北商~001

 あけおめ、ことよろで正月。

 つうか、それも終わって新学期。今日から登校だ。超怠いが仕方がない。

 なので生欠伸をかみ殺して登校中、肩を叩かれ振り返る。

「オス、隆」

「おうヒロ、なんか久し振りだな。お前と冬休み一度も会ってなかったし」

 ヒロは冬休み中バイトに明け暮れていたので会う機会が無かった。ロードワークも珍しくバラバラ。

「免許の為だ。仕方ねえよ、お年玉じゃ全然足りねえし」

「当たり前だ。お前どれだけお年玉貰うつもりなんだ。つうか冬休みだけのバイト代じゃ全然足りないだろ」

「勿論そうだし、明日から早朝バイト開始だし。免許の為とは言えかったるいな」

 そう言いながら珍しくやる気だった。その理由は、正月、波崎さんがヒロの家に挨拶に来たからだ。

 彼女を家に招くのはヒロの夢。その夢が叶ったのだ。有頂天になって俺に電話して来て、その日の睡眠時間が奪われた。

 ヒロの親父さん、お袋さんも超感激して過剰接待したらしいが、まあ、ウチもそうだったから何も言えん。

「朝バイトするんだったら、ロードワークはやっぱ別々か?」

「そうだな。終わる時間がロードワーク開始少し前だからな。終わったらそのまま走る事にするわ」

 そうだな、それがいい。お前も俺におかしな気遣う事は無いんだ。今は免許の為に頑張ればいい。波崎さんと遠出という夢の為に突き進め。

 教室に入る。前に、腕を引っ張られて動きが止まった。

 なんだ、と思い振り返る。

「楠木さんか、おはよう」

「おは~。あのね、伊織がもう一回植木君と会ってくれないかって」

 伊織?誰それ?

 怪訝な顔をしたのだろう。楠木さん、呆れて発する。

「高岡伊織。同じバイトの子。海浜の。んで、植木君って、この前の親睦会に遅れて参加してきた海浜の生徒」

 あー!ああー!!あああー!!!

「高岡さんね!ウンウン。苗字で言われたら理解した」

「植木君の方は苗字で言った筈だけど」

 咎めるような目で見るな。忘れていた訳じゃないんだ。ちょっと頭から抜けていただけだ。

「でも、植木君、つうか、あの時の参加者は、可能な限りではあるけど、もう一回仕切り直しで会う筈じゃ?」

「うん。その集まりに参加する前に、もう一回会ってくれないかって。緒方君だけ」

 いや、いいんだけども、何で俺だけ?

