年末~013

「お、おい、そりゃ…」

 立ち上がって何か言おうとしたヒロを手を翳して制する。

「大雅、玉内に、狭川がアレを見て狼狽したのも見られた。ここまで来ると、下手な誤魔化しは逆効果だ。河内にも了承を取ったから」

 横井さんを見てそう言うと、流石に怪訝な表情。

「内緒話とやらに関係しているの?的場さん、と言うか、誰にも聞かれたくなかったようだけれど…」

 頷く。そして続ける。

「今から話す事は真実だ。到底信じられない話だろうが、真実だ。証拠も持っているし、提示してもいいが、それは全部話した後に決めてくれ」

「……ダーリン、此処で話すのはちょっと不味いんじゃない?他の人の目もあるし…」

 しきりに周りを気にする彼女さん。それは俺もそう思うけど……

「カラオケの方が内緒話に向いていたか……その話が出ると知っていれば、移動しなかったんだけど……」

 麻美さんも後悔している様子。確かにそうだけども、突発的な事は多々あるからな。

「俺ん家でもいいけど、この人数は流石にな……」

 俺含めて15人だ。こんな人数収容できるほど、部屋が広い訳じゃない。

「……私のアパートなら、他に人が居ないから大丈夫だよ?ちょっと狭いけど、それでもいいのなら」

 春日さんの提案であった。あのアパートは春日さんの一人暮らしで、寝室を除けば確かにスペースはあるか。

「独り暮らしの女子の部屋にお邪魔するのは気が引けるよな…」

 生駒の常識人発言に我に返った。確かにそうだな。好意に甘えすぎる所だった。

「じゃあ女子は春日ちゃんの所、男子はシロの所に行って話せばいいじゃん。どっちにも事情に精通している人が居るんだし」

 生駒と春日さんに交互に目を向けて。楠木さんの案もいいが、生駒は迷惑じゃないのか?

「生駒のアパートと春日ちゃんのアパートじゃ方向が真逆だろ。隆、お前ん家に男子集めろ。女子は日向ん家だ。男子に関しては、泊まるって言うんなら、俺ん家も提供してやる」

 ヒロの提案に成程と頷いた。じゃあ女子の方は……

「私の家でもいいよ。全員お泊りしてくれたら嬉しいしねー」

 麻美さんは女子全員面倒見ると。

「じゃあそうしよう。悪いけど麻美さん、今晩宜しく」

 彼女さんが提案に乗ったおかげで、俺も私もと全員一致で可決された。麻美の家に女子8人も泊まれないと思うが、そこは何とかするのだろう。

「でも、着替え持っていないわ」

「朝一で帰れば大丈夫。つうか私も持ってないし」

 横井さんの何となく申し訳ない気持ちを一蹴する黒木さんだった。この辺は有り難い時もある。

「向かう途中、ダーリンのお家に寄れば、歯ブラシのストックもあるよ」

「お前が大量に置いて行ったヤツだからな。あって当たり前だ」

「…緒方は彼女とは言え女を家に何度も泊めるような奴だったのか…」

「勝手に泊まりに来るんだよ!!親にも根回ししていやがるから、俺一人であーだこーだ言っても無駄になるし!!」

 玉内の呟きにヘタレ全開で返す俺。俺が断っても親父、お袋がウェルカムなんだから、どうしようもねーんだよ。

「親が泊まってもいいって言っているのか…」

「それだけじゃねえぞ。こいつ、槙原の親にも泊まって行けって何度も誘われてんだぜ。ヘタレだから絶対に泊まらねえんだけどよ」

「余計な事言うんじゃねえよ木村ぁ!!玉内!その意外そうな目はやめろ!!絶対マイナス感情の方の意外そうな目だろ!!」

 だがまあ、玉内は俺を相当危ない奴だと思っていただろうから、これは逆にイメージを覆すチャンスか?

