北商~004

 さて、放課後だ。ヒロはバイトのダメージがきつくて寝ると言ってとっとと帰っちゃったし、国枝君は用事があるとか言ってとっとと帰っちゃったし、今日は遥香と二人だけだ。

「ごめんダーリン。今日ちょっと用事があるから、先帰ってて」

 拝むように言われた。え?珍しいな?

「用事って、学校で?」

「学校でって訳じゃないけど、さとちゃんと美咲ちゃんとで街に繰り出す約束があるからさ、さとちゃん日直だからちょっと遅くなるんだよ」

 ああ、遥香も社交的になった事だから、女子同士で遊ぶ事もあるからな。

「解った。じゃあ先に帰るよ」

「うん。ごめんね?また明日」

 申し訳なさそうに手を振りながらそう言う。いや、そんな顔しなくてもいいから。

 友達と遊びに出るのも俺にとっては喜ばしい事だから。お前、戦略ありきで友達作る節があるからな。それを除外できる数少ない友達との約束なんだから。

 なので一人寂しく帰路に着く。

 訳でもなく、途中で一緒になった春日さんと、十字路まで一緒に帰る事になった。二人っきりは珍しいけど。

「俺はてっきり国枝君の用事と春日さんがセットだって思っていたよ」

「……彼、今日はバイク屋さんに行かなきゃいけないらしくて。何度もゴメンって言っていたよ。気にしないでって何回も言ったんだけど」

 クスッと笑いながら。俺と似たような事、春日さんもしていたのか。なかなか近親感がありますな。

「……そっちこそ珍しいね。遥香ちゃんと一緒じゃないなんて」

「ああ、なんか里中さんと楠木さんとどこかに行くみたい」

「……ああ、そう言えば、私も誘われたよ。バイトがあるから無理だけど、絶対協力はするって約束したから」

 そうかそうか。春日さんも誘っていたのか。

 ……協力?

「あ、あの、春日さん?何の協力?」

「……何の、って……麻美ちゃん、五寸釘打たれていたんでしょ?神社で……」

 その話は確かにみんなに話したが……

「……美緒ちゃんの学区にも無人のお寺があるし、美咲ちゃんの家の方にも無人の御社があるから……そこを探りに」

「え?な、なにを探りに?」

「……だから、他に藁人形が打ち込まれている場所」

 藁人形探しかよ!!人気のない神社とかお寺だろ?危ないだろ!!

「ちょっとそれは危ないだろ!なんであいつ、俺に黙って……」

「……え?木村君が言っていたでしょ?川岸さんは女子でやるって」

 ……言ったっけ?言ったような、無理やりそうなったような……

 確か……川岸って女は、女共が何とかすんだろ……だっけ?

 それ単に木村の予想だよ!!予想通りに事が進んでいるだけだよ!!

「……予想外、って顔しているけど、今更だよ?だって五寸釘事件以前にちょこちょこ追っているもの」

「え?そ、そうなのか?」

 コックリ頷く春日さん。本当に今更って顔をしていた。

「……国枝君も追っているし、綾子ちゃんも中学時代の友達から話を聞いているよ」

 え?マジで?何で俺、それ知らないの?

「……優ちゃんもなんだかんだやっているし、大沢君も協力している筈だけど……」

 え?本気で俺だけ蚊帳の外?なんで?

「……ああ、緒方君、ひょっとして知らなかったんだ?」

 頷いた。何度も高速で。本気で今知ったからだ。

「……大袈裟に動いていないからね。川岸さんに知られたくないから、親しい人だけで動いているから……」

「俺は親しくねーの!?」

「……ち、違うの。そうじゃなくて……緒方君、解りやすいから……」

 慌ててブンブン首を振って否定する。いや、俺も流石にそのくらい承知しているから。

「まあ……言わんとしている事は解った……『これは女子の仕事だから、男子は極力手を出すな』ってことだよな?」

「……ちょっと言い方が乱暴だけど、そうなるのかな……それに、内緒にしていた訳じゃなくて、多分緒方君が何も聞かなかったんじゃないかな……」

 そりゃ何も聞かないよ。知らねーんだもん。知っていたら聞くよそりゃ。アレか?聞かれて無いから言わなかったってヤツ?

