生駒志郎~001

 ロードワークから帰って直ぐに生駒の電話した。

『なんだよ緒方……こんな朝早くから……』

 すんごい不機嫌そうな声で言われた。あんま寝てねーんだろお前。

「お前、今日学校休んで貰うからな」

『え?なんで?』

「眠そうだから気を利かせたんだよ。昨日白浜まで深夜に来たようだからな」

『……放課後だと思ったんだけどな、バレるのは』

 電話向こうで諦めたような気配がした。様な気がした。

『解ったよ。バイト休むよりは学校サボった方がいい』

「バイトと学校を天秤に掛けるのか……じゃあ放課後はラーメン屋に行くのかよ?」

『当たり前だろ。お前が放課後押しかけて来るって言うんだったらバイト休むけど、単純に給料の関係で休みたくないし』

 こいつの場合、生活に直結しているバイトだからな。学校休んでもバイトは休みたくないか。

「じゃあ今から行くから待ってろ」

『うん、いいけど、お前って俺のアパート知ってたっけ?』

 そう言えば知らんな……集まる場所は殆どが俺ん家だからな……

「あーと、えーっと、東白浜駅に行けばいいのか?」

 電話向こうで噴き出した気配がした。様な気がした。

『じゃあ授業が始まる時間に東白浜に来てくれ。流石に休むのに駅に居たらおかしいし』

 まあ、そうだな。俺が朝から東白浜に居るのもかなりおかしい。

 なので、その案に乗って、授業が始まる時間に駅に待ち合わせにした。

 んで、東白浜駅。学校には風邪ひいたと連絡したが、不審に思った遥香やヒロ、国枝君からメールが来たので、放課後家に来いと返した。

 まあ、それは兎も角、生駒を捜す。

「こっちだ緒方」

 呼ばれて振り返ると、生駒が椅子に座って待っていた。若干眠そうな表情で。

「昨日夜更かしるするから……」

「仕方ないだろ。美咲が行けって言うんだから……」

 欠伸をかみ殺して。俺もそうだが、お前も彼女の我儘聞くんだよな。なんで前回楠木さんと別れられたんだ?木村に鞍替えする時に別れたんだろ?

「じゃあ行くか?その前にコンビニに寄る?」

「なんでコンビニ?」

「お前、朝飯食ったのか?」

 いや、食べてないけど。

「じゃあ行こうか。お前がラーメン作ってくれるって言うんなら寄らなくて済むんだけど」

「準備なんかしている訳ないだろ……せいぜい餃子くらいしか出来ないよ」

 餃子は作れるんだ……その食材もあるんだ……

「あ、チャーハンならできるか。それ作ろうか?」

「い、いや、悪いからコンビニに寄るよ」

「そうか?いつも御馳走になっているから、たまには腕を奮いたいとか思うんだが」

 御馳走してんのは親で、俺はコーヒーしか出していない。だから気を遣うな。つうか俺ん家にお呼ばれした連中、全員同じこと思ってたんだろうな。悪いって。

 ともあれコンビニで朝飯をゲット。おにぎり二つだ。

「じゃないだろ、ラーメンも買っただろ。レンジで温める高い奴を」

「いや、さっきラーメン作ってくれって冗談で話したら、ホントに食べたくなって」

 そう言う生駒はおでんを買っていた。おにぎり二つと共に。

「お前のバイト先、おにぎりが売りだろ?食べ飽きてんじゃねーの?」

「そうでもない。おにぎりは売り切れる事が多いから。炊く量もお前が思っている以上に少ないと思うよ。拘っているおかげでな」

「拘っているって言ってもだ、せいぜい米の品種とか水くらいのもんだろ?」

「数種のブレンドと、名水所から汲んできた水と、窯炊きだぞ」

 そりゃ拘り過ぎだな!!確かにご飯の量が決まっちゃうよ!!