 悪い方に覆っていれば、どうしようもねーんだけども。


 電車に揺られて帰路に着く。この時間であの話をしようものなら、完璧終電が終わっちゃうから、全員お泊り確定なのだ。

 途中コンビニに寄って飲み物類を購入。家に着いて遥香に使い捨て場ブラシを人数分渡す。

「ありがとダーリン。こっちは任せておいて」

「おう、頼む。横井さん、絶対に納得しないだろうから、あのボイスレコーダー聞かせてもいいからな。あと、河内も朋美の生霊を見たから、その話を頼む」

 言ったら腕を掴まれた。

「……それホント?結構重要な事じゃない?私達にも話した方がよくない?」

「河内の携帯に掛ければいい。事実確認を取ってもいいって了承を得たから、そのついでに聞いてくれ」

「丸投げなんてダーリンらしくないけど…」

「見たのは河内だからな。だから俺に内緒にするように、横井さんの携帯にも出なかったんだ。その辺もちゃんと聞いてやってくれ。主に横井さんへのフォローの形で」

 心配かけたのは事実なんだから、寝る時間も奪っちゃえばいい。まあ、俺の為ってのもあったんだろうけども。

「うん。解った。時間は何時でもいいのかな…」

「いいだろ別に、河内に気なんか遣うなよ」

 本心を述べたら声を殺して笑われた。いつも迷惑掛けられてんだから、そう思ってもいいだろ。

 ともあれ、我が友人達を部屋に招く。流石に野郎ばっかでムサいが、我慢するしかない。

「おう隆、コーヒー」

「今日は缶コーヒーで我慢しろ。大雅、玉内もいいだろ?」

 振られて思わず頷いた体だった。流石に嫌だとは言わないだろうし。

 適当に缶ジュースを回して一息つく。

 暇もなく。

「緒方、あれはなんだ?」

 急かすように。玉内は余程気になったようだ。幽霊なんて初めて見たからだろう。

「……あれは本物の幽霊、でいいんだよな?」

 大雅の追撃。まだ確認とって無いから何とも言えないが…

「まだ生きているのなら幽霊じゃない。生霊だ」

「まだ生きている…?どう言う事だ?」

 これは全員「?」だったようで、首を一斉に傾げた、因みにムサくて全く可愛く無かった。

「ほら、里中さんが言っていただろ?爽やかポニーがサイト退会したって」

「…緒方君はそれはもしかして亡くなったから、と言いたいんだね?」

 国枝君の確認。俺は躊躇なく頷いた。

「まあ、あの狂人が死のうが何だろうがどうでもいい。さて大雅、玉内」

 呼ばれて若干身構える両名。微かだが硬直した。

「ファミレスでも言ったが、これは本当にあった話で、到底信じられる事じゃない。本当は内緒にしておきたかったが、見てしまったんだ。お前等も納得したいだろう?」

「…だが、信じられる話じゃねえ。そう言ったな?つまり、とびっきりの爆弾発言だって事だ。あの幽霊絡みなら尚更の…」

 頷く。そして口を開く。あの話はこれで何度目だろうか?何度話しても、この緊張感は慣れないな…


 いつものように、感情を交えずに、淡々と語る。

 下手なリアクションは逆に信憑性を失う。だけど、真剣さは意識して。

 この話は長い話しだ。今日も漏れずに長く語った。

 話終えた時に喉が渇くのも一緒。一気にコーヒーを煽るのも一緒だった。

「……これが俺の話だ。信じられないだろ?」

 かなり躊躇して頷く大雅と玉内。この光景も見慣れたもんだった。

「確かに信じられないな…だけど、幽霊の辻褄はあった…か?」

「……俺達よりも、此処に居る連中だ。お前等は信じたのか?こんな突拍子もない話を?」

 玉内に睨まれながらも、全員頷いた。「マジか…」とのつぶやきが玉内から漏れた。

「向こうでは橋本さんと横井さんも同じリアクションしているんだろうな」

 なんかおかしくなった。多分見事にシンクロしている事だろう。

「まあ。無理もねえだろ。俺だって信じられねえ部分もあるんだから」

「中学の時から一緒だった大沢ですら、信じられない部分があるのか?」

