丘陵~001

 国枝君の体調が戻るまでは動けなかったので、しかし波崎さんが此処は嫌だと言うので湖から離れてキャンプ場の方に行った。

 そこで体調が戻るまで休んで、俺達はこの不思議現象の事をあーでもない、こーでもないと言い合った。

 でも結局結論は出ず。国枝君の体調がマシになった所で帰った訳だ。

 んで翌日、つまり今日。昨日の事を頭の片隅に置きならがロードワークしている。

「おい、イマイチ集中してねえようだが、怪我するから気を引き締めろ」

 同じくロードワーク中のヒロに叱られて脚を止めた。

「なんだ?昨日の事は考えてもしょうがねえって結論に達しただろうが?湖の死体もなんか関連ありそうだから警察に渡さねえって事にしただろ」

 足踏みしながらヒロが言う。

「あーうん。その通りなんだけどな。やっぱ考えちゃうしな」

「だからと言って気が抜けた練習してもいい事にはなんねえだろうが」

 いや、ヒロの言う通りだ。全くその通りで反論不可能。なので別口から仕返しする事にする。

 ランを再開し、ヒロの横に並んで訊ねる。

「中間テスト、そろそろだけど、お前大丈夫か?期末で取り返せるとは言っても赤点は取らない方が絶対にいいぞ」

 今度はヒロの脚が止まった。真っ青になりながら、項垂れて。

「なんだよ?集中力が途切れたのか?」

 狙い通りなのだが、意地悪な質問をする俺。にやける顔を根性で押し留めて。

「いや……もう借金返したから気にする事でもねえよな、うん」

「借金って、バイクの免許代だっけ。だけど期末で赤点なら補習だろ。夏休みは大人数でキャンプに行くんだ。補習で参加できないとなったら波崎さんどう思うんだろうな?」

 言ったら更に項垂れた。四つん這いまでもうちょっとだ。

「……国枝って頭良かったよな?」

「学年トップスリーの一角だろ」

「……普通クラス分けってクラスの格差をなくする為に頭の具合をバラバラにするだろ。なんで学年トップスリーが同じクラスなんだろうな……?」

 なんだ頭の具合って?言いたい事は解るけど。

 まあともあれその質問に答えよう。

「学年トップスリーが居る様に、学年ワーストスリーも居るからだ」

「………やっぱりそうだよな……」

 遂に四つん這いになったヒロだった。気付きたくなかったんだろうが、気付いてしまったようだ。

 学年ワーストスリーも全部Eクラスに存在する。

 学年トップスリーは国枝君、横井さん、遥香(上から順に)だが、ワーストスリーは三浦君、天童君、ヒロ(下から順に)なのだ。

 三浦君はクラス一のイケメンと吹聴していて、実際顔はいいと思うが、本気で頭が悪い。本人曰く、ホストになるから勉強は必要ないとの事だ。

 天童君は赤坂君と並ぶあっち系の人だ。体型も妙に似ているし。だけど赤坂君は隣町に一つ下の彼女がいる事から、あっち系の人に別格扱いされている。

 まあ、俺が末期時代は最下層だったが、真ん中までのし上がって、取り敢えずはワーストクラスには入っていない。これも遥香と春日さんのおかげだ。

 いろいろ言ったが、要するにヒロは学年三位。ワーストの方の。

「折角友達が全員トップスリーなんだから、放課後にでも勉強教えて貰えばいいだろ。最後の繰り返しの時、俺は春日さんと遥香に教えて貰って真ん中まで来たし」

 今だ四つん這い状態のヒロをほっといてランニング再開。ヒロも慌てて起き上がって付いてくる。

「春日ちゃんって頭良かったんだよな?何位だっけ?」

「確か10位からその辺をウロウロしていた筈だ」

「じゃあ春日ちゃんから教えて貰おうかな……あの三人よりは怒らないで教えてくれそうだし」

 いや、国枝君も横井さんも遥香も別に怒らないと思うが。やる事は多分同じだし。基礎からやらされると思うぞ。

「しかし、春日さんはバイトしているからな。毎日は無理だろ」

「なに!?勉強って毎日やるもんなのかよ!?」

 酷く驚いたヒロ。最高に仰け反って。それは兎も角、当たり前だろ。

「俺も毎日……って訳じゃ無いが、ほぼ毎日勉強しているけど。宿題忘れた事は無かったし」

「お前も!?何の冗談だ!?」

 心外だ。果てしなく心外だ。つうか毎日やんなきゃ真ん中キープできねーっつうの。末期頭なんだから。

「まあ、アレだ、クリスマスの時、麻美から初めての英語貰っただろ?それで勉強しろ、取り敢えず」

「それはいくらなんでも馬鹿にし過ぎ……じゃねえけど……」

 初めての英語でも自信がないのかよ。だからこそ『初めての』なんだろうけど。麻美のチョイスは正しかったと言える。

 

