年末~012
「朋美ぃいいいい!!!」
伸びた腕が止まった。狭川が泣きながら俺を方に振り返った。肩に手を掛けようとした玉内が止まった。大雅が目を剥いて俺と『顔』を交互に見た。
そして、『顔』が俺を見た―――
――隆ぃ………久し振りねぇ………
背筋が凍りそうな笑顔を俺に向けた。
凍りそうな、そう、人間ならばそうなるだろう。普通の人間ならば。
俺は逆に怒りが一気に頂点に達した。そして自覚する。
狭川に起こった筈の明確な殺意は間違いだった。だって今、それが起こっているのだから!!
「殺す!!」
朋美の顔面にストレートを放った。空気を殴ったように手ごたえが全く無かったが、俺の拳は確実に『顔』を貫いた。
「殺す!!」
より踏み込んでの左フック!!狭川が絶叫して転がったが、知ったこっちゃねえ。糞雑魚は大人しく隅っこで丸くなってろ!!
左フックも朋美の顔面を確かに捕らえたが、やはり手ごたえ無し。だが、『顔』が空気に溶け込むように消えた。
――酷いじゃない?いきなり殴るなんて
耳元で糞ムカつく囁きが聞こえた。朋美がやはり瞬間移動の如く、俺の直ぐ傍に来たのだ。
そちらに顔を向けると、あの糞ムカつく笑顔。だが、それがぐにゃりと歪む。
アッパーだ。顔面を崩壊させる意思を乗せた、殺気のみの殺すパンチ!!
朋美の顔が消えて狭川の傍に現れる。
「ひっ!!ひ!!ひいい!!!」
及び腰で下がる狭川に、朋美は酷く冷たい瞳をぶつけて言う。
――晴彦ぉ…アンタ、本当に使えない。隆、あんなに元気じゃない…なんで?アンタ結構強いんでしょ?殺すつもりだったんでしょ…
「さ、さっきは殺すなって……」
――言い訳ばっかりでホント使えないよねえ晴彦おおおおおおおおおおおおお!!!
『顔』を中心に闇が広がる。狭川の絶叫だけがやけに通りやがる。アレに飲まれれば死ぬのか?
ぶっちゃけ狭川なんか知らねえし、寧ろ死ねと思う。麻美を強姦しようと企んでいた糞野郎だし。
だけど、それ以上に朋美がムカつく。殺したいと思う程なぁぁああああ!!!
「相手は俺だろうが糞女が!!」
踏み込んでの左ストレート!!『顔』がやはり歪んだ。それで漸く確信を得た。
俺のパンチは通用する。俺の殺気は生霊をぶち砕けると。
いや、そう言えば、俺自身が言ったじゃねーか。気持ちで勝てばなんて事はないと。
殺気もある種の気持ちだ。それも俺が向けている殺気は『明確な殺意』だぞ?だったら遠い京都に居る本体に届くようにぶち込ませて貰うだけだ!!
「死ね!!」
こんなチンケな生霊を通り越して、京都に居る本体に向けて。
踏み込む右脚。同時に内に捻った。
そして脚から腰、腰から肩、肩から腕、腕から拳に伝達する回転。
糞を一撃で殺すために考案した、俺のコークスクリュー!!
それは朋美の顔面を確実に捕らえた!!
――ぎゃあああああああああ!!?
絶叫した『顔』。本体に届いたか?俺の殺気が。
「おう糞!!あと一年待ってろ!!修学旅行、京都に決まる筈だ。その時改めて殺してやるから、首を洗って待ってろよ!!」
――隆!たかしいいいいいいい!!アンタ、私にこんな真似を……
文句なんか聞く筈も無い。俺の方が言いたいんだ。なので左で追い討ちのストレート!!
『顔』が歪み、暗闇が収縮するように集まる。
そして場は元の姿を取り戻した。
生霊相手じゃあの程度しか出来なかったが、本体は確実に殺す!!
