北商~002
更に質問をする俺。
「なんで麻美に呪いを仕掛けたんだ?」
「なんでも、緒方君の幼馴染さんは、緒方君を何回も殺した悪霊だとか…でも、荒唐無稽ですよね。緒方君はこうして生きている訳ですし、日向さんもちゃんと生きていて悪霊じゃないですし」
バカバカしいと笑う植木君だが、やっぱり俺と遥香は顔を見合せた。
「……遥香。土色だぞ、顔……」
「ダーリンもだよ……死んじゃった?」
死人のそれになっちゃったか、二人共。
「ん?だけど百度参りだよね?じゃあ藁人形も百体あった?」
遥香の疑問。そういやそうだな。麓から境内の林まで往復しまくっていたんだから。
つか、藁人形百体!?狂人だぞ、それ!!流石は朋美の信者だ!!
「いえ、一体だけです。一回打って鳥居まで戻って、また昇って一回打って……百度参りの効果を狙ったと言ったらしいですよ」
効果でねーだろそれ。つか、川岸さん程度が呪いを発動できる訳ねーだろ。
「先輩は学校に通報して、こんなバカげたことはやめるよう指導して貰うって言ったらしいです、そしたら彼女はもうしないから見逃してって、得意にべらべらしゃべっていた態度を急変させたみたいです」
ああ。まあ、川岸さんだからな。そんなに学校にバレたくなければ、そんな馬鹿な真似やめた方がいいのに。
つまり、俺は、川岸さんは簡単に約束を破ると思っているのだ。だから藁人形はやめないだろうと。
「でも、その藁人形は見付けた時だけじゃないんだよね?だって最初に百度参りを何度もするような女子って言ったから」
おお!流石遥香だ!確かにそう言っていた!俺の頭の中からはすっぽり抜けていたけども!!
「それも、彼女が勝手に自白したみたいです。何回もやっているけど初めて見つかったって。これでまた最初からやらなきゃいけないじゃないって怒ったそうです」
ああ、そういう事……
「うん。何回もやっているって自白したのはうっかりさんだね。で、君の先輩との約束も簡単に破ると思うよ。だって運が悪くて見つかったって程度にしか思っていないんだから」
「はい、槙原さんの言う通り、先輩もそうだろうって言っていました。なんて言うんですかね?軽いって言うか、そんな感じだったらしいので」
植木君は話終えたと言った体で一気にジュースを飲み干した。
「これで先輩からの言伝は終わりました。あの時助けてもらったお礼には全然足りないけど、どうにか返せたかもしれないって笑っていました」
俺的には助けたつもりは全く無いが、この好意は有り難く受取る。
「いや、植木君、本当に助かった。先輩にもありがとうって言っておいて貰えるか?」
俺と遥香は同時に頭を下げた。植木君、わちゃわちゃと騒がしくなる。
「ぼ、僕は伝言を預かっただけですから!!僕に頭を下げないでください!!」
「うん。君にも先輩にも感謝してんだよ。だからこの位当たり前だ」
「そうそう。情報は有り難いから。呪いの藁人形とかやっているってのは、本当に貴重な情報だよ」
顔を上げた遥香は笑っている。植木君もお辞儀をやめた俺達に安堵した様子。だが……
遥香の笑顔が邪悪なのは、気のせいじゃないだろう。何か絶対に企んでいるな、こいつ。
植木君は帰った。なんか塾があるとか何とか。海浜の生徒さんは忙しいいな。
「じゃ、私達も帰ろうかダーリン」
そう言って伝票を持って立ち上がるが…
「昼飯食っていかねーの?腹減っちゃったんだけど」
結局ポテトしか頼んでないし。植木君も一緒に昼飯は遠慮していたしで、ジュースしか飲んでない。
「フレッシュに行こう。お年玉たくさんもらったから御馳走しちゃうよ」
フレッシュ?北白浜か……こりゃ絶対川岸さん狙いだな。
「何考えてんの?言っておくけど俺からは何もやる気はないぞ?ほっといてもくたばるんだから……」
朋美に殺されてな。自業自得なので知ったこっちゃないし。
「流石に今日は何もしないよ。北商の話題だったからフレッシュを思い出しただけ。なんならバジルでもいいよ」
今日は、って事は、近い内に何かするって事じゃねーかよ。
「お前にあんまり酷い事はさせたくないんだけど……」
「麻美さんに呪い掛けているのは酷い事じゃないの?」
いや、そうだけど、川岸さんの藁人形じゃ呪いは完成しないだろ。あれって言うほど簡単な事じゃないんだぞ?