「おう、俺がこいつとガチスパーでKO負けしたとか、絶対に嘘だ」

「……ああ、大沢って、なんかそんなキャラだよな…」

「どういう意味だ玉内!?絶対にポジティブな言い方じゃねえよな!?」

 まあ、プラスの感情ではない事は確かだ。生駒が激しく頷いている事も踏まえて。

 しかし、ヒロ達と違って決定的なのは、大雅も玉内も『朋美を見た』と言う事だ。

 そこで須藤真澄から貰ったボイスレコーダーを滑らせる。遥香が持っているのはコピーした物。こっちがオリジナルだ。

「なんだコレ?ボイスレコーダー?」

「まあいいから聞いてくれ」

 そして俺は二人に聞かせた。タップリ2時間は有ろう会話を。


 途中で飽きて眠くなったか。ヒロが舟をこぎ始める。

「あいつもいちいち大物だな」

 生駒が呆れる様に言う。その点に関しては、俺も同感だ。

「ちょっと長くなりそうだな。コンビニに行ってなんか仕入れて来るか。お前等はなにがいい?」

「あ、木村君、僕も行くよ」

 木村と国枝君も飽きていたようだ。これを聞くのは二回目だ。長い話なのは既に知っている。

「お前も行ってもいいけど。俺が居れば、二人の質問に答えられるし」

「いや、当事者のお前の話よりも、第三者視点の俺の話も聞きたい事もあるだろ?だから残るよ」

 やっぱり生駒は常識人だ。ホントに有り難い。本格的に寝入っているヒロよりも有り難い。

「じゃあ適当に摘まめるモン頼む」

 そう言って木村に千円渡す。

「カツカレー足りなかったか?」

「いや、みんなで摘まむもんだよ」

 成程と頷いて更に問う。

「この辺りにマックとかあったっけ?」

 なんだ?こいつ確かファミレスでカキフライ食っていたよな?足りなかったか?

「みんなで摘まめるモンっつったらフライドポテトが一番いいだろ。マックとかあったっけ?」

 ああ、こいつなりに気を遣ってくれたのか。これもまた有り難い。

「マックは無いが、ピザ屋ならある」

「そっか、だったらチキンもあるか」

「あ、じゃあ俺もカンパするよ」

 生駒も千円を木村に渡した。

「…ちょっと待て、だったら俺も」

「じゃあ俺も」

 大雅も玉内も千円出した。

「おう、これで金出してねえのは、あそこで本格的に寝入っている大沢だけか」

 高鼾のヒロをジト目で。まあいいじゃねーか。みんな出したって聞いたら出すよ。多分。

「じゃあ行こうか木村君。ジュース類はさっき仕入れたのがあるから、買わなくてもいいよね」

「おう。適当に買って来る」

 そう言って静かに外に出る。俺のご両親に配慮したのだ。

「お前等はそれ聞いて」

「うん、この女って、例の内湾女子の女だよな?君達がさゆに調査を頼んだ…」

「また別の情報が出て来たか…それも後で話してくれ」

 若干うんざりしている玉内だが話は聞きたいと。なんだかんだ言いながら、つじつまを合わせようとしてくれる節が見られた。やっぱ有り難い。


 木村達が帰って来た後も、ピザやポテトを食っている時も、ヒロが相変わらずグーグー寝ているにも拘らず、大雅と玉内はずっとボイスレコーダーを聞いていた。

 そして終了した時、二人が同時に唾を飲んだ。

「……お前の生き返った話ってのか?辻褄はあった。だけど…」

「流石に信じられねーか。俺だったら絶対に信じない自信があるから気にすんな」

「気にするなと言われても…」

 言いたげな玉内に手を翳して制する。

「ホントは内緒にするつもりだったんだ。胡散臭く思われたくないから。だけど、お前等は朋美を見た。アレの説明を求められたら、この話をするしかない」

「須藤真澄だけの話じゃなくなる、と、以前言っていたけど、こういう事か?」

 大雅の問いに頷く。そして木村が口を挟んだ。

「お前等が見た幽霊と戦っているのが俺等だ。つっても緒方に付き合っている形だがな。で、お前等が信じようが信じまいが、聞いちまったんだ。この話は誰にも言うんじゃねえぞ」

