文化祭前~012

 その後、ちょっと雑談して対馬達と別れた。何故か鮎川さんの連絡先をゲットして。

「やっぱりダーリン、モテモテだねえ」

「お前も交換していただろが」

 つうか遥香がそのように誘導したのだが。結局ヒロと国枝君も交換していたし。つうかあの場に居る全員と交換したし。つまり、新たな連絡先5つゲットだぜ!!

「鮎川さんの話だと、繰り返しを信じているのは信者だけのようだね」

 こっちも安心したと国枝君。それでも、信じた連中が結構いるってのが困るんだが。

「対馬の連れの奴もお前の繰り返しの話、知っていたよな。北商で結構触れ回ってんじゃねえの?」

 ヒロの言う通り、男子の中に北商の生徒が居て(見た目は糞じゃ無かった)、そいつも小耳に挟んだと言う。だけど、やっぱ信じるかそんな話って言っていた。

「信じていない方が多いのは良かったけど、此の儘じゃ、やっぱりいけないよね。やっぱり学校に通報しようか」

 仄かに怒っている国枝君だった。彼は将来、霊能者になるんだから、川岸さんの行動には怒りを覚えて当然か。

「鮎川さんの友達も紹介してくれるって話だから、北商にも味方が出来るかもしれないし、来て良かったよね」

 鮎川さんは味方じゃねーの?てっきりそう思っていたけどなぁ…

「対馬達も文化祭に来てくれるって言っていたから、客も増えたし、万々歳じゃねえの」

 お前、意外と対馬と仲良くなったよな。案外そう言う所があるけど。

 つか北商は殺伐としていない、糞も少ない学校。あんま揉めるのは避けたい。完璧弱い者虐めになっちゃう。だから鮎川さんが味方になった事は単純に喜ばしい。

「鮎川さんって、ギャルみたいな恰好だったけど、意外と普通だったよね」

「お前と話している時に何度か言い直した言葉があるじゃねーか」

 だよな、から、だよねにとか、じゃね?から、だよねにとか。

 それを差っ引いても普通だろうけど。糞な女は荒磯に多く通っているし。生息地とも言える。

 俺も今回は他校との交流が多いなぁ…以前はぶち砕くのみの付き合いだったのに。あと避けられていたとか。

 それこそ荒磯だけだろう、交流が無いのは。勿論武蔵野は論外だし。海浜は入谷さんが居るし。

 兎も角、小雨のうちに駅に行こう。本格的に濡れるのは嫌だし。

 翌日。土曜日なれど半日で授業が終わる。

 だが、普通に授業がある訳で。

 終わったら俺ん家に集合となる訳だが、生憎と昼飯を食わなきゃならん。なので手伝いに来る連中は弁当やパンを持って教室で昼食を取ってから向う事にした訳だ。

「つうか、クラスの殆どが来るようだな…」

 空いている席を探す方が困難だった。30人は確実に来るようだ。

「ダーリンと大沢君のスパー、観ていて面白いからねー」

 サンドイッチをモグモグやりながら言う彼女さん。因みに俺の昼飯もサンドイッチだ。愛する彼女さんのお手製だぜー。

「でも、この分だと予定内には終わりそうね。感謝だわ緒方君」

 実行委員の横井さんがメロンパンを齧るのをやめて頭を下げた。

「つうか、横井、黒潮の頭と付き合ったって?マジスゲエよな…」

 慄きながら、だが、コンビニ弁当を食いながらの蟹江君だった。

 つまり、俺の席の周りには、文化祭の主要メンバーが揃って飯を食っている最中なのだ。当然ながら国枝君もいるし、赤坂君もいる。ヒロは言わずもがな。

「あ!お前等昨日って対馬達と偶然会って茶飲んだんだってな?」

 思い出したように身を乗り出して訊ねて来たのは吉田君。コンビニおにぎりを4つも買っていた。

「うん。鮎川さんとお友達になっちゃった~」

「鮎川も居たのか…俺も行けばよかったかな…」

 遥香の弁に若干の後悔の色を見せる吉田君だった。吉田君って鮎川さんに好意を持っていたのか。

「んじゃあ当然私にも紹介するよね?」

 当然の権利だとばかりの黒木さん。なんで当然なのかは俺には解らない。黒木さんなりの理屈が存在するのだろう。多分。

 黒木さんで思い出したが、そう言えば木村の南海攻略はどうなったのだろう。俺待ちだったっけ?大雅って奴との顔合わせ以降になるんだったか?

