丘陵~003

 児島さんの方を向き、真剣に、しかし、なるべく目付きの悪さを隠すべく。まあ、ただ。意識しただけだが。

「児島さん、玉内を本当に気に入ったのか?」

 児島さん、躊躇なく頷いた。

「緒方とちゃんと試合やったんでしょ?プロ志望でしょ?そこら辺に居る適当な奴じゃないじゃん。顔もちょっと怖いけどロシアに居そうな顔だし」

 そのロシアっての女子達みんな言ってるよな?俺には良く解らんけど。

 だがまあ、適当な奴じゃないとの評価は俺的及第点だ。荒磯の糞女特有の腕っぷし目当てじゃない事が再確認できたからな。児島さんは糞じゃないからその辺りは信じていたけど。

 次に玉内に目を向ける。こっちは目付きの緩和なんか意識しないが。

「玉内、児島さんはどうだ?」

 少し度惑いながらもちゃんと答えた。

「どうだって、メイクもあんましてねえから軽い感じには見えないからいいと思うけど。実際可愛いし……」

 そうか。軽い女じゃないと言う事は解ったか。見た目ギャルっぽいからそう思われがちだが、この短い時間にちゃんと見ているって事だ。

「んじゃ好印象、でいいんだな?」

「どっちかって言えば、まあ……」

「じゃあお試しで付き合ってみれば?」

 マジか、との顔だった。

「俺は大洋だし、バイトとジムもあるし、高校中退だしで、付き合ってもいい事無いと思うぞ?」

 逆に呆れ顔の児島さん。

「なにその自分下げ?それでいいって言ったのは私じゃん。私の感情は無視すんの?」

 それでもいいと言ったのは事実。玉内も逆に悪い事を言ったと自覚したようで、頭を下げた。

「おい緒方君。マジで出ねえと遅刻する時間だぞ」

 狭川が焦れて忠告してきた。その狭川を直視する俺。

「な、なんだよ?そんなおっかねえ目で睨むなよ……」

「目付き悪いだけなんだが、真剣になったらおっかないとか……」

 やっぱり目付きの悪さの緩和は意識しないといけないのかと項垂れそうになったが、どうにか堪えて続ける。

「狭川、悪いがこの子の同伴認めてくれ」

 全員目を剥いた。児島さんは除く。

「真澄の条件に女子は駄目ってあったじゃねえかよ?」

「それは春日さん関連だからだろ?この子は関わっていない。だから何とか頼む」

 本気で嫌だが、俺なりに真摯に願い出た。その結果が頭を下げた。

「そこまですんのかよ!?この女のために!?」

 驚愕が耳に届く。頭を下げているから狭川の表情なんて解らないが、超ビックリした顔になっているんだろう。

「アンタさ、私を連れて行って良かったって思うよ絶対。アンタだけじゃない、アンタの親戚もね」

 背から届いたその言葉に反応して顔を上げる。全員児島さんを驚愕の表情で見ていた。

「……アンタ、俺達の事情、知ってんのか?」

「深くは知らない。だけど程々なら知っている。因みにその話って誰からも聞いた事は無いよ。だけど程々なら知っている」

 含みのある笑みを浮かべながら。

「……ちょっと真澄に聞いてみる」

 そう言ってスマホを出して背を向けて離れて行く狭川。瞬時に玉内が不安そうに話しかけて来た。

「緒方、俺は女に積極的に来られた事がねえから戸惑ってちょっとテンパっているが、やっぱ時間的に無理だぞ?」

 さっきの話の続きか。玉内も意外と浮かれていたようだな。付き合ってもいいかと揺れたと自白したようなもんだから。

「それでもいいって言ったんだ。だからいいんだろ。尤も、お前が気に入らねって言うんなら仕方ないが、どうだ?」

