文化祭前~013
つか、多分知っている。勿論俺の仮説だが。
それよりも腹減ったな。もう7時になるのに、まだ帰って来ないのか?今日は忙しいのかな。
「ヒロ、里中さん、大山食堂に行かねえ?腹減った」
「確かにな。あそこなら腹一杯食えるからいいか」
「春日ちゃんがバイトしている食堂?一回行ってみたかったんだ」
異論はない様で腰を上げる。
「商店街の外れだよね?30分くらいかな」
意外と歩く事になるが、仕方がない。だが、利点もあるぞ。歩く事によって腹が一層減る。つまり、あの山盛りを完食できると言う事だ。
その旨を伝えると、その通りだと頷く。
「空腹は最高の調味料ってね。ところで焼きそばもある?」
「あったっけ?どうだったか?」
ヒロに訊ねると、頷いた。
「ある。二種類だったか」
「ほ~。じゃあグローバル焼きそばの参考になるかも」
あのジンギスカン焼きそばで確定じゃねーの?これからまた方向変えるのか?時間足りないんじゃね?
やはり30分掛かったが、辿り着いた大山食堂。その佇まいを見た里中さんの一声。
「ボロイね」
「確かにそうだが、味はいいんだから。繁盛しているんだから」
意外と料理の種類も多いし、8時過ぎから居酒屋と化すくらいなんだぞ。
だから春日さんのバイト時間が7時までなんだが。遅くまで残っても8時までなのは、こんな理由からだ。
「兎も角入るぞ。腹減った」
ヒロの言う通り、腹減った事実は変わらない。なので早速暖簾を潜る。
「いらっしゃ……緒方君?」
出迎えてくれた春日さんが俺だと知って結構ビックリしていた。
「……緒方君のお家で晩ご飯食べないの?」
「今日は遅くなる様でさ。腹減って限界だったから食いに来たんだよ」
「やほー。春日ちゃん」
俺の肩越しから挨拶するのは里中さん。やっぱり春日さんは驚いた。
「……里中さんは意外だったな。一緒に来るのは遥香ちゃんか麻美ちゃんかと思ったから…」
「オス、春日ちゃん」
「……こんばんは大沢君」
「俺には驚かねえの!?」
やはりヒロには通常の反応だった。里中さんが他のお客が居ると言うのに爆笑してしまっていた。
「……ち、違うの。緒方君が来たんなら、大沢君も当然来ると思って…」
両手をパタパタさせてのフォロー。つうかそのまんまだろう。春日さんの中では俺とヒロはセットになっているんだろう。
「まあまあ、大沢の事なんかどうでもいいから、席案内してよ春日ちゃん」
ヒロを押し退けての要望だった。どうでもいいの件でヒロが目を剥いたけど、スルーだった。
「……うん。じゃあこっちに…」
「国枝君と相席か?」
案内する足が止まった。
「……来ているって知っていたの?」
「いや、俺ん家に来なかったから。こっちに来たんだろうな、って思っただけ」
「……そう。相席は嫌?」
嫌な訳はない、寧ろそうして欲しい。
「あ、でも、国枝君の方は迷惑なんじゃない?春日ちゃんを迎えに来たようなものでしょ?」
里中さんの言う通りだ。国枝君にも聞かなくちゃだろ。
「……大丈夫だよ。多分」
多分かよ。だけど恋人の春日さんがそう言うんだからいいだろ。俺だったらいいと言うし。
案内されたのは、一番奥のテーブル席。そこに国枝君が陣取っていた。
「緒方君!?里中さんもかい!?」
「俺も来ているんだけど…」
やはりスルーされたヒロだった。
「い、いや、緒方君が来たんだから、大沢君も当然一緒だと思ったから…」
慌てて両手を振りながらの弁解だった。春日さんとリアクションが似ているし、言い訳も同じなのが好感が持てる。
「まあまあ、大沢なんか世界一どうでもいいからさ、相席いいでしょ?」
どうでもいいから世界一どうでもいいにランクアップしたヒロが目を剥いた。ヒロの扱いが酷過ぎる!!
