南海~005
「……緒方君、深海の俺のツレも大雅派に加わって貰うようにする。だから俺達も君のルール適用外にしてくれないか?」
片山って奴が真剣な顔で、そう言って来る。俺は逆に困った顔を拵えた。
「ルール適用外って言ってもな…別に俺って南海付近にちょくちょく来る訳じゃないんだから、そんなに脅えなくても…」
普通に過ごしとけば、そもそも俺と関わる事など稀有だろうに。
「脅えている訳じゃない。君は…と言うか、君達は牧野一派と戦おうとしているんだろう?微力ながら俺達も手を貸したい。そう言う意味だよ」
成程仲間か。つか、俺達って数を集めようとしないからなぁ…そんな提案をされても困るな…
「いいじゃねえか緒方。お前が常々言っている事だ、普通のダチになりゃいいってよ」
友達か…それならまあ…
「解った。それでいいよ。だけど…」
「念を押さなくてもいいよ。君相手に下手な真似は出来ない。それはさっき見た事だからね」
そりゃ、お前等のボスをライブでぶっ叩いたところを見せたからな。ヒロと生駒が15人相手に超余裕な所も見せたし、見た事は信じられるから。
「あとは正輝が覚悟決めれば安全協議完了だよ。俺の派閥に加えるって言っちゃいなよ」
橋本さんがせっつくが、大雅はやはり腕を組んで難しい表情。
「…木村、君の場合、どうしているんだ?緒方君の条件に反した仲間の場合…」
「そりゃ、ケジメでぶっ叩くさ。ダチに上等こいただけでも死刑もんだろ普通?」
俺と木村は友達で、西高生は木村の下。友達に糞ふざけた真似は許さんって事だな。
「えっと、生駒は…」
「俺は別に東工代表って事じゃないし、派閥も無い一匹狼だから、ケジメや躾はしないけど。つうか寧ろ学校外での友達の方が多いくらいだよ。お前もだろ?大雅」
それもそうだと頷く大雅だが、どうも優柔不断だな…決断力が無いって評価に繋がっちゃうぞ、それ。
そんな大雅の態度に焦れたのか、長野って奴が口を開いた。
「派閥に加えよう。あいつ等が嫌だと言えばそれまでだけど、数は欲しい。緒方のルール云々以前に」
「だから、もしも違えたら、俺がぶっ叩かなきゃいけなくなるだろ?」
「そうすればいい。南海は馴れ合いの温い環境で、危機感が殆ど無い連中だ。お前が危機感を持たせる事はいい事だと思う。勿論俺も手伝う」
更に橋本さんが口を挟んだ。
「それに、あの子達にももう言い聞かせているから。何かあっても従うって。牧野一派に荒らされるよりよっぽどいいってさ」
俺ルールってそんなに厳しいかな…別に俺は何もする気はないんだけど…
「ダーリンは直ぐ殴っちゃうから、こんな話し合いになるんだよ」
「本当に心を読むのはやめて……」
くそう。ポーカーフェイスを磨かなければ…平穏な日々の為に…
「……解った。緒方君。そいつ等を派閥に加える。だから君ルールの適用外にしてくれ」
そう言って頭を下げる大雅。いや、だからな?