 まあ、それは兎も角だ。

「それは聞いたら教えてくれるって事でもあるよな?」

 じーっと春日さんを見ながらそう言った。あうあうした春日さんも可愛い。

「えっと、木村とか河内も知ってんだろ?」

「……うん…多分……」

「じゃあ俺も知ってもおかしくないよな?内緒にしている訳でもないんだから」

「……うん…多分……」

 多分ってなんだよ。何もしねーよ女子になんか。なんかやったらこっちが悪くなるだろ。

「じゃあ質問だ。何処まで掴んだ?」

「……掴んだってのとは違うよ。今やっているのは川岸さんからシンパを切り離す工作」

「そういや川岸さんって北商から徐々に孤立して行っているって話だよな。それも遥香達が?」

「……全部って訳じゃないけど、少しはそうかな……彼女、自滅して行っているから。占いもトリックとか使っているってバレているし、信用が無くなっている。そこは倉敷さんの活躍がかなりのウェイトを占めている筈だよ」

 倉敷さん、元々川岸さんを論破しまくっていたからな。それは今更だ。その話は俺も知っているし。

「神社に藁人形を探しに行った理由は?」

「……警察に届ける為。通報って形を取るみたいだよ。緒方君にあまり酷い事するなって言われたから、この程度にしておいてやる、だって」

 クスッと笑う春日さんも可愛いが、ちょっと待て。

「それって川岸さんの仕業だって解らないだろ?」

 通報しても意味ないんじゃねーの?川岸さんは捕まらないんだから。

「……藁人形には麻美ちゃんの名前と住所が記されているんでしょ?それも複数の神社とかお寺にあるんでしょ?」

 成程、警察の方に捜査して貰うって事か…

「だけど警察が動くとは限らないだろ?」

「……被害者が訴えれば捜査はするでしょ」

 麻美が訴えるって事か……そうなると、どうなる?

「……少なくとも北商は退学になるんじゃない?あそこ、厳しい学校なんでしょ?深夜徘徊、しかもいやがらせ。ストーカー防止法も適用されるのかな?そこは麻美ちゃんの訴え次第だろうけど」

 元々そのつもりだったか…俺も似たような事やろうとしていたし、人の事は言えまい。

「じゃあ俺も手伝っても良くない?」

 何故俺をのけ者にするのか。そればかりは解らん。

「……だから、川岸さんは女子だけで」

 そうだったそうだったが……

「ヒロや国枝君も協力しているんだろ?」

「……国枝君は責任感で。大沢君は……解んない」

 ヒロは波崎さんに命令されて、だろ。つか国枝君が責任を感じる必要は全く無いと思うんだけどもなぁ……

 じゃあ俺も動いた方がいいんじゃね?せめて藁人形探しに加わるとか。

 その旨を言うと、ブンブン首を横に振られた。

「……だから、川岸さんは女子だけで」

「だ、だけど、俺だけ何もしていないのは心苦しいって言うか……」

「……緒方君が動いたのを知られたら逆に喜ばれるとか、ない?」

 ……あり得るな。どんな形であれ、俺と接点を持ちたいのが川岸さんの思考の一つ。そうなれば迂闊な事は出来ないよな。

 当事者の俺が何もしないの!?それもなんだかなあ……

「……大人しく吉報を待ってた方がいいよ。遥香ちゃんや麻美ちゃん、もっと言えば、私達を信用しているんなら」

 そんな事言われちゃ、絶対に動けない!!

