北商~006

『ちょっと待って。今相談してみるから。折り返しかけるから、其の儘待ってて』

 その旨を了承して通話を終える。あとは遥香待ちだ。

「川岸って女は緒方君の誘導に引っ掛かるかな?」

 大雅の質問である。

「多分な。恐らく直ぐに効果は出る。朋美が余計な入れ知恵をしない限りは」

 多分朋美が苦言を呈そうが、やめろと言おうがやってくる。自分が良ければ何でもいいが彼女の本性だ。

 だからこそ朋美に殺される。散々利用された挙句、無残に捨てられる。

「じゃあ証拠動画も撮らなきゃな。そうは言っても覗きは深夜なんだろう?その辺はどうする?まさか君も寝ずの番をする訳にはいかないだろう。いつ来るのか解らないんだし」

「ビデオカメラでも回すさ。窓から電信柱の位置を映しとけばいい」

「ちょっと待て、話は此処から出てからにしようぜ。川岸がいつ来るか解んねえんだから」

「来たら来たで尋問すればいいだけだと思うが、そうしようか」

 俺も来たら来たでいいと思うが、一応足早にそこを離れた。

 で、ちょっと歩いて到着した先はパン屋さん。倉敷さんと初めて話した、あのパン屋だ。

「中にイートスペースがあるからそこで話そうか」

「さっきお好み食ったばっかだが、仕方ねえしな」

 外は寒いから中で話すのは賛成らしい。パン屋で話すんだから、パン買うにも仕方がない。

 適当なパンを買って、コーヒーも買って席に着く。因みに俺はツナマヨパンだ。理由は一番安いからだ。

「お好み食ったばっかだから、入るかどうか…」

 木村はかなり迷ってクリームパンをチョイス。こいつのキャラでクリームパンはあり得ないが、一番小さいのが理由だろう。

「俺もちょっときついな……これって薄いから、あまりダメージは無いかな?」

 大雅は薄いパンケーキを折りたたんだ奴。パンケーキと言うよりはクレープ生地のようだ。

 ともあれ、全員コーヒー(大雅は緑茶だが)のプルトップを開けて喉を潤したが、パンは誰も食わず。

 まあ、パンは後で食えばいいとして、話の続きだ。

「さっき話した通りだ木村。いいだろ?」

 続きじゃ無かった。確認だった。つうか俺の中で決定しているので、絶対に付き合えよって言っているだけだった。

「いいけど、槙原、つうか、倉敷がなんて言うかだろ。お前は逆にいいのかよ?あんま関わらねえようにしていただろうに」

「そうも言えなくなった。あの藁人形を見たら考えも変わるだろ」

「まあ、そりゃそうだな。須藤と別ベクトルで狂人だ。早々に終わらせた方がいい」

「だけど、それによって君や倉敷さんに逆恨みが向かう可能性はあるだろう。その辺はどうする?」

 大雅の質問である。どうするもこうするも、だ。

「川岸さんは死ぬから関係ない」

「……緒方君の予想なだけだろう?」

「そうだぜ。このまま生かして嫌がらせに使うとは考えらんねえか?」

 大雅が木村を驚いたように見た。自分は少なくとも見捨てる事に心を痛めていたが、木村は違う、バッサリと切ったから、予想外で驚いたのだろう。

 まあ、そんな大雅の通常な反応は無視して進めよう。

「そうなるかもしんねーが、朋美の性格上、多分どうでもよくなったら消す。壊す。そして殺す」

「何故言い切れる?木村の言う通り、嫌がらせに使う可能性も否めない」

「あいつの短気はお前の想像以上だ。ヘマして逆に利用される前に殺す。証拠も残らないんだ。確実にやる」

「実際連山のチンピラも殺しただろ。須藤はそう言う奴だって事だ」

 木村が何でそこまで朋美に詳しいのか気になるが、言いたい事はそうだ。

 既に実績を積んだって事だ。二度目はもっと躊躇しないだろう。

「……佐伯って奴も殺すと言ったよな?まだ生きているんだろう?」

「さあ?あいつ関連の伝手から死んだって聞いてねーから、どうなんだろうな?」

「案外今頃海の底か崖の下って事も有り得るぜ」

 やっぱりあっさりしている俺達に、遂に大雅が我慢できなくなったのか突っ込んだ。

「君達はなにも思う所はないのか?仮にも人が死ぬんだぞ?」

「佐伯は寧ろ俺が殺したいくらいだし、川岸さんに関しては国枝君が言った通りだ」

「知らねえ仲じゃ無かった国枝は忠告を発したが聞かなかった。じゃあ仕方ないだろ。仮にお前が忠告したとして、聞き入れると思うか?国枝にすら悪態をついて追い払った女だぜ」