「まあいいよ。じゃ、どうすりゃいいの?」

「じゃあ伊織に連絡していつ会えるのか確認取るから、その後でもいい?緒方君はいつでも暇なんだから、いつでもいいっしょ?」

「酷い言われようだが、それでいいよ」

 いつでも暇じゃないんだぞ一応。俺にも用事がある時があるんだから。

 楠木さんとはそこで解れて教室に入る。

「おはよう緒方君。なんか楠木さんと話をしていたけど、どうしたんだい?」

「ああ、植木君が俺の用事があるらしくて、その伝言」

「植木君って、親睦会に来た海浜の生徒かい?楠木さんがなんでまた?」

「ファミレスの藍色コスの子経由でね。そういやあの時はそれどころじゃなくなったから、誰とも連絡先を交換していなかったからな」

「確かにね。あの後植木君達は帰っちゃったから」

 荒事が向かないのは当然だが、俺達の事情に巻き込んだ感があるからな。なるべくなら速やかに、迅速に避難して欲しかったし。

「ああ、西高と黒潮が、正月明け早々潮汐の馬鹿共をぶっ叩きに行ったの、知ってる?」

「え?そうなのかい?だけど冬休み中だから学校に行っても意味が無かったんじゃ?」

「大雅に自宅調べさせてさ。俺も参加したかったけど、木村の野郎、内緒にしてやがってさー」

 知った後文句を言いまくったが、お前はやり過ぎるから誘えねえだろと言われ。

 それは今更だろと言い返したら、遥香やヒロ、麻美、河内にも内緒にすることを賛成されたと言われ。

 やはり危険人物指定の解除は難しいのを、この時悟った訳だ。嘘だけど、前々から知っていたけど。

「全部は無理だったようだが、半分以上は追い込んだらしい。悪鬼羅網も解散したし、これで多分何もなくなるだろ」

「うん。狭川君や潮汐関係は、ね」

 そうなんだよな…それ以外は絶対に何か起こるだろうな…確実なのは佐伯はくたばるって事だ。

「……川岸さんはどうなると思う?」

 俺と同じ事を考えたのか、国枝君が問うてきた。

「多分此の儘行けば…」

「そうだよね…どうにかなると思うかい?」

 一応ながら助けたいと思っているようだ。同じ中学だし、同じサークルだったして、交流は濃い方だったから当然か。

「何を言っても自分の都合のいい方しか聞こえないんだ。だったら無駄だ。だけど、国枝君がどうにかしたいって言うんなら、勿論手伝うけど」

「いや、どうにもなんないのは僕にも解るよ。彼女が漸く危機を持つ時は、命が危険になった時以外無いと思うしね」

 それは残念そうに、寂しそうに。

「だけど、一応ダメ元で警告はしているんだよ。このまま行ったら大変な事になるって」

「んで、帰って来た返事が、あなたに何が解るんだ?か?」

「そうなんだよね……挙句、私より霊感がないくせに偉そうに、とか、何も出来ないなら首を突っ込まない方がいいよ、とか言われたよ」

 ははは、と渇いた笑いを漏らしながら。

 そんな奴を助けようと考えた国枝君は大変立派だ。俺なんか初期の段階で見捨てる事にしているんだから。

「おはよーダーリン。今日もカッコイイね。流石私の生涯の伴侶」

 此処で遥香が登場。じゃあこっちも挨拶を返すか。

「おはようハニー。休み中、身体はちゃんと磨いたか?俺の物なんだからメンテナンスは怠らないようにな」

 国枝君が真っ赤になって顔を伏せた。いやいや、これ朝のテンプレじゃんか。今更恥ずかしがる事ないだろ。

 遥香の方は動じずに。テンプレなので慣れたもんだ。

「そう言えば、この学校って席替えは無いのかな?繰り返し中どうだった?」

 どうだったかな……あったと思ったけど。

「二年の時はあったよ。二学期の始まりに。結局俺は元のポジで、みんなもそうだったけど」

「じゃあ三学期は?」

「いや、俺修旅で死んじゃったから、三学期は解らないんだよな」

「……………」

「……………」

 なんか二人とも気まずそうに俯いて沈黙した。なんでそんな気を遣うのか?