決意して地面に目を向けると、狭川が丸くなって震えていた。
ムカついて顔面を蹴りあげた。
「ぎゃっ!」
「おう糞、後で河内から番号を聞いて連絡するから、絶対に出ろよ。じゃないと、朋美と一緒に殺すぞ?解ったか糞が!」
狭川は何度も頷いた。あんなにビビっていた生霊を退けた俺にはもう逆らわないだろう。
呆けていた大雅と玉内を促して、俺達はそこを後にした。
バスで移動中、大雅も玉内も何も聞かなかった。言わなかったし。
なので、朋美の事を、どうにか誤魔化そうと考えていると、大雅が不意に口を開いた。
「……狭川に向けた殺気は確かに本物だったけど…あの女に向けた殺気はそれ以上だったよな?」
なんかおっかない目で睨まれたし。
「……あれはなんだ?お前も向こうの奴も知っている感じだったけど…やっぱり幽霊なのか?」
こりゃ、どう足掻いても誤魔化せないな…本当はあんま巻き込みたくないんだけど…
俺は軽く息を吐く。仕方がない、だけど一応覚悟はして貰う。
「……話してもいいけど、多分信じないぞ?」
「あれを見た俺達にそれを言うか?」
玉内の突っ込みに頷く。全くその通りだからだ。
実物を見たんだ。これ以上ない証拠を目の当たりにしたんだ。信じない方がおかしい。
「……その話は後でだ。病院に着いたから。後でじっくり聞かせて貰うよ緒方君」
もう着いちゃったか…結構沈黙していたからな…
ともあれ、河内の病室に向かう。俺の成りを見た他の患者さん達が驚いていたが、気にしない。先生や看護師さんに見付かる前にとっとと病室に入るのが先だ。
病室に入ると同時に驚いた顔の的場と横井さん。
「……緒方君も入院して行けと言われないかしら?」
見た目がもうボロボロなのだから、そう思われても仕方がない。
「お前等はそんなにやられちゃいねえな?」
大雅と玉内は比較的まともだ。ちょっと埃っぽいかもだが。
「悪鬼羅網は全員倒しました。リーダーの狭川は入院確定の怪我を負っています。これ、黒潮と連合に通達して貰えますか?」
大雅が何か知らんが、代表で的場に結果を伝える。まあ、こいつ、友高校協定の派閥の代表だし、そうなるか。俺だったら勝ったくらいしか言わねーからな。
「ああ、言っておく。入院確定って事は、狭川は緒方が相手したんだな」
微塵の迷いも無く、言い切られた。全くその通りなので、大雅と玉内が頷く。
「ああ、西白浜に来た潮汐も退却したそうだ。終わったら急いで帰って来てくれって連絡が来たが?」
潮汐は逃げたか。まあ、これも想定内。
「そうですか。横井さんもそれでいいか?」
頷いて立ち上がる横井さん。そして河内にこう告げた。
「明日また来るから、大人しくしておきなさい」
「ええ~…帰っちゃうのか、千明さん……」
「だから、明日また来るから」
「えええ~……うん…確かに今は物騒だから、早めに帰った方がいいと思うが、えええ~…」
愚図る河内を余所に的場が言う。
「俺が車で送ってやる。緒方も帰ったら大人しく寝とけよ?」
的場が送ってくれるのか。電車賃が節約できて嬉しいが、大人しく寝るのはちょっと無理だな。白浜の状況も聞きたいし、この二人にあの話をしなくちゃだから。
じゃあお言葉に甘えよう。っと、その前にだ。
「ちょっと河内と内緒話があるから、先に車に行ってくれ」
「内緒話って真面目に言う所がな……」
的場に呆れられたが、これは確認しなきゃいけない事だから、譲れない。
「物騒な話じゃない、ちょっと確認したい事があるんだよ。そして、誰にも聞かれたくない」
「そういう事なら、気になるが仕方ねえ。おい千明とそこの二人、先に駐車場に行くぞ」
的場が横井さんを呼び捨てにしただと……!
「はい。お世話になります的場さん。じゃあ河内君、明日ね」
横井さんの方も何も突っ込まないだと…?河内が肩を落としてズーンとなっているにも拘らず!
