黄金週間~001

 あれから数日が経った。野郎共に報告し、秘密を共有し、あーでもない、こーでもないと仮説を繰り返す日々。

 だけど、それは頻繁じゃなく、話のついでに、って感じにした。

 極力変化を見せないで、女子に勘付かれるのを防ぐためだ。

 国枝君がそう提案して満場一致で可決されたのだ。「緒方君が一番危ないでしょ。槙原さんが相手なんだから」との理由で。

 俺も納得の決定だったから何も文句は言わなかった。実際俺が一番ボロ出そうだし、遥香相手に誤魔化す事なんて不可能だろうし。

 だけど、一回危なかった事があったな。遥香が俺ん家に来る時、コンビニに寄った時だ。

 偶然森井さんとかち合って、何となく会釈したのが切っ掛けだった。

「ねえダーリン、あの子誰?」

 当たり前に訊ねられた。普段の俺なら会釈しないからな。通りすがりの女子には。

「ああ、中学の同級生」

 真実なので慌てずに応える事が出来たがそれが、不信感を増したようで。

「あの制服、海浜だよね。此処はダーリンと同じ学区の人が大勢いるからオナ中はそうだろうけど、なんであの子だけに挨拶したの?」

 あの子『だけ』が疑りポイントだった。確かに言われてみればその通り。このコンビニはオナ中御用達だが、今まで誰にも挨拶なんかしなかったから。

 しかし、軽い会釈でこうも不振がられるのか。普段の俺が俺だから容易なんだろう。

 揉めているように見えたんだろう。見かねた森井さんがフォローする為に寄って来た。

「こんにちは。緒方の彼女?凄い可愛い子だよね。中学の時の近寄りがたい緒方しか知っていない私としては、驚くばかりだよ」

 俺としちゃ顔面蒼白の出来事だった。森井さんが遥香同伴の時に話し掛けて来るとか、嫌な予感しかしなかったから。

 しかし、森井さんの発言は遥香の警戒を解いた。凄い可愛い子がポイントなのか、中学の時の俺がポイントなのか解らないが、兎に角警戒を解いた。

「こんにちは。やっぱりオナ中なんだ」

「うん。中学の時の緒方、本気でおっかなかったんだよ、よく付き合ったよね。普通なら敬遠するよ」

 恐らく本心なんだろう。だからこそ警戒を解いたのだろう。反して俺の心は涙で濡れたが。

「あはは~。うん。そうかも。でも、ウチのダーリン、その手の人以外相手は無害だから、そんなに怖がらないで欲しいかな?」

「うん、そうだって噂も聞いた。大沢もそう言っていたし」

「あ、大沢君の友達なんだ?」

「友達って程じゃないけど、まあ、そうなのかな?同じ学区だし、話くらいはするよ。緒方も同じ学区だけど、おっかないからスルーしていたけど」

 ははは、と笑い合った。やはり俺の心は涙で濡れたままだが。

 だが、ヒロ経由で話したとなればおかしな事は無い。ヒロと俺は結構そんな感じで友達を広げている状態ななんだし。

「だけど、緒方ってホント丸くなったよ。さっきあの手の人って言ったじゃない。中学の緒方なら問答無用で殴っていたのに、今は西高の人達とも友達なんでしょ?」

「うん、そう、木村君とは親友だよ。ねえダーリン」

「そうだけど、お前が俺の交友関係を他の人に話すのはどうかと思うぞ……」

 どこまで踏み込むんだと言いたい。もう今更だけど。

「だって緒方、おっかないじゃない。だから彼女から聞くんだよ。そうは言ってもあっちの世界の事は怖いから、あまり興味は無いけどね」

 フォローなんだろう。本心を交えての。実際喧嘩の話なんて森井さんには興味は無いだろうし。

「ダーリンに興味があるんだ?」

「うん?う~ん……海浜も緒方の話はよく出回るからね。興味があると言えばそうなるのかな」

 これも本心。どうでもいいって感じの。より警戒を解いた遥香の気配が伝わった。遥香も思ったんだろう。『緒方の事はどうでもいい』と。