「うん。勿論。槙原さんは?」
やはり遥香が居ない事が不思議なようで。なのであれこれそうよと説明する。
「…北商の女子達とね…あまり目立った行動はしてほしくないんだけどな」
俺も同感だ。あまり酷い事はさせたくない。
兎も角、国枝君の隣に陣取る俺。
「国枝君はもう食べたのか?」
「まだだよ、さっき注文したばかりだからね。今まで本屋さんにいたから」
西白浜の大型書店の方が充実しているだろうに。春日さんの区切りがつきそうになるまでの時間潰しか。
まあいい。野暮は言いっこなしだ。だから代わりの質問をしよう。
「なに頼んだの?」
「今日はアジフライ定食だね」
アジフライか。じゃあ今回、シェアは無理だな。
「じゃあ俺はささみの味噌焼きにしよう。練習試合も近いから、そこそこ自重しなきゃいけないし」
そうは言っても減量なんて気にした事は無かったが。ウェイト管理っつっても、大体いつもの体重を維持するくらいだし。
「ささみの味噌焼き?漬けたヤツを焼いたの?」
向いの里中さんが身を乗りだして訊ねてきた。
「うん。だからご飯が進む味になっている」
じゃあやっぱ自重なんかしてねーじゃんと思うだろう?その通りだ。
自重しているんなら外食なんてしないわ。家でそう言うメニュー食べるわ。
「俺は焼肉定食」
ほら、ヒロだってそうだろ?食いたいものを食うのが俺達だ。
「里中さんは?やっぱり焼きそばか?」
「う~ん…このナポリタン焼きそばってのと、黒焼きそばってのがあるんだけど、どういうの?」
「ナポリタン焼きそばは、想像通りの焼きそばだよ。ナポリタンの麺を中華麺に変えたようなものだよ。勿論ケチャップ味だよ」
ナポリタン焼きそばを食べた事がある国枝君が答えた。
「じゃあ黒焼きそばは?」
「黒焼きそばってのは醤油で炒めた焼きそばだ。具材はソース焼きそばと一緒だが、上に鰹節が乗っかっていたな」
黒焼きそばを食べた事があるヒロが答えた。
「どっちが美味しいの?」
その質問は本当に困るな。こればっかりは好みだから。
「どっちも食ったらいいんじゃねえ?」
適当に答えたヒロだった。確かにそうすればどっちの味も解るけど、焼きそば二人前になっちゃうからお腹が大変だろ。
「う~ん…その案も魅力的だけど…う~ん……」
メニューとにらめっこして真剣に困っている里中さん。どっちか食べて、この次に別のを食べればいいような気もするが。
その時、水を持って来た春日さん。
「……里中さん。私バイト終わったの」
「うん?お疲れ春日ちゃん?」
いきなり意味不明なバイト終了宣言に、全部『?』で返した里中さん。つうか俺達みんな『?』だった。
「……晩ごはん、ここで食べて行くの。賄いがあるから」
あー、だから国枝君が本屋で時間を潰したのか。一緒に晩飯食って帰ろうって事で。
「……私がどっちかの焼きそばを注文するから、シェアする?」
瞬時に立ち上がり、春日さんの手をしっかと握って振り回した。
「流石春日ちゃん!!そうしよう!!ありがとね!!」
「……私もどっちも食べたかったからね。自分の為だよ…」
頬を染めて善意じゃないとアピール。いや、それ嘘なの、みんな知っているから。春日さんが優しいのはみんな知っているから。
「そうと決まれば!!ナポリタン!!」
「……じゃあ私が黒の方ね。みんなは決まった?」
振られてそれぞれの品をオーダー。春日さんは伝票に書き記して、それを厨房に持って行った。
「いや~!!ラッキーだわ!!春日ちゃんが此処でバイトしていてよかった!!」
マジ嬉しそうに背もたれに体重を預けながら笑っている。どっちも美味いだろうから、グローバル焼きそばの参考にすればいいさ。
程なく、注文した品がワゴンで運ばれてきた。
運んで来たのは強面の店長。
「響子ちゃんは今着替えているから、もうちょっと待ってな!!」
威勢のいい、でかい声を張りながら、テーブルにドンドンと置いて行く。
俺のささみの味噌焼き定食、ヒロの焼肉定食、国枝君のアジフライ定食。そしてナポリタン焼きそばと黒焼きそば、それはいい。
「これは?」
なぜかメニューに乗っていない、カブのそぼろあんかけが、ご飯とみそ汁と漬物、要するに定食状態でテーブルに置かれた。
「なにって、響子ちゃんの賄いに決まってんだろ?」
賄い!?だって春日さん、黒焼きそば頼んだだろ!?
