丘陵~004

 ともあれ、とうどうはなんか知らんが記憶を失わせる能力があるようだ。どういう理屈か知らんが、関わった人が言われて思い出す程の薄い記憶は持てるようだが。

 朋美の方もいつくたばるか解らんって情報程度か。まあ、あの姿には確かに異常さを感じたが、「で?」が素直な感想だ。何なら今すぐ死ねばいい。

 じゃあ、と立ち上がる俺。

「用事はもう無いんだろ?帰らせて貰うぞ」

「確かにそうだな。これ以上一緒につるむ理由もねえ」

 木村も立った。つうか全員それに倣った。

「そうだな。お前等はそれぞれ帰るんだろ?案内はもう必要ねえだろ?」

 頷く。狭川はじゃあ、と続いた。

「一応真澄のオヤジにツラ見せてから帰る。此処でさよならだ緒方君」

「晴彦が父さんに顔見せなんて珍し」

「お袋はお前の親父に懐いていたようだからな。ちゃんと挨拶しろってうるせえんだよ」

 その辺は親戚のアレだ。俺がどうこう言う必要も無い。

 なのでみんな一斉に外に出た。バイク置場に向かって歩く。何か知らんが先頭は須藤真澄と狭川晴彦。あいつ等の後ろってのが何ともだ。

 と、その時ちょいちょいとシャツを引っ張る児島さん。

「なに?」

「合図したら男の方、歩道側に蹴り倒して。躊躇なくね」

 いや、それは全く構わんが、いきなり喧嘩売る必要は?

「玉内君は女の方ね。髪引っ張ってもいいから後ろに倒して」

「はあ?喧嘩売るのか?しかも女の方?」

 玉内もビックリしている様子。だが児島さん、いいから言う通りにしろの一点張りだった。

 なんかあるんだろうが、無ければそのまま喧嘩してもいいかと俺は比較的簡単に頷いた。

 しかし玉内は女子を倒すミッションだ。しかもこいつ、微妙に正義感あるし。

「おい、いくらなんでもそりゃねえだろ。理由くらい聞かせろ」

「もうすぐ解るよ。だけど合図はちゃんと聞いてね。手遅れにならないように」

 手遅れと聞いちゃ穏やかではいられない。玉内は渋々ながら頷いた。

 で、駐車場に差し掛かった時――

「今!」

 合図が出たので、言われた通りに狭川を蹴っ飛ばして歩道側に押し込んだ。玉内は髪を引っ張って倒してた。

「いって!!いきなりなんだよ緒方君……!!」

 文句を言おうとした狭川が固まった。包丁を持った男が狭川が居た場所に突き刺したのだから。

 須藤真澄の方も固まった。こっちはメリケンを握っている奴がその場所にパンチを叩き込もうとしていたから。

「……何だお前等?」

 木村が前に出て、狭川と須藤真澄を後ろに追いやる。一応庇うとは、実に甘い奴だなぁ、と心から思った。

「……不意打ちが無理とか、流石だな」

「馬鹿、だからとうどうさん直々に頼んで来たんだろ」


 とうどう!!!!


 とうどうが狭川と須藤真澄を狙うよう指示したのか!?

「……隆、お前、国枝と児島を後ろに隠せ」

 ヒロも前に出た。これで木村とヒロが俺達の壁になった。

 んじゃ、俺もと出る前に――

「緒方と玉内君は動いちゃ駄目」

 児島さんからダメ出しが入った。

「なんで?確かに二人程度、木村とヒロなら瞬殺かもしんないけど」

「……多分もっと来る。それに、もしかしたらとうどうさんも」

 とうどうも来るってのか?そりゃ願っても無いが……

「とうどうってのは渓谷なんだろ?こんな離れた丘陵になんで来れる?前もって乗り込んでいたのか?」

 俺の疑問は玉内の疑問。よって玉内がそう訊ねた。

「とうどうさんの事はぶっちゃけ知らないけど、なんかヤバい奴が来るってのは解る」

 そのヤバい奴がとうどうの可能性があるって事か。

「……緒方君、あいつ等なんだ?いきなり俺達を襲ったよな?緒方君じゃ無く、俺達を」

 狭川が寄って来て険しい顔でそう言った。知らねーよ俺だって。児島さんに言われてお前を蹴っ飛ばしただけなんだから。

「だから、須藤がアンタ等を消してもいいやと思ったからでしょ」

 児島さんの台詞に真っ青になる狭川と須藤真澄。逆に顔を顰めた児島さん。

「何意外そうな顔してんの?裏切り者だよアンタ等は?須藤がそれを放置する訳ないじゃん」

「だ、だけど朋美にはバレていない筈……」

「お、俺だってそう思うぜ。どんだけ気を遣って内緒にしていると思ってる?」

「だから、『何でも望みを叶えるとうどうさん』にお願いしたんでしょ。裏切り者が居たら消せって。だけど、そうなると、向こうも私みたいな奴がいる事になるのよねぇ……」

 げんなりする児島さんだが、私みたいな奴とは霊感が凄い人って意味か?