「もう一回言うけど、南海付近にちょくちょく来ないから…それにお前は友達だから、お前の派閥には融通するって程度の事でな…」
「俺達が白浜に行く場合もあるだろう?」
………あるのか?ないと思うが、絶対とは言い切れないからなぁ…
まあ、どっちにしても、俺はこう言う。
「大雅派だけだからな、融通を利かせるのは。他の連中に間違うなとは言っておいてくれ。具体的には菅野とかに」
「本当に菅野さんを嫌いなんだな…あそこまで叩いても尚そう言うか?」
呆れた顔を見せる大雅。嫌いなモンは嫌いが俺だ。
「西高も福岡派だけだぜ、緒方が融通を利かせんのは。だから厳しいとか思うかもしんねえが、普通の事だ。少なくともあいつの中では」
木村がフォローじゃないフォローを入れる。福岡派だけでも、俺からすれば大譲歩だと思うんだが。
「これでもマシになった方だぜ。以前のこいつなんか、見たら取り敢えずぶん殴っていたからな、その手の輩を」
「そこまでなのか…流石の俺でも、そこまではいかなかったな…」
真実を述べたヒロ。それに慄く生駒。そう、以前よりも遙かにマシにはなったのだ。高等霊候補だったし。
「それが、今となっては玉内とも友達か…外見で判断しなくなっただけでも大進歩だな、隆」
それが出来たのは的場や木村を知ったからだ。外見だけじゃ判断は出来ない。大和田君のような隠れ糞もいるんだし。
その隠れ糞が多そうなのが南海なんだけど。猪原を隠れ蓑にして、ふざけた真似をしている奴も絶対に居る。具体的には菅野とか。
「その玉内君も結構イケていたよね。緒方君の友達ってイケている人多いよね。シロもそうだし」
洗い物を終えて戻って来たと同時に発した楠木さん。生駒が照れくさそうに頬を書いているのはこの際見ない。茶化さない。
「そうそう。ちょっと怖そうだったけどね。何となくロシアに居そうなイメージ」
遥香の勝手なイメージだった。なんだそのロシアに居そうって?おそロシアみたいなアレか?言われてみればプーチン大統領もカッコイイよな。関係ないけど。
「イケているもそうだけどさ、緒方君の友達って一騎当千の強者揃いじゃない?やっぱ強い人には強い人が集まるのかな?正輝もそうだし」
褒められ慣れていないのか、大雅がビックリした顔で橋本さんを見た。
だが、強者揃いって、喧嘩が強いってアレか?そうなら正直言ってくだらないんだけど。
「そうじゃねえ。隆はそんなのでダチを作らねえよ。霊感強い奴もいるし、オタクもいる。そんなくだらねえ事に拘ってねえよ」
ヒロが珍しくフォローした。今度は俺がビックリする番だ。
「そうなの?じゃあ霊感強い人はイケてるの?オタクは?」
「霊感強い奴はイケていて頭も良いな。オタクは見た目でもうオタクだけど」
ヒロの身も蓋もない意見に女子達が頷いた。赤坂君もいい奴なんだよ。彼女もゲットしたんだよ。見た目じゃねーんだよ人間は。
「……詳しい事は後日改めてって事でいいか?俺、夕方からちょっと用事があるからさ…」
長野がそう提案してきた。それって木村の仕事だから、俺は知らん。
「そうするか。南海の連中も、猪原引退でパニックを起こすだろうし、落ち着いたら連絡くれ。その時改めて協議しようじゃねえか」
木村がそう纏めた所で、大雅以外の連中が席を立った。彼女連合も。
奴等も奴等なりに話したい事があるんだろう。だから全員何も言わずに送り出した。
んじゃ俺達も…と腰を浮かしたところ――
「じゃあ私達は隣に移動しようか。お店だから他のお客さんの手前、詳しい話が出来ないからね」
まさかの橋本さんのお誘い。そして隣って確か…
「俺の家で?いいけど、何の話をするんだ?」
やっぱり大雅の家か…まあ、橋本さんの部屋じゃないんならいいんだけど。女子の部屋は緊張するしな。
と、言う訳で大雅の家だ。大橋さんの店『大橋飯店』から徒歩1分。ごく普通の一軒家。
「じゃあ、入って。さゆ、みんなを俺の部屋に案内して」
「うん。解った。じゃあみんな、こっちへどうぞ~」
そう言って、お邪魔しますも言わないで入って行く大橋さん。
「……俺、この光景何度も見たな…」
「……私も……」
ヒロと波崎さんの呟きに、全員同意の頷きを見せた。俺と遥香は除く。
「どうしたんだ?ボーッとして?さゆの後に付いて行って。あ、みんなコーヒーでいいよな?」
「……それも何度も聞いた事あるな…」
大雅の言葉にデジャヴを感じて呟いた木村。。はり全員頷きの同意を見せた。勿論俺と遥香を除いて。
「あはは~。大雅君と大橋さんもお熱いって事だよね、ダーリン」
「そう…なのか…?」
俺達以外にも、似たような事をやっている奴がいる事が、驚いたって思うけど。因みに俺はMAXでそう思っている。
ともあれ玄関先でぼけーっとしているのも何なので、俺が先頭で家に上がった。ちゃんとお邪魔しますも言ったぞ?
