対抗戦~007
尚も右に左にと顔面が振れる。手加減しているから気を失う事も無く、言葉に出せなく悲鳴と唸り声のみ上げて。
そんな感じで気分良くぶん殴っていると、右腕、と言うか手首を掴まれて動きが止まった。
同時に崩れ落ちる菅野。一撃で終わらせるつもりが無かったから、顔面が悲惨な状態だ。
「勝負は決まっていただろ緒方君!!」
掴んだのは大雅か。木村かと思ったぜ。
「いや、参ったって言われてねーから、まだ続けるんだ、と思って」
「……本気で危ないな、君は…」
木村もそう言っていただろうに、今更だろ、それ。
「まあいいや、続きをするから、退け大雅」
「まだ続けるつもりなのか!?」
「だから、参ったって言ってねーだろ。これも菅野の意地なんだろ。多分。だったらそれに応えなきゃだろ」
「気づいていただろうに、嘘言えよ」
木村が呆れたように横槍を入れて来るが、お前も止めなかったって事は俺の意図が解ったって事だろ?立派な共犯者だ。
「お前の勝ちだ緒方。これ以上はやめてくれ…」
猪原が出てきて頭を下げた。
「大将のアンタがそう言うんなら仕方がないな」
なので今度は脱力をした。これ以上はやらないって意思を示したのだ。
じゃあ次って事で、早川に目を向ける。
「約束だ早川さん。やろうか」
「……あれを見せ付けてからもそう言うかよお前……」
とっても青い顔になって微かに首を横に振った。いや、初めからそう言う約束だったし。
「……本当に生駒に勝ったんだな…」
慄きながらも早川さんが続けた。逆に驚いたけど。
「生駒を知ってんのか?いや、知らねー筈はねーか……」
「噂程度だけどな。だが、内海の事は知っている。少なくともこの界隈の連中はな…」
なんだ、生駒にもビビっていたのかよ。そんな様でよくも俺に腕試しを試みようとしたな?
だが、もういいや。やる気が失せたようだし。ならば終わったって事で、とっとと帰ろう。
「んじゃ木村、後はよろしくな」
木村の肩をポンと叩いてそう言うと、何やらおかしな表情。
「後はよろしくって…お前はどうすんだ?」
どうもこうも、俺を呼んだのは猪原で、ケジメのタイマンも終わったし、俺の出る幕はこれ上無いだろ。
「帰るんだよ。明日も練習があるし」
「冷てえだろそれ。最後まで付き合ってくれてもいいだろうが?」
付き合ってもいいけど、他の連通の視線がなぁ…
「なんかみんな、俺を狂人を見る目で見ているし、菅野も病院に行かなきゃいけないだろうし、要するに居心地が悪いんだが」
「あんなタイマン見せ付けたんだから、そりゃ当然だろ」
つっても、俺が居ても仕方がないような気がするんだが。組織作りの役に立てるとは思えんし。
「誰か。菅野を病院へ。緒方、もう少し付き合え」
猪原がそう言って引き止めるが…う~ん……
「俺と大雅は信用してくれるんだろ?お前に危害を与えるような真似はしない」
「そこは全く問題にしていないんだが…」
喧嘩売ってきたらぶち砕くだけだし、身の安全を保障されてもだ。
菅野を病院に連れて行ったのは5人。その他帰ったのもチラホラ。この場に残ったのは猪原と大雅、早川と2人。
「大雅、あの2人は?」
一応小声で訊ねる。何となく気を遣ったんだが、ほぼ無意味だろうな。
「ラグビー部の木瀬さんと無所属の山中さんだ。共に二年生でやっぱり強い。多分猪原さんのガードで残ったんだろう」
誰から守ると言うのだろうか?俺からだろうな、やっぱり。
「強いって言ってもお前よりは弱いんだろ?木刀を持ったら誰にも負けないって言っていたし」
「今は丸腰だからね。だけど、勝つ自信はあるかな」
生駒と互角みたいな事を聞いていたし、その通りなんだろう。武器を持たなくても勝てるくらいは当然か。
