南海~003

 木村が庇うようにそいつ等の前に立った。

「こいつ等は気にすんな。お前等の相手はあいつ等だ」

 言われて前を向く。群れはざっと15人。橋本さんの話によれば20は来るらしかったが…

 あの5人は大雅、つうか木村が頼んで呼んで貰ったんだし…

「ん?早川さんの姿が見えねーな?」

 俺の剣呑は解るだろうに、腕試しに拘っていた早川さんが来ないとは?猪原を守るために絶対に来ると思っていたけど。

 観察していると、大雅が俺達と猪原達の間に踊り込んだ。

「緒方君!落ち着け!猪原さんもさっきのはちょっと強引ですよ!」

 その慌てている大雅の傍に来たのは、これまたガタイの良い奴。つっても柔道の体つきじゃない。相撲か?このあたりの相撲部ってレベルはどのくらいだ?

「いいからお前は向こうに行け。長野達と一緒にいろ」

 そう言って強引に背中を押して、俺達の方に向かわせた。

「ふん、やっぱりか…」

 木村が何か勘付いたようだが…

 ともあれ、ふざけた真似をした猪原にはケジメをつけて貰わなければならない。俺は声を大きく張った。

「おい猪原!!お前がやったのは協定違反だ!!俺は南海とは関係ないと言っただろうが!!それなのに話を聞かせろだと!?100歩譲ってそれは我慢してやってもいいが、出向けだと!?お前ドンだけ偉いんだ!!南海の人間にだったら通用するかもしれねーが、俺相手にそんな糞ふざけた真似したんだ!!お前は此処で死ね!!!」

宣戦布告、完了!!俺は無防備に群れに向かって歩き出す。

「待て待て隆、雑魚は全部くれんだろ?」

 ヒロも慌てて寄って来た。だが…

「多分猪原が雑魚だ。他はあいつよりも強い。大丈夫か?」

「大丈夫に決まってんだろ。取り敢えずあのデブをぶっ叩くか」

 さっき大雅を押したデブにダッシュするヒロ。デブは「!?」ってな表情だ。

 そのデブに溜めが必要なスマッシュを放った。序盤で虚を突いたスマッシュ。デブは防御力が高いだろうと予測しての事だろう。あの腹にはあんまダメージが無さそうに見えたし。

「がっ!?」

 デブのジョーにモロに入ったヒロのスマッシュ。いくら頑丈だろうが、あのパンチをまともに喰らったんだ。

「おう猪原!!一人やられちゃったぞ!!身体張って仲間を助けて来たんだろ!!いつまで守られているつもりだ!!!」

「……言われた通り、話なんか聞く気はないか」

 ん?微かに笑みを零したような?いや、まさかな。仲間ぶっ飛ばされたんだし。

 ぶっ倒れたデブに張り切って蹴りを入れている最中のヒロに、他の仲間が向かって行く。

 つまり、猪原の前にはもう誰もいないって事だ。いや、その後ろにもう一人ガタイが良い奴が控えているが、兎も角、俺の前には猪原しかいない。

「あー!!本当にやっちまったー!!!」

 俺の後ろに居るから見えないが、大雅は多分頭を抱えて膝を付きながら絶叫したのだろう。ムンクの叫び、宜しくで。

 だからやるっつっただろ。お前もあの晩に見た筈だ。俺相手にぬるい事言うんじゃねーよってな。

 そりゃ、友達になら融通は利かせるが、生憎猪原は友達じゃない。お前が尊敬する先輩だから信用してやるってだけだ。

 その信用を裏切ったんだ。ここで俺にぶち砕かれても文句は言えないだろ!!

「緒方、お前の主張は解っているつもりだ。それでも俺は南海の、いや、俺を慕ってくれる奴等の為に、奴等が納得できる理由と結果が必要なんだよ」

「だからなんだ糞が」

「だから、仲間をやったお前の連れにも後悔して貰うって事だよ」

 ヒロになんかできる訳ねーだろ。お前の所の甘々な連中じゃ、何もできねーよ。

 と、思ったらヒロが焦ったような声を挙げた。

 なんだ?と思って振り向くと―――

「!?南海の甘ちゃんが女子達に向かって行った!?」

 こんな甘ちゃん連中が人質を取ろうとしたのか?だがなあ…!!

