対抗戦~010
外に出ると、入り口付近に人集りが。そいつ等は糞と思しき面々。その糞共が、遥香と波崎さんを囲って笑っていた。つまり、嫌な予感が的中したと言う事だ。
「ヒロ」
「おう」
完璧ぶち殺す事確定。当然俺はその糞共に不意打ち宜しく、後頭部をぶん殴った。
「ぐわ」とか言って蹲る糞にヒロが蹴りを入れて吹っ飛ばした。顔面に入ったもんだから、とんでもない出血を伴って糞は吹っ飛んだ。
「なんだコラぁ!!いきなりよ!!!!」
当然いきり立つ糞。その中にジャージを着ている糞もいる。赤く染めて逆立たせた髪。両耳にアホみたいな数のピアス。唇にも。引っ張ったらぶっちぎれて面白い事になりそうだ。
「なんだコラじゃねーよ糞が。俺の彼女さんにちょっかい出しやがって…」
凄む俺の背中に回る遥香。波崎さんはヒロが手を取って後ろに回した。
「あ?おめぇの女だ?そういや彼氏の試合がどうのとか言っていたな?」
全く悪びた風もなく、ぶっ倒れた仲間を心配する風の無く、寧ろ凄んで肩を怒らせて前に出てきた赤い髪。
「…おい隆、そいつが牧野だ」
そう言って俺を押し退けて牧野の前に立つヒロ。此処でやっちまおうって気配がビンビンに伝わった。試合まで待つ気はないようだ。全く堪え性が無い奴だな。俺の方が重症だけど。
だがまあ、ヒロがやる気なのは珍しいので譲ろう。元々牧野は譲るつもりだったし。
「だったら他の糞共は俺がぶち砕く。いいだろ?」
見た所、糞共はぶっ倒れている奴を含めて5人。超楽勝だ。
「ああ?オメェ、ひょっとして今日の対戦相手か?寂れたジムの練習生だって言う?」
ぎゃはははは、と馬鹿にした笑い。こいつ等には本気で容赦しないと心に誓った。最初から容赦する気は全く無かったけど。
「隆君、ジムに迷惑は掛けちゃ駄目でしょ?」
「大沢君、今日は試合でしょ?」
俺達の本気を察知したのか、遥香と波崎さんが止めに出る。此処で俺達が本気で暴れたら、ジムに迷惑を掛けてしまうからな。常識人なら止めるだろう。
「……おう赤バカ。お前、試合で殺してやっから、逃げんなよ」
ヒロが今すぐやりたいのに、超我慢してそう言った。
「あ?じゃあオメェがジュニアウェルターか?こんな弱そうな奴が俺の相手かよ?」
再びぎゃはははは、と馬鹿にした笑い。ヒロ、本気で尊敬するよ。俺なら絶対に我慢できない。
なので牧野以外の糞共をぶち砕こうと前に出ると―
「ちょっと待て緒方。今から俺がやるんだから」
「君も少し押さえた方がいい。殺気がただ漏れだよ」
俺と同じくやる気満々の生駒と、呆れながらも一応止めた大雅がやって来た。その後ろで挑発するような笑顔の楠木さんも居る。
「大雅……!!!」
大雅を見て明らかに警戒の色を出した牧野と糞共。若干ながら、身体が引いている。
大雅ってもしかして牧野派とやった事があるのか?この警戒のされ方から言ってそうなんだろう。しかも圧倒的に勝ったと見た。
「やほ。遥香と優。大丈夫だった?緒方君と大沢君は此処で終わりね。シロがやる気だから譲ってあげてね」
「生駒、君の彼女にも挑発するような事を言わない様に言って貰えるか?一応一般市民の目もあるんだから」
楠木さんって挑発するような事を言うが、あんま喧嘩はさせたくないようなんだよな。前回のキャンプでも俺を止めたし。
俺の呑気な思考を余所に声を荒げる糞。
「生駒!?生駒だと!!」
大雅にビビっていた牧野の表情が変わった。怒り。そんな表情に変わったのだ。
そんな牧野を睨みながら生駒が言う。
