北商~003

 ま、まあまあと、ひとつ咳払いしてリセットする。

「ぶ、文化祭ね。だけど二年になってからの話を今するのか?気が早いような?」

「あ、ああ。そうだな。パンケーキ美味くてつい……」

「だけど、二年の文化祭は私達は多分忙しいよ」

 なんでここで乗っかって来るかな、ウチの彼女さんは。このままフェードアウトしたかったのに。

「また占いやるの?面白かったけど、あの長蛇の列はちょっとね」

 倉敷さんも広げるなよ。もうやんねーよ。二年になったら占い師、国枝君と蛯名さんしかいねーんだよ。

 二人いればいいのか?優勝狙う訳じゃねーから。だけど二年は花村さんと大和田君の事件があるから、あんま出しゃばりたくないな……

「占いはやらないよ。私が狙っているのは屋台の方。だけどまあ、ダーリンが言った通り、二年の話を今しても鬼が笑うって言うかね」

 屋台?大和田君の映画でも、花村さんがお化け屋敷をごり押ししても、被害が及ばない屋台に逃げようって事か?

 だけどそうなるのかはまだ解んないし、二年になってから考えてもいいだろ。今からは絶対に早い。

「ヤマ農は体育祭は5月か?」

 白浜のように秋は無いだろ。普通は春だ。中学の時は春だったし。

「体育祭はねえな。球技大会はあるけど。それは5月だ」

 へー!体育祭の代わりに球技大会!それはそれで面白そうだな!

「種目は?野球とか?」

「野球もそうだし、サッカー、バレー、女子は野球の代わりにソフトボール……あとバスケにドッチボールにセパタクロー」

 セパタクロー!?なんだその競技は!?初めて聞いたぞ!!ヤマ農オリジナルの競技か!?

「へえ?面白い競技があるね。松田君、去年はどの競技に参加したの?」

 何と!!彼女さんが突っ込まないだと!!じゃあセパタクローなる球技は本当のあるのか!?

「俺は野球とサッカーだったな。つうか人数がアレだから、殆どが掛け持ちしているよ。クラス対抗だからな」

「へえ?吉彦は野球とサッカーか。屋外競技の方が得意なの?」

 なんと!!倉敷さんも突っ込まないのか!!やっぱりセパタクローなる球技は実在するのか!!

「得意って訳じゃねぇけど、野球もサッカーも人数が必要だろ?だから入ったつうかな」

「へえ…なかなかクラス想いなんだねえ。因みに何位?」

「ヤマ農の球技大会は土日の二日間でやるんだけど、早く負けたら日曜日はフリーになる。おかげで俺は田掻きに回った」

「ああ、どっちもあまり芳しくなかったんだ」

 負けたから田掻きとやらを日曜日に行ったって事か…つか、田掻きって何?農業用語なんだろうけど……

「ウチのダーリンも体育祭で4種目掛け持ちしたよ。全部一位」

 ドヤ顔の彼女さんだった。その内一種目は失格になったけどな。

「緒方は運動神経良さそうだからな。納得だ」

「あの時は波崎とか生駒君とか、他校の生徒が応援に来てくれてね。お昼一緒に食べたりしたんだよ。楽しかったなぁ」

 確かに楽しかった。そして、川岸さんの動きが初めて見えた日でもある……

 遥香は目を細めて、思い出すように続ける。

「ダーリンって良くも悪くも目立っちゃうでしょ?他校の生徒も当然目を付ける訳」

「まあな。近いとは言え、隣町のヤマ農にも噂が聞こえて来たくらいだからな」

「うん、そうだね。じゃあもっと近い、白浜周辺の学校の生徒はどうだろう?ダーリンの噂、ちょっと洒落にならないから、見に来るにしても遠巻き。でも、近くで見られる方法もあるにはある」