「麻美さんは川岸さんに殺される事は無いけど、私としちゃ面白くない話だから。でも、ダーリンが心配するような事はしないよ」
屈託なく笑うが、麻美が殺されるのは面白くない話?
なんか引っかかるが、こいつが内緒にするって言うんなら、口を割らせる事は出来ないな。俺が心配する事はしないって言うんならひとまずは安心だが……
伝票を持って会計する遥香。植木君のドリンク代も御馳走するのか。あれ俺が出すって言ったのに。
店を出てから早速言う俺。
「植木君のジュース代と俺のドリンク代、で、ポテトのお金だ」
財布からお金を出すが、遥香が手のひらでグイグイ押して出せない!!
「な、なに?お金出せないんだけど……」
「ドリンクチケ使ったからドリンクは無料。ポテトはおごさせて」
そういやあのファミレスのチケも持っていたんだっけか。
「つうかドリンク無料!?三人分だぞ!?」
ご飯頼まないでフリードリンクだけなら一人350円。三人分で千円になっちゃうけど!!
「折角チケット持っているんだから、こう言う時に使わないと」
そうだろうけど、何となく申し訳ないって言うかな。この微妙な心境、解るだろ?
「まあまあ、さて、どっちにする?フレッシュ?バジル?」
「えっと…おたふくとかは?」
「却下。だってパンケーキかパスタのお腹になっちゃったんだもん」
ああ、そんな時あるよな。これ食いたいって思う時がさ。
「えっと、じゃあ……フレッシュに行くか?あそこ辺りは行く機会もあんま無いから…」
バジルは西白浜だからチャンスは沢山あるが、北白浜の方には本当に行かないから。こんな時しか行く機会がない。
で、わざわざ電車に揺られてフレッシュに来た訳だが……
「混んでるな…待たなきゃいけないみたいだけど、どうする?」
遥香が奢ってくれるんだから、遥香の意見を聞こうって事だ。奢って貰わなくても聞くけども。
彼女のお尻に敷かれるのが緒方隆である。今更の事だ。
「勿論待つよ。もうパンケーキのお腹だもん」
ウキウキしながらボードに書き込む遥香であった。槙原他1名(ダーリン)と書いていやがった。
じゃあ呼ばれるまで座っとこうと思ったが、生憎と一人しか座れない。
「じゃあ遥香、座れよ」
「いやいや、ダーリンが座ってよ。お客様扱いだよ今日は?」
「何言ってんだ?お前がスポンサーだろ?だからお前が」
「いやいやいや。いつもお世話になっているのはこっちですから、だから今日は私の顔を立てると思って」
「いやいやいやいや、お前は女子で俺は男子。よって座るのはお前だ」
「「だったら二人で立っとけ」」
後ろから突っ込まれて振り向くと、それは松田と倉敷さんだった。
「ええ?松田?なんでここに?」
「あ、うん。倉敷さんに誘われて遊びに来たんだよ。丁度今日は開いていたから」
「倉敷さん、松田を誘ったのか!?」
「うん。ほら、ねえ?」
なんかはにかんで。いやいや、知っているけど、超意外だったから。結構アグレッシブに動くんだなぁ……
「あれ?さっきメールした時は普通に返して来たよね?松田君と一緒だったらそう言わないと」
なんかニヤケながら突っ込む彼女さん。弄りたいんだな、うん。
「ホントにさっき合流したばっかなんだよ。槙原さんの所みたいなの目指している身としては、いろいろご教授願いたいところだから、寧ろ言っているよ」
逆ににやけて返された。俺達の所を目指すとか、結構悪趣味だぞ倉敷さん。
まあ、女子の会話に入るのはいけない、おかしなとばっちりを喰らうかもだし。
「松田、お前の所ってやっぱ正月関係ないのか?」
「ああ、前にも言っただろ?生き物の世話を欠かす事は出来ねえよ」
そう言っていたからネタ振りで訊ねたんだが、まあいいや。
ところでこいつ等、俺達の次辺りだろ?ボードにちゃんと書いたのか?
