対抗戦~011
ところで、だ。
「今までの試合、右利きしかいなかったよな?」
確かサウスポーが一人居る筈だ。
「そうだな。つまりお前の相手がサウスポーだ、隆」
リングを見て言うヒロ。釣られて俺もそっちを向く。
セコンドやレフェリーに担ぎ出された牧野。それとほぼ同時に玉内がリングに上がった。
「多分だが、あいつが一番強い。青木さん達の相手はお世辞にも強いとは言えなかったが、ウチを煽ってまで練習試合を組んだ理由ってのがある」
青木さん達の相手は4回戦とは言えプロ。それよりも強い練習生か……
「あいつを鍛えたかったって事だな?」
頷くヒロ。
「向こうのジムの増岡さん、知っているな?」
オーナーでありトレーナーだ。この練習試合を申し込んできた人でもある。そして、日本ランキング1位で引退した人でもある。
「聞いた話だからホントか嘘か解らねえけど、増岡さんが暴れていたあいつを止めようとした時があったそうだ」
「流石に元日本ランキング1位には勝てなかっただろ。察するに、かなり善戦したって事だな」
「そんなところだ。あいつは増岡さんの強さに痺れてジムに入った。らしい」
ふーん…恩人で尊敬する人か。それで糞から脱却できたんなら良かった事だ。
確かにボクシングに掛ける意気込みは俺以上だ。真面目に取り組んでいるのも解る。
「だからって負けるつもりは更々ない」
ヒロにヘットギアを付けられながら言う。
「当たり前だ。で、ここでお前に耳寄り情報がある」
「なんだ?」
「増岡さんはアウトボクシングがメインだったよな?先輩達の相手も、あのアホの牧野もアウトボクサーだった」
「玉内もアウトボクサーか」
脚を使って打っては離れる、か。それは…
「で、お前はインファイター」
相性悪いよな。でも、相性云々で試合をする訳じゃない。
「まあ、玉内との試合も結構楽しみだったからな。サウスポーでアウトボクサー。困っちゃうほど楽しそうだ」
そう、笑ってリングに向かう。その間玉内は俺をじっと睨んでいた。
にゃろう。やる気満々じゃねーか。かく言う俺もやる気満々だけどな。
喧嘩じゃなく試合だけど、珍しく熱血しちゃいそうになる程には。
「
カウンターを貰いやすいって理由だな。納得だ。
「で、会長。俺の得意パンチはなんて申告したんすか?」
「至近距離のリバーブローって言った」
素直にバラすんじゃねーよ。向こうのライトクロスもホントか嘘か解んねーのに。
「先ずはジャブで様子見だ。お前、サウスポーとの試合経験あんま無いだろ」
「あまり、と言うより無いっすね」
更に言えば試合経験は皆無だ。逆に先輩のスパーの手伝いでサウスポーの真似事をした事はあるけど。
「じゃあやっぱりジャブからの様子見だろ。サウスポーは実際対峙してみて初めて厄介さが解るから」
口頭でいくら注意しても無駄って事か。
「うす」
返事をしたら、ここでマウスピースを噛ませた。
丁度良くコングが鳴る。俺はリング中央に歩く。玉内もそうだ。
そしてお互いの間合いから若干遠い位置で、お互いに足をとどめた。
構えを取る玉内を注意深く見る俺。成程、やりにくい。いつも拳がある位置に拳が無い。右が前に出ているのが違和感バリバリだ。
先ずはジャブ。向こうもジャブを放つ。俺に左と玉内の右が交差する。下手すれば腕が絡むな…注意が必要だ。向こうはオーソドックススタイルとのスパーなんか飽きるだけやっているだろうし、慣れているだろう。俺だけだ、注意しなければいけないのは。
しかし、流石にアウトボクシングなだけあって、足捌きがスゲエ。
ジャブ打ったかと思ったらするすると逃げるし。大砲を打つチャンスに巡り合えないかもしれないな。ライトクロスが得意だって言っていたし。
……ん?ライトクロス?サウスポーなのに、右のカウンター?