「え!?春日ちゃん、焼きそば頼んだだろ!?」
ヒロもビックリして、恐らくみんなが疑問に思った事を言った。
「だってバイトには賄い出すってのが約束だからな!!響子ちゃんが辛そうだったら、お前等手伝ってやれよ!!」
がはははは!!と豪快に笑いながら去って行く店長。いや、大変だったら手伝うけどさ!!
注文したんだから賄いを出すのはやめるとか、注文したのを賄いにしてやるとかしたらいいだろ!!どうしても賄いは食わせたいのか!?
呆然としていると、着替えが終わった春日さんがテーブルに着いた。
「……お待たせ…あれ?賄い…」
「なんか賄いは約束だからって……」
ナチュラルに国枝君の隣に座ったから、国枝君がカブのそぼろあんかけの説明をした。
「……そう。有り難いなぁ…」
「だ、だけど多くないか?黒焼きそばも二人前…とまではいかないが、山盛りだぞ?」
大山食堂は大盛り基本である。当然焼きそばも大盛りだ。
「……えっと…あ、じゃあこのカブのそぼろあんかけ…みんなで摘まんで?」
そうするけど、ご飯とみそ汁はどうすんの?
「……賄いは基本的にメニューに乗っていないおかずなの…新メニューの試作品みたいなものだから…」
だから残せない、と。一応賄いも仕事になるのか…
「まあいいだろ、食おうぜ。腹減った」
やはりヒロはそんな事はどこ吹く風で、自分の要望を述べるのだった。
「そ、そうだね…じゃあ春日ちゃん、ナポリタン焼きそば…」
コックリ頷いて取り皿に黒焼そばを盛って里中さんに渡すと、里中さんもナポリタンを取り皿に分けて、春日さんに渡した。
それを合図として、飯にありつく。
ささみの味噌焼きは実にご飯に合うので、進む進む。
「アジフライもやっぱり身が厚いね。食べごたえがあるよ」
スーパーとかで打っているアジフライなんか目じゃねえぜ、って程の肉厚だった。美味そうだな…
「焼肉も山盛りだし、飯進むなぁ」
ヒロもバクバクとご飯を頬張っている。よって賄いのご飯は多分ヒロが持って行くだろう。
「ナポリタン焼きそばって想像通りの味だね。新潟のお取り寄せにある焼きそばに似ているや。黒焼きそばの方がインパクトあるかな?」
里中さんもむしゃむしゃ焼きそばを食っている。だけどあの量は残しそうだよなぁ……
「……みんな、カブのそぼろあんかけ…」
促されたので一つ貰って戴く。
「……美味いな…和に偏っているから、ささみの味噌焼きと一緒に食べても違和感がない…」
実際美味い。優しい味だから、尚いい。
「焼肉は味濃いから丁度いいな。これメニューになるのか?」
「……まだ解らないけど、多分そう。その代わりに人気が無いメニューが無くなっちゃうけど」
入れ替わるのか。そうだろう。そうじゃなくても、この店メニュー多過ぎだし。
因みに、と聞いてみる。
「人気の無いメニューって何?」
「……確かはんぺんの煮物だったかな…」
そう言えばそれも頼んだ事無かったや。
食べたら美味いんだろうが、基本煮物はあんま頼まないからなぁ…
そうなると、カブのそぼろあんかけも頼まないかもしれないな。小鉢になるのなら違うけど。
「しっかし、メニュー見たけど、結構種類あったよね。春日ちゃんは全部食べたの?あ、緒方君ささみ一つ頂戴。代わりに焼きそばあげるから」
やはり焼きそばをモグモグしながら訊ねる里中さん。なんかついでのように、取り皿に山盛りの焼きそばを持って俺に押し付けて来た。戻る時ささみ一つ持って行ったし。
やっぱり量が多いんだな。これは仕方がない事だ。
「……全部は無いかな。小鉢の物は全部食べたけど」
「小鉢って、定食についているヤツ?男子のご飯には二つ付いているね」
