南海~004
小田切が放したので駆け寄って来た大雅。それを腕で強引に押し戻す猪原。
「な、なんで!?」
「……正輝、俺の事はほっとけ。もう、俺にできる事は無い……」
そう言って俺の手も離す。途端にガクンと崩れる猪原。
「フラフラじゃねーかよ…」
手を伸ばすも首を振って拒否をする。
「俺が…」
大雅が肩を貸そうとするも、手を翳して拒否をする。
「……納得したか、猪原」
此処で小田切が猪原に手を伸ばした。それを躊躇なく取って言う。
「納得も満足もした。俺は此処までだ。正輝、後は頼んだぞ……」
そう、寂しそうに笑って声を張った。
「終わりだ!!喧嘩は終わりだ!!俺の負けで終わった!!!」
乱闘中のヒロが止まった。そしてこっちを見る。
そして更に声を張る猪原。
「今日で俺は引退する!!猪原派は解散だ!!」
静寂の後、辛うじて立っていた南海生全員が地面に腰を下ろした。
「おい、勝手に終わるんじゃねえよ。お前等全員ぶっ倒して、初めてスッキリするんだからよ…」
「女子達を人質に取ろうとした事、忘れちゃいないよな。その借りはまだ返し終えていない」
ヒロと生駒はまだ続行希望のようだが、木村がそれを止める。
「まあ待て。まだ話があるんだろうからな。それ聞いて判断しようぜ」
宥めて宥めて、上手く誤魔化して。ヒロ達は渋々ながら拳を緩めた。木村が居なけりゃ被害は広まっていたな。木村に感謝しとけよ南海生。
「今日から南海は正輝が仕切る!!長野!!お前等もそれに力を貸せ!!片山!!深海の連中にそう通達を出せ!!」
小田切にボソッと訊ねる俺。
「あいつら5人って全員南海生じゃないのか?」
「片山だけは深海の生徒だ。猪原派は深海にも大洋にもいる。大洋の方は殆ど保護みたいなもんだがな。あそこは進学校だから、荒事は全く向かないから」
そういや木村もそんな事言っていたような。まあ、知ったこっちゃねーけど。
「ちょっと待ってくれ猪原さん!!俺が仕切るって言っても、南海は猪原さんありきじゃないか!!みんなを纏めるなんて無理だ!!」
うん。俺もそう思う。大雅はそんなポジじゃなく、参謀ポジだ。そっちもあんまり頼りがいは無いが、まあ、トップってガラじゃない。
「当たり前だろ。自惚れるなよ、正輝」
「え!?あれ!?」
俺もあれ!?って思った。これから南海を仕切らせるんじゃないのかよと。
「南海は猪原派だけじゃねえだろ。牧野派もいる。無派閥も当然いる。猪原派は俺ありき。自惚れかもしれねえが、それは紛れもない事実だ。そいつ等がお前に素直に従うか。俺が言いたいのは、南海に新しい派閥を作ってみんなを守れって事だよ。猪原派を当てにしないでな」
それがあの5人か…危機感を持っていた奴等とか言っていたから、同じように危機感を持っていた大雅に全員くっつけようと。
「だ、だけど、牧野派は数も多いし、俺達だけじゃ…」
つってもお前が居るからあんま派手に行動しなかった筈だが。ま、そんな憂いは今すぐ無くなるけどな。
俺は大雅を押し退けて猪原の前に出る。
「猪原、牧野の入院先、知っているな?知らなくても直ぐに調べられるだろ?そこを教えろ。それでこの喧嘩、チャラにしてやる」
言ったら全員驚いて身を引かせた。猪原でさえも。
「……牧野も南海だ。南海生を簡単に売る訳には…」
「知らねーよ。引退した奴の戯言なんか。それとも、引退した後も色々口を出すつもりか?」
そして大雅にも目を向ける。
「牧野に付いていた雑魚の連絡先、全て教えろ。まだぶっ飛ばしている途中だったからな」
「本気で追い込みを掛けるつもりか…?だけどあいつ等も南海…」
「言った筈だ、お前と猪原、早川以外は知らねって。それとも、猪原に義理を通すか?たった今お前に任せるって言った奴に?」
「……………」
「……………」
黙った二人。引退するのならこの先に口を挟まれないし、俺との約束を無視するのなら、南海の今後は期待薄。木村はそれも織り込み済みだろう。それを大雅も解っている筈だ。
「そりゃいいな。そうしろお前ら。じゃねえと、こいつ等はもっと酷い目に遭うぞ」
ヒロが凄んで前に出る。
「そうだな。女子達を襲おうとした事は絶対に許さないが、それで取り敢えずは溜飲を下げてやる」
生駒も同時に前に出る。
「………正輝、そのようにしろ」
渋々ながら一応納得した形になる猪原だが…
「ふざけんなよ猪原。引退したお前が大雅を使おうとすんじゃねーよ。ホントムカツクなお前?」
ナチュラルに命令すんじゃねーよ。俺に話に来いって言って俺がキレたから、お前が引退を明確に決意したこと、忘れたのかよ?
