文化祭前~010
それから数日間、河内と横井さんは相変わらずで、夜に着信拒否をして、朝解除すると言う日々の儘。河内の愚痴と言うか、ボヤキがウザい。自業自得だってんのに。
それは兎も角、遂に蟹江君が動き出した。
「やっぱ間に合わねえな…緒方、頼めるか?」
頼めるかとは、俺ん家で作業していいかって事だ。それは既に親に了承済み。だけど此処まで我慢して学校で作業していた訳だ。
理由は簡単、やっぱ悪いから。資材置かせて貰っているだけでもありがたいから。
それでも蟹江君の計算では、やっぱり追いつかないらしく、遂に言って来たって訳だ。
「勿論。あ、でも、俺達練習するから、作業はその後の方がいいな」
「スパーリングだっけ?一回観た奴だよな?勿論いいし、俺も観たい!!」
蟹江君がそう言うと、クラス中が俺も私もと言い出した。
「お前等、緒方と大沢のスパーは、夜手伝いに来た連中だけだからな!!」
「女子は歓迎するけどな!!」
前回と同じく、蟹江君が俺達のスパーを売って、吉田君が女子歓迎のサインを出した。
「やっぱお前の言う通りになったか」
「うん。今回もそうなったな。いいだろヒロ?」
「みんなの前でお前をKOするのが申し訳ねえけどな」
今回も同じような憎まれ口を叩いたか。意外と何度繰り返しても似たような物になるのかもしれない。
この日から公開スパーになった。遥香と国枝君と横井さんは毎日来ていた。
横井さんなんて、遂にヒロのセコンドまでするようになったし。
稀に黒木さんとか春日さん、楠木さんや里中さんも来た。勿論麻美と波崎さんも観に来た。麻美は冷やかしに来た感じだったが、それでもちょくちょく来ていた。
そして、遂にその日がやってきた。
波崎さんや麻美が来た事によって、他校の生徒も観に来る事が多くなったが、その他校には木村とか生駒とか河内も含まれているが、兎に角他校生も訪れるようになった。
その他校の生徒の中に、川岸さんが居たのだ。
俺は気付いて、知らんぷりしてやり過ごそうとしたが、丁度黒木さんが来ていた時だったので、あっけなく見つかって―
全員帰ってから、庭で川岸さんをみんなで囲った。
みんなとは、俺、ヒロ、遥香、黒木さん、国枝君、麻美。横井さんは波崎さんに頼んで早々に帰らせた。この話は横井さんには聞かれたくないから。
「……何でここに居るの?ストーカーまがいの事までするようになったの?」
黒木さんが切り出すと、いやいやと首を振り、手も振った。
「私は単純にボクシングが観たかっただけだよ」
「じゃあ観たんだから満足したよね?もう二度と来ないで」
「それをくろっきーが決めるのはおかしいよね?」
居直りとも取れる発言に身を乗り出す遥香だが、それを俺が止めた。
「じゃあ俺が言う。もう来るな。二度と来るな。友達に盗撮を頼むような奴は気持ち悪いから」
自分でも結構驚いた。意外と冷たい言葉も出せるんだな、と。
「いやいや、それだけ君に興味があったって事だよ緒方君。何度も生き返ったなんて、興味覚えない方が無理でしょ?」
にじり寄って来てそう言う。微妙にはにかみながら。
「君の友達にもそう言われたけど、何の事か解らないけど。つか、キモいから寄って来ないで」
身体を捻って躱すが、余裕の笑みでダメージは受けて居なさそうだった。結構キツイい事言っている筈なんだが……
「川岸さん、以前忠告した筈だよね?それなのにこんな真似をするって事は、学校に通報してもいいって事かな?」
言った途端、国枝君を凄い形相で睨んだ川岸さん。こんな表情もできたのか。
「……くにゅえだ君…あんま言い触らさないで欲しいかな……」
「アンタも言い触らしていたでしょうが!!友達が体育祭で盗撮したでしょ!!」
胸倉を掴みそうな勢いで迫った黒木さん。
「だから、それはそれって言うか、ここだけの話って言うかね」
……駄目だこいつ…自分は良くて他人は駄目。救い様がない程に駄目だ…
自分が気持ち良くなるためにしゃしゃり出て、自分が興味あるから引っ掻き回して……
最後の繰り返しの時、確かに善意は感じたけど、全部自分のエゴの為かよ……物凄いガッカリした。本心でガッカリした。
遥香もプルプル震えているし。俺の彼女さん、俺に害成す輩は本気で排除するような人なんだぞ。無間地獄から脱出できなくなっちまう程暴走しそうだな…
俺は遥香をそっと押さえて輪から外れた。
「言っておくが、何もすんなよ?」
「……したいけど、うん。解った…」
やっぱ何かするつもりだったのか…嘆息して追記する。
「無間地獄に居るお前にもなんか影響が出るかもしれないからな。マジでなんもすんな」
口惜しそうに頷いて了承した。それでいい、いざとなったら学校に通報して…それでも足りなけりゃ、実力行使でぶち砕いて……
「!!?」
吃驚して輪を見た。
「ど、どうしたのダーリン、いきなり…」
俺だけか?この邪気に反応したのは…証拠に、他の人は川岸さんとやんややんや言い合っているのは変わらないし……
「…ねえ、アンタってさ、霊感あるんだよね?」
発したのは麻美。つか…麻美からあの邪気が……!!