 俺はジト目で春日さんに言う。恨み節的に。

「春日さんもなかなか意地悪だよなぁ」

「……褒め言葉として受け取るよ」

 クスクス笑いながら。やっぱ可愛いな。

 まあ、だけど。友達を信じろと言われば、だ。

「解った。大人しくしてる。だけど、この前のように、深夜に俺の部屋を覗くような真似したら、今度は通報するからな」

「……それはお任せするよ」

 今度はお互い笑い合いながら。そして頃合いのように十字路に差し掛かったので、俺達はそこで解れた。


 日曜日。三学期に入って初めての休日。いつもは遥香が遊びに来たり、遊びに誘ってきたりするが、今日は無い。

 相変わらず藁人形の捜索を続けているのだ。休日なのに大変だな。だから手伝いたいって話なんだが。

 春日さんに聞いた次の日、当然遥香にも問い質した。つうか、普通に訊ねた。

 そしたらあっさりと認めた。誤魔化す事無く。やっぱり内緒にしている訳じゃ無かったのだ。

 やっぱり手伝うと言った所、春日さんが言った事、そっくりそのまま言われた。解っていたこととはいえ、ちょっとしょんぼりする。

 そんな訳で、本日日曜日は久しぶりのフリー。

 って訳でもなく。

 俺は西白浜駅で缶コーヒーを飲みながらベンチに腰かけているのだ。理由は……

「悪い、待ったか緒方君」

 呼ばれて振り向くと、大雅の姿。

 だけじゃない、多分南海生と思しき連中がワラワラとやって来た。

「別に俺に挨拶とかいらないんだぞ?木村と河内だけでいいだろ」

 半ばげんなりしながら南海生を見て言う俺。

「木村に紹介するついでだよ。緒方君、一応君が嫌いな人種ってのを省いた人数だから、これが全部って訳じゃないけど、南海大雅派20名だ」

 一斉に辞儀をする南海生。だからそんな真似すんなよ。俺ってそっち側の人間じゃねーんだから。

「んで、猪原を裏切った野郎はちゃんと粛清したのか?」

 いつまでも辞儀させる訳にはいかないので、強引に話題を変えた。

「休み明け、早々に。そいつから他に牧野に鞍替えした奴等を聞いて、そっちも叩いたし、牧野も改めて叩きのめしたよ」

 横から長野も乗っかって来る。

「最初は正輝の変貌に困惑していた二年、三年だけど、猪原さんを本当の意味で慕っていた先輩達も、正輝に付いたよ。だから大雅は事実上南海のリーダーになった」

 猪原が根回ししたって事なのか?甘さを捨てて先を見た結果がこの粛清だって事だし、牧野もぶちのめしたしで、言う事が無くなったんだろう。

「じゃあ深海は?」

「片山のグループだけなのは相変わらずだけど、その片山派も人数が増えたからね。結構な大所帯になったかな?」

「んじゃ内湾は?」

「さゆは別にグループを作っている訳じゃないけど、南海の保護対象なのは相変わらずかな?そう言っても元々南海と深海、内湾は部活連の協力体制があるからね。ちょっとやそっとじゃ分裂しないよ」

 ふーんと、実はあんま興味無かったりする。

「つうかお前が牧野をやったってのは結構意外だが?」

「そうか?南海を荒らそうって連中だし、潮汐と組んだしで、元々倒す理由はあったじゃないか。人数が厄介だって事と、猪原さんの方針で手が出せなかっただけで」

 まあ、そんな事も確かに言ってたよな。

「じゃあ牧野は俺もやってもいいんだよな?」

「俺がやったからもういいじゃないか。その前に松田にも負けたんだしさ」

 まあ、俺は引いてもいいんだけど、ヒロと生駒が煩くなりそうだが。

「おう大雅、待たせたか?」

 やって来たのは木村。福岡派全員連れて。

「やっぱり緒方君にも面通ししたのかよ。あの人見境ないからな。正解だ」

 福岡が長野にこそっと言った。聞こえているんだけど。

「つうか、俺もういいだろ?俺よりも黒潮じゃねーの?」

「河内はまだ腕折った儘だろ」

「流石に怪我人にこっちに来てくれとは言えないだろう」

 木村と大雅に突っ込まれたが、いいだろ別に。河内になんか気を遣うな。

 それよりも、と、俺の肩に腕を回して奴等に背を向ける。

「なんだよ?内緒話か?」

「安田をぶっ叩いた。お前の情報を須藤に流した粛清でな。阿部と神尾が証拠を掴んで俺に教えて来たんだ。奴等に礼言っとけ」

 安田をぶち砕いた!?阿部と神尾からのリークで!?