「……そうだったな…小田切、頼めるか?」
頷いてスマホをピコピコ。そしてすぐに返事が来る。
「牧野の入院先は南大洋総合病院。と言っても怪我の処置は終わって今日は様子見での入院だそうだから、明日には退院するかもな」
今日の夜にもっと重症になるんだからどうでもいい。
「他の糞共は?」
「……それは俺が後日リストを作って送るよ。それでいいだろ?」
まあ、後日ちゃんと教えてくれるっつうならな。お前も甘ちゃんっぽいから、結構心配なんだよ。酷い怪我を負わせたくないから俺を裏切るかもしれないって思っちゃうんだ。どうしても。
此処で木村が前に出てくる。
「猪原。お前はたった今引退した。これからはお前を関係なく、大雅と話す。それでいいな?」
「ああ、だが、正輝の派閥は深海も含めて6人だ。それでもいいか?」
「ああ、お前よりは動きが早そうだからな。後手に回るよりよっぽどいい」
木村の皮肉っつうか本心に苦笑いする猪原。そして大雅に再び目を向ける。
「南海大雅派はこれからだ。頑張って大きく、強くしろ」
「………」
返事が無い。俯いているし。
自信が無いんだろう。単純に。だけどたかが新しい派閥を立ち上げただけろ?猪原は後に南海を仕切る事を期待しているんだろうが、現時点ではそうだ。
まあ、それは大雅の問題。俺の知ったこっちゃない。
俺は踵を返す。みんな『?』ってな表情で俺を見た。
「総合病院に行く。牧野を完璧に終わらせる」
ちょっと待てとヒロと生駒が付いてきた。
「牧野は俺がやるっつってんだろ」
「俺だって。因縁を晴らしたいって何回も言っただろ?」
木村が呆れたように首を捻りながら着いてくる。当然女子達も。
「正輝、お前も行け。お前の居場所は向こうだ。俺じゃない」
物凄い躊躇していたが、橋本さんに引っ張られて、大雅も渋々ついて来た。
これで猪原と完全に縁が切れた。少なくとも俺は。ある種の爽快感と罪悪感を抱きながら、俺は歩く事はやめなかった。遥香に「総合病院の場所、知っているの?」と言われるまで…
で、何故か俺達はとある一室に居る。具体的には中華料理屋の座敷席だ。町中華だからお値段はお手頃価格だったが…
「……俺、そんなにお金持ってねーぞ?」
俺だけじゃないだろう。あのカフェでみんな結構お金使った筈だから。
「ああ、平気平気、ここ、ウチのお店だから」
発した橋本さんを全員見た。上座の位置(雰囲気でそう思っただけだが)で橋本さんはニコニコと。
「だ、だけど無料って訳にはいかねえだろ」
ヒロも躊躇している。ごちそうになる事に。
「いいからいいから。あ、でもアンタ等はお金払ってよね。自分達が食べた分は」
じろっと睨んだのは、大雅の他に危機感を持っていた例の5人。
「そりゃそうするけど…じゃあ…あいてっ!!」
メニューを開こうとした長野って奴の手を、身を乗りだして叩く橋本さん。身を乗りだしてってのは、長野は結構遠くの席に座っていたからだ。
「他の子も来るんだから勝手に頼んじゃ駄目!!」
「さゆが無理やりみんなを引っ張って来た……うごっ!?」
文句を言った大雅がアッパーを喰らった。橋本さんは暴力系ヒロインか…
顎を押さえて蹲る大雅を気の毒そうに眺めながら、遥香が訊ねた。
「ね、ねえ橋本さん。ご招待してくれたのは有り難いんだけど、ダーリンや大沢君、生駒君が病院で暴れなれなくなったからお誘いは有り難いけど、誰か他に来るの?」
他の子と言ったからにはそういう事だろうと訊ねた。
「うん。イノブタに不満を持っていた子達」
それってさっき話に出ていた彼女連合?
