二年の春~005

「……よし、解った。行こう」

「えええ……本気か緒方……」

 心底嫌そうな顔すんな。ここまで来たらお前も付き合うんだよ。

 そんな訳で、嫌がる生駒を引き摺って歩く俺。その後ろにヒロも着いて来ている。

 公園に近い家だった筈だが、ガキの時の記憶と今の風景が若干違うな……新たに建てたり、改築したり、はたまた解体して無くなった家も結構あるんだろう。

 近いと言っても、まんま公園の前じゃなかった筈。細い道路を歩いた記憶があるから……

「こっちだ」

 公園から少し外れた横道。この道は記憶がある。此処をまっすぐ歩いて……

 確か、赤い屋根に、二階建ての家だった筈だ。リフォームを施していなければそうだ。

 細い道を挟んで立ち並ぶ家。それを見ながら歩いた。暗いから赤い屋根を見逃してしまう可能性もある。

「……おい、ちょっと待て。森井さんは海浜だよな?」

 生駒が俺達のあゆみを止めた。なんだってんだ?赤い屋根はまだ……

「あそこ、あそこのカーポート。脇に止めてある自転車だ。海浜のステッカー、貼ってないか?」

 言われて近付いて確認する。確かに盗難防止の海浜ステッカーが貼ってあった。

「だけど屋根赤くないぞ?」

 ヒロの言う通り、屋根は青かった。しかし、その屋根の形に見覚えがある。

 間違いなくここだ。屋根は塗り替えて色を変えたんだろう。

 その旨をヒロに伝えると、頷いて躊躇なく呼び鈴を押した!

「何やってんだお前!?」

「何やってんだって、話聞きに来たんだろうが。お前も話したい事があるんだろ」

 しれっと返された。いや、そうだけど、心の準備ってのがな……

「な、なあ、俺は帰ってもいいだろ?」

 生駒が関わりたくないオーラ全開で逃げようとする。

「ふざけんなよ。お前も俺の友達だ。だから付き合う義務がある」

「いや、これはちょっとどころか、かなりおかしいだろ?」

 俺だってそう思うけど、呼び鈴押しちゃったし、あの馬鹿が!!

 モニターフォンから女の人の声。多分お母さんだと思われる。

「あ、夜遅くすんません。同じ中学の大沢ってもんすが、佳子さんにちょっと話がありまして」

『大沢さん……少しお待ちください』

 俺も生駒も驚いてヒロを見ていた。こいつ、こんなに行動力があったのか!?

「何驚いてんだ。理由があるならやるだけだ。喧嘩もそうだろうが?」

「そ、そうだけど、俺は初対面もいいところだぞ?」

「俺なんて当事者なのに逃げたい気持ちMAXなんだけど……」

「生駒は兎も角、隆は駄目だろ。お前の事情なんだぞ。マジで腹くくれヘタレ」

 暴言を吐かれてしまったが、文句が出ない。まさにその通りだからだ。

 その時開錠する音に少し遅れてドアが開いた。

「……ホントに大沢だ……なんでいきなり?そんなに親しかった訳じゃないよね?」

 その女子は若干垂れ気味の目を大きく見開いてヒロを見ていた。本気で驚いているんだろう。

「確かにそうだが、話があるっつっただろ」

 そう言って身体を寄かせた。俺の姿がばっちり見えるように。

 目を細めて俺を見ていたが、気が付いたのか、さっきよりも大きく見開く。

「な、なんで?今更……」

「い、いや、今更と言われればそうだけど、先ずはあの時の事を謝らせて欲しい」

 其の儘頭を下げようとしたが、慌てて止められた。

「ち、ちょっと待ってよ……心の準備ってのが……ま、先ず入って。話があるんでしょ?」

 え?ただでさえ気まずいのに、中に入れと?生駒なんか顔も初めて見たと言うのに、中に入れと?

