

「俺はホット」

「じゃあレモンティー」

 あっさりと注文が決まり、マスターに伝えると、畏まりましたと奥に引っ込んだ。

「……いきなり訪ねるけど、今回もお前の力が働いたのかな?」

「欲しい情報が入るってアレ?うん、多分そうだし、それまでの隆君の活躍も大きいと思うよ」

 お冷を飲みながら涼しい顔でそう言った。

 活躍って言っても、特に何もしていないと思うが。暴れそうになったりとか、暴れたりとかしていないんだが。

「逆に聞きたいけど、東山君の情報ってなんだと思う?」

「さっぱり見当もつかんけど、お前は?」

「なんとなーくは」

 大きい胸を張ってそう答えた。という事はおおよその見当は付いているって事だ、

「そのでっかい胸を張ったって事は内容は解るって事だな?」

「まあ、読みと勘だけど、そうだね。そして読みが当たっている場合、東山君ともう一人来ると思うよ。恐らく女子」

 マジで同行者の存在まで読んだの!?俺なんか見当すらついていないってのに!?

 なんでそう思ったんだ!?つか、内容教えてくれ!!そのドヤ顔は後でじっくり見てやるからさ!!

 そんな俺の様子を見て笑う。

「読みが当たった場合ね、あくまでも。私の力と言っても流石に最深部までは解らないしね」

「さ、最深部って?」

「東山君の話の本音」

 全く解らん。本気で何を言っているのか解らん。

「激しく首を捻っているけど、普通に欲しい情報を得たければ、調べて調べて仮説を繰り返してまた調べてを繰り返す。それが向こうから切っ掛けが来る程度が追加されたって事だよ」

 切っ掛けが追加されただけねぇ……やっぱよく解らんな。本人が解っているのならいいんだが。

 その時、誰かが来店する鐘の音。

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」

「あ、待ち合わせしているんですけど、高校生のカップルなんですけど」

 ん?この声、どこかで聞いたような?

「来たね」

「うん?お二人様だろ?東山が誰と来るのかは知らないけど……」

 だったら東山の可能性は当然あるのか。

 ウロウロ店内を探す野郎。それはまさしく東山だった。

「おう、こっちだ」

 呼びかけたらこっちを見た。そして少し足場やで俺達のテーブルに来る。

 そして驚いた。確かにお二人様だったが、遥香の読みどおり、お連れ様は女子だったからだ。

 長いストレートのパッツン。雰囲気は真面目そうだが、暗い印象だ。

 その女子がぺこりとお辞儀をする。俺も慌ててお辞儀を返した。

 ギョッとした。両手首に走っている傷を見て。それも一本じゃない、何本もだ。

「久し振りだな緒方。こいつ、俺の彼女の藤咲……」

藤咲ふじさき さちです」

 藤咲 幸さん……幸薄そうなのにさち?