 女子達に向かって言った南海生は3人。その3人がほぼ同時にぶっ倒れた。

「……まさか猪原派がこんな真似をするとはな。だけど無駄だよ。女子達は人質にならない。俺が居るんだから」

 生駒が女子達の前に立って、怒りの形相でぶっ倒れた南海生を見下ろしていた。

「緒方、こいつらはこんな真似もするような奴等だったが、俺が居るんだ。心配ない」

 頼もしくもガードを引き受けてくれた生駒。全く心配していないから普通に頷いた。

 だが、あんな真似をしたにも拘らず、木村が何も言わない。なんかおかしいな…

 まあいいや。なんか考えがあるんだろうし。流石にこの糞でも木村相手に下手打たないだろ。組織としちゃ、西高、黒潮の方がデカいんだし。

「そんな訳だ。人質は意外だったが、お前をぶち砕く障害はない。それとも、後ろのデカブツがやっぱお前を守ってくれんのか?」

 猪原の後ろには、もう一人ガタイの良い奴が居る。参戦して来る雰囲気はないが、猪原が危なくなった時に乱入する要員なんだろう。だったら最初にぶち砕いてもいいか。

「小田切は喧嘩に加わらないから安心しろ」

 そう言ってアウターを脱ぎ捨てる猪原。

「女子達を人質にって考える糞の言い分なんか信じるか」

 俺もオーソドックスに構える。この中じゃ猪原が多分一番弱い。だが、こいつが代表だ。慕われる理由がこいつにはあるんだろうが、俺には関係ない。早々にぶち砕いてヒロ達に加勢しよう。

 俺はダッシュした。猪原は柔道家。インファイトメインの俺にとっちゃ危険な相手だが、取られなければ問題はない。現に菅野って奴よりも弱いんだろ?あいつにも腕も襟も取られなかったんだ。お前ごときが俺をどうやって捕らえられるんだ!!

 聞いた話だから何とも言えないが、柔道の有段者はストレートを取る練習をしているとか何とか。

 ならば猪原のその練習をしている事になる。じゃあパンチは取られる危険があるが、知ったこっちゃない。俺は拳で戦う事がメイン。

 ストレートの間合い。いつもは絶対にしない前傾姿勢、大きくスタンスを広げて、振り被るように放つ右!!

「そんな大振りのパンチ…!?」

 絶句したか。そうだろう。本気の俺のスピードは、ノロマなお前じゃ捕まえられないぜ!!

「あ!!ぁああああぁあ!!あああ!!!」

 右拳に確かな手ごたえ。だが、砕けた感触は無い。躱す事を諦めて耐える選択をしたんだろう。そして、耐え切った所で、俺の腕を取って関節を決めようと。

「そんな糞甘い考えで俺が捕らえられるかよ!!!」

 振り抜く拳!!

 猪原は一発のパンチでダウンした。しかも打ったのは恐らくジョー。恐らくとは、超前傾姿勢故に良く見えなかったからだ。

「ぐっ!!!」

 バン!!と地面を叩く音。柔道の受け身か?咄嗟に威力を殺したか。地面へのダウンのダメージは計り知れないからな。柔道家なら当然ではある。

 倒れている猪原を見下ろして言う。

「あんな大振りのパンチはまず使わない。お前には使ったけどな。何故か解るか?」

 猪原は口から流れた血を拭い、俺を見ながら返す。

「俺が雑魚だから、力の差を見せ付けようとしているんだろう?」

 自分の力量を知っているのは驚きだが…

「そんなお前が、自分よりも強いであろう仲間を、身体を張って守っているんだ。それが慕われている理由の大半だろう。だがな、いちいち話を聞いてからの行動じゃ、被害は広がる。実際そんな事もあった筈だ」

「あったな。だから俺が甘いのも自覚している」

 自覚があったのか!?驚きだよ!!だったら改めろよ!!

 猪原はゆっくり立った。警戒心を見せる事無く、悠々と。

「俺よりも強くて、俺よりも行動が早くて、俺よりも慕われて…俺の仲間にはそんな奴も大勢いる」

 何が言いたい?

「だが、俺を否定する奴はいない」

「居るだろうが?牧野一派が?」

「そうだ、否定する奴は所謂『悪い奴』だ。だが奴等も人間、話せば解る」

「解る筈ねーだろ。うぜーな説教って思うだけだ」

 頷いた。え?知ってんのか?