サウスポーじゃなくスイッチヒッターか?ベースはサウスポーなんだろうが、矯正して右も使えるって事か?
ともあれ、右も要注意だって事だ。つーか注意ばっかだな。
おっと、考え事をしている間に、また前に出て来たぞ。
つーか、右のジャブ、違和感あり過ぎでガードしかできねー。無理やり打ち返そうとする前に逃げやがるし。相討ち上等でも逃げられちゃ無理なんだよなぁ。
ポイント重視か?試合ならそれでもいいけども。勝てば何でもいいんだし。
向こうが脚を使うのなら、こっちも脚を使ってみようか。
踏み出す左脚。ステップを繰り返しながら様子を見ている玉内。
どこにでも逃げられるって暗にアピってやがるよな。じゃあ何処に逃げても無駄だ。必ず追うから。
肩を揺すって前に出る。玉内の脚を意識しながら。
奴はジャブを放ちながら、右へ左へと動きを速めた。
ガードで弾きながらも追う。右に飛んだら右に、後ろに跳んだらダッシュして詰めて。その間、肩でのフェイクは必ず入れて。
打たないが、打つぞ打つぞとの気配を纏わせて。
玉内の脚が止まった。そこでちょっと焦った表情が出た。
漸く気付いたか。俺がコーナーに追い込んでいた事を肩でのフェイクで常にプレッシャーを仕掛けていたのはこの為だ。
いくらちょろちょろすんのが得意だって言っても、コーナーを背中にして逃げるのはまず無理だろ!
そこで漸くジャブ…じゃない、肩で一回フェイクを入れた。
ガードを固めた玉内。コーナーじゃそれが関の山だ。だからそれも予測済み。
俺はガード越しから思い切り叩いた。ストレートで。
「!?」
今驚いたな?パンチの威力が思った以上だったか?そしてこれがガードをこじ開ける為のパンチだ!
引いた右。より一層ガードを固める玉内。だけど半歩踏み込めば、そこはテンプルが美味しそうに覗かせている。
そこに左フック!!
だが、俺の左に手ごたえを感じる前に、ボディに鈍い痛みが走った!!
こいつ、俺よりも速くボディを打ちやがった!!
結果テンプルへのダメージは軽減された筈!!しかし、信じらんねえ!!
俺の方が早くパンチを出した筈なのに、タイミング的にも決まった筈なのに!!
驚いていると、横っ面をぶっ飛ばされた!!呆けて隙だらけだった!!
その隙のコーナーから脱出されて…何と、玉内は肩で俺を押して、逆にコーナーに張り付けた!!
やべえ!!と、コーナーを背にガードを固めて丸くなる。
ちょんちょんとジャブが飛ぶ。探っている様なジャブ。
左ストレート。ガードで弾く。威力もまあまあ以上。それよりも速い!スピードは間違いなく向こうが上か!!
しかも脚使う奴だろ?相性最悪もいいとこだな。だけどそれがどうした?
コーナーに追い込んだって事は、お前もここで仕留めようって思っているんだろ?だったらそこは俺の間合い。
思い切ってガードを解いた。流石に面喰ったようで、一瞬動きが止まる。
その隙にボディ!!リバーからは外れたが、確かな手ごたえを拳に感じた。
くの字になる玉内だが、今度は俺がギョッとした。
こいつ、ボディが硬い!!生駒と同じ位硬い!!
だけど俺のボディは確かに効いている。表情が物語っている。
だったらチャンスもチャンスだろ今は。
返す刀で右フック。ボディからの右フックは俺の十八番だ。
しかし玉内は、それを咄嗟のガードで凌いだ。
逃がすかよと左ストレート。だが、奴のジャブが飛んできた。
左ストレートは空振りで終わり、奴のジャブを逆に喰らった。
にゃろうと踏む出すも、奴のバックステップの方が早い。あっという間の射程圏外に逃れられた。
間合いの外でステップを踏む玉内。独り事のように言う。
「速いな…」
「アンタもな」
聞こえたようで反応された。いや、スピードじゃ負けているけど。
「速いってのは反応速度って言うか…目が良いんだな、っては思ったよ」
それはよく言われるが、目が良いだけじゃないんだぞ。俺の真骨頂は特攻だ。
ではその真骨頂を見せてやろうか。
俺はしっかりとガードを固める。ジャブ程度じゃ絶対に通らないガードを。
そして脚に力を込めて―――
「な!?」
流石に面喰ったか。フットワークは確かにお前の方が上で、速さもそうだろうが、直線のダッシュ力じゃ俺も捨てたもんじゃねーだろ。
そして懐に潜り込んでリバーブロー!!