「いらしゃい藤咲さん。まあまあ寛いで~」

 流石の遥香はなんの突っ込みも表情も崩さずに自分の向かいに誘った。当然東山は俺の真正面だ。

「俺達は飲み物頼んだんだけど、お前等は腹も減っているだろ?時間も時間だし。ついでに食べ物オーダーするか?」

「ああ、そうだな。じゃあ俺は「私はオムライスとジンジャーエールを」……だそうだ」

 なんか印象的に引っ込み思案の暗いキャラだと思ったが、自己主張が強いタイプのようだな……

「あ、うん、藤咲さんはオムライスとジンジャーエールか。東山は?」

「あああ、うん……えっと、「彼にはビーフカレーとアイスコーヒーを」……だそうだ……」

 何と、彼氏の注文も勝手にするのか……流石の遥香もそんな事はした事は無いぞ……

「あはは~カレーとオムライス、同時に食べられるからね、いいチョイスだよ、藤咲さん」

「まあ、彼氏くらいにしか甘えられませんしね。シェアは当然かと」

 表情を一切崩さずに言い切った。東山、苦笑いしまくりだ。

「じゃあ私達も注文しようかダーリン」

「……颯介の言った通りですか。緒方君の恋人はダーリンと呼ぶと」

 なんか嬉しそうにコロコロ笑った。可愛いが、どうしても両手首の傷に目が行ってしまう。

「つうか、颯介って名前だったのか。今更だけど」

「ああ、そっか。あの時は苗字だけだったよな。改めて、東山 颯介そうすけ。渓谷学院二年」

 じゃあ俺も改めてと名乗った。

「緒方 隆。白浜二年」

「槙原 遥香。同じく白浜二年です」

 一応藤咲さんに名乗ったつもりだ。初対面だし。

「お待たせしました」

 丁度良く注文したホットとレモンティーが来た。東山、早速注文開始する。

「追加でナポリタンと……?」

「グラタンでー」

 畏まりましたとマスターが帰っていく。ここは普通の喫茶店でタマゴサンドが美味いが、たまには別の物を食わなきゃだ。

「珍しいねダーリン、ナポリタンとかさ」

「ああ、たまにはな。お前はそうでもなかったよな?」

「向こうと同じく、違うもの頼んで違う味を堪能しようかな、って」

 ああ、そこは変わらねーのな。大体俺と別メニューを頼むし。

 じゃあ早速本題だ。

「とうどうさんの情報入ったってな?どんな事だ?」

「ああ、それ「その前に、えっと、緒方隆君はそのとうどうさんをどうなさるつもりですか?」……だそうだ……」

 なんか横から割って入って来た藤咲さんに主導権を奪われちまったぞ。

 まあいいけど、真摯に答えようじゃないか。

「とうどうさんの後ろにいるって奴をぶっ倒すのに協力して貰おうかなと思っているんだよ」

「ああ、だからそれ「槙原遥香さんも同じ考えなんですか?」……だそうだよ………」

 なんかガックリしている東山だが、遥香が構わずに答える。

「うん、そのつもり。とうどうさんに思う所は全く無いからね。正直に言うと、こっちの邪魔をしなければ話もしようと思わなかったかもね。ウチのダーリンはちょっと違うと思うけどさ」

「では、とうどうさんには興味は無いと?」

「いや?興味はあるよ、勿論。ここで言うのは、黒幕さんを倒すのにとうどうさんの邪魔が入れば鬱陶しいから、仲間になって一緒に叩きましょうって事だよ」

 ふーむ、と考え込む藤咲さん。何を考えているのやらだ。

「で、掴んだ情報ってのは?」

「ああ、とうどうさんの後ろには幽「とうどうさんって方は正体不明の都市伝説のような感じですが、それでも捜すのですか?」……そう言う事らしいぞ………」

 さっきから被せられて可哀想になって来るな……なんか慰めの言葉を掛けてやりたい。

「気にすんな。俺も似たような「捜すも何も、目の前にいるでしょ、二人のとうどうさん」……な?言った通りなんだって!!?」

 被せられた台詞がぶっ飛んだ内容だった。思わず声を大きく上げてしまう程、それは衝撃だった。

 思わず東山と藤咲さんを何度も見た東山は呆けていたが、藤咲さんは微動だにせず。

 そんな様子なんか関係ないと、遥香が続けた。

「認識を誤らせるのはどっち?藤咲さんかな?」

「は、はははは……いきなりそんな冗談「流石ですね槙原さん。読んでいるとは思っていましたが」認めちゃうのかお前!?」

 あまりにもビックリして自白しちゃった東山。俺なんかいまだに追いついていないんだけど……

「じゃあ東山君の方が記憶操作か」

「ちょ、ちょちょちょ!!じゃあとうどうさんって東山!?」

 思考が追い付かないので確認の為に発したが、遥香も藤咲さんも涼しい顔。

「そう言ったでしょ?」

「認めましたけど」

 あっけらかんと言われてもだ!!

