生駒志郎~002

「……と、言う訳で、ルーチンワークが崩れた訳だけど、不変の行動に戻ったって訳だ。尤も、今日お前が来たからまた崩れたけど」

 笑いながらそう言うが、俺は笑えなかった。

「……お前、ひょっとして、今後起こるであろう、川岸さんの報復を自分に向ける為に……」

 麻美が通報したら仕返し宜しく遥香や麻美を狙うとは楠木さんの弁だ。

 それもそう思うが、ひょっとしたら俺達も報復に含まれるかもしれない。

 それを全部自分に引き入れる為に……?

「ああ、そう言われりゃそうかも。美咲がそこまで考えていたんなら凄い事だな」

「お前自身は考えてもいなかった訳!?」

 ビックリだった。ただ楠木さんに従っただけかよ!!

「うん。いや、だからこそ俺もボイスレコーダーやら写メやら持っているんだろ。俺に報復するんならそれを使うだけだ。間接的にでも美咲に狙いを付けるんなら同じだし」

 証拠を持っている訳で、報復するんなら今度こそ年少送りになる……?

 そう言えば、楠木さんが少年院送りで行こうとか言ったような……

「お前自身もヤバい事にならないか、それ……東工停学とか……」

「あっても深夜徘徊のペナルティーだろ。停学だって3日くらいだ。無傷でどうこうしようとは最初から思っちゃいない」

 確かに、生駒が犯した罪は深夜徘徊。そのときたまたま川岸さんと遭遇して注意したに過ぎない。

 だったら温情も働いて停学も無し、厳重注意くらいで済むかもしれない。

 それに、川岸さん自身からデータも貰った訳だから、証拠がわんさかとある訳で。

「……川岸さんもこれ以上自分の首を絞めるような真似はしないか……」

「どうだろ?来たら証拠を有効に使うだけだからな」

 何の事は無いと。確かにそれもそうだ。川岸さんがおかしな真似をしても生駒の方には死角がないか……

 それにしても、と口を開く俺。

「楠木さん絡みだとしても、朋美の生霊をぶち砕けたのが酷く驚いた」

 あれは俺しか出来ないと思っていたからな。楠木さんを薬漬けにしようとしたから起こった許せない感情だとは言え、あそこまでとは思わなかった。

「うん……その件で一つ、思った事があるんだけど…」

 それは何だ?と、身を乗り出す。

「俺があの幽霊をぶっ叩けたのは当然だとして、他にできる奴がいるのかな?と」

 自分はぶち砕けて当たり前だと思っていたのか。楠木さんをどれだけ愛しちゃってんだよ、お前。

「例えば波崎さんに危害を加えようとしたら、ヒロがぶち砕ける、って事か?」

 いや、と首を横に振る。

「河内が狭川、と言うか悪鬼羅網に入院に追い込まれただろ?あれって自分から向かって行ったからだよな?」

「ああ、狭川の後ろに居た朋美を叩こうと思ったんだが、狭川を狙ったと誤解されたんだろ。悪鬼羅網に奴等に」

 河内の弁ではそういう事だった。狭川は便乗して袋にしたに過ぎない。

「多分、それと同じで、大沢も木村もやれないと思うんだよな。あいつ等って良くも悪くもクレバーって言うか……」

「冷静だから朋美をぶち砕けないって言うのか?」

「いや、幽霊を殴れるなんて思っちゃいないだろ。河内が向かって行ったのも咄嗟の事も手伝ったらしいじゃないか」

 常識的に幽霊は殴れないと思っちゃうって事?河内はまた違うんだろうけど、結果的にはそうなったって事?

 だけど、それでいいだろ?朋美の生霊をぶち砕く必要はない。俺の獲物なんだし。

「で、そこでもう一つ思い立った事があるんだけど、お前って『3』の数字に縁があるとか?」

 頷く。繰り返しの主要女子が『3』人。明確な殺意が『3』回。記憶持ちが『3』人。

 重要な事柄全てに『3』の数字が絡んでいる。

「だったら須藤の幽霊をぶっ叩けるのも3人いるとか?」

 稲妻の身体を貫かれた感覚!!

「そ、そうだ!!多分そうだ!!朋美をぶち砕けるのは3人いる!!!」

 余程興奮して生駒に詰め寄ったのだろう。若干引き気味の生駒だった。

「お、おう。ちょっと落ち着いて。で、じゃあ残りの一人は……」

 寄った身体を戻して正座にチェンジ。生駒の続く言葉にワクワクしながら。

「多分、国枝」

 首を捻った。国枝君?