 ゆっくりと倉敷さんの方を向いて。倉敷さん、抹茶ラテのカップを置いて、静かに頷いた。

「北商の生徒が緒方君を盗撮したんだよ。堀川って女子が」

 一種嫌悪感を表情に出した松田。だけど直ぐに治めた。倉敷さんも同じ北商だからだろう。

「緒方はツラいいから、他校にファンがいるって事じゃねえか?」

「ううん。いや、そうかもね。厄介なファン。ストーカーって言うのかな。それに纏わり付かれているって訳。私が槙原さんと友達になったのも、それが切っ掛け」

「そういや……お前が白浜の文化祭で同じ北商の女子と揉めたとか何とか……」

「お前?」

 結構な凄みで松田を見る倉敷さんだった。「はあ?」ってな表情だった。

「あ、いや、か、和美」

「言った!!漸く言った!!」

 立ち上がってテンション高く、松田に指を差したのは彼女さん。妙にはしゃいじゃっていやがる。

「やったね倉敷さん!!名前で呼んでくれたよ松田君!!」

「長かったー!!流れが全く無かったからねー!!もっと強引だったら早かったんだけど!!」

 なんだっつーんだ。さっきまでの会話は松田に名前を呼ばせるための切っ掛けなのかよ。

 松田なんかポカンとしているし、名前呼びがそんなに重要な事なのかね?付き合っている内に自然とそうなるだろうに。


 なんやかんやで向こうはデート途中。なので俺達はフレッシュで別れた。

「お前、はしゃぎ過ぎだろ。松田困っていたよな?」

 遥香の弄りと冷やかしと祝福で松田はぐったりしていた。倉敷さんは遥香と同テンションだったが。

「あはは~。お友達の幸せは嬉しいものですよ。ダーリンもそうでしょ?」

 確かにそうだが、あそこまでテンションは上がらない。お前絶対面白がっていた方が半分以上を占めていただろ。

「あはは~だけどまあ、倉敷さんと偶然とはいえ会えて良かったよ。川岸さんの行動範囲……って言うか、出没地点も多少聞けたしね」

 笑っていながら、目は全く笑っていなかった。寧ろ獲物を追い込もうとする狩人のような目つきになっていた。

「……植木君……って言うか、その先輩が見つけた峰山神社にまた来ると思うか?」

「ほとぼりが冷めた頃にまた来るんじゃない?その前に雨水神社に五寸釘打ち込みに来るかもね」

 北商の近くに雨水神社なる無人の神社がある。そこは森、つうか、林の中にある、人があんまり寄りつかない、寂しい神社らしいのだが、川岸さんの目撃例が数回あるとか。倉敷さんから仕入れたネタだ。

 だけど、そんな神社は結構存在する。俺が知らないだけで、白浜高校の近くにも無人の神社があるらしいし。遥香が言っていたから間違いはない。

 だから雨水神社の他にも、五寸釘を打ち込む場所はあるのかもだ。

 そうは言ってもどこの神社だろうが何だろうが、川岸さん程度じゃ呪いは掛けられないだろうが、気分が悪いのも事実。

 今度は容赦しない。北商及び警察に通報して、今までの所業を後悔して貰う。

 そして釘と言えばだが、改めて釘を刺そう。

「お前はあんま動くなよ。無間地獄に居るお前がどんな影響を受けるか解らないから」

「……多分だけど、無間地獄に私はいないと思う」

 びっくりして目を剥いた。いつ解放された!?

「……確かか?と言われれば微妙だけど、記憶が戻った時に、重なった……そんな感覚があったのよ」

「な、なんでその時言わなかった?」

「気のせいだって思っていたし、自信が無かったからね。確証がない事を口に出すのは憚れるって言うか……」

 な、成程、遥香は病的な程慎重だからな。確証が持てない事をあんま言わないか……

「だけど、完璧に融合した訳じゃ無く、なんて言うのかな…糸一本だけで繋がっているって言うか……だから、切れやすいし、切れたらまた地獄に戻っちゃうみたいな……」

 無間地獄から引き寄せたには引き寄せたが、脆いって事か?何かの拍子に戻ってしまうくらい脆いって事?