 まあ、どうでもいいのは本心なのだろうけど、本心じゃないと言うか。友達とまでは言わないが、顔を合わせれば話くらいはするって感じの。

 そうは言っても連絡先控えているけど。これ遥香には絶対に内緒にしなきゃな。内緒にするって事自体が駄目のような気がするけど。

 そんな事をボーっと考えていると、隣の大雅が肘で俺を突いた。

「うん?な、何だ大雅?」

「大沢を何とかしてくれ。GWだから呼び出されるのは構わないけど、バイクの免許取った程度の事で、ああも自慢させたら鬱陶しい」

 うん?とヒロの方を見る。ヒロは現在、バイクに跨って免許証を国枝君に見せびらかしている最中だった。

「だからな、ほら、俺もとうとう免許持ちでバイク持ちになったってんだよ。どうだ国枝?」

「う、うん……さっきから何回も聞いているけど……もう10回以上、同じ話をしているんじゃないかな……」

 うんざりしている国枝君だった。

 先週、とうとう免許を取得したヒロは、既に買ってあったバイクの車検を、約束通り的場に頼んで取って貰って、昨日ナンバーが付いたのだ。

 それにテンションをあげて早朝から俺を呼び出し、と言うか友達全員自分の家に呼び出したのだ。

 しかし、電話でのテンションで既に鬱陶しがられ、木村も河内も適当な理由を付けて応じなかった。生駒はバイトで無理だし、玉内もバイトで忙しいしで当然無理。

 俺も断ろうかと思ったが、家にまで押しかけて来そうな勢いだったので、渋々出向いた訳だ、そしたら先客で国枝君がいて、自慢話を何度か聞いている間に大雅が来て……

 こいつ、本気で迷惑な奴だ。折角のGWにこんなくだらない事で呼び出すとか、正気じゃねー。

 大雅のタスケテもそうだが、俺自身ももういい、ウゼェ。果てしなく。

 なので俺が切り出した。なるべく傷つけないように、やんわりとな。

「おいヒロ、マジウゼェからそろそろやめろ。もう少しでキレそうなんだ。ぶち砕くぞ?」

「結構キレてねえかそれ!?」

 いや、だって、ウゼェもん。キレるよそりゃ。

「そんな糞くだらない事は果てしなくどうでもいいんだよ。こっちとしちゃ、お祝いにご飯でも奢るもんだと思っていたぞ」

「お祝いならお前等が俺に御馳走しなきゃならねえんじゃねえの!?」

 何で俺達が奢らなきゃいけないんだ。お前に付き合って精神的ダメージを負ってんだよ。寧ろ慰謝料くれよと言いたいよ。大雅なんて南海からわざわざ来たんだぞ、そのくだらねえ話の為に。

「しかし、確かにもう昼時だ。飯行くか」

「お前の奢りでだろ?」

「えー……まあいいけどよ……」

 よし、言質を取った所で相談だ。

「国枝君、大雅、何食いたい?俺としちゃ蟹とか焼肉とか」

「お前マジふざけんなよ。そんな高いモン食わせられるか」

 至って真剣ですが何か?バイトのお金、まだ残ってんだろ?蟹とまでは言わないけど、回転寿司くらい奢れ。

「まあいいか、東白浜に行くぞ」

 ヒロがそう提案したが、東白浜と言うと……

「鬼斬か?生駒のバイト先の」

「いや、双月」

 本気でぶっ飛ばしそうになった。大雅が察知して止めてくれなければ、マジぶち砕いていただろう。

「大雅君、緒方君を力付くで押さえるとか、やっぱり凄いんだね……」

 国枝君が感心する。こんな状況であれ。

「いや、結構厳しい……緒方君、今本気で突っ込んで行っただろ」

「何?ほんの冗談なのに、そこまでムキになってんのかお前?ホント馬鹿だよな」

 うるせー!!ムキになるだろ俺ならば!!あの狂人にどんだけ迷惑掛けられたか、お前も知ってんだろが!!

 あの狂人によって失ったもんがいっぱいあるんだよ!!それはもう取り戻せねーんだ!!森井さんは奇跡みたいなもんなんだよ!!