 超首を捻った。腕を組みながら。迷っているようだ。

「おい隆、児島を本当に連れて行くのか?」

「大沢の言う通りだぜ。須藤真澄もそうだが、とうどうの件もある。何が起こるか解らねえ。丘陵に連れて行くのは反対だ」

「僕は寧ろ来て貰った方がいいと思う」

 ヒロと木村は反対だが、国枝君が賛成に回った。これにはヒロも木村もビックリだった。

「マジで言ってんのか国枝?多分危険なんだぞ?そんな場所に女を連れて行くっつうのか?」

 木村の突っ込みに頷く国枝君。

「だからだよ。さっきの槙原さんの話、ちょっと聞こえたけど、須藤朋美に監視されているような状態の日向さんと話をしていたんだ。多分『悪いもの』を感じる事に長けている」

 確かに……GWの東白浜でも朋美の悪い気配を感じたと言って警告して来たからな……

「国枝より霊感があるって事か?」

 ヒロの問いにはちょっと戸惑いながらも首を横に振った。

「そこまでは解らないけど、今の僕よりも役に立つとは思う」

 そこで口を挟む俺。

「あとは玉内次第だ。お前が拒否すれば連れて行く事は出来ない」

「俺次第って……俺が拒んでも、お前等の誰かが乗せて行けばいいんじゃねえか?」

 それは違う。何故ならば。

「そうじゃない。俺達じゃない、お前と一緒に行きたいんだから。俺達なんか眼中に無いんだから」

 だからわざわざ内湾に来た。写メを見て気に入ったってのは外見だけじゃない。お前が立派に頑張っている事を知ったからだ。

「……真澄からOKが出た」

 狭川が許可を貰って戻って来た。どうする?と玉内に目を向ける俺。

「……一緒に行く、つうか、俺が連れて行くのはいい。何かあったら俺が守ってやるからそれもいい。だけど、まだ解んねえのは事実だからな?」

 付き合うか否かはまだ判断しかねるか。そりゃそうだ。会ってまだ1時間も経っていないんだし。

 その旨を伝えに児島さんの元に赴く。すると、なんか絶叫宜しく「きゃああああああああああああああああ!!!」とか叫んだ。ここ駅!みんな見る!見てる!!

「ちょ!それはねーだろ!!みんな遠巻きになっちゃったぞ!!」

「テンション上がる所でしょ!!そのくらい我慢して!!」

 こっちの心境なんかお構いなしだが、これだけは言わせて貰う。

「まだ確定じゃねーんだからな?玉内がやっぱ違うと思ったら素直に諦める事」

「それ無いから」

 きっぱりと否定された!手を伸ばして、指先を揃えた手のひらを見せて。

「そ、それ無いって、断られたらストーカーになる宣言?」

「違う!!断られる訳ないってんの!!」

 スゲー自信だな!!胸張って声高らかに宣言しちゃう辺り、少し憧れちゃうぞ!!

「ま、まあ、そっちなら良い。ストーカーにならないんなら……」

「なる訳ないでしょ。絶対に惚れさせる自信あるし」

 そう言って玉内目掛けて駆けた。なんだあのテンションは?尻尾があったらブンブン振ってるぞアレ!!

「ダーリン、これヘルメット。児島さんに渡して」

 いつの間にか寄ってきた遥香達が俺にヘルメットを渡す。

「随分用意周到だな……」

「この話が出た時、横井が的場さんにお願いして格安のヘルメットを買ったのよ。届もしてくれて、ホント有り難いって言ってた。因みに1000円」

 1000円!?中古品以下の値段だぞ!!案にくれたって事だろ!!それに、わざわざヘルメット一個届けてくれたのか?的場、マジで横井さんを可愛がってんな……妹的存在は嘘じゃねーって事だ。