 だけどまあ、高校在学中三年間は戻れないと思うからな…仮出所みたいなもんで、一時帰宅みたいなもんだろう。

 だから本当に脆いんだろう。だからこそ無茶な事はさせたくないな……

「ホントに酷い事はやめてくれ。折角繋がった、つうか重なった魂を分離させたくない。引き戻すのが本当に大変な場所なんだからな、無間地獄って所は」

「酷い事はしないよ、嵌めたり脅したりはしない。真実を述べるだけにするよ。それは別に酷い事じゃないでしょ?」

 まあ、そうだな。だけどそれって警察とか学校にリークするって事だろ?逆恨みの可能性っつうか……

 ……俺も似たような事しようとしているじゃねーか。逆恨みは今更か……


 なんかちょっと疲れたので、その日は早めに就寝した。

 そして案の定、夢を見た。案の定とはうすうす気が付いていたからだ。

 この疲労感は俺を早めに眠らせるため物だと。つまりは霊夢。こっちの緒方君がたまに見せてくれる夢。

 そしてこれは、あの後の夢か……俺と麻美とヒロが朋美の家に行って絶縁した後の夢……

 何故絶縁した後だと解ったか?それは学校で、朋美が他の生徒に話し掛けているのだが、殆どが愛想笑いで濁していたからだ。

 いや、注意深く見れば、それは最初からかもしれない。だが、露骨すぎた。

 他の生徒が話し掛けられる前に退散するからだ。話し掛けられて愛想笑いしていた生徒も、隙をついて朋美から離れていくし。

 その様子を遠くから眺めていたのは俺とヒロ、そして麻美。

「いきなりおかしくなったよな。須藤のあの話、お前したのか?」

 ヒロが振って来るので首を横に振って否定したこっちの俺。

「誰に話すって言うんだ。話す相手、お前等しかいない俺に」

 同意、しかも激しく同意の如く、大きく頷くヒロと麻美。今の俺だったら項垂れる所だろうが、こっちの俺は違った。どうでもいい。そんな目で他の生徒を眺めていた。

 朋美によって疎遠になった連中や、いじめを見て見ぬ振りをした連中だ。俺から切った奴もいるのだろう。

 いや、どうでもいいと言う目でもない。何の感情も宿していない目。それを向けていたのだ。

「じゃあ日向、お前だ。お前誰かに話したか?」

「多少話しする子にはね。だけど殆どの生徒が知るのは時間が掛かるでしょ。私も10人くらいしか話す人いないんだし。それもあいさつ程度だし」

 その10人が広めたにしては早すぎると。じゃあヒロも話したかと言えば否だ。こいつは噂をばら撒くような事はしない。逆にそんな事をする奴を軽蔑する奴だ。

 じゃあ麻美がやった事に咎めるかと思えばそうじゃない。

 麻美は嘘も誇張も無しで、真実を述べただけに過ぎない。ホントの事を言っただけだからだ。咎める理由は無い。

「じゃあその10人が頑張ったって事かな……」

「いや、わざわざ触れ回らないでしょ。朋美に目を付けられたらどんなにウザい事になるか、知っているでしょ」

 それもそうだ。じゃあなんでこうなっている?

 不思議に思っている俺達に、ヒロのクラスメイトが話し掛けて来た。

「大沢……須藤の事……ホントか?」

 俺をチラチラ見ながら、好奇心の目をしながら。

 今じゃ全然耐える事が出来るが、この時の俺はそんな目を向けられたら大人しくしている筈がなかった。

 当然そいつに向かって一歩踏み出す。ヒロ、そんな俺に前にさり気なく立って押し留めた。

「よく知ってんな?誰から聞いた?」

 この時の俺はそんなのはどうでもいい。好奇心を向けた相手が誰か教えてやるから退け。それしか考えていなかった。

 だけど、ヒロのこれは情報収集。少し考えれば解る事なのに、こんな事すら解らなくなる程尖っている。我ながら何つうかだ。

「誰って事はねえけど、学校中の噂になってんよ、他校生も知っている奴がいた。昨日一中の奴に聞かれたから」

「マジでか?なんで他校生にまで?」

「なんでも、川上中のサイトに流れたとか」

 重要な事なのだろうが、やっぱりこっちの緒方君には知ったこっちゃなかった。早く退けとしか思っていなかった。

 じゃあその川上中に誰が流した?

