対抗戦~006

 ネタばらしは実に簡単だった。

「的場に聞いたんだよ」

 その答えに俺達は仰け反る。

「的場と友達なのか!?」

 猪原はいや、と首を振った。

「的場の後輩が俺、と言うか南海の事を嗅ぎ回っていたらしいのを知ったんだよ。つい最近な。そこで大洋にある連合のチームに俺を接触させて…」

「そこから連絡したって事か!?」

「え!?猪原さん、連合に会ったんですか!?いつ!?」

 大雅、いや、南海の連中もビックリだったようで身を乗りだした。自分達が守っているのにも関わらず、連合に接触を許していたんだ。そりゃ驚くだろう。

「だから、つい最近だよ。まあ、そんな事はどうでもいいけど、的場が嬉しそうに話したんだよ。俺に勝った奴は調子に乗らないで寧ろ隠してくれているってな。そこから色々聞いたよ」

 つうか的場、いらん事言ってねーだろうな…つか、嗅ぎ回っている後輩って…

「……河内か。バレてんじゃねえよ…」

 木村がそう呟いた。やっぱりそうだよな。つうかなんであいつが猪原の事を嗅ぎ回ってんの?

「多分薬関係の事を調べているついでに探ったんだろ。俺の負担を減らそうとしてよ」

 成程そうか。助かったっちゃー助かったが、この分だと色々ばれているんじゃねーかな…朋美関係にばれたら致命的なんだけど…連合は一応味方のカテゴリーだけど、糞は信用しないのが俺だし…

「で、ここからが本題だけど、あいつが緒方、お前が何か頼み事をしてきたら、何とか力になってくれねえかって。あいつほどの男にそう頼まれたら断れないよな?」

 的場ってマジでスゲー奴なんだな…木村が苦労して漸くここまでこぎつけたのに、あっさりと…

 木村に目を向けると頷いたので、此の儘進めさせて貰おう。

「じゃあ南海を西高と黒潮の友好校に…」

「待てよ猪原!!」

 なんだよもう!!折角纏まりかけているっつうのに、無粋な横槍を入れるんじゃねえよ!!

「あいつは部活には在籍していないけど、猪原さんと同じ柔道部だった早川だよ。多分あの中で一番強い」

 大雅がそう耳打ちしてくるも、こっちは邪魔されてムカついてんだよ。もうやっちゃおうか?

「なんだ早川?」

「なんだじゃねえだろ。さっきこいつが言った通り、後輩の事を思えばそれはいい話だが、こいつは俺達全員と戦おうとした奴なんだぞ?」

「そうだな。だからどうした?」

「舐められたままじゃ終われねえだろって事だ」

 そう言って前に出てくる。微かに笑いながら。こいつも柔道耳だ。体格も猪原とどっこい。しかし、やる気が違う。この中じゃ一番強いってのも頷ける。あくまでもこの中で、だが。証拠に脅威は全く感じない。つまり、こいつ等相手に怖さは全く無いって事だ。

 そして早川はパンチが届かない間合いで止まる。

「さっきの言葉、ぶっちゃけムカついた訳だよ。お前、何様だって事だ」

 ムカついている表情はしていないように見えるけどな。なんか嬉々としているようにも見えるんだが。

「だから望み通り、相手してやる。お前が勝ったら友好校の提案、受けてやるよ」

 木村が溜息をついたのが解った。腕試しかよ。しょうがねーなぁ……

「まあいいけど…お前等もそれでいいんだな?」

 早川以外の連中に訊ねた。全員「?」ってな感じで首を傾げた。全く可愛くなかった。

「俺の望み通りって事は、全員が相手だって事だろ?」

「え!?ちょっと待てよお前!?全員!?」

 慌てた早川。自分で言った事だろうに、なんで?