 そんな訳で昼みんなで机合わせて飯食う時に発言した。

「こいつの頭をどうにかしてくれ」

 箸で隣のヒロを差しながら。ヒロ、何も言わずに頭を下げた。

「緒方君が教えてあげればいいじゃん?」

 モグモグと卵焼きを食いながら楠木さんが発した。

「こいつに勉強を教えて貰うとか、どんな罰ゲームだ」

「ダーリンは大沢君よりも成績がいいけど。しかも努力した結果だし、今も努力しているし」

 努力していないヒロに対しての痛烈な嫌味だった。乗っかって黒木さんも発言する。

「緒方君って私よりも成績いいよね。美咲よりも良かったっけ」

「そうそう。美緒と同じくらい?」

「そうだねー。このクラスってトップスリーとワーストスリーがいるけど、ど真ん中も三人いるからねー」

 里中さんの言う通り、学年ど真ん中は俺、里中さん、星野君だ。因みに星野君はこれと言った特徴も特技も無い、ただのクラスメイトだ。用語ではモブとも言う。

「……そんな緒方君に教えて貰う事が罰ゲーム?」

 カスタード&生クリームDXを齧りながら首を傾げる春日さん。ヒロ、項垂れて机に頭が付きそうになった。

「まあまあ、緒方君が教えると言っても、雑談に興じちゃうから無理だって言いたいんだよね、大沢君」

 国枝君のフォローに顔を上げて何度も頷くヒロ。そんなこと思っていなかったくせにとは思ったが言わない。

「放課後一時間くらいなら面倒見てあげてもいいけれど……」

 横井さんが先生を買って出てくれた。しかし、横井さんは後悔する事になった。

 暗記重視の科目は取り敢えず置いといて、数学を習う事になった。

 何か知らんが俺も付き合わされた。図書室で勉強すると言う事なので、ついでに自分の勉強が出来るから、いいっちゃーいいんだが。

「ダーリンは私が教えてあげるからねー」

「やっぱお前も残るんだな……」

 他の友達はとっとと帰ったと言うのに、俺が残るから自分も残るとか、いや、いいけどな。逆に有り難いし。

「じゃあ早速範囲の所から」

「おう、頼むぜ横井」

 問題集のコピーを四部刷ってみんなに渡す横井さん。

「じゃあこれをやってみましょう。答え合わせは10分後ね」

 よーいスタートで問題を見る俺。

 なになに、次の整式の同類項を纏めて整理せよ?良かった比較的簡単で……

 えっと、次の式を展開せよか……これ因数分解だな。

「流石ダーリン、なかなかじゃない」

 回答を覗き込んできた遥香が頭を撫でた。

「お前もう終わったのか?」

「うん。10問くらいだし、大した問題じゃないからね」

 10問とは言え余裕だな……まあ、遥香なら当たり前か。