「じゃあ賄ってラーメンがメイン?」

「そうだな。殆どそうだな。面白い話しだろうけど、米の料理は賄に滅多に出ないんだ。従業員より客に提供しなきゃいけないって理由で」

 そんなに拘って炊いたご飯なんだから、賄に出すのはちょっと勿体ないだろ。だけどそんなに高くなかったような?普通の料金だったような?

「そりゃ、拘っているとは言えただの米だ。高けりゃ誰も注文しないし、注文が無けりゃ廃棄するしかない。だからラーメンの原価を押さえて、そっちで利益上げているんだよ」

 ラーメンが普通なのはそんな理由か……だけど普通にうまかったし、良いっちゃーいいのか。

 だったらやっぱりおにぎり屋やれよ!!ラーメン屋がラーメンの二の次にしているとか、意味不明すぎる!!


 暫く歩いて付いた先。それは木造二階建てのアパート。結構新しいように思う。壁がピカピカだ。

 そこの二階、203号室。ここが生駒の部屋だ。

 お邪魔しますと入ると、何か甘い香りが鼻腔を擽る。つうかこの匂いって……

「楠木さん、結構此処に来てんのか?」

「結構……うーん……週一回は確実、くらいか?」

「だったらなんで女子の匂いがするんだ?化粧の香りっつうか……」

「ああ、アロマ焚いているからな。美咲の要望で」

 これはアロマの香りなのか。つうか楠木さん、随分わがまま言ってんな…アロマくらい自分が来た時に勝手に焚くくらいでいいだろうに。

「まあ座れよ。お茶は欲しいだろ?」

「ああ、うん」

 言われるがまま座った。ソファーじゃなく座椅子に。テーブルもちゃぶ台に近い感じだった。

 冷蔵庫を開けて速攻で戻ってくる生駒。お茶煎れるんじゃなかったのかよ。

「いろはすでいいだろ?みかんと桃と梨、どれがいい?」

 そういやこいつ、自販機でジュース買う時は殆どフレーバー水だったな。

 俺は梨をチョイス。生駒はみかんを持って行った。桃は俺の前に置いて。

「梨貰ったんだけど……」

「喉渇いたらそれも飲んでいいから」

 いろはす二本もいらねーよ。好意だから有り難く戴くけども。

 朝食を取っていろはす梨を半分ほど飲み、少しマッタリ。

 って訳じゃない。

「生駒、昨晩の事、話してくれ」

「もう?食休みくらいしたらいいだろうに」

 苦笑しながら、自分のいろはすを飲みながら。

「まあいいけど。どうせ直ぐにバレると思っていたし、言わなきゃいけないんだろうな、とも思っていたし」

「そりゃ直ぐにバレるだろ。ビデオカメラに撮るって楠木さんにも話したんだし」

「うん。だからバレるのは当たり前だけど、まさかの早朝とはな。お前どれだけ早起きしてチェックしたんだよ。楽しみにし過ぎだろ」

 いや、ホントに楽しみにしていたからな……確信突かれてぐうの音も出ねーよ。

「だから、それはいいから話せって言ってんだよ」

「解った解った。最初から?」

 頷く。途中から話されても理解できんわ。

「えっと、楠木さんに言われたからだとかは聞いたけど?」

「当たり前だろ。俺だったらそんな考えに至らない。これも美咲が前回……て言うのか?の、主要人物だからの勘だとか?」

 楠木さんの勘……デジャヴで培った経験が生んだ勘か?

 それも生駒の話で解る事だろう。折角だから、語り部を交代して貰おう。そっちの方が解りやすいだろうから。


 東工の放課後は普通高校の放課後と然程変わらない。部活をやっている連中は部活動に。バイトをやっている連中はバイトに向かう。俺は後者だ。よって帰宅部の連中と同じように、東工最寄りの駅に向かった。