「お、緒方君、多分早川さんは一対一のつもりで提案したんだと思うけど…?」

 大雅がおっかなびっくりながら追記(言葉足らずだったと思ったらしい)するが、だ。

「ムカついてんのはお前等だけじゃねーって事だ。俺もムカついてんだからな。特にそこの菅野ってデカブツによ」

 その菅野を見ながら言ったら青ざめた。木村の溜息が深くなっちゃったけど。

 まあ、そんな事はどうでもいい。俺の望みを叶えてくれるっつうんだから。

 なので構えて促す。

「ボケッとしていていいのか?今から行くぞ俺は……」

 木村がやはり溜息マックスで俺の肩を叩いた。

「緒方、気持ちは解らんでもねえが、やめとけよ。友好校締結した後にギクシャクしたくねえし」

「えー?こいつから提案してきたんだけど…」

「だから、一対一でって事だと思うよ?」

 大雅も止めに入る形を取る。木村とその友達にそこまで言われちゃ引き下がるしかねーじゃんか。

「解った。解ったよ。木村の顔も立てなきゃいけないし、大雅も自分のポジションを模索するのに大変になるだろうし、全員ぶち砕くのはやめるよ」

 両手を上げて万歳の形を取り、首を振った。もうやらんって意思表示だ。

 ホッとした表情の大雅だが、木村は厳しい表情を作り直す。

「お前がそこで収まるとは思えねえから言え。何を企んでいる?」

「一対一のつもりなんだろ?それは受けてやろうと思って」

 大雅の表情がまた変わった。忙しい奴だな。

「お、おう、じゃあ俺と…」

 早川が名乗るが、俺は首を横に振って、それを拒否した。

「せめてこっちは俺の望みを叶えさせてもらおうか。わざわざ大洋まで出てきて喧嘩売られたようなもんだ。そのくらいの我儘は聞いて貰いたいもんだけど?」

 ムカつきが多少収まったとはいえ、止まっていない事には変わらないので提案させて貰った。

 木村がピンときたようで、再び嫌な顔を拵える。

「さっき俺が金玉打っただろ?それで満足してくんねえのかよ?」

「あれはお前の胸倉を掴んだから正当防衛だろが」

 俺達の会話を聞いた菅野が真っ青になった。全員ぶち砕くつもりだった男に狙われたんだ。そりゃ青ざめもするだろう。

「それでどうだ?南海の大将?」

 他の雑魚に問うても話にならないので、猪原に訊ねた。猪原の決定には逆らわないだろうから、手間が省けて良いだろう。

「さっきも言ったが、俺は友好に乗り気なんだけど…」

 そういやそうだったな。意を唱えたのは腕試しがしたかった早川だった。

 じゃあ本人に聞いてみよう。

「おいお前、それでいいか?」

「あ…いや…さっきの金的のダメージが抜けねえから……」

 はあ?何だよさっきは上等な事を伸べたのに、いざとなったら尻込みすんのか?本当にムカ付く雑魚だなこいつ……

 もういいや。わざわざこいつ等に許可を得る必要は感じない。ぶち砕いて残りの連中が報復しようがどうでもいい。猪原も的場から俺の危なさを聞いているから最悪の事態は避けるだろう。

 なので菅野の前に寄って行き――

「お、おい…だから金的のダメージが……」

 右腕を握り固めて、振りかぶった。

「マジでか!?纏まりかけたのにそんな真似すんのかよ!?」

 若干涙目になって地面に尻を突いた。今更脅えんじゃねーよ。

「緒方!!ホントにやめろ!!」

 木村が止めに入る前に右拳を振り下ろす。

「うわあああああああああああ!!!!」

 ……菅野の絶叫が聞こえたが、手ごたえが異質だ。少なくともぶち砕いてはいない。

 何故なら、菅野の前に大雅が入って腕を十時にして俺のパンチを止めたのだから。

「っっ!!マジで凄いな君のパンチは…腕が折れるかと思ったよ……!!」

 顔を歪めながらも、眼鏡越しから鋭い眼光……

 やっぱ大雅は早川なんかよりも格段に強いな…壊すつもりの右パンチを止めたんだから…

 だけど解った。そして更にイライラが加速した。

 俺は菅野に向かって言い放つ。

「お前、自分より弱い奴としか喧嘩した事ねーだろ?」

 顔色が変わった菅野。木村が更に険しい顔になった。他の連中はキョトンとしていたが。

「…おい緒方、お前、マジでやめろ」

「安心しろよ。イライラとムカムカが酷くなったが、逆に冷静になれたんだから」

 その言葉を聞いて一応ながらも安堵した様子。だが、注意を促した。俺じゃなく菅野に。

「おい、菅野…だっけ?ここから先は口を開くんじゃねえ。舐めた口やいい訳をしたら、押さえるのがかなり難しくなる。」

「あ?な、なんでテメェにそんな事……」

「黙って言う通りにしろ。本当に死ぬぞ?」

 凄んで言った木村の迫力に押し黙った。やっぱりそうかよ。本当に糞ムカつくな……

「…緒方、理由を言ってくれるんだろうな?菅野は現役で県大会にも出られる実力者だ。それを貶めるような言い方をしたんだ。いくら的場に頼まれたからって、的場を倒したからって、仲間を馬鹿にされちゃ、俺も黙っている訳にはいかない」