「ちょ、な、なんで槙原さんはそう思ったんだ?」

 東山の疑問は俺の疑問でもある。なので大人しく遥香の言葉を待つ。

「なんでって、自白したのは明白でしょ?ウチのダーリンがとうどうさんのボスと話ししたいと言ったその日の晩に東山君から連絡が来たんだよ?察するに、探りを入れる為に偽情報を教えようとしたのかな?」

 あわあわしている東山に対して普通にコクンと頷いた藤咲さん。彼女も偉い胆が太いな!?

「そうは言っても多分バレていると思っていましたけども。では、此処からちゃんとした相談が出来そうですね」

「ちょっと待てって!!こいつ等には俺達の技が効かないから慎重に行こうって言っただろ!?」

「あはは~。やっぱり記憶を操作しようとしたんだね。恐らく最初に会った時かな?私が火事の本当の現場を見破った時?」

 真っ青になる東山。やっぱり藤咲さんは真顔で頷いて肯定していたけど!!

 ま、まあ、とうどうさんの本体が目の前にいるって事実は変わらない訳で……

「えっと……じゃあ……あの、俺達と共闘する?それともやり合う?」

 なんとも間の抜けた問いをしてしまう俺だった。だってまだ気持ちが着いて行ってないんだもん!!

「え?えーと……俺としてはお前等とやり合いたくないけど、幽霊がマジパネエっつうか……」

 東山も色々追い付いていない様子。気持ちがすんごい解かるぞ。

「あはは~。須藤は確かに面倒くさいけど、馬鹿だからそんなに怖がらなくていいよ」

 遥香の言葉に硬直した藤咲さん。東山がその様子を瞬時に見切る。

「ここからは俺が話す。いいよな?」

「……私が頼るのは颯介だけ。だから遠慮なく甘えるよ」

 おおう……なんかラヴラヴな空間じゃねーか……ちょっと羨ましいかもしんない……

 いやいや!!俺達もラヴラヴ!!羨ましい事なんかない!!そう思っておかないと、こいつ心読むからあとで俺がピンチになっちゃう!!!

「藤咲さんの様子から察するに、須藤は藤咲さんを脅したのかな?じゃあ湖の遺体は藤咲さんの仕業かな?」

「そこまで………!!」

 唾を飲んで喉を鳴らす東山。遥香の読みに戦慄しているんだな。

「大丈夫だ。誰にも言うつもりはないから」

「え?緒方も何となくそう読んでいたってのか?」

 生駒の読みだとは言わない、俺の手柄にしてやろう。

「あはは~。ウチのダーリンは脳筋だから、そこまで鋭くは無いよ。友達が沢山いるから頼っているんだよ。その考えも友達からだよ」

 何で言っちゃうのお前!?俺は切れ者だって印象付けが終わったじゃんか!!

 長く付き合えばすぐにそんな印象は吹っ飛ぶけどな!!脳筋緒方、考えるのはイマイチ苦手であった……

「ま、まあいいや……じゃあ逆に訊ねるが、何処まで読んだ?」

 俺じゃ無く遥香に訊いた東山。当たり前の事なんだろうが、なんかガックリくる。

「その他?湖の遺体は藤咲さんか東山君のお母さんかな?って勘は働いたけど」

 それは生駒もそんな事を言っていたな。遥香もその結論に達したのか?

「……改めて聞くけど、何者だアンタ?」

「何者と言われたら、緒方 隆君の愛するハニー」

 ややおどけながらそう言うが、それって答えになっていないんじゃないかな?