 とか思ったら横井さんも既に終えていた。流石学年トップスリー。問題出してから3分くらいなのに。

 とか感心している場合じゃない。10分で答え合わせなんだ。俺も頑張らないと。

「……はい、10分経ちました」

 おおお……ギリギリだった……ヤバかったぜ……

「なんだぁ隆、お前時間いっぱい使ったのかよ?」

 なんかドヤ顔でそう言われた。

「そう言うお前はどのくらい掛かったんだよ?」

「5分」

 ああ、こいつ適当に書いたな……まあ、困るのはこいつだからいいんだけど。

 横井さんがそれぞれを採点する。遥香も横井さんも当然満点。俺は一問間違って9点。

「緒方君はちょっとポカミスだったようね。だけど理解している事は解るわ」

 そう言って貰えると助かる。何の為に春日さんによって中学整数からやり直したんだって話になるから。

「で、大沢君は……」

「おう、10点だろ」

「0点」

 ブッと噴いた俺と遥香。なんでだと真っ青になったヒロ。

「一応聞いておくけれど、なんで全ての解答欄が2なの?」

「え?計算したから?」

「なんで展開して2になるのかしら?」

「だ、だって数字と記号を分けて計算するんだろ?」

「この問題だけれど小数点はどこ行ったのかしら?」

「だ、だから2,0………」

 はあ~っと深い溜息をつく横井さん。眉間のしわがパネエ事になっている。

「……大沢君は中学生の問題からやり直しね……」

「ちょっと待て!だから中間で赤取らなけりゃいんだってば……う……」

 要望を述べたらすんごい目で睨まれたヒロ。こいつ高校受験で塾に通っていた筈だが、それが全て無かった事になっている程末期になってる!!

 まずは整式を理解させると言う事で、整式に関しての説明をした。確か放課後一時間の面倒だと言ったが、その調子だとアッと言う間に一時間経っちゃうんじゃ……

 ヒロ、頷いているが目が泳いでいる。絶対理解していない顔だ。

「あの、横井さん。多分単項式と多項式から説明しなきゃいけないんじゃないかな……」

「そこから?まさかそこまでは……」

 言ってヒロを見ると、やはり目が泳いでいた。

「あの、参考までに、ヒロって麻美から初めての英語って本をクリスマスプレゼントに貰ったんだよ」

「……やはり中学問題からやり直さなければならないと言う事ね……」

 豪快に溜息をついた。ヒロ、項垂れて机におでこがくっついた。

「あはは~。横井、後悔してるでしょ?」

「ええ。いや、そうでもないわ。問題は中間の赤回避だから、圧倒的に時間が足りないと言う事よ」

 いや、絶対後悔している顔だ!!眉間のしわがパネエもん!!