ともあれ、的場の後をカルガモのヒナの如く着いて行くみんな。ドアが閉じて足音が遠くなった時に、パイプ椅子に座る。
「……お前も見たのか?朋美の生霊を」
落としていた肩がピクリと動いた。そしてゆっくりと顔を上げる。
「……やっぱり出たか。明確な殺意」
頷く俺。
「狭川に対してじゃない、朋美に対して。お前はそれを懸念していたんだな?ついでに狭川も殺してしまいそうになるかもしれないって」
「……狭川相手でも殺しそうになりそうだからな、お前は。そこに幽霊も加われば、な…」
いや、実際狭川も殺しそうになったけど、明確な殺意を勘違いしてしまう程度には殺そうと思ったけど。
「…実際見間違いだと思ったよ。だけど、あの幽霊、狭川の背中にべったり張り付いていてよ…」
思い出したのか、カタカタ震える。
「お前、どうやったんだ?此処に無事に来たって事は、あの幽霊、追っ払ったんだろ?」
「殴って追っ払った」
正直に言ったら目を剥かれた。
「え?殴って?え?」
「だから、気持ちで勝つんだよ、あの手の
「じゃあ俺みたいな普通の奴が幽霊と戦う羽目になったら?」
「素直に神社か寺に相談に行った方がいいな。下手すると逆ギレ喰らって、もっと大変な目に遭うから」
「……まあ、幽霊と戦おうとか思わねえからいいけどよ…じゃああいつはどうすんだ?」
どうするもなにも。
「二年の修学旅行が京都だったら、その時に生身をぶち砕く」
「……本体を叩くってのは賛成だけどよ、お前間違いなく殺すだろ?」
うん。それは揺るがない。あの狂人のおかげで散々な目に遭ったんだ。仕返ししてもいいだろ別に。
まあ、その辺の話は追々だ。今は……
「大雅と玉内に朋美の生霊を見られた。だからあの事を話さなきゃならなくなった」
「そうか…じゃあもしかして千明さんにも?」
頷く。多分西白浜に帰ったら、あいつ等が待っている。横井さんにも話を聞きたいだろうから、多分横井さんも付いてくる。
「横井さんに、お前も見たって正直に話してくれ。胡散臭い奴だと思われたくない一人だからな、横井さんは」
俺が河内に頼みたかったのがコレだ。河内が見た事も横井さんに話して貰って、信ぴょう性を上げる。これは朋美から横井さんを守る為でもある。
今までは俺及び俺と親しい人の前に出て来られなかったが、今後もそうなるとは限らない。
須藤真澄や狭川晴彦のように、間接的に仕掛けてくる駒がまだあるかもしれない。
横井さんからすれば、なんでそうなるのかと疑問が湧くだろう。下手に誤魔化さず、真実を述べて、信用して貰うに限る。横井さんも常に警戒できるから、危険が減る。
「まあ、そう言っても、横井さんが最寄駅で降りて先に帰るって言うんなら、話さないけどな」
「なんで?」
「多分…そのタイミングじゃないって事だ。今日残ると言うのなら、今日がそのタイミングなんだろう」
根拠は全く無い、単なるオカルトじみた勘、つうか戯言だが、話すにしてもタイミングは重要だからな。
「じゃあそのタイミング次第だな、俺が見たって話すのは」
「そうだな。一応心構えはしといてくれ」
「つっても、千明さん、信じねえかもだろ。俺の証言があっても。そうなったらどうすんだ?」
どうするも何も。
「信じないのなら仕方がない。俺も信じる方がどうかしていると思うからな」
違いないと頷く河内。こいつもなかなか信じなかった奴の一人だからな。
「あ、狭川の連絡先、教えてくれ。あとで連絡するって言ったから」
「マジで!?お前が狭川に何用よ!?」
「朋美の事を聞こうって事だろ。今更何言ってんだ」
それもそうかと河内がスマホをぎこちなくピコピコ。間髪入れずに俺のスマホにメールが入る。
狭川の連絡先、ゲットだぜ!!全く嬉しくとも何ともないけども。
結構話して時間を食った。なので、急いで駐車場に向かう。
的場の車ってどれだ?この人数を送るって言うのなら、あの軽トラじゃないだろうから……
と、一台のセダンがキョロキョロしている俺にパッシングする。
見ると、運転席には的場。その助手席には横井さん。
え!?横井さん、的場の助手席に乗っちゃうの!?河内的にいいの!?