「…じゃあ、ちょっとゴタゴタがあったが始めるか。南高は白浜の西高の申し出を受けて、たった今この場で友好協定を結ぶ。細かい取り決めた後にして、それだけはハッキリとさせておこう」
安堵した様子の木村。これで黒潮、西高、南海のホットラインが繋がった。
潮汐の動きも知る事が出来て、大洋での行動範囲がかなり広がった。つまりは春日さんの噂も引っ掛かるかもしれないと言う事になる。
「受諾して貰って感謝している。黒潮の頭は勿論、境の山農にも知り合いがいるから、後にこっちも紹介させて貰うがいいか?」
「構わない。ウチも部活連の兼ね合いで深海高校と内湾女子との交流がある。出来ればこっちの生徒にも被害が及ばないように協力して貰いたいが」
ちら、と俺を見ながら言うとか。俺にぶち砕かせないようにしたいのか?だが、内湾女子とも繋がりがあるのかよ。それはとっても有り難い。
しかし、内湾女子と繋がりがあるなんて意外だな。
その旨を大雅に訊ねると、意外でもなんでもないと返された。
「内湾にはチアリーディング部があって、大人数なんだよ。ウチにも応援団があるけど、チアは人数が少ないから、協力して貰う事が多いんだ」
成程…確かに部活の絡みだな。白浜はそこらへんどうなんだろ?強い部活ってあったかな?
「因みに深海は野球が強くて、ウチは胸を貸して貰う事が多いんだ。ウチは格闘技系は強いけど、野球部とテニス部とバレー部が壊滅的に弱い」
逆に深海は強いからって事な。部活を強くする為に胸を貸して貰えるのも、確かに部活の繋がりだな。
「木村が言うには南海は強い奴が多いって聞いたけど、深海は?」
「飛び抜けて強いってのは聞いた事は無いけど、部活やっている連中は鍛えているんだからやっぱり強いんじゃないかな?」
そこそこやるって事でいいのかな?東工レベルか?それでも全然構わないんだけど。俺って友好校は関わらないスタンスだし。勿論個人での友達は大歓迎だけど。
「で、潮汐ってヤバいのか?木村も生駒も警戒しまくっているけど?」
別にどうでも良かったが、話ついでに聞いてみる。
「ヤバい。牧野もかなりの奴だけど、あそこはその牧野が子供に見えるくらいヤバい」
「牧野って生駒がやった内海って奴の友達だよな。内海って相当なクズ野郎だって聞いたが、牧野もそうなのか?」
「うん。その牧野が子供に見えるくらいだから…」
沢山のクズが居る訳だな。こりゃ喧嘩になったら俺の拳が随分捗る事になりそうだ。
「だけど、これで潮汐には牽制になるよ。あそこは誰だろうと構わずに因縁つけて来る奴が沢山いるから、いつウチと揉めるか時間の問題だったんだ」
揉め事を見た猪原がしゃしゃり出たりして、か?だけどそんなヤバい学校なら猪原なんかとっくに潰されているだろうに、なんで未だに無事なんだ?
「猪原さんが居たから大きな揉め事は起こらなかったけど、それもいつまで保っていたか…」
猪原のおかげで揉めそうになっているが、猪原のおかげで大きな喧嘩に発展しないって事?どんなマッチポンプなのそれ?
余程おかしな顔をしていたんだろう。大雅が困ったように訊ねてきた。
「緒方君、何か疑問でもあるのか?顔が酷い事になっているけど」
「その言い方ってどうなのかな……」
酷い事って。聞きようによっては喧嘩売っているように聞こえるぞ…
「う~ん…あんま言いたくないんだけど、猪原ってそんなに強い方じゃないだろ?」
「そうだね。南海でも真ん中くらいじゃないかな?」
真ん中!?そんな奴が頭張ってんの!?
「そ、それに人格者とか言われているけど、俺からしてみれば甘いのが目立つんだよな。だから潮汐、つうか、危ない奴なら猪原なんか簡単に…」
苦笑して返される。いや、お前が的場と揉めた時に身体を張って助けたエピソードは確かに聞いたけど、あれは相手が的場だから簡単に引き下がったのであって、クズならそんなの関係ねえ、ってなんない?