「過去、ってか、俺が前いた世界の話だから。今の世界は関係ないから」

「う、うん。解ってはいるんだけど…」

「無神経だったかな、と思ってね…」

 全然そんな事無いよ。だから気にすんな。

「そ、そういや二学期席替えは無かったよな?」

 何となくだが、無理やり話題を反らした。

「あ、うん。する予定だったけど、体育祭と文化祭で忙しかったから忘れていたみたい」

 先生ですら忘れるのか…まあ、席替えは気分転換のようなモン。必ずしもやる必要はないからいいけども。

「じゃあ三学期はするのかな?」

 国枝君の疑問である。別にどうでもいいとは思うけどなぁ……

「多分するんじゃない?後ろの方は兎も角、全方の席は不満を持っている人が居るからね」

 授業中寝られないとかな。寝たら駄目なんだけど、普通は。

「じゃあ離れるかもしれないんだね」

「そう言っても、この席だって自由席だったんだから。早い者勝ちのシステムで取った席なんだから」

 執着しなくてもいいだろう。席が離れていたって同じクラス。なんてことはない。

「え?じゃあ俺は誰から宿題写させて貰えばいいんだ!?」

 此処で乗っかったヒロだが、お前国枝君からちょくちょく写させて貰っていたからな。あと寝ていたりとか。その席って居心地いいんだろう。

「宿題くらい自分でやれ。俺だって忘れた事は無いんだぞ」

「え!?お前槙原から写させて貰っていたんじゃ無かったのか!?」

 何を意外そうに言うのだろうか?宿題は自分でやるもんだろ。

「あはは~。無いよ。解らない所を聞かれた事はあるけどね」

「僕も無いよ。質問はされる事はあるけども」

「マジか…なんてこった…隆はこっち側だと思っていたのに……」

 お前こそ俺をなんだと思ってんだ。そんな事していたら、学年中間の成績になってない、もっと下位に居るだろうが。

 お前は案の定下位グループだけど、そういう事なんだよ。解ったらちゃんと真面目にやれ。


 で、三学期最初はLHR。議題はやっぱり席替えだった。

「この箱の中にある数字が書いてある紙に移動してくださーい」

 学級委員長、中畑君が、教壇に穴が開いている箱を置いた。

「じゃあ左の一番前の人から順番に。何か質問はあるか?」

 挙手したのは横井さん。

「はい、横井」

「はい。一応今は男女一列に別れているけど、それじゃ数字によっては隣が同性になるんじゃないかしら?」

「そうなったら話し合いとか、ジャンケンとか」

「まあ…そうなるのよね……」

 じゃあ数字の意味、あんま無いじゃんって感じだが、しょうがないと座り直した。

 そりゃそうだ。話し合いで席が決まるんだったら、数字の取り替え放題って事だから。

 まあ、取り敢えず粛々とくじを引いて行くクラスメイト。俺も当然引いた。

 で、数字に当てられた席に座る。

「ど真ん中か…」

 窓際から真ん中に移っただけだった。いや、別にいいんだけども。

 俺の列は男子ゾーンなので、話し合いもじゃんけんも無し。クラスメイトと争わなくて良かったぜと、多少に煩わしさを回避した事に安堵した。

「お?俺の隣は緒方か」

 女子ゾーンの隣の席に座ったのは蟹江君。これから男子ゾーンの席を取った女子と話し合いが行われるのだろう。

「今座らなくても、どうせ話し合いになるんだから待っていた方がいいんじゃない?」

「全員席が決まってからだろ。早い者勝ちじゃねえんだから」

 それもそうかと深く腰を降ろす。俺の席は此処に決定したので、焦る必要は全く無いのだ。

「あれ?緒方君の前か」

 俺の前の席を取ったのは黒木さんか。じゃあ話し合い対象になるな。

「うん?緒方君の隣か。このままでもいいけどな、僕は」

 蟹江君の反対に座ったのは赤坂君。話し合い対象だ。

「さて、意外とラッキーな展開になったけど、どっちにしようかな……」

 振り向くと遥香が悪い顔で笑っていた。こいつ、俺の後ろ取ったのか。

 つうか、結構親しい人に囲まれちゃったな。ど真ん中最前列のヒロが激しく項垂れているが、そこは見なかった事にしよう。

「はい、じゃあ列違いの人達は話し合いで決めて。それ以外の人は特例以外例外なし」

「特例ってなんだ?」

 ヒロの質問、ど真ん中最前列だから質問がしやすいんだろう。

「目が悪いから黒板が良く見えない後ろの席の人が、前の席の人と代わる、とか」