 仲間、かよ。まあ、仲間なんだろうな。俺としちゃ、いや、菅野にしちゃ、いい隠れ蓑にしか見えなくなったが。

「猪原さん、アンタの言う通り、こいつは確かに強いんだろうさ。スポーツならな」

 親指を菅野に向けながら言う。顔は見ていない、見たらムカムカが簡単にマックスになってしまうからだ。

「だから、県大会に出られる程の…」

「言っただろ?スポーツなら、ってさ。だけどなんでもアリの喧嘩ならどうだ?勿論強いって評判なんだから勝ち数は多いんだろう。だけど、相手は強かったのか?場数を踏んでいた相手なのか?」

 問われて考える猪原。と言うか大雅以外の全員。つう事はちゃんと見ていないって事にも繋がるんだが。

 しかし大雅は知っていたのか。知りながら放置かよ?いや、猪原の顔を立てているんだろうな。俺にはやっぱり甘々な奴にしか見えないが。

「こいつが一番友好校に反対していたらしいな?そっちの早川さんはいい話しだって言っていたのにだ。そりゃそうだろう。今はいいが、後の事を考えたら」

「…友好校になったら弱い奴としか喧嘩した事が無いってバレるから、か?」

 早川が発言したが、いや、と首を振って否定する。

「それもあるだろうが、一番の理由は前線に立たされるかもしれないって言う不安と恐怖だ。そりゃそうだろう?事が起こったら強い奴を頼りにするからな。そして、こいつは評価的には強い奴だ」

「その前に、弱い者虐めしかしていないって根拠を説明して貰おうか?」

 猪原にはそっちの方が重要か。自分が最も嫌っている事なんだろうから当然か。

「俺は柔道家とも何度も揉めて来た。段持ちともな。その殆どが俺の腕を取りに来たよ。だが、こいつは脅えて後ろに下がったのみ」

「それはお前が危ない奴だって気付いたからだろ?」

 それでも腕を狙いには来るだろう。取ったらほぼ勝ち確定なんだ。俺はボクサーじゃないが、対ボクサーなら喧嘩していたらパンチを取って関節やら投げやらを決めた方がいいんだから。最悪被弾覚悟で取りに来てもいい場面だっただろ。

「じゃあお前と喧嘩しようとしたのは何故だ?お前に突っ掛って言ったのは菅野だぞ?」

「いや、アンタもだろ、早川さん?」

「俺は何つうか、試したかったつうか、知りたかったつうか…」

 バツが悪そうに頭を掻く。解っちゃいたんだが、俺相手に腕試しを試みるとか、地元の連中が知ったら卒倒するんだけど。

「まあいいや。単純に数で勝てると踏んだか、木村や大雅が止めに入ると期待したか。なぁ?どっちだ糞……」

 イライラとムカムカは継続中なので程よくキレている。前に立っている大雅が邪魔でぶち砕きにはいけないのが幸いだ。

「い、いや…俺は……」

 言い訳を探すその素振りがムカついて簡単にキレた。だが大雅によって阻まれた。

「緒方君、あんま無茶はよくない。折角木村が此処まで段度ってくれたんだから」

「解っているけどさぁ…我慢が利かないのは木村も承知な筈なんだけどなぁ…」

「しろよ。極限まで」

 しているじゃねーかよ。まったく自信は無いけれど。多分していると思うぞ?

「……俺は納得したな。遡れば、菅野は確かにそう言う所があったし」

 早川が納得するも、俺にしちゃ、そんなの関係ないんだけど。マジギレしたら誰が止めようが関係ないんだけど。

「……俺は…仲間を信じたいから、お前の言い分を聞く事は出来ない」

 俺含めて全員が無反応だった。猪原は多分こう言うと、みんな知っていたからだろう。当の菅野も特に反応は示さなかったし。

 超面倒になってバッサリと聞く。

「猪原さん、アンタが呼んだから俺は来た。親友の木村が頼んできたからな。仲間(笑)に義理を通すのはいいけど、その辺はどう考える?」

 わざわざ来た俺に対して、疫病神が来たような仲間の反応。これだけでも気分が悪いと言うのに、菅野の糞ふざけた喧嘩の売り方。

 俺的には全員ぶち砕いてスッキリしたいが、木村に迷惑は掛けられないから堪えているだけに過ぎないんだが。

「…俺は的場にも頼まれた。西高との話は後々に事を考えればいい話しなのも納得はした。だから友好校は受け入れたいが、仲間は納得しないだろう」

 菅野の方に視線を向けながらそう言った。他の連中はどう考えてんだろうな?