その通りで、一つは鰹節が掛かっているほうれん草のお浸し、もう一つは里芋の煮物。この小鉢は日替わりで、肉じゃがだったり、ブリ大根だったり、きんぴらごぼうだったり、色々だ。
小鉢は定食のサービス品だから、その日に仕入れた食材で安かったものや、何かの料理の下拵えで使った残りとかを使うらしい。
国枝君がそう言っていた。つまり春日さんは大山食堂の内部事情を国枝君に話していると言う事だ。
別に問題じゃないだろうが、一応そういう事だ。
「焼きそばにも小鉢付けてくれればいいのに」
無茶言うな。その量の焼きそばに付加価値はいらんだろ。
ともあれ、談笑しながら晩飯を戴く。終わった時は腹がパンパンになっていた。
「……相変わらず量がスゲエよな…」
焼肉定食を完食して、春日さんのご飯とみそ汁を食べたヒロも限界に近かった。
「私は丁度良かったかな?」
「俺に押し付けたからだろ…」
かく言う俺も限界だった。里中さんが焼きそばを取り皿に分けて送って来るのだから。計三回も。
「はは。みんな沢山食べていたからね」
国枝君は余裕のようだな。アジフライだけだからだろう。
「しかし、あんな量に焼きそばなのに、650円なのは凄いよね」
「大山食堂は安くてうまいからな。ささみの味噌焼き定食だって750円だし。ヒロの焼肉定食だって800円だぞ」
「僕のアジフライなんか700円だよ。あんなに肉厚なのに」
大山食堂もマックスは980円。ヒレカツ定食とエビフライ定食が最高の輝きだ。
ともあれ、あまり長居は出来ない。夜から居酒屋にチェンジするのだから。
なのでお会計をして店を出る。
「じゃあ緒方君、僕達は此処で」
国枝君がそう言うと、春日さんがぺこりとお辞儀した。
「途中までご一緒しても?」
里中さん、意地悪なお誘いだな。同じ電車だろうに。
「うん、勿論」
「国枝君からお許しが出たから、ご一緒させて貰うわ。じゃね緒方君、あの話、遥香っちにもしておくから」
「つうか、誰も俺に挨拶しねえのな……」
見事にみんなヒロをスルーした。当然傷付いて項垂れるヒロ。
「い、いや、意図した訳じゃないんだ」
国枝君がフォローして春日さんがあわあわするが、里中さんは何も言わず、何も反応せず。里中さんってやっぱ酷いなぁ…麻美程じゃないけど。
「いいから行きなよ、電車来ちゃうよ」
項垂れているヒロを引っ張って俺も帰る。国枝君達は手を振ってそれを見送ってくれた。
で、家に着く。何故かヒロも一緒だ。
「なんで帰らねーの?」
「まだ帰る時間にはちょっと早いだろ」
そうでもないだろ?もう直ぐで8時30分を回るぞ?
「また話すんのか?」
つっても俺としても結構有り難いんだが。今回の繰り返しの事を相談できるのは。
「その話だが、お前の部屋は駄目だ。俺ん家行こう」
ヒロの家に?いいけど…
「なんで俺ん家は駄目?」
「お前の家は槙原と日向はフリーパスだろ」
話を聞かれたくないって事か…
「解った、じゃあ行こうか」
素直に了承する俺。麻美に関して気になる事もあるから、その話最中にいきなり訪ねられても困るから。
そして歩くこと数十分。俺ん家からの時間で約20分。でっかいカーポートが門代わりと化している、ヒロの家に着く。
「相変わらずデカいカーポートだよな」
「相変わらずって、そうそう変わるか」
そりゃそうだ。なんで増築しなきゃいけないかって事になるし。変わらないのは当然と言える。
お邪魔しますと言って中に入る。ヒロの部屋は二階。玄関に入ったら左側に直ぐ階段があるのでそのに上がる。
「あれ?隆か?久し振りだな」
丁度トイレから出てきたヒロの親父さんと出くわした。
「そうっすね。ヒロとは毎日顔を合わせていますが」
「おじさんのボクシングジムでか?学校も一緒だしな」