「うん。そうだよ、だから何?」
答えた川岸さんに対して鼻で笑う。
「ダメダメだね。ぶっちゃけると、全く大した事が無い霊感だよ。これ以上首を突っ込まない方が賢明だよ?」
麻美の妙な迫力に川岸さんが引く…汗を大量に掻きながら………
この麻美の異変に気付いた奴が居ない…いや、川岸さんが気付いたか…
その他は「なに言ってんだお前?」みたいにキョトンとしている。国枝君でさえも。
川岸さんに向けて悪意を放っているからか?誰も気づかないのは…あの麻美の邪気に………
「な、なんなの?何でそんな………」
震えながら後ずさる川岸さん。怖いのか?俺もそう思う。麻美が怖い。だが、怖くない。
だって俺はこの邪気を知っているから。
この邪気は麻美が悪霊の時の物…コテージの霊や、俺の影口で笑っていたクラスメイトに向けた邪気。
俺の為に放った邪気だから。
じゃあ、麻美がやっぱり記憶持ち?だったらなんで邪気まで持っている?
それは兎も角、川岸さんの脅えが物凄い。なまじ霊感があるから、この邪気の凄まじさが解るのだろう。
小刻みに震えているし、顔色は真っ青だし、腰は引けているしで…
要するに、麻美の敵じゃないって事だ。
俺は麻美に近寄って肩を叩く。
「ん?何、隆?」
振り返った麻美は、邪気なんか全く見せず、いつも通りのでっかい目をパチクリさせていた。
「いいよ。こうなったら仕方がない、告げ口みたいで言いたくなかったが、学校に連絡されて貰う。凄ぶる迷惑だって」
これは本気。脅しやフェイクじゃない、混じりっ気なしの本気だ。
興味だけで引っ掻き回されてたまるか。前回で懲りてんだよ。
「え?ち、ちょっ、待って、北商に通報って本気?私ってそんなに迷惑かけた?」
「自覚ないのか?恍けているのか?どっちにせよ、通報は確定だからな。警察沙汰にしてもいい。取り敢えず君の家に連絡させて貰おうか。酒屋だったよな?」
「ち、ちょっとマジで…」
これ以上は話す必要も感じない。そしてスマホを出してコールしようとした。
「解った!帰る。帰るよ。こんなんでマジになるとか、大人気ないんだから…」
しかし、そんなの関係ねえって事で、川岸さんの酒屋に電話した。
『はい、川岸酒店』
「あ、緒方と申しますが、お宅のお嬢さんの事でちょっとお話がありまして……」
本気で真っ青になった川岸さん。ただの脅しだと思ったか?国枝君や黒木さんですらビックリした顔をしているけど。
そして俺は体育祭の盗撮や、今家に来て訳が解らない事を言っていると話した。
電話向こうではすみませんとか、学校に連絡だけは勘弁してやってくださいとかの謝罪の言葉が聞こえている。結構こういう感じで他にも迷惑かけてんだろう。謝り慣れている感じだったし。
程なくして電話を終えた。直後に誰かに着信が入った。
真っ青な顔で自分のスマホを取ったのは川岸さん。超おっかなびっくり電話に出る。家の人からの電話だろう。
「川岸さんは電話中だ。ほっとこう。多分此の儘帰るだろうし、終わった後にまだ居たら警察に通報してどうにかして貰おう」
わざと聞こえる様に言ったら、肩がビクッと強張った。警察の件で。家に苦情の電話をした事から、ハッタリは無いと判断したか?どうでもいいけども。