「俺を賞金首にして、倒したら幹部にしてやるとか言った馬鹿がアンタか?どこの幹部にしてやるつもりなんだ?南海はまだアンタの物じゃないだろ。派閥の幹部なんてケチな事は言わないよな?」
ずずいと前に出てくる生駒。それをヒロが押さえた。
「この糞バカ野郎は俺が試合できっちりシメてやるんだよ。お前の用事はその後にしろ」
「向こうからつっかって来た場合はその限りじゃないと言ったよな?」
「まだ突っ掛って来ていなかっただろう?ちょっと落ち着け二人共」
牧野そっちのけで険悪になりそうだったヒロと生駒を、大雅が宥める様に止めた。
そんなやり取りを見ているのも暇なんで、残っている糞目掛けてダッシュして顔面をぶち砕いた。
「!!!!!」
そいつは声も出さずにぶっ倒れた。受け身も取らなかったから、地面に後頭部をしこたま売って気を失った。一発で気を失うとか、喧嘩売って来たんだからもうちょっと頑張れよな。
「前歯3本飛んだ程度か。せめて眼球を飛び出させたかったが、まあいいか」
「眼窩骨折を狙って打ったってのか!?」
牧野が脅えた表情をした。大雅が倒れている糞を気の毒そうに見下ろしながら言う。
「緒方君、君の主張はあの会談で解ったけど、警察に通報されるような真似を明るい内からやるのはどうかと思うよ?」
「会談…って…猪原が隣町の高校と協定を結んだ時の話か?確かやたらと危ない野郎が居たとか…」
糞の一人が質問してきたが、そんな事、どうしてお前に答えてやらなきゃいけねーんだ。
代わりにお前も病院送りにしてやると詰め寄ろうとした所、生駒が口を開いた。
「そいつは緒方って言って、俺に勝った奴だ。お前等が喧嘩できる相手じゃないし、この大沢はその緒方を止められる数少ない奴だ。アンタが相手できる奴じゃない。だから素直に俺に殺されておけよ」
牧野が目を剥いた。生駒の強さは知っているだろう。その生駒に勝った俺と、俺を止められるヒロに同時に喧嘩を売ったのだ。
「だから、こいつは試合で生まれて来た事を後悔させるんだって言ってんだろ。お前はその後だって言っただろ」
「はあ…生駒の彼女…楠木さんだったっけ?彼を止めて…いない?」
大雅が言うとおり、楠木さんが居ない。波崎さんと遥香も。
「ジュースでも買いに行ったんだろ。どうでもいいが残り3人、大雅、邪魔すんなよ?」
「この状況でジュースなんか買いに行く訳ないだろう…」
俺もそう思うが、いないんじゃ仕方がないだろ。生駒を止めたいんなら。
どうしてもと言うのなら、俺は止める気は更々ないから、お前がどうにかして頑張れ。そして俺も止まる気はないし。
止まる気配のない俺。牧野を直接ぶっ叩きたいヒロと生駒。それに大雅。こっちも4人で向こうも4人。
だけど質が全然違うのか、牧野も糞共も動こうとはしなかった。何とか逃げようとはしていたが、大雅がナチュラルにその動きを止めているし。
「お前も逃がすつもりはないんだな?」
「いや、そうでもないよ。明るさと場所が違えば放置しているよ。牧野はどうでもいい、と言うか、敵だしね。さっき先輩にラインも流したから。」
暗くて人はいないのならぶち砕かせていると。先輩に引き渡すつもりで止めているのか。だけど、あんま気にしていないんだよな、俺達は。やる時はいつでもどこでもやるんだし、南海の上級生に義理なんて無いし。
「ち…生駒はぶっ殺したいが、無理っぽいな…」
俺達を交互に見て顔を歪める牧野。無理っぽいなら素直に応援を呼んだ方がいいだろうに。いつもやってんだろ?数で押すって事を。
「仲間を呼びたいのか?呼べよ。全員倒してやるから」