「ぐは!!」
完璧に入った手応え。こうなりゃトドメまで!!
右ストレートでの顔面狙い。完璧に入ったであろう一撃!!
「え?」
俺の視界いっぱいにグローブが…?
!!ライトクロスか!!やべえ!!
顔を捻ってグローブから逃れようとしたが、こいつのパンチは速い!!
間に合わずに拳の感触が頬に伝わった!!
「っち!!」
玉内の舌打ちが聞こえた。完璧じゃないにしてもダメージを飛ばしたのだ。玉内も拳の感触で理解したのだろう。
だけどあいつのパンチは速い。直ぐに追撃が来る。
俺はたたらを踏む脚を強引に押しと止めて右フックを放った。当たらなくてもいい、威嚇だ。
だが、それは杞憂に終わる。玉内の方がバックステップで俺から離れていたのだ。
「はー、はー、はー…」
玉内の息使いが荒い。俺のリバー、完璧に決まったからな。
思いの外ダメージが濃くて追撃が出来なかったか。かく言う俺もカウンター喰らって脚がヤバい。
追いたいが追えない俺。追撃したかったが出来ない玉内。ダメージは互角くらいか。
ん?俺のリバーと半端なライトクロスのダメージが互角?
そんな筈はない。相手によってはダウンも奪えるボディなんだぞ?スパーのグローブだって事を差っ引いても互角はあり得ない。
あいつ…もしかして相当我慢してんのか?だったら根性を出してもう一度!!
脚を引き摺るように前に出す。そこで1ラウンド終了のコングが鳴った。
やっぱり脚を引き摺るようにコーナーに帰った。
「ライトクロスを喰らってよく堪えた!」
椅子に座らせながらワセリンを塗る会長。あのライトクロス、傍目から見て結構ヤバかったのか。
「いや、あいつのパンチ、速いっす。フットワークも軽いし。ちょっと手こずりそうっすね」
「ちょっと?」
言ったら怪訝に返された。
「お前の言う通り、速いパンチだ。スパーのグローブに助けられたから立てたってのもあるんだろうが…」
「いや、その前のリバーが効いたようなんで」
「……ボディが弱い?」
その問いに首を横に振る。
「硬かったっすよ、あいつのボディ。綺麗に入ったんですが、ダウンまでは奪えなかったっすね」
「綺麗に入ったのか…お前のボディを喰らってすぐに反撃できたから、浅かったと思ったが…」
会長の目にはそう映ったのか。確かにそうだ。俺のボディが綺麗に決まって、ライトクロスが打てる筈がない。だから浅いと思ったのだろう。
「だけど、そりゃタフだって事にも繋がる。2ラウンドはお前も脚使え」
頷く。元よりそのつもりだ。
「だけど、お前は直線でこそ脚が生きる。だからついて行くだけでいい。間違っても脚で対抗しようとするんじゃねえぞ」
俺の方がボクシング歴長い筈だが、そんな注意を受けるとは…
それだけ玉内のフットワークがスゲエって事なんだろうが。
「1ラウンドは向こうも様子見だった筈だ。このラウンドから本性を見せる筈だからな、気を付けろよ」
よりアウトボクシングに徹するって事か…やっぱ俺と相性が悪いなぁ…
まあ、試合は相性云々でやるもんじゃない。逆に俺のダッシュも鬱陶しいと思った筈だし。
「ああ、隆、一応言っておくが、ワンインチパンチ、使っていいからな」
「じゃあコークスクリューは?」
「ありゃ反撃喰らう可能性がデカい。溜めの時間が長すぎる」
それもそうか。もっと短縮できるように練習しなきゃな。