「晩飯食っていくだろ?部屋に行こうぜ」
川岸さんを置いて家に入る。電話中だと言うのに、引き止めようとこっちを見て腕を伸ばすが、それを無視した。あとはご両親がなんとかしてくれるだろう。
で、ヒロにシャワーを譲って部屋で一息つく。黒木さんと国枝君が俯いて、微妙に暗い雰囲気ながら。
「別に気にしなくていいだろ。川岸さんが勝手にやった事なんだから」
「うん…でも、私がうっかりしたせいだから…」
「僕も何となく読んでいた流れだったのに、何も出来なかったからね…」
二人で後悔しまくりだった。いずれこうなっていたんだから、気にする事も無いのに。
「私の精神衛生以上、これ以上の事をしたら、行動しちゃうかも」
愛する彼女さんが治まらんと言った体で顔を顰めて言った。お前のは洒落にならないからやめろ。無間地獄のお前にどんな影響があるか解らないんだし。
「話には聞いていたけど、身勝手な子だねぇ」
呆れ果てている麻美だが……お前のあの邪気…悪霊時代の物だろ?それに、『川岸さんの性格を知っている』感じだったし…
お前…やっぱり記憶持ちなのか……?
この日は晩飯食ってみんな早々に帰った。遥香も特にごねたりせず。思う所があったのだろう。
そして、全員帰った所で、俺は家を出た。時間にして9時ちょい過ぎ。まだ大丈夫だろう。
俺は麻美の家に来たのだ。あの邪気の説明を求める為に。あの言葉の説明を求める為に。
一応電話で許可を得てから、と言う事で、コールする。
『はいはい~。さっき別れたばっかなのに、なんか用事?』
明るい声で電話に出た麻美。邪気なんか全く見せず。
「ちょっと話があるんだけどさ…」
『そうなの?込み入った話?』
「多分……」
お前が何も言わなければ、込み入った話になんないと思うが。
『じゃあ家来なよ。お土産持って』
「生憎土産の用意はしていないが、既にお前ん家の前だ」
『マジ?じゃあ入って。仕方がないからお茶くらい淹れてあげるから』
仕方ないって、一応客扱いしてくれよ。お前なんか家に来る度に晩飯食ってんだろ。朝も俺を南女にアッシーに使う事もしばしばだし。
ともあれ、一応ながら呼び鈴を押すと、麻美が玄関を開けてくれた。
「珍しいね、家にまで来るなんてさ」
「だから話があるっつっただろ」
「まあ上がってよ。コーヒーでいいでしょ?」
頷いて一足先に麻美の部屋に行く。
女子特有の甘い香りが鼻に付いた。早速パンツでも物色しようかな。しないけど。
ともあれ、クッションに座って麻美を待つ。暇だから本棚に置いてある漫画でも読もう。
つか、少女漫画しかねーな。あとは小説数点。参考書なんか見ても仕方が無いし……
「ん?」
麻美の部屋に似つかわしくない本が、ひっそりと端に収まっていた。タイトルが格闘技系の本が。
それを手に取ってぱらぱらと捲ると、折り目があり、そこに簡単に辿り着いた。
「……骨法?」
それは骨法なる格闘技の技の解説。掌打での金的打ちだの、両足を揃えたフットワークだの…これ使えるのか?禁的打ちは使えそうだけど…
読み進めていくと、なんか骨法の奥義なる物の解説が。『通し』だと。ふむふむ、螺旋の動きね。脚の回転から腰へ連動させて……!!