「詳しい事は後だ。まずは報告って事でな」

 そう言って肩から腕を外す。

 まあ、今はこの人数で、関係無い奴しかいないから、詳しい事は言えないだろう。

 じゃあ帰る訳にはいかねーじゃんか。解散した後、その話をしようとしてんだろ?だったら残らなきゃいけないが、友好校協定は俺に関係ないから、ただの置物になるだけなんだが。

 二、三時間したあたりか。西高生と南海生のゴチャゴチャしたやり取りが終わり、再び駅に戻った。

「じゃあ俺は木村と緒方君と話があるから残る。さゆに確認取ってくれ。報告もついでに」

 ビックリして大雅に目を向けた。橋本さんに報告すんの?保護対象校だろ内湾は!?ゴチャゴチャした協定内容なんかあんま関係ないだろうに?

「解った」

 長野も了承すんのか!?

 と、思ったら、福岡派全員が駅に入っていく。

「え?ど、どこか行くのか?」

「はあ?緒方君、聞いてなかったのかよ?今度は俺達が南海の連中と友好関係を築くために出向くんだよ。夕飯の準備も頼んだだろ?」

 福岡がそう言うが、お前等の話なんか半分以上聞いちゃいねーつうの。だって俺関係ないんだから。

「南海生にだけ来させるなんてフェアじゃねえだろ。五分の協定なんだからよ。だからこっちも出向いて挨拶すんだよ。向こうに着く頃には晩飯の時間だから、橋本飯店に安い料理の提供を頼んだって事だ」

 な、成程、五分にあくまでもこだわる訳か……橋本さんに確認って事は、晩飯の人数とか料金の事か?

「じゃあお前も行かなきゃいけないんじゃねーの?」

 頭の大雅が来たんだから、頭の木村が行かなきゃいけねーんじゃねーの?

「俺はお前と話があるから行けねえんだよ。お前に南海に行けとは言えねえだろ。友好校協定の話によ」

「だから、友好校協定は俺には関係ないだろ?」

「南海のそれっぽい奴が白浜に顔出したら、お前殴るだろ?」

 まあ、そうかもな。だけどいきなりは無いぞ?多分……

「緒方君には申し訳ないけど、友好校協定の内容に君を組み込ませて貰った。事後承諾になるが、その話をしたいから俺も残ったんだ」

 ふうん。お前等の友好校協定に俺がねぇ……

 全く関係ないな。つうか巻き込むなよ!!お前等だけで粛々とやればいいだろ!!

「ふざけんなよお前等!!俺は関係しないって何回も言ったじゃねーかよ!!巻き込むんじゃねーよ!!」

「そう言うと思ったが、先ずは落ち着け緒方。なあに、巻き込んじゃいねえ、ちょーっと約束して貰いたいだけだ」

 ドウドウと宥める木村だが、知った事か!あれ以上の譲歩をしろってのかお前は!!

「ちょっと早いが、夕食にするか?木村、案内してくれ」

「そうだな。食いながら話すか。緒方、どこがいい?」

「だから巻き込むなっつってんだよ!!晩飯?知らねーよ!!俺の一押しはおたふくだけど!!」

「おたふくがいいそうだ。大雅、お好み焼きは大丈夫か?」

「ああ、いいよ。俺も結構好きだからな」

「だからお前ら二人で行けよ!!巻き込むなっつってんだよ!!」

 この様に散々騒いだが、お人好しにも結局おたふくに同行してしまった。

 ちくしょう。これと言うもの、ソースの焼ける香ばしい香りを思い出したからだ、許せんぞ、おたふく!!

「結構歩いたな」

「仕方ねえだろ。緒方が此処がいいっつうんだから」

 何か知らんが俺のせいみたいになっているし!!

「先ずは入ろうか。ああ、ここは天むすが美味いぞ」

「へえ?それは興味があるな」

 興味津々の大雅だが、俺はその天むすしか頼んだ事が無いんだ。

 今回こそ絶対にじゅうじゅう言わせる!!絶対に天むすは頼まない!!と、固く誓って暖簾をくぐった!!

 座敷席に通されてメニューを開く。素早く。

 天むす以外のお好み焼きを頼むためだ。グダグダしていたらまた天むすになっちゃう可能性があるからだ。

「俺はイカ玉にするかな。お前等はどうする?」

 何と!!木村がもう決まっただと!!この流れはマズイ。またなし崩しに決められちゃう!!