階段を上がって二階に到着。ドアを開けると6畳ほどの部屋。
ベッドは無い。代わりに4人掛けのソファーが置かれていて、テレビ等の家電。目を引いたのは、ガンダムとシャア専用ザクのデッカイプラモデル。
「正輝はガンダムが好きだからね。趣味はガンプラ作りなんだよ」
「どこかの軍曹的な趣味だな…」
なんか家政婦もやっていそうな軍曹的な。緑色のアレな。
「その割には散らかってないな…プラモ作りが趣味なら、その手の道具が沢山ある筈だが、何もない…」
「ああ、ブースは隣の部屋だからね。正輝のお兄さんが使っていた部屋でプラモデル作っているんだよ。なんなら見る?」
何となく見たくなかったので遠慮した。何故か全員。
「ベッドがねぇなんて珍しいな?」
ヒロがそう訊ねる。
「正輝はお布団派だから。ベッドはあまり好きじゃないみたいだよ」
布団派か…畳部屋なら俺も布団にしていたが、フローリングだからな。
「……ガンダムのアニメのDVDが沢山ある…」
生駒がテレビラックの隣の棚に注目してそう呟いた。
「だからガンダムが好きなんだって。一番好きなのはゼータだったかな?」
「いや…解んないけど…」
ゼータと言われても解らん生駒が困惑していた。戦闘機に変形するガンダムだよな、確か。
「バイク雑誌があるな…南海って免許取ってもいいんだったか?」
木村の質問にもちゃんと答える橋本さん。
「取ってもいいし乗ってもいいけど、殆どがスクーターだよ。通学は駄目だけど。因みに、正輝はお兄さんのお下がりのバイクに乗っているよ。そうは言っても、殆ど乗ってはいないけどね」
「単車持ってんのか?何に乗っているんだ?」
「名前は解んない。正輝が来たら訊いてみたら?」
あまり興味が無い女子に車種を聞いてもな…俺も言われても解んないけど。
「ちょっと時間が掛かったか?コーヒーが入ったからさゆ、みんなに」
コーヒーを淹れていた大雅が登場。手にはお盆が乗っかっている。
橋本さん、そのお盆を受け取って、ガラステーブルの上に。
そして大雅は部屋に備え付けている棚を開けて、ミルクと砂糖を取り出す。
「みんなの好みが解らないから、自分で」
俺はブラック派だから何も入れないが、女子達が自分の好みのコーヒーに仕上げている様子を見て訊ねた。
「棚に砂糖とミルクを常備しているのって結構スゲーよな。俺もコーヒー好きでよく飲むけど、そこまではしないよ」
「いや、これ用意したのさゆだよ。俺はどっちかって言うと緑茶の方が好きだけど、さゆがお茶は嫌だと言うから…」
「ココアの方がいいって言ったのに」
「俺がココアは好きじゃないから、コーヒーに妥協したんだろ。飲みたきゃ自分の家で飲めば好きな物が飲めるのに、わざわざ…」
味が付いた飲み物の方がいいからって用意した(させた)のか…
「でも寒くなる時期だから、ココアの方がコーヒーよりもいいかも。ダーリンもそうしなよ」
「ココアは嫌だ。コーヒーがいい」
あれ結構量が入っているからな。遥香だけが飲む事になるんだから、廃棄とかなれば勿体ないだろ。
「麻美さんは紅茶を置こうとしているよね」
マジで!?初耳すぎる!!あいつミルクティー好きだからな!!つか、どいつもこいつも俺ん家を喫茶店にしようとすんな!!
「大雅、単車乗ってんだって?何に乗ってんだ?」
木村はお茶の話よりもバイクの話か。つか、呼ばれた理由は雑談する為じゃないと思うんだけど、まあいいや。
「KTMのRC390ってバイク」
答えたら目を剥いた木村。なんで?