「ああ、その心配はいらない。俺はダチが少な過ぎるから」

 玉内のカミングアウトに「お、おう」と返す。その気持ち、結構解る自分が辛い。

「……流石にこれは言えないな…言った所で誰も信じないだろうし…」

 派閥の頭たる大雅には仲間に報告義務がある。根が真面目だから葛藤しているんだろうが、間違っても言うなよ。

 その時大雅の携帯に着信音が。

「さゆからだ」

 送られてきたメールに目を通して、返事を返して立ち上がる。

「ちょっと出て来るよ。さゆも話ししたいらしい、あの話の事を」

 そうか、橋本さんも混乱中なのか。それは仕方がない事だ。

「因みに横井さんはどうなの?」

「河内に電話で問い合わせ中らしい」

 横井さんも混乱中か。気持ちは解る。だけどこの時間に入院患者に電話とか。横井さんもやっぱり鬼だ。

 大雅が退出して暫し、玉内が重い口を開いた。

「お前等は信じたのか?国枝は霊感があるらしいから簡単に信じたようだが…」

 主に生駒に目を向けて。

「美咲の関係で信じる事にした。そもそも、そんな嘘を緒方が述べたとして、メリットは無い。実際須藤朋美の危険性はボイスレコーダーの証言だけで充分だろう?」

「……俺は幽霊まで見た訳だしな…」

 生駒よりも信じざるを得ない証拠を見てしまったのだ。心が拒絶しようが、信じざるを得ない。そんな表情だった。

「河内まで見たんだろ?よく須藤だって解ったよな、あいつ」

 木村の疑問であった。それは確かにそうだな…

「明日にでも聞いてみるか…必要ない情報かもしれないが、もやもやを抱えるよりはマシだ」

 同調するように頷く木村。気になっている事が解消されるのなら、それに越した事はない。

 もう既に爆睡中のヒロにタオルを掛けて国枝君にお願いする。

「国枝君、悪いけど、玉内に川岸さんの話をしてくれ」

「川岸さん?いいけど、何故川岸さんの話を?」

「朋美に踊らされている一人だからだ。多分、川岸さんも死ぬ」

 勢いよく立ち上がった玉内。そして咎めるような目を俺にぶつける。

「くたばるかもしれねえ女を放置しているのか!!」

「だから、その話を聞かせてやれって緒方は言っているんだよ。ボイスレコーダーでチラッと聞いた程度だけど、より詳しくそいつの事を知れば、どうでもよくなるから」

「生駒!お前までそう言うのか!見損なった…」

「俺と河内が緒方の家に泊まった時、深夜、あの電信柱からこの部屋を眺めていた女だぞ」

 ギョッとした表情で固まった。微かに口から洩れた声。「ストーカー…?」と。

「国枝はその女と同じ中学で、同じサークルで、それなりに親しかった。だけど見捨てた。それに足る理由が聞ける」

 玉内はゆっくりと国枝君に視線を戻す。

「……お前も見捨てたのか?」

「見捨てた、とはちょっと違うよ。自業自得でそうなった。僕達の言葉なんか耳に入らない。要するに、話にならないから話すのをやめたんだよ」

 続いて木村。

「兎に角全部聞け。それでも何とかしたいと思うのなら、勝手にやればいい。見た事も話した事もねえ女にどうにかしたいと思うのもおかしな話しだがな。言っておくが、俺達は正義の味方じゃねえ。自分やツレを守れればそれでいい」