そうこう言っていると時間が来た。俺は椅子から立ち上がる。脚の様子を見る限り、ダメージは完全じゃないが抜けている。
これならいけるか。尤も、向こうも回復しただろうけども。
リング中央でグローブを合わせる。
瞬時に戻してジャブを放つも、あのフットワークによってするすると逃げられる。やっぱダメージは回復したようだな。完全じゃねーだろうが。
玉内も右のジャブを2発放った。そしてその後直ぐ逃げた。
追う俺。ジャブの間合いに入る。だが、逆に右ジャブで突き放される。
にゃろうとガードを固めて追うも、深追い厳禁とばかりにステップによって距離を取られる。
判定狙いか?見た目と裏腹に綺麗なボクシングだな。
ならば相討ち狙いで間合いに入るが、その前に右ジャブが飛んでいて、ガードを解く事すら儘ならない。
俺も一応ステップを踏んで付いて行こうとするが、やっぱり脚は向こうの方が上だ。捕まんねーし、間合いに入っても打てねーしで、実にストレスが溜まる。
「隆!!我慢しろ!!」
セコンドの会長から注意が飛んだ。俺が焦れて来ているのが解るのか。
つーか、判定狙いでも別にいいと思うが、ただ当てて来ているだけじゃ、じり貧になると思うんだが。
それだけ自分のデフィンスに自信があるのか?それとも他に狙いがあるのか?
じゃあ他に狙いがある場合、どんな狙いだ?
注意深く玉内の表情を見る。
……あんま変わんねーな。あれがポーカーフェイスだったらどうだろう?
コツコツのジャブ、打っては離れての繰り返し。ダメージを受けたくない?
……あいつ、もしかしてリバーのダメージ、結構深刻なんじゃねーか?
このラウンドを回復に当てる算段なのかもしれないな…
ちょっと試してみるか…
俺はガードを解いた。セコンドから絶叫が聞こえるが、耐えろ、とかキレるな、とかの。
まあ、後で理由を教えるとして、兎に角オープンガードの儘、玉内に向かって歩いた。
ジャブの間合いよりも少し外れた所で顔を伸ばす。
あのスピードだったら美味しいだろうが、玉内はジャブを打つ事はせず、サイドステップで回り込もうとしていた。
やっぱそうだ。このラウンドは回復に努めるつもりなんだ。
だったらこっちもやり易い。スタミナは絶対に俺の方が上の筈だからな。
摺り足からの接近。ジャブで離されるも、根性で前に出る。
「こいつ!!オープンガードの儘…!!」
ビックリしてやがる。会長もセコンドから叫んでいるが。
だけどチャンスだろ?何で追って来ない?追えないんだろ。リバーのダメージで!!
右フック!!空を切った。玉内はガードを固めて後ろに下がった。
ダッシュで追う。右のジャブが飛んでくるも、気にしない。程よい間合いに入ったら右フック!!
これも空を切った。やはり後ろに逃れた。
間髪入れずにダッシュで追う。玉内の右ショートフックが頬を貫いた。
ショートフックを喰らったって事は、ここは俺の間合い。クロスレンジでの殴り合いなら、こっちのもんだぜ!!
リバーブロー!!だけどガードに弾かれる。
右フック!!右フックを被される。カウンターを狙っていやがったか?だけどそれを躱して更に前に出た。
「こんな近距離から何を打つって言うんだ!!」
ワンインチパンチ…と言いたい所だが、アレの破壊力はちょっと洒落にならない。
なので超クロスレンジでの左アッパー!!ヒロなら慣れたもんで読んで躱すだろうが、お前は初見だろ?こんな至近距離からのパンチを想像出来たか!!