「…………」

 浮かした腰を降ろした大雅。常識人は止めたいのだろうが、どうにもならない。だってそれが川岸さんが選んだ道なんだから。

 その時俺のスマホに着信が。当然遥香からだ。

「もしもし、どうなった?」

『隆君の提案に乗るって。鮎川さんもいいよって言ってた』

 そうか。じゃあ……

「お前等は藁人形の件、どうするつもりだ?」

『北商の裏手だから、放課後にでも行けるから、それとなく張れるから逆に楽になったって和美さんが言ってる』

 見張って通報か。それもいいが……

「倉敷さんが通報したってバレないようにした方がいいんじゃねえ?あの人自己都合のみで話を進めるから、倉敷さん達に逆恨みが向かうかもしれねーぞ?」

 訊ねたら超小声で。

『川岸さんは亡くなるから関係ないでしょ』

 遥香も俺達と同じ考えだった。これには大雅も真っ青になった。

『それに、逆恨みでなんか仕掛けようとしたら、また通報するからなんでもいいって』

 それを逆手に取って、更に追い込もうってか?倉敷さんも遥香と同じくらい過剰だな……

 松田の今後が非常に気になる。あいつ精神壊れねーかな?

『大体逆恨みで何かしようとしても、物理的には何も出来ないでしょ?刺殺とかできるのあの子?』

「それはちょっと解らねーな……多分無理だと思うけど……せいぜい嫌がらせに訳解らん呪いを仕掛ける程度だろうが……」

 だが、人間は追い込まれると、何をするのか解らん。注意は必要になるだろう。

 ぶっちゃけ死ぬから関係ないとは思うが、木村の言ったとおり、嫌がらせ要員で生かされる可能性もあるからな。

 じゃあ方針は決まったからこれで行こう。

「じゃあ俺は買い物してから戻る。お前は藁人形探索の続き?」

『うん。心当たりは全部当たろうって決めたから。いつもは一人だけど、今回は友達が多いから楽になったよ』

 それは俺もそう思った。一人じゃ何をやるにも限界がある。

『入谷さんとさとちゃんって天文部だったじゃない?そう言う所、心当たりあるって。天文部の活動で結構見付けたからって。だから入谷さんも可能な限りは手伝ってくれるし、ホント有り難いよ』

「夏休みだけの活動じゃ無かったっけ……?」

 そんなに心当たりがあるようには思えないが、あるんだったら越した事はないかな。

「ま、まあ解った。俺は帰るが、お前も暗くなる前に撤収しろよ。物騒だから」

『うん、勿論。じゃあねダーリン、愛してる』

 そう言って通話を終えた。最後のはもはやテンプレだ。最初はドキドキしたが、今は慣れたもんだ。あの頃のピュアに自分に戻りたい。

「緒方、買い物ってなんだ?」

「ああ。ビデオカメラ買うんだよ。貯金下ろす事になりそうだが、元々欲しかったからいいかと思って」

「お前結構金持っているよな。趣味は貯金か?」

 からかわれたが、結局免許代の殆どを出して貰ったからな。貯金切り崩しのダメージはあんま無かったと言う。

 これも的場が5万でバイクを売ってくれたからだ。元々親父もお袋も資金援助してくれるって話だったから、その分を更に貯金したと言うね。

 

 木村と大雅と此処で別れた。わざわざビデオカメラ買いに付き合わせる事も無かろう。

 なので俺は今、とある電化製品店にいる。CMもバンバン流している全国区チェーンの有名支店だ。

 そこでお手頃価格のビデオカメラ一式を購入。バッテリーが超長持ちする、監視用(?)の奴だ。

 其の儘いそいそと家に帰る。晩飯は食ったからいらないし、パンも買ったから小腹が空いても対処可能だ。

 そしてカーテンを目隠しにして電柱付近を映せるアングルに固定。何度か自分を被写体にして録画状況を確かめる。

 何度かって事は、自分の部屋と電柱を行ったり来たりしたって事だ。超面倒だったが仕方がない。

 で、漸く納得できたところで風呂に入る。こんな事した事は無かったから、結構な疲労感だったし。

 上がったら上がったでヒロが部屋で寛いでいたから、びっくりして疲労感が増したけど。

「お前何しに来たんだ!?」

 早朝バイトで眠いから、このところ姿を現さなかったのに!?