 一旦帰って着替えてバイトに行く。GW辺りから繰り返しているルーチンワークみたいなもの。稀の他のバイトにヘルプに呼ばれる事もあるが、殆ど不変の行動だ。

 だけど、その不変の行動も時々崩れる事もある。

 友達に呼ばれたり、恋人に呼ばれたりで。今日この時間もそうだ。

「……言われた通り、バイトに向かう前に電話したぞ。って言うかお前もバイトじゃないのか?美咲」

 昼休みの時に来たラインに、バイトに行く前に電話してと恋人の美咲に言われて、その通りにした。これは別に不変の行動って訳じゃない、よくある事の一つだ。

『あー、そうだけどさ、大事な用事があったからね。バイト遅刻してもしゃーないかって。シロ、深夜に緒方君の家に行ってくれる?』

 耳を疑った。緒方の家にはしょっちゅうお邪魔しているが、深夜は無い。泊まった事もあるが、深夜に訊ねるような非常識な真似はした事が無いし、する気も無い。

「……流石に迷惑だろ?深夜に訊ねるのは……」

『ああ、訊ねるって言っても、家に直接じゃなくてさ、庭?道路?まあ、その辺に。バイトの終わる時間はやっぱり9時っしょ?終わったら仮眠取って体調を万全にして……』

 一気に要望を言われるが、少し待ってくれ。

「外?仮眠?体調を万全?正直言って何がしたいのか、全く解らないんだけど」

 いや、その前に深夜に行けって事自体、意味不明なんだけど。

『ああ、やっぱり最初から言わないと解んないか。緒方君と遥香のようにはいかないか』

「あいつ等の以心伝心でもこれは無理があると思うぞ……」

 バカップルと呼ばれている奴等でも限界を超えるだろう。それ程までに何が言いたいのか解らない。

 美咲は諦めたように最初から言う。

 色々言っていたが、要はこうだった。

 緒方の家に今日川岸が来るから、撃退に行け。

「……話は解ったけど、緒方が動画撮って警察に通報するんだろ?俺の出る幕はないって言うか……」

 そもそも、北商に行って目立つ事が成功するとは限らない。川岸が緒方到着前に帰っている可能性があるし、仮にその目論見が達成されても、緒方の家に来るかどうかだ。

『多分来る。緒方君が目立ったって川岸の耳に入っただけでも』

 それは、その場に川岸が居なくても、誰かが伝えたら来るって事か?

「……なあ美咲、緒方の家に泊まった時に、あの女を発見した後に思ったんだけど、部屋を盗み見して何になるんだ?緒方と話せる訳でもない、ただ覗きに来たって暇な行動に何の意味があるんだ?」

 あの直後はストーカーのインパクトが強すぎて全く考えられなかったが、冷静になった今なら不思議な事だ。

 緒方の部屋を盗み見して何のメリットがある?緒方に興味を持っているのなら、どうにか接触した方が絶対にいいだろうに?

『アレはね、川岸の意思って訳じゃないんだよ、多分須藤がそうしろって言ってんだよ。部屋を見ただけでも霊視が行えるだろうとか適当な事言ってね。だけど、あの子って言う程凄くないんでしょ?部屋を覗いただけで霊視なんてできない。だからあの時スゴスゴ帰ったんだよ。見えたらもっと粘っていたと思うしね』