と、忠告しようと思ったら、倉敷さんがちゃっかり書いていた。倉敷他一名(ハート)と。
もう告っちゃえよ面倒だな。松田だってうんって言うよ。倉敷さん可愛いからな。
だったら俺が聞いてやるか。
「お前と倉敷さんって仲良いのか?」
「どうかな…これで3回目くらいだろ?話は合うとは思うけど…で、だ」
肩を組まれて遥香達から背を向けられた。内緒話するポジだなこれは。
「緒方って槙原さんと仲良いよな?友達って意味じゃねえぞ言っておくけど」
「見りゃ解るだろ。バカップルとまで呼ばれているよ」
お、おうとか言って口ごもった。何か言いたいが言い出せない。そんな感じだった。
「なんだよ?聞きたい事があったら言えよ」
「お、おう、あのな、倉敷さんって彼氏いんのかな?」
はあ?と思った。彼氏いる女子が隣町からわざわざ男を呼ぶのかよ?
「居ないに決まってんだろ。お前を呼んで遊ぼうってくらいなんだぞ?」
「世の中には不可解な女子が存在するだろ?倉敷さんもそうなのかとか思って……」
そんな女だったら友達になっていないわ。遥香だってそうだわ。
「流石にそんな事はなさそうだけどよ。俺って女子とあんま話した事が無いから、どうなんだと思って……」
「お前の学校にも女子は居るだろ?あんま話さないって事は無いだろ」
ヤマ農は男女はほぼ半々だろ。出会いて死ぬほどあるに決まって……
居ないか。中学時代の俺ってボッチだったし……
「なんで項垂れてんのか解んねえけど、話聞いてくれよ」
「聞いているよ…何だよ…」
「だからよ、なんで俺を誘うんだって事だよ。俺って特別ツラいいわけじゃないんだからよ」
顔で選んだ訳じゃないって事だろ。つうかお前って普通にモテそうだけどもな。
「そんなこと気にするより、お前自身はどうなんだ?」
好意を向けられている自覚はあるようだが、要するにお前の気持ち次第だろ。お前はどうしたいんだって話だ。
少し動揺して。それでも言う時は言う。それが松田だ。
「そりゃ、倉敷さんは可愛いから…で、でも、振られたらカッコ悪いし…」
溜息をついた。そりゃ告るのは勇気がいるが、振られた時の事をカッコ悪いとか……
「グダグダしている方がカッコ悪いだろ。それとも何か?お前、女子の方から告らせようと?向こうが振られたら悲しいと思っていないとでも言うのか?」
「そ、そんな事は思っちゃいねえけど……」
「だから、お前はどうしたい?付き合いたいのか?違うのか?」
「そ、そりゃあ……だ、だけど、ヤマ農は忙しい学校だから…しかも隣町で…要するになかなか会えないから…」
はあ、と更に溜息をついた。そんな事はどうでもいいんだよ。
「付き合いたいかどうかって聞いてんだけど?忙しかろうが隣町だろうが関係ない。白浜には南大洋の中学生と付き合っているオタクが居るんだぞ。隣町で、しかも向こうは受験なのにだ」
ハードルは赤坂君の方がずっと高い。だけど付き合ってんだよ。ちゃんと告ったんだよ。あの時のコンパ的なヤツで。
「そ、そうなのか…じゃあ……!!」
覚悟を決めた目になった。告るんだろう。だが、少し待て。
「お前、この場で告ったら公開告白になるぞ。お前はいいだろうが、倉敷さんの方は恥ずかしいんじゃねーの?」
「そ、そうか、そうだよな……」
「俺はクラスメイトがほぼそろった状況で告ったけどもな」
「クラスメイト全部!?こっちは全く関係無い奴等か…どっちがハードル高いんだ…?」
結局告るつもりかよ。間違いなく成功するだろうが、その後を考えるとこの場での告白は戴けない。
此処は北商エリア。噂になっては行けない場所だ。俺が絡んでいるなら尚更だ。
此処で呼ばれた。「槙原他1名(ダーリン)のお客様ー」と。
全員が誰だと捜して目を泳がせる。ハッキリ言ってハズいが、遥香が「はーい」と言って入っちゃったので、超渋々ながら後に続く。
「ダーリン…………!!」
フルフルと震えている松田だった。笑いを堪えているんだな、うん。
「倉敷他一名(ハート)様~」
「え!?」
松田もビックリ、超キョドって周りを見る。
「呼ばれたよ、松田君」