ハハハと笑う。ヒロはなんか居心地悪そうにそわそわしているが。
「いいから上がれ。親父、隆に構うな」
「なんでだ?お前の彼女を紹介してくれたんだろ。その礼も言わなくちゃ。まだ会わせて貰ってはいないが」
「だがら、波崎はバイトで忙しいんだっつうの。隆、余計な事は喋るなよ」
「余計な事って、俺の告白パクった事とか、思春期過ぎて家に呼ぶなと言われた事か?」
「その事だ!!つか言うんじゃねえ!!!」
「なに!?お前隆の告白真似したのか!?思春期過ぎてって…責任取れる歳じゃないんだから、粗相すんじゃねえ!!」
「だ、だから俺なりに誠意を…隆!!もう行け!!早く行け!!」
これ以上は言わせないと背中を押して促すヒロ。必死さが垣間見えて、実に微笑ましい。
肩で息をして俺を部屋に押し込むヒロ。入った途端、睨まれた。
「お前!!余計な事言うんじゃねえよ!!」
「いや、事前に話してくれていれば…いきなり質問されたから咄嗟にな…」
「質問してねえだろ!!」
まあ確かに。俺が勝手に喋ったに等しいけど。
「まあいいや…いや、良くないけど、まあいいや…」
酷く落胆して部屋に備え付けてある冷蔵庫からジュースを取り出す。
「ほら、コーヒーでいいいだろ」
「お前の部屋にあるコーヒーは微糖だからな…」
「じゃあ飲むな!!」
いや、戴くよ?有り難く。
「つうか、相変わらずジュースの類しか入ってない冷蔵庫だな」
「小型だからジュースしか入れられねえんだよ」
確かに、2リットルペットボトルを入れるのも難儀するような冷蔵庫だ。一応冷凍庫も付いてはいるが。
「この冷凍庫使えないんだっけ?」
「ああ、氷も作れねえよ。なんの為にあるのか解んねえ」
アイスも溶けちゃうんだったな。もうちょっと大きいのを買えば良かっただろうに。そしたら好きなアイスも冷やせただろうに。
ともあれ、プルトップを開けて一口戴き、喉を潤した。
「須藤真澄と狭川晴彦の事、どう思う?」
いきなり切り出すんだんな?まあいいけど。
「どう思うって、朋美の親戚で確定だろ。特に狭川の方は」
河内もそう言っていたし。より確信したって事だ。
「……春日ちゃんの噂を流したのは須藤真澄か?」
「朋美だろ。当然須藤真澄も協力していると思うけど」
「俺もそう思う。なら、狭川の方はどうだ?」
「そりゃあ…多分協力しているんじゃね?」
そう思っても差し支えないだろ。何で俺達に親戚だって話が流れるようにしたかって事だ。
「いや、よく考えろ。狭川は的場の売人潰しにも協力している。そして、確かに河内の敵だが、俺達には何の被害も無い」
……言われてみれば……
「多分だが、狭川は単純に制覇したいだけだと思う。春日ちゃんの噂が黒潮まで行っていないのなら、実際河内もそんな話聞いてねえらしいから、まだ流れてねえんだろうが、もし流れていたとしたら、黒潮の連合外の奴等が白浜に来ている筈だ。それ程のネタだろ?実際山郷のアホ共も白浜に来ようとしたんだし」
それも言われてみればその通りだ。狭川は俺達とは敵対していない。勿論『今のところは』なんだが、それは紛れもない事実だ。
「じゃあお前は狭川は敵じゃないと言うのか?」
「いや、敵だ。少なくとも、敵になる予定だ。狭川にとっちゃな」
なんのこっちゃと首を捻る俺。
「狭川は制覇を狙っているんだろ?つう事は黒潮も潰すつもりだろ。つう事は河内とダチの俺達とも当然やるつもりだろ」
そうだな。その通りだ。いずれやり合う間柄なのには間違いない。少なくとも狭川の中では。
「それなのに、春日ちゃんの噂は流さなかった。なんでだ?」
「なんでって…」
今はぶつかりたくないから?組織固めに専念したいから?