「……まあいいわ。じゃあ今日は此処まで。帰って対策を考えて来るから。今日から予習しておくように。とは言っても歴史とか暗記重視なものをね」

「……………はい………」

 項垂れながらも返事した。つうかそう言うしかねえもんな。俺も春日さんに教えて貰っていた時、こうだったな……

「じゃあ帰ろうか。ダーリンのお家に行って勉強の続きする?」

「ああ、そうしよう。ヒロ、お前も来るか?」

「………………おう………」

「ヒロも来るって」

「そっか、じゃあ数学は横井に任せて、私は国語の面倒見るよ。全科目はきついでしょ?」

「そうね。そうして貰いましょうか」

 安堵した様子の横井さんだった。全教科の面倒は流石に見切れないと思ったのだろう。

 翌日、やつれて登校したヒロ。遥香によって追い込まれたのだから当然だ。

 なのでその日のお昼、机くっつけて飯食っている時に頼んだ。

「楠木さん、こいつにヤマ教えてやって」

 ヒロに箸で差した。ヒロ、項垂れついでに辞儀をする。

「ああ、そっか、緒方君記憶持っているんだもんね。そりゃそうか」

 納得してマカロニサラダを食いながら頷いた。

「緒方君、それはどういう事だい?」

 国枝君の疑問はみんなの疑問。全員キョトンとしているし。

「ああ、楠木さんは先生の癖を読む事に長けているから、どこが出るかある程度読めるんだよ。前回プリント一枚で勉強していて、プラス30点取っていたし」

 その情報を聞いて黒木さんが立った。

「美咲!!それって私にもくれるよね!?」

「いいけど、結局勉強しなきゃだよ?ヤマ張ると言っても授業で習った所しか出ないんだから、それを加味してのプラス30点なんだし」

 細かな所は流石に知らんと言う事だな。結局は勉強しなきゃだ。楠木さんは地頭がいいから勉強は殆どしないけど。

「それでもいい!プラス30点は魅力だし」

「おっけー。じゃあ放課後図書室に行こう。コピー取ってあげるよ」

「ヤマを頼りにするのは感心しないけれど……中間まで時間も無いしね……」

 横井さんも仕方なしに納得したようだ。実際時間がないからしょうがない。


 さて放課後の図書室だ。昨日は遥香と横井さんだけだったが、今日は楠木さんと黒木さん、里中さんも来たぞ。

「んじゃこれね。コピー取るけど、欲しい人ー?」

 挙手したのは当たり前のヒロと黒木さん、里中さん。そして俺。

「ダーリンも欲しいの?必要ないと思うけど」

「前回かなり世話になったぞあのプリント」

 俺の発言に興味を覚えたか、遥香と横井さんも挙手した。

「全員じゃん」

 苦笑しながらコピーを取ってそれぞれに渡す。

「……成程、先生の癖を読む、か……英語の辻先生、いかにも出しそうな問だね」

「そうね。社会の北村先生は几帳面だから、こんな問題出しそうだものね」

 トップスリーも納得なヤマだった。

「ありがとー美咲!」

「サンキュー美咲!愛してる!」

 なんか黒木さんと里中さんにハグされていた。いやいやとドヤ顔なのが如何にもだった。

「でも、さっきも言ったけど、やっぱ勉強しなきゃだよ。このヤマ全て当たったとしても30点しか取れないんだから」

 楠木さんが正論を言った、カバンにしまって帰ろうとしたヒロに向けて。

「そうね。じゃあ私からはこれ」

 カバンから取り出したるは中学一年の数学の参考書。

「私が中学の時使っていたお古だけれど、綺麗だから」

「いや、中学一年って流石に馬鹿にいやなんでも無い」

 苦情を言おうとしたら睨まれたので瞬時に無かった事にしたヒロだった。俺も春日さんにあんな感じで教えて貰ってここまで来たんだ。お前もそうしろ。

 ともあれ、中間まで放課後一時間横井さんに数学を習って、終わったら俺ん家で遥香に国語習って。

 春日さんのバイトが休みな日が一日有った時は春日さんが理科教えて。ついでに国枝君が英語教えて。