 須藤…緒方の敵であり、騒動の発端で中心の狂人女……

 生霊になった姿を河内と大雅、それに玉内に見られたんだよな……それで奴等が信じる気になったとか……

 その生霊が緒方の部屋を覗けと言った。

「その理由はなんだ?」

 緒方達曰く、生霊を神と崇める女らしいし、その神の命令ならば遂行しようとするだろう。

 だけど、生霊が部屋を覗けと言った意味が解らない。

『須藤は緒方君の親しい人の前には出て来れない。千畳の親戚もそう言ったっしょ?』

 言ったようだな。更に言えば、あのボイスレコーダーにもそれらしい事が述べられていた。

 生霊本人がそう言ったらしいから間違いないんだろう。

『だけど、憑いている人の目を介せば見られるのかもしれない』

「……川岸を通して緒方の姿を見る事が目的か……」

 実際狭川とやった時、須藤の生霊が現れた。それと接触した事実がある。可能性は充分にある。

 納得はしたけど、俺が緒方の家に深夜行く理由がまだ解らない。

「じゃあ緒方の家に俺が行く理由は?撃退も何も、撮った動画を警察に届けるんだろう?それで終わりだろ?」

『緒方君の動画もぶっちゃけいらない。被害者の麻美が訴えればお終い。だけど、それって川岸がお終いなだけで、須藤はノーダメージだよね?』

 まあ……その通りだな……日向さんは事実藁人形に名前を綴られているし、北商の2年に現場を見つかっているんだろう?最低でも停学は免れないだろう。北商は厳し目の学校だから、退学もあり得る。と言うかそうなる。警察が介入したとなれば確実に。

「だけど、それって美咲の予想なだけだろ?須藤が川岸を唆したってのは……」

 根拠が全く無い、ただの勘。その為に深夜、俺に緒方の家の近くに行けと?

『うん、そう、ただの勘。だけど間違いない。ほら、私って繰り返し中の主要人物らしいじゃん?その時のデジャヴってのがある訳よ。経験則って言うのかな?それが須藤が唆した、須藤が憑いているって思う根拠』

 うん……経験則に基づく根拠と言われてもな……やっぱただの勘には変わらないって事だろ?

「まあいいよ。解った。美咲がそこまで言うのなら行くけど」

 緒方の戦略に乗っかるのもいいだろう。本当に来たなら改めて脅せばいいと思うし。

『うん。そうして。んで、多分須藤が出て来るから、ぶっ倒しちゃってね』

 おいおい……それはいくらなんでも無茶だろ……

「俺に生霊を倒せるとは思えないんだけど……」

 緒方が言うには、気持ちで勝つとか?狭川とやった時に出てきた生霊を叩けたのは、明確な殺意が出たからだとか?

 緒方は須藤を殺したい程憎んでいるからできた事だろうが、俺にそんな感情が起こる筈がない。

『いや、シロだったら倒せる。緒方君みたく殴って倒せる。寧ろ緒方君以外じゃシロしか出来ない』

 いや、そりゃ緒方に負けたが、多少腕っぷしには自信があるけど、大沢だってそうだろうし、木村だってそうだろ?

「大沢だって強いし、木村だって……」

『強い、弱いの話じゃない。須藤を倒すって意思は、緒方君以外じゃシロが一番だって事だよ』

「いや、だから、俺は須藤の事を話だけで知っているんだから、関わりが深い大沢や木村の方が……」

『いや、シロだけだって。須藤の生霊を殴れるのは』

 何で断言するんだ?確信もしているみたいだし……

 どう考えても納得できない。なので聞き直してみる。

「俺が殴れるって根拠、あるんだろ?流石に勘は無しにしてくれよ?」

 勘だけで動くのはこれ以上はちょっと……

『シロ、私の事好きでしょ?』

 ……いきなり何を言い出すんだ?

「そりゃ……」

『根拠はそれ』

 ……いや、いやいや、なんでそれが根拠なんだ?困惑がより増しただけだけど……

『シロは須藤を許さない。私を好きだから。だってあいつ、私を薬漬けにしようとした女だよ?それを許せるの?』

 言われて思い出したように身体が熱くなった。そうだ、佐伯さんに薬をばら撒かせて釣ろうとしたんだ、あの女は……!!

『おりょ?なんか一気にやる気になったようだけど?』

「……緒方の気持ちが解ったような気がするよ…」

 何で心が読めるんだってな。俺もあいつ等のようにバカップルでも目指そうって事を潜在的に思っているのか?

