年末~011

「緒方!?待て…」

 玉内がつんのめりながらも止めるが、知ったこっちゃねえ!!そのムカつくツラにぶち込んでやる!!

「キレやがったか!?ははははっは!!それでいいんだよ緒方君!!」

 両手を広げてバカにしたように笑う。ボディがら空きじゃねえかよ!!

 踏み込んで左ボディ!!その時一瞬狭川が笑ったように見えた。いや、笑っていたけど、より強く笑ったように感じた。

 ……こいつ等的場を襲いに来たんだよな…武器を持っているとは言え、精鋭揃いとは言え、たった15人で的場をやれると踏んだのか?

 的場の強さは充分承知の筈。奇襲を仕掛けても逆襲される。武器携帯だけで、15人の人数だけでこの余裕?

 こいつの行動も少しおかしい。挑発して両腕を広げてボディを打たせようとしている様な……

 俺は咄嗟に腰を逆回転させた。左ボディをやめて右アッパーに切り替えたのだ。

 だが、少し遅かったようで、左拳に痛みが走った。しかし腰を逆回転させていたのだ。アッパーが浅いとは言えヒットした!!

「がっ!?」

 狭川が仰け反ったのちに倒れた。しかし、俺も左拳を押さえて片膝を付いた。

「この糞が!!ボディに鉄板仕込んでいやがった!!」

 握ってダメージを確かめる。痛みで響くが、骨折はしていないようだ。フルスイングで打ったら間違いなく壊していた……!!

 狭川が上体を起こす。口を切ったか、手で血を拭いながら、めっさガンをくれながら。

「……冗談じゃねえぜ緒方君よぉ…あの一発でアンタは終わっていた筈なんだよなぁ…それなのに、何で俺が倒れるんだ…?」

 それを合図としたのか、仲間が凶器を構えてぞろぞろと前に出てくる。対して大雅、玉内も俺の前に立った。

「全員腹に鉄板を仕込んでいると考えていい。君はボクサーだが、大丈夫か?」

 カーボン製の竹刀とやらを前に出して、大雅が訊ねた。

「顔面には何もないだろ。頭が直接スカウトした連中だから、精鋭揃いなんだろうが、何の問題も無い」

 二人には緊張も動揺も見えず。俺が拳を引いた瞬間が見えたんだろう。俺の心配もしないとか。

 ちょっとガッカリして立ち上がる俺。狭川も物凄いおっかない顔を拵えて立ち上がった。

「……的場に勝ったのはマグレじゃねえ。間違いなくアンタの実力だ。今確信したぜ…」

「どうでもいい。ぶち砕く対象のお前の感想なんざ」

 苦笑する狭川。

「ホントに話する気はねえんだな。朋美が言った通りだ。ところで二人のお連れさんも相当やるようだが、悪鬼羅網は少数精鋭。全員倒せると思ってんのか?」

 遂に出たか、朋美の名前が…改めてこの糞の口からその名前が出てくると、イライラとムカムカが加速するぜ…!!

「お前はなにも気にしなくていい。後悔もしなくていい。何故なら、ここで殺すからなああああああああ!!!」

 地を蹴る俺!!狙いはそのムカつく顔面ただ一点!!

「真っ直ぐ向って来るか!!舐め過ぎだろうが緒方君よぉおおおおおおおお!!!」

 振りかぶる狭川。手には鉄パイプが握られている。

 そんな糞重いモンで俺をぶっ叩くってのか?舐め過ぎなのはお前の方だな!!

 ゴォンと鉄パイプが地面にめり込んだ。なかなかのパワーだが、サイドステップで躱している俺には関係ない。

 そんな手は何度も経験してきた。ただの打ち下ろしじゃ、俺には永遠に届かない!!

「あああああぁあ!!ああああああ!!!」

 右フックが頬を貫く。違和感、つうか、感心した。

 こいつ、俺のフックを顔面で『止めやがった』のだ。

 振り抜けない右拳をガンをくれながら見ていやがるし。

 ならば、と、馬力で振り抜く!!