「だけど、俺はやっぱり信じたい。実際話し合いで仲間になった奴もいる」

「まあ、いるだろうが、そんなのは一握り…」

「俺が捜していたのは、俺よりも強くて、俺よりも行動が早くて、俺よりも慕われていて…何より俺を否定しながらも、悪い奴じゃ無い奴だ」

 そう言って構える猪原。何となく言わんとしている事は解った。さっき木村が言った事も漸く繋がったとは思う。

 俺も改めて構え直して問うた。

「引退したいのか?まあ、時期が時期だからそうなんだろうし、自分の甘さも承知だから木村の誘いに乗ったってのもあるんだろうが、だったら勝手にすりゃよかっただろ」

 今は11月。もう少しで来年になる。いつまでも高校生ではいられない。

 よって誰かに跡を継がせたかった。牧野一派の事も気になるから、木村の提案も渡りに船だったのだろう。

 だが、猪原引退は仲間の殆どが賛成しない。慕っていた奴が引退となれば、不安しかないからだ。

 西高との友好は本当の所望むところだったのだろうが、仲間が許してくれない。単純に自分を心配してくれているから、無碍にも出来ない。身内に甘々なんだから尚更だ。

 そこで的場から聞いた俺の事だ。いや、ひょっとしたら、連合から接触して来たんじゃなく、自分から接触したのかもしれない。俺の事を聞こうと思って。

 玉内も的場を倒した事を知っていたくらいだし、俺は有名人らしいから、噂が本当なのかも確かめたかったかもしれない。

 そしてその目で見て納得したんだろう。的場を倒した奴は調子に乗らない奴だと。

 あの日、俺が物分りよく、全部ウンウン頷いていたら、逆に信じなかったかもしれない。調子の良い奴だと思ったかもしれない。

 じゃあ確認だとばかりにもう一度問う。

「お前、俺を呼んだ事を後悔したらしいな?大雅から聞いたぞ」

「後悔したよ。もうちょっと煽れば良かったって。そうしたら、あの場にいた南海生全員と喧嘩してくれただろう?俺を完膚なきまで倒してくれただろう?それを正輝に見せてやれただろう?」

 そう言って息を付き、再び口を開いた。

「俺ももう限界なんだよ。仲間を守る事も、これ以上弱い自分が慕われる事もな」

 知らねーよ。じゃあ揉め事に首を突っ込まなきゃ良かっただろうが。

「的場に聞いたお前の話、本当に羨ましかったよ。あいつは負けたがっていた。しかし、自分に勝つ奴は野心が無い奴じゃないと駄目だった。後に厄介な事になりえるからな。お前はその条件にピッタリ以上だった。勝った事も内緒にして、顔を潰さないようにと考慮もしてくれた」

 そんで自分も倒して欲しくなったってか?やっぱ甘々だな?

「お前の仲間を全部ぶち砕く事も、俺の想定に入っているんだぞ。実際暴走族の連合の奴もぶち砕いた。お前が思っている以上に俺は危ない。ここに居る南海生は全員病院で後悔して貰う。お前の事情で女子達を人質にしようとしたんだ。それを許す程、俺は寛大じゃない」

「……確かに、お前のダチと生駒は想定外だ。まさかあそこまで強いとはな。一応南海上位の連中を連れて来たんだぜ?」

「意外だな?甘々のお前の事だ。自分一人だけで終わらせろと言うかと思ったが?」

「そこは木村に任せるさ。お前等親友なんだろう?」

 木村が俺達を宥めるってか?まあ、あいつはこの事を察したようだしな。木村に言われちゃ、溜飲は下げるだろうが…

「じゃあ、まあ、全力で来い。俺も全力でお前を潰しに行く」

「そうか、じゃあ頼んだぞ緒方」

 トントンとリズムを作って跳ぶ猪原。柔道のスタイル。

 腕を取って投げて関節を決める。時にはパンチもキックもあるだろうが、基本スタイルはそれだろう。

 ならば、俺は一撃も貰わずに、圧倒的にぶち砕く。助けてもらいたいんだろ?俺に。だったら誰の目にも明らかに負けさせてやるよ。俺は高等霊候補。救うのも仕事の一つなんだからな!!