「え!?う、うん………」
「ハート………!!」
俺も震えた。笑いを堪えて。
「お前なんてダーリンだろ……」
「喧しいな。この手の話で弄られんのは俺だけだったんだ。お前もその苦行を味わえ」
「そうは言っても付き合っていないんだが…単なる冗談の可能性も否めないし…」
冗談だろうがなんだろうが、書いた事実があるんだよ。好意は当然持っているって解かるだろ。
つうか周りがクスクスしているがな。見世物状態から脱するには、とっとと中に入った方が良さそうだな。
中に入ると四人掛けのテーブル席に、遥香と倉敷さんが並んで座って話していた。
「相席になったのか…」
「そうみたいだな。全く知らねえ奴と相席よりも良かった」
松田の言う通り、知らん奴との相席よりは全然いい。つうか寧ろこっちの方がいい。
「あ、来た来た。ダーリンはおかずパンケーキね。シェアしようね」
「解った解った。おかずな」
「槙原さん達の所はシェアするみたいだよ。私達もそうしようか?」
「え?う、うん……」
お前さっきから「うん」しか言ってねーよな。付き合ったら尻に敷かれるな。
ともあれメニューを開く俺。んじゃあ…チーズコーンは以前食ったから……
「ベーコンエッグにしよう」
「松田君、緒方君はベーコンエッグだって。被らないで違うのにしようよ」
「え?う、うん……」
やっぱ「うん」しか言ってねー。つか、こいつ等もシェアするっていう事は、だ。
「じゃあ私はやっぱり和で攻めよう。抹茶アズキ」
「シェアするんなら洋の方がいいよね。チョコバナナカスタードにしよう」
やっぱり松田達ともシェアすんのか。またまた4種類食えるとは、ラッキーだ。
「えっと…ハムチーズ…?」
なんか俺を見ながら疑問形で。好きなモン頼めばいいんだよ。誰も文句は言わねーよ。
まあいいや、次は飲み物だな。
「ここはコーヒーが美味かったから、俺はモカで」
「ああ、そうだったよね。じゃあ私もコーヒー系で。えっと…ウインナコーヒー」
甘々だな…いいのか?逆に喉渇かない?
「じゃあ寧ろ飲み物は和で攻めよう。抹茶ラテ」
倉敷さんは抹茶ラテか。
全員松田を見た。お前が決めないと店員さんを呼べないって意味で。
「え?えーっと………」
メニューを見て迷っている松田に助け舟を出す。
「ここはコーヒーがマジ旨いから、コーヒーがいいと思うぞ」
「うん?そ、そうか?じゃあマンダリン」
ほう?苦味が強いマンダリンをチョイスするとは、なかなかやるな、松田。
全員決まった所で店員さんを呼んでオーダー。品が来るまで暫し談笑だ。
「お前もコーヒー好きなのか?」
「まあ、そうかな…家に居る時は緑茶中心だけど、外に出ると殆どコーヒーかな」
ここで乗っかってくる彼女さん。身を乗り出し、テーブルにおっぱいを乗せた塩梅で。
「そうなんだ。ウチのダーリンはいつでもどこでもコーヒーなんだよ。お家に勝手にココアと紅茶置いて、漸く種類が充実したんだから」
「緒方は何かそんなイメージだよな。会う度コーヒーばっか飲んでいたし」
松田ですらも俺のコーヒ好きを見切れる程、コーヒーしか飲んでいない。好きなんだからいいだろうが、別に。
「そういや緒方君って、会う度にコーヒーだよね。他の物は頼んだ事無いの?」
乗っかって来た倉敷さん。身を乗り出したが、テーブルにおっぱいは乗っからなかった。残念。
「そんな訳ねーだろ。コーラも頼んだ事があるし、紅茶も勿論ある。比率としてはコーヒー9にその他1くらいだけど」
「ほぼコーヒーじゃねえか」
まあそうだけど。
「そういやちらっと聞いたんだけど、農業高校の文化祭って殆どが販売だって?」
「うん?まあ、そうかな。ブラバンの演奏とかも勿論あるけど、野菜とかきのことか花とか、作っている物を売ってんな。あとは木材アートとか」
「なんだその木材アートって?」
なんか芸術のような単語が出て来たな。
「丸太をチェンソーとかで成形して行ってフクロウとか熊とかの像を作ったり、角材で仏像作ったり」
ほほー!!そういや道の駅とかで見た事があるよ!!あれ作るの大変じゃねえの!?