生駒は既にやる気満々で、ついでに厄介事を此処で片づける勢いだ。
「駄目だって生駒。猪原さんを呼ぶから、数でゴリ押しも不可能になるし、君もここでは何もさせないよ」
「別に猪原が来ようがなんだろうが、知った事じゃねーんだけど」
俺の発言に同意の頷きを見せる生駒。誰が来ようが止まる事が無いのが俺達だ。実際俺は大雅を押し退けようとしている最中だし。
「コラぁ博仁!!隆!!こんな所で喧嘩すんじゃねえ!!!」
マジの怒号に吃驚して振り返る。
会長と江夏さん、幸田さんだった。後ろに見えるのは女子三人。喧嘩になりそうだったので会長に話したって事か…
俺達は同然の如くシュンとしたが(完璧にジムに迷惑が掛かるので)生駒はどうしようか迷ってキョロキョロしていた。この期に及んでもまだやりたいと言うのか?こいつもやっぱ危ないよなぁ…
しかし、これで無事に済むと思ったのか、牧野が調子こいて身を乗りだしてきた。肩も怒らせて。
「オッサン、こいつ等の保護者か?駄目だろ、こんな馬鹿共を放置してちゃよ?隣町の弱小ジムは選手の管理も出来ねえようだ」
ぎゃははは、と下品な笑い声。仲間も調子に乗ったようだ。
もう駄目だ。やっぱぶち砕こう。ヒロと目配せすると頷いたので、早速ダッシュをかまそうとした所、察知した幸田さんに止められる。
「試合で殺せ。それ以外は許さねえぞ」
幸田さんも殺せと仰ったので、そうですねと退く。
「そりゃすまねえな。だけど、女に嫌がらせするのもどうかと思うぞ?なぁ?」
会長が振り返って同意を促す。そこには遅れて到着したであろう、向こうのジムのオーナーと、玉内とか言う俺の対戦相手。
「動画を撮っていたからね。それを向こうの偉い人に観て貰ったんだよ」
こそっと遥香が耳打ちをする。お前の用意周到さにはホント頭が上がらないな。あらゆる意味で。
そのオーナーが注意しようと口を開こうとした瞬間、玉内って野郎がダッシュして糞の一人の懐に潜った。
全員「!?」な表情。そのくらい速く、そのくらい唐突だった。
そして躊躇を見せずに、ボディを貫いた。糞は前のめりになってゲロを吐き、ぶっ倒れる。そして残り二人にも同様、ボディ一発でぶっ倒す。
「くだらねえ事してんなよ牧野…殺すぞ?」
超おっかない目を牧野に向けた玉内。
「殺すだと?オメェ、先輩に向かって…」
「ジムじゃ俺の方が先輩だ。それに俺は南海じゃねえし、たかが年上なだけだろうが?調子に乗らねえ事だな」
じゃあ玉内って奴は俺と同じ歳?流石にあんな顔で中学生とは言わないだろう。
暫く睨み合っていた玉内と牧野。それが唐突に終わりを告げる。向こうのジムのオーナーが溜息をついて牧野の肩を叩いた事によって。
「どう見てもお前達の方が悪い。玉内もやめろ。そろそろ試合だ」
牧野はやはりガンをくれてはいたが、何も言わずに会場に入った。
そしてその姿が見えなくなった頃、オーナーが謝罪した。
「申し訳ない。胸を貸して貰うつもりで組んだ練習試合なのに、こんな事になって」
結構驚いた。ウチを倒して自信を付させる為に組んだ練習試合だろうに。まあ、これも遥香が動画を撮っていたからの謝罪だろう。流出されたら困るのはそっちなんだし。
「ウチも血の気が多い若いモンが居るからお互い様だとは思うがな、ちょっとは選手の躾けもして欲しもんだ」
江夏さんが嫌味を言ったら苦い顔になった。
「まあいいだろ。そっちの倒れている連中は…」
俺と玉内によってぶち砕かれた連中を見ると、ビクンと身体を硬直させた。俺達も。やっぱ怒られんのかな…?