 そんな雑談をしていると、どさっと何か倒れる音。

「なんだこいつ等?大した事ねえじゃねえか?」

「不意打ち云々っつってたからな。そんなもんだろ」

 ヒロと木村がもうぶっ倒していた。しかも襲ってきた奴、呻いているし。

 何でもっといたぶらねーんだよ?入院させても文句は言えねーだろうに?

 メリケン野郎の胸倉を掴んで木村が凄む。

「おい、とうどうの命令で俺達を襲ったって言ったな?」

 ああ、情報収集か。この辺は俺だけだな、後先考えずにぶち砕くのは。

 メリケン野郎の口尻が上がる。

「お前等じゃねえよ。あの女とそのツレだ。お前等は命令に入ってない。絶対に負けるから無駄だと言われたからな」

 もう一人の包丁野郎も腕を突っ張って起き上がった。

「俺達は命令に従っただけだ。お前等が邪魔に入る可能性もあったが、ひょっとしたら放置するかもしんねえからって」

 木村が怪訝な顔で訊ねた。相変わらず胸座を掴みながら。

「そりゃどういう事だ?」

「お前等とあの女とツレは仲間でもダチでもねえんだろ?」

 驚いた。そこまで調べていたのかよ。

「じゃあなんで狭川と女を狙った?」

 木村が追うが、知らんと首を横に振るだけだった。あくまでもあいつ等を襲う命令を受けただけだと。

「それよりも、あの二人を置いて消えた方がいい。アンタ等は関係ないから標的にされなかったが、邪魔すんならその限りじゃないからな」

 どういう事だと訊ねようとする前に、俺達の周りをぞろぞろと囲む糞共。いや、見た目糞じゃない奴も紛れているが……

「30人くらいか?これで全部か。お前等の誰かがとうどうさん、知ってんだろうから、一人づず聞けばいいよな」

 木村とヒロが臨戦態勢だった、俺も混ざろうと踏み出すが……

「えっと、狭川だっけ?自分の親戚は自分で守って。国枝君は何とか隠れるとかして。玉内君は当たり前だけど彼女の私を守ってね」

「まだ彼女じゃねえって……」

 言いながら満更でもないようで、角に立たせてその前に立った。正面の敵のみに集中できる訳だ。

「は、晴彦、加勢した方がいいんじゃない……?」

「そうしてえが、お前明らかに足手纏いだろ。一人で逃げ切れるとは思えねえし……」

 児島さんの隣に強引に押し込んで狭川も立った。つまり俺はフリー!!

 え?いいの?いつも止めるじゃんお前等?やっていいの?

 展開が違う事に戸惑いつつも、30人相手じゃそうなるかと思ってヒロ達と合流する。

「30人相手に引く気配を見せないとか、やっぱ事を構えない方が正解か?」

 奥からパーカーを被った野郎が歩いて来てそう言う。

 そいつを見た瞬間、俺も木村もヒロも緊張した。こいつがこの中で一番強い奴だと。

「……ドーゴー君がもう出んのか?」

 どーごー!?

 より一層緊張したのが自分でも解った。とうどうさんじゃ無くトーゴーさんか?

「お前が噂のとうどうさんか?こんな早く会えるとは意外だったが、逆に有り難いな」

 木村が訊ねたら首を横に振った。

「お前等が捜しているとうどうさんとは違うが、とうどうさんではあるな」

 言っている意味が解らん。ヒロと顔を見せ合って首を捻る俺。

「まあいいよ、その辺は気にしないでも。さっき誰か言ったと思うが、俺の目的はそっちの二人。アンタ等は今のところ標的じゃ無い。だから渡してくれたらお互い穏便に済むと思うが?」

「……俺としちゃ関係ねえからそうしてえ所だけどよ、こっちも義理ってもんがあるんだよ。それに『今の所』つう事は、後にそうなるっつう事だろ」

 その通り、トーゴーさんだかとうどうさんだか知らねーが、いつかやり合う事んあるんなら、早いか遅いかの違いでしかない。

 つう事はぶち砕き確定だ。狭川達は俺に病院送りにされた後、ゆっくり決めたらいい。

 なので迷わずダッシュした。木村が「おい!」と止めようとしたが、もう遅い。

 大砲の間合いに入ったが、ここはスピード重視のジャブ。まずはそのフード、剥いで貰う!!