「あああああああああああああああ!!!!!」

「くおっ!!」

 狭川の顔面が半回転した。そして地面に片手を付いた。ダウンを奪ったのだ。

「そういや前に言っていたな。耐えて乱戦に持ち込むスタイルだって」

「……想像以上のパンチだなぁ…マジでツラ、イカれるかと思ったぜぇ……」

 めっさガンをくれながら。だが、こいつ、頑丈には頑丈だが、俺の右フックをまともに喰らって、このダメージはあり得ない。

 的場のあの微妙にヒットポイントをずらしたデフィンスに近いな…しかもこいつ、『自分から向って』来てダメージを半減させている。

 だけどな、お前って負けなしじゃないんだろ?そのデフィンスは確かにスゲーが、何度も行えるもんじゃねーだろ。

 丁度良く顔面近くが蹴りの間合だったので、蹴り上げてみた。

「ぐ!」

 顎が跳ね上がった。タフにはタフだな。ぶっ倒れるまで行かないとか。

 狭川は転がり、ほど良い間合いで立ち上がる。

「……パワーもテクも予想以上だな。危ないだけじゃねえってか?」

 何度も言わせんな。お前の評価なんかどうでもいいんだよ。なので再び地を蹴った。

「こいつじゃ重てえようだな………」

 鉄パイプを俺に投げつけたが、簡単に躱して更に接近!

 腰に手を回したかと思ったら、再び新しい武器を握った。あれって警棒か?

「これなら振り回しやすいだろおおおおおおお!!」

 確かにコンパクトになって振り回しやすくなっただろうが……

「だからなんだ糞が!!」

 それより先に、俺の左ストレートが顔面を捕らえた!!

「くううううううううああああああ!!」

 しかし狭川はもモロに被弾しながらも、更に前に出て来た。そして右手に握っている警棒の柄で俺をぶん殴った。

 額を切った。この位置はやばい!血が目に入って視界を奪われる!

 ならば肩で押して更に接近、そしてボディを……

 いや、駄目だ。腹に鉄板仕込んでんだった。左拳もまだ痛いし、これ以上のダメージはマズイ!!

 仕方ない。顔面狙いには無理があるが、剥き身の箇所はそこしか見当たらない。

 左フック!!顔面を捕らえるも、浅い。それに、多少だがゾッとした。

 こいつ、俺の拳を見てやがった、耐える選択を迷わずしていたって事だ。

 尤も、デフィンスが優れている…って訳じゃないが、かなりの奴だ。耐える方を選んでいるが、ダメージは軽減されている。

 あの左フックも自分から近寄っていたからな。

「どぉした緒方君よおおおおお!!アンタの殺人パンチってこんなもんかよおおおおおお!!」

 つま先に痛みが走った。踵で踏みやがった。体重を乗せた一発じゃないが、俺が痛みで顔を顰めるくらいは強い一発!!

「おおおおおおおらああああ!!」

 引いた身体。隙間が開いた訳だが、間髪入れずに警棒を振り上げた。

 喧嘩慣れしているじゃねーかよ。結構やるなぁ……

 ボディに入れられたらもっと楽なんだが、随分制約が付いているからな……

 ぼんやり考えていると、振り上げたが警棒じゃない、左のパンチが頬を貫く。ちょっと油断した。警棒の方に意識を向けていたから。

 しかし、軽い。響かない。攻撃力はあまり無い方なのか?

 今度こそ襲ってきた警棒。成程。左パンチはフェイントみたいなもんで、本命は警棒でとどめか。

 その警棒にカウンターを合わせた。右ストレート。だが、これは威力を犠牲にしてスピード重視させた、右ジャブのような物。

「ぐ!」

 警棒がヒットする前に右が入る。だが、これで終わらせない。左ストレート!!言うなればサウスポーのワンツーだ!!

「くあっ!!」

 ダウンするように身体が流れるが、それを胸倉を掴んで止めて引き寄せた。

 そして右フック!!完全に流れた身体!!初めてまともに入った感覚!!

 そして、それは確かにそのようで、狭川から二度目のダウンを奪った!!

 だが、こいつのダメージはあまり無い筈。ぶっ倒れたのなら、丁度いいから確認を取ろう。

 俺は狭川に蹴りを入れた、しかし、蹴ると言うよりは『踏んだ』。何度も。

「ぐっ!まじか!?」

 当たり前だ。何驚いてんだ?お前が何処まで鉄板を仕込んでいるか、確かめなきゃな!!

 ボディには当然あった鉄板。胸にも何か仕込んでいるな。だが、鉄板じゃない。もっと薄い、だけど硬い何か。ダメージ軽減狙いだろう。

 腕に何もない。肘にサポーター巻いている様な感触がある程度。脚も同じ、だが、安全靴だ。つま先に鉄板入りのアレか。

「大体解った。丁度いいから今度は蹴り飛ばしてやるよ」

「じ、冗談じゃねえ!!」

 狭川は転がって避けた。そして程よい間合いまで逃げて立つ。なんだそのへっぴり腰は?