「そうか!!その手があったか!!後ろの目が悪い奴!代わってやるから遠慮しないで言え!!」

 誰も代わるなよ。あいつは少し緊張感を持った方がいい。先生の直ぐ近くなら緊張感はクラス一番だろうから。

 さて、話し合いだ。何故か俺と中心に囲んで。

「蟹江君、赤坂君」

「解ってるって。槙原、お前に譲るよ」

「僕もいいよ。右隣りか左隣り、好きな方を選びなよ」

 遥香が胸を撫で下ろす。まあ、二人とも読んでいた流れだから文句も言わない。

「あ、じゃあどっちか私と代わろう。緒方君の前、どっちがいい?」

「う~ん……じゃあ僕に譲ってくれるかい?目があまりいい方じゃないから、前の方がいいんだよね」

 黒木さんが了承して赤坂君が俺の前に決まった。

「じゃあ俺が緒方の後ろだな」

 蟹江君が流れに乗ってそう決めた。これで後は女子が決めれば終わる。

「じゃあ遥香、どっちがいい?右?左?」

「流石にどっちでもいいけど…大体ダーリンの左腕に腕を組んでいるから、どっちかって言えば左かな?」

「じゃあ決まりね」

 流れるように俺に右隣りに移動する黒木さん。そんな感じであっけなく席が決まった。

「じゃあ机持って来るか…」

「まだ早いよ。他の人達決まってないから」

 見てみると、結構揉めているようだった。特に前列が。

 仕方がないと座り直す。席決めは意外と嬉しいイベントだからな。納得するまで話し合えばいいさ。

「赤坂の隣か…だけど黒木さんの前だからいいかな…」

 おっと、黒木さんの前に横井さんが来たか。

「赤坂の隣?緒方君の近くだからラッキーってのもあるか……」

 遥香の前には蛯名さん。そういや今回はクラスで話していない人っていないなぁ……

 その遥香の後ろには福田さんだし、黒木さんの後ろは市村さんだしで、結構話しているクラスメイトが固まったな。俺的には良かったかも。

 国枝君は……前と同じ席?俺の隣の隣じゃねーか。ヒロは俺の前の前の前だし。

「決まったようだな。じゃ、前の机持って移動して」

 中畑君の号令で机を持って移動開始。その時国枝君に話し掛けた。

「また窓際か。いいなぁ」

「新鮮味がないけどね。大沢君と代わってあげたいくらいだよ」

「駄目だ、あいつは少し真面目にやらなきゃ」

「僕もそう思ったから、敢えて交換を申し出なかったんだよ」

 流石国枝君だ。解っているなぁ。

 そんな訳で移動終わり。改めてみんなに話し掛けた。

「三学期中、よろしくな」

「よろしくねダーリン」

「お前等のイチャイチャを三学期中、ずっと見なきゃいけねえってのがキツいけどな」

 蟹江君の突っ込みに周りが笑った。赤坂君でさえも。

「なに赤坂?アンタも笑うの?随分余裕じゃない?」

「ああ、赤坂君は大洋に彼女がいるからな。イチャイチャには余裕で返すんだよ」

 からかった蛯名さんが目を剥いた。赤坂に彼女!?と。

「ああ、文化祭の大洋の中学生の事ね。まだ続いていたの?」

 横井さんも結構驚いて言う。この人も赤坂君を毛嫌いしているから意外なんだろう。

「流石にもう直ぐ受験だから連絡は控えているけど、一応正月には遊んだよ。僕が大洋に行って」

「え!?赤坂、マジで彼女いんのか!?あの場限りのノリじゃねえの!?」

 蟹江君もビックリ仰天。そんなに意外か?趣味が合えばそうなるだろう?あの子は顔で選ばず、話が合ったから選んだ。それだけだろうに。

「いるけど……文化祭終わった後に言ったよね?彼女できたって」

 スマホを滑らせて画像を見せる赤坂君。それはおさげちゃんと一緒に自撮りしたであろう写メだった。

「本当に!?騙されてない!?」

 失礼な事を言う福田さんだった。だから赤坂君も良い奴なんだよ。ちょっとアレなだけで。

「おさげちゃんは赤坂君と話が合ったから付き合ったんだよ。別におかしな事は無いだろ?」

「だ、だけど、赤坂だよ?」

 黒木さんも失礼だった。こうなればとことん赤坂君サイドに立ってやらなきゃ気が済まん。

「別に不思議じゃないだろ。いくら外見が良くても話が合わなきゃ苦痛なだけだ。おさげちゃんは男を顔で選ばなかった。それだけだよ」

「それって僕を不細工ってディスっている様な……」

 しまった。そうなっちゃうか。言いたかった事はそうじゃないのに、結果赤坂君を傷つけてしまった!