「俺はミックス!」

 もうじゅうじゅう言わせたらなんでもいい。定番中の定番だが、じゅうじゅう言わせたらなんでもいい!!

「じゃあ俺は……その天むすを貰おうかな。それと牛スジ」

 大雅の注文に衝撃を感じる俺!!落雷が落ちたが如くのエフェクトを持って大雅を見た!!

 そうか、そうだよ!!素直に二品頼めばよかったんだ!!今の大雅のように!!なんでそんな簡単な事に気付かなかなかったのかな!?まさに目から鱗だよ!!

「じゃあ店員呼ぶか。っと。丁度いいところに」

 呼ぼうと思ったら通りかかったので、木村がそのまま呼び止めた。

「俺はイカ玉と烏龍茶。それと…」

 大雅の方を見たので、大雅が口を開いた。

「天むすと牛スジ、それに冷たい緑茶を」

「すみません、牛スジは品切れしておりまして……」

「あ、そうなんですか。じゃあ焼うどんと緑茶」

 売り切れなら仕方がないよな。注文を変えるのは仕方がない事だ。だけど天むすは頼まないのか?

「俺はウーロン茶と天むすを」

 言って我に返った。

 違う!!天むすじゃない、ミックスだ!!大雅が天むすを頼まなかったから、頭に天むすって単語があっただけで!!

 訂正する前に、畏まりましたと去っていく店員さん。呆然としたのは言うまでもない。

「前も天むすだったよなお前。ホント好きだな。旨いけどよ」

「そうだろう?うまいからな。はっはっはっ」

「どうした緒方君?なんか瞳に生気がないような?」

「きのせいだろ?はっはっはっつ」

 生気も無くなるわ。俺は多分この店じゃ天むす以外に頼めないんだ。そう言う呪いに掛かってんだ。

 ちくしょう!!誰が俺にそんな呪いを掛けた!!絶対にぶち砕くからな!!

 しかし、しかしだ。じゅうじゅう言わせるチャンスはまだある。

 追加注文としてお好み焼きを頼めばいいだけだ。

「だが、天むすは本気でうまいからな。早めの晩飯だから後で腹減るかもしれねえから、追加で頼むか」

 おお!木村も追加注文をするとは!これでハードルがグンと下がったぞ!何のハードルかちょっと解んないけど。

「俺は元々注文するつもりだったからな。さっきは忘れたけど、追加注文にしよう」

 大雅も追加するとは!元々頼むつもりだったから抵抗が無さそうだけど。

 そうと決まれば、俺もメニューを再物色だ。どうせならミックス以外の物を頼みたい。

「お前ミックスじゃねえのかよ?」

「うん?まあまあ」

「丁度いい所に店員が来た。呼び止めよう」

 なに!?もう注文するのか?まだ決まってないんだけど!!

 どうなさいましたと店員さん。木村が追加注文をする。

「天むす追加で」

「俺も天むす」

 既に二人は注文しやがった!!まだグダグダしていると天むすになっちゃう!!

「俺は…俺は……!!」

 メニューを見ながら思考を加速させる俺。お好みなら何でもいい。ミックスでもいい。

 あとは慎重に口を開くだけだ!!

 うお、ヤバい!焼きそばゾーンの方に目が行ってしまった!大雅の野郎、焼きうどんなんて頼むから!!

「ご注文は?」

 うおおおおおお!!急かすんじゃねーよ!焼きゾーンから目が離せなくなったじゃねーか!!

「俺は!俺はっ!!!」

 焼き…じゃない、お好み焼き!!ミックスでもなんでもいい!!早く口に出せ、俺!!!

「俺は!俺は!!俺は!!!」

 焼き…じゃなくて!お好み焼き!ああ!なんでもんじゃ焼きの方に目が向くんだよ!!!

 そうじゃなくてミックスだってば!!もんじゃ焼きにもミックスってのがあるけども!!