 硬く口を閉じて全体をゆっくり見渡す。その表情には焦りが見えた。

「……マジかよ…もう半分くらいになってんじゃねえか…何なんだよ、アンタのツレは…」

 そうなの?と俺も見る。確かにぶっ倒れている糞が半分。しかし、数的優位の余裕があるのか、それとも精鋭揃いのプライドか、退く様子は見せず、寧ろ戦おうとあいつ等を囲んでいる。

 大雅も甘いとか思っていたが…やっぱやる時はやるタイプか。安心した。今別の糞に放った突きなんか、確実に喉を狙っているし。

「なあ?マジであいつ等なんなんだ?白浜にあんなにやる奴がまだ居たのかよ?」

「お前の質問なんかどうでもいいが、まあいい。教えてやるよ。今、竹刀で目を突こうとしたのは南海の大雅。猪原の後釜だ。あっちのボクサーは元潮汐の玉内。何でも上級生相手に孤軍奮闘して校舎をぶっ壊して退学になったらしい」

 教えたら驚愕の表情に変わった。

「大雅?南海大雅派?牧野の野郎が警戒していた奴か?」

 こいつ、牧野とも面識があるのか?ああ、潮汐と組んだ時に顔合わせかなんかしたのか?

「しかし意外だな…アンタが潮汐の野郎とダチなんて…」

 糞じゃないなら友達になるんだよ。糞を辞めたんなら友達になるんだよ、俺は。

「俺も意外だったぜ。お前のデフィンス、長時間耐えられる代物じゃないが、結構なモンだ。俺のパンチがまともに当たったのは2、3発程度だろ」

「前に言わなかったか?俺は喧嘩が下手くそなんだよ。貰う前提でやらなきゃいけねえから、仕方なくが正解だ」

 そう言って笑う。あの糞ムカつく笑みで。

「なあ緒方君、アンタ、こっち側に来ねえか?」

 その糞ふざけた提案にかなりムカついて脚に力を込めた。ダッシュして間合いを詰めようとした訳だ。

 それを察知して。少し身体を引かせて両手を前に出す。

「まあまあ、落ち着けよ。アンタがこっち側に来れば、幼馴染は無事に済むかもしれねえんだよ?」

 脚が止まる。どういう事だと視線を向ける。

「話しを聞こうとしたな。アンタにしては珍しい。そんなに大事か、あの幼馴染は?」

「なんだ、ただの挑発か。じゃあいい」

「だから、待てって。アンタも既に知っての通り、朋美は幽霊になって俺達の前に出て来た。アンタの不思議情報も当然信じる事になるよな?」

 俺の繰り返しも信じたって事だろ?だがな……

「俺が何度も死んだってアレか?よく信じたよな、幽霊の言葉なんかよ?」

「幽霊が言ったから、余計に信じるだろ?例えばアンタが言ったら信じねえよ」

 まあ、納得は出来る。不思議な事を不思議な存在から聞かされれば、説得力はパネエだろう。

「その何度もくたばったのって、アンタの幼馴染が甦らせたからだろ?死ぬ運命を変えたかったんだか何だか知らねえけど、それは事実だ」

 確かにそうだが、発端は朋美だろうが?

「朋美がお金で俺に虐めを指示した事が始まりだ。麻美が死んだのもそうだ。あいつは死んだのは自分のせいだって言って譲らなかったけどな」

 俺に対する優しさで言ったのもあるんだろうが、事実そう思ってもいたんだろう。朋美を嫌ってはいたが、恨んではいなかったし。

 狭川が首肯した。その通りだと思ったのだろう。

「あいつはさ、ガキの頃から自分勝手でな。思うようにいかねえと、キレるし喚くしで、親戚中にも厄介者扱いされてんだよ。本家のババァは可愛がっていたけどよ」

「だったらお前ら側に行っても同じだろうが。麻美が助かる可能性なんて無い。そもそも、朋美側に着く事も無い」

 前提条件で既に崩壊してんだ。どう転ぼうがあいつは俺の敵。早く死ねばいいと思う程、大嫌いな敵だ。

「そんなあいつが一番好きな事はよ、憎い野郎が苦痛に歪んだツラ、見る事だよ。ひょっとしたら、アンタを手に入れると同じくらいに大切で大事な事だ」

 その思考がもうな…ムカつきが加速する!!