 何とかフォローしようとする前に。

「まあ、緒方君が言いたい事は解るよ、ありがとう緒方君」

 逆に感謝されて恐縮してしまう。

「い、いや、俺も無神経だった……」

「緒方君が無神経なら、私なんか更にそうだわ。とっくに終わった話だって勝手に決めつけていたから。ごめんなさい、赤坂」

 おお…横井さんが赤坂君に頭を下げた…赤坂君自身も信じられんのか、目を丸くしているし!!

「おう…俺も勝手にあの場のノリって決め付けちまって…悪かったな、赤坂」

「騙されているって勝手に思っちゃってごめん」

「私も…赤坂ってだけだけで否定してゴメン」

 一番ひどいのは黒木さんだな。赤坂君だからって理由なだけだから。

「いや、何とも思っていないよ。そう思われるんだろうな、って自分でも感じていたし。だから気にしなくていいよ」

「俺は思っていなかったけど……」

「緒方君はちょっと特殊だから。自覚した方がいい場合があるよ」

「うんうん。ダーリンはそうだよね。赤坂君の言う通り。ちゃんと他の人と違うって自覚してよね」

 遥香の結びで全員が笑った。特に市村さんは爆笑した。ずっと近くの席で俺達を見ていたから感じる所があったのだろうが、今度は俺がへこむ番だ。


 放課後、俺は楠木さんに言われてコスプレファミレスに来ていた。

 高岡さん、つうか、植木君が会いたいって、例の話だ。

「何の用事なんだろうね、植木君」

「やっぱお前も来るんだな…」

 当たり前の様に着いて来た。まあ、いいんだけども。

「つうか海浜も今日は半ドンなんだな」

「新学期初日はね。ここいらの学校、みんなそうでしょ」

 他県の学校はどうなんだろう?黒潮も南海も半ドンみたいな話だったし。

「つうかなんか注文してよ。流石に話だけは無いっしょ?」

 楠木さんがなかなか注文しない俺達に苛立って催促しに来た。わざわざ厨房から。

「そうだな。山盛りポテトフライ」

「それと、ドリンクバー二つ」

 昼飯も頼みたい所だが、植木君が来てから考えよう。

「はーい。つか、国枝君と大沢君は?緒方君とセットだよね?」

「セットじゃねーよ。国枝君は当然大山食堂だし、ヒロはバイトで忙しいんだ」

「ああ、大沢君、バイク買うんだっけ?優が不安がっていたけど。あの頭で免許取れるのかって」

 そう言えば試験で落ちる可能性もあるんだよな。そうなればお金がもっと掛かるな。一発合格の俺だって30万掛かったんだ。落ちた日にゃ、スンゴイへこむだろうな。精神的にも、金銭的にも。