「東白浜に焼肉食い放題があっただろ。そこ行くんだ」

「え?焼肉?冗談だったのに……」

「いや、その冗談で俺が食いたくなった」

 お前がいいならいいんだけど、ランチでも2000円近くするぞ?

「4人なら1万で釣りがくる。経済的だよな」

 どこが経済的なのかさっぱり解らんが、御馳走はマジでするようだ。

「なあ大沢、折角頑張って稼いだお金なんだから、そんなに高いものじゃなくても……」

 大雅も躊躇しているようだ。ご馳走になる事に。

「もう焼肉の舌になっちまたんだから、仕方ねえだろ」

 こいつは揺るがない、事食い物に関しては。好きなモンを腹いっぱい食いたくて仕方がない奴だ。

「それに、初バイクが東白浜ってのも悪くねえ。そんなに遠くないから疲れねえだろうし」

 成程、本命はそっちか。いやいや、だったら鬼斬でもいいだろ。焼肉食いたいだけだろ。

「じゃあ、まあ…ちょっと待ってて。俺歩いて此処に来たから……」

 わざわざヒロの家に来るのにバイクに乗れん。

「お前は来なくていいんだぜ」

「あ、そう、じゃあ遠慮しておく」

 良かった、来なくていいと言われたのは。ヒロに焼肉促したって言う余計な罪悪感が芽生える所だったし。

「冗談に決まってんだろ。早く持って来い」

「いや、俺は本心で遠慮したいからいい」

「折角親友が奢る言って言ってんだ!!いいから早く持って来い!!」

 何か知らんがキレられた。本気で行きたくないんだけどなぁ……

 ともあれ、渋々ながらバイクを持って来た。

「それが緒方君のバイクか。イタリアのだって聞いたけど」

 おっと、俺の愛車を見るのは初めてだったか。つっても俺も大雅のバイクを見るのも初めてだが。

「それがオーストリアのバイクだろ?なんかカッコイイな」

 所々がオレンジ色でカッコイイ。年式も新しいんだっけ?

「お前等そのくらいにしろ。で、どうだ?俺のバイクは?」

 ヒロが俺のもリスペクトしろとバイクを前に胸を張っている。

「ああ、うん。行くんなら早く行こう。腹減ったから」

「ホント友達甲斐の無い奴だな!?」

 だって腹減ったのは変わらんし。なんなら、だ。

「だったらやっぱりお前達だけで行って来れば?俺は大山食堂にでも行くから。自分のお金だから気兼ねしなくていいし」

「あ、だったら俺も。魚もあるんだよな、そこ」

「じゃあ僕も……」

「うるせえ!!焼肉っつってんだろ!!つか、俺の奢りよりも自腹を取るのかお前等は!!」

 何故か涙目になったヒロだった。御馳走しなくてもいいんだったら、逆に有り難いと思わないのか?


 なんやかんやで出発した。しかし、何度も休憩を入れたので、着いたのは一時間過ぎたあたりだった。

「お前、目に映ったコンビニに手当たり次第入るんじゃねーよ!!なんで東白浜にバイクで向かったのに一時間以上掛かるんだよ!!」

「いや、意外と緊張して疲れて……」

 初めてもバイクだったらそうだろう。気持ちは解るが、俺だってそう頻繁に休憩を入れなかったぞ!!

 曲がらないとの酷評のバイクなのに、お前よりも休憩が少なかったとは一体どういう事だ!!