俺のコークスクリュー!?い、いや待て、俺のコークスクリューは拳だが、これは掌打…ちょっと違うが、類似点が凄い…
だけど、背中を貫通させるとか、あり得ないだろ。絶対盛っているだろコレ。だけどだけど、この技は密着する程までに超接近して打つ技のようだから、そこは羨ましいかも…本当の話だとしたらだが。
そしてまたぱらぱらと捲って行くと、再び折り目にぶつかった。
今度は…俺も名前は聞いた事がある。太極拳だ。
太極拳ってアレだろ?中国とかで朝公園でやっている、体操みたいなヤツだろ?
これも何気なく読み進めてい行くと、ちょっと驚いた事が。
発勁って漫画とかでよく見る『気』の事だと思っていたけど、実は運動量の事だとか。
『勁』とは運動量を指し、発勁とは対象に勁を作用させることを指す。
勁(運動量)を発生させ接触面まで導き、対象に作用させる。これによってかめはめ破は大袈裟だけど、敵をぶっ飛ばすあの描写のようになるとか。
正直言って難しくてよく解らないが、押し出して飛ばす力の加減で、例えば積み上げた瓦の真ん中一枚だけを壊したり、割るのではなく砕いたりできるとか。
おお…なんか太極拳スゲーな…あんなトロい動きなのに…実際はもっと違うんだろうが、テレビなどで観ると、どうしてもその印象が拭えないからな…
その他にも空手の背当てとか、合気道とか、折り目が付いている項目に辿り着くと、目を通した。
……ひょっとして、これってこっちの緒方君が参考にした本じゃねーのか?
骨法の通しとか、太極拳の発勁とか、日本古武道の鎧通しとか…
あのコークスクリューの…糞を一撃で殺す事を目指したしたパンチの参考にしたんじゃねーのか……?
もしそうだとして、なんでそれが麻美の部屋にある?あるとしたら、俺の部屋だろ?
それが何で此処に……?
兎も角、俺のコークスクリューはこの本を参考に開発しようとしたのだろう。
そして多分、背当てだの通しだのの威力を期待したのだろう。一撃で殺す事を目指して。
あのコークスクリュー…脚からの回転のパンチですら充分物騒だってのに、それ以上を目指したんだ。
こっちの緒方君の本気度が窺える。あのパンチは絶対に殺すって信念が確実に宿っている。
それ程朋美が憎いのか…いや、そうなのは間違いないんだろうが、俺は朋美を怖いと思うし、前回間違いなく脅えていたよな…
憎悪が恐怖を凌駕したのか。意外とこっちの緒方君は朋美を信頼していたようだ。
そんな事を考えていると、カチャリとドアが開く音。
「お待ちー」
麻美がコーヒーを淹れてくれたのだ。自分のはミルクティーか…
「待っちゃった?ミルク温めるのに時間が掛かっちゃってさ……!!」
麻美はテーブルにコーヒーを置くとほぼ同時くらいに目を剥いた。
その視線はあの本に向いていた。明らかに俺が読んでいる本に動揺した。
「サンキュー。ちょっと喉が渇いていたんだよな。こんな本を見付けちゃったから当然か」
探りを入れる…って訳じゃないが、反応を見る為にわざと本を掲げて見せた。
「あ、そう。隆ってこんなの好きだからねー。家に来てまでわざわざ読んでいたんだから」
平静を装っているが、目が若干泳いだのは見逃さなかったぞ…
俺が持ってきたと暗に言ったつもりだろうが、それが嘘だとばれたって事だぜ麻美…
「そうか。俺自身はボクシングだけでいっぱいいっぱいだったから、こんな本読んだ事も無かったが、こっちの俺は違ったんだな」
雑談の続きのように、勿論麻美の表情を見逃さないように、注視しながら。
「そうだねー。意外とね」
目を合わせずにミルクティーをコクコクと。構わず続ける。
「こんな本はどっちかって言うとヒロの方が好きそうだったけどな。ひょっとしてヒロから借りたのかな?」
「え?どうだろうね」
少し声が裏返ったな…俺じゃ無きゃ解らない程、小さな変化だが。
「じゃあヒロに返しておくか…」
「あ!確か隆か買ったんだよ!!大沢に内緒で特訓するとか何とか言って!」
思い出したように。下手に嘘ついてヒロからバレないように、真実を言ったって所か。
「は?俺が?こっちの緒方君はやっぱ若干俺と違うんだなぁ…俺なら絶対に買わないぞ、こんな胡散臭い本」
「そうなの?」
「そうだろ。お前も知っている筈だけど。ああ、だからここにあるのかな?お前に捨ててくれって頼んだとか」
「え~っと、どうだったっかな…」
……流石と言っておこうか。今の言葉を肯定した、『家に来てまでわざわざ読んでいた』のは違う事になる。つまり、どっちかが嘘って事になる。
遥香とヒロの探りにもひっからなかったんだ。俺が出し抜けるとは思えないが、逆に俺なら見破れる。
麻美の事を一番知っているのは、俺なんだから……!!