「何しにって、お前に用事があったからに決まってんだろ」

 お袋が淹れたであろうコーヒーを啜りながら、涼しそうに。

「え?用事って?」

「暇だったから」

 それ用事って言わねーよ!!単に遊びに来ただけじゃねーか!!いや、まあ、いいんだけども!!

「ところで、あれなんだ?」

 窓の上部にセットしたビデオカメラを訝しそうに指差しながら。

 なので、今日の出来事をあれこれそうよと話した。

「……川岸を通報する為ねぇ……そろそろ決着付けるにはいいかもな」

 あまり関心が無さそうだな……

「お前、川岸さんに思う所はねーの?」

「ありまくりだ馬鹿。波崎を陥れた女を使ってお前を盗撮させようとした女だぞ?気分いい訳ねえだろ」

 そりゃそうだ。超強引なこじつけだが、ヒロも超遠いとは言え、間接的な被害者だ。

「俺としちゃ、普通にぶん殴りゃいいと思うんだけどよ」

 ああ、興味がないんじゃなく不満なのか。

「つっても女子を殴るのはどうかと思うって波崎さんに言われただろ?」

「そうだっけ……どうだったかな……言われたような気がするから殴るのは駄目だな」

 気がするだけで殴るのを却下した。なんていい具合に躾けられてんだ。

「まあ、寝ずの番で監視する訳にもいかねえから、いいと思うぜ」

 それ大雅にも言われたな。お前の早朝バイトが無ければ付き合わせて寝ずの番をしていたと思うけど、そこは言わなくていいか。

「いずれ、荒事にはなんねえんだろ。だったら俺の出番もねえか」

「川岸さん相手に荒事は無いだろ。北商は厳しい学校だから、糞もそんなにいないし」

 勿論隠れ糞は居る。海浜にも北商にも。川岸さんも隠れ糞だ。

「で、日向の反応は?」

「藁人形の?こんなので呪いが達成できるなら朋美いらないよねって笑ってた。馬鹿にしたかのように」

「でも、放置って事はねえんだろ?」

「勿論。あいつの名前が仕込まれていたからな。完璧被害者だ。泣きながら被害届を出すって張り切っていた」

「泣きながら張り切るのか……やっぱ日向っていい性格しているよな……」

 俺もそう思う。遥香もいい性格していると思うし。

「んで、ちょっとお前に聞きたい事があってよ」

 そう、身を乗りだしたヒロ。本題はそれか。

「バイクの免許って30万くらいだよな?」

「ああ。うん。ヘルメットとかブーツとか買えばそのくらい」

「俺はもうメット買っているからその分は必要ねえよな?」

 なんだこいつ?お金節約したいのか?