 今の俺は当然そう考える。だが、こっちの緒方君はそんな事すら考えなかった。

 話しているヒロを置いて歩き出したのだ。

「どこ行くのよ隆?」

「帰るんだよ。学校にいつまでも居る理由は無い」

 そうか、この光景は放課後か。つうか朋美のヤツ、放課後まで精力的に活動(?)していたのかよ。

「そっか。そうだね。じゃあ私も帰ろう」

 麻美が俺の後を歩き出す。ほぼ同時に後ろのヒロが発した。

「ちょっと待てって。あ、じゃあな」

 友達に一応挨拶して慌てて後を追った。

「おい隆、日向、気にならねえのかよ?須藤の噂の元。間違いなく俺達の事情を知っている奴が流した噂だぜ?」

 俺は振りかえってヒロを見た。

「あいつをぶち砕けるんなら気にしてやる。お前等が止めないって言うんならな」

「どんな譲歩案だそれ?あの日から接触もねえんだからいいだろうが」

「視界に入るだけでムカつくんだよ。目に入らないどこかに失せりゃいいのに。地獄なら送ってやれるけどな」

 つまらなそうに前を向きなおす。

 その時、こっちを見ている女子が居た。

 この時の俺は全く関心が無かったが、俺を見ていた女子。それは、森井佳子。

 そのよし子ちゃんは直ぐに視線を外して、俺達とすれ違った。その際に、またこっちをチラッと見た。この視線は俺に向けたものじゃない。

 その横の麻美に向けた物だった……


 ………


 ……………


 ………………


 うっすらと目を開ける、そこにはやっぱりこっちの俺。

「……よう俺。あんな些細な事まで覚えているのか?俺の頭も意外と大したもんだな」

 苦笑いで首を横に振るこっちの俺。

「覚えている訳ねーだろ。麻美とちょくちょく話している女子だって思っただけだよ」

 麻美と話していたから少し印象に残った程度だって事か。それでも有り難い。麻美とよし子ちゃんが繋がっている事が解っただけでも。

「あの噂、よし子ちゃんが川上中のサイトに流したと思うか?」

「……さあ?森井佳子って名前もアンタの記憶から思い出したくらいだ。そこまでは解らないよ」

 俺より薄情だなこいつ。いや、同じ俺だ。興味が向かなきゃこんなもんか。

「だけど、副産物は当然ある。思い出したのは森井佳子の名前だけじゃない。この子と同等程度に話していた女子がもう一人いた。名前は児島いつき」

 その子が何かあるのか?よし子ちゃんと同じく朋美に恨みを持っている子なのか?