「まあ、確かに猪原さんはお人好しだね。だけどそれに助けられた人が大勢いるんだよ。ハンパな数じゃ太刀打できないくらいに、ね」
「数を引き合いに出されてもな…南海の生徒数なんか解らないし…」
「南海だけじゃないよ。大洋の学校の殆ど、と言ったら?」
マジで!?もしもそれが本当なら、的場の連合よりも恐ろしい数が猪原の味方って事になるんじゃねーか!?
驚いている俺を見て、今度は普通に笑った。
「多分緒方君が考えている数よりも多いよ。戦力になるかどうかは置いておいてね」
「ちょっと待って!え?何でそんなに大人数なの!?そんな大人数を助けたの!?」
「いや、助けられた人にも仲間はいるし、兄弟もいるだろう?中には猪原さんよりも強い人も居る筈だ。所謂リーダー格の人が」
助けられた奴の仲間が殆ど猪原の配下に収まったってーの!?
い、いや、配下とか猪原は思っちゃいねーのか…仲間だと思っているんだったな…
「緒方君は今日会ったばかりだから、よく解らなくて正解だけど、猪原さんはカリスマなんだ」
的場とはまた違った意味でのカリスマか…じゃあ、と聞いてみる。
「さっき俺が猪原とタイマン張ったらどうなっていたんだ?」
「別にどうにもならないよ。猪原さんが望んだんだし、止めてもやるって言うんなら止めないよ。相手の人にはやめるように頼むけどね。さっき緒方君に俺が頼んだように」
い、いや、確かにそうだったけど…
「猪原さんは別に負けてもいいんだ。実際負けた数の方が多いんだから」
頭が負けてもいいとか、どうなってんだ!?絶対大人数で仕返ししてんだろお前等!!猪原には内緒でさ!!
「…緒方君が怖いと思う相手はどういう人だい?」
いきなりだな?ちゃんと答えるけどさ。
「そうだな…俺みたいな奴かな?」
狂っている奴だな。だから遥香も怖い。俺と別の意味で狂っているから。
「確かに緒方君は怖いね。それに、猪原さんの怖さも持っていると見たよ」
クックッと笑いを堪えながら。
「猪原も危ない奴だってのか?そうには見えないし、そう言う評判には程遠いように思うけど…」
「何度叩いても倒しても立ち上がって向かって来る…それが格上の相手だろうとも。仮にあの時タイマンを受けたとして、決着が着くのなら朝方じゃないかな?」
しつこいのかよ…そりゃ怖いな。だけど、朝方は言い過ぎだ。
俺は相手の病院送り目指してぶち砕くんだから。猪原も結構な実力者だと思うが、いくらタフでも限界はあるだろ。
だがまあ、大雅の言葉を信じるとして、あれがタイマンだったらそれで決着だろうけど、単なる喧嘩だとしたらどうだ?
大量の味方の援護が期待できるか?だけどそれは猪原が負けた後でだよな。猪原は人数を当てて仕返しとか考え無さそうなタイプだし、仲間が自主的に、って事だろう。
そう考えると、鬱陶しいな…俺は人数を考えて喧嘩はしないけど、後々面倒になる事必至だな。
仕返しを考えない程追い込むようにしているけど、中には骨のある奴もいるんだろうしなぁ…
「さっき言った猪原さんの怖さも持っているってのは、緒方君も格上だろうと何度倒されようと立ち上がって向かって行くしつこさ…愚直がある。どうだい?」
格上とか考えた事も無いからなぁ…喧嘩は負ける事もあると当然思っているし。
「う~ん…それが諦めないって言う意味ならちょっと違うかな。なんて言うか…馬鹿なんだよ俺は」
格上との喧嘩も何度もある。あの的場なんかもその例だ。
的場と他の奴との喧嘩の違いは、相手が音を上げるまで付け狙う。場所も時間も選ばずに。
向こうが関わりたくないと思うまで、何度も。だから諦めないとはちょっと違う。
「内容は兎も角、行っている事は同じだろう?」
そうなのか?違うような気もするが、話の腰を折るのもなんだし、ここは頷いておこう。
「緒方君は危ないのは間違いないけど、周りには沢山の友達がいるんだ。だから猪原さんと同じなんだよ」
………違う。
俺の周りにいる友達は、みんな優しいだけなんだ。
だから俺みたいな馬鹿にでも付き合ってくれる。猪原のように慕われているとは全然違う。
大雅もなんだかんだ言いながら甘い。俺にそのような評価を下すんだから。
そうなると、大雅と生駒は互角みたいな事をよく聞くが、違うな。
荒れていた時期がどれ程か解らないが、今生駒と戦ったら負けるだろう。
言い方が侮辱じみているが、大雅は猪原に毒されて、角が随分と取れた状態。生駒は落ち着いたとはいえ、糞は許さんスタイルは崩していない。
結局最後は『より狂っている方が勝つ』んだよ。だから俺は生駒に勝てたし、過去、木村にも勝てたんだ。
力量が互角だろうが、狂人には勝てないよ。常識人なら尚更だ。
「…ん、話が終わったかな」
大雅が腰を浮かせた。その視線の先には木村と猪原が握手している姿。
「そうか。じゃあ漸く帰れるな。明日、つうかもう今日になってんじゃねーか!!」
時計の針が0時を回っている!!明日も早いってのに!!