ともあれ、急いでそのセダンに向かった。
「おう緒方、結構遅かったな」
「悪い。内緒話で盛り上がった」
「だから、素直に内緒話とか言うなよ。気になるだろうが」
笑いながら缶コーヒーを俺に渡した。
「まあ乗れ。行先は西白浜駅でいいんだろ?」
「あ、うん。横井さんはどうする?」
横井さんの家は西白浜よりも先。だから途中で降りたらあの話は無しになる。
「私も西白浜まで行くわ。みんな待っているらしいじゃない」
そうなのか。じゃあやっぱ話す事になりそうだな。
後部座席のドアを開けて、乗り込んだ。玉内を真ん中に押しやって。
「遅かったな緒方」
そう言って甘いロング缶のコーヒーを飲んでいるが…
お前ボクサーだろ?そんなコーヒー飲んでカロリーとか大丈夫なのか?
ともあれ出発。帰りが電車じゃない事は有り難い。旗持ちの車よりも窮屈じゃないし。
「緒方、狭川は強かったか?」
いきなり振られてしまったぜ。雑談代わりなんだろうが、気持ち良く答えよう。
「そうだな。ダーティって表現が当てはまるが、そこそこはやる奴だったな。河内の敵には成りえないが」
言ったらみんな結構ビックリした顔になった。
「コウといつも揉めていた奴だぞ?勝敗も五分くらいだ。それでもそう思うのか?」
「ああ、そりゃ、多分、河内はまともだからだな。甘いとも言うか?」
「緒方君、それってどういう事なの?」
こっちの世界に明るくない横井さんの疑問だ。なので真摯に答えよう。
「狭川が強いと錯覚されているのは、勝つ為なら何でもするって所だ。今回は腹に鉄板仕込んでいたし、警棒とメリケンサックも用意していた。凶器を使おうが何だろうが、勝てば何でもいい。狭川はそう言う奴だ」
俺と同種の危ない気配。その気配はそこから発していたんだな。俺の方が危ないから俺が勝ったとも言える。
「河内はなんて言うか…良くも悪くも一本気って言うか…そんな手は使いたくないって言うか…」
「ああ、正々堂々みたいな感じか?そこら辺はちゃんと躾けといたからな」
なんか仄かに嬉しそうな的場だった。つうか、女子関係も躾け直して貰いたいものだが。
「だから互角になったって事だよ。勝てば何でもいいみたいな奴だけど、デフィンスは良かったからな。今までの喧嘩も、負けた時は多分隙を突かれて逆転された事が多い筈だ」
そんな狭川だが、今後は俺には逆らわないだろう。自分より危ない奴が、自分が怖がっていた生霊を退けたんだから、勝てるイメージはもう見れないだろう。
「そうか。河内君は正々堂々と、自分の肉体だけで戦うタイプなのね」
横井さんも何故が仄かに嬉しそうだった。その顔を是非河内に見せてやってほしい。
「なんだ?惚れ直したか?」
的場がからかうように言う。
「見直しただけですよ」
「見直した、ねえ。コウに聞かせてやりてえな」
的場と横井さん、なんか随分仲良くなっている様な…河内的にはアリなのか?