「そ、その子達が何で来るの?」
波崎さんの疑問に答える橋本さん。お冷をカポカポやりながら。
「お礼と今後の事」
「お礼と今後?」
やっぱりよく解らないのか、楠木さんが訊ねた。
「イノブタを引退させてくれたお礼と、イノブタ派が無くなった訳だから、今後の安全協議?」
成程と納得したが、だったら尚更俺は此処に居る訳にはいかない。
「悪いけど、俺は帰る。南海の事はノータッチだ。君達の彼氏が大雅の派閥に加わろうが、俺にふざけた真似をするんならぶち砕く。大雅以外関係ないからな。それに、その話は木村だけいればいいだろ」
この危機感を持っていた奴はまあいい。だが、今呼ぼうとしているのは、猪原派に在籍していながら危機感を持っていなかった連中、猪原のように悪気が無く、不愉快にさせられるかもしれない。
俺の論を聞いてヒロと生駒も立った。同じような考えだと言う事だ。
「それはその通り。だからこそ彼女達だけ呼ぶんだよ。今顔を見たら緒方君、殴っちゃうかもしれないからね」
「だから木村がいればいいだろ?」
「その前に、お礼とも言ったよね?お礼したいって感情も否定する?」
おお…この切れ味、遥香に近いな…脳筋の俺では突破不可能だ。
なので遥香に助けて視線を送る。
「……呼んだ子達は全員南海生なの?」
助けて視線を無視して別の話を切り出すとは……
「ううん。深海と内湾女子の子達」
「……さっき聞いたよね?内湾女子に何があるって」
遥香がそう言ったと同時に立った橋本さん。そして遥香を連れて外に出た。
「……何だろうな…と、取り敢えず帰るから、木村、後は頼む」
「いいから座ってろ。なぁ、大雅?」
「あ、うん。そうしてくれ。今後の話は君には関係ないだろうが、俺とは友達でいてくれるんだろう?」
どうする?とヒロと生駒に目を向ける。
二人とも躊躇したが、波崎さんと楠木さんに引っ張られて座り直した。
「……緒方君、と言ったか?深海代表で俺も頼む。暫く付き合ってくれないか?」
片山とか言う奴が頭を下げた。慌てて頭を上げさせた。暫く付き合うからと言って、漸く。
程なく、俺のスマホが振動した。遥香からのメッセージだ。
指定された通り、外に出て、店の裏手に回ると、そこは小さいながらも庭。この中華料理店は家と店が合体した作りなのか。
そこの縁側に座っていた橋本さんが手を振る。
「こっち。こっちだよー」
小声なれど、通る声だった。隣に座っていた遥香も立って俺を促す。
「なんだ?話なら店の中でも……」
「橋本さん、春日ちゃんの噂、知っているって」
……………!!!
「それだけじゃない、噂を流した人も、多分知っているって」
「……緒方君、キツイ目付きで怖がられているみたいだけど、今の表情は外では出さない方がいいよ。間違いなく誰も近寄らないから」
橋本さんに腕を引っ張られて我に返る。そんなに酷い顔をしていたのかよ…
「もう直ぐで他の子達も来るから、今は簡単に。結論で言えば、春日響子さんの性的虐待事件は内湾では知れ渡っている。深海、南海でも少しは知られていると思う。勿論大洋でもね」
やはり腕を引っ張りながら。座れと言う事か。
なので好意に甘えて座った。橋本さん、安堵した様子。
「続けるね。内湾女子には、その春日響子さんの元同級生もいる。面白半分でその子にも聞いてくる人が居た。今は木村君、と言うか緒方君の方がインパクト大きすぎて、霞んでいるけど」
俺が猪原を否定して南海全部ぶち砕くと言った事は相当な事件なのか…それ程猪原の影響力は大きかったって事に繋がるが…
「だけど、それもいずれ無くなる。英雄譚よりゴシップの方が面白いからね」
英雄云々は置いといて、俺が出て来なくなったら、再びその噂で持ち上がる可能性がるって事か…
「だからこれは取引。今から集まる子達の彼氏、そいつ等は緒方君ルールから除外してくれない?代わりにあの女の事、探るからさ」
あの女?誰だ?