その旨を言うと、大きく頷く。
「つまり、組織がでっかくなんねえと事は起こさねえって事だ。裏を返せば、今叩いておけば今後の心配はなくなる」
「……今の内にやっちまおうって事か?遥香と麻美に聞かれたくないってのは、そういう事だな?」
頷く。渋い顔を拵えて。
「だが、本音としちゃ、やりたくねえ。お前確実にやり過ぎるだろうし。須藤絡みだからそうなるだろ?」
「それは間違いないな……」
多分俺の情報を朋美から聞いているだろうから、対策も練る筈だし、仮に遥香とか麻美が狙われたなら間違いなく殺すと思うし。
「河内が今の内に叩いてくれりゃ一番いいんだが、的場の手前、自分から仕掛けえる訳にもいかねえだろうし」
河内も今はあんまり当てにならんって事か…じゃあやっぱり俺とヒロ二人でやるしかねーじゃんか。
木村に言えば、河内の顔を立てる為に100パーセント止められるし。
んじゃやるにしても、いつやるかだが。
「文化祭が終わった後でいいかな?」
流石に文化祭前にクラスに迷惑はかけられない。
「バカ。対抗戦が終わった後だろ」
そう言えばそうだな。流石にジムに迷惑はかけられない。
「つうか、お前がやる気になるとは思わなかったが」
どっちかって言うと、やろうとする俺を止める立場だった。それがなぜ、敢えて先手を打とうとする?
「須藤が敵確定した今、後手に回りたくねえ。木村が言う通りだ。後手に回るのは不味い」
「その朋美の敵確定も、まだ解っていないんだろ?」
「いや、間違いなく須藤だ。春日ちゃんの噂の件は。何故なら、須藤真澄には春日ちゃんの噂を流すメリットがねえ。頼まれたから湾内でちょっと噂にした程度だと思う。狭川に関しちゃ、さっき言った通りだ」
な、成程…アホだと思っていいたが、いろいろ考えているんだな…
「須藤真澄も実は敵じゃ無かったって事か…」
「いや、敵だろ。売人なんだから。白浜は須藤の縄張りだって事で手を引いたってのが槙原の考えだが、差っ引いても、佐伯を介して薬をばら撒こうとした事実はあるんだ。敵だろ」
まあ、そうだな。どう転んでも敵だな。そうは言っても、疑惑段階なんだが。
「お前もなんか話があるんだろ?そう言う雰囲気だったが?」
ヒロにしちゃ鋭いな。俺が解りやすいとは言え。
「麻美が記憶持ちの可能性がある事は知っているよな?」
まどろっこしい事は抜きにして切り出すが、逆に今更?と返された。
「俺もそう言っただろうが。中学から記憶があるような感じだったって」
「そうだが、まあ聞け。俺って中学時代、格闘技の本を買って読んでいたみたいなんだよ」
俺は麻美の部屋にあったあの格闘技の本の事を話した。
「ふ~ん…俺の記憶じゃ、お前はそんな本読んでいた事は無かったが…」
「お前に隠れてパンチ編み出そうとしていたんだから、そうだろ」
だから隠れて特訓した。糞を一撃で殺すパンチを編み出すとなっちゃ、絶対に止められるから。
「んで、遥香の中学でこう言う事があったらしいんだ」
流れで川上中で流れた朋美の事件の事を話した。
「なんとなく波崎に聞いた事があるような…それをリークしたのが日向だって言うのか?」
「川上中のサイトは生徒限定だとはいえ、パスさえあれば外部の人間でも閲覧も書き込みも出来る。そのパスをどうにか仕入れて書き込みしたと思うんだ」
その意図はまだ解らないが、遥香が麻美に向ける敵意も、多分それにあると思う。全くの勘で根拠は何もないけど。
問題は記憶持ちだとして、隠している意味だが…
「なんで麻美は記憶持ちだって隠していると思う?」
「……お前も確証したのか。記憶持ちは日向だって」
頷いて肯定。そしてやはりこういう事だ。
「記憶持ちは遥香、朋美、麻美だ」
「……俺もそう思うけどよ…」
何となく面白くなさそうなヒロ。認めたくないが、自分もそうだと思っている。その表情が物語っている。
「……俺も結構アリだと思ったんだけどな…」
「お前だけじゃない、木村も、楠木さんも、春日さんも、国枝君も、多分自分が記憶持ちだって思った事があるだろう。それはデジャヴで反映されているからそう思う」
以前の俺と親しかった全員が感じたデジャヴは、誤解するのに充分だと思う。
だが、やっぱり記憶持ちはこの三人だ。遥香は記憶を持った事を告げた。これは確定した。
恐らく朋美も確定だろう。迂闊な朋美は所々で証拠を残しているんだから、いつか絶対にそこに辿り着く。
やっぱり問題は麻美だ。隠すのは棚に上げといても、何故こんなにも証拠も残さず隠す必要がある?