「国枝君は穏やかな人で、荒事は向かないからぶち砕けるとは思えないんだけど……」

「うん。俺もそう思う。こと暴力に関するのならな」

 うん?ぶち砕ける云々の話じゃ無かったっけ?

「腕っぷしに頼らなくても、国枝には霊力?があるんだろ?川岸なんか比較にならないくらい、本物の霊力が」

 再び俺の身体を貫いた稲妻の感覚!!

 そうだ!!そうだよ!!国枝君は将来霊能者になるくらい霊力が高いんだ!!俺をこっちの俺に降ろせるくらい、霊力が高いんだよ!!

「だけど、ぶっ叩けるトリガーが解らないな。俺の場合は美咲を薬漬けにしようとしたからだけど、国枝はどうだろうな?」

 確かに……悪霊祓いだとしても、今の国枝君は絶対的にスキルが足りない。

「まあ、ただの俺の意見と言うか想像だし、あんま気にする事も無いだろ」

 いろはすを煽りながらそう言う。その通りで、国枝君がわざわざ朋美と対峙する必要も無い。

 今は。今後朋美がどう出るかは解らない。今回のように生駒が居てくれたら撃退は可能だし、俺は言うまでもないが、居ない時に出てきたらどうする?

「そもそも、お前と親しい人間の前には出て来れないんだろ?だったら被害は比較的浅いと思うしな」

「今回のように、川岸さんみたいな人を唆す可能性があるんだけど……」

「そうなれば、可能性は無限に広がる事になるぞ。そうは言っても須藤が出て来たのは狭川に須藤真澄、川岸くらいだから、誰彼構わずってのは無いだろうけど」

 そうだよな……そもそも朋美が接触できる条件ってなんだ?狭川や須藤真澄は身内だからって理由をこじつけるとして、川岸さんは?

 ……何かこれ重要な気がするな……今日の放課後、ヒロ達が家に来るんだよな……

「ちょっと相談してみるか……俺の頭じゃ碌な事思い付かないし」

「うん。その方がいい。正直俺も思い付きばっかだし」

 いやいや、有り難いよ。その思い付きが功を奏する事もあるんだから。

 そして俺は立ち上がる。

「帰るのか?」

「うん。お前も少しでも寝たいだろ?放課後バイトあるんだし」

「まあ、そうだな。じゃ、駅まで送るよ」

 それを丁重にお断りする俺。眠いだろうから帰るって話だろ。俺に気を遣わなくていいから。

 そして俺は家に帰った。放課後までまだ時間はある。

 なので俺も寝る事にした。早起きしたから眠いからだ。

 そして布団にもぐって数秒後……

「ねえ、起きてよ。みんな揃ったよ?」

 身体を揺すられて目を覚ます。

「……遥香とヒロと国枝君か……え?もう放課後!?」

 ビックリだった。だって目を瞑って数秒しか経っていない感じだったのに?