「ダーリンがこの条件を飲んでくれれば、春日ちゃんの噂で踊る馬鹿な連中も少なくなるよ。だって『大雅派には緒方隆が味方に付いている』から、迂闊な真似は出来ない。その友達の春日ちゃんに興味でちょっかい出してくる奴も少なくなる。友好協定の西高、黒潮も付いてくるけど、どっちが有名になったか、誰が一番厄介なのか。それは解るでしょ?」
木村と河内の他に俺か…確かにそうだが…
「木村と河内だけでも事足りるだろ?」
「緒方君は南海と喧嘩しようとしたんだよ?イノブタを引退に追い込んだんだよ?西高は友好校とは揉め事を起こしたくないからゴシップはほっとく。むっちゃ我慢しながらも、どうにか堪える。だけど緒方君は我慢しない。友好校協定外の危険人物だし、それをこれから証明するんだし」
「証明?」
「牧野とその一派を倒すんでしょう?追い込むんでしょう?さっき正輝とイノブタにそう言ったじゃない?」
確かにそうだ。そうなれば春日さんと友達だって、大雅とか橋本さんが触れ回るんだろうし。スクラップになりたくなければ大人しくしとけとか言って。それに牧野をぶち砕いたら尚更だろうし。
「それに、あの子の情報は何でも欲しい。今は何もない状況なんだから尚更ね。だからこの条件飲んで」
遥香がそう言って頼んで来るが…
「あの子って誰だよ」
「須藤真澄だよ」
「須藤でしょ?」
!!須藤真澄!!そこまで話したのか遥香は!!だったら橋本さんを信用した事になるが…
「マズイ。来ちゃった。緒方君、これだけはハッキリして。条件飲んでくれる?それとも須藤真澄は諦める?どっち?」
もう時間か…悩む暇がないな…
「……後で詳しい話を教えてくれるのか?」
「うん。あの子達の彼氏をルール外にしてくれるならね」
これは困った。ハッキリ言って南海には関わりたくないんだが、春日さん絡みならば関わらざるを得ない。その為に持ち出した話なんだろうし。
だが、須藤真澄の情報は今だ皆無に等しい。少しでも情報が欲しい。
「……解った。だけど俺は大雅に丸投げするからな。何かあった場合の責任は、大雅に取って貰う」
「いいよそれで。正輝ならどうにかしてくれるって信頼の裏返しだから、寧ろ持って来いよ」
遥香よりは劣るが、大き目の胸を叩いて頼もしさアピール。君じゃなくて大雅が頑張る事になるんだけど、君が決めていいのか?今更だけど。
「じゃあ戻ろうか?お礼と接待、ちゃんと受けてよね」
手をヒラヒラさせて俺達よりも先に戻る。
「……お前、大体の事は聞いたんだろ?」
残された俺は、同じく残された遥香に訊ねた。
「大体は。だから味方になって貰おうと。詳しくは後で。今の用事は別の事だから、それを済ませてからね」
「用事ってなんだ?」
「お礼と接待って言っていたでしょ?」
そういやそうだった。だけどお礼も何も、俺がムカ付いたからやっただけなんだけどなあ…
取り敢えず戻ると、一斉に俺達に視線が向いた。それは知らない顔の女子達。
そして一斉に俺に群がって来た!!