「く!?」
俺のアッパーは縦回転を強く意識している。なので中途半端なガードなら簡単に崩せる。
玉内も舐めていたんだろう。こんな至近距離のパンチなんか大した事はないと。通常のアッパーよりも更に間合いが詰まっているのが俺のアッパーなんだから。
なので一応ガードの形は取ったが、そこには『弾く』意思がない。
そんなガードを破壊して、具体的には腕を真上にぶっ飛ばして、奴の顎に入った。
跳ね上がる玉内の顔。完璧に入った一撃だ。これで終わっただろ。
だが、玉内はダウンを拒んだ。スタンスを広げて踏ん張った。
マジかこいつ…リバーのダメージも残っているだろうに、俺のアッパーに耐えたとか。
だけどこれで終わりだ。
俺は右腕を引く。
そして放った右ストレート。大砲を喰らえば流石に大人しくなるだろ。
玉内がつんのめった。ダメージがデカかったから偶然躱せたか?
「え?」
俺の右頬に衝撃が走った。そして視界にはマットの白い色…
カウンターか!?だけどライトクロスじゃねーだろ今のは!?恐らく左フックだ。つんのめったように見えたのはフェイクかよ!!
慌ててスタンスを広げて踏ん張った。ダウン拒否。そして更に慌てた。
この状況はチャンス。俺なら逃がさずに追撃する。
なので慌ててガードする。次なる衝撃に耐える為、奥歯を噛みしめながら。
だけど追撃は来なかった。玉内もどうにか構えを取っているのみ。
安心したが、この距離は向こうの距離。ヤバ威と思い、踏み出す。
玉内もヤバいと思ったのか、強引に後ろに飛んで距離を取った。パンチが届かない距離へ。
「……利き腕のカウンターかよ…ライトクロスじゃなく、こっちがフィニッシュブローか?」
「……いや、得意なのはライトクロスだ。それは間違いない。だけどフィニッシュブローはレフトフックのカウンターだ」
フラフラになりながら答えた玉内。向こうもダメージがデカいようで、どうにか時間を作ろうとしているようだ。雑談に応えたのがその証拠だろう。
しかし、アウトボクサーなのに、より踏み込んでのカウンターが得意とは、まんまと騙されたぜ。
その旨を恨み節のように言う。
「騙した訳じゃないけどな…それよりも緒方、アンタのインファイトは本物だ。あんな隙間からアッパーを打って来るとは思わなかった…」
もっと至近距離のパンチも持っているが、それは言わないでおこう。ひょっとすると使う場面があるかもしれない。
「あのアッパー、ガードをぶっ壊す程の威力…流石に驚いたぜ…」
「よく言うぜ。あのガードは言ってしまえばただ構えただけの代物だ。壊せたからと言ってなんてことはない」
「レフトフックカウンターを喰らってダウンしねえのも驚きだ。タフなんてもんじゃねえ」
「その前にお前、俺のアッパー喰らっただろうが。それでダメージ半減ってとこだろ」
互いにリスペクトして笑う。んじゃ再開するかとお互い踏み出す。
カーン
2ラウンド終了のコングが鳴った。お互いなんとなく安堵して自分のコーナーに戻った。
「隆!!早く座れ!!」
会長が慌て気味で椅子を出す。
「この馬鹿野郎!!なんでオープンガードで突っ込んで行った!!博仁相手じゃねえんだぞ!!」
ヒロなら多少付き合うって事だろうけど。
「いや、確かめたかったんすよ。リバーのダメージが残っているかって」
「それにしても、他にやり方があるだろうが!!」
そう言われても、他のやり方なんか知らねーし。だけど此処は素直に反省しとこう。
「だがまあ、奴のホントの切り札を晒したのは高評価だ。あれを終盤にやられちゃ、ヤバかったしな」
終盤は疲労も溜まっているから簡単にダウンしてしまうかもしれないと思っての発言だった。俺はダウンなんかしないけど、口には出さないでおこう。