「じゃあ、他の人はどうなのかしら?ほら、大雅君とか玉内君とか」
なんか照れ隠しの如く、他の奴の事を聞いて来たぞ。
「大雅は甘いが、腹くくったら壊す事を前提に動く奴だな。そこまで覚悟するのに結構時間が掛かりそうだが」
「時間が掛かるって、君が短気過ぎるだけじゃないのか?」
大雅の突っ込みに車内が笑いに包まれる。
「だけどそうだな。緒方の言う通りだよ。悪鬼羅網の連中を叩いた時、躊躇わず急所を狙っていたし」
「別に狙わなくてもいいけど、下手になぶるよりも、一撃で決めた方が怪我も浅いからいいじゃないか」
玉内の感想に対しての主張であった。それも大雅の甘さ、いや、優しさと言えよう。
「玉内は練習試合の印象しかないけど、フットワークがいいな。狭川と違った、王道のデフィンスって言うか…」
「そうだね。足捌きは目を見張るものがあったよ。悪鬼羅網の連中の攻撃を殆ど貰わなかっただろう?」
「そりゃ、なるべくダメージは受けたくないからな。緒方のように真っ直ぐ突っ込んで行くような事は出来ねえし、したくない」
やはり笑いに包まれる車内。俺だけは苦笑いしか出来なかった。
黒潮病院から小一時間。西白浜駅に到着。
全員お礼を言って的場の車から降りた。
「緒方、内緒話もいいけどよ、なんかあったら遠慮なく相談に来い。お前の女のようにな」
「あいつ、お前に遠慮なく相談してんのか……」
「俺が遠慮すんなって言ったからな。お前は俺達みたいな輩の話は聞かねえだろ。だからお前の女が代わりに頑張ってんだ。それが嫌なら少しは聞く耳を持った方がいいぜ」
笑いながら有り難い忠告。いや、俺も戻ってからはそこそこ丸くなったと思うんだが。
「緒方君、カラオケは流石にお開きにしたから、ファミレスに来て、とラインが入っているわ」
潮汐が敗走したから、カラオケ屋に延長料金を払う必要も無くなった、か。それともヒロ辺りが腹減ったからと強引に場所替えしたか?
「そう言えば、夕飯もまだだったな。丁度いいと言えば丁度いいか」
「お前、橋本さんに怒られねーの?橋本飯店以外で飯食うなんて!とか」
「流石にそこまでは…出先だし…」
まあ、そうだな。待ち合わせがファミレスなのに、これから南海に帰って飯食うとか、意味わかんないし。
ともあれ件のファミレスに向かう。おたふくの方が良かったが、ファミレスはお値段がリーズナブルだし、ドリンクバーだし、注文によってはサラダバーが付いてくるして、場合によっては有り難い。
今回は時間も食う事から、ファミレスのチョイスは正解と言えよう。
入店すると、いらっしゃいませと黄色い声が。しかし、問題はそこじゃない、あのコスプレのようなユニフォームだ。
大雅と玉内はこの店は初めてなので、驚いたりだらしない顔になったりと、実に面白い顔になっていた。
「緒方君じゃーん?みんな待ってるよ。こっちこっち」
白レースのコスが席に誘う。
「……お前常連なのか?」
「まあ、常連と言えば常連だが、この店は馬鹿が沢山湧いて店員さんを困らせるんだ。俺はそんな奴はぶち砕いて来たから…」
「ああ、用心棒的な?」
納得と頷く玉内。用心棒は大袈裟だろうが、まあ、近い感じだとは思う。
ともあれ案内されて席に着く。
「おかえりダーリン。やっぱり結構怪我してるね」
心配そうに立ってお出迎えしてくれたのは愛しの彼女さん。
「隆だけじゃん、ボロボロなのは。大雅君と玉内君は比較的きれいじゃんか」
突っ込んだのは麻美さん。俺はボスキャラと戦ったからボロボロでいいんだよ。
つか、ボロボロで注目したいのが、同じくボロボロのヒロと生駒。遥香の隣に着席してその旨を訊ねた。
「お前等ばっかりなんでそんなにボロボロなの?」
しかし、ヒロも生駒も物調ズラで返答してくれない。
「牧野を取り合って喧嘩したんだよこいつ等」
代わりに木村が答えた。結構呆れた感じで。
「え?ヒロと生駒がやり合ったって?牧野をやる権利を掛けて?」
頷く木村。そして追記した。
「こいつ等がやり合ってる最中、松田が牧野をタイマンで倒してよ。こいつ等ただ怪我しただけだったな」
バカすぎる!拘って譲れないからって喧嘩して、揚句松田にかっさわれたとか!つか、松田が牧野を倒したのか?あいつ意外と強いじゃんか!!