「まあまあ、初めての遠出なら仕方がないよ……言う程遠出でもないけど」

 国枝君は優しいから一応フォローを入れた。だけど最後はやはり不満を露わにしたものだろう。

「まあいいじゃないか……折角来たんだから、早く入って何か食べよう……」

 わざわざ隣町から来た大雅が納めてくれた。つか、腹減ったからが真意なのだろう。

 しかし、お昼過ぎたばかりなので、結構な混みようだった。空席が無い。

「おいヒロ、一時間待ちとか書いてあるぞ……」

「マジかよ……この上そんなに待たなきゃいけないのか……」

「大沢のせいだと思うけど……」

 大雅の意見に賛成だ。俺はMAXでそう思っているし。

「どうする?待つか?それとも他行くか?」

「焼肉がいい。だけど待ちたくねえ」

 どんな我が儘だそれは。お前の為に焼肉屋が存在している訳じゃねーんだよ。待つか諦めるかの二択なんだよ。

 じゃあどうすんだと、あーだこーだと言い合うと、最早一時間待ちとは言えない程の混みよう。

「じゃあお前の勝手にしろ。俺は適当にどこかに入って飯食うから」

 焼肉にこだわるのなら勝手にすりゃいい。食い放題じゃない焼肉は高い?知らねーよ。お前のお金だろ。好きに使えよ。

「だから俺が奢るっつってんだろ、焼肉を」

「いや、それに付き合い切れないから勝手にご飯食うと言っているんだろ、緒方君は」

 大雅の言う通り、これ以上こいつの我儘に付き合っていられるか。

「奢るっつってんのに何キレてんだお前は?ホント堪え性がねえな」

 ほう、この期に及んでもなお呷るとは。

「お、緒方君、ちょっと落ち着こう。お腹減ってイライラしているのは解るけど」

 国枝君に宥められたのなら否とは言えん。なので再びヒロを向く。

「じゃあどうすんだ。言っておくけど、もう移動はしたくねーからな。東白浜から一歩も出たくないし、双月は論外だ」

「ホント我儘だなお前」

 お前の我儘に付き合ったんだろうがよ!!なんだよ俺が悪いような言い方は!?

「仕方ねえ、席空くまで待つか」

 そう言って名前を書いた。最初からそうすりゃもっと早く食えたんだよこのバカが!!

 だが、一時間待ち以上の時間がある。席が出来たらラインで知らせてくれるらしいので、そこら辺をプラプラしようか。

「つっても遠出は駄目だぞ。精々この辺だ。直ぐに向える距離じゃ無きゃな」

 ヒロの言葉にげんなりしながら返す大雅。

「それは当たり前だろ。それにしても、ホント腹減ったな……」

「ひょっとして大雅、お前朝ご飯食べてないのか?」

「ひょっとしなくてもそうだよ。朝に大沢から電話が来て、大事な話があるから来てくれと言われて、慌てて向ったら……」

 あの糞くだらねー自慢話だったと。本気で不幸だな、大雅。同情を禁じ得ない。

「あそこに本屋があるね。そこ行こうか」

 国枝君の提案である。

「暇を潰すのには漫画の立ち読みが一番か」

 誰も異を唱えなかったのでそこに向かう。バイクは一応乗って行こう。この辺りは『緒方のバイクはドゥカティ』と知れているので誰も悪戯はしないと思うけど、念には念だ。

「いや、結局外に駐車するんだから同じじゃないか?」

 大雅の突っ込みであった。こいつもいちいち心を読みやがるぜ。

「『大沢のバイクはドラッグスター』って知られて無いから、ヒロのバイクに悪戯する奴がいるかもだし」

「その理屈なら『大雅のバイクはRC390』と知られていないから、俺のも悪戯されるんじゃ……」

 まあまあ、兎に角向かおう。漫画の立ち読みに。暇つぶしに。


 本屋に入ったと同時に、国枝君がマンガじゃない、専門書の方向に歩いた。

「国枝君、参考書か何か?」

「いや、違うよ。ちょっと調べたいものが……あ、これかな?」

 手に取って見せてくれたのは、神職のなり方みたいな本だった。

「とある大学に入って神職養成課程を終えた方がいいのか、それとも専門学校の方がいいのか、ちょっと悩んでいるんだ」

 凄く驚いた。神職養成科と言えば、神主さんとか宮司さんになる為だからだ。

「く、国枝君、神主さんになるのか……?」

「うん?いや、どうだろう?本物になりたいとは思うけどね」

 はははと朗らかに笑う。しかし本物か……

 神職に就きたいのも本音だろうけど、ただの霊能者でもいいって感じだな。まあ、将来の事だから、今はまだ、な。

 そうなれば、俺は将来何になりたいんだろうか?此の儘ただの喧嘩屋って訳にも行かないだろうし。

「どうしたんだい?難しい顔をして」

「いや、国枝君が将来の事を考えたのを今知った訳だろ。じゃあ俺は何になるんだ?とか思って」

 発したら意外そうな顔。なんかおかしな事言ったか俺?