 ま、まあまあ、取り敢えず有り難く使わせて貰おう。

 俺はそのヘルメットを玉内にじゃれ付いていた児島さんに渡した。

「白地のハーフフェイスだけど、シールドも着いているから、まともに風圧が顔に掛からないと思う」

「ありがと緒方、いくら?」

「1000円とか言ってたけど……」

「1000円!?あり得ねえだろ!!5000はするだろ!!」

 あまりの激安に木村が突っ込んだ。なのであれこれそうよと説明する。

「的場がかよ!?つうか横井、マジで的場に可愛がられてんだな……河内の立場ってどうなってんだ?」

「ホントは5000円くらいなんだ。解った。帰ったらお金渡すから、その人に払ってくれる?」

 定価のお金を支払うと。黒木さんなんて木村の用意させようとしたのに。木村が意外そうに見ているのはそんな訳だろう。

「実際の値段がやっぱり聞かなきゃ解らないから、聞いてからでもいいか?」

「いいよそれで。あ、いや、逆にこれレンタルでもっと可愛いヘルメット欲しいかも」

「じゃあそれを聞いておくよ。取り敢えずは……」

 遥香と麻美、そして橋本さんの方を向く。

「ちょっと行って来る。なんかあったらぶち砕いてくるから心配すんな」

 頷く女子三人。そして遥香が声を張る。

「今日中に帰って来てね!!」

 そりゃそうだ。明日学校あるんだから、今日中に帰らなきゃ明日が辛い。

 なので背を向けて歩き出すと同時に手を挙げた。何の心配もいらないとの意思を込めて。


 漸く走り出す俺達。狭川を先頭に、それに着いて行く形を取る。

 連山のコンビニで休憩後、峠を走る。カーブがいっぱいでこええのなんのだ。

 それが過ぎたら喉かな田園風景が広がった。連山の次の町だ。つうか小さな町が数点あるが、そこは割愛する。

 田園風景から橋を数本超えると家が密集して来て、コンビニやスーパーなども目に入り、そこから暫くだった。

 狭川がとある道の駅に入った。当然俺達もそれに続く。

「丘陵に入った。此処から中心部に入って駅近くのファミレスで待ち合わせだ。その前に言っとく」

 結構な凄みを以て。

「真澄は金の為に朋美に協力したし、俺もそうだ。お前等と敵対していたのも事実だし、朋美の手前、手打ちにしたとか和解したとはなっちゃいねえ」

「その通りだが、今更どうした?」

「真澄を狙うな。襲うな。ムカつく事も言い方もあるだろうが、堪えろ」

 一応釘を刺したと言う事か。俺達がぶち砕くかもしれんと言う事で。

「心配いらねえよ。流石に筋と義理は通すさ。お前等じゃあるまいし」

 木村が嫌味のように的確に返した。

「それならいい。約束したぜ緒方君」

「何故俺を名指しで……」

「アンタが一番感情的になりそうだからだろ」

 その通りだとみんな頷いた。いや、そうかもしれんが、やらねーよ。多分……

「緒方って何処でも危険人物指定されてんだね。中学の時もそうだったけど、今の方がもっと警戒されているみたい」

「今更だ。それでも俺達が居るから大事になってねえんだ」

「ああ、大沢も中学時代苦労していたもんね。今はもっと沢山の人が止めてくれるから、その時より遙かに良い状況だけど」

 なんか児島さん一人で納得しちゃったが。いや、つうか全員納得して大きく頷いているが。

 いや、いいんだ、今更だよな。俺が危ないのはホントだし、ヒロ達のおかげで助かっているしで、俺の心が涙に濡れる事なんざ些細な事なんだろう……


 件のファミレスまでバイクで10分足らず。取り敢えず盗難防止の為に買っておいたごっついロープ付きのカギを隣の車両、つまりヒロのバイクにくくりつけた。

「そこまでしなくてもいいと思うが」

 木村が呆れ顔でそう言う。

「的場が言うには自分が乗っていたバイクだから、知っている奴は知っているし、現在の持ち主がお前だから何かあったらすぐにお前の耳には入ると思うが、遠出した場合その限りじゃないと。ドゥカティってバイクは目立つから盗難に遭う可能性がデカいって」

「で、的場からそのアースロックを買ったと。体のいい営業にしか聞こえねえが……」

「でも、バイクの盗難は深刻な問題だからね。戻って来るのも10パーセント以下って聞いた事もあるし、隣のバイクと一緒に繋いでおくのもいい手だと思うよ。一番肝心なのは『盗む事を諦めさせる事』だからね」