 だけど、言いたい事は解った。確かに、緒方以外だったら俺しかいない。須藤を、生霊を殴れるのは。

「解った。やるよ。是非現れて欲しいもんだ。須藤……」

『流石、それでこそシロ。須藤真澄が東工から手を引いた理由。私に害を成そうとするんなら洒落にならないくらい殴られるってビビったんだよね。縄張り確定とか、体の良い言い訳をよく思い付いたもんだ』

 電話向こうでケラケラと笑う声。確かにボイスレコーダーでそう言っていた。楠木美咲の縄張りは俺で確定していたからな。横からふざけた真似をすれば、あの頃の俺だったら躊躇なく殺していただろう。

 ともあれ、ルーチンワーク宜しくの不変の行動が大きく崩れた訳だが、バイトには当然向かう。生活の為に。

 無理を言って9時まで働かせて貰っている身だから、用事があろうが9時までは働く。なんか未成年は8時までしか働かされないとか?

 俺の場合も8時までタイムカードを切って終業する。一時間は奉仕、というか修行時間だ。お金は取れない。

 だけど、一時間分って訳じゃないだろうが、俺の賄は無料だ。これは本当に助かる。一食分浮く訳だし。

 因みにだけど、土曜日は授業が終わってから4時まで。一旦帰って6時からまたバイトだ。

 休日は朝9時から夜9時まで。結構頑張っていると思うけど、どうだろう?

 そして終業して家に帰る。いつもならテレビを見たりマンガ読んだりとするんだが、今日は風呂に入ってすぐに寝た。0時に起きる為に。

 そして起床して外を見る。

「雪がちらついているな……少し厚着した方がいいか」

 お気に入りのジージャンをやめて羽毛ジャケットを羽織った。安物だから荒事になっても気にしなくていい。

 そう思って気が付いた。本当に須藤を殴りたいと思っているんだと。

 だって、あの女が出てくる事に期待しているんだから。荒事云々の思考は正にそうだろう。

 逸る気持ちを何とか押さえて外に出る。雪の冷たさ、夜の暗さが、俺の感覚をより研ぎ澄ませた。

 多分だけど、目がギラギラしていた事だろう。一刻も早くぶっ飛ばしたい気持ちが支配していたから。

 緒方の家だったらアパートから徒歩で1時間半以上はかかるが、さっきも言ったように逸っていた。

 気持ち走っていたのだろう。予想よりも早く到着した。スマホを開いて時間を確認した所、1時を少し過ぎたあたり。

 以前も多分だが1時過ぎたあたりに川岸が緒方の家に来ていた筈なので、今日もそれを期待して待つ。

 長時間の張り込みはきついから、2時を越えたら帰ろうと思いながら待つ。

 壁に寄りかかって以前居た電柱付近を注視する事約10分……

「……ラッキーだな。本当に来たよ」

 緒方の読みと美咲の読みが見事ビンゴ。じゃあ件の須藤はと言うと、その類の物が見れないので、解らない。

 まあ、川岸が窮地に立ったら出てくれるだろうと期待して、川岸に向かって歩いた。

 遠目じゃ解らなかったが、手にはビデオカメラを持っていた。そんなに緒方の姿を撮りたいのかと呆れるやら感心するやら。これも生霊が導いたからか?それとも素の性格か?

 向こうも俺の気配を察したようで、こっちを見た。

「……川岸景子。暇な奴だな。ストーカー女が……俺の友達に迷惑かけるなよ……」

 睨みながら、歩きながら言う。川岸は一瞬引き攣ったが、直ぐに砕けた。

「あれあれ?なんで東工生が此処に居るの?深夜徘徊?警察に通報しちゃうよ?ばれたら色々不味いんじゃない?」

 挑発か駆け引きか解らないが、明らかに脅している。まあ、確かにばれたら色々不味いけど。

 それはお互い様だろう?と言うか、東工生の俺よりも、北商生のお前の方が大変な事になるだろう?最低でも停学は確実だろう?