兎に角、俺は猪原達の所に向かった。帰るにしても挨拶くらいはしなくちゃだ。
「木村、話は終わったんだろ?」
「ああ、細かい事は後回しだが、大体は決まった」
「そうか。じゃあ帰ろう。俺明日も早いんだから」
そう言って猪原を見て、帰る旨を伝えたら、早川がちょっと待てと引き止めた。
「まだいいじゃねえか?どこかで茶でも…」
誘いに乗ったとして、何の話をすると言うんだ?早川さんも別に信用した訳じゃないんだから、突っ込んだ話はできねーぞ。ちょっとした切っ掛けでぶち砕く事になるかもしれねーんだから。
「明日も早いんだよ。その申し出だけで有り難いよ。じゃあな大雅、猪原、早川さん」
一応社交辞令を返した俺の台詞で木村がやや複雑な表情をしたが、明日も早い事情は木村も知っているので、俺に倣って挨拶してバイクに跨った。
暫く走っていると、木村が左ウィンカーを点滅させた。休憩するって事なんだろう。俺も後に続く。
そこはコンビニ。減量中なれど、コーヒーを買ってバイクに戻り、一息つく。
「……緒方、南海とはあんま関わらねえつもりなのか?」
休憩じゃなく、そっちの話がしたかったのか…
だけど俺はブレない。なので躊躇なく頷いた。
「南海に限った事じゃねーだろ。西高も連合もだ。俺は糞が嫌いなんだよ。隠れ糞もな」
「やっぱり菅野みたいな野郎は気に入らねえか。だけど他の連中もそうだとは限らねえだろ」
そうだけど…お前の所の福岡や水戸、東工の対馬や矢代もそうだったけど…
あの時名前を挙げた三人以外とは親しくなる気はないと、木村と猪原は気付いた。大雅も何となく気付いたんだろう。
そもそも俺は「猪原と大雅以外信用しない」と言った。「猪原と大雅の話以外聞かない」と言った。
早川は憎めない奴だから良しとして、菅野は次顔を見たらぶち砕く。今日一応手加減してやったんだ。タイマンの希望を叶えてくれた猪原の顔を立てて。
「その辺ちゃんと猪原にも言ってくれよ?勘違いされて馴れ馴れしくされたら、間違いなくぶち砕いちゃうから」
「解っているよ。全く面倒な野郎だな、お前は」
その面倒な奴の面倒を見ているお前の方が面倒な奴だろうに。俺なら関係無い奴として斬り捨てるのに。
「河内もその辺を零していたしよ。ま、だからこそのお前で、だからこそ俺達が必要なんだけどな」
「悪いな。こればっかりは性分だ。おいそれを変われないよ」
俺がこうも捻くれたのは、中学時代の凄惨な虐め。好きだった子を失った虚無感、そして信用していた幼馴染の裏切り。
俺もこのままじゃ良くないとは思うけど、そう簡単に変われない。累計100年以上の傷なんだから。
「まあいいさ。お前は話を聞かねえ訳じゃねえんだからな」
こうやって南海に一緒に来てくれたしな、と小声で付け足した。
そんな程度で感謝される事は無い。お前には借りがいっぱいあるんだ。少しでも返せたらそれでいい。
休憩を終えて真っ直ぐ帰った。
疲れたが、やけに目が冴えた。布団に入って悶々とする程に。
……少なくとも南海に対しては距離を開けない方が良かったんじゃないか?