「あとは加工品売ったり。乳製品とか、ハムとか」
そんなのも作ってんの!?すげーな農業高校!!
「あとは時期にもよるけど、野菜の収穫体験とか。あ、去年の三年は石窯売ってたらしいな。ピザとか焼くヤツ。30万越えたから、誰も買わなかったけどな」
学祭で30万越えの商品を売るのかよ!!ドンだけ大規模なんだよ農業高校!!
「すげーのは、今年の二年がガーデニング用の小屋作って売ったんだよ。こっちも30万越え。だけど売れた」
これには驚愕した!俺達のクラスの売り上げなんか屁みたいなもんだろ、その規模だったら!
「食品だけじゃなくて、そんなのも作っているんだ…農業高校、ハンパない……」
倉敷さんも慄いている。遥香は……平然としているが……
「お前知ってたの?」
「うん。ヤマ農みたいに本格的なのはそうは無いと思うけど、農業高校だからね」
そんなもんなのか……?だけどまあ…
「スゲーな松田……俺の知っている限り、お前が一番生活力があるわ……」
「いや、授業の一環だからな。もっとスゲエ所は林業指導もやっているし、ヤマ農は結構ヌルいだろ」
そ、そうなの?本格的に職業訓練じゃないのそれ……
「いや、マジでスゲェ。頼もしい。こんな野郎なら絶対に引く手あまただ。なぁ倉敷さん」
結構な爆弾をぶん投げたが、倉敷さん、平然と頷いた。
「うん。そう思うよ。だから何度かモーション掛けていたけど、全く反応なし。これって私に魅力がないって事かな?緒方君」
逆に乗っかってアプローチ掛けて来るとは。流石だぜ!!
「そんな事は無いって。倉敷さんは可愛いだろ。なぁ松田?」
こっちはいきなり振られて目を剥いた。キョドんなよ。女子の方が胆が太いんだよなぁ……
「え?う、うん……そう思うよ…………」
なんでお前が俯くんだよ。恥ずかしがってんじゃねーよヘタレ!!
「おやおやダーリン、愛する彼女がいる前での発言にしてはどうかと思いますよ、それ」
別方向から乗っかって来た彼女さん。お前も大概だな。
「そりゃ、俺はお前が世界一だとは思うけど、倉敷さんが好きな野郎は倉敷さんがナンバーワンだって思うよ。なぁ松田?」
「え?う、うん………そ、そう思うよ………」
だから、俯かないでちゃんと顔あげて言えよ!!俺結構いいパスやっていると思うよ!?
「ええ~それって真意なの?行動で示して欲しいなぁ……」
お前、俺にハードル上げんじゃねーよ!人前でキスねだるのはいけませんよ?
とか思ったら、隣の倉敷さんにぱちぱちとウインクしていたのが見えた。
此処で以心伝心のナイスカップル本領発揮だ!