 山盛りポテトフライを突きながら植木君を待つ。

 その時、藍色コス…高岡さんがアイスを二つ持って来て、申し訳なさそうに言う。

「ごめんね。あいつまだちょっと掛かるみたいなんだ。これ食べてもうちょっと待ってて」

 掛かるって、何かやってんのか?つか、アイスはいらんけど…

「悪いからお金は払うよ。つか、植木君って何か部活やってんの?」

「ううん。委員会の仕事で遅れるって。あいつ、生徒会の書記なんだよ。アイスはメニューには100円と謳っているけど、従業員割引で60円程度だから気にしないで」

 新学期早々仕事してんのか。大変だなぁ…

「ねえ、高岡さんだっけ?植木君、何の用事なのか、ザックリでいいから聞いてない?」

 此処で斬り込んで行くのが遥香だ。どうせダラダラするんなら俺ん家か自分の家がいいってさっき言っていたから焦れたんだろう。

「えっと……北商が何とかって言ってたな…」

 北商と聞いて顔を合わせた俺と遥香。

「北商が何の用事なんだ?」

「さあ…解らないけど……ヤバめの話ではないでしょ。北商は厳しい学校だから、他校と揉め事は起こさないと思うし」

 俺絡みならヤバそうな話になるのかよ。まあ、何となく納得しちゃったけども。

「あ、アイス、溶ける前に食べてね。じゃ、もうちょっとだけ待ってやって。ホントごめんね」

 そう言って退散する高岡さんだった。そして遥香は誰かにピコピコとメールを打っていた。

 一応聞いてみる。

「どこにメールしたんだ?」

「倉敷さん」

 だよな。北商と言えば、だし。

「あ、来た」

 どうやら返事が来たらしい。少し難しい顔をして再びポチポチと。

「どうだった?」

「うん……今日から新学期だから、学校の中では目立って行動していないって」

 そりゃそうか。流石に新学期初日からはな。

「だけど、メッキがかなり剥げたみたい。霊感は確かにあるんだろうけど、占いは外れてばかりで、話題はダーリンの繰り返しの事ばかり。徐々にハブられてきたみたい」

「そりゃ、自業自得でどうしようもないな」

「うん。だから植木君の北商ネタがどんなものなのか、逆に興味が湧くよ」

「逆に川岸さんの事じゃないのかもしれないぞ?」

「それならそれで、逆に興味があるよ。ダーリンを呼び出したって事は相当な事でしょ?」

 そうなの?俺って結構呼び出されていると思うんだけど?

「凶悪狂犬の緒方隆を呼び出すなんて、余程の事だよ?海浜の生徒なら尚更だよ」

 酷い言われようだが、そう言われればそうかもしれない。学業優先の海浜の生徒が、見たら殺す狂犬を呼び出すのは相当な事件だ。

 そして山盛りポテトフライを食べつくし、ドリンクで喉を潤す事暫し――

「お、遅れてゴメン」

 息も絶え絶えに植木君登場!待ちかねたぜ!!

「いや、いいよ、委員会大変みたいだな」

 取り敢えず座らせた。俺の正面に。

「なんか頼む?さっきまでポテトあったけど、食いつくしたんだよな」

「あ、ドリンクだけで」

 昼飯まだだろうにと思いながらも呼び出しボタンを押す。

 やって来たのは藍色コスの高岡さん。

「遅いよ!緒方君と槙原さん、何十分待ってたと思ってんの!」

「ほ、ほんとにゴメン」

「謝るのは私じゃないでしょ!」

 いや、さっき謝って貰ったし、俺達は別にいいんだから……

 助け舟宜しく、高岡さんに注文をする。

「あ、あの、植木君、ドリンク一つだって」

「うん?ああ、そっか。畏まりました」

 一応接客はするんだよな。ここのバイトさん、結構きっちりしている…って訳でもないか。繰り返し中、結構融通利かせて貰ったし。

 注文を受けて退散しようとした高岡さんをとっ捕まえる。

「なに?」

「ああ、えっと、親睦会で集まった人達と連絡先交換したかったんだけど、あの騒ぎで流れただろ?だから高岡さんさえ良ければ交換…うおっ!?」

 結構な迫力で超接近されて怯んだ。だって楽勝でキスできそうな距離まで迫って来たんだもん!!