「そんな大好きなアンタが朋美の男になれば、幼馴染のそのツラが拝める。そして、そのツラを長く楽しみたい。だから殺さねえのさ」

 ふざけんなと言う前に。

「アンタも死なねえし、俺も死なねえ!!幼馴染も、アンタの女も死なねえ!!どうだ!?ウィンウィンじゃねえか!!はははははははははははははははははは!!!!!!」

 両手を広げて、声高らかに嗤う。なんだ、つまりは単なる挑発かよ。

 そんな挑発に簡単に乗っちゃうのが俺だけどなあああああああああ!!!

 地を蹴った。両方の拳に力を込めて!!

「馬鹿正直だな緒方くぅんんんん!!」

 持っていた警棒を投げる。武器を失うとか、馬鹿じゃねえか?

 簡単に避けて再度接近!そして右ストレート!渾身を込めて!!!

 お前のデフィンスで多少ダメージが軽減されようが、チャラにしてやるよ!!

 自分から向って来ると思った。事実さっきからそうしてダメージを減らしていた。

 だが、狭川は俺のストレートを避けた。頬に掠ったが、確かに避けた!!

「ほう?」

「伊達に何度も喰らっちゃいねえんだよおおおおおおお!!」

 そして俺に飛びかかった。体重を預けた、と言っていいかもしれない。

 結果、俺は相撲の浴びせ倒しを喰らったように倒れた。

 地面への衝撃を感じるとほぼ同時に、伸し掛かられる重み。狭川にマウントを取られたのだ。

「はははははははは!漸く取ったぜ!」

「これをずっと狙っていやがったの……が!」

 パンチを貰った、顔面に、咄嗟に首を捻ったから、狙われた箇所には入らなかっただろうが……

 それを差っ引いても痛ぇ!こいつ、いつの間にかメリケンサックを握ってやがる!

「いくらアンタがタフでも、何度もメリケンでぶっ叩っけばくたばるだろ!!」

 有言実行の如く、何度もぶっ叩く。ガードしている腕もお構いなしにぶっ叩く!!

「ぎゃははっははははははは!!死ね!!」

 額に打たれた。さっきの傷口が大きくなり、左の視界が潰された。

「死ね!!」

 痛めた左拳を打たれた。さっきまで忘れていた痛みがぶり返した。

「死ね!!死ね!!死ね!!死ねよ!!ぎゃはははははははははは!!!」

 どこをどうのか関係なく打たれた。目に入った所を打った。そんなところだろう。

 狭川は愉悦している。俺をぶっ叩く事に。目をらんらんと輝かせ、だが、白目を血走らせて。

 危ねえな、やっぱ。殺す事を躊躇しない、そんな目だ。

「アンタを殺して幼馴染も殺す!ああ、だけど待てよぉ?そうなったら俺が朋美に殺されちまうか?」

 振りかぶっていた拳を止めた。我に返った感じだ。

「アンタを殺せば俺が殺されるなぁ……それは駄目だ、マジで駄目だ……」

 青ざめながら、若干震えてもいる。朋美がそんなに怖いのか?

「ああ、だけど、幼馴染は殺さなきゃな…そうだな、アンタは半殺しにして…半身不随とかにして朋美に渡して………」

 なんかブツブツと今後のプランを考え出した。この隙に脱出……

「幼馴染はただ殺すな、と言われていたなぁ…生きている事を後悔して殺せ、だったか……」

「あ?」

「ん?何だ緒方君、独り言を聞くとか、趣味悪すぎじゃねえか?」

 お前が勝手にブツブツ言ってんだろうが?つか、俺を放置するくらい考え込んでいるってのか?朋美の恐ろしさがそれ程のもんだってのか?

「ああ!いい事考えた!!アンタも生きながら死ぬような絶望をくれてやりゃ、半身不随にしなくても動けないよなぁ?朋美にしても、そっちの方がいいかもなぁ?」

「馬鹿じゃねえかお前?そんなに朋美にビビっている野郎が、俺に絶望なんか与えられる訳ねえだろ」

 絶望はとっくに味わった。中学の時、屋上から麻美が落ちた時に。

 それ以上の絶望があるのかよ?お前如きに与えられると思ってんのか?自惚れんな。

「ははははは!そうだなぁ…アンタの目の前で幼馴染をマワせば、それなりに堕ちてくれんじゃねえか?」

 こいつ…今なんて言いやがった?