「緒方君はプロになってチャンピオン目指すんじゃないのかい?」

 いい、それは美しい誤解だ。俺は手段でボクシングをやっているに過ぎないんだ。好きでやっている……にはそうだけど、本職になる事は全く考えていない。

「なんだお前等、マンガじゃなくこんな所に来やがって」

 ヒロが冷やかしで寄って来た。大雅も付き合いでヒロの後について来た。

「丁度いい、お前等将来何になるとか漠然とでも思った事があるか?」

「あん?俺は歌って踊れる弁護士になる予定だが」

 アホのヒロはほっとこう。弁護士になれる頭なんか皆無だし、夢は好きに見たらいいから。

「大雅は?」

「俺は大学に行って剣道に戻るつもりだけど」

「今戻ってもいいんじゃねえの?」

 ヒロの質問である。やりたい事があればやればいいのにとは俺も思う。

「今は無理だよ、喧嘩できなくなる」

 こいつも大概だと思ったが、やっぱりそうだった。喧嘩の為に剣道にも戻れんとか、どんな修羅道だ。

「言い方が悪かった。今の立場で剣道部に戻ったら、迷惑掛ける事になるからな」

 ああ、派閥の頭で南海のトップ最有力候補だもんな。そりゃそうか。

「そう言う緒方君は?やっぱりボクシングのチャンピオンか?」

「いや、俺は……」

「そうなれば玉内と勝負が楽しみだな。同じ階級なんだろう?」

 玉内との試合か…そりゃ、言われてみればまたやってみたいけど。俺のは所詮喧嘩ボクシングだから……それを将来に持って行くのはちょっと……

 そんな遠い未来の話は、実は誰もピンと来ていないようで。

「まだ二年に上がったばかりだからね。これから考えていけばいいよ」

 国枝君の言葉に全員同調して頷く。しかし、国枝君は霊能者になると既に決意したのだろう。その本を持ってレジに向かったのだから。

「……まだ時間があるな。どうする?」

「どうするも何も、暇潰しで本屋に来たんだろう?国枝は欲しい本があったから買っただけで、俺達はやはり漫画でも読んで時間を潰すしかない」

 元々その予定だし、そのプランで行こう。

「でもこの本屋、単行本は封印されてんだよな」

「週刊誌でも読めばいいだろ」

 大雅も面倒くさがって最後は適当にしか対応しなかった。事実とっとと週刊誌のコーナーに行ったし。

 俺も大雅に倣ってジャンプでも読もう。単行本を羨望の眼で追っているヒロは無視して。

「待ったかい……って、大沢君はなんで?」

「さあ?読みたかった単行本でもあるんじゃない?」

「そうなのか。あの物欲しそうな眼は買いそうだよね。アルバイトのお金、結構残っているんだろう?」

 欲しけりゃ買えばいい。自分のお金だし。後で後悔しようが知ったこっちゃないし。

 

 時間になったので件の焼肉屋に向かう。

 単行本数冊抱えたヒロを伴って。

「結局買ったのか。しかもその量、結構お金使っただろ」

「おう……こうなりゃお前等に奢ると言わなきゃ良かったと後悔している所だ」

 知らねーよ、俺は自分のお金で食うと言っただろ。お前が無理やり焼肉に来たんだろ。

 奢りを取り消したら本気で怒るぞ。みんなお前の我儘に付き合ったんだからな。

「お金もそうだけど、バイクで持って行くんだろう?ビニール袋は強度が心配だよ。どこかで強い紙袋を買って、シートにくくり付けなきゃ」

「マジか……ちょっと遠出して飯食うつもりだった筈が、なんで金使う羽目になったんだ……」

「大沢の自業自得だろ、全部」

 大雅の意見に全面同意だ。しかしマジで腹減った。

「お前の失意はどうでもいい。腹減ったからとっとと食おう」

「賛成。朝飯も食べていないからな。余計に腹が空いた」

「お前等って本当に俺のダチか!?」

 愚図るヒロだが、席に案内されたので、ほっといてとっとと進む。ヒロも慌てて着いてくる。こいつスポンサーポジなのにこの扱いだ。何とも思わないのだろうか?