「……私はいいけど、何かトラブらない?浮気認定されるとか…」

「あの…その浮気認定する人の前で訊ねているんだけど……」

 バッと遥香の方に顔を向ける高岡さん。遥香は苦笑いしながらも頷く。

「また改めて集まるって決めたけど、みんな予定があるからね。なるべくならあの時のメンバー全員で、って事で、連絡先が必要だからね。私にも教えてくれるとうれしいけど」

「そ、そうか。そういう事なら…あ、でも、スマホロッカーの中だ……」

「ああ、じゃあ植木君から聞いてもいいかな?植木君もいいだろ?交換」

 振られてキョドリながらも頷いた植木君。

「いいそうだ。じゃあ聞いた後、俺と遥香のアドレスとメアド、送るから」

「なんならラインも…」

「俺ってラインやってないんだよ。遥香も。煩わしいから」

「ああ、緒方君のキャラならそうかもね。つか、槙原さんも?」

 女子がラインをやっていないのが信じられんらしい。酷く目を剥いて驚いている。

 ともあれ、仕事中にあまり雑談も出来んと言う事で、高岡さんが退散した。

「ふう、意外と面倒臭いな、連絡先の交換ってのは」

「でも、知らなきゃ誰かに連絡して貰う事になるし、都合が悪いとまた連絡して貰わなきゃだしで、煩わしさがアップするよ?」

 まあな。と頷く。つか、これは俺の中では決まっていた事だ。

 どうにかして高岡さんと連絡先の交換をしたかった訳だが(よし子ちゃん絡みで)、いい口実が浮かばなかった。

 だが、あの集まりの幹事の一人は遥香。ならば、連絡が取れる人のアドレスくらいは訊ねようと持ちかけたのだ。

 そうしようかとあっさり納得してくれたのは有り難い。尤も、元々交換する予定だったのだから、不信感は殆ど無い筈だ。

「つう訳で植木君、早速交換しよう」

「あ、う、うん…」

 戸惑いながらも連絡先を交換。今回はアドレスに名前が溜まるのが早くていい!!

「じゃあ私も。高岡さんのも教えてくれる?」

 遥香も無事交換。俺も高岡さんの連絡先をゲットした。

 早速俺の連絡先を添付して送る。これで取り敢えずは一安心だ。

「一仕事終わったから飲み物のお代わりをしよう。遥香はなににする?」

「えーっと、じゃあ烏龍茶」

「植木君は?ついでに持ってくるよ」

「え?い、いや、悪いから自分で行きますよ」

「いいからいいから。ついでだし」

 恐縮する植木君だったが、どうにかオレンジジュースを頼まれた。これでコーヒーのお替りを持って来れるってもんだ。

 飲み物を一口飲んで喉を潤し、植木君を見る俺。

「じゃあ、申し訳ないけど、早速用事ってのを話してくれるか?高岡さんが言うには北商がどうのとか?」

「あ、はい。えっとですね、北商の二年に、僕の先輩が居まして…」

 うん?植木君は海浜だろ?何で北商に先輩が?

 怪訝な顔をしたのだろう。遥香が肩をトントン叩いて注意を向けさせて言う。

「中学の時の先輩って意味だと思うよ」

 ああ、そりゃそうか。うっかりして勘違いしていたぜ。

「中学の先輩ね。うんうん。それで?」

「はい、その先輩がやっぱり緒方君に昔助けられた事があったようで、緒方君に興味津々なんですよ」

 多分露骨に嫌な顔を拵えたのだろう。植木君、慌てて違う違うと手を突っ張って首を何度も横に振った。

「紹介してくれとか、会わせてくれとか、そんな話じゃないです。元々緒方君への好感度が高かったって意味ですから」

「……その人って女子?男子?」

 彼女さん、結構な迫力で植木君に訊ねた。植木君、身を引きながらも答える。

「だ、男子ですから、心配しないでください」

「あ、うん、じゃあ安心安心」

 安心って、お前俺が浮気するとか思ってんの?一度本気で確かめてみたいわ。

「で、僕があの親睦会の集まりに呼ばれたのを知って、じゃあ仲良いのか、と。初めて会っただけですけど、もう一度仕切り直しで集まりますけど、と言った所、じゃあ伝えてくれと」