 国枝君が良い案だと言ったので安心した。的場はあんま商売っ気は無いから営業だとは思わないけど、他の奴から見ればそう見えるだろうし。実際木村もそう言ったし。

「もういいか?つか元潮汐のアンタの女、俺達を待たずにとっとと入っちまったけど、いいのかよ」

「いや、俺の女じゃねえんだけど……」

 確かに『まだ』そうだろう。あくまでも『まだ』な。

 しかし入っちゃったもんは仕方がないから、慌てて後を追う。

「随分自由な女だな……荒磯の女だっけか?荒磯はやっぱ……いや、なんでもねえ」

 口を噤んだ木村。流石に言っちゃ駄目だろ。荒磯の女は碌な奴がいないと思っていても。

 言っとくが児島さんは糞じゃねーからな。麻美の友達が糞な筈ねーから。

 ここで狭川が前に出る。児島さんに追いついて一旦止めて。

 そして広いテーブル席を一人陣取ってスマホを弄っている女子に声を掛けた。

 その女子が顔を上げる。俺とヒロが一瞬顔を顰めた。

 やっぱ似てやがる。朋美に……

「……遠い所からよく来たね。まずは座って」

 促されたので俺が須藤真澄の正面に座った。目の前にボイスレコーダーを滑らせながら。

 苦笑してそれを見る須藤真澄。

「まだ持っていたんだ?」

「おかげさまで重宝している。今もこうやって使用できるしな」

 これは須藤真澄から貰ったボイスレコーダー。今ここで同じ人相手に使っている事に縁を感じる。

「良かった重宝して貰えて。あげた甲斐があったよ。まずは注文して。流石にお腹空いたでしょ」

「ドリンクだけでい「そうだな。俺はミックスグリル」えええええ~……」

 断ろうとしたらヒロがメニューを開いて注文の品を述べたがった。なんだこいつは?少しは空気読めよ!!

「じゃあ私はオムライス。玉内君は?」

「え?じ、じゃあ、えっと、ビーフシュー」

 児島さんと玉内も注文しやがった。玉内の方は振られて咄嗟にだろうが、児島さんは食べる気満々だった。敵のど真ん前なのに。

「……流石は朋美の敵の女子。胆が据わっているね」

「いやいや、私なんて臆病者だよ。隠れて過ごしてきたようなものだからね。それに、アンタも私の同行を許した訳があるって事でしょ」

 鼻歌を歌いながらしれっと返す。児島さんってこんな強気なキャラだったの!?

「……俺達も注文しようか。仕掛けるにしても、此処は双月じゃねえから無理だろうし」

 木村の言う通りだ。裏があろうが此処じゃ何も出来やしない。なので俺もカツカレーを頼んだ。

「話なら食べながらでもできるからね。僕はハンバーグセットにしよう」

 国枝君も決まったようなので注文。全員ドリンクバー付きだ。因みにどうでもいいだろうが、狭川はミックスフライで須藤真澄はエビグラタンだった。

 取り敢えずコーヒーなど持って来て、一息つく。

「じゃあ話して貰おうか。何でも望みを叶えるとうどうさんだっけ?」

 切り込んだ木村。飯を一緒に食っても必要以上に心は開かんって意思を込めて。

「いきなりだね。まあいいけどさ。これは噂と言うか都市伝説と言うか。まあ、その類の話ね」

 オレンジジュースをストローで回しながら。

「だけどその話は聞いた事がないでしょ?事実、緒方君の彼女もそんな話はしなかった筈」

 情報収集に長ける遥香も確かにそんな話はしなかった。知らなかったからだろうが、都市伝説ならばその手のサイトがわんさかある。そこから拾えなかったのか?