「なになになになになに!?」
万歳してパニックを起こす俺。遥香の笑顔も微妙に引き攣っている。
「ブタを引退させた人だー!」
「ホントにイケメンだ!!ちょっと目付き怖いけど!!」
「南海全部と喧嘩しようとしたんでしょー!!ホント凄いよ!!」
もうもみくちゃ状態である。
「はいはいはいはい!!緒方君困っているでしょ。槙原さん、微妙になっているでしょ。離れて離れて」
橋本さんが間に割って入って隙間を作ってくれた。柔らかくて気持ちが良かったが、遥香の手前があるから、有り難い。
「アンタ達席に付いてー。今日はお礼と接待だからねー」
「「「はーい!!」」」
素直に指示に従う彼女連合。遥香がこそっと橋本さんに耳打ちした。
「なんか慣れているようだけど、どうして?」
「ああ、南海は体育会系が多いでしょ?ウチって腹ペコ部活男子のご用達のお店なのよね。あの子達の彼氏も体育会系だから、この店をよく使うのよ。で、安くする代わりに働いて返せ、みたいな?」
部活男子の為の店か…だったら大盛り基準のようだな…で、女子達は労働で割引をゲットする、と。
「そう言っても、男子のお金は普通に取るけどね。働いた女子は割引するけど」
働かざるもの食うべからずか…なかなかシビアっぽいな…そんな店でごちそうになって大丈夫なのだろうか?後でおかしな対価を要求されないか?
彼女連合がせかせか配膳して、テーブルに料理が並べられる。
「……なぁ隆、この目の前に置かれたチャーハンって一人前だと思うか…?」
ヒロが呟くように訊ねて来た。俺だって解らねーよ。大山食堂よりも更に大盛りじゃねーかこのチャーハン…二人前以上あるぞ?
「……多分一人一人の前に置かれているから一人前じゃないかな…」
生駒も声が嗄れながらも発した。女子と分けろって意味合いなら納得なんだが、生憎と女子の前にもチャーハンが置かれているから違う。女子のチャーハンは半ライス程の量だが。
「……まさかとは思うが、このドンブリに入っているワンタンメンがスープ代わりじゃねえよな…?」
木村も慄きながら、隣の大河に訊ねている。
「そうだね。今日はサービスいいな。いつもはもうちょっと少ないよ。普通のラーメン一杯分くらいだな」
いや、このワンタンメンのドンブリもデカいんだが…普通のワンタンメンでいいんだけど…つか、ワンタンメンだけでいいんだけど…因みに女子はワンタンスープだった。しかも普通よりも少なめだった。
「いや~凄い沢山でおいしそうだね、ダーリン」
破顔する遥香だが…お前の目の前に置かれているエビのマヨネーズ和え、小皿だろ?俺達の前に置かれているエビは皿から零れているんだけど…
「この豚肉とキクラゲのタマゴ炒め、結構量あるなぁ…お腹きつくなったらシロ、食べてね」
真っ青になる生駒。そりゃ、女子達の目の前のブタとキクラゲのタマゴ炒めは小皿満タンだが、俺達の目の前に置かれているのは、棟のようにそびえ立っているのだから。
「棒棒鶏、さっぱりしていて美味しそうだよね」
波崎さんが覗き込んでいる棒棒鶏は小皿だが、俺達の棒棒鶏は皿大盛りで、更にトマトの輪切りが周りを囲んでいる。これトマト2個使っているだろ、絶対…
「えっと、さゆちゃん、チャーハンとワンタンメン、棒棒鶏、エビマヨ、ブタキクラゲタマゴって1800円でいいんだっけ?」
「ご飯の後皿洗いしたら200円引いたげるよ」
片山って奴が値段について訊ねたら破格で引いた。皿洗いすれば値引きもあるとか、どんなんだ…それよりもこの量に怯まないこいつ等って……
と、思ったら、奴等の前に置かれているのはドカ盛りじゃなく、定食状態だった。チャーハンも普通、ワンタン麺も普通。棒棒鶏も普通、エビマヨも普通、ブタキクラゲタマゴも普通。
俺達だけかよドカ盛り!!大雅も普通の量だし!!だけどなんだかんだ言って、一人でこの量とこの種類はやっぱり格安ですげえよな…俺達もそうして貰いたかった……!!
「さあさあ!!今日は白浜から来た英雄達にお礼と言う事で!!皆さん遠慮しないで食べてねー!!チャーハンはおかわりできるから!!」
この上おかわりなんかしねーよ!!つか、ジョッキに烏龍茶、なみなみと注がれているー!!
「お、大橋さん、このジョッキって普通のジョッキとは違うよね…?」
遥香のお父さんに連れて行ってもらった居酒屋で見た事がある。ジョッキにビールを注ぐ、デカいジョッキだ。
「ああ、ピッチャーだったら無くなる心配ないでしょ?」
…これって死ぬ量だよ?無くなる心配じゃなく、亡くなる心配しなきゃいけない量だよ?みんなで分けろと言うのなら納得だけど、俺達の前にだけあるよねこのジョッキ?