 いずれにしても、文化祭と対抗戦が終わるまでは動けないから、聞いても仕方がないか。

「つうか、ウチのクラスの女子ってスゲエよな…横井は黒潮の頭、黒木は西高の頭と付き合ってんだろ?」

 さっきの話の続きだった。蟹江君もそんな話が好きなんだ…

「うちのダーリンの人徳の賜物です」

 大きい胸を張っての主張だった。俺、そんなポジあんま必要ないんだが…

「そうだねー。緒方君が居たから明人と付き合えたんだよねー。蟹江と吉田も、緒方君が居たから文化祭の準備、間に合いそうだしねー」

「そうね。緒方君が居たから、実行委員で実績を残したいと思えるようになったのもその通りだしね」

 なんか知らんが、黒木さんと横井さんが持ち上げてくれた。

「はは。緒方君は前評判がとんでもなかったからね。そんな事が無いとみんなが知って、評価が簡単に覆ったんだね」

「いや、こいつは前評判の通りだぞ。昨日対馬も言っていただろ。狂ってるって」

 国枝君が折角纏めてくれたのに、ひっくり返すとは、本当に無粋だな、ヒロは。

 そんな雑談は兎も角だ。折角みんなが顔を突き合わせて飯食っているんだ。

 もう一手、何か案が無いか考えてみようじゃないか。食器類が無料になったからと言っても、やっぱり食い物を出すクラスに売り上げで負けそうなんだし。

 なので遥香に目配せをして促す。当然頷く遥香。前もって言っておいたからだろうが。

「ねえねえ、ウチのクラスってお金全然使っていないんでしょ?」

「部材等はな。他はどうか解らねえや」

 蟹江君の返答であった。ブーズ作りの材料はみんなタダだし、釘とかも廃品のビスに変えたので、細かいお金も使っていない。

「食器類は槙原も知っての通りよ。やはりクッキーやハーブティーの材料費はこれから必要になって来ると思うけれど」

 クッキーは兎も角、ハーブティーは材料費タダになんねーかな?あれって草だろ?

「そうかー。だけど、まだ弱いと思わない?もうちょっと何かないか、考えてみない?」

「まだ弱いって言われてもな…後は何を売るかだろ?材料費が高いのは論外だろうし、選択の幅が狭すぎるよな」

 そうなんだよな…『占い』を売りにしているんだから、それに関係している、もしくは何となく納得できるものじゃないといけないんだよな。

「占いとおみくじ、お守り、薬膳クッキーとハーブティー。その他に何か思いつく事、無い?」

 遥香が偉い無茶振りをした。いや、促したのは俺なんだけど。

 はい、と挙手しいたのは赤坂君。赤坂君は渋めの喫茶店を提案して、結構な高評価を得たから、ちょっと期待だ。

「ハーブティーはリラックス効果を得る為なんだから、お土産で買って貰うのはどうかな?家でもリラックスしたい人は多いだろうし、占いの内容を思い出す材料にもなるだろうし」

 この案にみんなから「おー…」と感嘆が漏れた。そうだよ、お土産にすれば!!

 それに占いの内容を思い出すってのもポイントが高い!!そう言うセールストークが出来るって事なんだから!!

「……凄いわ赤坂!!その案採用よ!!」

 興奮して声を張る横井さんだった。立ち上がってグーを握って灼熱しているし!!

「その前に、一ついいか?」

 ヒロがわざわざ挙手して発言する。

「ハーブティーの材料は手配できんのか?土産分も含みで」

「一応ラベンダーとレモングラスは手配が付いたわ。どちらも私の親戚が趣味で育てているハーブだから、材料費は無料ね。その代わり収穫と乾燥は自分達でやらなきゃいけないけれど」

「その収穫と乾燥はもうやってるのか?」

「ええ。女子にお願いしてね。いくら出るのか解らないけれど、お土産として販売する分は確保可能な量だと思うけれど」

 ハーブティーも材料もタダか!!これは好材料だな!!

「しかしヒロ、よく思い付いたな?材料の手配とか」

「昨日波崎が素朴な疑問ってヤツで聞いて来た」

 ああ、波崎さんが気になって聞いて来たってか?ヒロがそんな細かい事気にする筈ないからなぁ…

「……ラベンダーって、別にお茶にしなくてもいいんだよね?」

 赤坂君が更に思い付いたように発言してきた!!