「ほ、ほら、寒いからさ。あったかい飲み物も出すから。大沢も、えっと、そっちの彼も、入って。玄関先は逆に迷惑だし……」

 迷惑とか言われたら従うしかない。なので、超緊張しながらも家に入った。

 薄いグリーンの壁紙の部屋。女子特有の甘い香り。マジで森井佳子さんの部屋にいる俺達。

 どうしていいか解らずに、超キョドって周りを見る。生駒も。

「何ビクビクしてんだ。茶が来るまで大人しく座って待ってろ」

 流石のヒロは全く動じた風も無く、テーブルに置かれた雑誌をパラパラめくっている。

「お前、結構な度胸だな……」

「全くだ。女子の部屋に入るのが慣れているとはとても思えないのに……」

「ふざけんなよお前等」

 ややふてくされるヒロだが、俺は言葉とは裏腹に、結構、いや、かなり感心している。

「いや、そうは聞こえないけどだろうけど、褒めているんだよ」

 生駒が言った事が真実だ。マジで褒めているつもりだ。

「そうは聞こえなかったが、逆にラッキーでもある。部屋に入れてくれるって事は何の用事か薄々は気付いているって事だろうからな」

「だって緒方が最初に謝りたいって言ったじゃないか。だったらその用事だと思うだろ」

「逆に聞くけど、何を謝るんだ?隆は別に何もしちゃいねえ。須藤がやった事だろ、寧ろ森井と同じ被害者だ」

 いや、確かにそうだけど、何も出来なかった、しなかった事を謝りたい気持ちもあるだろうが。お前がその立場になったらそんな気持ちなんて無いんだろうが、俺にはあるんだよ。

 静かにドアが開いた。

 森井さんがお盆にお茶を乗せて戻って来たのだ。

「えっと……コーヒーくらいしかないけど……」

 やっぱり静かにコーヒを置いた。

「サンキュー」

 流石の胆力のヒロは躊躇なくシュガースティック半分投入し、くるくるとスプーンを回す。こいつマジスゲエ。そんなに親しくないんだろ?なんでこんなに図々しいんだ?