「あ、先輩が迎えに来る事になったので、お構いなくです」
割って入って来たのは大雅。先輩とは猪原一派の事だろう。さっきラインしたと言っていたし、間違いない。そして猪原の意向を組んだ一派の連中なら、こいつ等を追い込もうとはしない。よって糞共はあからさまに安堵した。
俺としてはとことん追った方がいいと思うけど、ここは大洋で南海エリア。仕方ないから大人しく引渡そうか。
会長に言われて会場に入る俺達。先輩達が一応女子のガードのように、その後ろに張り付いて歩いた。生駒も幸田さんに引っ張られていた危なさそうだから監視対象になったのだろう。
会長は生駒を欲しがっていたが、この様な奴だ。俺も大概だが苦労する事になるぞ?
大雅は糞共を見張りながら、猪原を待つそうだ。尤も猪原は多分来ないとの事。
「猪原さん。今日補習だから…」
休日登校とは泣ける話だ。まあ、そっちは南海に任せる。ついでに木村が来たら勝手に会場に入るよう言っといてと踵を返した。
で、俺は何故か玉内って奴と並んで歩いている。タイミングが重なっただけだが。
「……お前が俺の相手だろう?南海の奴等をぶっ叩いたのはお前か?」
なんか知らんが話し掛けて来た玉内。
「そうだ。お前こそ牧野の仲間と思っていたが、違うようで安心した」
そうは言っても、見た目は牧野よりも糞。少しばかりまともな精神構造のようだけど。
「牧野に仲間なんかいねえよ。いるのは利用する為の連中と、使うだけの下っ端だ」
どうでもいいけど、そんな情報。ヒロに殺される事が確定したんだし。
「さっき見た時に思ったが…お前、あいつ等を殺そうとしただろう?」
どうやら見られていたようだ。だが、それだどうした?
「そうだけど?」
普通に答えたら笑われた。声には出さなかったが。
こんな厳つい顔なれど、こんな両腕にタトゥー入れているような奴だけど、あまり悪いような奴じゃなさそうだな。更生したんだろう。
ついでって訳じゃないが雑談しながら歩く。
「えーっと、玉内だっけ?1年なんだよな?牧野をたかが年上って言ったんだから」
「いや、学校を辞めたから、つうか退学になったから1年じゃねえよ」
退学?姿形から想像できるように、かなりの糞だったのか?
「えーっと、聞いて言いもんか解らないけど、どこの学校だったの?」
全く興味が無かったが聞いてみた。会話の糸口を探す為に。
「潮汐」
「え!?潮汐!?潮汐でも退学ってあるのか!?」
西高よりも
「だ、誰か殺したのか?」
「いや、流石に殺人は…」
そ、そうだよな…俺ですら殺しそうになった程度なんだし…
「潮汐の2年、3年ぶっ潰す時に、校舎をちょっと壊しちまって…」
「え!?お前そんな真似を上級生に!?」
西高よりも
「いや、アンタがビックリする事はねえだろ。こっちにも噂くらいは届いているんだぜ?的場を倒した白浜の1年、緒方隆の名前はな」
的場ってやっぱすげえんだな!?猪原も知っていたし!!ひょっとすると、潮汐の誰かもやった事あるのかも!!