ま、まあ、取り敢えずは場に居る連中を見る。
ヒロに生駒、木村に国枝君。女子は遥香に麻美、波崎さん、楠木さん、春日さん、黒木さんに橋本さんか…
「結構帰っちゃったんだな」
「うん。松田君達は電車の関係もあるからね。後日改めて集まる事にはしたけど」
彼女さんに追記したのは木村。
「水戸と対馬達…地元の連中は、別の所で改めて騒いでいる。呼び出せば来ると思うけど、どうする?」
「いいよ。潮汐追っ払った事でテンション上がっているんだろうから、個別で喜んどいてもらう」
「そうか。ところでそっちはどうだった?河内の容体は?」
訊ねた木村に大雅と玉内が口を噤んだ。幽霊と会ったとか、流石に言えないんだろう。
「元気そうだったわよ。明日またお見舞いに行くけれど。それよりも何か注文したいわ。流石にお腹へっちゃって…」
代わりに横井さんが答えた。要望も。
「そうだな。食いながら話すか…お前等はもう食べたのか?」
「ううん。ドリンクだけ。揃ってから注文しようと思って」
俺達を待っててくれたのか。お前等も腹減っているだろうに。
ともあれ、メニューを開いて注文開始。とは言っても俺はカツカレーだけど。
ドリンクも注文したので、来るまで飲み物で繋ごう。
「ほらよ。お前どうせコーヒーだろ」
お代わりを取りに行ったヒロがついでにコーヒーも持って来てくれた。
気が利いてありがたいが、改めてみると本当にボロボロだ。生駒と結構ガチでやったんだな…
席に戻ろうとしたヒロを留めて訊ねた。
「生駒、強かっただろ?」
「おう…あいつ化けモンだな…お前、よく勝ったな…」
「お前、負けた訳じゃねーんだろ?何でそんなに暗いの?」
敗北したようになんかどんよりしていた。
「負けはしなかった…つうか、やり合っている最中に、松田がぶっ倒したって情報が入ったからそこでやめたんだよ。だけど、あのまま続けていたら、どうなっていたか…」
ああ、生駒はスタミナがありそうだからな。長期戦は不利だと感じ取ったか。
ともあれ、ヒロが席に戻ると入れ替えに、俺にサラダを持って来た生駒。
「お前カツカレーだろ?俺もハンバーグカレーだから、ついでに持って来たぞ」
それは有り難い。つかお前、以前もハンバーグカレー食っていたような?
それは兎も角、生駒にも聞いてみようか。
「ヒロ、強かっただろ?」
「……キレがスゲエな、あいつのパンチ…意識刈り取られるかと思ったよ…」
こっちも敗北したように、何故かどんよりと。
「引き分けみたいなもんだろ?何でそんなに暗いの?」
「確かにそうだけど…お前以外にあそこまで追い込まれるとは思っていなかったから…油断していなかったから、想像以上だったって言うか…」
俺を止められたのはヒロだけだからな。そう言った事もある筈だが、それでも予想以上だったか。
ともあれ、料理が運ばれてきたので、食いながら話す事にした。つうか木村が勝手に喋った。
「潮汐の奴等の主要メンバー、つうのか?そいつ等は全員病院に送った。潮汐は纏まりが無い学校だから、これ以上はちょっかい出して来ねえ。と言うのが橋本の意見だ」
振られて頷く橋本さん。
「調べた結果、西白浜に来た戦力で全部だからね。リベンジで誘える仲間もいないし、多分これでおしまい」
ドリアをパク付きながら。しかし疑問はある訳で。
「牧野の所みたいに、元猪原派が流れて合流するかもしれないだろ?また戦力増強してから襲って来るとか無いのか?」
「だから、西白浜はね。南海ではゴタゴタは当然あるよ。でも、それだからこその友好校なんでしょ?」
頷く木村。追記するように発する。
「西高、黒潮は南海大雅派の友好校だ。大雅派の要請があれば、当然俺達も動く。リベンジ狙いで大雅派を襲うかもしれねえが、その都度西高、黒潮が出張れば、いずれ無くなる」
「正輝がおっかないから小競り合い程度で終わるとも思うけどね。学校が始まったら寝返った馬鹿共をやっちゃう訳だし」
橋本さんが勝手に決めていいのか?大雅派の動向は大雅が決めなきゃいけないような?