「ほら、緒方も、えっと、そっちの彼も……ねえ、あの人は?白浜の友達?」

 俺が白浜に行った事は流石に知っているのか。当たり前か、有名のようだし。

「えっと、こいつは東工の生駒って言って……」

 一応紹介の形を取ると、生駒が辞儀をする。対して森井さん、目を見開いた。

「知っているのか森井?」

 なんて図々しいんだヒロ。だけどナイスジョブだ。俺も聞きたかったから。

「うん、一応は……そっか、緒方もいっぱい友達できたんだもんね。噂で沢山耳に入って来るよ。よかったね」

 にっこり微笑んでそう言った。本心でそう思ってくれているのが伝わる。そんな笑顔で。

 その笑顔に酷く心が痛んだ。俺のせいでめちゃくちゃになったのに……

 頭を下げようとした。だが、察知されて止められる。

「謝りに来た、って言ったよね。あの馬鹿女にやられた事なら謝らなくてもいい。だって緒方も被害者なんだもん」

「いや、そうだけど……」

「でも、別の事でなら謝ってほしいかな。あの女がいなくなっても私を避けていた事を」

 避けた覚えはない……言うなれば頭に無かったというべきか。

 朋美に裏切られたと、仕組まれたと知ったあの日から、俺の頭には朋美とそれに組した糞共と、それを見て見ぬ振りをした糞共に向けた怒りしかなかったのだから。

「森井さんは、その……朋美にされた事は……」

「勿論めちゃくちゃ怨んでいるよ。今もそう。京都に越して心底喜んだし。で、私は苗字であの女は名前呼びってのもすんごいムカつく」

 寧ろ笑いながら。いや、名前で呼んでもいいんだけどさ。

「森井、隆は今や彼女持ちだ。その女に他の女を名前で呼んでいると知れちゃ、隆の明日は無い。だから勘弁してやれ」

「あはは。それも知ってる、有名だからね。色々と」

 まあ、海浜にも俺の悪名は当たり前だが轟いているだろうな……

「荒事じゃ、あの女の命令で、お金で虐めていた上級生を殺しそうになったとか、隣町の有名人を倒したとかね」

「佐伯さんの事は確かに有名だよな……」

「君の名前もそこで知ったよ。多分他の人も結構そうなんじゃない?緒方と戦った事よりも、その後友達になって一緒に遊んでいる事の方が驚かれてね」

 まあ、昔の俺を知っている人なら考えられないだろうな。佐伯に組みした奴と仲良くなっているなんて。間違いなく追い込む方だと思われているだろうし。

「ウチの学校でもさ、緒方と知り合いになりたい子達、結構いるんだよ。知ってた?」

 接近してきて、やはりニッコリと。いや、あんま顔見れない。なんか申し訳なくて。

 なので少し顔を反らせて答える。

「う、うん。高岡さんとか植木君とか、上級生じゃ入谷さんとか、海浜の生徒にも知り合いは出来た……」

「へえ?そうなの?上級生は勿論だけど、高岡さんとか植木君は名前しか知らないからなぁ。同じクラスになった事も無いし、共通の友達も居ないから」

 そうなのか。じゃあ高岡さんや植木君経由で知り合おうとしても、時間は掛かったんだな。

「じゃあ、昔の事はこれで終わり、和解って事でいいな?」

 何か知らんがヒロが横から勝手に締めに来た。

「和解も何も、あの女が悪いって言ったでしょ」

 元々俺を恨んじゃいないと。

「じゃあ此処からが本題だ。お前、中学の時、川上中のパス、手に入れただろ?ブラスバンド部で川上中と交流があった筈だからな。比較的簡単に手に入れただろ」

 いきなりズバッと斬り込んで来るな……頼もしいやら呆れるやらだ。

「ああ、うん。知ったんだ?麻美に頼まれてね。私にとっても良い話しだったから簡単に乗ったけど」

 こっちも隠す事は無いと簡単に白状した。結構内密に動いた筈だけど、良いのかそんなに簡単にゲロっちゃって?

 それはヒロもそう思ったようで。

「かなり内緒で動いていたんだろ?そう簡単に認めてしまってもいいのか?」

 森井さん、肩を竦めて。

「いずれは知られるからって。だけど、ここだけの話にして貰えるかな?流石に言い触らすような事でもないし、出来るなら内緒にして欲しいし」

「そりゃ構わねえけど、だったら俺達に話さない方が一番いいんじゃねえのか?」

「そうだけど、私もそこそこの事情は知っているからね。いっちゃんの友達ってのは伊達じゃないよ」

 なんだいっちゃんって?

 顔を見合せる俺と生駒に苦笑して。

「児島いつきだよ、友達だって言ったでしょ」

 じゃあ、児島さんが霊感を持っているのも知っている?

 麻美が元悪霊で、繰り返しさせて来たのも知っている?

 真っ青になったんだろう、更に苦笑する森井さん。

「流石に全部は信じられなかったし、いくらいっちゃんが霊感があるって言っても、そこまでは単なるお話で終わるでしょ、普通は」

「……普通じゃない所を見せた、のか?」

「見せたのとは違う。これから起こるであろうことを予言したの。緒方が壮絶な虐めに遭う事とか、大沢に勧められてボクシング習うとか、超強くなって超過剰な反撃をするようになる、とかね。実際虐めはその後すぐに行われたし、いっちゃんは本物だって言うしで、信じちゃうよそりゃ」

 それにしても、そんな突拍子もない事なんか信じないだろ、普通。麻美が元悪霊なのも普通の感覚なら何言ってんだこいつ?になるだろうに?

「……信じたのを信じられないって顔しているけど、麻美のあの力を見たら信じるよ、絶対」

 苦笑をやめて、一転真顔になる。

「麻美の力って、一体なんだ……?」

「そこまでは知らないのか……じゃあ教えない」

 いたずらっ子のように笑いながら。何つうか、可愛い……

 じゃねーよ。いや、実際可愛いけども!!

 遥香よりは劣るけどな!!あいつは俺の心を読むから、常にそう思っていないと。

「えっと、森井さん、その力ってのは、児島さんも知っているのか?」

 生駒の質問。森井さんがダメなら児島さんから聞こうって事だろう。なかなか冴えている。

「いっちゃんの方は特に知っているでしょうね。だけど言わないと思うよ。どうしたって私『達』は麻美の友達だから」

 友達だから言わない?それ程ヤバい力を持っている?

「まあ、どうだっていい。言わねえんなら聞いたところでしょうがねえんだしな。だけど質問には答えて貰うぞ」

「大沢のその単純さは羨ましいけど、答えるかどうかはこっちの裁量に従って貰うよ。それすら駄目だって言うなら帰って貰う。緒方と話しできたのは嬉しいけど」

 そりゃそうだな。俺達が押しかけて来たのも、ぶっちゃけ迷惑なんだろうしな。

 だけど、話が出来て嬉しいと言われたのは俺も嬉しいな……

 しかし、初めて訊ねて来た女子の家にこれ以上居座る訳にはいかない。結構時間も経っている。

「森井さん。その話、後日聞いてもいいか?」

「え?そりゃ構わないけど、いいの?いっちゃんとか麻美と口裏合わせるかもよ?」

 良くないに決まってんだろ。だけどそうしないだろ?