腕を組んで考え込むヒロ。やはり理由が解らないんだろう。
「なあ、マジで思い出してくれ。俺と麻美、何かあったか?」
「……お前等の近くに居たのは俺だから、逆に気付かないって事も考えられるよな…」
「……友坂のように、誰かに聞くって事は可能か?」
第三者ならば、俺と麻美の微妙な関係に気付くかもしれない。ヒロが言っていた、傍から見れば付き合っているように見えるってゴシップばかりじゃないだろう。
「……………ちょっと待て……川上中のサイト、とか言ったよな?」
「うん、そこから俺、と言うか朋美がやった悪行が…」
「それはまず置いとけ。えっと確か……」
立ち上がって本棚を漁るヒロ。手に取ったのは、中学の卒アルだった。
「……日向と仲良かった、もしくはそこそこ話していた奴…お前等と同じA組じゃ、この三人だ」
「いや、指を差されてもだが…」
こっちの事は知らねーっつってんだろ。俺の世界の麻美は死んだんだから、尚更交友関係は解んねーよ。
「…で、Bではこいつ。須藤はDだからDは除外するとして…」
そんな調子で指を差した数が11人。やっぱ少ねーなこの数。俺は0人だろうけど。
そこから更に絞り込む。
「この学区の小学校から一緒の奴だが、こいつとこいつ」
顔は知っているし、昔いっしょに遊んだ事もある。朋美によって滅茶苦茶会にされた交友関係だが。
「……で、誰から聞いたか忘れたが、須藤と仲が悪いって話なのがこいつだ」
指差したのは…よし子ちゃんだった。俺の世界で俺にバレンタインのチョコをくれて、朋美によってボロボロにされた、あのよし子ちゃん…
「……なんでこの子と朋美は仲が悪い?」
「聞いた話だから何とも言えねえけど、ガキの時に初恋を無茶苦茶にされたとか何とか…」
その相手が俺なのかは解らないが、俺が相手なら、あのバレンタインの事件そのものなんだろうが…
「お前の推測が本当なら、少なくとも中学時代に川上中との繋がりがあった奴と日向は繋がっていなきゃ駄目だろ。じゃなきゃ、川上中のサイトに潜り込めねえ」
「…この子が川上中と繋がりがあるってのか?」
「そこはまだ解らねえけど、確かこいつ、ブラスバンド部だった筈。ブラバンは川上中と交流が深かったから可能性はある」
そうなのか?ブラバンに全く興味が向かなかったから知らなかったが…
「小学校の学区に拘った理由は?」
「あの狂人の性格を深く知っている可能性があるからだ。ひょっとしたら恨みも持っているかもしれねえし。仕返し感覚で日向の案に乗ったのかもと思ってな」
それは麻美が計画を話したって事でもあるが…
あの麻美が他に情報を漏らすか?今までの話でも、疑惑の段階でしかないんだぞ?
「そこは俺がどうにか確認を取ってみる」
頼もしくもヒロがそう言ってくれるが…
「どうやって?」
迂闊な真似をされちゃ、俺が困る事になる。それは本気で勘弁だ。
「どうにかするさ。お前よりは伝手があるからな」
「遥香に知られず、麻美に知られずにできるのか?」
「そこはまあ…どうにか?」
「なんで疑問形なんだ…」
ガッカリしてしまった。迂闊な真似はマジ困るっつうの。
「その子は何処の高校に行ったか解るのか?」
「解らねえな」
「清々しい程の肯定だが、益々どうやって確認を取るんだ?言っておくが、遥香に知られず、麻美に知られずが条件だぞ?」
「まあな………ちょっと待ってろ」
そう言って徐にスマホを取り、どこかにコールする。
なんか世間話的な事を結構な時間話していた。かなり時間を費やして。暇になった俺が月刊漫画を読破した後も、結構続いていた。
「高校は海浜だってよ」
…電話を終えた途端に何言ってんだこいつは?