「まあいいや。兎に角これは持って帰るか」
「え?持って帰るの?」
此処で漸く俺と顔を合わせた。軽く動揺しているように見える。
「何か問題あるのか?」
「問題って言うかね、色々物騒だからさ。思い出しちゃうって言うかね…」
こっちの緒方君の記憶か?そういや言った事無かったっけな。頻繁は無理だが、霊夢でやり取りはしているんだよ。
だが、一応聞いてみるか。
「思い出すって言うのは、コークスクリューを開発しようとした理由か?」
「え?あのパンチってこの本で開発したヤツなの?無意識で身についていたって言う?」
……なかなかやるじゃねーか。全く乗って来ねーな。要所要所ではぐらかしやがる…
「解らんが、多分そうだとしたか。こっちの緒方君が開発したパンチは完成させるって言ったじゃねーか?お前に言ったか忘れたが、少なくともヒロにはそう言ったけど」
「う~ん…あのパンチでもう充分な様な気がするけどなぁ…わざわざ完成させなくてもさ。今で充分だし、平穏だし」
持って帰らせたくないようだな…何かの拍子に記憶が戻る事を懸念している節が見受けられるが…
「まあいいだろ、兎に角持って帰るよ」
「え~………」
凄い嫌そうな顔だが、無視して自分の手元に置く。
あとでもうちょっとじっくり読んでみよう。中に何かあるかもしれないし。
さて、ここに来た本題だ。俺はコーヒーを一口飲んで、喉を潤す。
「お前、川岸さんに何をした?」
「え?何って……!!」
麻美が息を飲んだ。俺の真剣なまなざしが直視されていたのを知ったからだ。
「ど、どうしたのよ?そんな似つかわしくない表情しちゃって?」
やっぱひどいなお前!!って、こうやって今までも有耶無耶にされていたのかもしれない。いや、麻美は昔からこんなキャラだったけど。
酷い中にも優しさがあったからな。
「似つかわしくないのはどうでもいい。いや、よくないけど、取り敢えずはいい。だから質問に答えてくれ。お前、川岸さんに何をした?あの邪気なんだ?なんで昔から知っている風な事を言った?」
じっと見る。麻美も俺を見る。お互いに見つめ合った状況だった。
「……なにが言いたいのか解らないけど、邪気って言うのは、えっと、多分あの子がムカつくから、そんな感じになったんじゃないの?」
一応ながら述べるが、そんなモン、あの場に居た全員が発したわ。
俺が聞きたいのは、悪霊時代の邪気がなんでお前にあるのかだ。
まあいい。素直に白状しないだろうとは思っていたから。
なのでズバリ訊ねた。
「お前、記憶があるんだろ?」
「は?だから戻ったら教えるって言ったじゃん?」
やはり恍けたか。それも想定内だ。
「お前の悪霊時代の邪気だ。あの時川岸さんに発したのはな」
「それが本当だとして、今は生身じゃん?どうやって悪霊の邪気って出せるのさ?」
「それが解らねーからお前に聞いてんだろ」
「私に聞いていたのか…知らないって言っている私に…」
まさに呆れた麻美さんだが、俺は騙されねーぞ。
「川岸さんに大した事が無い霊感だって言ったよな?ダメダメだって。これ以上首を突っ込むなと言ったよな?懸命だって。その意味は何だ?」
「単なる脅しでハッタリだけど…よく聞き取れたね?あの子にしか聞こえない程度の小声で言ったと思ったんだけど」
俺もそう思っていたが、違う。あれは俺、と言うか、修行した俺だから感じ取れたんだ。
悪霊から人間を守るのも、助言するのも高等霊の仕事。その修行をやった俺だからこそ聞き取れたんだよ。
「今は俺の繰り返しの事でうぜー事になっているけど、今度はお前に纏わり付くかもしんねーぞ?あの子はそう言う子だろ?」
今だって興味のみで首を突っ込んで来てんだから。お前に興味持ったらどうすんだ?