 まあ、ちょっとだけ雑談に付き合って貰おうか。

 一応ボイスレコーダーをオンにして(以前美咲に貰ったものだ。なんかの役に立つ時があるかもって理由で)雑談開始。

「おい、ストーカー。お前なんか色々しているようだが、なんでそこまで緒方に固執する?」

 なんかカチンときたようで、表情が険しくなった。

「ストーカーってなに?興味の対象が気になるのなら調べたりするのは自然な事じゃない?」

「ふん。深夜に部屋を盗み見するのが調査だってのか?」

 此処でスマホで写メを撮る。光ったので撮った事が丸解りだが、気にしない。

「よく撮れているな。お前の間抜け面がばっちり写っている。時間もな。これを北商に持って行く。どこで何時にどうやって撮ったか聞かれるよな。当たり前だが、正直に話すけど」

 青くなって後ずさった。逃げようって算段の脚の動き。

「逃げても無駄だと思わないか?こうやってお前の顔が写っているんだ。そういやさっき警察に通報とか言ったよな。早く通報したらどうだ?」

「……お、脅すの?そんな真似するの?アンタもタダじゃ済まないんだけど……」

 思わず噴き出した。脅したのはお前だろうに。緒方が言っていたなそう言えば。自分は良くて他は駄目、だったか。成程、緒方の大嫌いな糞だ、こいつは。

 当然俺もこんな女は大嫌いだ。相討ち上等も厭わない程。

「笑わせるな。お前が最初に言ったんだろ?警察に通報すると。俺のが脅しならお前のは何なんだ?」

「い、いや、勿論冗談に決まっているじゃん……それより、撮影なんて悪趣味な真似、やめたら?撮られたこっちはいい気分じゃないんだけど……」

 またまた噴き出した。お前が持っているビデオカメラ、それは何なんだ?体育祭の時、友達に緒方を盗撮を頼んだのはお前じゃ無かったか?

 だから言ってやる。自分の弁が支離滅裂だと言う事を。

「お前のそのビデオカメラは何だ?体育祭の時、堀川……だっけか?そいつに緒方の盗撮を頼んだお前は何ななんだ?いい気分じゃないのは緒方が最初だろうが?」

「こ、このビデオカメラは幽霊とか出たら撮影するために持ち歩いているだけだから……」

 その幽霊に憑かれているのがお前だろうに。

「そうか、じゃあちょっと見せて見ろ。緒方の部屋を撮っていないと証明しろ」

「え?それはちょっと……」

 お前が行動するよりも先に俺と遭遇したんだから、撮っていない筈だが、見せたくないとなると……

「お前、緒方の部屋、何度か盗撮しているな?俺が泊まった時以外にも何度かしているな?デーダ、入っているんだろ、それに」

「え!?いつバレていた……!!」

 慌て口を押さえるも、遅い。

 ポケットからボイスレコーダーを取り出して、突き出して見せた。

「今の言葉、これに入った。これも北商に持って行く。だから早く呼べよ、警察を、自分が言い出した事だろう?そのくらいの責任は持って貰おうか」

 更に真っ青になった事だろう。寒さも相俟って震えも増した事だろう。俺は逆に熱くなってきたが。

「そ、そこまでするの!?たかが部屋を撮ったくらいだよ!?」

「撮られた方はいい気分じゃない。これもさっきお前自身が言った事だ。このボイスレコーダーにも当然入っている」

 川岸は押し黙った。最早自分の弁では逆転不可能で、逃げるのも不可能。残りは俺を丸め込むだけしかないが、お前の言葉が俺を説得できると思うなよ?

 緒方が嫌いな人種は俺も嫌いなんだ。俺はまだましな方だぞ?緒方は殆ど問答無用なんだからな。

 そんな川岸がくっと唇を噛んだ。

「……ホントに忠告しとく……『神』がお怒りになったから、アンタに神罰が下る……だから逃げた方がいいよ……」

 真っ青になって、カタカタ震えながら。

「神だって?その神様に対して、お前はなんで脅えているんだ?」

 そんなに震えているのに、なんで崇める?