「まあ、そうね。だけどレモングラスだけじゃ寂しいかと思わない?」

「いや、ラベンダーって香りが強いから、レモングラスの繊細な香りが消されるんじゃないかって思って」

 またまた「おー…」と感嘆が漏れた。ハーブに詳しいとは予想外だぞ赤坂君!!

「多分大洋の中学生に知識を披露する為に勉強したんだろうね」

 国枝君がそう耳打ちしてきた。成程、そっちか。だけど、心強い事には違いないからOKだ!!

「だったらお茶はレモングラスだけにしておいて、ラベンダーは入浴剤にしたらどうかな?」

 今度はさっきよりも大きい「おおー!!」だった。成程入浴剤か!!

「ラベンダーのお風呂は、確かにリラックスできるかも!!香りもいいし、これを別口で販売すれば!!」

 黒木さんの両手を握って興奮しながらの発言にみんな頷いた。大きく。

「赤坂!!やるなお前!!」

「マジでミラクルだ赤坂!!」

 蟹江君と吉田君も絶賛だった。俺もいいと思う、つか、寧ろ大賛成だ!!

「待て待て!!!赤坂のラベンダー湯は勿論採用だが、もっとバリエーションを増やそうぜ!!ヨモギ湯とか!!」

 ヒロも興奮して案を出す。ヨモギはそこいらに生えているから、乾燥さえ間に合えば販売できる!!

「ヨモギはリラックスと言うより、健康の方にイメージがあるから、どうかな?」

 そ、そうか、あくまでも占い関連で攻めなくちゃならないから、ラベンダーのリラックスは強引に捻じ込めるけど、ヨモギは厳しいか…

「それに、ラベンダー湯は確かに良い案だと思うけど、お客さんがラベンダーを欲しがるようにしなければならないだろう?レモングラスのお茶は販売するからお土産でも通用するとは思うけど、ラベンダーはどうやってリラックスをアピールするんだい?」

 国枝君の疑問も尤もだな…売るんだから存在をアピらなきゃいけない。このまま出したら単なる便乗で、ヨモギと変わらない。

「占いブースに小さい皿を置いて、そこに少し入れればいいよ。小瓶に入れてもいい。香りがリラックス効果を得るとか言って。リラックスすれば的中率が上がるとも言って。実際お客さんにりらっ駆使して貰った方がより良い効果が得られるでしょ?」

 流石は遥香、知恵が回る!!

 これでラベンダー湯の能書きが完成した事になる!!よって販売しても大丈夫だ!!

 赤坂君のミラクル提案によって、お土産のお茶と入浴剤と言う新たな稼ぎ口が出来た。

 そのパッケージは女子がやる事になって、俺達はやっぱりブース作りがメイン。しかし、女子って裁縫もやるんだろ?ちょっと働き過ぎじゃ?