「そこまでは解んねえけど、何かの足しになるかと思ってさ。アンタなら朋美を殺せる。その手伝いになるかと思って」

 殺したいけど殺せねーだろ。それはお前も解っているだろうに。

「霊体をぶち砕くまでイカれていると思わなかったからな。俺はアンタの一部になったから、解る。あの行為が本体にどんな影響を及ぼしたかくらいは」

 それは、俺もうっすらと知っている。肉体を離れた霊体を攻撃した。ダメージはどんなもんか解らないが、確実に生身にも影響がある。

 また苦笑するこっちの俺。

「冗談だよ。朋美は殺したいが、それじゃ麻美が悲しむ。例え霊体をぶち砕いて殺した、と言ってもな」

 むう、そう言われると、そうなのかもしれないな。

 俺を助ける為にかなりの無茶をやったんだ。そこまでして助けたってのに、当の本人が人を殺すとか、絶対に悲しいだろ。

 あいつは優しいからな。俺に酷い事平気で言うけど。

「まあ、何かの足しにはなるか、って思ったのは本当だ。アンタ、いろいろ調べているからな。俺の頭じゃ大した結果は出せねえだろうけど」

「自分が自分をディスるってのはどうなんだ!?」

 なかなか新鮮な経験だった。こんな事経験できる奴はそういないだろう。

「前も言ったが、こんな感じで情報を渡すよ。役立ててくれ。どうやって役立てるか解んねえけど」

「おう……よし子ちゃんの他に児島いつきさんなる女子の存在は初めて知ったからな。俺は解らんが、ヒロは解るだろ」

「ヒロの頭でも大した結果は導き出せねーとは思うけどもな」

 全く同感だ。流石俺。同じ結論を何の迷いも無く導き出せるとは。

「じゃあ……またなんかあったらな」

「おう、じゃあな」

 俺達は互いに笑って手を振った。こっちの緒方君の姿が遠くなって行く……


 ……


 ………


 ……………


 ゆっくり目を開ける。当然ながら部屋の天井が映った。

 児島いつきさんか……麻美、つうか俺と同じ学区だから、顔くらいは知っていると思うが、どんな子なのか見当もつかん。

 ヒロに聞こうと思うが、あいつ今バイト中だから、時間も限られるだろうし、満足に相談も出来ないだろう。

 つう訳で卒アルだ。小学校時代のヤツ。

 だが、生憎だが、この部屋に卒アルなんかない。何処にしまったのかも覚えていない。そもそもこっちの緒方君がどこにしまっているのやら、だ。

 悶々としながらロードワークを始める。ヒロを朝迎えに行こう。その時聞こうとばっかりが頭のウェイトの殆どを占めていたので、全く身に入らなったし。

 で、超速攻で朝飯食って、ヒロの家にこれまた超速攻で向かった。

 呼び鈴を押して出てきたお袋さんがめっさ吃驚していたのは置いといて。

 半分寝ているヒロを横に、児島いつきさんの情報を聞き出した。

「児島か……知っているっちゃー知っているけど」

「どんな子だ?お前友達だったりしないのか?」

 ヒロはあーとかうーとか言って言い難そうだった。

 何か秘密でもあるのか?例えばヒロが児島いつきさんに告って振られたとか。

「なんだ?言い難い何かがあるのか?」

「言い難いっつうか……いや、構わねえんだろうけどもよ、そいつ確か荒磯に行ったんだよな……」

 荒磯かよ……言い難い理由はそれか。

「俺は荒磯嫌いだから躊躇した訳か……」

「児島の現在はどうなっているか知らねえけど、俺の知っている奴等で荒磯に行った連中、殆どが……」

 ああ、糞になったのか。元々そうだったのか?まあ、知ったこっちゃねえけど。

「要するに、お前も伝手が無いと?」

「無い訳じゃねえけど、お前ぶん殴っちゃうだろ?」

「糞ならな。見た目でそうならそうなるだろう。つうか、お前の友達なんだろ?そんなに酷い事にならないと思うんだけど」

「ダチじゃねえよ。会えは話しする程度だ」

 う~ん……それは確かに友達とは言えないかもだな……

「だけど糞って事は無いんだろ?だったらその人に……」

「お前がやたらと強くなった時に馴れ馴れしくして来て喧嘩に引っ張ろうとして、お前に病院送りにされた奴だけど」

「じゃあ却下だ。間違いなくぶち砕くわそんなモン」

 成程友達じゃないわ、それ。お前、よくそんな奴と話しできるな?そこは俺よりも大人なんだよな。

 だけど荒磯全員が糞って訳じゃない筈だ。

「荒磯に糞じゃない知り合いっていないの?」

「お前が暴れんのを身体張って止めていたのが俺だ。解るよな?」

 ああ、俺同様怖がられて敬遠されちゃったのか。前にそんな事言っていたような気がするな。

「武蔵野から紹介して貰えばいいだろ。お前、連絡先持ってんだろ?」

「あの糞デブが女子を紹介できるとは思えないんだが……」

 阿部や神尾よりも絶望的だろ。

「まあ、荒磯だったら、木村にも伝手はあるだろ。木村に頼んでみたらどうだ?」

「木村の伝手が糞だって可能性は……」