 そう考えると、やっぱり少しおかしい……

「それは一旦置いとくね。ま、内容はとうどうさんに手紙を届ければ大抵の願いは叶う。内容はなんでもいいし、対価も存在しない」

「ふん、そのとうどうさんの家に届けるのか?そりゃどこにあるんだよ」

 鼻で笑った木村だが、須藤真澄の続く言葉に全員固まった。

「渓谷の湖。その近くに緑色のトイレがあって、大の仕切りの上に置く」

 渓谷。

 そのキーワードが出たんだ。全員固まる事必至だった。特に国枝君は顔色が一気に悪くなった。湖の死体を思い出して関連付けたんだろう。

 そこに注文の品が届いた。一旦会話をやめてそれぞれを持って行く。

 そして店員さんが去った後、グラタンをフォークで突きながら須藤真澄が続けた。

「君達には面白く無い話しだろうけど、私って丘陵に薬を流す為に結構通っていたのよね。そうは言っても連山のアレに頼まれて欲しそうな女子学生を探していただけだけど」

「なんで女子学生だ?」

 意外と正義感が強かった玉内が訊ねた。胸糞悪いって顔をしながらも。

「お金になるから。女子はお金がないなら身体売ってでも仕度するからって」

 確かに男なら身体売れないよな……いや、そうでもないだろうけど、需要が少なすぎると言うか……

「なんで学生だ?」

 やはり玉内が切り込んだ。さっきより強く気分が悪いって顔をしながら。

「別に学生じゃなくてもいいけど、若い方がお金になるからって」

 立ち上がりそうになった玉内の肩に手を添えて止める児島さん。

「気持ちは解るけどさ、約束あったじゃん?破るの?」

「……………」

 玉内が大人しく納まる。玉内の気持ちは解るし俺は止める気はないからいいが、こうなれば児島さんの存在が有り難いかも。

 だって俺だけじゃ無く、ヒロも木村も国枝君も止める素振りを見せなかったから。やったんならしょうがないって感じで。

「まあ、薬はもう売買できないから、そこは安心していいよ。もうその手の話には関わらないし」

「……どうでもいい。お前の糞くだらねー保身なんか。それよりも続きだ」

 俺が促した。みんな胸糞悪いから、口も開きたくない状態だったから。俺もそうだが、とうどうさんも重要だから。

「そう言うよね。言い訳もしないしその通りだから何言われてもいいけども。まあ、兎に角続きね。その都市伝説は接触した女子高生から教えて貰ったの。その時は話を合わせるのがメインだったから、普通に興味あるように聞いたよ」

 話を合わせるとは、信頼を築く為か?その信頼を壊す様な真似をするのがお前の仕事だろうに。

「で、その日は雑談で終わって帰って。また次の日曜に会った訳。で、会話の取っ掛かりで雑談の続きをしたんだけど、そのとうどうさんの話は出て来なかった。その時は別に気にしていなかった」

 まあ、そんな事もあるだろう。ただの雑談だから。

「また次に会った時、興味の話をしたの。これもまあ、たわいのない話し。メインは薬に興味を持たせる事だから、ぶっちゃけ会話の内容なんて関係ないしね」

 玉内の気配がまだ怒りに変わる。こいつ潮汐で相当無茶やった筈なのに、正義感が強いのはなんでだろうか?