「で、リバーのダメージはどうだった?」
「まだ回復していなかったようですね…やっぱ綺麗に決まったと思ったんだよなぁ…」
考え込む会長。俺のダメージと向こうのダメージを比較しているのだろう。それで打つ手が変わる事だし。
「……お前の向こうの選手、多分ダメージは同じくらいだろう」
頷く。俺もそう思う。
「このラウンドで中盤だ。ジャブは向こうの方が上手いから、打たれまくってペースを掴ませるな。ダッシュで追ってもいいから」
「ペース掴ませるより、被弾してでも懐を取った方がいい、って事っすか?だけど右のジャブっすよ?慣れていないから予想以上に被弾するっすよ?」
「勿論ただ突っ込むんじゃねえよ。ガードしながら行け。デカいグローブだ。通常のグローブよりもダメージは通らねえ」
スパーのグローブだからダメージが少ないからって事か。それならまあ…
つうか、実は言われるまでも無かった。俺もそうしようと思っていた所だし。
3ラウンド目。やはりリング中央でグローブを合わせる。
そして引っ込めたと同時にダッシュをかますが、玉内が予想よりも遙かに遠くにバックステップをした。
だけど構わない。追走宜しくダッシュで追うが、間合いに入ると右ジャブが飛んでくる。
やっぱこの右ジャブ、やりにくい。いつもの場所から飛んでこないから戸惑ってしまう。
だけどくっつけば関係ない。ガードで弾きながら更に前に出ると、右フックが飛んできた。
俺も左フックを放つが、織り込み済みの様で躱されて右ジャブを数発喰らう。
「鬱陶しいな!!」
更に踏み込む。しかし玉内はサイドステップで回り込み、ジャブを数発当てた。
そっちの方向を向く。やはりジャブが飛んでくる。これはガードで弾けた。じゃあ左ストレートを…
と、思ったら、事もあろうに更に潜って来た、こいつ、俺とインファイトで勝負する気か!?
ボディに2発喰らう。力が入っていない、と言うよりもスピード重視のパンチ。やり返そうとすると、バックステップで離れた。
判定狙いか?判定でも勝ちは勝ち。寧ろボクシングの試合ならそうだろう。
俺のように練習だろうがなんだろうが、KOを狙って戦う方が少ない。勝つ事が一番の目標だから。
しかしダメージがあんま無いとは言え、判定狙いなら負ける。
さっきのオープンガードももう通用しないだろうし、地道に追うか…
ガードをより強固に固めてマットを踏みしめる俺。
気配が変わった事が解ったのだろう。玉内のフットワークも速さを増す。
ついて来れるか?と言っているのか?舐めんじゃねーよ。
マットを蹴る俺。今まで以上に速く!!
俺は前に出る。後ろに下がりながら、右へ左へ動く玉内。的を絞らせないつもりかよ!!
更にギアを上げる。予想外だったのかジャブを放つ玉内。だが、俺はガードをしっかりと固めている。そんな手打ちのジャブじゃ止められねーよ!!
予定通りジャブを弾きながら前に出る!!そこにあの左フックが飛んできた!!
更に低く潜り込む俺、結果フックは空を切った!!
「なに!?」
「逃げてばかりじゃ俺には勝てねーぞ玉内!!!」
膝のバネを使って『昇る』!!回転も意識して!!
俺の超至近距離の右アッパー!!破壊力はさっき喰らったから解るだろ!!
手ごたえを感じる右拳。アッパーは玉内の顎を捕らえた。
大きく仰け反った。しかし、これはスパーのグローブ、致命傷には程遠い。
追撃宜しく左ボディ!!さっき叩いたリバーを直撃!!
玉内は今度はくの字になって上体を倒した。
返す刀で左フック!!これも玉内の顔面を捕らえる!!
俺の左フックは上下共に軌道がほぼ同じで、モーションも一緒。ヒロにも褒められた得意なパンチだ。
リバーとジョーを綺麗に打ったんだ。ダメージもハンパねーだろ!!