「勿論あるだろ。お前前に言っていたよな?クリパでその手の奴じゃない奴を世話しろって頼んだら、クズが来たって」

 ああ……真鍋君が一番まともだったんだっけかそう言えば。じゃあ絶望的じゃねーかよ。

「話聞きたいんだったら、森井に頼めばいいだろ。お前あいつとどうにかして接点持とうとしている最中なんだろ」

「成程、よし子ちゃんに紹介して貰うのか。そいつはなかなかハードなこったぜ……」

 どうにかこうにか海浜の同級生女子の連絡先を手に入れた程度なんだぞ。プランが先走り過ぎだわ。

「だけど待てよ……国枝君とか蟹江君とかの知り合いが居るかもだな……」

「国枝は事情を知っているから快く応じると思うが、蟹江達は知らねえだろ。絶対に不審に思う」

 だよな。じゃあ国枝君に聞いてみようか。国枝君の知り合いなら糞はいないと思うし。


 教室に入ってカバンを置いて国枝君の席に向かう。席替え前は前の席だったから簡単には成せたが、今は移動しなければならない、愚痴る距離では全然ないけども。

「おはよう国枝君。ちょっといいか?」

「おはよう緒方君、勿論いいけど、槙原さんには内緒の話かい?」

 頷くと察してくれたように席を立つ。

 其の儘ズンズン屋上に向かう。だけど屋上への扉は閉ざされたままなので、その階段で話をする。

「やっぱりここは内緒話するのに都合がいいね。殆ど誰も来ない」

「そうだな、利用しているのがほぼ俺だけだって言うね」

 ヒロとの内緒話もそうだが、黒木さんもここに連れて来たことがあったような気がする。

 その間も誰とも会わなかったよな。ホントに利用しているのは俺だけなのかもしれない。

 まあ、それは兎も角、俺は昨日見た夢の内容を国枝君に話した。

「……日向さんの記憶を探るって事だね。それは確かに槙原さんには聞かれたくないな…だけど、君の姿が見えないとなれば捜すんじゃないかな…」

「ヒロにトイレに行っているって言っといてって頼んだ。だから多分大丈夫だろ。で、国枝君に聞きたいのは、荒磯に知り合いがいるかって事なんだけど……」

「勿論居るけど、児島いつきさんと顔見知りかどうかは解らないよ」

 まあ、そうだよな。だけど知り合いが全くいない俺よりは遙かに希望がある。

 勿論武蔵野は除外だ。あいつとは知り合いではない。

「児島いつきさんと接点がある人じゃないと意味がないから、僕の知り合いがそうなのか調べてからだね」

「素直に聞く事ってできないのか?児島いつきさんと友達かどうか……」

「聞いて不審に思われて警戒されたらどうするんだい?こういうのは秘密裏に、慎重に進めないと」

 ああ、遥香ってそう言うの得意だからな。だからなかなか尻尾出さねーんだよ。

「君が捜している事が万が一知られたら、当然日向さんにも知られる事になる。それは不味いだろう?」

「全く以てその通りだ。俺があんま考えていなかったのが再認識できたよ。ありがとう国枝君」

 深々と頭を下げる。国枝君、焦ったように顔を上げてと小声で騒いだ。

「困るよ緒方君、そんな真似されちゃ……」

 顔を上げた俺に向かって放った最初の言葉だった。

 だが、マジでそう思って感謝したのだから仕方がない事だ。俺は感謝の念をはっきりと面に出せる、希少種の男なのだから。

「だけど、焦るのも良くないよ。森井佳子さんとも接点を持とうとしているんだろう?日向さんに知られる可能性がグンと高まるよ」

「それはマジでマズイな……しかし、児島いつきさんからも話を聞きたいし……」

 森井佳子ちゃんと児島いつきさんは、麻美とどんな接点を持っているのかも解らない。

 ただの敵の敵は味方なのか、それとも友達と呼ぶ間柄なのか。

 後者なら俺が嗅ぎまわっているのが麻美に知られる可能性大になる。だからこそ慎重に、か。

「児島いつきさん、というか、荒磯の方は確認待ちでいいとして、君自身、森井さんにどうやって接触するか、考えてあるのかい?」

「どうやってって、そりゃ、高岡伊織さんに聞いて……」

「高岡さんが森井さんと知り合いなのかもまだ未確認なんだろう?」

 そうだけど、どうやって確認を取るのかが難しくてな……

「なあ国枝君、どうやって確認を取ったらいいと思う?」

 訊ねたら国枝君が噴き出した。まさかのノープランに思わずと言った所だろう。

「え、えっと、折角海浜の生徒二人の連絡先を持っているんだから、男子の方に訊ねたらいいと思うけど、どうかな?」

 成程植木君に聞いてみるのか……そいつは盲点だったぜ。

 植木君が森井佳子さんを知っているのなら、その儘どうにか接点を設けて……

「あとは、そうだな、高岡さんに海浜の女子を紹介して貰うとかはどうだい?」

「そんな真似したら遥香に殺される」

「緒方君に紹介して貰うんじゃないよ。例えば蟹江君が恋人欲しいから紹介してくれとか」

 な、成程!!そんな手があったか!!