 しかし、俺もギョッとした。こいつ俺のジャブを簡単に避けやがったのだ、スピード重視のジャブなのに!!

 しかし、思った以上のスピードだったようで、若干焦って避けたせいか、フードが捲れて顔が晒された。

 更に驚く俺。何故ならそいつの顔は褐色の肌、彫りの深い顔。東南アジア系の外国人だったから。

「……あいつから警告は確かにあったな……危険で強い奴がいると……」

「あいつ?とうどうさんか?お前は違うのかよ?」

 構える俺、糞共全員殺気立ったが、目の前の東南アジアの奴は涼しい顔でそれを制する。

「その辺は気にすんなと言ったけどな。俺はククリット・トーゴー。お袋がタイ人のハーフだよ」

 タイ人のハーフか。納得だが、じゃあとうどうさんじゃねーのかよ?気にすんなと言われても気にするだろ。

「まあ、そんな事はどうでもいいんだ。この人数相手に本気でやるのか?言っとくが、増援もあるぜ」

 果たして脅しか警告か。警告の方だろうな、多分。

「俺じゃない、他の奴に聞いて見ろよ?」

 視線を外さず、顎でヒロ達の方をしゃくった。

「……おい大沢、どうするよ?感覚的には西高掌握したその日に似てんだけどよ」

「あの時とはちげえだろ。人数はこんなもんだったけど、女子が居る分不利だ。ぶっちゃけ狭川なんて知らねえし、渡してやってもいいけど、お前も言ったじゃねえか。義理つうもんがあるってよ」

 頷いてトーゴーさんに言う俺。

「つう訳だ、やるってよ」

 力強く構える俺。その俺に別の糞(見た目体育系だった)が割って入った。

「折角引き渡せば穏便に終わるって言っているんだ。冷静になってぐはっ!?」

 バカだなこいつは。やるっつただろ。そもそもお前等が嗾けて来たようなもんだ。こっちからやめるはあり得ない!!

 ボディに入れたので前屈みになった。その隙だらけの糞にアッパー!!折角しゃしゃって来たのに一瞬で終わりだ、悲しいなぁ?

「分かれろ」

 タイ人のハーフが指示を出す。俺とタイ人ハーフを残して半分に分かれた。

 左半分はヒロ達に、右半分は玉内達に躍り掛かった。

「なかなか統率が取れているな。お前がやっぱ頭かとうどうさん?」

「そうでもない。初顔も何人かいるからな。そしてさっきも言ったが、お前等が捜しているとうどうさんじゃない。とうどうさんではあるが」

 ホント訳解んねーよ。だからお前をぶち砕いた後ゆっくり聞いてやるよ。必要なら身体にもなあ!!

 元々近付いていた身体だ。大砲の距離まで少しあるが、一歩踏み出せば簡単に俺の間合い。

 しかし、俺は踏み出せなかった。ガードしたから。

 左ハイキックが的確にテンプル目掛けて飛んできたから。

「へえ?」

 何感心してんだお前?この程度の蹴りで仕留めようとか思っていたのかよ?

 今度はこっちの番だと踏み込んでのボディ!!

 しかし、俺のボディは届かない。肘によって阻まれたのだ。

 肘とか、接近戦上等か?それならそこは俺の間合い!!

 左ボディ!!リバー狙いの得意のパンチ!!

 完璧に入った。しかし、同時に顎が跳ね上がった。

 こいつ、膝で俺の顎を打ちやがった!!しかも速いしキレもある!!

「ちちちっ!!」

 そいつがするすると俺から間合いを取る。ボディを押さえながら。

「……聞いた話以上だな。そのパンチのキレとパワーは」

「誰から聞いた?言わねーんだろうが一応聞いてやる」

「お前等が捜しているとうどうさんにだよ」

 答えたと同時に突っ込んできたとうどう……いや、ドーゴーだっけ?しかし舐め過ぎだろ。そんなモン躱してカウンターだ!!