 そんなこんなで中間も終わり、全員でバジルに来ていた。

「なんとか赤は免れそうだ。お前等ささやかながらの礼だ。高いモン食わなきゃ何頼んでもいいぞ」

 そう、ヒロのオゴリでバジルに来たのだ。遥香に礼がしたいと言ったらバジルでパスタとの要望が出たからだ。

「それはいいんだけどさ、なんで私まで?」

 何か知らんが波崎さんも来ていた。お礼って言ったのに。

「それは俺が一緒に食いたかったからだ」

「ドヤ顔でそう言われてもね。お金あまり使わない方がいいって何回も言ったでしょ」

「……私なんかバイトあったのに……」

 ヒロの強引な誘いに春日さんが渋々バイトを休む羽目になった。

「私もそうだよ。プリントあげただけなのに」

 楠木さんもバイトを休む羽目になった。お礼な筈なのに迷惑かけている感がパネエ。

「大沢君、別にお礼なんて良かったのよ?お友達が困っているんだったら助けるのは当たり前でしょ?」

「まあまあ、横井さんもみんなも。大沢君は感謝しているんだから、此処は素直に御馳走になろう」

 国枝君は気が済むんならそうさせたいって事だろうが、俺まで呼ぶ意味が解らん。俺何にも教えてないのに、お礼は不要だろ。

 なのでその旨を言う。

「おいヒロ、俺は何も教えてないから、お礼させる謂れは無いんだが」

「だからお前は自腹だ」

 自腹で無理やり引っ張られたの!?だったらおたふく行くよ!!あっちの方が好みだし、自分のお金なら!!

「いや、大沢君が寧ろ緒方君に一番お礼をしなきゃいけないんじゃないかな?」

 国枝君の発言に女子全員が頷く。

「なんでだよ?別に隆には何も教えて貰ってねえぞ?」

「緒方君の家に毎日お邪魔して勉強を見て貰っていたじゃないか」

 乗っかって遥香が発した。おっきな胸を張って、指でタクトを振るように。

「そうそう。ダーリンのお家だからって理由で私も勉強教えていたんだし」

 いや、それにしたって場所を提供しただけだろうに?

「槙原が国語の面倒も見てくれたおかげで、私の負担も減ったのだし」

 そりゃ横井さんに全教科預けるのはきついからな。だから遥香が国語を……

 あれ?そう考えると、ヒロの赤回避の一番の功労者は俺じゃね?

「それに緒方君が私のヤマ教えてやれって言ったから教えたんだよ?あの言葉がなかったら多分誰にも教えてないよ。内緒にしていた訳じゃないけど、誰にも聞かれなかったんだしさ」

 そうなんだよ。楠木さんの特技は繰り返しのあの時点まで誰にも知られていなかったんだよ。俺が知ったのも楠木さんの好意からだ。それを今回俺はヒロに回したようなもんだ。

「……私が緒方君に教えた勉強方法を行ったんだよね?基礎から学ぶってヤツ」

 そうだ、そうだよ。春日さんから教えて貰った方法をヒロにも教えたんだよ!!やっぱ俺が一番お礼をして貰うに相応しいだろ絶対!!

「そ、そう言われりゃそうだけどよ、だけどなんか違うくねえか?」

 ヒロが発したと同時に立った遥香。

「こんな恩知らずに御馳走して貰おうとは思わないよ。後でとんでもない何かを要求されるかもだしね。帰ろダーリン、それともおたふく行っちゃう?」

 うわ、こいつ相変わらずキツイな!!俺の擁護だってのは100パーセントだろうけど!!

「槙原の言う通りね、違うと思うのならそう思えばいいけれど、逆も然りで恩知らずと思われてもいいと言う事なのでしょう。槙原、私もそっちに行くわ。おたふくって初めてだし」

 横井さんも立った!!この人繰り返し中はただの優等生キャラだったのに、随分こっち側に毒されているー!!

「ち、ちょ、それは極端じゃ……」

「あーあ、こんなだったらプリントあげるんじゃなかった。私もおたふく行こっと」

 楠木さんも立った!!怒っているんだぞって顔を拵えながらも、所々ピクピクしているし!!絶対笑い堪えているだろ!!