「爆睡していたぞお前。風邪って本当だったのか?」

「いや、普通にサボった。つか、お前と放課後顔を合わせるのも久し振りだな……」

 早朝バイトのダメージで、放課後はとっとと帰って仮眠を取っているヒロだ。この頃は学校でしか顔を合わせない。

「じゃあやっぱり何かあったんだね。事情は察するけど」

 神妙な顔の国枝君だった。国枝君も生駒曰く、朋美をぶち砕ける可能性があるんだよなぁ……

「まあいいや。じゃあちょっと待って」

 パソコンの電源を入れる。川岸さんが深夜家に来た動画を見せる為に。そして、生駒が朋美をぶち砕いたのを見せる為に。

「やっぱり川岸さん、来たんだ。隆君の予想通りだね」

 俺の予想が当たるのを予想していた遥香は動揺もしない。まあ、ヒロも国枝君もだが。

 だけど、生駒登場の辺りでざわめきが起こった。

「な、なんでこんな夜更けに生駒君が?」

 国枝君の質問である。つうか全員か。

「まあ、全部見終ったら話すよ」

「そ、そうかい?」

 今から説明しても二度手間になりそうだし。それに、国枝君は朋美をぶち砕ける候補だし……それは関係ないか。

 ともあれ、みんな食い入るように見ていた。そして中盤……

「な、なんだアレ!?川岸の頭に黒いのが!?」

 ヒロが叫んだ。画面に指差して。

「これ……まさか須藤さんかい?」

 頷く。そして可能な限り、音量を高くした。

「ちょっと静かにしてスピーカー部分に集中して」

 言われるままに集中する。


『本当に来たのか。美咲の言った通りだな』


「楠木さんがこれを読んでいたのかい!?」

 頷く。つうか国枝君が叫ぶのは珍しいけど、ちょっと音量を下げて欲しい。

「窓を締めきっていた状態で、しかも外だからな。声を拾うには難しかったが、所々は拾えている」

 そう言ってボリュームを下げる俺。

「なんで下げちゃうの?」

「ああ……終盤にちょっとな……」

 生霊の絶叫なんか聞きたくないだろ?因みに俺は全く聞きたくなかったし。

 その後もなんやかんやで驚いていた。特に朋美に拳を当ててダメージを負わせていたのは。

「マジか!?生駒の野郎、幽霊をぶん殴りやがった!?」

「それに、ちゃんとダメージもあるようだよ……緒方君にしか出来ないと思っていたのに……」

 ヒロなんか食い入るように見ているし。遥香にちょっと邪魔と言われて漸く引いたくらいだし。

「蹴り!?生駒ってパンチの方が得意じゃ……え?」

 その後の踵落としで朋美を切り裂いたのを見て言葉を失うヒロ。同時に全員ビクンと背筋を伸ばした。


――ギャアアアアアアアアアアアアァアア!!!


「うわ吃驚した!!さっき音量を下げたのはこの為!?」

 遥香の質問に頷く。音量を下げても聞こえる生霊の絶叫だ。普通に怖いだろ。

「い、いやこれは……本当に凄いよ……生霊を文字通り粉砕したんだ。本体にかなりの影響が出ていると思うよ……」

「俺はその手の話は疎いけど、生身の須藤もダメージを負ったのは何となく解ったぜ……」

 この寒い中、汗を掻いていた三人だった。俺も最初見た時は冷汗で捲りだったけど。

 そして、二、三、話しをして踵を返した生駒。川岸さんも暫くしてよろよろと立ち去った。

「……ここで動画は終わり。で、俺は朝これを見て、生駒のアパートに押しかけたって訳だ。学校もサボらせて」

「……そりゃ、気になるだろ……何で楠木がこれを読んでいた?生駒が須藤をぶっ飛ばせたのはなんでだ?川岸はどうした?」

 捲し立てる様に聞くな。全部話してやるから。

 そして俺は生駒から聞いた話を全員に語った。やっぱり全員顔面蒼白状態になっていた。当たり前だけど。

 しかし、流石の遥香は慄きながらも納得した。

「美咲ちゃんを薬漬けにしようとしたからか……じゃあ須藤を殴れても不思議じゃないよね……」

 寧ろ共感するように。

「じゃあ波崎が狙われたら俺にも可能なのか……?」

「う~ん……そこは何とも……大沢君ってなんやかんやで常識人だから」

「は?ヒロが常識人?お前も随分なお世辞を言うなぁ……」

「お前が狂犬過ぎるだけだろ!!」

 突っ込んで来たヒロに、正にそれ、と頷く。

「隆君は行き着く所まで行っちゃう人。純粋に敵を退ける事に拘る人。そんな隆君を大沢君は身体を張って止めて来た。人殺しは駄目だって」

「そりゃそうだろ。それを言っちゃ、お前も止めるだろうよ、槙原」

 肯定の意味で頷く遥香。だけど、と追記した。

「大沢君は常識から超えられないって事。幽霊を殴って退けられるのか?って疑問を持っている筈でしょ?」

「え?そりゃ、誰だってそう思うだろ?」

「だから、殴っても効かないんじゃないか?って思っちゃう。隆君も言っていたでしょ?気持ちで勝つって。否定的な感情では須藤を殴れない。でしょ?国枝君」

 振られて咄嗟だったが頷いた。国枝君も候補に挙がっていると言ってもいいのだろうか?