「じゃあ、みんなに烏龍茶、行き渡ったよね?カンパーイ!」
普通のジョッキの烏龍茶を掲げる大橋さん。みんなも倣ってそうした。
だが、俺達はピンチだった。ピッチャーの烏龍茶でそんな真似をしているのだ。腕がプルプルしているんだけど!!
「折角だから温かいうちに食べよう」
「お、おう。話しはその後だな…」
チャーハンをレンゲで救う。こんな大盛りなのに、ちゃんとパラパラしている。
「美味いなこのチャーハン…」
大味かと思ったら普通以上に美味い。かっ込みたい所だが、他の料理の手前、無茶は出来ん。
「……ワンタンメン、美味いな…ウチよりも美味い…」
生駒がちょっと悔しそうにワンタンメンを啜りながら述べた。鬼斬よりも美味いんだ…そうか…だが、鬼斬はスープINご飯までがセット。そうなれば勝負は解らないぞ?
沢山食べた。烏龍茶なんか彼女連合が注ぎに来るもんだから、ちっとも減らなかったし、この超山盛り料理も完食できなかったが、兎に角頑張った。
よって野郎共全員が大の字になって倒れている状況だ。木村でさえも。
「……好意だから…ゥプ…無碍にも出来ねえしな…ウッ…」
そう漏らす木村。それは野郎共全員の気持ちを代弁していた。
「はは、流石に多かったか。あのメニューを完食した奴はいないから当然か」
普通の量の定食状態(それでも量がパネエけど)を根性で完食した大雅がそう言って労った。
彼女連合が食器を下げるのを見た遥香達も立ち上がって手伝った。俺達は今立つのは不可能だ。
「……なあ、ヒロ、生駒…今日、牧野とその仲間達をぶち砕きに行くか?」
「……ボディに貰ったら間違いなく戻す…」
「……だな。今日はボディに喰らわないって自信も全く無いし、やめとこう……」
ヒロも生駒も俺と同じ思いだった。今日はやめよう。うん。
「……だが、猪原さんが引退した事は直ぐに知れる。そうなったら牧野達は暴れるだろうな…」
大雅が神妙になってそう呟くも…
「だから、あの子達の彼氏達も派閥に入れろっつってんのよ。そうすれば数が単純に倍になるから、少しは楽でしょうが?」
テーブルを拭いている最中の橋本さんに聞かれたようで、そう返される。
大雅は何も言わずに考え込んでいる。何か問題でもあるのだろうか?
その質問を誰ともなく訊ねると、答えたのが長野って奴だった。
「大雅に自信が無いだけだよ。結局は猪原さんを慕って集まった奴等だからな。大雅を慕った訳じゃないから」
「だけど、牧野の問題があるのは事実だろ。ぶっちゃけると、そんなの些細な問題だろ」
大雅がやられれば間違いなく全滅になるんだぞ?だったら仲間になって一緒に叩いた方がいい。そう考える奴もいるだろうに。
「だから、大雅に自信が無いって言っただろ?」
あー。大雅の問題か。だったらどうしようもねーな。が、これだけは言わせて貰う。
「河内ですら黒潮を纏めているんだ。大雅なら大丈夫だろ。それに、別に南海を仕切るって訳じゃないんだし」
「河内を引き合いに出すんじゃねえ。まあ、俺も同感だが」
木村もそう言っているから大丈夫だろ。
「あ、だったら西高、黒潮の友好協定を、大雅派だけに限定すればいいんじゃねえ?やられても西高、黒潮は動かねえから。だったら向こうから入れてくれって来るだろ」
ヒロの提案である。それも一つの手だな。
「牧野派を大雅が一人でやっちまえばいいんだよ。そうすれば大雅派云々じゃなくなるだろ?」
生駒の提案である。それは大賛成だな。
「それに、緒方君は大雅派だけには敵認定を解除するって言っていたじゃない。味方になるって言ったじゃない。ふざけた真似をしたら正輝に責任取って貰うってだけで」
「それが一番きついって、さゆも解っている筈だよな?」
なんでだ?ふざけた真似さえしなければいいだけだろ?もししちゃった場合、お前がケジメを付けてくれればいいだけだよ。
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