その種の視線を大雅に向けると頷いた。
「南海は馴れ合いの学校だけど、ケジメは取らなきゃな。君が出した条件にもそれは含まれていただろう?」
似たような条件は出したが、裏切った馬鹿の件は知らないけど……
まあ、それが大雅の覚悟なのだろう。つうか裏切った訳でもない筈だが。大雅派に在籍していなかっただけなんだろうし。
……猪原を裏切った、って事にはなるのか?元々猪原派の連中だからな。今後南海を纏める為には、そう言った輩も粛清しなきゃいけないって事なのか?
「こっちもまだ情報が出揃ってねえからこんなもんだが、お前等の方はどうなんだ?」
どうなんだと言われてもな。狭川、つうか、悪鬼羅網をぶっ倒しただけだし。
「悪鬼羅網は全滅させたと的場さんに連合と黒潮に通達を出して貰ったけど、今後はどうなるか」
カツ鍋定食を摘まむ箸の手を休めながら大雅が言う。
「的場、つうか、連合と黒潮は悪鬼羅網を今後も狙うって事か?」
木村の問いに頷く大雅。
「今回の喧嘩は緒方君が河内の仇を取る為の喧嘩で、俺達は緒方君の梅雨払いとストッパーで同行しただけだからな。連合、黒潮と悪鬼羅網の関係はまた別の話だろう?」
「お前、友好校の協定として、とか言っていたじゃないか。だったら南海もまた別の話になるんじゃないのか?」
玉内の突っ込みに対して大雅が答えた。
「勿論、黒潮から助っ人の依頼があれば出向くよ。だけど連合はまた別の話だろう?河内は連合に属している訳じゃないからね」
そりゃそうだと納得する。要するに、悪鬼羅網は二つの組織に狙われるって事だ。河内の黒潮と、的場の連合二つに。
まあ、それはそっちの事情で俺には関係ない。俺のスタンスは、万が一河内や木村、大雅や玉内がやられたら仇を取る為に動く程度の事だ。
「しかし、松田が牧野を倒すとはなぁ……」
俺のつぶやきに乗っかって来る木村。
「あいつ、水戸と一緒に行動していたんだが、相当強かったって言っていたぜ。本人は農業高校だから力がある程度だって言ったらしいが」
「そうそう、この喧嘩で松田君の株上がりまくりでさ、女子達がキャーキャー松田君を囲むのよ。倉敷さん、半分笑いながら引き攣っていたよ」
横から乗っかって来る彼女さん。倉敷さんは最初から松田狙いだったからな。心中穏やかじゃないだろう。
「それにしても、お前よく狭川を殺さなかったな。前から危険視していただろ、あいつを。大雅も玉内も御苦労だっただろうな。こいつ止めるのに相当気張らなきゃいけなかっただろ」
からかうようにヒロが言う。それに沈黙する大雅と玉内。なんか箸が止まったし。
「……相当きつかったか?まあ、こいつはそう簡単に止まらないから…」
「それもそうだが、それだけじゃない」
玉内が喉を潤すように、水を一気に呷った。そして俺の方を向く。
「……緒方、今度は答えて貰うぞ。アレは何だ?お前は知っている風だったよな。事実、アレを殴ったし、アレもお前の事を知っていた」
空気が変わった。全員の箸が止まった。横井さんは何が起こったのかキョロキョロしているが。
「……誰か助っ人に来たのか?」
生駒の質問に曖昧な頷きを以て大雅が答えた。
「幽霊が出た」
…………………………
静寂の後。所々から笑いが起こる。
「ははは、いや、幽霊みたいな人間の間違いでしよ。流石に幽霊なんて………!」
楠木さんは笑い飛ばそうとしたが、何かを思い出して、その笑いが止まった。
「……緒方君、ひょっとして……来たのかい?須藤朋美が……」
「そうだ」
言い切ったらざわめきが起こった。そりゃそうだ。敵の大将が出て来たんだから。
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