「麻美が諦めている事を知っているんだろ?そう遠くない時期にバレる事も織り込み済みなんだろ?」

 感心した風に、おお~とか呟かれた。と言う事はそうなんだろう。

「この話、何か知らんが遥香には知られたくないようだから、当然言わないし、女子にも言わない。俺達男子だけの話にする」

「男子には話ちゃうんだ?」

 躊躇なく頷く。しかも力強く。

「俺達の頭じゃ話の真意が見えないに決まっているからな」

 笑われた。結構な音量で。

「あははは!いや、緒方って面白くなったよね。中学の頃は怖すぎだったし、小学の頃は頼りなかった感じだったのに」

 いや、今でも頼り無いと思うけど。だからこそ友達に頼るんだよ。

「つっても森井って隆の事好きだったんじゃ無かったのか?頼りないチキンな馬鹿を」

「お前とは一度本気で殺し合わなければならないようだな!!」

 指を差されていたので力いっぱい叩きながら言った。

「いや、殺し合いは勝手にやればいいけど、家ではやめて」

 いや、冗談だよ、海浜の生徒は冗談も通じねーのかよ?

「確かに緒方の事は好きだったよ。顔もそうだけど、優しかったから」

「優しい?こいつが?」

 また指を差されたので折る勢いで叩いた。

「優しかったよ。凄く」

 懐かしむように、遠くを見ながら。俺に視線を向けているようで、過去を見ている様な。

「あの女に駄目にされたチョコだって、相当気合い入れていたんだから。だから悔しかったし、悲しかったし、死にたかった」

 思わず拳を握りしめた。そんな想いをぶち砕いてしまった俺の不甲斐無さに悔しくて。

「それは大丈夫だ。修学旅行、京都に決まったら俺がやるから」

「東工の生駒君もなかなかって噂だけど、そのようだね……」

 いやいや、何言ってんだ?あの狂人をぶち砕くのは俺だ。お前は引っ込んでろっての。

 まあ、それは兎も角と言った感じで話を変える森井さん。

「じゃあライン教えてよ?」

「おう、いいぜ」

「いや、大沢じゃなくてね……」

 結構露骨な呆れ顔だった。そんな顔しなくても、ってレベルの。

「えっと、俺ってラインやってないんだよ。なんか煩わしくなりそうだから。だからメアドとケー番で……」

「ああ、何か緒方らしいね。うん、いいよ、それで」

 そんなこんなで交換完了。新たな連絡先、ゲットだぜ!!しかも本日二人も!!

「おい、俺とは?」

「はいはい、大沢もね。えっと、そっちの生駒君も?」

 生駒は遠慮したかったようだが、何故かほぼ強引にピコピコと。

「これで全員ね。だけど意外だね。大沢だけしかラインやってなかったって。生駒君は友達とやってないの?」

「俺はなんて言うか、緒方達しか友達いないって言うか……」

 なんか「あ」ってな顔をした森井さんだった。いいんだよ、俺達に気なんか遣わなくても。

 帰る際、玄関まで見送ってくれた。嬉しそうな顔で、寂しそうな顔で。

 だけど、なんかスッキリした。和解、とは言わないだろうが、引っ掛かりが一つ消えたような爽快感、ようなじゃないか。そのまんまか。

 で、公園まできて脚を止める。

「俺ちょっとここで身体動かしていくよ。汗臭くないとか、遥香が勘付くかもだし」

「ああ、じゃあ俺も」

 何か知らんが生駒も付き合うと。

「意外そうな顔すんなよ。俺もヘルプで呼ばれたって言い訳作っただろ」

 ああ、生駒は生駒で疑われない様にって事か。

「おう、じゃあ俺は帰るから、二人でやっとけ」

「おう、じゃあな」

「じゃあな大沢」

「引き止めろよ!!友達甲斐の無い奴等だな!!」

 面倒くせえな。別にお前はいいだろうに。疑われるような人、家に来ていないだろうに。

「まあいいけど……柔軟とランニングくらいでいいよな?」

「そうだな、そのくらいしか出来ないし」

 生駒も異論がないと。なので早速柔軟開始。

 ヒロも帰らずに付き合った。本気で帰っても良かったんだが、これもヒロの好意と受取ろう。仲間外れ感に苛まれてじゃないと思おう。


 時間も頃合いになったので家に帰る。生駒は念の為に違うルートを通って駅に向かうと。

 そこまで気を遣わなきゃいけないのかと思うだろうが、相手は遥香だ。遣い過ぎって事は絶対にない。

 そして家の前に来て部屋を確認。やはり電気が点いている。

 静かに玄関を開けて、静かに部屋に向かう。遥香に勘付かれないように、平静を心掛けて。

「ただいま。来ていたのか」

「あ、おかえり馬鹿隆」

 超ビックリして叫びそうになった。部屋にいたのは麻美だったのだから!!