 意外と正義感があったのは驚きだが、ともあれ玉内は落ち着きを取り戻し、その場で胡坐を掻いた、ゆっくりじっくり聞こうとの構えだった。


 途中、大雅が帰って来ても、国枝君の話は続いた。

 中途半端に聞いた大雅ですら、嫌悪感を露わにした。最初から聞いていた玉内がガックリと項垂れるのは、明白だった。

「……緒方…」

「なんだ?」

「…………悪かった…」

 俺達が見捨てた形になったのがよーく解ったのだろう。項垂れたのは、自分の認識の甘さで、俺達を非難した形になったからか。

「いいよ。俺も前回、良いように振り回させて、それでも好意は感じ取っていた間抜けだしな」

「と、兎に角、その川岸って女も要注意なんだよな?聞いた話じゃ、北商?の…えっと……」

「倉敷さんだよ」

「そうそう、倉敷さんが張っているんだろ?じゃあ彼女もこの話は知っているのか?」

 大雅の疑問。倉敷さんはこの集まりに参加しなかったから、判断に困っているのだ。

「倉敷さんは知らない話だ。話そうかどうか迷ってはいるんだが…」

「だから、何かの拍子に何かしら勘付いたら、その時言えばいいっつっただろ。下手に巻き込みたくないものお前の考えなんだろ?」

 呆れ顔の木村だった。何回おんなじ話をするんだ?ってな感じで。

「じゃあ、今回の集まりで、この話を知っているのは?」

「里中さんだ。親睦会にも来なかったから、顔も知らないだろうが、俺達の協力者で、大切な友達だ」

「なんで来なかったんだ?」

「入谷さん…その子の彼氏が何つうか、やきもち焼きで、こう言った集まりにあんまいい顔しないらしい」

「ああ」

「ああ」

 何となく納得した体の二人。特に大雅の方は何度も頷いていた。事情も立場も違えど、橋本さんも猪原に呼び出された大雅にムカついていたから、居た堪れない気持ちの方が解るのだろう。