「それって2015年頃出た単車だろ?お前の兄貴、新車で買ったのか?」
ああ、新車だったらお金が大変だからびっくりしたのか。バイクたけーからな。
「いや、元々兄貴は、親戚のおじさんから譲って貰ったカワサキのZ400FXに乗っていたんだけど、卒業するからバイクは要らないから、売ろうって事になって」
更に目を向いた木村。なんで!?
「そのバイクってすげーのか?」
「Z400FXっていや、100万はする単車だ…」
ひゃくまん!?
それを聞いて仰け反った俺達。そんな高価なバイクに乗っていたのか、大雅の兄さんは!?
「親戚のおじさん曰く、長くガレージに置いていて邪魔になったって。どっちにせよ、買った当時はそんなに高くなかったから、兄貴に譲ったのも、半分以上捨てるのが面倒臭かったかららしいし」
な、成程…押し付けられた形なのか…
「で、いよいよ卒業で売ろうとした時に、兄貴の先輩が買ったばかりのKTMと交換してくれって。差額分は現金で払うから何とかって頼まれて、仕方なく」
ほぼ新車のバイクとお金で交換したの!?
「さ、差額分っていくら?」
「25万だったかな?それでも兄貴的には助かったようだけどね。アパート資金の足しにできたから」
「お前にバイクを譲ったのは?」
「だって車に乗るんだから。別にバイクが趣味って訳じゃ無かったから、お前が乗るんならやるって言われて、押しつけられた」
処理するのが面倒だから押し付けたのか…大雅の親戚と兄さん、大分被っているな…素直にお金に変えた方が良かったんじゃないかとは思うけど…
「正輝のバイクって外車なんだよ?」
そうなの!?と木村を見る。
「KTMはオーストリアのメーカーだ」
流石木村だ。即座に答えてくれるとは。
「へえ?ダーリンはイタリアのバイクに乗っているんだよ。今度一緒にどこかに連れて行って貰おうよ」
おい。お前等だけで行って来いよ。なんだよ『連れて行って貰う』ってよ。
「いいね。正輝は出不精だから、外に追いやるのも一苦労だけど」
「ああ、ウチのダーリンもそうだよ。コミュ症だし。優柔不断だし」
「それでも孤高って感じがあるじゃない。正輝なんてブタを信望している間抜けだし」
すっかり打ち解けたようで何よりだ。代償で俺の心は涙に濡れているが。
「…さゆ、俺を馬鹿にするのもいいけど、何か話があったから、みんなを誘ったんだろ?」
「え?馬鹿になんかしていないけど?呆れていたからディスっただけだけど?」
キョトンとして酷い事を言った。容赦ないな、橋本さん。暴力系の他に毒舌系か…需要あるのかな…
「はは…波崎、来年は俺も免許取るしバイクも買うから、二人でどこかに行くか」
「なんで話を戻すんだお前!?」
折角先に進みそうだったのに、バイクの話に戻すんじゃねーよ!!