 突っ込んでのパンチは俺自身もよくやる。だから当然それを警戒して備えていた。

 しかし、ドーゴーは突っ込んでは来なかった。パンチも蹴りも当たらない間合いで大きく屈伸したのだ。

 繰り返さない俺だったら何事かと思うだろう。だが、キャリヤは累計100年だ。中にはそんな攻撃をしてきた奴も居る。

 その技に備える俺。そして、それは目論見通りやって来た。

 奴は膝のバネを使って跳んできたのだ。膝を叩き込むその型は真空跳び膝蹴り。

 ぶっちゃけそんな大業は序盤でやる技じゃない、弱った時のとどめの技だが、こいつは躊躇しないで跳んできた。

 だけどこいつはこの群れのリーダーだ。本人はそんなでも無さ気だが、それを差っ引いても間違いなく一番強い。

 そんな奴が跳び膝で終わるか?よってこれは前段取りのようなもの。

 まずはその跳び膝を押さえる。速いしキレもある膝だ。まともに喰らえば大抵の奴は終わる。

「やっぱスゲエな。大抵の奴はそれで終わるぞ」

 そう言って俺の首に腕を回してきた。やっぱ跳び膝はフェイクか。

 膝を叩き込まれた。しかもリバーの位置に。

「く!?」

 驚いたか?そうだろう。お前はそこまで織り込み済みだっただろうが、俺はその先も織り込み済みなんだよ。

 膝を叩き込まれた俺は、カウンターでショートアッパーを放ったのだ。がっちがっちに固められたから威力はそんなでも無いが、そんな隙間からアッパー放つ奴と戦った事があるのか?

「っち!!」

 がに股加減で脚を広げる。逆にショートフックのリバー!!

「っつ!!!」

 その膝は威力が奪われたようで、響かなかった。俺のパンチもなかなかだろ?

「くそ……」

 またまたがに股加減で脚を開く。つうか三度も喰らうかよ。今度はそこまで接近した自分を悔やめよ?

 俺は膝を曲げた。狙うは無防備の金的。

 効果音があったら『キン!』といい感じの音が流れたであろう、綺麗にヒットした俺の膝!!

「!!!!?」

 たまらずしゃがみこんだトーゴー。そこはまだ俺の膝の位置だぜ!!

 今度は大きく俺は脚を引いた。それを見たトーゴーが慌てて転がって回避する。

「おま!マジでそれ!駄目だろ!」

 ぴょんぴょん跳びながら苦言を呈すその姿に笑いそうになった。そしていつもならこの隙に追い込む俺だが、なんつうか……

「お前、糞じゃねーな?」

「はあ!?なに言ってんだ!?」

 今だぴょんぴょん跳ねながら疑問を呈した。まあいいや。俺は俺で勝手に話を進めよう。

「お前の雰囲気は糞の物じゃない。かといって命令されてイヤイヤって訳でもない。仕方なくじゃない。ホントに何でか解らねーけど、やり合う事には否定的じゃないが、別にやらなくてもいいって感じだ。つうかお前手加減しているだろ?」

「なんでもいい!!ちょっと待て!!」

 もうぴょんぴょんと。喧嘩最中ちょっと待ては有り得ないから勝手に話そう。

「狭川も須藤真澄も俺の敵。その敵を引き渡すのは実はそんなに躊躇しないが、木村も言っただろ?こっちも義理がある。とうどうさんの情報は全く無いから助かったのも事実」

「だから!!ちょっと待てと言ってんだよ!!」

「だからこうしよう。この場は退け。後日改めて、つうか、俺達が絡んでいない時に狭川と須藤真澄を狙うのなら文句は言わない。実際関係ないし」

 跳ぶのをやめた。今度こそ何言ってんだ?って感じで、俺を見ながら。

「言っている意味が理解できないか?俺達の目から外れた時に襲うんならどうでもいいって言ってんだ。それともまだ続行するか?」

 親指を後ろに向けた。

 二手に分かれてヒロ達と乱闘中の糞共が、三分の一がやられて伸びている。佐川も一応頭貼っていただけあってそこそこは強いんだぜ?『喧嘩素人』が沢山居ようが、マジもんの喧嘩屋には勝てねーだろ。それ故の奇襲だったんだろ?

「……これも言われた通りか。30人程度じゃ無理だって」

「それとも増援あるんだろ?呼ぶか?」

 首を横に振って立った。そして声を張る。

「やめろ!!こっちの負けだ!!」

 その通る声によって残った糞共が止まった。そして伸びた糞を担いで遠回りながらトーゴーの後ろに着く。

 なんで遠回りかって?俺がいるからに決まっている。近付いたらぶち砕くの意志をビンビンに発していたから。

「……トーゴー君、本気でやめるのか?まだ人数も増やせるし、トーゴー君も見た感じダメージなさそうだけど」

「あれ以上やったら全滅になる。それに、誰も捕まられないようにしなきゃいけないからな。とうどうの事本当の意味で知っている奴はいねえが、あいつ等にそれは通じそうも無い」

 頷いて静かに撤退する糞共。ヒロ達はポカンだった。

「隆が辞めさせたのが驚きだが……」

「おう……あの外人、ほぼノーダメージじゃねえかよ……それなのに辞めたのかよ……」

 ヒロ達の驚きはそっちの方だった、つか木村、外人じゃねーよ。ハーフだ。

 しかし、退く筈のトーゴーは未だに居る。何で帰らない?