「そりゃ……神様相手は畏れ、敬うでしょ?」

 鼻で笑ってやった。

「神様ならな。お前のそいつは神じゃないだろ」

「神様だよ。私が欲しい情報を教えてくれたし、こうやって導いてくれたんだから。その邪魔をしたアンタを許さないって言っている。だから、悪い事言わないから……」

「邪魔するだろ。神様じゃないんだから。他人に迷惑を掛ける事を進めるような奴が神様な訳ないだろ。許さない?上等だよ。どう許さないのか教えてくれよ」

 硬く拳を握り固めた。目の前の川岸もムカつくが、そいつは殺したい程ムカつく。美咲を薬漬けにしようとした奴は殺しても構わないだろ。

「やめなよ。人知を超えた存在なんだよ?アンタがどう足掻こうが……」

「いいから出て来いよ須藤!!」

 叫んだと同時に、川岸の背後に闇が広がった。夜で真っ暗だと言うのに、それは闇……俺の口角が持ち上がる。嬉しくて、つい笑ってしまったんだ。

「ひいいいいいい!?」

 みっともなく及び腰で震えた川岸。神様と崇めているこいつに怖がっている時点で気付いてもいいだろうに。

 それは兎も角、俺にも見えた闇の中の顔。女だ。意外と可愛い顔をしているが、表情は狂気の嗤いで歪んでいるようにも見える。

「本当に来たのか。美咲の言った通りだな」

 逸る気持ちを押さえきれずに前に出る。


――楠木の男が私に何の用事?隆と私の邪魔するのはなんで……が!?


 こいつと話をする気はない。ぶっ飛ばして殺す!!

 右正拳!!本気も本気の俺の正拳を叩き付けた。

 成程、手ごたえをを感じない。空気を殴ったような感じ。だけどダメージはあったようだな?

「ひいいいいいい!?ひ!ひひ!!」

 川岸がへたり込んだ。脚をばたつかせて逃げようともしている。そんな川岸に酷く冷たい目をぶつける須藤。

――……ねえ川岸さん?こいつ、殺してくれない?大丈夫。私も協力するからさ。絶対に殺せるよ、二人なら……

「こ、殺せ!?で、出来ない!!出来ません!!」

 首を振ってイヤイヤと。お前、そいつを崇めていたんだぞ。神様って言ってな。本当にバカみたいだな、お前。こんな奴に言い様に踊らされてさぁ……!!

 ムカつきがヤバい。顔面を潰すべく、須藤に左正拳を叩き付けた。やはり殺すつもりの左正拳を!!

――が!?

 闇が飛んだ。左正拳分の穴が開いたような感じ。あのムカつく顔が苦痛に歪んだもの見えた。

 苦痛?俺の正拳をまともに喰らって苦痛だけ?こんな奴にその程度のダメージしか与えられないのか?それはそれでムカつくな。自分の不甲斐無さに!!

 右正拳!!打って直ぐ戻しての左正拳!!

 それを高速で何回も繰り返す。

――くぎぎぐ……ま、まさか隆以外に……!!

 苦痛に歪む須藤の顔。本体に届いているのか?俺の正拳が。

 左を戻し、大きくタメを作った。息を静かに吐いて。

「せいやあ!!」

 緒方に放った時と同じ、本気の右正拳!!須藤の顔が半分吹っ飛んだ!!

「ひいいいいいいいいいい!?」

 川岸が尻を付きながら下がった。雪がうっすら積もっていると言うのに。下着まで濡れているんじゃないか?

 ともあれ、須藤も下がった。瞬間移動した家の如く。あの闇は一瞬にして後ろに移動したって事だ。

「ふん。どうやら効いているようだな。反撃に転じないのがその証拠だろ?」

 構えながら問う。須藤は憎悪の顔を歪ませて、俺を睨んだ。

――楠木の男があああああ!!私にこんな真似をするかあああああ!!捨てられた分際で、楠木に尻尾なんか振りやがってあああああ!!!!

 捨てられた?何だそれ?