 その旨を訊ねると、普通に頷いた。

「パン屋のバイト、辛すぎるからよ……早いとこ逃げたいんだよ……」

 随分甘えた事抜かしているよな。普段無節操にお金使うからそうなるんだ。自業自得だ。

 だけど、お金を節約したいって気持ちは充分理解できる。

 俺も夏休みに取ったけど、この事を知って後悔したからな。

「安く済ませる方法はある」

「なんだその方法!?幾らくらいだ!!早く教えろ!!」

 胸倉を掴む勢いで詰め寄られた。すげー必死でウケるんだけど。

「笑ってないで早く言え!!」

「笑っていたのか俺。いや、お前の必死さ加減が面白かったからさ」

「お前もいい性格してるよな!?」

「まあまあ。合宿免許だよ。10万くらいで済ませられるし、10日くらいで免許が取れるからお得だ」

「なんだその夢のようなシステムは!!どこの教習所だ!?」

「教習所は調べなきゃ解らないけど、文字通り『合宿』だから、泊まり込まなきゃいけないぞ」

「え………?」

 絶句した。まあそうだろう。俺の場合、誕生日が夏だから、夏休みに合宿免許を申し込めば良かったかもしれないが、ヒロは春に免許を取る。

 GWも10連休は無いだろうから、合宿免許はちょっと厳しい。

「だけど、10日ってのは目安だから、8日ってのもあったはずだし、お金も8万くらいのもあった筈。ちゃんと調べなきゃ解んないけど」

「それでも厳しいだろ……夏休みに取るんなら兎も角よ……」

 まあそうだな。だから普通にお金使って日数を使え。それが一番確実だ。

「くそお……やっぱパン屋からは逃れられねえのか……!!」

 床をバンバン叩きながら。親父下でマッタリしてるんだけど。

「因みにパン屋さんて時給幾ら?」

「あん?1100円。早朝勤務だからちょっと高いんだよ。だけど……」

 三時間程度だから一日3300円。それを大体25日だから、82500円か……

「4か月働くだけでいいじゃねーかよ?」

 上手く行けばGWまでには返済終了だ。つか、俺もやりたいくらいだ。

「そこまでが長ぇだろ。大体ジムもあるし、赤点回避の為に勉強しなきゃなんねえしで、自由な時間が殆ど無い」

 夜は直ぐ寝ちまうしな、と、遠くを見ながら言った。

「どうせ免許取るのは春なんだから、それまで頑張ればいいだろ」

「結局その結論に達するんだよな………」

 やはり遠い目でそう言った。

「……お前はそんなに金に困っちゃいねえようだけど、なんで?」

「なんでって……こっちの俺もそうだろうけど、外に出歩かなかったし、お金使う機会があんま無かったから貯金して……」

「ああ、お前ボッチだったもんな」

 うるせーな。その通りだよ。だけど免許代全額貯金で賄えたんだぞ。しかも親から殆ど戻って来たし。

「その割には結構物があるよな、お前の部屋」

 そう言って部屋を見渡すヒロ。言うほど無いように思うけど。テレビにブルーレイにノートパソコン。俺って滅多に漫画も買わないから、本棚も無いし。

「このくらいは誰だって持っているだろ。パソコンはオヤジのお下がりだし」

「家電でいや、新しくビデオカメラも買ったじゃねえかよ。つか、なんでゲーム機買わねえんだ?」

「やらないからだ」

 やりたいものも無いしな。エロゲーはやってみたいと思うけど。

「モンハンとかやりたくねえの?」

「別に。ゲーム自体にあんま興味ないし。昔のゲーム機でやれるゲームはソフトあればやる位程度だ」

 オヤジが持っていたゲーム機でな。因みにプレステ2。ソフトも10本くらいあった。年代物だがちゃんと動くから捨てるのが勿体ないから持っているのが理由だそうだ。

 対してこいつは物持ちだ。小型冷蔵庫もそうだが、ゲーム機も数種持っているし、遊ぶソフトも結構持っている。その無駄使いをやめればお金は貯まると思うのだが。

「まあ、だけどバイト継続はいいと思うぞ。夏のキャンプ資金もあるんだし」

「夏のキャンプかー……なんか今から楽しみだな。お前の話があったから尚更だ」

 繰り返し中のコテージの話は、結構みんな食い付いていた。みんなキャンプ好きなのかな?