「お前、帰らねーの?」

 頷くトーゴー。そしてパーカーを脱ぎ捨てた。

 玉内の顔に皺が寄っただろう。昔の自分を思い出して。そいつの上半身には、派手なタトゥーで覆われていたから。

「いや、別に此の儘退いてもいいんだ。絶対に仕留めろとは言われて無いからな」

「……それにしてはやる気ビンビンになってんじゃねーかよ」

 俺は構え直した。いつ、いかなる強襲にも対応できるように。

「言わなかったか?俺もとうどうさんだと。気にならないのか?」

「気になるが、教えてくれんのかよ?例えば入院確定の怪我を負わせようが、口を割りそうにねーけど?」

 其の儘じりじり前に出る。何ならこっちから仕掛けようとして。

「まあ、その通りだ。だけどお前等、これからもとうどうさんを追うんだろ?それには俺も含まれる。だったら今やっても同じだろう」

 その通りだ。遅かれ早かれこいつとはやり合う関係だ。だったら今、か。

 更に少し前に出て訊ねた。

「俺に勝ったとしても、ヒロも木村も玉内もいるんだが、その辺はどうする?」

「お前を倒したら帰るけど。追ってきたなら迎え撃つだけだ」

 何つうシンプルな思考。俺と同じじゃねーか。

 じゃあこいつの本質は危ないのか?玉内の様に更生したから『さっきはあの程度』なのか?

 考えても仕方がない。やるんならやるだ。

 脚に力を込めてダッシュしようとする前に――

「駄目だ緒方君!!その人と戦っては駄目だ!!」

 国枝君が間に割って入って止めた。これにはヒロ達は勿論、トーゴーも驚いた。

 そして俺を真正面から羽交締めにした。

「ちょ、国枝君。こいつは糞じゃないから今は仕掛けて来ないだろうけど、糞だったらヤバかったぞ?」

 脱力してやらんと意思表示しながら言った。

 しかし国枝君は放そうとはせず。

「君も退いてくれ!!今は必要ないんだろう!?さっきそう言っていただろう!?」

 よりにもよって敵であるトーゴーにも頼んだ。

「……そう言ったのは確かだが、とうどうさんを追うのならいずれぶつかる。そうも言った筈だ。だから退け」

 やっぱり糞じゃ無かった。雰囲気でそう思ったのは間違いじゃ無かった。糞ならこんな状況、寧ろおいしいと思うだろうから。

「いいから退いてくれ!!緒方君、この人と戦ったら死ぬかもしれない!!君もそうだ!!最悪二人とも死ぬ!!」

 ピクリと固まったのは俺とトーゴー。

「俺が相手を殺すかもしれないと思われるのは今更だけど、あいつは解らねーだろ?」

「解る!だってあの人は……」



「やめろ」



 その低い声を出したのは、トーゴー。なんだこいつ、さっきとは雰囲気が……?

「やめないよ。君が退いてくれると言うのなら、これ以上はやめておくけど」

 国枝君も確固たる意志の元、そう述べた。トーゴーを見る目に殺す意思が乗っかっていた。え?あの穏やかな国枝君が!?

 しばし考えて、大きくかぶりを何度も振って、最後に降参と万歳する。

「解った。言う通りにしよう。だけどこっちの条件も飲んで貰うぞ」

「なんだい?」

「お前等は仕方がないが、あの二人には言うな。お前もあいつ等とダチでも連れでもないんだろう?流石に狙う敵にそんな情報を漏らされちゃ困る」

 狭川と須藤真澄を見ながら。

「それは約束する。あの二人と僕は君の言う通りの関係だからね」

 頷いて今度は俺に視線を向けた。

「そう言う事だ、緒方隆。ここは退く。だが、次に会った時は多分混じりっ気なしの敵同士だ」

「……その時は殺し合うって事か?いいだろう。その時を楽しみに待ってるぞ、ククリット・トーゴー」

 ガンのくれ合い、とまではいかないが、お互いに見ながら。そしてトーゴーはくるりと背中を向けて脱いだパーカーを拾った。

 其の儘歩き出すトーゴー。軽く腕を上げて。その背中は次は必ず、と言っていた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る