「そうだねー。みんなで海でキャンプなんかいいかもね。シロもいいっしょ?」
「美咲が行きたいならいいよ」
「だからお前等も先に進もうよ!!戻んなよ!!何か話があったんだろ!!」
いつ、どのような状況になれど、緒方隆は突っ込み担当だって事だ。そこが初めて訪れた友達の家であろうとも変わらない。肩で息をして突っ込むのも変わらない。
「……緒方の言う事は最もだ。先に進もうぜ」
木村が何か知らんが促した。こいつもこのグダグダに付き合っていられなくなったんだろうなぁ…
「そうだね。じゃあさっきの話の続き、橋本さんはさっき隆君と取引して、内湾女子、もっと言えば須藤真澄を探ってくれる事になったの」
全員に緊張が走った。大雅ですらも。
「……その話は、俺には内緒じゃ無かったのか?」
ああ、そっちで緊張したのか。聞いてもいいのか?的なアレで。
「そう思ったけど、橋本さんが一番頼りにしているのが大雅君なんだから、巻き込んだ方がいいかと思ってね」
そして遥香は春日さんの噂の事を語った。そして一区切りして木村に目を向ける。
「木村君、須藤真澄のあの疑惑の事も話すよ。いいよね?」
「……須藤真澄の情報を探っていくんなら、結局はそこに辿り着く。ここでシラを切る必要もねえ」
頷いて。
「須藤真澄は薬の売人をやっている疑惑もある。証拠はないけど、証言はある」
「……成程、春日響子ちゃんの話だけじゃなくなる、か…槙原さんが躊躇して話そうとしなかった理由が解ったよ」
納得と頷く橋本さんだが…
「そこまでは聞いていなかったのか?」
「うん。管轄外だから聞いてから、って言われてね。でも、真の理由は、躊躇して協力拒否されるかもって不安の方だね」
「そうだね。その通り。だけど橋本さんの腹の決め方が凄かったから、心配いらないと思ってね」
この女子二人は充分胆が座っていると思うが。
「なんかあったのか?その腹の決め方っての?」
「うん。隆君と取引したでしょ?南海は甘いんだから、他所の人にも同じように馴れ馴れしくしちゃう。だけどそれって隆君との約束を違える事になるよね?違えたら躊躇しないで喧嘩しちゃうでしょ?」
頷く。その通りだから。そしてほぼそうなると確信している。猪原みたいな甘々な奴がトップなんだから、約束を違えても許されるだろうと勘違いして。
「その事は伝えたし、釘も刺した。大雅君に丸投げするって事は、大雅君がケジメ付けなきゃいけないって事も。それすら違えるのなら、多分南海全部を敵にするって」
全くその通りなので頷く。前回の木村のように、引くに引けなくて喧嘩になったとしても、ケジメは絶対に要求する。無いのなら永久的に敵になる。最悪付け狙うかもしれない。
「橋本さんはそれでいいと。なんなら私の首を先に取っても良いって。須藤真澄を深く探って行くのなら、そこまでの覚悟が必要だし、逆にお願いしたいくらいだったよ」
覚悟の凄まじさに怯んだと、纏めた。しかしだ。
「逆に訊ねるけど、そこまでして何で俺を味方にしようとするの?そんな扱いにくい俺なんか無視して、木村と河内だけでも充分だと思うけど…」
そこだけがどうしても解らない。猪原を引退させたのは、俺の事情を押し通したまで。大雅派の敵認定全解除と同じような、俺の事情だ。
「正輝を助けて欲しいからだよ。甘々なイノブタのおかげで正輝も随分甘くなっちゃったから、そこに付け入られたら正輝が危ない。特に潮汐は危ないからね」
「その潮汐と戦う可能性はあるのか?西高、黒潮と関係なく?」
友好校協定を結んだこの二高は、バリバリの武闘派だぞ?他校の畏れられるバカ高校だぞ?俺は関係なくぶち砕くけども。
「ある。と、言うよりも時間の問題。イノブタは一応抑止力にもなっていたけど、恨みも買っているから。それも結構な人数に」
やっぱりマッチポンプじゃねーか。後輩に余計なお土産残すんじゃねーよ。
「牧野もそう。イノブタと牧野は南海二大勢力で、牧野の方が数を持っているのは知っているよね?牧野と潮汐の恨み持っている奴等が手を組んだら…って考えると、夜も寝られない」
肩を落として疲れたように。