「……御馳走になる雰囲気じゃ無くなったね。私もおたふくに行こうと思うけど、国枝君はどうする?」

「勿論僕もそっちにするよ。自分のお金なら気兼ねないしね」

「解ったよ!!隆にも奢る!!これでいいんだろ!!」

 なんか涙目でそう言った。いや、自分の分は自分で払うよ?国枝君の言う通り気兼ねしなくていいし。

 しかしこれを言ったら、ヒロが更に居た堪れなくなるだろうな。一応こいつにも恩はあるし。

「じゃあドリンクだけ奢ってくれ。パスタは自分でお金払うから。なんやかんや言っても、場所提供しかしていない事実があるんだし」

 これは譲歩案だ。何なら全額払ってもいいくらいだし。

「じゃあ私もそうして。国語しか教えてないから」

「ならば私も。数学しか手を付けていないんだし、中途半端なのは変わらないから」

「じゃあ私も、プリントしかあげてないからねー」

「……じゃあ私もそうしてくれる?一日だけしか教えてないから」

「じゃあ僕もそうしてくれるかい?」

「お前等揃いも揃って何なんだちくしょう!!」

 御馳走する筈のヒロがお金半額になるにも拘らず涙目になった。まあ、気持ちは解る。俺もその立場なら何なんだって絶対に言うだろう。

 ともあれ、逆にヒロに頼んでドリンクだけ御馳走になる事にした。女子と国枝君にはパスタも食わせろと。

 だって元々お礼のつもりだったんだし、俺はオマケのようなもんだしで。

「まあ、ダーリンがそう言うのなら……」

 御馳走してくれると言うのに渋々御馳走になる事にした彼女さんだった。なんでそんなに不満なのか?

「まあいいだろ、ヒロもちゃんとお礼がしたいんだから」

「まあ……これで余計な気を遣われるよりはいいけれど……」

 横井さんも渋々ながら納得した。だからその不満顔はやめろ。

「じゃあヒロ、頼むな」

「お、おう」

 これ以上グダグダはしたくないので勝手に決定した。女子達がやっぱ不満顔だが、気にしていられん。

「じゃあ遥香、メニュー広げて」

「はーい」

 メニューを広げたら女子達の不満顔が消し飛んだ。実に美味しそうなパスタの写真がいっぱいだったからだ。

「やっぱ美味しそうだよね。ダーリンは何にしちゃうの?」

 遥香の破顔してそう言う。いつもそんな顔してくれればいいのに。

「ペペロンチーノ食いたいけどニンニクだからな……」

「あ、ブレスケア持ってるよ」

「マジで!!じゃあペペロンチーノ!!」

 これは速攻で決定だろ!!ニンニクを気にしなくてもいいんだからな!!

「じゃあ私はボンゴレにしよう、横井は?」

「そうね……このきのこの和風パスタってとっても美味しそうじゃない?お醤油味みたいだし」

「じゃあ私はエビのペスカトーレ!」

 勢いに乗って楠木さんも注文したぞ。後は国枝君と春日さんだけだ。

「春日さん、どれにする?」

「……昔懐かしのナポリタン。国枝君は?」

「僕はアラビアータにしようかと」

 全員決まったようなのでヒロに向く。

「みんな決まったぞ」

「おう」

 そう言って店員さんを呼ぶヒロ。波崎さんはナスときのこのボロネーゼ。自分はイカスミスパにした。飲み物は俺は当然コーヒー、他は知らん。

「しかし、意外と安いな。あのファミレスより若干高い程度か?」

「そうだな。だが、味はこっちの方が上だ」

「ちょーっと待った。確かにそうかもしんないけどさ、ウェイトレスさん激カワ揃いだよ向こうは」

 対抗意識で乗っかって来た楠木さん。いや、確かにそうだけどな。波崎さんもそうだし、高岡さんもそう思うし。

「だけど、食事をするのなら、味が一番じゃないかしら?」

 横井さんの言う通りなので頷いて相槌を打った。それを目敏く見ていた春日さん。大きく頷いて発する。

「……その通り。よって大山食堂がナンバーワン」

「美味しいけどさ、大盛り過ぎるんだよね。サービスは有り難いけども、そうしたらこっちは目の保養でサービスしているし」

 波崎さんもあのコスは目の保養だと思っていたのか……実際その通りだけども。あのコスで集客集を稼いでいるんだし。

 ともあれ、なんかガヤガヤし出したぞ。さっきの不満げな気配がすっかり消える程に。

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