「じゃあ倉敷さん、席交換してくれる?遥香は俺が隣がいいらしいから」
「よろこんで~」
躊躇なく立ち上がって移動した、俺が逆に追い払われたように見える。
「こんちわ松田君。隣いいでしょ?」
「あ、ああ、勿論……」
こんなあからさまに好意向けているのに、何も言わないんじゃお手上げだぞ。付き合ってくれって言え。
おまちどおさまですと頼んだ品が揃った。
じゃあ切り分けてみんなでシェアしようと言う遥香を制して松田を見る。
「松田、ハッキリ言え。モヤモヤ抱えてパンケーキ食えない」
結構な凄みで、面と向かって。
松田の視線があっち行ったりこっち行ったり忙しくなる。こいつも一応言おうとはしていたんだ、後は背中を押すだけでいい筈。
なのにこの期に及んで躊躇なんかすんな。振られるのがカッコ悪い?告るのが恥ずかしい?そんなモン、自分の気持ち一つだろ。
しかし、と追記する。
「誰にも聞かれずに、倉敷さんに伝えられるようにな。流石に顔も知らない奴等には聞かれたくないだろ?」
一番は川岸さんの耳に入らないように、だ。此処に俺が来たと知っちゃ、ここも監視対象になりそうだからな。自分の好奇心を満たす為に、ウザい真似を平気でするのが川岸さんだ。
俺が何を促しているのか、流石に察した遥香は、切り分ける為のナイフを持って成り行きを見守っている。ナイフ置いたらいいだろうに、固まっているのか?
倉敷さんも解ったようで、期待するように松田を見ている。この状態で振られる事はあり得ないぞ?
松田、少しもじもじしていたが、顔を上げて、厳しめの表情をして倉敷さんを見た。
「倉敷さん、えっと、ヤマ農は忙しい学校で、日曜とか祭日は関係ない学校だ」
「うん。そうみたいだね」
「それに、境とは言え隣町だ。距離も遠い」
「うん。そうだね」
「……なかなか会えないと思うが、付き合ってくれないか?」
「うん」
……………
なんか困った表情で俺を見る松田。「うん」の真意が解らんと言う事なのか?
「松田君。倉敷さんは良いよって言っているんだよ?何で困っているの?」
遥香がニヤニヤしながら漸くカットに動いた。パンケーキをスーッと切る。
「……いいの、か?」
「いいよ、って言ったつもりなんだけど……伝わらなかった?じゃあ改めて、こちらこそ、宜しくお願いします」
深々と頭を下げた倉敷さん。ここで松田が俺の手を取った。
「緒方!お前のおかげで踏ん切りがついたんだ!マジありがとう!!」
いやいや、元々倉敷さんはお前狙いなんだから、お前が態度をはっきりさせれば良かっただけだ。だから俺のおかげなんかじゃない。
「まあまあ、嬉しい気持ちは解るけど、取り敢えずパンケーキのシェアが先だよ。乾杯はコーヒでね」
「そうだよねー。じゃあ吉彦君、パンケーキ貸して。切り分けるからさ」
「「吉彦君!!?」」
俺と松田が同時に発した。いきなり名前呼び!?
「何驚いているのよダーリン?恋人さんなら名前呼びは当然じゃない?」
「いきなり過ぎるから驚いてんだよ!!ほんの数秒前まで苗字呼びだっただろ!!」
「あはは。唐突過ぎて驚いちゃったんだ?そりゃ私は槙原さんの所みたいなの目指しているからね」
「俺と遥香みたいなのは特殊だぞ……目指そうとしなくていいんだ」
「だけど、意外とみんな憧れているようだよ?黒木さんもそうだし、大沢君なんて緒方君の真似ばっかしてんでしょ?」
あの二人だけだろ。つうか共に片割れに邪険にされているのを見て気付かない?俺達のはきついんだって。
自分達のペースで追々やっていけばいいんだよ。つか、俺も恋愛マスターみたいな事偉そうに言ってんな……尻に敷かれっぱなしなのに……
ともあれ、見事恋人同士になった訳だ。
「おめでとう松田。やったな」
「え!?あ、ああ、うん……」
呆けからようやく脱したようだな。いきなり名前で呼ばれたしなぁ……
「はい、吉彦の分」
そう言って切り分けたパンケーキを松田の前に滑らせる。
……………
「「吉彦!!?」」
いきなり呼び捨てかよ!!松田、また固まったじゃねーか!!
「おお~。私の上を行ったよ!呼び捨てはした事無かったもんね」
「槙原さんはダーリン呼びでしょ。そっちの方が遙かにハードルが高いよ」
呼び捨てもハードル高いと思うけど!少なくとも、いきなり唐突に呼ばれたら驚くだろ!