「で、橋本さん、なんて言ってた?」

「ああ、信じるか信じないかの議論に終始していたような…」

「で、橋本さんはどっちの方だ?」

「……友達が頼って来るんだから、勿論信じるって言ってたよ」

 項垂れる大雅。自分は信じない方だから、何となく申し訳ない気持ちになったのだろう。

 だけど、それが通常だ。繰り返し中に親しかった奴等や、実際朋美の生霊を見た河内は感じる所もあるんだろうから、信じたし、逆に生駒が信じている方がおかしいとは思う。

 まあいい。なんだかんだ言って、朋美の狂人っぷりはボイスレコーダー等で知られたのだ。俺の話半分だとしても、朋美は危険。そう思ってくれればいい。

「じゃあ納得した所で寝るか?もう0時になるし」

「この部屋で、この人数で?」

 生駒の言う通り、俺の部屋に7人はちょっと多い。泊まる所を提供する筈のヒロが既に爆睡しているから当てにならないし。

「因みに麻美の所はどうなってんの?」

「確か、全員で仲良く雑魚寝とか言っていたような。既に風呂に入った人もいるらしい」

 大雅の情報で解った通り、向こうはこっちよりも人数が多いにも拘らず、楽しそうに一夜を過ごすようだ。

「布団二組しかないから、それを仲良く使って貰うしかないけど…」

「それはちょっと…」

 誰となく拒否した。つうか、空気がそうだった。野郎と添い寝なんか冗談じゃないと。

「ちょっと待ってて」

 布団の代わりを探すべく、空き部屋に入る俺。物置と化している部屋もあるにはあるが、とてもじゃないが友達を寝かせられない。荷物有りまくりだから。

 ごそごそして部屋に戻る。大量の座布団を抱えて。

「これで敷き布団代わりにはなるだろ」

「毛布は?」

「解っているからちょっと待て」

 またも空き部屋でごそごそと。毛布の類も数枚あった。そして面白いものを見付けた。

「寝袋があった」

「寝袋?しかも真っ新じゃねえか?」

 木村の言う通り、封も開けていない新品だ。確か親父が会社のビンゴゲームでゲットした代物だった筈。

「これで取り敢えず全員眠れるぞ」

「確かにな。布団争奪戦になりそうだけど」

 大雅が呟く。流石に座布団の敷き布団はあんま好まれないか。

「取り敢えずテーブル片付けて。布団敷くから」

 言われるがままテーブルを片付ける木村。空きスペースに布団を敷く俺。更に空きスペースに座布団を並べる玉内。寝袋は本当に隅っこに設置した。

「俺は当然ベッドだから、お前等じゃんけんで決めてくれ。ヒロはそのままでいいや」

「この期に及んで大沢に気なんか遣うか」

 木村の言葉に全員頷いた。平和に寝入っているヒロに耳には入らないし、目にも映らないから平和的だ。実に。

 じゃんけんは熾烈を極めた。

 俺の寝床は既に確保(ベッドは俺が寝るから確定しているから)なので傍観を決めていたが、途中から参戦したくなるような盛り上がりを見せて。

 一抜けした生駒が小声で「おっしゃ!」と叫び、ガッツポーズを作っていち早く布団をゲットし、そこに座った。

 布団は快適空間。座布団じゃないので鼻歌まで歌ってやがった。

「ちっ、生駒に取られたか…」

 木村の凄みが増す。布団争奪戦でこんなに熱くなる奴だったのかと感心する。

 二抜けしたのは玉内。なんか申し訳なさそうに布団に座った。隣に敷いてあるので、生駒と楽勝に会話が出来る。

「俺は別に座布団でも良かったんだけど…」

「じゃあ今から座布団に変更するか?あいつら、多分ウェルカムだぞ」

「折角取ったからな。勿体ないって気持ちもあるし…」

 譲る気は無いようだった。だったら申し訳なく思わない方がいいだろうに。

「布団は取られたから、次は寝袋が狙い目かな…」

 国枝君のメガネがキランと光ったような気がした。国枝君もくだらない事に熱くなれるからなぁ。

 三抜けしたのは木村だった。国枝君と大雅、マジ悔しそう。

「まあまあよかったかな。俺はキャンプ好きだから、寝袋も実は苦にならねえんだよな」

 意外とウキウキしながら寝袋に潜った。

「僕と大雅君が座布団か。仕方ないね」

「まあ、大沢よりマシかな…」

 ヒロは毛布を掛けられて放置されている。確かにヒロよりは遥かにマシだ。一応柔らかい寝床なのだから。

 兎に角、ゲットした寝床に全員座り、雑談再開。つうか寝ないの?俺朝早いんだけど。

「木村、さっきキャンプ好きとか言っていたよな?」

「おう、夏にみんなで海にでもキャンプに行こうって話、あるんだよ。お前も来い玉内」

「キャンプか。ジムの合宿と被らなければ、是非参加させてもらうよ」

「そっか、お前もボクシングやってんだもんな。つうか単車乗ってるか?一応単車で出かけようって話になってんだけどよ」

「ニンジャの400R買った。30万で安かったから。元々移動用にバイク探していたから、有り難かったな」

「カワサキか。いいじゃねえかよ。俺はスズキのカタナに乗ってんだ。緒方なんかドゥカティだぜ?」

「へえ?イタリア車か。いい趣味してんなぁ」

 同系統の木村と玉内は趣味も合うようだった。バイク談議で盛り上がっているし。

「僕はホンダなんだ。今度一緒に走りに行こうよ」

「国枝も単車に乗っているのか?真面目そうに見えるけど…」

「ツアラーでツーリングメインだよ。そっち系はやっぱり興味ないかな」

 国枝君も乗っかっちゃったし。じゃあバイクに興味が薄い俺達は別の話題で盛り上がろうか。

「生駒、君は緒方君と大沢と戦ったんだろう?どっちが強かった?」

 喧嘩の話かよ。そういや此処は格闘技経験の集まりだな。強い弱いは格闘技経験者なら興味はあるか。

「どっちが…う~ん…多分強いのは大沢かな?綺麗な攻撃だけど、速いし隙も無い。だけど怖いのはやっぱり緒方だよ」

「ああ、何となく解るな。大沢はやっぱり格闘技って事だろう?緒方君はその枠を超えていると言うか…」

「そうそう。狂人って言葉が相応しいな」

 なんか俺の狂人談議に移りそうだった。言うほど狂ってねーだろが。少なくとも今回は。

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