「いやだから、ハッタリだって言ってんじゃん。その悪霊の邪気ってのが本当に出ていたら、逆に万歳じゃないの?脅しが実によく効いたって事でさ?」
そう言われると、そうなのか?いやいや、流されちゃ駄目だ。
「だから、お前が記憶持ちだって根拠がそれだって言ってんだよ。お前は何らかで記憶と邪気を持ったんだ。だろ?」
「何らかって何?」
「だから、解らねーから聞いてんだろ」
「知らない私に訊ねているって、本当に残念過ぎるんだけど………」
呆れ果てた麻美さんだが、俺は揺るがないぞ。
解らんもんは解らんのだから、解る奴に聞くのが一番手っ取り早い。
「で、いつ記憶が戻った?」
「戻ったら教えるって言ったよね?」
「じゃあ教えろ」
「戻ってないから教えようがないってば…」
どうしても恍けるつもりか?俺は見極めができねーんだから、自滅狙い云々は無理だが、押して押して押しまくれるんだぞ。
麻美は、はあ~、と深いため息をついた。そして重々しく口を開く。
「じゃ、私が記憶持ちだとして、なんでしらばっくれているのさ?」
「え?そりゃ、何かしらの事情があるんだろ?その事情を教えろ」
「これぞ話になんないってヤツだね……」
確かに話はしていない。一方的に決めつけて一方的に喋っているだけ。
だけどそれでいい。と言うか、この方法は俺しか出来ない。俺だけが無茶を通せる。
「隆の残念は今更だけど、想像以上に末期だった…」
「だから、騙されねーって言ってんだろ。いつ記憶が戻った?何で黙っていた?」
「はいはい。えっとね、昨日戻ったんだよ。だから騙した訳じゃないんだよ。報告が遅れただけで」
すっかり冷めたミルクティーをコクコク飲みながらの適当な返し。
「ほう、報告が遅れただけな。信じようか。じゃああの邪気は何だ?」
「えっとね、そうそう、邪気よ出ろーって念じたら出せたんだよ」
最早適当にしか返していなかった。逆にこうなるとお手上げなんだよなぁ…なまじ解り合っていた仲だから難しい……
だけど、揺らせたとは思う。一気に行きたかったが、一旦退くのも手だな…
「今度は逆に質問。あの子って以前もあんな感じだったの?」
知っているくせに、とは、思っても言わない。なので普通に答える。
「前も確かにお節介を感じる所はあったけど、あそこまで図々しいとは思わなかったな…」
呼び出して勝手に注文して奢らせるとかな。それでも充分以上に図々しいとは思うが。あとは、飲んだペットボトルをポイ捨てしたりとか。
「まあなんだ。自分勝手な部分も確かに見られた。今回程じゃなかったけど」
「今回は酷いって事?」
「今回はって言うよりも、初めから本性を見せて来たって事だろうな。遥香が居るのに自分の都合だけで話を進めて行ったりとかさ」
彼女持ち故に前回のようにお節介を演出できなかったのだろう。ならば今回が本質か。
つうか、本質を見切った国枝君がブチ切れたんだっけ。多分だが、救いようがない状態だろう。
「えっと、お家から電話が来たんだよね?その辺りで終わりそう?」
「注意して叱ったと思うが、好奇心の塊のような人だから、多分無理だろ。また接触してきたら今度こそ学校に通報になるだろうから、慎重になると思うけど。ひょっとしたら別アプローチで来るかもしれんし、今はまだ解らないな」
「ふーん…じゃあ長期戦になるかもって事だよね。あの子って朋美から流れて来たと思う?」
国枝君が脅して手に入れたアドレスとメールで、何となくだが、そう思う。なので普通に頷いた。
「やっぱり朋美が一番の最悪か…あの子をどうにかしないと、何もならないね…」
「つっても全く証拠が無いから、まだ憶測の域を出ていないけどな…」
そこももどかしい。朋美だって証拠があったら、また違うやり方もあるんだろうに。その辺遥香でも攻めきれない理由ではあるが。
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