内湾女子を繋がれるチャンスを不意にしたんじゃないか?須藤真澄の情報が入るかもしれなかったのに。
「……繰り返してもやり直しても、反省と後悔しかねーよな……」
だけど菅野と仲良くする気はないしなぁ…多分だが、南海には猪原の名前で調子こいている奴もいると思うしなぁ…
……駄目だな。気分が落ちるばかりだ。別の事を考えて紛らわそう。
と言っても何を考えようか?未解決の何かあったかな?
安田の件もまだ進展が無いな。阿部と神尾が頑張っているんだ。定期連絡は来るが、安田も意外と慎重みたいだしな。だったら疑われる高いバイクを買うなよって話だが。
佐伯は東工を辞めちゃいないが、姿は見せていないとか。此の儘なら出席日数不足で留年確実らしいが、どうでもいいや。
あとは麻美が記憶持ちの疑惑か…俺が頑張るしかねーんだけど、何か突破口が欲しいな……揺さ振っても知らん顔だし、ホント手ごわいよな、あいつ。
………ん?そう言えば、遥香の学校…川上中のサイトの件…
書き込みする為には生徒のパスが必要だと言った。俺の話を書き込んだのが麻美だとの疑惑があったな…
じゃあ何処からパスを入手したかと言えば、ブラスバンド部で交流があったよし子ちゃん…
森井佳子…おぼろげながら、家も知っている。ヒロとは反対の、麻美の家の更に奥。学区内ギリギリの所に家があった筈。
どうする?動くか?行こうか家に?
……逸り過ぎだ。行ってなにを話そうと言うんだ。それに時間も時間。良い子なら既に夢の中だ。
だけど、いつかは話したい。麻美や朋美の事だけじゃない、色々と。
……明日のロードワークはそっちの方向にしてみようか。朝早いからやっぱり起きていないと思うが、何となく。
ともあれ、俺も無理やり寝よう。ロードワークもそうだが、寝不足はよくない。判断力が下がる。
……
………
……………
「寝れねえ!!!」
あまりの寝る気の悪さに上体を起こして叫んでしまった。
いや、何となく楽しみにしているんだ。よし子ちゃんと話すのが。向こうは話したくないかもしれないが、話したいと気が逸っているんだ。
……これって浮気じゃねーよな?浮気認定されたら遥香に殺される!!
朝を迎えた。今朝方の恐らく3時頃に寝たんだから眠いのなんの。
ともあれ着替えてロードワークに出る。いつもならヒロが出迎える門前だが、今日は姿が見えない。
あいつ本気でジムに泊まり込んだのか。体重オーバーはあんま気にしないからいいと思うんだけどなぁ…
あいつなりの本気なんだから口出しするのも憚れるし、体調がいよいよヤバくなったらその時注意しようか。
その前に会長が管理してくれるから問題無いか。俺が心配するまでも無いか。
そんな事を柔軟しながら考えた。よし、程よくほぐれた所で走るか。
何気なしに、いや、意識して走る。この場合は意識したのはコースだ。
ランとダッシュ、時々シャドーを繰り返し、目的地付近に足を踏み入れた。
正確な位置は解らないが、確かここら辺だった筈…取り敢えずウロウロ、いや、ランニングして探す。
「……公園だ…」
遊具が数点ある公園。このジャングルジムには見覚えがある。確か朋美と一緒に昇って遊んだな…
今思えば、なんであんなもんに夢中になったのか解らないが、兎に角楽しかった記憶がある。ただの鉄の棒を組み込んだ檻状で昇り降りする程度の事が、なんであんなに楽しかったのだろうか。
ブランコか…これにも乗ったな。俺よりも朋美の方が夢中だったような覚えがある。
砂場…山を作ってトンネル掘ったよな。砂金さがしごっこもやったんだっけ。
ああ、そういや城も作ったな…よし子ちゃんと一緒に。
流石の早朝。散歩中のお年寄りの姿すら見えない。よし子ちゃんが居るはずもない。
そもそも公園に来る筈も無いか…彼女は海浜。勉強で忙しい筈だし。
多少のガッカリ感を覚えて踵を返す。ロードワークの続きだ。
暫くうろちょろして河川敷に出た。此処はたまにコースに入れる。家から程よく遠いから、学校が無い日限定だが。
結局バーベキューやらなかったよな。この河川敷でやる予定だったが、有耶無耶になって流れたんだよな。
来年は絶対にやろう。友達全員で、ワイワイ楽しく。
さて、そろそろ家に戻るか。帰ったら少し仮眠してジムに行って……
踵を返す俺。その俺の前にわんこを散歩している女子の姿。
こんな朝早くから…わんこもまだ眠いだろうに。ご苦労様ですと辞儀をして通り過ぎる。
向こうも軽く会釈をして、顔を上げた。
……ちらっと見ただけだから断定はできないが、どこかで見たような?