だがそうか。これからの南海は戦国時代になりそうなのか。だから俺、と言うか、味方は一人でも多い方がいいと。甘々じゃない、ともすれば、南海全部との喧嘩も辞さない、危ない奴の味方が欲しと。
橋本さんの方がしっかり考えているじゃねーかよ。南海大雅派の真のボスは橋本さんだな。うん。
「それに多分、猪原引退で、牧野派に流れる奴も出てくるぜ。やられたくないから懐に入って回避するって、馬鹿で浅はかな考えの奴は多分いる」
木村の弁に頷く俺。生駒の友達だった一之瀬って奴もそうだろう。
まあ、それならそれでいい、目に入ったらぶち砕くまでだし。
「潮汐と組もうがなんでもいい。牧野さえくれたら」
さっきからそればっか主張する生駒であった。ブレが無くて何より。
「牧野は俺がやるっつってんだろ。お前は俺の後だ」
「大沢が本気出したら入院確定になるだろ。退院まで待つのか?それはちょっとなぁ」
「お前が本気出しても入院確定だろうが。俺に退院まで待てって言うのか?」
ヒロもブレが無くて何より。どっちの主張も解るし、どっちの味方もしてやりたいが、出来ない。なので譲歩案を出そう。
「解った。俺がぶち砕いてやるから、お前等はその後だ」
「「お前は引っ込んでろ」」
やっぱり拒否された。なんか悲しい。
「……俺、緒方君や生駒達のようになれそうもないんだけど…」
「じゃあお前は仲間内の良心になれ。ストッパーは必要だから、打って付けのポジだ」
大雅のように甘い奴も必要なのは事実。じゃないと俺達は修羅道ばっかりになっちゃうからな。
それもそうだが、その前にだ。
「橋本さん、さっき春日さんの噂を流した奴を多分知っていると言っていたけど、それが須藤真澄の事か?」
「うん。槙原さんと話した時、春日さんの噂を流した奴を調べられるかと聞かれて、それなら多分須藤だよって」
「それはなんでそう思った?」
いきなり須藤真澄だよと言われても、根拠は必要だ。
「春日響子さんの噂は、内湾では知れ渡っているって言ったよね。でも、最初は誰も知らなかった。春日響子さんの元同級生でさえもね」
頷く。春日さんのあの事件は、本人も両親も絶対に自分から口に出さないだろう。だから知られる筈がない。あのおばちゃんがDVDを発見して近所の人に訊ねるまでは。
「その元同級生に春日響子さんの事を聞いていたのが須藤。容姿とか、性格とか、細かく聞いていたみたい。でも、須藤は新潟から越してきたから、春日響子さんとは何の接点も無いよね?じゃあなんでそんな事を訊ねるのか?って話になるよね。それで聞いたら、父親に、その…」
橋本さんは口ごもった。性的虐待と口に出したくなかったのだろう。俺達に気を遣って。
「それで春日ちゃんの元同級生が触れ回ったって事ね。流したのは須藤、と言うか、発端が須藤か…ゴシップ好きな心理をうまく突いたって訳だ」
楠木さんは納得と頷く。腕を組んで頷いた塩梅で。
「そう。で、さっき緒方君にも言ったけど、英雄譚よりもゴシップの方が面白いって話。今は緒方君の方がインパクトが大きくて、春日響子さんは隠れちゃっているけど、いずれまた浮上する」
全員が頷いた。その通りだと思うから。
だが、所詮は噂。わざわざ大洋から春日さんを見に来る奴はあまりいないだろうから、放置でもいいとは思うが、発端が須藤真澄なら話が違う。
噂が話題に上らなくなったら、再び火種を投下して、再炎上させるかもしれない。朋美に頼まれて。
結果山郷の馬鹿共のように、わざわざ見に来る奴も出て来るだろう。まあ、そうなったら俺達がぶち砕けば済む話だが、やられっぱなしはあり得ない。
「ん?ちょっと待って。緒方君の方が話題に上っているんだよね?じゃあ緒方君の事も須藤真澄は当然勘付いている?」
波崎さんの疑問に、橋本さんは首を横に振った。
「興味が無いのか、敢えて無視しているのか解らないけど、須藤は何の反応もしなかった。緒方君の前に木村君が話題になったけど、そっちの方もスルー。今思えばね」
「だけど、それは逆に須藤にとってはチャンスになりえるんだよね。春日ちゃんと隆君は同じ学校だから、関連付けて噂を流す。なんでそれをしないんだろ…?」
流石遥香だ!!俺が思い付かなかった疑問を簡単に思い起こすとは!!