 まあいいや。だったら俺的にはこうするだけだが。

「交渉決裂でいいな?」

 言いながら一歩踏み出す。猪原目掛けて。

 流石に察知した早川が前に出て俺を止めた。

「いきなりかよ?最初は俺だろ?」

「なに言ってんだ?これはどう考えても『喧嘩売る為に呼び出した』んだろうが?最初も何も、全員ぶち砕くんだよ。わざわざ呼び出されて嵌められた俺には報復する権利はあるだろ」

 早川さんは苦笑い。

「無茶苦茶な奴だな。だけどまあ、後半は兎も角、前半は説得力があるよな。ところで相談なんだが」

「なんだよ?」

「俺一人で終わらせてくんねえか?」

 俺が今度は苦笑い。

「無理だな」

「まだやるな緒方!!!」

 木村が焦り気味で飛び出してきた。お前の立場もあるのは重々承知だけど、他ならぬ早川さんが認めちゃった形になったしなぁ…喧嘩売る為に呼び出したって。

 重い足取りなれど、猪原も早川を押し退けて前に出てきた。

「焦るな。お前の言う事は最もだが、俺が的場に頼まれた事実もある」

 わざわざ連合を使って接触して猪原に頼んだ事か?有り難い話だが、それはそれ、これはこれ。

「的場の顔を潰すなって事か?言っておくが、有り難いとは言え頼んだ訳じゃない。感謝と義理はまた別の話」

「解っている。そして俺もこう言った筈だ。西高との友好関係は悪い話じゃない、寧ろ乗り気だと」

「だが、こうも言ったな?仲間(笑)が納得しないと」

「(笑)を付けるな。さっきもそうだっただろ。と言っても、お前にはそう映るんだろうな…」

 よく解ったな?俺が(笑)を付けていた事に。

「そりゃそうだろ。仲間を信じるのはいいが、アンタはただの甘ちゃんだ。これから先の後輩の事は全く考えていない。慕われている事に酔っている。今が良ければどうでもいい。仲間の為なら客に不快な思いをさせてもいい。そう見られても文句は言えないだろ」

 そして、と付け加える。

「そんな甘ちゃんと友好なんて、木村が可哀想過ぎるだろ。あいつの負担がハンパ無くなるだろ。あいつもお前と同じく甘い所があるんだ。南海がヤバくなったら助けに出るだろう。お前等が協力的じゃないのにも拘らず、大雅と言う友達との約束を守る為に」

「俺を全否定か。そんな事を言う奴は初めてだな」

 そう言って笑った。そして、それは恐らく本心で笑った。全く飾りっ気も無い、普通の笑顔だった。

「だけど、そう見られるのも仕方がないが、後輩のその後を案じているのも事実だ。で、仲間が納得しないのも事実。だからこうしよう」

 人差し指をピッと翳して。

「俺とお前のタイマンで決着を付けよう。お前が勝ったら南高はお前の下に着く。俺が勝ったら…そうだな、南高とは一切関わらない。これでどうだ?」

「!!ちょっと待て猪原!!それは駄目だ!!」

「そ、そうだよ猪原さん!緒方君が危ないのは充分解っただろう?」

 早川、大雅は勿論、南海全員慌てた。菅野でさえも。そして木村でさえも。

「緒方!受けるんじゃねえぞ!!なんだかんだ言って猪原がトップなのは間違いねえんだ!!そのやり方じゃあ牧野と大して変わらねえ!!」

 木村は俺が受けると思ってんのか?そんなつまらない取引に応じる筈はねーだろ。

「嫌だよ。なんで俺が南海の面倒を見なきゃいけねーんだよ。そんな事になるんなら、やっぱりここで全員ぶち砕いた方がいい」

「だから、それもすんじゃねえつってんだ!!」

 いや、お前も自分が全員やっちまって下に付けようと思ったよな?一瞬だろうけどさ。

「本当に全員とやる事を選ぶんだな…緒方、お前が危ないのは理解したつもりだったが、改めて再確認した」

 猪原がゆっくり、深く頷いてそう言った。

 俺の主張は最初と変わっちゃいないんだけど。再確認と言われても困るんだけど。

「……もうちょっと譲歩してやれよ緒方…」

 げんなりしながら木村がそう言ったが、譲歩とは?