 折角だから飛び込む。さっきよりは慎重に。

 それを見て腕を伸ばす猪原。何処かを掴もうって魂胆なんだろう。

 一旦急停止すると、猪原の腕が空を切った。掴み損ねたのもそうだろうが、俺相手なら力負けしないようにと力んだ結果だろう。

「ち!!」

 左に構えていた腕を伸ばした。さっきの右は多分奥襟狙いだろうが、今度の左は掴めればどこでもいい感じだ。

 その左手を躱して俺も左ストレートを放った。それは猪原の顔面を捕らえる。

「くわ!!」

 横に飛んだ猪原の顔面。追い打ちの突き上げる右ストレート。それは猪原のジョーを捕らえた。あのガタイが1回転する。

 膝を付く猪原に追い打ちの打ち下ろし。こう頭部を容易に打った。

「ぐっ!!」

 両手も付いて四つん這い状態になった猪原。いつもの俺なら腹に蹴りでも入れようものだが、今回はしない。柔道家に万が一にでも足を取られる訳にはいかないからだ。

 なので大きく後ろに跳ぶ。ジョーに入った右ストレートだが、その後の打ち下ろしに『ぐ!!』程度のダメージなんだ。俺が考えている以上に余裕があるとみていい。

 猪原は軽く頭を振って立った。それに感心して言う。

「タフだな。大したもんだ」

「……俺は弱いからな。いっつも攻撃を喰らうんだよ」

 打たれ強いって事になるのか?俺のパンチを喰らい続けてもそうならより驚愕だが、そうはならない。

 今度は壊す事を意識してダッシュする。やっぱり奥襟か腕を取ろうと、猪原もダッシュして向かって来た。

 腕が俺を奥襟に触れた。その腕の被さるように左フックを放った。

「!!?」

 ちっ、腕が伸び切っていないから折るまでには至らなかったじゃねーか。まあ、飛び込んできた分、俺の間合いになったから良かったけどな。

 右ショートアッパー。猪原の顎が上を向く。

 左ボディ。リバーを的確に叩いた。くの字になる猪原。そこの顔面に右フック。

「ぐあ!!」

 倒れ込む猪原だが、一瞬を突いて俺の胸倉を掴んだ。

 柔道家との喧嘩によくあった事だが、此の儘ぶん投げようとの魂胆なんだろう。

 そして倒れ込むのを拒否してスタンスを広げて、腰を降ろした。

 一本背負い。繰り返ししなかった俺ならば投げられていただろう。だが、俺のキャリアは累計100年。そう簡単に投げられはしない。

 俺もスタンスを広げて踏ん張った。瞬時に脚の間に自分の脚を入れる猪原。内股か。

 だが、このコンビネーションもよく喰らった。累計だけども。よって対処も可能。

 内股は相手を前方に崩して、相手の内腿を自分の太腿で跳ね上げるようにして投げる技だ。つまり俺の腿も猪原の内腿にある。

 そこは急所だぜ猪原。勘違いすんなよな、これは柔道でも異種格闘技でもない、ただの喧嘩だ。

 なので膝を曲げて猪原の金的を打った。

「うっ!?」

 ちくしょう、体勢が悪いからちゃんとヒットしなかったぜ。だけど技のキレは奪ったな!!

 しかめっ面をしながら強引に跳ね上げようとするが、金的のダメージは知ってんだろ。

 なので今度こそ踏ん張った。結果内股は不発。

 猪原速攻で離れてジャンプする。何度も。まあ、気持ちは痛い程解るが、その隙を見逃すと思ってんのか?喧嘩だぞこれは。

 股間を押さえてぴょんぴょん飛ぶ猪原の背中からパンチを打った。ボクシングでは反則の背中からのキドニーブロー!!

「ぐあああああ!!」

 流石に手加減はしたが(腎臓は剥きだし故に、外からのダメージをモロに受ける為)、そこを打たれるとは思ってもみなかっただろ。

 丸まりたいが、金的もあって跳びたい。結果おかしな状況になった。

 丸まる寸前に2回跳んで丸まり、また跳んでを繰り返した。

 糞相手なら愉快な気分で追い討ちするが、猪原はアレだからな…どうすっか…一応聞いてみるか…

「ギブアップか?それならそれでもいいぞ」

「まだ!!く!!まだだ!!いっ!!!」

 まだやれるってか?じゃあ続きだ。

 おかしなジェスチャー中の猪原の後頭部をぶん殴る。ぎゃっとか言って潰れた。

 無防備の背中に蹴りのラッシュ。結構本気で蹴ったが、深追いはしない。脚を取られて関節に持ち込まれると厄介だからだ。

 なので少し離れて立つのを待つ。猪原はチャンスとばかりに立ち上がる。

 そこに鳩尾打ち!!苦しいのか顔色が紫になって前傾姿勢になった。

 ジョーにフック!!簡単に身体が回る。踏ん張りが効かなくなっているじゃねーかよ。

 追い打ちに右ストレート!!回っていた身体が地面に倒れた。ダウンを奪った。

 そこに再び蹴りのラッシュ。起こして反撃しようと顔を上げた所に顔面に蹴り!!