「まあ、だが、そう聞いたって事は合っているって事か?」

 かなり躊躇しながらも頷いた。つう事は、藤咲さんの母親だって事だな。

 ならば今度は俺から訊ねよう。

「お前と藤咲さんは何回死んだ?」

「……………俺も幸も一回だけだ」

「生き返ってからその不思議能力も一緒に付いて来たんだな?」

「……………緒方、お前が何度も死んで、何度も生き返った話はあの幽霊から聞いた。それを踏まえて聞くけど、お前にもおかしな力があるのか?」

「自覚は全く無いし、あるのかどうかも解らないけど、俺の友達がとうどうさんは生き返ってその力を手に入れたんじゃねーかって話をしていたんだ。つまり合っているんだな?」

 やっぱり躊躇しながらも頷いた。みんなスゲーな。俺一人だったらこんな考えに絶対に至らなかったぞ。

「最初から話してくれねーか?」

「……そうするけど、注文が来たからな。食いながらでもいいか?」

 マスターがワゴンに乗せて注文の品を持って来た。食いながらでも話は出来るので、快く応じる。

 つうかホット飲んじゃったわ。仕方がない、追加しよう。

「追加でアイスコーヒー」

「私も。アイスオレー」

 畏まりましたと言って引っ込むマスター。その後ろ姿を見送ってから東山が口を開く。

「最初からって言うと、くたばる時からか。アレはってお前なんで俺のカレー食ってんだ!?」

「え?カレーは冷めたらおいしくないよ。だから半分だけでも食べてあげようかなって」

 藤咲さんが、東山のビーフカレーを何の躊躇もなくパクパク食っていたのだ。

「お前オムライス頼んだだろ!?最初にそっち食えよ!!」

「勿論食べるし、半分残してあげるから」

「なんとなく食い切れないもん押し付けられいる様な気がすんだけど!!」

 朗らかに笑う藤咲さん。まさかと言いながら。

「押しつけているんじゃ無く、お腹いっぱいになるから残ったら食べてねって事」

「押しつけているんじゃねえかやっぱり!!」

 遥香が感心して呟く。

「藤咲さん、凄いね。多分東山君だけにしかしないんだよ、あんな事。それだけ信頼して自分を預けているんだねぇ」

 どこをどう取ったらその結論に達するのか?俺には単なる我儘にしか見えん。

 その旨を言うと、答えはもう出ているでしょと返される。

「藤咲さんって学校で悩み相談の部活をやっているんだよ?結構頼りにされているみたいじゃない?言い換えれば甘えられる側なんだよ。東山君にしか甘えられないって言うのはそう言う事」

 ああ、インコが逃げたから探してくれだの、だれだれが好きだから間取り持ってくれだののアレか。

 部員が藤咲さん一人だけだから東山が駆り出されるって言っていたなそう言えば。

「ま、まあいいや。じゃあ改めて話してくれ」

「え?あ、うん……」

 そして東山は語り出す。自分が死ぬ前の、そして生き返った後の事を。




 東山 颯介は嘘つきだった。些細な嘘から大きな嘘までなんでもついた。道端で100円拾ったとかどうでもいいような有り得そうな嘘から、熊が出て人を襲ったとか、田舎に有り得そうなデカい嘘とか、UFOが墜落したとかファンタジーで誰も信じないような嘘までなんでも付いた。

 当然誰からも相手にされなくなるが、嘘は自分が楽しいからついた。嘘をつき過ぎて相手を不快にさせた為に殴られる日々もあったが、自分が楽しいからつき続けた。

 孤立し、寂しいから嘘をついた事もあったが、自業自得ゆえに親も先生も慰めもしなかった。

 そんな東山にたった一人だけ話をしてくれる女子が居た。

 藤咲 幸。小学三年に渓谷に、もっと言えば東山の家の隣に引っ越してきた女の子だ。

 幸は両親の離婚に伴い、母親に引き取られて渓谷に越してきた。しかし、母は渓谷出身者ではない。

 渓谷は人口減少の歯止めの為に、定住する事を条件に、越してきた人へ住まいを提供し、給付金も最大100万支払う政策を取っていた。それに当選して越してきたのだ。

 意外と都会から越してきた幸は、田舎の渓谷になかなかなじめなかった。

 隣と言う事もあってか、東山が色々と世話を焼き、どうにか学校になじめた所もある。一番の理由はクラスメイトと共に東山は嘘つきだとバッシングする事によって輪に入れたのだが。