 怪訝な表情だったのだろう、一転須藤はバカにした様に笑う。

――ああ、そうかそうか!!知らないのかお前!!前の世界で、お前は楠木に西高の木村と天秤に掛けられて振られたんだよ!!別れて欲しいって頼まれて泣きやがってさあ!!だけど惚れた女がそう言うんならって身を引いたんだ!!ホント間抜けだよお前!!そんなに想っていた女は結局隆に靡いたんだからな!!!

 ゲラゲラと下品に、挑発するように笑うか、緒方が前に居た世界じゃ、俺は美咲に振られたのか。

 で?だからなんだ?今は俺は美咲の彼氏。緒方には槙原さんが居る。この関係は揺るぐ事はない。だって美咲も俺も事が好きだからな!!

 だからと言っちゃなんだが、言ってやる。

「お前は緒方に拒絶されているけどな。前の世界でも、今の世界でもな。そうだろうな。お前、糞ウゼェから。嫌われて当たり前だ」

 笑うのをやめた。そして凄んだ。

――……お前……本当に死ね!!!

 闇が覆いかぶさろうと迫った。瞬間移動の如く。

 俺は空手家だ。正拳の方が得意だが、蹴りも当然放つ。この場合蹴りの間合いだから放っただけだけど。

 それは上段蹴り。だけど闇は緩急を付けた。一瞬止まって蹴りをやり過ごした。

――はははははは!!なんだ!!やっぱりさっきのはマグレなんだ!!

 ん?自分でフェイントを仕掛けたのが解っていないのか?俺が外したと思っているのか?まあいいや、本能で一回躱そうが些細な問題だ。

 上段蹴りの脚を大きく上げる。そして飛びこんできた闇に踵を落とす!!

 俺の踵落としは闇を文字通り切り裂いた!!


――ギャアアアアアアアアアアアアァアア!!!


 うわ、吃驚した。そんな大きな声で叫ぶなよ。断末魔ならいいけども。

 まあいいや、消える前に言っとこう。

「須藤朋美。東工の修旅は京都か鎌倉が主だそうだ。京都に決まったら、緒方の前に俺が殺しに行く。美咲を薬漬けにしようとした馬鹿を野放しにできないからな……」

 しかし須藤は答えない。白目を剥いて天を仰いで、闇諸共消えた。

 一応残心で気を張るが、気配は感じない。元の夜の静寂に戻った……そんな感じになった。

 居なくなったのを確信して、川岸に顔を向ける。川岸がビクンと背筋を伸ばした。

「か、神様を倒しちゃった………」

「本当にバカな奴だな。それとも認めたくないのか?あれが単なる幽霊だって事を」

 まあ、どうでもいい事だ。緒方の言う通り、この先須藤に殺されようが何だろうが、俺には関係ない。

「緒方に纏わり付くな。お前が頼った奴は俺が倒した。この意味が解るよな?」

「い、言う通りにしなければ私も殴るって事……?」

 ぶっちゃけそうだが、今すぐぶん殴りたいが、そこじゃない。

「俺はボイスレコーダーもお前の写メも持っている。北商に報告するって言っただろ?逆恨みで緒方や俺の友達におかしな真似をするなと言っているんだ」

「ほ、本当に通報するの!?」

 当たり前だ。えっと、何だっけ、確か……

「通報すると言って通報しないのは脅し行為になる、んだっけかな……だからする。お前も警察に通報するんだろ?早くしろよ。それとも脅しか?それはそれで、確か犯罪行為だった筈だけどな」

 超うろ覚えな知識を述べた。そうしたら俯いて黙った。合っていたようで胸を撫で下ろす。

「も、もう何もしないし、緒方君達の前にも現れないから……」

 懇願するように。まあ、そう言うと思ったけど。

「じゃあ、証明しろ。そのカメラにあるデータ、全部寄越せ」

 超渋々とデータを俺に寄越す。日向さんが警察に通報するから、結局は退学になるんだろうけど。

「確かに。約束したからな。何かあった場合は今度は躊躇しない」

 そう言って踵を返した。多分もう一度会う事になるんだろうな、警察で。と思いながら。


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