 そこでずいっと前のめりになり、真剣な顔を拵える。

「……北商の一年に川岸って女子が居るんだけど、緒方君の幼馴染を狙っているって……」

 多分顔が険しくなったんだろう。植木君、身体を硬直されて引かせる。

「……麻美を狙っているって?」

「は、はい。僕はその人の事は全く知らないんですが、なんかヤバい人らしくて…」

「……ヤバいって、たかが女子だろ?麻美を通り魔のように殺す計画を立てているのか?」

「先輩が言うには、その人毎夜毎夜百度参りしているような人らしいんですが……」

 百度参りとは、神社とかお寺とかの入口から拝殿、本堂まで行って参拝し、また入口まで戻るということを百度繰り返す事を言う。この時裸足で行うと効果が増すとか何とか。

 まあ、川岸さんのキャラではあるよな。効果が現れるかどうかは別として。

「百度参りは参拝ですから、問題無いんですが、彼女がやっていたのはちょっと違っていたらしく……」

「ん?ちょっと待って。植木君の先輩ってその人が百度参りしているお寺とか神社の人なの?」

「いえ、その近所に住んでいるんです。冬休みの深夜に勉強の息抜きで自販機に行く途中、その川岸さんの姿を見たから後を着けたって言うか……」

「まあ、深夜に神社とかお寺に行こうとしている女子が居たら、不審に思うよな」

「はあ、まあ…そうなんですが……それが理由じゃないって言うか……」

 なんか歯切れが悪くなったな。まさか深夜に女子が居たから乱暴しようとして後を着けたとか言うんじゃないだろうな?

 だったらぶち砕き確定なんだけど。

「その先輩の家って峰山神社の傍なんですよ」

 ふむ、峰山神社ね。成程………

「………それがなんだ?」

 神社の近くの家なんて別に珍しくないだろう。つうか峰山神社って何処にあるんだっけ?

「…峰山神社って……マジで?」

 遥香が喰い付いたが、一体なんだ?

「はい。峰山神社は海浜の上にある山の頂上にある神社です。鳥居の近くに自販機がありますよね?先輩はそこで川岸さんを見たんですよ」

 山の頂上!?

 あのあたりの山はそんなに高くないが、だけど山の頂上だぞ!?冬の深夜にそこに向かうのか!?

「それは……確かに気になるよね…私だったら自殺しに行こうと思うかも…」

「い、いや、その前に百度参りだよな?鳥居から頂上まで往復するんだぞ!?」

「何回目かは解らないけど、先輩が後を着けた時には雪に足跡が沢山あったらしいですから、百度参りを真似た物だろう、って」

 絶句した。なんだその無駄な行動力!?もっと違う事に使えよ!!

「まあ、兎も角後を着けたんですよ。槙原さんが言った通り、自殺の可能性も否めないですし。自分の家の近くの神社で死体が上がったとか、ちょっと嫌でしょ?」

「ちょっとどころじゃねーよ」

 かなり嫌だよ。引越ししようって親父とお袋を説得するよ。

「先輩は気を配ってバレないように後を着けたんです。で、頂上の神社に着いたんですが、お参りなんかしないで通り過ぎて、奥の林に向かったんです」

 奥の林?首吊る為の木を探していそうだな…だけど百度参りだろ?奥の林に往復したって事だろ?何のために?

「気になって。だけどバレちゃ駄目だから、境内の方に隠れてやり過ごしたそうです。で、彼女が戻ってきて、其の儘下に降りたのを確認して、林を探したんです。すぐ見つかったそうですよ。足跡が沢山だったから簡単だったらしいです」

 植木君、そこで溜めて溜めて……重い雰囲気を出しながら発した。

「松の木に五寸釘を打った藁人形を」

「!!!!!!」

 俺と遥香は顔を見合せた。

「……遥香。真っ青だぞ、顔……」

「ダーリンもだよ……風邪でも引いた?」

 そうか、俺もそんな顔色かよ……

「……植木君、ちょっと確認いいかな?」

「いいですよ。多分聞かれるだろうと思っていましたし」

 苦笑して。今何か言おうとしていたが、俺に譲った感じだ。

「まず、なんで川岸さんだって解ったんだ?先輩と彼女は面識がないんだろ?」

「次に上がって来た所をとっ捕まえたんです。最初はシラを切っていたけど、警察に通報するって言ったら全部白状したって言ってました」

 成程…それで名前が解ったのか。彼女、生徒手帳持ち歩くタイプだからな。学割が利くとか言って。それを見せて貰ったんだろう。

「なんで麻美が狙いだって解った?」

「藁人形の中を調べたんです。住所と名前が書かれた紙が入っていたそうで。終いには住所が解らないと神様も罰を与えに行けないでしょ?って得意気に言ったそうです」

 罰と聞いて俺の拳が握り固まった。その拳を遥香が握る。落ち着くように。

 流石俺の彼女さん。彼氏の至らん所を全て補うぜ!!

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