「あの、ご注文は?」

「焼き………っく!!」

 肩で息をする俺。危うくもんじゃ焼きって言いそうになったぜ!つか、早く焼きゾーンから目を離さないと…

「焼きおにぎりとか言いそうに「焼きおにぎりですね。畏まりました」………え?」

 いや、違う。俺はお好み焼きを……

 遠くなって行く店員さんに、そう呟くも、聞こえる筈も無かった………

「お前、天むす頼んだだろうに、まだ米食うのかよ?」

 呆れ顔の木村だった。いや、俺はお好み焼きを……

「緒方君の頼んだ焼きおにぎりってのは、醤油と味噌の二種類なんだな」

 そうなの?どうでもいいけどもな。

「なんでやさぐれてんだお前?」

「やさぐれてなどいない」

 焼きおにぎりを頼んだ程度でやさぐれるか。ちょっと想定外だっただけだ。

 ちくしょう。こうなれば焼きそばとかもんじゃ焼きでも良かったぞ!!なんで米の塊を四個も食わなきゃなんねーんだ!!

 この店ではお好みをじゅうじゅう言わせられないんだ。これが俺の定め。業!!

 こんな事で業を感じるのか俺!!どんだけダメージ負ってんだよ!!

「焼きおにぎり、お待たせしましたー」

 しかも一番最初に来るのかよ!!一番最後に注文したにも拘らず!!

「……ん?白米を握っただけ?」

 大雅に言われておにぎりに目を向ける。

 三角に握られた米が二つ。その他に小さな壺が二つと……ヘラ?

「……自分で焼いて自分で味付けしろって事か」

 なに!?じゃあじゅうじゅう言わせられるのか!?お好みのじゅうじゅうとは違うんだろうが、それは思わぬ嬉しい展開だ!!

 早速鉄板におにぎりを置く。じりじりとご飯が焼ける音。じゅうじゅうではやっぱりなかった。

 頃合いかとひっくり返す。いい感じに焦げ目がついていた。

 此処でタレをヘラを使って塗り込む。

「おおう!醤油の焼けるいい香り!」

 鉄板に零れた醤油がじゅわっと焼けて、辺りに香ばしい香りを撒き散らした。

「うまそうな臭いだな……」

「そうだね。焼きおにぎりもなかなかうまそうだ」

 ふふん。醤油の香りにときめいたか?だが、それだけじゃねーんだぜ!!

 もう一個は味噌ダレだ!!こっちも味噌が焼ける香ばしい香り!!

「味噌も美味そうだな……」

「ああ、だけど、これから天むすも来るんだろう?おにぎり四つは流石に多くないか?」

 うるせーな。多いに決まってんだろ。注文ミスしただけなんだからほっとけよ。

「天むすお待たせしましたー」

 ぬう、ここで天むす登場か……まだおにぎり片面しか味付けしていないってのに。

「来たぜ大雅、早速食おう」

「うん。戴きます」

 そう言ってパクリと被り付く。大雅、目を剥いた。

「これ美味いな……想像以上だ……」

 そうだろうそうだろう。ここの天むすはうまいんだぞ。俺ってそればっか注文してんだから。

 夢中でパクつく大雅。あっという間に完食した。

「いや、これホント美味いよ。なんならもう一度頼みたいくらいだ!」

 追加注文までしたいのか?だったら……

「じゃあ俺の天むすと焼うどんを交換するか?」

「いや、それは流石に悪いからいいよ」

 マジで遠慮しないでくれ。俺もじゅうじゅう言わせたいんだよ!

「イカ玉と焼うどん、お待たせしました」

 もう来ちゃったのかよ。まだ交渉もしていないのに!!

 俺の嫉妬の心境なんかつゆ知らず。木村と大雅が焼き始めた。

 つか、やきうどんの醤油の香り!焼きおにぎりよりも強い!!

「へえ?いい香りだな。緒方君の焼きおにぎりよりも更に強い香りだ」

「そうだな。焼うどんも美味そうだ。それはそうと、緒方」

「なんだよ」

「焼きおにぎり、焦げてねえか?」

 言われて慌ててひっくり返す。木村の言う通り、焼きおにぎりは焦げていた。

「ちょっと焦げたようだけど、大丈夫そうだな」

「うん………」

 焦げた焼きおにぎりを口に運ぶ。やっぱり焦げた焼きおにぎりは、少し苦く感じた……

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