「緒方君と大沢君の練習を観たい女子に、手伝い特権として売ったのよ」

 横井さんも俺達のスパーを売ったのか!?いや、いいんだけど。クラスの力になるのなら。

「お前等今日は練習するんだろ?」

 蟹江君が若干身を乗り出して聞いてくる。昨日は雨が降ったから出来なかったからな。

「今日は普通にやるよ」

「おう、俺が見事にKOして湧かせてやる」

 ヒロの物言いにムッと来た。

「逆にひっくり返して無様晒してやるよ」

「まあまあ、そのくらいにして、本番に見せてくれれば僕達はなんでも」

 国枝君がそう纏めてくれたところで、口論終了。口論になりそうだっただけだが、まあ終了だ。

「じゃあ、ちょっと時間喰ったけど、行くか」

 吉田君がそう言って腰を上げた。全員それに倣った。

 文化祭までもうちょっと。新たな商品も作らなきゃいけない。今は少しでも時間が惜しい。

 そして俺ん家。早速着替えて柔軟してリングに向かう。

 今日も他クラスの人達がチラホラ。知った顔じゃ、里中さんと飯田さんが来ていた。Aクラスはグローバル焼きそばだったな。此処も前回と同じだ。

 既にレフェリーとしてスタンバっていた国枝君に訊ねる。

「春日さんは来ないの?」

「アルバイトだよ。だけど夜には顔を出すかもね」

 バイトか。大山食堂、春日さんがバイトしてから客が増えたとか何とか。看板娘として立派に頑張っているのだろう。

「波崎さんは来ているな。逆に楠木さんは来ていないか」

 波崎さんもヒロにせがまれたのか、既にセコンドとしてスタンバっていた。

「他校の生徒の姿も見えるね」

 私服の人達は殆どがそうだろう。言っても10人もいないけど。

「……ん?鮎川さんじゃねーか?」

 その中に三人で固まっている女子が居て、その一人が鮎川さんだった。

「そうだね。槙原さんが誘ったのかな?」

「多分そうだろう。俺ん家に来るとは思えないから」

 鮎川さんは結構いた他校生の中でも見た事は無かったし、俺ん家にギャルっぽい女子も来た事がない。だから遥香がわざわざ呼んだと楽勝で推測できる。

 お連れさんが二人いる事から、一人じゃちょっとと言われて、じゃあ友達連れてきなよって感じなんだろう。

 全く、ウチの彼女さんはとんだアグレッシブだぜ。

 しかし、お連れさんもギャルっぽいな。見た目で判断しちゃいけないんだろうが、俺的には拒絶するタイプだ。

「お待たせー。今日も大盛況だねー」

 呑気に登場した彼女さん。グローブとヘットギアを俺に渡しながら、お気楽の感想だった。

「お前、鮎川さん呼んだのか?」

「うん。あ、来てくれたんだ。じゃああの中に例の子かいるのかな」

 例の子?何それ?

 俺の疑問を感じ取ったか、実にあっさりとネタばらしした。

「川岸さんをインチキと断定した子だよ。鮎川さんが言っていたでしょ?私と気が合うかもって」

「そういや、そんな事言っていたな。だけど、みんなギャルっぽいんだが?」

「彼女達が通っているのは北商だよ?見た目が派手なだけで、根は真面目だよ」

 確かに、北商は頭がよく無きゃ入れないから。白浜よりもランクが上だし。

「でも、僕が北商に通報する事にしたじゃないか?彼女の出番はなくなったと言うか…」

「別に追い込もうとは思っていないよ。後に隆君の力になってくれると思うからそうしただけ」

 俺の力になる?なんの?

「言わんとしている事は解るけど、それって利用していると思われても仕方がないんじゃないかな?」

 国枝君は解かっちゃったのか?俺はちんぷんかんぷんなのに?

「そう言われちゃ返す言葉も無いけど、私と気が合うって言ってくれたから、普通に友達になりたいって気持ちも勿論あるよ」

 よく解らんが、友達になりたいでいいのか?だったら問題無いような?