「その時聞いたのよ。「そう言えばとうどうさんって言うのは欲しいものもくれるんだっけ?」って。そうしたら…………」

 若干青ざめて、ぶるっと震えて、重くなった口を開く。


「とうどう?なにそれ?」


 みんな須藤真澄を見た。表情は様々だろう。何言ってんだこいつ?もあるだろうし、何言いたいんだこいつ?もあるだろうし。

 だけど全員こう思っただろう。

「とうどうの事は忘れた?」

 頷いて更に身体を擦る。

「絶対に恍けた感じじゃない。私もヤバい事沢山して来て、ブラグもハッタリもある程度見切れるから。アレは完全に知らない目だった」

「……それで最初に戻る訳か。槙原も情報を引っ張れねえってのは、その都市伝説は記憶をなくするからってか?」

 木村が若干呆れたように言う。そんなオカルト、と。

 だが、国枝君と児島さんは何か引っかかっているようだ。特に児島さん、怖いくらいに真剣な瞳だった。

「……ついでに言うと、晴彦からとうどうさんの心当たりを聞いたら思い出した。それまで綺麗に忘れていた。あんなに気味悪かったのに……」

 遂には震えで身体が小刻みに揺れ出した。

「……児島さんは嘘を見切れるらしいけど、どうだ?」

「……まあホントだね。言っている事は」

 そしてずいっと須藤真澄の顔を近付ける。

「他は?なんか思い出した?」

「……その件に関しては、これだけ」

 大きく頷く。嘘は無いって事か?

「じゃあ次。私のメインは実はそっちだし」

 児島さんはとうどうさん云々は重要じゃないのか?まあ、玉内に着いて来ただけだしな……

 須藤真澄はスマホを操作し出した。そして独り言のように言う。

「実はここに来る三週間前くらいに京都の本家に行ったのよ。と言うか双月の本店が京都にあるから、副社長の父さんに着いて行ったんだけど……」

「よく行ったな?俺だったら絶対に行かねえぞ。ツラも見たくねえし」

 狭川が嫌悪感丸出しでそう言うが、お前も同じ穴のムジナだっての。

「私もそうだけど、万が一があるからお前も一応顔見せとけって言うからさ」

「万が一ってなんだ?」

「朋美が死んじゃうかもしれないから、その前に顔見せろって事」

 そう言って写メを滑らせる。それを見た狭川が大袈裟に椅子から転がり落ちた。

「なんだ?幽霊でも写っていたのかよ………っ!?」

 からかったヒロも身を仰け反った。その写メには一体何が写っているんだ?