「つ、つうか、お前潮汐のトップになろうとか思った訳?そんな糞学校のトップになったからって、どうなるってんだ?」
俺の問いに苦笑する玉内。
「確かにアンタのキャラなら解らないのも無理はないよな。だけど解る奴には解る。でも、やっぱアンタの言った通りだよ。潮汐の頭になったからどうだって」
そして笑うのをやめて、真剣な顔で俺を直視して言った。
「どうせトップを取るのなら、世界のトップだ。学校の窓ガラスを全部割っても、壁をぶっ壊しても、校門に教師の車を突っ込ませても、2年、3年殆ど病院送りにしても…それで潮汐を取ったとしても満たされないだろう俺が唯一満たされる、世界の頂点だ」
「随分無茶苦茶やったんだな!?」
かなりかっこいい事を言っているんだが、前半の台詞で台無しだった。
だけど真剣に取り組んでいるんだな、ボクシング。
俺には無い目標にちょっと憧れる。前半の台詞で憧れが半分以上吹っ飛んだが。
「だから、今日の試合は勝つ。的場に勝ったアンタ相手でも、勝つ。練習試合だろうとなんだろうと、俺にとっては試合の一つだ」
「的場に勝ったのは喧嘩だから、ボクシングはあんま関係ないんじゃないかな…」
だけど潮汐の上級生の殆どを病院送りにしたんだ。俺に警戒している訳じゃないんだろうに、決意を見せやがったか。
スポーツで熱血は俺のキャラじゃないけど、なんか燃えて来たぜ。
控室と言う訳じゃないが、施設の一室を貸し与えられていたので、そこに戻った。
「おかえりダーリン。結構話していたね?玉内君と」
意外とばかりに遥香が寄ってきた。
「うん。意外といい奴、つうか、更生したようだな。ボクシングによって」
「お前とは真逆だな」
生駒の余計な突っ込みに全員頷く。いや、ヒロは除く。
相当怒っているようで、空気がビリビリしていた。波崎さんも察知したようで、傍で座っていながらも何も発しない。ただじっと傍にいるだけ。
「優も困っている、って言うか、どうしたらいいか解んないみたいだよね。大沢君、相当キレてるっしょ」
楠木さんの言う通り、あんなにキレたヒロを見るのは久し振りだ。
「牧野、今日で終わったかなぁ…俺が引導渡してあげたかったなぁ…」
生駒もいちいち物騒だった。いや、試合が終わった後に追い込めばいいだろ。因みにヒロの中ではそれを織り込んでいる筈だ。当然俺も付き合うけど。
「お前等時間だぞ。見学の人も来て。因みにリングに近寄んなよー。特に隆の彼女」
幸田さんの付け加えで全員笑った。いや、やはりヒロは笑わなかった。
試合は6ラウンド。ルールは3ノックダウン制。普通の試合と同じだ。6ラウンドはこっちの要望。先輩達全員6回戦に進むのがもう直ぐだから。青木さんは既に6回戦だが。
で、超はしょるが、堀田さんも青木さんも吉岡さんも、全員フルラウンド使っての判定勝ち。
これは狙ってフルラウンドを戦ったのだ。相手選手にクリーンヒットを許さず、明らかにとどめを刺せる場面でも強打を出さず。まさに格の違いを見せつけた訳だ。
尤も、無礼な態度を取った新設ジムに対するお仕置きよりも、普段の練習の確認の為にフルラウンド使って確かめただけ。つーか、その理由でも相手にしてねーよ感丸出しではあるが。
ともあれ江夏さんが出した課題をクリアした形になった訳だ。余裕で。
向こうのオーナーさんもコーチも、この結果はある程度予想していたようで、特に動揺は見せず。普通に胸を貸せって言えば良かっただろうにな。
「けっ!!揃いも揃ってなんて様だ!!ジムじゃ先輩なんだろうが!!こんな弱小ジムにスカウトされた俺が馬鹿だったぜ!!」
毒付くのは牧野。つーか、こいつってスカウトされたのか。人材を捜すのに一苦労してんだなぁ…
「どうでもいいからリングに上がれ。ぶっ殺してやるからよ…」
ヒロは既にリングにスタンバっていた。ふざけた物言いをしている最中の牧野に超おっかない目を向けながら。
「ぶっ殺してやるだ?オメェ如きがこの俺をどうやって殺せるって言うんだ」
「黙れよ。早く来い。もう我慢できねえんだよ……」
リング下でこれ以上ガタガタ抜かすのなら、場外乱闘に発展しかねない程の殺気を放つヒロ。
「おもしれえなお前…だったらヘットギア取れよ?殺したいんだろ?俺を」
馬鹿だこいつ。マジ死ぬぞ?つうかオーナーさんもコーチもそれを許す筈は無いけどな。それを知っているから安心しているんだろうけど。
ヒロは当然躊躇なくヘットギアを取った。
「博仁、それは駄目だ。危険だ」
会長も流石に止めるが、ヒロは涼しい顔で言う。
「大丈夫だ。当たらねえから」
牧野を宥めていた向こうのコーチも、この発言には面食らった様子。
「おもしれえ…ガキのお遊戯はそろそろ飽きて来ていたんだよ…」
牧野は勢いでヘットギアを取った。そして制止を振り切ってリングに上がる。
向こうのコーチと会長が困ったように何か話していた。やがて妥協案としてタオルの投げ込みには躊躇しない事に落ち着いた。。
そしてコングが鳴った。俺は超ワクワクした。齧り付きで観たいくらいに。
先輩達の試合を見て来たが、このジムはアウトボクシングをメインに教えているらしく、牧野も例に漏れずにステップを踏んで右へ左へと細かく動いている。
「どうしたあ?打って来ねえのか?俺の足捌きにビビってんのか?」
ヤバい、噴き出しそうになった。あんなトロイ動きでドヤ顔とか。
ヒロは無言で逆にステップを踏んで牧野に接近して行く。
また噴き出しそうになった。あの面食らった顔に。パンチ出せないだろ?打ったところに既に居ない。そんな動きだろ?