「それじゃ早速蟹江君に聞いてみよう!!彼女欲しいかどうかを!!」

「お、緒方君、すこし落ち着こう。蟹江君に海浜の女子を紹介するって話したとして、槙原さんがなんでいきなりそうなるんだとは思わないのかい?」

 な、成程、それもそうだ。絶対不審に思うよな、些か短絡的すぎたぜ。

「その他海浜に伝手を広げてもいい。いきなり森井さんに向かうんじゃなく、他の生徒と交流を持つとか。以前言っていたよね?海浜の生徒の連絡先を持ったとか?」

「真鍋君とは接点を持ちたくないな……」

 あのお調子者は隠れ糞のカテゴリーに位置するから、親しくなりたくないんだけど……

「そうじゃなくて、えっと、その真鍋君の話を聞く為に大沢君の友達と知り合ったとか?僕も確か同席したらしいよね?」

 ああ!田辺君か!彼とは結局あれっきりだったよなそう言えば!

「そんな感じで輪を広げて行って、自然と森井さんと接点を持つ。どうだい?」

「流石国枝君だ!!俺には考えも付かなかったよ!!」

 感謝の気持ちを込めて国枝君の手を両手で挟んだ。見ようによってはヤバい画だ。

「ははは……ど、どっちにしても、それなりの言い訳は必要だよ。植木君に頼むにしても、高岡さんに頼むにしても」

「そ、それはどういう事だ?」

「海浜の生徒と交流する理由だよ。蟹江君に女子を紹介するって理由みたいな感じだよ」

「だ、だったら蟹江君に聞いてみて……」

「だから、蟹江君が海浜の女子に拘るかって話になるだろう?恋人が欲しいのなら白浜だって共学なんだし、南女なんか女子校なんだし」

 そ、それもそうか……別に海浜に拘る必要が無いんだからな……

「あとは、里中さんの彼氏繋がりで輪を広げるとか。確か天文部だっけ?それにこじつけて」

「それは中学の時で、今は何やってんのかな…もしかしたら無所属かもしれないし……」

「そうなのかい?まあ、手はこんな感じでいっぱいあると思うけど、やっぱりネックは理由かな」

 そうなるか。違和感がない理由が必要なんだもんな。遥香にバレずに、麻美にバレずに、不審に思わない理由が。

 そう考えると、随分ハードルが高いな……俺一人じゃ絶対に無理なミッションだコレ。

 それは追々考えるとしてだ。

「荒磯の方は、その……」

「ああ、僕が上手くやっておくよ。だけど直ぐって訳にはいかない。やっぱりそれなりの理由は欲しいでしょ?」

 そうなので頷いた。遥香や麻美に知られる事無く、違和感なくと言う特殊ミッションだ。慎重に事を進めなきゃいけない。

「……そろそろ戻ろうか?HRが始まるよ」

「もうそんな時間か……けっこう話込んじゃったからな……」

 遥香はもう登校して来ているだろうし、ヒロが上手くやってくれている事を祈ろう。

 足早に教室に向かう。もう直ぐで予鈴が鳴るのを意識して。

 滑り込むように教室に入ったら、ここで予鈴が鳴った。

 国枝君と別れて席に着くと、やっぱり遥香が話し掛けて来た。

「トイレにしては長かったんじゃない?」

「あー…朝飯食いっぱぐれたからさ、購買でパン買って食ってたんだよ。国枝君もそうらしかったから、一緒にな」

「へ~、大沢君が付き合わなかったのは珍しいね」

「トイレに行くのが目的だったからな。パン食うのは思い付いただけだから」

 成程、と頷いた。納得はしたようだ。こいつには僅かでも不信感を持たせちゃいけない。

「ヒロには内緒にしといてくれ。あいつ、誘わなかったってイジケけて面倒くせーから」

「了解了解。大沢君はそんなところが少し……結構あるからね」

 これも説得力があったようだ。今までのヒロの所業のおかげだ。全く頼りになるぜ、親友は。

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