 思春期に入り、異性を気にする年頃になった。漏れなく東山もそうだ。

 しかし、異性どころかほぼ全てに人に嫌われている東山だ。お洒落に気を遣おうが、身体を鍛えようが、異性の、いや、他人からの評価は相変わらず低かった。

 そんな東山だが、唯一話してくれる女子は居た。藤咲 幸である。

 なんだかんだ言いながらも、世話を焼いて学校になじめるようにしてくれた事で、好感度は高かったのだ。自分をバッシングすればクラスの仲間になれるとまで言ってくれたのだし。

 しかし、学校に一緒に行こうとか、一緒に帰ろうとかのイベントは発生しなかった。代わりに隣の家と言う事もあり、玄関前でばったり会った時にはたわいの無い話は普通にした。

「そうすぐ「席替えだけど、颯介の隣には行きたくないわ。君ってみんなに嫌われているから、一緒にいるだけで私も嫌われそうだもの」……そうか……」

「あ、昨日「テレビで心霊特集をやっていたわね。颯介の事思い出しちゃった。嘘ばっかって」……そうなのか……」

「あ、俺そろそろ帰「まだいいでしょ。颯介が嫌われているおかげでこの辺りには同級生が来ないんだし、つまり話している所を見られる事も無いんだし」……そうかぁ……」

 東山の言葉に被せて発言する事は、嘘をつかせない為でもある。先程も言ったが好感度は高いのだ。せめてみんなの前でちゃんと話したいと思うまでは。

「しかし颯介、随分鍛えたよね?筋肉凄くなったんじゃない?」

「ああ、お前が誰かに「嘘ばっか」……いや、そうじゃ無くてだな……」

 かっこいい台詞を言いたいが、「嘘ばっか」で遮られる。東山的には嘘と言うよりも冗談だと言いたいのだが、儘ならなかった。事実嘘は自分が気持ち良くなるために付き続けていたのだから。

 しかし、幸には良く思われたいのも事実。

 恋。というよりも、話してくれる女子故に、少しでもいい恰好を見せたい。身体を鍛えているのもその理由だった。

 そんな付かず離れすの儘。中学三年の春。

 東山は相変わらず嘘を吐き続けて(本人曰く冗談だが)いたが、幸の様子が少しおかしくなった。

 疲れたような愛想笑いをするようになった。この微妙な変化に気付いたのは東山のみ。

「なぁ、藤咲、ちょっとおかしくねえか?」

 クラスメイトに同意を求めて訊ねるも――

「お前が言うんならおかしくねえんだろ」

「なんで話し掛けて来るんだ?親しかったっけ俺達?」

 同意を得るどころか相手にされなかった。というか棘出されまくりだった。

 ならば本人に直接訪ねようと家を張るも、帰って来ない。夜になっても帰って来ない。

 そればかりか、隣の家に明かりが灯らない。いつもなら幸が遅くなってもおばさんが明かりをつけるのに。

「……おばさんも居ないのか。仕事忙しいんだろうしな」

 シングルマザーの幸の母親は、当然ながら仕事をしている。生活の為に。保険のセースルだったと思った。

 夜遅くなることもしばしばで、それ自体は珍しい事じゃない。珍しいのは幸も帰っていない事だ。

 結構な時間張ったが、帰ってくる気配はない。

 こう言う時の連絡手段、携帯で幸のスマホにコールする。

「はい」

「うわ吃驚した!!!」

 東山は本気で驚いた。幸がすぐ傍で応答したからだ。今帰って来たばかりで、張っていた東山を怪訝に思い、こっそりと近付いた結果だった。

「一体全体なんだっての?家の前で張り込みとか、ストーカー?」

「ストーカーって、お前が「また嘘ばっか」嘘じゃねえよ!?」

 いや、いつも冗談(接して嘘ではない)を言っているから信用できないんだろうが。

 そういや嘘を冗談に置き換えたのはいつだったか。思春期に入った頃だったっけ?