「アンタの両足を折ってだ、幼馴染をアンタの前で犯す訳だ。沢山の人数でよぉ?ほら、悪鬼羅網は15人だが、潮汐、南海合わせりゃ、100は下らねえ人数だ。あいつ等にも俺に協力してくれたご褒美をくれてやんなきゃな。これはいい案だろ!!アンタは壊れて幼馴染は自殺して!朋美から逃げられて!いいこと尽くめじゃねえか!!ぎゃははははははははははははははあっ!?」

 狭川が左目を押さえて仰け反った。親指を突っ込んでやったのだ。良い指応えがあったぜ……

 ついでだ、もう片方貰おう。

「ギャアアアアアああ!!マジかテメェ!!!」

 もう片方にも親指を突っ込んだ。失明するかもしれないが、で?だからなんだ?

 顔を覆う狭川の顔面にフックを放った。体勢不十分で手打ちのパンチ。だが、狭川の身体が真横に吹っ飛ぶ。

「ぐああああああ!!」

 相変わらず顔を覆いながら叫んでいる狭川。俺は悠々と立上り、転がっている狭川の股間を蹴り上げた。手加減無く。

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

 ああ、うるせえな。強姦を企むような奴なんか、去勢してもいいだろうに。

 よっぽど痛かったのか?狭川は転げまわっていた。それを止めるべく、ついでに声もうるせえから出せなくなるようにとの意味合いで――

 奴の喉を渾身の力で蹴り上げた――!!

「!っか…………!!」

 目を剥いた狭川。予想外の蹴りだったのか?ともあれ声が出なくなったか?

 まあいいや、続きだ。

 顔面を蹴る。息を切らせたような悲鳴をあげる。

 さっきよりはうるさくないが、まだまだ体力はありそうだ。転がっているし。

「おい立て…蹴りは苦手だって言ってんだろ…」

 言いながら顔面を蹴りまくる俺。狭川が身体を丸めて抵抗する。さっさと立ったら楽になれるのに、意固地な奴だな……

「じゃあそのまま死ね」

 ガードしていた腕を蹴った。少し開いたその隙間に、間髪入れずに蹴り。

 呻いた狭川、血がボタボタと落ちた、鼻でも折ったか?蹴りだからイマイチ解んねえな……

「殺す……」

 背中を向けていたので、腎臓に蹴り。

 エビのように仰け反りやがった。まだ元気だな…ムカつくな…早く……

「死ね!!」

 腿辺りに蹴りがヒットした。今度はその腿を押さえやがった。

「死ね!!死ね!!死ね!!」

 じゃあ腿でも折ってやろうと、同じ個所を何度も蹴る。転がって逃げる狭川。さっき喉を潰したと思ったんだが、叫びやがった。

 まだ喉は無事だって事だ。うるせえな…近所迷惑だろうが?

 髪を掴んだ。そのまま引っ張り上げようって事だ。

 膝がガクガクしていやがるが、どうにか立つ狭川。

「テ、テメェ…殺す気で…がっ!!」

 気に入らない目付きで俺を睨んだので、目ん玉辺りにフック。さっき親指を突っ込んだのに、失明はしなかったのかよ、残念だ。

「殺す!!」

 同箇所にフック。いや、それも確かじゃない。同じ右フックだから、同じところを打ったに過ぎない。

 身体が流れる狭川。こいつ、腹に鉄板を仕込んでいるんだよな。ボディは無理なんだよ。

 なので、落ちてあった石を手に取る。意外とデカい、片手で持つのに少し難儀する。

 その石をボディに落とした、つうか投げた。

「~~~~!!!!」

 響いたのか?丸まりやがった。だけどな、逃がさない。麻美を強姦しようと企んだんだよ、お前は………

 同じ石を持って。今度は股間目掛けて放り落とした。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 腹を庇っていた手に当たった。股間から少しずれたか?