「槙原さんの言う通りだね。迷いがあったら多分殴れない。生駒君の場合は楠木さんに害成す者は絶対に許さないって強い気持ちが前面に出ていたんだろうね」

「い、いや、それを言うなら、俺だって……」

「全く疑問に思わないかい?幽霊を殴れるのか?って」

「…………自信があんまねえな……」

 俯きながら。普通はそうだって。だからあんま気にすんな。

「じ、じゃあ他にそんな真似が出来る奴はいるのか?木村とか、河内とか……」

 国枝君、暫く考えて。何度も何度も首を捻りながら考えて。

「多分、僕」

 頷く遥香。目を剥くヒロ。実に対照的だが……

「遥香、お前も国枝君なら可能だって思うのか?」

「うん。国枝君は元々あっち寄りの人だし、幽霊の倒し方も知っているし。自分にはその力が無いと思っている事を克服できれば、多分ダーリンや生駒君よりも確実だと思う」

「僕の場合、その思考がネックだよね。何とかしようと頑張ってはいるんだけど」

「く、国枝、お前、霊能者の修行でも始めたのか?」

「瞑想程度だけどね。それも自己流さ。それに、緒方君のこっちの世界に降ろしたのは僕なんだ。今は無理だけど、いずれそのレベルに達したいと思っているしね」

 こっちの国枝君も川岸さんを許せないんだろう。自己流とは言え修行し始めたのがその証拠だ。

 まあ、生駒の話はこれで終わりだが、俺的にはまだ続きがある。

「朋美が出て来れる条件ってなんだと思う?」

 全員「?」ってな表情で俺を見た。

「狭川や須藤真澄は、まあ解る。身内だし、比較的簡単に姿を見せられたと思うんだ。だけど川岸さんは?」

「そりゃあ……あれ?」

 首を傾げるヒロ。その疑問も解る。

「お前は川岸さんはメールで朋美と接触したから、って言いたかったんだけど、違和感があったから口を噤んだ。そうだよな?」

「お、おう……須藤と接触したからって条件なら、佐伯、つうか、あの馬鹿野郎たちもそうだろうし、それが過去の話だって言うなら、安田は未だに繋がっているし……」

 そう。その理屈だと安田の前にも出て来なきゃいけない。だけど出て来れなかったからメールで用件を済ませていた。

「う~ん……多分須藤を受け入れたから、じゃないかな?だけどそうなると順番が逆なんだよね」

 その通り、受け入れるのなら、朋美が出てきた後だ。メールでのやり取りだけで受け入れる事は無いとは思う。いくら川岸さんでも。

「なにかの条件があると思うんだけど、その条件が解らないって事だよね。なんだろう……」

 国枝君も首を捻りながら考えてくれている。だけど逆を言うのなら、だ。

「川岸さんは条件を満たしたって事だよな?」

 だから出て来れた訳だ。利用する為に。

「それを川岸さんから聞けば……」

 発した国枝君を遥香が遮った。

「隆君に万が一にでも関わらせたくないし、麻美さんが通報するから」

「そうだな。川岸は此処で息の根を止めた方がいい。こっちに引き込もうとしない方が絶対に良い。波崎を陥れた女を使った奴なんか、俺がぶっ飛ばしたいくらいだ」

 ヒロ的にはそうだな。川岸さんは絶対に許さない対象だろう。

「そうだね……そのとおりだよね……」

 国枝君もこっちに引き込もうとは思っていないんだろうが、結果的にそうなると予想したんだろう、酷く項垂れていた。反省したみたいに。

 じゃあどうするかって言うとだ。

「現状じゃ仮説が精一杯だって事だが、どうするとそうなると思う?」

 全員腕を組んで考え込んだ。見当もつかないって事だ。

 だけど、やっぱり最初がある訳で。

「メールが切っ掛けだよな。俺が繰り返しているってリークの」

「そうだろうけど、だったら佐伯さんにも出てきている筈なんだけど……」

 佐伯にもメールを出していたな。楠木さんの薬のリークで。

 だから、メールの他にも条件がある。川岸さんにあって佐伯に無いのは何だ?

 考えている最中、俺の腹が鳴った。

「昼飯食ってなかったから……」

 生駒のアパートから帰ってすぐに寝ちゃったし……

「ちょっと早いけど夕ご飯にしようか?」

 時計を見たら5時ちょっと前。早めの夕食と考えたら、まあ……

「飯いくんなら大山食堂一択だぞ。俺あんま金使いたくねえんだから」

 いや、お前は帰って家で食べたらいいだろうに。無理に付き合わなくてもいいんだぞ?