「西高、黒潮のホットラインに南海を組み込むんだろ?俺が譲歩してどうすんだよ?」

「それに他の連中が納得しないって話だろ?」

 その通りなので頷く。

「猪原も実は乗り気だし、的場にも頼まれたから義理がある。だけど仲間(笑)が納得しないって話だろ?やっぱ俺の譲歩云々じゃねーじゃん?」

「お前が折れれば済む話だってんだよ」

 俺が何を折れると言うのだ?特に主張は変わっちゃいないぞ?

「わざわざ呼び出して喧嘩売って来た此処にいる連中を全員ぶち砕くだけだぞ?」

「お前がその主張を引っ込めて仲間になれって言ってくれりゃいいってんだよ!!」

 ええ~…俺がこんな糞の仲間に?

「菅野を嫌そうな顔で見るんじゃねえ。南海の中でも当然こいつよりも酷い奴もいるだろうが、良い奴だっているだろ?」

「まあ…そうだな」

 大雅はまさしくそうなんだろう。お前が友達になるような奴なんだから。

「そこに居る早川だってそうだろ?お前に突っかかって来たのも腕試しみたいなもんだ。可愛いもんじゃねえか?」

「いや、俺に腕試しとか、常軌を脱していると思うが…」

 スクラップ確定だぞ?どんなマゾだと言いたい。

「大洋にまでお前の狂犬振りは細かく伝わっちゃいねえんだ。実際ヤマ農にも調べられて納得されただろうが?」

 …うん?待てよ?山郷農林には松田と言う友達がいる俺だ。だが、反面竹山達とか言う奴等は顔を見たら殴っちゃう程嫌いだ。つまり同校に友達と敵がいる状態だ。

 そもそも西高なんか木村と福岡派以外は全員敵だと思っている。神尾と阿部はまた違うが。

 つまり、それを南海にも当て嵌めればいいんだよ!!

 俺は猪原に向き合う。木村の言う譲歩案を出す為に。

「解った。仲間になってくれ。勿論俺じゃなく西高、黒潮のだ」

「…それはやっぱりお前は南海…此処にいる全員とやるって事か?」

 猪原がやや怪訝そうな顔でそう言う。いや、怪訝じゃないな…なんか若干嬉しそうに見えるのは気のせいか?

「いや、やらない。木村の為に我慢して我慢して堪える事にする。だけど、その友好校には俺を絡めないでくれ」

「…お前は敵に回る…って事か?」

 うん?今ちょっと笑ったか?いや、流石に気のせいだろ。敵に回る事を喜ぶ筈はないだろうし。

「いや、俺は確かに木村と友達だけど、西高のほぼ全員とは敵なんだよ。だけど友達だから融通を利かせているっつうか…兎に角、西高と揉めない様にしてんだよ。目に余るような事をしていたらやっぱぶち砕くけど、それも木村に了承済みなんだ。南海にもこの俺ルールを適用されてくれ」