 鮮血が弧を描いた。鼻血を盛大に噴いたのだ。ここで一旦放れる。そのままダウンしていても良し。立って来るのなら更なる追い打ちを仕掛ける。

 鼻を押さえて立ち上がる猪原。全身がガクガク言っているが…

「まだだ!!来い緒方!!」

 本気で感心した。確かに手加減しているとは言え、未だにまいったを言う気が無いとは。

 成程、格上とばかりやって来た喧嘩もこんな感じだったんだな。この根性に押し負けて、って所か。

 だけど、やっぱ甘い。それが通じるのは話が解る奴等だけだ。性根が腐った糞は、寧ろ嗤いながら追い打ちをかける。

 今までそれでも無事だったのは、助けられた連中が脇を固めてそれ以上やらせなかった為だろう。

 んじゃ俺はどうすっかな…あの後ろの野郎が空気読んで止めてくれたら有り難いんだけど…

「おいお前、こんな様のボスがまだ戦うって言ってんだが、お前はどう思う?」

 振ってやったら渋い顔を拵えて返した。

「猪原がとことんまでやらせてくれって言うからな」

「アホか。俺がとことんまでやったら最低病院送りだぞ。それでもいいのか?」

「いいんだよ!!来い緒方ぁあああ!!!」

 全身を使って来いアピールまでしやがった。そこまでして負けたいのか?

 まあいい。だったら病院送りにしてやる。一発で決めてやれば、入院まで行かなくて済むかもだし。

 歩いて猪原に接近する俺。パンチの間合いに入った時、横から誰かが飛び出してきた。

「そこまでだ緒方君。それ以上はやらせない……」

 それは大雅だった。木刀は持っていなかったが、代わりに何処からか拾ってきた棒を持っている。

「……無粋な真似をするなよ大雅。猪原がやりたいって言ったんだ。応えるのが俺の努め」

「それでも駄目だ。だから代わりに俺がやってやる…」

 なんでそうなるんだよ。本気で慕っているからか?

 どうしようと木村に目を向けると、こっちも頭を抱えていた。止めたが振り切られたんだな、うん。

「退け正輝!!タイマンの途中だ!!邪魔するな!!」

「しますよ。俺は猪原さんに助けられたんだ。借りは返す。絶対に」

 とんだ忠犬だなぁ…だったら素直に助けてやれよ。後の事は心配いらない、南海は俺が守るとか言ってよー。

 その大雅の肩を叩いて振り向かせたのが、後ろに控えていたデカい奴。

「大雅、猪原はな、引退したいんだ。納得できる形でな」

「……小田切さん、猪原さんを殺したいんですか?緒方君は相当危険ですよ。万が一を想定しなきゃいけない相手です」

 随分な言われようだが、その通りなので反論不可能だ。だけど手加減はしてんだぞ?猪原が弱いからこうなっているだけで。

「だったら正輝、俺とタイマンだ。勝った方が緒方と戦える。それでいいな!!」

 この提案にビックリして固まった大雅。小田切とか言う奴は平然としていたが。

 なので俺は小田切って奴の所に移動。そして訊ねた。

「おい、元々そのつもりだっただろ?」

「…元々、って事はねえ。お前に圧倒的に無様に負けて、大雅に跡を継がせる。そこまでだ、猪原が用意したプランは」

 それが猪原なりのケジメなんだろうが…

「俺に圧倒的に負けるってのは、実際無理だぞ?お前等の大将、参ったって言わねーんだから。お前がいい頃合の時に代わりに参ったって言うんだろ?」

 その為に後ろで控えていたんだろ?