「お、緒方!!あれ鮎川じゃねえ!?何でお前ん家に来ている!?」

 鮎川さんを発見した吉田君が俺に詰め寄って来た。

「遥香が呼んだみたいだな。同級生なんだし、話してくれば?」

「え?まあ、うん。オナ中だしな。うん」

 なんか満更でもない表情で鮎川さんの所に向かう吉田君。手をシュタッと挙げながら。

「吉田君は大洋の中学生はどうでもよくなるかもね」

 国枝君の弁である。そりゃそうだ。気になる女子が近くにいるんだから、そうなるだろう。

 二年の体育祭の時も、好意を持っていた女子を拝み倒して二人三脚にエントリーしていたし。

「それはそれ、これはこれじゃない?大洋の子達と鮎川さんが来る時間がバッティングしたらどうなるか解らないけどさ」

 遥香の弁にも納得だ。まあ、どっちを選ぼうが、吉田君の自由。遥香はちゃんと借りを返したし、後は吉田君の気持ち次第だ。

「どっちにも振られるって可能性の方が大きいんだけどね」

「それは言うな。思っても言うな」

 ともあれ、時間だ。国枝君を促すと、ホイッスルが高らかに鳴った。

 で、予定の3ラウンド終了。申告制で、手数でヒロの勝ち。

「ダーリンのパンチがお腹に綺麗に入ったのに、なんで負けるの!?」

「え?だから手数で…」

 遥香に詰め寄られてしどろもどろに返すヒロ。ダメージは俺の方が与えたと思うが、貰ったパンチの数は俺の方が多いから。

 見た目は俺の勝ちっぽく見えるんだろうけど、そうじゃないから。

「えー?緒方君の負け?大沢の方が辛そうなのに?」

 やはり詰め寄って来た里中さん。見た目はそうだけどさ。

「スポーツにはルールがあるからね。そのルールで大沢君が勝ったって事だよね」

 流石は飯田さん。同じアスリートとして解っている。

 ところで、と、こそっと耳打ちして来る里中さん。

「爽やかポニーね、アドレス解ったわ」

「…よく教えてくれたな…あいつ、そこそこ警戒心が強かった筈だが…」

「そりゃ、仲良しサークルだったらラインは教え合うでしょ?」

 いや、俺はラインやっていないから解らないけど。だけどその弁じゃ…

「ラインで繋がった、って事?」

「いや、アドレスゲットしたから直メ。ラインはいろいろ面倒な事になるから、代わりにメアド教えてって言ったのよ」

 …やっぱりよく解らないが、兎に角アドレスゲットしたって事でいいんだな?そのアドレスと川岸さんに送られてきたアドレスを照合すれば、川岸さんに情報を流した犯人は『爽やかポニー』って事になる。

「詳しい事は後でね。飯田もいるし、他の人達もいるからさ」

 そう、俺の肩をポンと叩いて離れた里中さん。色々気を遣ってくれているんだなぁ…有り難い話だ。

 ともあれ、片付けてシャワーを浴びよう。その後にブースの作成だ。

「おいヒロ、先にシャワー使っていいぞ」

「おう。片付けてからな」

 そう言って椅子を持つヒロ。俺もそれに倣う。

「あ、椅子は私が片付けるよ。セコンドの役目でしょ?」

「遥香は鮎川さん達を持て成さなきゃ。わざわざ来てくれたんだし」

 呼んだ人が持て成さなきゃいけないだろ。何かの用事で呼んだんだろうし。

「え?でも…」

 躊躇する遥香だが、片付け程度は問題無い。ダメージもそんなに無いから。

「いいから行って来いって」

 放置する方が失礼だろと椅子を担ぐ。

 遥香はやはり躊躇したが、軽く頷いて鮎川さん達の所に向かった。

 作業中、遥香は鮎川さんと談笑していた。波崎さんも交えながら。

 因みに女子の殆どは帰って行った。女子は女子で忙しいから当然ではある。

「せめて槙原も緒方君の家でいいから女子の仕事をしてくれればいいのだけれど」

「いや、それ横井さんもだろ?」

 何故か横井さんも帰らずに俺ん家に居た。

「え?でも私は実行委員だから」

「だから、女子の方も視察とかしなきゃいけないんじゃねーか」

「ホントだね。実行委員は万遍なく見なきゃいけないから、男子の方にばかり構っていられないよね」

「いや、里中さん、Aクラスの実行委員だろ!?何で俺ん家に居るんだ!?」

 自分のクラスの面倒見ろよ!!グローバル焼きそばの!!

「そりゃ、緒方君と私の仲だからでしょ?」

 そう言って凭れて来るが、いい匂いだが、遥香に見られちゃどうなるか解らんのでやめてほしい。

「夜にあの話しようと思ってね」

 ボソッと耳元で。いや、前振りがあるから解っているんだけどさ。

 ともあれ、男子は黙々と作業中。ならば俺も頑張らなければならない。


「お疲れー。明日は日曜日だけど、手伝得る奴は学校に来てくれー」

 蟹江君の号令で一斉に作業の手を休める俺達。

 明日は学校で作業か。つか、何をやるんだ?ブースは全て此処にあるし。

 兎に角撤収作業を行い、みんな帰った。

「およ?遥香っちは?」

 里中さんだけは残った。あの話をしようって事なんだろう。

「遥香はちょっとな。その話もしようか」

「ん?まさか喧嘩?」

「しねーよ。俺達ラブラブなんだし」

 ゲラゲラ笑われた。いや、自分で言ってなんだが、ギャグにしかなんねーよな。他人が言ったら冷やかしにしかなんねーし。

「つかヒロ、波崎さんは?」

「夕方からバイトだってよ。横井と一緒に4時頃帰ったよ」

「えー、って事は、やりたい盛りの男子と部屋で三人って事?貞操の危機を感じる…」

「「じゃあ帰れ!!」」

 全く以て不愉快だ。ヒロは兎も角、俺は無い!!遥香が怖いし!!

「いや、緒方君にそう言われてもゴメンって言うけど、大沢は普通に欲求不満そうじゃない?だから謝ってよ。今の帰れ」

「誰が欲求不満だ!!確かにそうで、何も言い返せないけど!!つか、なんで隆はいいんだよ!!」

「いや、遥香っちが零していたから。何もしないヘタレだって」

「あいつ何言ってんだ!?」

 そう思っても仕方ないけれど、他人に言っちゃ駄目だろ!!