「じゃあ早速行こうか」

 いの一番の腰を上げた国枝君だった。解りやすいな。

「国枝は春日ちゃんに会いたいだけだろ」

「え?そりゃそうだけど、緒方君がお腹が減ったって言うし、大沢君も大山食堂一択だって言ったでしょ?」

 そりゃそうだって言っちゃったよ。国枝君も随分素直になったよな。以前は照れて誤魔化していたのに。

「まあまあ、早く行くのは賛成だよ。ダーリンのお腹が心配だしね」

「お前は常に隆ありきだろ」

 そうなるだろ。お前も波崎さんありきで行動してんだろ。人の事は全く言えまい。

 

 で、大山食堂。

 暖簾をくぐると、「いらっしゃいませ」との春日さんの声。

「……あれ?国枝君?緒方君の家に行っているんじゃなかったの」

「そうなんだけど、緒方君がお腹が減ったって言ったからね」

「だから、国枝は春日ちゃんに会いたかっただけだろ」

 なんか席に通されずにワイワイガヤガヤやっていた。

「春日さん、悪いけど、席案内してくれ。マジで腹減ってさ……」

「……あ、ごめんね。こちらへどうぞ」

 通されたのは六人掛けのテーブル席。4人掛けの席も空いているのに、なんで?と思ったら国枝君なネタばらしをした。

「春日さんの賄の時間ももう直ぐだからね。僕達と一緒に食べようって事じゃないかな」

 あー成程。今の時間ならお客もいないから、丁度いいのもあるんだろう。

「……じゃあなににする?」

 常連客の国枝君に向けて言った言葉だが、メニュー見る時間はくれよ。

 なのでメニューを開いた。隣の遥香がどれどれと覗き込む。

「タラのフライ?これ初めて見るね?」

「……今じきタラが安いから、沢山発注したって」

 成程、だから安いのか。タラフライ定食600円。俺これにしよう。

 遥香はタラの煮付け定食。奇しくもタラ繋がりとなったが、違う味を堪能で来て、まあ良い。

「僕もタラフライ」

 国枝君もタラフライ。安いし旬だからな。

「俺は焼肉定食」

 ヒロだけは全く関係なかった。安いって理由でも、旬って理由でもない。ただ食いたいものを頼んだだけだった。

 コックリ頷く春日さん。注文を聞いて厨房に向かう。

「お前節約はどうした?焼き肉定食は800円だろ?」

 バイクの免許の為に節約しなくちゃいけないのでは?

「たまの外食くらい、好きなモン食わせろ」

 仏頂面で水を飲みながらそう返す。お前がいいならいいんだ。あとで後悔してグダグダ言わなければ。

「でも大沢君、バイクの免許のお金だけじゃないんでしょ?車検のお金の必要なんでしょ?」

 流石の遥香も苦言を呈した。あんまお金使って後悔すんなよと。

「車検代は的場の好意で半額になったからな。まあ、なんとかなるだろ」

「だけど大沢君、ちゃんと勉強もしなきゃいけないよ?落ちたらその分お金が掛かるんだから」

「え?お、おう……」

 国枝君の忠告には素直に頷いたヒロだった。多分勉強なんて考えが全く無かったからに違いない。

 教習所に行っただけでは免許は取れない。筆記もあるんだから、しっかり勉強しないとだ。

「まあ、隆でも取れたくらいなんだ。俺でもイケるだろ」

 なんて侮辱だ!!俺は勉強もしたっての!!