崩れる玉内の身体。そして漸くマットに倒れた。
「ダウーン!」
レフェリーのコールに反応して、俺はニュートラルコーナーに移動した。
ギャラリーの歓声が耳に入る。勝ったと思っているんだろう。
これが試合用のグローブならそうだろうが、スパーのグローブだ。油断はできない。
「ワン!ツー!」
玉内は動かない。
「スリー!フォー!」
やはり動かない玉内。
「ファイブ!シ……」
レフェリーがカウントを止めた。立った訳じゃない。タオルが投げ込まれたのだ。
ダメージが思いの外大きいとの判断か?いや、たかが練習試合で期待の練習生に無茶をさせる訳にはいかないとの判断だろう。
今だマットに伏している玉内に近付いて屈む。
「おい、大丈夫か?おい」
軽く身体を揺すると。一瞬顔を顰めて頭を振った。
「…まさかKO負けとはな…」
悔しそうだったが、意外と素直に受け入れていた。
「俺の方がボクシング歴が長いんだから、経験で勝ったんだよ」
「そうしておいてくれるか。この次は絶対に勝つから」
そう、笑ながら。いやいや、俺はプロになる気はないから。だからこの次も無い。
立ち上がらせたかったが、グローブだから儘ならない。
まごまごしていると、玉内から勝手に立ち上がった。
「大丈夫そうだな」
「スパー用のグローブとヘットギア着用だぜ?」
それもそうだと俺も立った。ところで、と、気になる事を聞いてみる。
「お前ってボクシング歴いくつなんだ?」
「7月にジムに入ったから…四か月か」
四か月であのフットワークかよ。
素直に驚いて、素直に褒めたら、いやいやと首を振る。
「まだまだだ。なんだかんだ言ってクリーンヒットはお前の方が多いんだから」
「手数じゃ負けているんだが…」
ボクシング歴四か月に奴に手数で負ける俺って……
「だけど、狂犬とか言われている割には、ラフファイトして来なかったな」
「なんでその二つ名を知っているんだ。つうか、それを言うなら、潮汐のトップになろうとした程のお前が、綺麗なボクシングだった方が意外だぞ?」
ラフファイトを警戒するなら俺の方だろうと。お前、二年、三年ぶっ叩いた揚句、学校を壊した危険人物だろ。
玉内は苦笑いで首を横に振る。
「喧嘩じゃない、ボクシングをするつもりだからな、俺は」
そうか。完全に『向こう』とは縁を切ったか。いい事だ。あの両肩のタトゥーが無ければもっと良いのだが。
まあ、過ぎた事はしょうがない。これから先も似たような事を思われて、言われるんだろうし。
「あ、後でちょっと話さねーか?聞きたい事があるんだよ」
「別に構わないが、俺は潮汐で暴れ回っていたから、学校に仲間も友達もいないぜ?」
言いながら観客席(?)に来ていた木村に親指を向ける。
「木村を知ってんのか?」
「ここ暫く大洋に来ていた他校生の噂だ。結構広まっているからな」
「何をしているのも?」
「南海とつるんで何かしようって事くらいはな」
詳しくは知らないって事か。そして、だ。
「潮汐に仲間を作ろうとかの話じゃねーよ。寧ろ逆だ」
「大雅や生駒の仲間ならそうなんだろうが、猪原はそんな事許さねえだろ?」
大雅や生駒の事まで知ってんのか。あいつ等も有名人なんだなあ…
その旨を言うと頷いた。
「生駒は特に有名だ。昔の俺みたいな連中にとっては特に」
成程、警戒対象ナンバーワンって事だな。
生駒も俺程じゃないと思うが、糞を見かけたらぶち砕いて来たと思うし。
「で、あの木村が目立つようになって、たまに現れるようになった生駒。そしてその二人と何か話している大雅。噂にならない方がおかしいだろ」
そりゃそうだ、納得だ。
「……その生駒を倒した緒方隆の名前もそこそこ知れていると思うぜ?そうじゃなくても、的場をタイマンで倒したって噂が先にあるからな…」
「俺有名人ポジ、必要ねーんだが…名前も顔も売りたくないんだが…」
できればひっそりと生きていたいのだが。つうか生駒に勝った話まで伝わってんのかよ。誰だそんな事言った奴?
「詳しい話は後だ。レフェリーが焦れているからな」
そうだった。まだリングの中だった。
俺達は慌ててリング中央に並んで立った。
そして勝者のコールが挙がると同時に、玉内が俺の右腕を高く掲げた。
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