「え!?お、お前、なんで!?」

「なんでって、遊びに来たんだよ、南女の親睦会が終わった後に」

 持参したであろうペットボトルのジュースを飲みながらそう言われた。

「そ、そうか。じ、じゃあちょっとシャワー浴びて来るから……」

「うん。上がったらついでに冷蔵庫から何かジュース持って来て」

 いや、それはいいんだけど、そのペットボトルはもういいのか?まだ中身入っているような感じなんだけど。

 それは兎も角、速攻シャワーを浴びて上がった。勿論冷蔵庫に寄ったぞ。丁度良く烏龍茶があったからこれにしよう。

「ほら、烏龍茶でいいだろ」

「早っ!!もう上がったの!?」

 もう上がったんだよ、カラスの行水上等だ。

 俺も烏龍茶を持って座る。一口飲んで喉を潤して。

「で、何の用だ?」

「何の用だと言われたら、答えてやるのが世の情け!!」

 なんか謎のポーズでそう返された。何処のムサシとコジロウだそれ。

「解ったから答えろ。普通に遊びに来たんならトランプでもやるか?」

「えー、オセロがいい」

 ねえよオセロなんて。トランプも無いけども。人生ゲームなら押入れの中にあった筈だけど。

「ああーっとね、実は親睦会が終わった頃にね、友達から連絡が来て」

「ほうほう、友達からね」

「その友達がね、遂に勘付いちゃったとか言ってね」

「ふんふん、勘付いたね」

「……児島いつきさんって言うんだけど。ほら、オナ中の……」

 児島さんからリークされたので慌てて来たって事か。解っているから、そんな探るような顔で見るな。

「解ってるよ。遥香には内緒にするから」

 超でっかい息を吐いた麻美「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~………」ってなやつを。

「つうか児島さん、お前にも内緒にしてくれって頼んだんだけどな。なんで言っちゃうんだ?」

「あ、えっと、隆は兎も角、大沢が気になって直接聞きにくる可能性があるとか……」

 ヒロもそんな野次馬根性出さないと思うけど。しかし、わざわざそう言って来たって事はだ。

「あの人霊感が凄いらしいが、それが視えたのか?」

「そこまでは聞いていないけど、何かの勘が働いたんじゃないかな…?」

 勘が鋭いのも才能だしな。多分そうだろう。

「で、こうなったんだ。話してくれるだろ?」

 瞬時に拝む仕草をする麻美だった。

「今はまだ……せめて修旅が終わるまでは!!」

 修旅……ってと、京都か?

「朋美か?」

「うん。多分修旅で決着が着くから……」

「俺が殺すから?」

「馬鹿言うな。殺させないよ。友達いっぱい作ったんじゃんか。友達に悲しい顔させてもいいの?」

 そりゃ嫌だな。だけど、他の連中はどうだろう?

「生駒は殺す気満々だけど?」

「殺せないよ。半殺し目指すのが関の山。本当に殺そうとするのは隆だけだよ」

 生駒もああ見えて常識人だからな。流石に殺さないか。しかしだ。

「俺だけってのは違うだろ」

「他に誰が朋美を殺そうと思うのさ?」

「お前と遥香だよ」

 ああ~、と納得したように頷いた。

「私は兎も角、遥香ちゃんか~」

「いや、お前もだろ」

「どうやって殺すのさ?」

「悪霊の力で」

 結構な真顔で言い切った。しかし麻美はぷっと噴き出す。

「悪霊の力ってどんなもんか知ってんの?言っておくけど、呪い殺す程の力はないよ」

「だけど、朋美の生霊を寄せ付けないようにはできるんだろ?」

 蒼白になった麻美、不意を突いた一撃が見事に決まったって感じで気持ちがいい!!