「それはそうだ。お前、入院させる気満々だろ。猪原は残念な事に成績が悪いからよ」

「成績と入院に一体何の関係が……」

「せめて出席日数は確保しなきゃな。卒業が危うい」

 あー…そんな事情ならなぁ…そうじゃなくても、もう11月だ。入院なんかしている暇はないだろうしなぁ…

 因みに、と聞いてみる。

「猪原の進路はどうなってんだ?」

 進学か就職か。話によれば進学なんかできそうも無いように思えるが。

「一応進学だ。警察学校に」

 そうか。まあ、それも進学…になるのか?一応専門学校的な扱いになるのだろうが…

「猪原さん、そんな無茶苦茶な事を言わないでください!!なんで俺と戦う必要があるんです!?」

 おっと、小田切とやらと話をしている間に、大雅が動けるようになったようだ。

「無茶苦茶じゃねえだろ。タイマンの邪魔をして、俺から対戦相手を奪おうとしているんだ。だったら勝った方が挑戦者。理に適っているだろ」

 そ、そうかな?つか、挑戦者って…俺って別に何かの王者とかランカーじゃないんだから…

「俺が猪原さんと戦える訳が無い!!」

「そうか。じゃあ引っ込め。邪魔をするな」

「緒方君は今までの相手とは訳が違うんですよ!!それ以上やらせる訳にはいかない!!」

 どっちも主張を通そうとしているが、俺そっちのけは無いだろ。なので話に加わる事にした。

「だったら二人纏めて掛かって来い。それでいいだろ」

 今度は全員が驚いて固まった。いや、大雅だけは辛うじて直ぐに反応を返したが。

「……君の強さは承知だが、流石にそれは驕り過ぎじゃないか」

「俺は勝ち負けで喧嘩した事はあんまりない。数に負けても次の日から一人ずつ捜して病院送りにする。ただそれだけだよ。何なら向こうで確認させてやろうか?」

 後ろから親指を向けた。ヒロと生駒が南海上位とやらと乱闘している先に。あそこに加わって全員病院送りにしてやるよって警告だ。

「……あいつ等も覚悟して此処に来ている。そうしたいのならすればいい」

 そうなんだよなぁ…あいつ等って結局猪原の無茶な頼みを聞いて、此処に来ているんだよな。

 俺の評判を聞いていながら此処にいるって事は、入院コースも覚悟済みって事だ。勿論簡単にやられるつもりはないなんだろうけども。

 と、その時、小田切って奴が後ろから大雅をホールドした。

「な!?小田切さん!?」

「……猪原、今の内にやれ。言っておくが、時間はあんま稼げない」

 あれってプロレス技だよな?チキンウィングフェイスロックだっけ?片腕を極めてスリーパーする奴だ。

「あいつ、プロレス部なのか?」

「そんな部活はねえよ。練習生なだけだ。地方のマイナー団体のだがな」

 まあ、ある訳ねーか。あったとしたら同好会か。

 だけど、あんなに極めても時間を稼げないとか…大雅が本気で暴れたら力負けするって言っているよな、アレ。

「聞いての通りだ緒方…短期決戦だ。いいな!!」

「お前が参ったって言いやすくしてやればいいんだろ?じゃあ手加減なしでぶち砕いてやるよ」

 猪原が構える前にダッシュした。気絶も駄目だから、キツイ一発をお見舞いするしかない。

 ストレートの間合いで大きくスライドする。これによってパンチの位置が上から下に変わる。低空のリバーブローだ。

「ぐうううううう!!!」

 綺麗にリバーを売った。前屈みになる猪原。スタンスを戻して更に接近し、超接近からの右アッパー。

 猪原の顔が跳ね上がった。此方も綺麗にチンを打った。だが、拳に砕けた感触が無い。本気で打ったのに、やっぱ頑丈な奴だな。

 がら空きのボディ。鳩尾打ちを放つ。

「かっっっっっっ!!!」

 目を剥いてつんのめる。そこに溜めが必要なあのパンチを打つ!!

 脚はやめる。本気で洒落になんないから。なので腰から肩、肩から肘、肘から拳へ伝達する捻り。

 生駒を倒したコークスクリューだ。いくらタフなお前でも、この威力の前じゃ無力だろ!!

「ぐあああああああ!!!」

 流石に倒れた猪原。既に鼻を折っているから、鼻は避けたが…さて?

 拳に砕けた感触も無い。だから骨は砕いていない無い筈だが…

 不安になってダウンしている猪原に聞いた。

「大丈夫か猪原?一応手加減しといたが………」

 猪原は超ガクガクしながら、地面に両手を突っ張って上体を起こした。

「あ…あれで手加減…?こんな破壊力なのに…」

 立とうと思ったようだが、脚に全く力が入らず、膝が折れて再び地に付いた。

「……もう動けそうもない…俺の……………」

 凄い顔を顰めて、物凄い言いたく無さそうに、それでも諦めたように言った。

「…………………俺の負けだ………………」

 頷いて手を伸ばすと、猪原は躊躇なくその手を取った。俺は馬力で猪原を引っ張って立ち上がらせた。

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