「んじゃ、本日見事カップルになったと言う事で、松田君と倉敷さんに幸多くあらん事を!乾杯!」
何となくカップを掲げた。俺も松田も。倉敷さんは身を乗りだして大きく掲げたが。
「……今から言っとくけど、尻に敷かれた方が上手く行くからな?」
「……もう敷かれている様に思うのは俺だけか?」
主導権握られっぱなしだからなぁ……だけどそっちの方は平和だと思うのは本心だ。
そう考えると、女子を引っ張っているの、木村だけなんだけど、そこはまあまあ………
だけど、女子が呼び捨てで男子がさん付けなのは戴けない。イーブンな関係が一番望ましいからだ。
「お前も名前呼びしろよ。呼び捨てで」
「だよな……いくらなんでも俺だけさん付けはあり得ないよなぁ……」
嘆息する松田だが、いずれ呼び捨てになるんだから、早い方がいいだろ。木村なんか速攻で呼び捨てにしていたし。
「松田君ってバイクの免許持っているの?」
パンケーキを食いながら唐突に訊ねた彼女さん。
「え?いや、俺の誕生日は11月だからな」
もう直ぐ冬になる時に免許は取らないか。つうか……
「ヤマ農って免許取ってもいいんだ?」
「ああ、ヤマ実は駄目だけど、ウチはいいんだよ。遠い所から通っている奴もいるからな。交通機関が乏しかった時代は寮に入っていた奴もいたらしいし」
農業高校って田舎の学校ってイメージは確かにあるよな。田舎イコール遠いってイメージだ。
「つってもほとんどスクーターだけどな。ヤマ農は早朝に学校から呼び出される事もあるんだよ。野菜の収穫とかで。だから電車が動いていない時間に学校に行く事もしばしばだからな」
そうなの?やっぱり忙しい学校なんだな…つうか、スクーターの辺りは南海に近いか?南海も取ってもいいけど、持っている奴は殆どがスクーターだって言っていたから。
「じゃあ免許取ったら遊びに行こうよ」
「そうだねー。バイクがあるならちょっと遠出も出来るしねー」
なんか女子たちがキャッキャ言いながら勝手に盛り上がっているが……
「お前、免許取ってバイクに乗ることが確定になったようだぞ……」
「俺の意思は何処にあるんだって話だよな……」
だけど否とは言わないのな。免許取る事は前から決まっていたのか?早朝に呼び出される事もあるらしいから、バイクが必要だって言うのならそうかもしれないけど。
ともあれパンケーキを戴く。以前食った時も思ったが、やっぱおかずパンケーキの方が口に合うな。
「これ美味いな!!」
松田なんか目を剥いているし。あれってチョコバナナカスタードだ。
「ちょっと甘くないか?」
「確かにそうだけど、くどくねえっつうか…これ文化祭に出そうかな。ちょっと会議に掛けてみるか……」
松田は農業高校を愛しているようだ。この様な場でも学校の事を気にするんだから。
「吉彦の学校ってバナナも作っているの?」
いきなり乗っかって来る倉敷さんだった。さて、松田は名前呼びするか…?
「流石にバナナは作ってねえよ。アレ南国の果物だし。ヤマ農で作っているフルーツはリンゴとイチゴとメロン、あとは柿だな。ブルーベリーもあったか」
「じゃあメロンで作ろう!メロン好きだし」
「時期がな、文化祭は10月だから、リンゴか柿…栗なんかもいいかもな」
「そっか、旬があるんだもんね。じゃあリンゴ。酸味がある奴でジャムなんかも作って……」
「そうだな、ジャムは良い案だ。だけどリンゴとチョコレートか…相性はどうなんだろう?」
「じゃあ私が試食してあげるよ」
「いいな、女子が好きだったら売れるぞ、これ!」
「名前で呼べよ!!」
なかなか名前呼びしない松田につい突っ込んだ。松田と倉敷さん、目が点になった。
「あはは~。ダーリンの方が焦ってどうするの?名前で呼ぶところ、無かったじゃない」
遥香が笑って突っ込んだ。まあ確かに、わざわざ名前を出すところは無かったけど。
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