 何の事は無い、いつもと同じだ。それを猪原が飲むどうかはまた別の話しだし。

「…木村、君と緒方君は親友だったよな?君の顔を立てる為に緒方君がそうしたのか?」

「いや…まあ、そんな感じか。こいつ、話も聞かねえ狂犬だが、ダチの言葉にはちゃんと耳を貸すからよ。納得させんのは一苦労だったが」

 後ろで大雅と木村のやり取りが聞こえたが、そんな感じだ。俺は決して話を聞かない訳じゃない。信用できない奴の話を聞かないだけだ。

「なので俺は木村の友達の大雅は信用する。大雅が慕っているアンタも信用しよう。つまり、アンタ等二人の話なら聞くって事だ。それでどうだ?」

「俺は!?信用されてねえのか!?」

 なんか早川がビックリした様に突っ込んで来たが、アンタは信用とはちょっと違う。憎めない奴って所だろ。

「じゃあ俺が仲間を殴るなと言えばやめるのか?」

「アンタがケジメ付けてくれればな」

 そう言って俺は菅野に視線を向ける。

「飲んでくれるんなら早速ケジメを付けてくれ。弱い者としか戦っていない臆病物が、アンタを後ろ盾にして俺に喧嘩を売って来たケジメを」

 身体を硬直させた菅野。それでも猪原はお前を庇うと思うぞ?甘々だから。

「…謝罪させる。それでどうだ?」

 な?俺相手に謝罪だけで済ませようとしているんだぞ?やっぱ甘々だな。糞ふざけた奴の軽い謝罪なんか逆に不愉快だってーの。

「緒方」

「緒方君」

 木村と大雅もおっかない顔で俺を見た。それで我慢しろって事だろ?解ってるって。

 だけど、後々の事も考えて線引きは必要だ。俺は猪原みたいに甘々じゃないし、木村のように組織を作るつもりも無いんだから。

「解ったよ。じゃあこうしよう。後腐れなしのタイマン。菅野は試合じゃ強いんだろ?その強さも知ってみたいし」

 勿論嘘だ。この申し出は知らしめる為。他の連中に俺に馴れ馴れしくすんなとの警告だ。

「…だ、そうだが、それでどうだ菅野?」

「………」

 答えない菅野。迷っているようだ。試合じゃ強いんだろうから、ガチでやれば何とかなると思っているんだろう。

「あ、んじゃ菅野とのタイマンが終わったら俺ともやってくれよ」

 此処でもしゃしゃり出てくんのか早川さん。だったらそれを利用させて貰おう。

「いいよ。菅野の後ならな」

 これで早川も菅野にタイマンを要求するだろう。自分が戦いたいが為に。

「菅野、後腐れなしのタイマンだ。試合みたいなもんだ。怖がる必要はねえよ」

 な?こういう奴なんだよ。こいつも自分本位だって事だよ。言っただろ?信用できないが憎めない奴だって。

「…よし、いいだろう。あのままだったら俺がヘタレの弱いモンだって言い触らされるからな。事実と異なる噂を流されても迷惑ってもんだ」

 事実だろうに、実際お前、あの時否定しなかったしな。

 だけどやってくれるのなら有り難い。この先の俺との付き合いには『生贄』は必要だ。

「じゃあルールを決めようか」

 ルールなんかあるかアホ。だから一方的に提示させて貰う。

「なんでもアリの喧嘩だ。一応参ったは有りにしといてやる」

「え!?」

 何を驚いてんだ?お前にルールを決めさせちゃ、いいとこ総合ルールだろ?そんなもんじゃあ見せ付けられないだろうが?

「え?だ、だけど…」

「じゃあ始めるか。構えろよ?じゃなきゃ、見せ場も無く終わるぞ?」

 咄嗟なのだろう、菅野は構えた。オーソドックスな柔道の構え。

 俺も構えてステップを踏む。ボクサーと勘違いしてか、菅野に余裕が生まれた。硬かった表情が柔らかくなったのがその証拠。

 そして一応弱い者相手とはいえ場数は踏んでいるのか、俺の奥襟を掴もうと腕を伸ばしてきた。

 なかなか速いが、捕らえられないスピードじゃない。俺って動体視力が異様に良いのだ。入学初日に遥香に言った事はあながち間違いじゃないのだ。

 なので前回、的場にやったように、その奥襟を掴もうとした腕、と言うか肘が伸びたのを確認して、左フックを被せるように放った。

「ぐああああああああああああああ!!?」

 綺麗に決まって、綺麗にぽっきりいった腕を押さえて両膝を付いて絶叫した。

 そこにはいつもボディを打つ位置に顔面があった。

 全く躊躇わずにアッパー気味に顔面をとらえた。

「ふぐっ!!」

 ほう?見直したぞ?鼻を砕くつもりだったのに、砕けないとか。

 まあ兎に角続きだ。嘆いて叫んでいて無防備のがら空きの顔面に左フック。

「ぎゃあ!!」

 身体ごと横に流れた。ちゃんと踏ん張れよな、柔道部!!

 返す刀で利き腕に力を溜めて、放った右フック。モロに鼻から下を捕らえた。

「ぶっくくくく!!」

 舌でも噛んだか?結構な出血だが、俺は止まらない。だってまだ『参った』と言っていないのだから、続ける意思があると言う事だ。

 喋り難いように口を狙ったのは、まあ内緒だが。

 ともあれ短髪で掴み難かったが、菅野の髪を鷲掴みにして膝を叩き込んだ。当然顔面に。

「~~~~~~!!!!」

 もう言葉にもならないようだが、参ったと言っていない以上はやめる訳にはいかないな。残念だ。ギブアップ方式なんか採用したばかりになぁ…俺が勝手に決めたんだけども。

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