「それも調べて行くうちに解るでしょ。今は何をどう思っても、所詮仮説の枠からはみ出る事は無いんだし、槙原さんは定期連絡を待ってくれればいいよ」
橋本さん、頼りになるなぁ…遥香は仮説を何十も繰り返してシュミレーションするけど、橋本さんは粗方固まるまで動かないタイプか…
大雅の言う通り、意外と気が合うかも。真逆のタイプだが、根っこは同じって言うか…
「うん、お願いね橋本さん。内湾に伝手が全く無い状態で手詰まりだったから、すんごい助かっちゃう」
「いやいや、牧野や潮汐と戦う事に躊躇しない彼氏を持っている槙原さんが居るから、私も安心だし、ウィンウィンだよ」
なんか笑い合ってお互い褒めしている。遥香のいつもの疑う目も無いし、いい事だ。
其の儘暫し雑談に興じて帰路に着く。生駒と楠木さん、木村はバイクで来たから、電車は俺達のみ。
ヒロなんか口を開けて高鼾しているし、波崎さんも疲れたのか、ヒロに寄りかかって寝ているし。
寝ていていいのかヒロ?勿体ないと思うぞ?
「波崎も大胆になったねえ」
「いや、不可抗力だろ、アレ」
狙ってやったとは絶対に思えない。
「しかし、女子も結構な人数になったよな…倉敷さんに続いて、橋本さんが味方になってくれた事はデカい」
「大洋には伝手が無いからすごく助かるし、これで春日ちゃんも安心だね」
それは本当に安堵しているようで。遥香にしては珍しく直ぐ信用もしていたし。
「なあ、お前って戦略ありきで物事を考えるだろ?橋本さんともそうなの?普通の友達じゃねーの?」
「普通に友達になったよ。それに、逆に言えば一番信用できるからね、取引だから。倉敷さんとはまた違った考え方だけど、やっぱり私と嚙み合うよ。彼女は」
俺もそう思う。味方にしたら心強いが、敵に回せば厄介な所も同じような感じだ。
「倉敷さんは?あれからどうなった?」
「今のところは別に?あ、だけど、倉敷さんとそのお友達にだけは、西高生は関わらないって。木村君がそう通達を出したらしいよ。そのおかげで助かったって言ってた」
倉敷さん達は西高の餌食にならなくて済んだか。木村も遥香の友達だからってすぐに動いてくれたんだな。有り難い。
「でも、他の北商の生徒は別。当然川岸さんも別」
そこら辺の線引きもきっちりやったか。いくら木村と言えど、全部禁止にしちゃ暴動が起こりそうだから、そこはまあ仕方がないか。
つうか、仕方がないで済ませた俺も随分変わったよな。以前なら関係ないからやめさせろと言っていたんだけど。
庇う人と庇えない人の区別が付いたからだろう。なんで俺が隠れ糞まで庇わなきゃいけねーんだって言うね。
「隆君も大雅君をストッパー役にしたよね。話の流れでもさ。それもいい判断だと思うよ。大沢君も生駒君も暴れちゃちょっと洒落になんなくなるから」
「偶然だけどな」
適当に話しただけに過ぎないのが本音だが、今思えば大雅は一番の常識人っぽいから、ストッパー役には打って付けだろう。
「で、大雅君と戦ったらどうなる?」
ずいっと顔を近づけて訊ねて来る。その表情を見て逃げるのを辞めた。
「…何でそんな事を聞く?」
「南海生と喧嘩する可能性が高いでしょ?大雅君は甘いから、庇って隆君と喧嘩…って可能性もあるから」
その可能性もあるけど、多分ないだろ。常識人って言っただろ?つまりは俺の出した条件が、傍から見たら無茶苦茶だと解っていながらも頷いたんだ。違える訳がない。
まあ、ともあれ質問に答えようか。
「やったら多分俺が勝つ。甘さを捨てて掛かって来ると言うのなら話が違うが、最後はより狂っている方が勝つんだよ」
「じゃあ甘さを捨てたらどうなる?」
「そうなれば解らないな。大雅は俺のパンチを止めたし」
「ふうん…じゃあ橋本さんが言った事は、結果的に良かったのか…」
何を言ったんだっけ?
「違えたら私の首を最初に取っていいって。あれって自分を殴らせたくなければ、ちゃんと約束を守るんだよ、って遠回しに言ったんだよ。大雅君に」
成程…ハンパない覚悟ってそう言う意味か…言うなれば自分自身を人質にした訳か…遥香と嚙み合うわ、それ。
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