「大沢君、ダーリンはクラスの真ん中くらいの成績で、学校全体でも真ん中くらいなんだよ?対して大沢君はどうだっけ?」

 すんごいジト目でヒロに訊ねた遥香だった。

「……俺は、えっと、あのだな……」

「緒方君は宿題もちゃんとやってくるし、解らない所は僕でも槙原さんにでも質問して来るけど、大沢君はそう言うのした事があったかい?」

「え?えっと……そのだな……」

 ヒロの目が泳ぎまくりだった。俺基準で話したのが完璧に裏目に出た結果だ。

「……お待ちどうさまです」

 此処で春日さん、注文の品を持って登場。ヒロの安堵がこっちにも伝わるほど、本心でホッとしたようだ。

「あれ?春日ちゃん、春日ちゃんのご飯は?」

 遥香の言う通り、春日さんの分が見当たらない。

「……私は賄いがあるから。それは店長さんが持って来てくれるから」

「ああ、試作品を食べるんだっけ?」

「……うん。でも多分、今日はタラの煮付けだと思うけど。沢山作ったようだし」

 そりゃそうか。毎日試作品がある筈も無いもんな。煮付けは特に大量に作るだろうし。

 で、全員に行き渡ったところで、春日さんがちょこんと国枝君の隣に座った。

 何となく誰も箸を付けないでいると、春日さん、キョトンとして。

「……何で食べないの?あったかい内に食べた方が美味しいよ?」

 いや、そんな事言われなくても解っているけど。

「春日さんの賄いが来てから一緒に食べようかと思ってね」

 俺の発言に全員頷く。何度も。

「……そう?気にしなくていいのに」

 気にするっての。一緒に賄い持ってきてくれたらよかったのに。

 何となくガヤガヤしていると、強面店長登場。

「お?響子ちゃんの飯来るまで待っていたか?感心感心!!」

 そう言って俺達に小鉢をドカンと置いた。

「このブリ大根は?」

「サービスだサービス!!」

 サービスは嬉しいんだが、ドカンだぞ?小鉢なのにドカンだぞ?

「ダーリンブリ大根なの?私はふろふき大根だけど……」

「サービスだサービス!!」

「僕のはイカ大根だけど……」

「大根も大量仕入れしたからな!!サービスだサービス!!」

 ガハハ。と豪快に笑いながら。冬のダイコンは有り難いから素直に礼を言おう。

「オッチャン、俺の、大根のなますだけど……」

「お前は焼き肉定食だからな!!アッサリしたもんが欲しいだろ?気にすんな、サービスだサービス!!がはははは!!」

 やはり豪快に笑って厨房に戻っていく店長だが、ヒロのは感謝じゃなく苦情だと思うけど。

 こいつ酢の物嫌いだし……

「……い、戴きます」

 この空気に耐えられなくなった春日さんが先陣切って箸を割った。俺達も慌てて箸を割る。

「……いや、いいけどよ。サービス品に文句は言えねえからいいけどよ……」

 半泣きしながらなますを貪るヒロだった。これは可愛そうだが仕方がない。単純に好意の話だからだ。

「か、春日さんの賄い、面白いね。タラをカレー粉で焼いたのか」

 国枝君も強引に話を逸らしたし。

「……う、うん。そうみたいだね。小鉢は大根サラダだしね」

 暗になますと似たようなものが来たと発する春日さんだった。ヒロになんか気を遣わなくてもいいのに。

「あ、でも、お味噌汁、豚汁じゃない?身体があったまりそうだね~。大根もちゃんと入っているし……あ……」

 言葉を噤んだ遥香だった。別に豚汁でもいいだろ。なます貰っただけでも有り難いってもんだよ。

「俺達の味噌汁は豆腐だから、羨ましいな。別口で豚汁だけって注文できるっけ?」

「……う、うん。追加する?」

 話題を繋ぐ為だったが、豚汁普通にうまそうだ。なので頷く。

「あ、僕にももらえるかい?」

「私もー」

「……じゃあ、ちょっと待って」

 ヒロ以外豚汁追加となった。豚汁一杯150円。先のタラフライと合わせても750円なので、ヒロの焼き肉定食よりもなお安い。

 よってヒロは追加しなかったのだろう。なんやかんやで一番高額な商品を頼んでいるのだから。

 春日さんがお盆に豚汁三つ乗せて戻って来た。それはいい。

「これは?」

 なんか小皿が三つ入っていたので訊ねた。

「……サービスだって」

 目を剥いたヒロ。小皿の品を凝視するように。

「大学いもじゃねえか!!豚汁のサービスがこれか!?」

 ヒロの逆ギレ的な迫力に慌てて頷く春日さんだった。

「おうヒロ、春日さんにキレるなよ」

「春日ちゃんにキレてねえよ!!つか、キレてねえよ!!こうなりゃ俺も豚汁追加して……」

「大学いもが食べたければ、それを追加注文した方がいいんじゃないかな?」

 確かにそうだ。つか、大学いもってメニューに無いぞ?

「春日さん、大学いも、メニューに乗ってないけど?」

「……う、うん。ただ作っておいていただけだから……言うなれば店長さんのおやつ的な…」

「じゃあやっぱ豚汁追加だ!!」

「……だ、だけど、結局サービス品なんだから、大学いもが付いてくるかは……」

 そうなんだよな。これは気持ちのサービス品。なので、新たに豚汁を追加しても、大学いもが付くかどうか。

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