 転がり、丸まりで、此の儘じゃ立つことはしないな、こいつ。じゃあ今度は俺がマウントを取ろうか。

 一回頭を踏んで動きを止めた。そしてその隙にマウントを取る。

「殺す!殺す!殺してやるよ狭川あああああああああ!!!」

 目に入った顔面にパンチのラッシュ。最初はガードしていた狭川だったが、途中からその力が抜け、だらんと腕が下がった。

 乱戦が得意だとか言っていたが、よわっちいなぁ?ああ、須藤真澄の話にも出ていたな、的場や河内に何度か病院送りにされたって。

「そんなハンパな野郎が強姦とか考えるんじゃねえよ!!」

 殴りながら言う。顔面で殴っていない所なんかない程。

「そんな程度の野郎が的場を出し抜こうとするんじゃねえ!!河内の敵扱いになってんじゃねえよ糞が!!」

 叩きつけたら前歯が無くなった。この年で総入れ歯でも目指すか?尤も、その必要はないけどな。

「死ね!!くたばれよ糞が!!死ね!!!」

 振りがぶったその手が掴まれた。仲間かと思ってそいつを見る。

「もう気絶しているだろう。これ以上は駄目だ、緒方君」

 そいつは大雅だった、隣で身構えているのは玉内、大雅一人で止めきれなかった時に備えていた感じだが……

「お前等、あの人数を倒くしたのか?」

「ああ、結構やる連中だったが、なんとかな」

 言いながら俺を肩を叩いた。立て、と言う事だな……

 と、言うか…佐伯の時と同じ感情が…明確な殺意が出たか…あの時よりは動揺は少ないが……

 ともあれ、立った。同時に身体を丸める狭川。

「ま、マジかこいつ…あぶねぇなんてもんじゃねえ………」

 カタカタと震えながら。腫れて目なんか見えないであろう、瞳から涙を零して。

 改めて場を見る。暗いとは言え、立っている人間は一人も居ない事が解る。

「あり得ねえよこいつ…本気で殺そうとしやがった…俺ですらハッタリ半分だってのに………」

 最初に感じた狂気は何処へやら。脅えて固まって震えるしかないとか。

 ムカついたので蹴った。股間を。結構本気で。具体的には潰すつもりで。

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

「うるせえっつってんだよ!騒ぐな糞雑魚があ!!!」

 サッカーボールを蹴るように顔面を蹴った。狭川は頑張って声は出さなかった。ただ、何度も頷いていたが。

「もうやめろ。確かにみんなが心配する訳だ。マジで殺すつもりだろ」

 羽交締めまではいかなかったが、玉内にホールドされる。

「でも、手加減はしていたんじゃないか?緒方君の本気のパンチをこんなに貰って息があるんだから……」

「いや、無意識に拳を庇った結果だろう。ボクシングジムに通っているんだ。そう指導されない方がおかしい」

 確かにそう指導された気がする。ヒロに。

「だけど、これで仇は取っただろう。病院に戻って的場さん達に報告をしなきゃ」

 それもそうだと、最後に狭川を踏みつけて言った。

「おう、病院に行くのはいいけどな、俺達は今から黒潮病院に行くから、もしもそこでかち合ったら、またぶち砕くぞ?」

 ガタガタ震えながら何度も頷く狭川だが、その動きが止まった。

 そして俊敏な動きで上半身を起こして、後ろを見た。

 当然俺達も釣られて視線を追った。追った先には………この暗闇でも視認できるような、しかし発光なんかしていない、寧ろ真逆な『暗闇』が輝いていた――……

「お、おい…あれ……なんだ?」

 玉内の声が掠れている。そりゃそうだ。その暗闇にハッキリ見える、人の顔…つうか、顔しか見えない……

「まさか…幽霊…まさかな……」

 大雅も苦笑いしならが否定と肯定を繰り返している。あれは幽霊じゃない…似たようなものだろうが……

「ひゃあああああああああああああああああ!!ま、待て!俺はまだ負けてねえ!!!」

 狭川がみっともなく取り乱す。へたり込んている状態で、両手を翳してイヤイヤと。

 だが、俺は冷静だった、いや、既に冷静じゃない状態だから、我に返ったと言った方が正しいか。

『顔』は瞬間移動したように、狭川にいきなり接近していた。その様子も冷めた…いや、全く逆の感情で、ただ見ていた。

――…晴彦ぉ…誰が隆を殺せって言ったのよぉ……?殺すのは日向の筈でしょうがぁ……?

 狭川の鼻に、自分の鼻を接触させる距離で、青白い『顔』がそう言う。

「だ、だから、これが終わったら……」

 カタカタとか細かく震えながら。マジビビってんのかよ、こんな奴に…

「お、おい緒方!!あれやっぱ幽霊じゃねえか!?おい!!」

 なに興奮してんだよ玉内…幽霊だろうが生霊だろうが、漸くツラ、拝めたんだ…このままで済ませるかよ……!!

――馬鹿なの?私はなんで隆を殺そうとしたんだって聞いてんのよ?アンタ死ぬの?死にたいの?ねえ……

 真っ白い腕が暗闇から伸びて、狭川の首に掛けようとした時、俺は叫んだ。

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