 で、ヒロ待望の焼き肉。こいつはアホだから、肉を片っ端から持って来た。

「どうすんだそんなに?」

 皿に山盛りの肉、それを4つだ。こんなに食うのかこいつ?

「みんなで食うからこんくらいは必要だろ」

 なんか気が利くだろ俺ってって感じでドヤ顔を拵えてるが……

「俺はホルモンだけでいいんだけど……」

 そう言って自分が持って来た、味噌ダレホルモンとレバーを盛り付けた皿を見せた。

「何!?お前内臓食うのか!?俺はカルビ全種類持って来たんだぞ!!」

 知らねーよ、勝手に持って来ただけだろうが。

「そんな訳で俺はいいや。大体カルビって脂っこいからあんま好きじゃない」

「ホルモンだってそうだろうが!!」

 解った解った。摘まむ程度は付き合ってやるから、そんなに騒ぐな。

「まあいい、大雅、お前は食うだろ?」

「え?俺はハラミ持って来たし……緒方君と同じく、カルビの脂はあまり得意じゃないからな……」

「く、国枝!!」

「ぼ、僕も塩ダレのホルモンを……で、でも、ちょっと摘まむくらいは付き合うよ勿論」

「マジか!?この肉を殆ど自分で食えと言うのかお前等は!!」

 そうだけど?言っておくがお残しは厳禁だからな。マナーだからそれは。

 まあいい。アホのヒロはほっといて。

「野菜焼きも食おう。ついでにご飯とみそ汁も持ってこようかな」

「あ、いいな。俺しいたけ好きなんだよ。俺もそうしよう」

「あ。僕も。いや、サラダがいいかな。ついでに漬物も持って来るけど、いるかい?」

 ヒロ以外、和気藹々と物色した。ヒロは動かなかった。あの肉の殆どを食わなきゃいけなくなったからだ。

 で、飲み物も持って席に着く。ヒロは物調ズラでカルビを黙々と焼いている最中だった。

「おい、占領すんなよ。ホルモンが焼けないだろうが」

「うるせえ。お前もカルビ食えばいいだろうが」

 解った解った。付き合うから涙目になるなよ。

「ほらウーロン茶。カルビにはこれだろ」

「コーラ持って来いよ気が利かねえなぁ」

 折角持って来てやったのに、この言い草だよ。俺はアイスコーヒーだけども。

「大沢、一応ご飯持って来たけど、どうする?」

「食うよ。この脂っこい肉を単独はあり得ねえだろ」

 大雅が気を利かせたのに、この言い草だよ。大雅、ちょっとこめかみが動いているぞ、頑張って笑顔は作っているけども。

「大沢君、カットフルーツ持って来たけど……」

「デザートは後だ。まず肉を片付けなきゃ」

 いや、違うだろ。果物で脂をリセットしようって事だろ。折角国枝君が気を利かせたのに、この様だよこいつは。

 ともあれ、焼いていたカルビを食う。

「やっぱ脂がきついな」

「そうだな。食べ放題だからぜいたくは言えないけど」

 大雅も不満なれど、黙々と箸を動かす。

 スペースが空いたので野菜を置く。

「おい隆、肉焼けよ。ホルモン。それも食いたいし」

 ホルモンも食いたいが、さっぱりさせることが先決だ。

「大沢、悪いけど、俺も野菜食べたいからさ」

「お前等揃いも揃って何なんだ?ヤギか羊か?」

 野菜焼きを食いたいから焼いているだけなのに、なんだその暴言は。

「お、大沢君、野菜も摂らなきゃ……」

 国枝君がフォローするも。

「肉食いに来たんだから肉食えよ。野菜食いたきゃ野菜焼き屋に行け」

 お前の要望なんだろうが!!よし、決めた。こいつとは絶対焼肉屋に来ない!!