まあ、ここは地元。知り合い、と言うか、顔見知りにくらい会う事もある。
特に気にせず家に帰った。ランとダッシュとシャドーを繰り返しながら。
少し仮眠してジムに向かった。着いた時間は10時ちょっと前。
何にも関わらず、ヒロがサウナスーツを着ながらサンドバックを叩いていたもんだから暑苦しい。
「おいヒロ、あんま無茶すんなよ?試合前にバテバテとか洒落になんねーぞ?」
話し掛けたら手を休めて俺を見た。
「……隆、リングに上がれ。スパーだ」
なんかおっかない目で睨まれてそう誘われた。
「お前とスパーしたら、それこそ洒落になんねーんじゃね?」
「手加減してやるから大丈夫だ。それよりももっと絞らなきゃいけねえんだ。協力しろ」
協力は吝かじゃないけど、お前目付きが尋常じゃねーぞ。明らかに減量による苛立ちが目立っているじゃねーかよ。
「えっと…ヒロがこう言っていますけど、いいっすか?」
会長に一応お伺いを立てた。この状態のヒロとスパーは俺も気合を入れなきゃならない。よって危険が伴う。なので判断を会長に委ねた訳だ。
会長は薄くなった髪を掻きながら、呆れ顔で困り顔ながらも頷く。
「実戦形式の練習も確かに必要だしな。向こうにはサウスポーが居るみてえだし、その練習もしなきゃなんねえし…隆、軽くほぐして来い。博仁は準備が出来るまで休憩だ」
まさか容認するとは。サウスポー対策っつっても、俺もヒロもオーソドックスだから関係ないんじゃねーか?だが、練習は必要なのも重々承知だ。それが苛立ったヒロとのスパーでも、練習には違いない。
軽く柔軟してパンチングボールを打っていると、出川さんが話し掛けて来た。この人もプロで四回戦。だけど弱い。減量がへたくそで負けている。
「隆、俺がセコンドに付くから。だけど会長がスパーを許したの、信じられねえよな」
「ですよね。今まで俺とヒロとはやらせなかったんだし」
本気になるからという理由で今までやらせなかった。何故今やらせるんだ?実戦練習云々は口実のような気がするが。
「博仁のストレスが溜まっているからだろ。流石に先輩の俺達相手に発散しろとは言えねえだろ」
「俺相手にも言わないでしょ!?指導者なんだし!!」
何つう事言うんだこの人は!!だから減量がへたくそなんだよ!!
「まあ、それは冗談だけど。多分このまま無茶したらスタミナが直ぐ切れるって教えたいんじゃねえの?お前スタミナバカだから対象しやすいだろ」
「酷い言われ様ですが、そうっすね、戒め的なアレっすか…」
ただでさえヒロは俺よりもスタミナがない。無茶な減量ではスタミナが落ちるって伝えたいんだろう。
言葉ではとっくに伝えているんだろうが、ヒロが納得しなかったから決断したんだろう。
全く頑固な奴だよな。俺も全く人の事は言えないけどさ。
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