 それはまあ、兎も角。

「その様子だと見事ビンゴだな。読みが当たった訳だ」

「……いつ気付いたの?」

 いつ?う~ん……

「なんとなくそうかなーって」

「なんとなくか……」

 ガックリ項垂れた麻美さん。結果的に自白したようなもんだからだろう。

「しかし、それだと国枝君や波崎さんが気付かない筈がないんだよな。だから何かしらカラクリがある。だろ?」

「カラクリって言うか、条件って言うか……」

 その条件とは、だ。

「お前が守ると決めた奴等だろ、多分。要するに振り分けたんだ。守る奴とそうじゃない奴を。無意識に近いから勘付かれなかった。みたいな?」

「驚いた……ホントに神界で真面目に修業していたんだね……」

 目を真ん丸にして。じゃあもっと驚かせてやろうか。

「でも、それって副産物だろ。悪霊の力は無限にある訳じゃない、節約したようなもんだ。そう言う事が際限なくできるのなら、白浜に朋美の生霊が来れないくらいはやっている筈だからな」

 また目を丸くした麻美さん。いっつもやられっぱなしだから気分がいいぜ!!

 正解を導き出したって事で、次に進もう。

「川岸さんは殺されるか?佐伯は?」

「う~ん……どうだろ。何とも言えないなぁ……」

 首を捻っての回答だった。マジ解らんって事だ。

「逆に聞くけど、須藤真澄や狭川晴彦から何か情報入ってないの?安田の話じゃ連絡が全く来なくなったんでしょ?美緒ちゃんもサイトは退会したとか言うしさ」

「何も無い。何かあったら教えてくれる筈だし」

「それ、信用しちゃっていいの?」

「自分の命が掛かってんだぞ」

 それもそうかと納得して頷いた。自分の為に動く奴が結局一番信用できるんだよな。

 いや、遥香とか木村とかはカテゴリーが違うから、元々信用しているぞ。言っておくけど。

「あ、言っておくけど、狭川も須藤真澄も別に助け無くていいぞ」

「あ、うん。と言うよりも、面識がない、もしくは乏しい人に、そこまで感情が湧かないから。川岸さんはまた違ったけど」

 そりゃそうか。言うなれば感情で負を喚ぶのが悪霊だしな。川岸さんは守らんと決めたようだけど。

 烏龍茶が空になった。

「麻美、お代わりいるか?」

「うん。あ、ううん、そろそろ帰らなきゃだし、いいよ」

 まあ、時間も時間だしな。だけどその前に。

「教えてくれるんだろ?色々と」

「うん。だけど、本格的なのは修旅が終わった後に……」

 それでいい。なので頷いた。

 ほっとしたような麻美。追求しないのが思いの外有り難いのだろう。要するに陰でこそこそなんかするのは変わらない訳だ。

 なので釘を刺す。

「あんま酷い事はするなよ。元悪霊だろうがなんだろうが、今はただの人間なんだ」

「したいけど出来ないってのが本心かな」

 笑いながら、冗談交じりで。いや、お前のはちょっと洒落になんないからな。

「もう一つ。遥香は無間地獄から抜け出たようだが、お前はそう言うのないのか?」

「う~ん……本来向こうの私は地獄で受刑中なんでしょ?でも、こうして戻って来たんだから……」

 そうなるんだよなぁ…だからそれってどうなの?って事なんだが。

「禊は終わった……って、事は無いよな。お前って結構な悪霊だったんだし」

「その辺自分ではよく解んないんだよね。解っているのは元悪霊で、そこそこの力があるって事と、繰り返しの事覚えているってだけで……」

 表情が曇ったのが解った。こんな顔の麻美は悩んでいる状態だ。

 じゃあ何に悩んでいる?ホントは知っているのか?

 しかし、本格的に詳しい事は修旅までと約束した手前、追求は出来ない。今は麻美を信じるしかない。

「まあ、解った。何が解ったのか解らんが、取り敢えず送ってやるよ」

「解ったのが解らないとか、末期は相変わらずなのか……」

 相変わらずだからこそ、お前も戻って来たんだろうよ。

 ……ん?ちょっと待て……

 俺は高校一年の入学式に戻って来た。それは国枝君から言われたからだ。

 だが、麻美は入学式に戻って来る事を知っていた訳だ。じゃあ麻美の力は先視?厳密に言えば、先視もできる?

「どうしたの?早く送ってよ」

「ん?ああ」

 ちょっと考える事が出来たが、今は麻美を無事送り届けなきゃ。

 麻美の力、これって結構重要な気がするし、帰ってからゆっくりじっくり考えよう。

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