「俺、大沢とは二度と焼肉屋に来ないかもな……」

 大雅がボソッと言った。俺と全く同じ心境だった。

 そしてその意思は焼肉にも反映された。

 その後ホルモンを焼いた。みんな食べた。だが、ヒロが持ってきたカルビにだけは誰も手を付けなかった。

「おい、お前らカルビも食え」

「いらね。草食動物の如く野菜食うし」

「同じく。カルビは大量に持って来た人が責任もって片付けると思うから。その邪魔をするのも野暮だろう」

 俺の嫌味は兎も角、大雅の言葉に真っ青になったヒロ。

「お、俺はみんなが食う為に大量に……」

 大雅、キリッとヒロを見て言う。

「それ、俺達に何か聞いたか?少なくとも俺は聞かれなかったけど。何が食べたいかを」

 うおー……結構キレているんじゃねーのか?俺とやり合いそうになった時でも、此処まできっぱりしていなかったぞ。

「なあ、緒方君、大沢に聞かれたか?何が食べたいか」

「い、いや、全く」

「そうか。国枝は?」

「ぼ、僕も聞かれなかったよ」

 くりんとヒロの方を改めて向いた。ヒロ、静かな大雅に迫力に押されたか、びくんと身を引く。

「聞いた通りだ。それは気を利かせた事にはならない。ただの自己満足だと思うけど、どうだ?」

 引き攣りながら笑い、頷いたヒロだった。言い訳の好きなんが一分も無いんだから当たり前だった。

 その後も黙々と肉を焼く。俺達は野菜併用だが、ヒロだけはカルビのみだった。

「うん?ホルモンが無くなったな。もっと食べるか緒方君」

「え?カルビがあるし……」

「え?それは大沢が責任を持って全部食べる筈だけど?」

 真っ青になったヒロ。マジで手伝う気が無いようだった。

「大沢はさっきそう頷いた筈だけど。だよな?」

「お、おう……」

 くりんと俺の方を向く。俺もビクンと背筋が伸びた。

「聞いた通りだよ。これは大沢が頑張るそうだ」

「う、うん……じ、じゃあ鶏軟骨でも持って来ようかな……」

「鶏か。そう言えばイカもあったような。俺はそれにするかな」

 そう言って立ち上がった。俺も何となく慌てながら立ち上がる。

「あいつ、結構こええな……」

 ヒロがそう呟いたのを聞いたので、同意の意味で微かに頷いた。国枝君もそうしていた。

 折角なので、サイドメニューを見て行くかという事になり、物色開始。

「あれ?焼き魚がある」

「本当だ……サバか。俺これにしよう」

 大雅は焼き魚をゲット。俺はどうしようかな。

 煮物があったので見てみると、ホルモンの煮込みだった。大根が染みていて旨そうだ。

「俺これにしよう」

「これあったんだ。最初からこっちにすればよかったな」

 大雅も納得のホルモンの煮込み。塩味でニンニクが聞いていて、実に美味そうだからそう思うのだろう。俺はMAXでそう思っている。

 もっと何かないかと物色していると、国枝君もやって来た。

「国枝も何か探しに来たのか?」

「うん。意外とお腹いっぱいになったけど、何か軽いものをと思って」

 ふーん、と大雅。ところで、と、切り出す。

「大沢の様子はどうだった?」

 一応気にしているのか。やっぱ甘いな。まあ、友達だからな。

「う、うん……なんか超頑張って食べている感じだよ。半分以上は無くなったかな?」

 そうか、と安心した顔つきになる。

「……やっぱり気にしていたのかい?」

「うん?まあ……」

「でも、大雅君の言った事は本質だよ。だからあれでいいと思うよ。頼まれたら助けるけどね。何も言わなかったらそれまでだけど」

 それはそうだ。俺も頼まれたら助けると思うし。言われなかったら必要ないんだな、と思ってスルーするし。

「頼まれたら俺も助太刀するけども、あの量は……」

「それは大雅君が気にする事じゃないよ。自分が食べられる分だけ頑張ればいいんだよ」

「……国枝も結構きついんだな…」

「さっきの大雅君の言葉も充分きつかったよ。僕も怖くなったもの」

 朗らかに笑いながら。大雅も苦笑いで相討ちを打った。やっぱ俺の友達って全員あぶねぇな。

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