「で、なんだって?」

「あ、だから、お前、なんかあったのか?今日は嘘くさい顔しかしなかったよな?」

「颯介はいっつも嘘の顔だけどね」

「嘘の顔って何!?ホントの顔だよいつも!!」

「その顔が、もう嘘」

「この顔が!?」

 じゃねえんだよ、煙に巻かれてたまるかよと、改めて厳しい顔になる。

「また嘘くさい表情を作って……たまには本当の顔して見せたら?」

「嘘でもなんでもいいよ、もう、だから言え。何があった?」

「別に?家に帰りたくない日だってあるよ」

 まあ、あるな。自分も家に居場所がないと思うし。自業自得の結果だけども。

 だけど、自分は自業自得でも、幸はそうじゃない。藤咲 幸はみんなに好かれる可愛いし優しい優等生だ。自業自得なんかあるはずがない。

 問い詰めるも、幸はなんでもない、気にしないでを繰り返すのみ。

「お前いい加減にしろよ!!俺が気付かない筈がないだろ!!」

 苛立ちの余りつい声を荒げた。幸は自嘲気味に笑って言う。

「隣だからって何でも知っているみたいな口利かないで。何も知らないのに」

「知らねえよ。言わねえんだから。だから知りたいから言ってくれ」

「なんで?言ってどうするの?颯介がどうにかしてくれるの?嘘しかつかないのに?」

 あくまでも言わないと。しかし、何かあったのかは自白したも同然だ。

「解ったよ」

 言わないのならしょうがない。東山は踵を返して自宅に向かった。

 玄関前に来て振り返ってみた。幸はとっくに家に入ったようでいなかった。

 言わないのなら自力で調べる。向こうにとってはただのお隣だが、自分にとっては……

 いや、言わない。言う資格もない。自分は嘘つきだから言っても信じて貰えない。

 ……ああ、そうか。だから嘘から冗談に変換したのか。信じて貰えるように。他の連中なんかどうでもいいが、幸だけには信じて貰えるように。

 自分自身で内に秘めた決意をし、家に入る。

 お隣さんと同じく、灯りは点いていない。単純に両親共々遅いからだが、もう一つの理由もある。

 まあ、それは言わなくてもいいか。気持ち良くなるための嘘をつく切っ掛けになった程度だ。そもそも、自分は小っちゃいガキの頃から親には期待していないんだから。

 幸の動向を探る。そう言ってもストーカーの如く四六時中見張っている訳にもいかない。

 しかし、行動はする。朝晩のつけ回しは当たり前の事だ。

 しかしのしかし、そんな事は内密に行動しているとは言わないので、直ぐに看破される。苦情を言われたのは三日後の帰り道だった。

 数十メートル離れて後をつけていた時、幸の脚が止まった。

 そしてぐるんと回ってダッシュで詰め寄られた。

 ヤバいバレタ!!とか思って逃げようとしたが――

「逃げるなストーカー!!」

 そう言われてしまったら止まらない訳にはいかない。自分でもストーカーだなと思っていたくらい、自覚があったんだし。

「あのさ、内緒に動いているって思っているんだろうけどさ、知っているから。三日前の朝から」

 最初からすでにばれていたのか……

「学校でもさ、東山が藤咲をストーカーしているって囁かれているの、知ってた?」

 なんと……既にクラスメイトにもばれていたのか……

「違う!クラスじゃ無く学校!後輩にも心配されたんだから。大丈夫ですか?嘘つきにつけ回されてって」

 学校中に!?流石にそれは予想外だったな……

「颯介は嘘つきのオオカミ少年で有名なんだから、目立っちゃうんだから。ちょっとした行動でも」

 そう言って鼻に人差し指を向けた。仰け反ってそれを躱そうとしたが、その指を掴んだ。

 そして袖をまくってみる。

 手首を切った痕を隠すように、包帯が巻かれていて、それには血が滲んでいた――


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