「行くメンバーは決まってんのか?」

「流石にそこまでは……国枝君と木村はすげえ乗り気だったけど。生駒も楠木さんから誘われたら行くだろうし」

 つか、今から夏の話はいらん。今の重要案件は川岸さんなのだ。お前の早朝バイトの話じゃない。

「夏の話は今はいい。木村と北商に行って川岸さんに意識させる作戦だが、お前も来い」

「いや、行きてえのは山々だがよ、バイトで眠いから……勉強もしなくちゃいけねえし、ジムもあるしで……」

 勉強もジムも俺はやっているんだけど、早朝バイトくらいなんだってんだ。友達甲斐の無い奴だな。

「他の奴はどうなんだ?国枝とか……」

「国枝君は藁人形探索に回っているから無理だ」

 女子だけの集まりで国枝君一人が男子として頑張ってんだぞ。単純に大変だぞ。これ以上の負担は求められないだろ。

「生駒とか……」

「お前よりもバイト大変じゃねーか。交通誘導や引っ越しのヘルプも来るんだぞあいつ」

 ラーメン屋だけでも大変なのに、それ以上の事までしてんだ。あんま負担は掛けられないだろ。

「河内とか大雅とか玉内とか……」

「隣町だろ。こっちに来るだけで一時間以上かかるんだぞ。倉敷さん達も持てあますわ」

「ま、松田……ほ、ほら、倉敷の彼氏になった訳だし」

「農業高校は俺達の想像以上に忙しい。お前の早朝バイトなんか屁でもないくらいに」

 いや、別に木村と二人だけでも充分なんだけどもな。ヒロは何となく引っ張り込んだ方が面白そうだから。

「つか、今来たらそんな手間も省けていいんだけどな……」

 そう言ってカーテンを何気なしに開ける。

 あの電信柱の影からこの部屋を覗いていたんだよな……

「今居たら俺がぶっ飛ばしてやるのに」

「俺は完全被害者のポジを揺るがしたくないんだよ」

 だからぶっ飛ばすとか考えるな。だけど河内も生駒もぶっ飛ばすのは賛成なんだよな。

「つか、話していたら喉が渇いたな。隆、コーヒー」

「今から淹れるのも面倒くさい。自販機に行って来い」

「まだ10時回ったばっかじゃねえかよ。面倒臭がる時間でもねえだろ」

 まだ寝る時間じゃないからセーフとでもいうのか?まあそうだけど。

「仕方がないな…じゃあちょっと待ってろ」

 立ち上がろうとした俺の腕を掴んで止めるヒロ。

「なんだよ?」

「たまに紅茶が飲みたい。日向が置いて行った奴があるだろ」

「麻美に電話で飲んでいいか聞いてくれ。俺のじゃねーんだし」

 それもそうかとスマホを出すヒロ。え?マジで電話すんの?冗談のつもりだったんだけど!!

 そんなに紅茶飲みたいの!?お前紅茶ってキャラじゃねーだろ!!


 翌日。ロードワークをきっちりこなして学校に赴く。

 教室に入ると既に来ていた国枝君が寄って来た。

 そして小声で訊ねて来る。

「北商裏手の雑木林の事、聞いたよ」

「ああ、うん。盲点だったよな。木村が気付いてくれてよかった」

「君が北商に行く事も聞いたよ」

「ああ、うん。そういう事になったから」

 なるべく小声で、要点をぼやかして。

「僕も何か手伝いたいんだけど、いいかな?」

「……北商に一緒に行きたいって事?」

 頷く国枝君。その瞳には強い決意が見えた。

「君に近付かせないのは木村君だけでも充分だけど、話題を広げる為には人数もいた方がいいんじゃないかと思って」

「話題って?」

「なんでもいいよ、話題は、今日の天気や朝ごはんのメニューでもいい。要するに倉敷さん達以外の、北商以外の、更に言えば槙原さんや日向さんじゃ無いガヤは必要じゃないか、って事だよ」

 要するに、他校の男子生徒が、俺と共に倉敷さん達と和気藹々している様を、もっと大袈裟に見させる、って事?

「小さな事かもしれないけど、ひょっとしたらそれが期で僕の所にも顔を出すかもしれない。僕もビデオカメラを持っているしね」

 ストーキングされる対象になるって事か……国枝君に苦手意識を持っているから、弱みを握ろうと覗き見する可能性はあるかもな……

「いいけど、国枝君の所に行くか解んないよ?」

「万が一だよ。言っただろう?小さな事だと。だけど、何もしないよりは確率は上がる」

 小さな可能性でも可能性には違いないと、国枝君は言っている。

「……解った。じゃあ早速今日から行くけど、国枝君も来る?」

「うん。じゃあ放課後、宜しく」

 そう言って自分の席に戻る国枝君。入れ違い的に赤坂君が登校してきた。

「おはよう緒方君。ちょっといいかな?」

「おはよう赤坂君、なんだ?」

 赤坂君、言いあぐねて、それでも根性出して口を開いた。

「あ、あの、バイクの免許ってどのくらい掛かった?」

 超ビックリして固まった。赤坂君が免許を取るだと……!?