「ま、まあいいや…良くないが、まあいい…取り敢えず入って」

「はーい」

 全く迷いなく家に入って行く里中さん。あの子もそう言うキャラなのか…

「…なんか疲れたな…」

「おう…」

 ヒロと共に何とも言えない疲労感を覚えて家に入る。親父達はまだ帰って来ていない。今日は遅くなるのか?

 ともあれ、冷蔵庫からオレンジ100パーセントジュースをパクって部屋に向かう。つか、国枝君も居ないとは、春日さんを迎えに行ったのか?

「お待ち。オレンジ100パーセントジュースでいいだろ?」

「緒方君にしては珍しいね?絶対コーヒーだと思ってた」

「そうだな。ジュースは100歩譲ってアリだとしても、100パーセントはねえだろ。お前のキャラじゃねえな」

 礼も言わないでそのジュースを受け取るヒロと里中さん。全く釈然としないが、俺も腰を降ろした。

 話を切り出す。勿体振る必要は全く無いし。

「里中さん、朋美とアドレス交換したんだろ?」

 ヒロが目を剥いたのが解った。解ったとは、俺はヒロの方を向いていなかったから。里中さんをじっと見ていたから。

「うん。と言っても、それはそんなに難しい事じゃ無かったけどね。『爽やかポニー』ってラインは勿論、ケー番も他のユーザーと交換しているから」

「なんでそんな真似を!?須藤は意外と警戒心強いんだぞ!!」

 身を乗り出すヒロ。今度は普通に解った。視界の端に映っていたから。

「解んない。強いて言うならカモフラージュじゃない?アンタだけじゃないよ、交換しているの。って。あの話を聞くまでは社交性のある子だな、とは思っていたけど、今思えば私の連絡先を引っ張ろうって思っていたのかもね」

 涼しい顔でジュースを飲みながら。

「で、ちょっとやり取りしたんだけど、まあ、他愛のない話ばっかでさ。そりゃそうだよね。あの子、警戒心強いんでしょ?そう簡単に尻尾は出さないよ」

「そりゃそうだな…」

 納得して座り直すヒロ。それを確認して――

「でも、詰めが甘いんだよね。緒方君曰く」

「……なんか迂闊な事言ったか?」

「大洋と黒潮に親戚が居るってさ」

 須藤真澄と狭川晴彦………!!

「普通はそんな情報は隠すよね。ついポロッと、が恐らく正解だろうけど、そんなに焦った風は無くて。だから思ったんだけど、身バレは別に恐れていないんじゃない?条件付きでだけどさ」

 その条件とは?

 俺とヒロは、里中さんの続く言葉を、身を乗り出して待った…!!

 里中さんは実にあっさりっと。

「緒方君と遥香っちが付き合っていると知っている場合、遥香っちと事を構えるのを想定しているから、遥香っちにはいずれバレるって思って開き直ったんじゃないかなと」

 確かに、遥香を出し抜こうなんて真似、長くは続かない。続けられない。遥香の諜報力を一番厄介に思っていたのが朋美だから。

「…なんで須藤が知っていると思う?隆と槙原が付き合っている事を?」

 斬り込んで行くヒロ。俺達は何となくだが、仮説はあるが、その仮説は里中さんは知らない筈。じゃあ何でそう思うか?

「あの話だと、遥香っちに散々邪魔されたんでしょ?追い込まれた時もあった。今回はいろいろ違うと言う点を踏まえて、遥香っちが緒方君をゲットした可能性が高い、と思った。とか?」

 確かに、今回は麻美が生きている。俺がボクシングを始めたのも早かった。佐伯達が根負けして自白したのも、今回が初めてだ。

「そうなりゃ、一番の脅威は日向じゃねえ?中学時代、日向にやり込められたんだしよ。他の連中から見れば、隆と日向が付き合っているかもって思うかもしれねえし」

「勿論、あさみんも警戒しているでしょうよ。だけど、付き合っていないから取り敢えず放置。これも遥香っちが緒方君と付き合っているのを知っているのが前提だけど」

 遥香が俺と付き合っているのを知っているのが前提か…

 あり得るな。俺と言う『物』を所有しているのが遥香だ。どうにかしてやり込めたいんだろう。

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