お前のステップなんてオラついたチンピラの動きだよ。俺だったらダッシュで一気に詰めてアッパー打って終らせるよ。大技のアッパーでな。
それでもセコンドの指示が飛ぶ。左で牽制しろとの指示が。
あんな糞でも指示通りにジャブを放つが、お前あんなに上等こいていたのに、素直に従うとか、プライドなさ過ぎだろ。
つーか、何だあのジャブ?手打ちもいいとこじゃねーか?へなちょこジャブもいいとこだ。あいつ、格好だけ見て真似してんな?
そんな馬鹿ジャブなんてヒロに被弾する筈も無く。
「当たれ!!当たれよ!!当たれ!!なんで当たんねえ!?」
ビビりながら下がって行く牧野。いつものヒロならジャブを放とうものだが、それをせず、プレッシャーを掛けて前に出るのみ。
「当たれ!!うっ!?」
そこで漸く気が付いたようだ。コーナーに追い込まれたのを。
そしてヒロにしては珍しく、スタンスを大きく広げた。逃さないって意思表示なのだろう。
「くそっ!!」
大振りの右フック。それをダッキングで躱して―――
俺の十八番、リバーブローを、渾身でぶち込んだ―――
「ぐふっ!!!」
苦しかったのだろう。ボクサーなら気合と根性で堪えただろうが、たかが糞。簡単に膝を付こうとした。
しかし、ヒロはそれを許さず。持ち上げるような右アッパーを打つ。
「がっ!!」
牧野の身体が浮き上がった。俺もたまにやるけど、傍から見たら残酷物語だな。
浮き上がった身体なんで隙しかない。俺ならもう一発リバーを狙うな。
ヒロも似たような思考のようで。だけど放ったパンチは必殺ブロー、スマッシュ!!
「!!!!!!!」
顔色が紫になった牧野。最初のリバー、あれ実は肋骨狙いだったな?今のスマッシュも同じ個所を打ったし。
要するに肋骨骨折狙い。あの紫色の顔色は肋骨を折ったって事だ。
しかもコーナーに張り付かせているし。あれじゃ力は逃げない。スパーのグローブでも2発で肋骨くらいは折れるだろう。
で、コーナーに張り付かせている状態な訳だから、今度も右アッパーで身体を起こし、同じ場所に左ボディ。
あれ、止めなきゃ、折れた肋骨が内臓を傷つけるぞ?スパー中だから事故になるし。
セコンドもそう思ったようで、タオルを投げた。
ヒロは横目でそれを追いながら、顎とボディに叩き付けた。タオルはマットに落ちるまでは無効だからな。
だけど、その僅かな時間じゃ、3発が限度だったようで。
レフェリーがヒロと牧野の間に割って入って試合を止めた。
「勝者、大沢!」
レフェリーがヒロの右手を掲げるも、不満そうな顔しかしてない。もっといたぶりたかっただろうに。
帰ってきたヒロに小声で言う。
「追い込むか?付き合うぞ」
「おう。入院先を調べとくか」
やっぱアレで終わらせるつもりはなかったか。じゃあ牧野一派はこれで終わりになるな。俺とヒロが潰す事になる訳だし。
「生駒も誘うか?」
「一応な。あいつうるせえからな」
じゃあ完璧終わるな。大人しくしとけば猪原卒業まではデカい顔できただろうに。
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