「え?あれ?僕何かおかしなこと聞いたかな……?」

「はっ!?い、いや、なんでも無い。えっと、ヘルメット。手袋、ブーツ込みで30万くらい」

「そうか……そのくらい掛かるかやっぱり……」

 ブツブツ考え込む赤坂君。

「免許取るの?おさげちゃんの為に?」

「あ、う、うん。電車で会いに行ってもいいけど……」

 なんか照れてごにゃごにゃと。

 ちゃんと恋人続いているんだな。外見で選ばなかったおさげちゃんマジ天使。つっても赤坂君、中身もオタクだけども。

「じゃあ免許はいつ取るつもり?」

「GW前には……」

 やはり照れてごにゃごにゃと。おさげちゃんと遠出するつもりか。

「バイクはなにを買うつもり?」

「え?スクーター……」

 スクーターか…楽で良さそうだけどもだ。

「50CCは二人乗り禁止だろ?」

「え?僕が狙っているのは所謂ビックスクーターって呼ばれている400CCのスクーターなんだけど……」

 なに!?スクーターにも400があったのか!?俺はてっきり原付しか無い物だとばかり思っていたぞ!!

「だけど車検の関係で、250CCの方がいいかな、とも思うんだけどね」

 ああ、俺も250でいいやと思っていた時期がありました。

 だけど木村と国枝君が煩かったからな……

「何か困った事でも思い出したのかい?難しい顔になったけど」

「ああ、うん、まあね」

 まあ、結果的には良かったとは思うけども。曲がらないイタリア車を超激安でゲットした訳だし。

「まあ、バイクの心配は置いといて、先ずは免許だろ。30万は大金だし」

「うん。お金はどうにかなると思うんだけど」

 ほう、赤坂君も散財しないタイプなのか。貯金が結構あるようだ。

「正月に爺ちゃんの家に行った時、レア物のオモチャが大量にあったからね。それを全部貰ったから」

「え?オモチャってお金になるの?」

 せいぜいリサイクル屋さんに売って小金を得る程度じゃないの?

「爺ちゃんが結構な道楽者だったようで、年代物のブリキのおもちゃがいっぱいあったんだ。ちゃんと動く物も結構あってさ、それを貰ったんだよ。あと、親戚のキン消しもいっぱいあったからそれも貰った」

 キン消し?そんなモンに価値があるのか?

「マンモスマンもあったから10万越えも期待できるし」

「10万!?あんなもんにそんな価値が!?」

 ビックリして立ち上がった。クラスメイトが何事だと俺を見た。

「ちょ、声が大きいよ緒方君。あんま知られたくないんだから」

「あ、う、うん、ゴメン。ビックリしちゃって……」

「まあ、気持ちは解るよ。興味がない人にとっては何の価値も無い物だからね。僕もお金になると知らなければ、くれると言っても貰わないよ」

 そりゃそうだ。欲しい人にとっては何が何でも欲しいんだろうし。

「だけどラッキーだな赤坂君。免許代がクリアできる分くらいの値段にはなるんだろ?」

「多分、としか言えないけどね。その他にもいろいろあったから、なんやかんやでクリアできると思うけど」

 不敵に笑う赤坂君だった。結構な自信があると見た。ついでにバイク代も捻出できれば言う事は無いんだろうけど。

 しかし世の中解らんもんだな。俺ん家にもひょっとしたら価値ある何かがあるのかもだ。

「おはよ、ダーリン、今日もかっこいいね」

「おはよう緒方君。赤坂も」

 遥香と横井さんが登場したので、雑談は終わり。赤坂君が目で喋るなと訴えて来たから終わったのだが。

「おはよう槙原さん、横井さん」

 このように、赤坂君も横井さんにちゃんと挨拶を返せるようになったのだ。以前は話しただけで嫌悪感を抱いていたのに。

 ともあれ、俺も挨拶せねばだ。

「おはよう横井さん。俺の彼女は相変わらず世界一可愛いな」

「……うん。冗談で言っているのは解るのよ?だけどやはりこう言わざるを得ないわ。バカップル」

 笑いに包まれる俺の席の周り。最早定番と化している。

「ははは。前の席でも毎日やっていたよね。これが無くなると寂しく感じるかもね」

 以前も席が近かった市村さんがそう言った。まあ、無くなれば別れたと思われても仕方がない程だよな。

「おーす。また馬鹿な事やってたのかお前等。笑い声が廊下まで聞こえて来たぞ」

 蟹江君がやや呆れて登場。

「おはよ千明。また遥香達の挨拶に突っ込んでんの?」

 やや遅れて教室に入ってきた黒木さんにも笑い声が聞こえたようだ。

 これで俺の周りは全員揃った。ど真ん中最前列のヒロの姿はまだ見えないが。

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