 須藤真澄が視線で俺を促す。見ろ、と言う事だ。

 すんごい緊張して覗き込んだ。俺もやっぱり仰け反りそうになった。

 須藤真澄と一緒に映っていたのは、ベッドから上体を起こして無理やり笑顔を作っている朋美だった。

 それだけならまだいい。単純に病気だって話だから。

「……まんま幽霊じゃねえか……!!」

 木村が戦慄して言ったように、顔は痩せこけて、髪が抜けたのか、ネットを被って。目なんか充血して真っ赤だし、その目もぎょろついているしで……

「……実物はもっと凄いよ。歯なんか殆ど抜けて無いし、腕なんて皮だけ。脚もそう。裸になったらもっと酷いかもね」

「……これでもまだ生きているのかよ……」

 玉内が唾を飲み込んだ。まんま死人だと思う程、その写メには生気がなかった。

「内臓に病気を患ったって。肝臓、脾臓、腎臓……最初が何処か解らないけど、一つを放置したら次々と」

「……親戚連中は此処までとは言わなかったぞ……」

 狭川が漸く声を絞った感じで訊ねた。

「悪くなったのはここ一か月の事。心当たりあるよね、君達には」

 頷いた。俺と生駒がぶち砕いて、ヒロがとどめを刺した感じか……

「……生気がかなり失われているような感じだね。国枝君の見立てはどう?」

「同じ見解だよ。やっぱり生霊になってまで執着したから、更に言えば殺人も厭わない程堕ちたから、反撃された時の反動が凄かったって事になるね」

 霊能コンビは同じ見解だと、じゃあ、と聞いてみる。

「このまま行けばどうなる?」

 俺じゃ無く須藤真澄から質問が出た。俺と同じ質問だったから良しとしよう。

「どうもこうも、見た通りだよ、と言うか私はお医者じゃないから余命なんて解らない、が正解だよ」

 余命……

 つまり、このまま行けば、死ぬ……

「……成程、呑気な俺でも異常に気付けくか……」

 今までも異常だと思っていたが全然甘かったって事だ。

 こんな姿になってもまだ俺に執着するとはな……

「……流石だね緒方君。脅えるどころか殴りたいって気持ちの方が勝っているとか、君も充分異常だって事か」

 そう言って俺の拳に指を差す須藤真澄。

 俺は拳を握り固めて、その写メを怒りの形相で睨んでいたのだから。

「隆だけじゃねえよ。俺もだぜ。だからお前、そのこええツラやめろ」

 ヒロに言われて表情が和らいだような気がした。こいつも生駒も朋美をぶち砕きたいって気持ちは同じだ。俺が一番ぶち砕きたいだろうが、気持ちは同じだ。

「今日ここに来たのは、晴彦にこれを見せる為と、君と大沢君だっけ?に聞きたい事があったから」

 そういやそう言っていたような?

「なんだ聞きたい事って?」

「どうやって殴ったの?生霊は空気みたいなもんでしょ?」

 それは意志の力だ。と言ってもいいのだろうか?つか、狭川に言った筈だけど?

「晴彦が言うには、君の殺意が朋美に届いたからだって話だけど、それで合ってるの?」

 ちゃんと言っているじゃねーかよ。なんだよ、ただの確認か?

「あの手の類は意志の力で退ける。別に生霊に限った話じゃないが、それがどうした?」

「……それって身内で縁が深い私達にも適応される?」

 頷く。お前は来るな、あっち行けと強烈に念じれば。

「だが、多分お前等じゃ無理だ」

 言ったら安心した目を剥いた。

「緒方の言ってることは、アンタ等はもう負けている、飲まれているから無駄だって事でしょ?」

 児島さんの言葉に頷いた。負けを認めたんならもう勝てない。恐怖で戦い様がない。

「じ、じゃあ朋美の生霊を離す事は?」

「素直に神社とか寺に行け」

「行ったけど、身内は縁が深いから……」

 そう言って項垂れる須藤真澄。確かにキツイし時間がかかるが、いつかは離れると思う。つうか強引に引っ剥がせるとは思う。

 普通ならな。

「お前等は朋美に協力しただろ。だからそう簡単にはいかない。一蓮托生ってヤツだ。因果とも言うか」

 協力したからその借りを返し終わるまでは強引に引っ剥がす事も出来ない。やれば最悪死ぬ可能性もある。

 それでも対話、つうか説得すれば、大抵は離れていくが、朋美に説得は無駄だ。よってこいつ等が出来る事は限られてくる。

「お前等が出来る事は、俺に纏わり付かせて、なるべく自分に被害が及ばないようにする程度だ。要するに今まで通りしか出来る事は無い」

 事実狭川にはあれから出て来なくなったんだろ?嘘じゃ無ければの話だが。

「まあ、お札とかお守りくらいは貰えるだろうから、牽制くらいは出来るだろ」

「貰ったけど……その日の内に生身の方から連絡が来て……」

 ああ、ふざけた真似すんなとキレられたか。朋美だしそうだろう。

「別に本体から連絡が来てもいいじゃねえか。あの女、この写メ通りなら動く事も出来ねえんだろ。そんな女が何が出来るつうんだ」

 ヒロの言う通り、お守り、お札で牽制して、本体からクレームが来ようが無視すりゃいい話し。朋美は自力で動く事も儘ならない筈だし、報復は無いだろ。

「そうだけど、万が一があるし……」

 蒼白になってガタガタ震えて。こうなればもう既に負けているから意志の力云々は無理だ。

「つうかくたばりゃ一番いいんだけどな。そうなればあの糞をぶち砕く事が出来なくなるから、俺は困るけど」

「俺がやるっつってんだろ。踊らされた借り、まだ返し終わっちゃいねえんだよ」

 俺の要望にヒロが被せた。いやいや、麻美曰く、あの糞をガチで殺すと考えるのは俺だけらしいから、お前じゃ無理だろ。なんだかんだで常識人だし。

「結局は今まで通りしか出来ねえって事か……」

 狭川はげんなりして項垂れた。どうにかしようと考えるのなら、少なくともあの時朋美の誘いに乗らなかったら良かったのに。これも因果だ、諦めろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る