「いきなり何の話だ?」
「だから、森井の通っている学校だ」
「森井?誰それ?」
「さっき話しただろうが。須藤と仲が悪い、ブラスバンド部だ。森井佳子。お前、同じ小学校だろうが」
よし子ちゃんは森井佳子と言うのか…いやいや、じゃなくてだよ。
「お前、どうやって知った?」
「ガキの頃からの知り合いっつうか、ダチつうか。久し振り、から、雑談して、徐々に聞いたんだよ。森井の事だけじゃバレるかもしれねえから、適当な同級生も織り交ぜてな」
「ふーん…因みに何の雑談だ?」
「須藤と仲悪い奴誰だっけって」
「思いっきり核心に触れているじゃねーか!!」
なにやってんだよこいつ!!遥香と麻美に知られないようにっつったじゃねーか!!
「須藤と俺が敵だなんて、学校中に知られてんだろ。今更だ」
開き直るヒロ。いや、そうだけどさ!!
「はぁ~…もういいや。良く無いけどやっちゃったんだから…」
もはや手遅れ。こんな事をかぎ回っているってのが、遥香と麻美にバレませんようにと祈るだけだ。
「で、どんな話を聞いたんだ?」
もうやっちゃったから仕方ないので、せめて有意義な情報を貰った事を祈ろう。
「森井は海浜だっつっただろ」
……まさか、それだけ?
「当たり前だろ。突っ込んだ話は聞けねえだろうが。あくまでも雑談だし、日向と槙原を絡めくないっつうなら尚更だ」
一応それなりには気を遣ってくれたのか。そこは感謝しよう。素直に。
「だけど、須藤と仲が悪いってので、必ず引っ掛かるのが日向とお前だな。あの事件が露見した後での話しになるが」
「そりゃ当然だ。つうかメインが俺だろが」
一番仲が悪くて当たり前だ。麻美は一番近くにいたから、当然そうなる訳で。
「だけど、露見前から嫌っているのが森井だと。つうか、他の連中も嫌っているには居るが、表には極力出さなかったけど、森井だけはハナから嫌いだって見せていたらしい。何があっても避けていたらしいし」
俺の世界ではどうだったか…佐伯達にやられ捲って、麻美が死んだから、他に意識が向かなくなったから、解らないんだよなぁ…
「んで、どうする?森井に話を聞きに行くか?お前、日向に川上中コミュのパスやったかって」
「直球だな…流石にそれは…」
聞きに行って素直に応じる物なのか?しらばっくられちゃ、お手上げになるんだけど。
こればかりは簡単に動けない。よし子ちゃんが麻美と関わっているのなら、朋美にまた逆恨みされてしまうかもしれない。そうなったら、流石に申し訳なさすぎる。
だけどまあ…俺の世界で起こった事がこの世界で起こった事なら、改めて謝罪したい感情がある。
俺の世界では他に全く目が向かなくなったから、よし子ちゃんの事すら記憶にないくらいだったし。
「……俺が聞く。流石に待ち伏せとかは無理だが。偶然を装って接近して…」
「まあ、同じ学区内だからな。つうか駅でも何回か見た事あるくらいだし」
そうなの?まあ、海浜に通っているんなら、電車かバス通学なんだろうし。チャリ通って可能性もあるが。
「あのコンビニでも何回か見かけたし、偶然を装うってのは意外と簡単にできるだろ。だけど、それがネックでもある」
なんで簡単にできるのにネックになるんだ?
その疑問を目で向けて訊ねる。
「だってお前、今までもすれ違ったりしていたが、無視していただろ。今更偶然を演出すんのか?」
……それは確かに無理があるな…
俺はほぼ全ての同級生との関わりを切ったんだったな…そんな俺が今更偶然?あり得ないよなぁ……
この日はこの話をグダグダやっておしまいにした。時計の針が0時を差そう時間だったからだ。
おかげで狭川を二人でやっちまおうって話も出来なくなっちゃったけど。その話も追々な。
そして次の日、遥香に北商の女子の事を聞いたところ、話しただけだと。連絡先交換しただけだと。仲良くなるにはもうちょっと時間が掛かると。
まあ、向こうも初見。そんなに簡単に仲良くなれる筈がない。遥香はグイグイ行くタイプだから時間の問題かもしれないが。逆にウザがられて敬遠されるかもしれないが。
兎も角、文化祭までスパーして、ブース作って、みんなで飯食って――
遂にその日がやって来た―――
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