文化祭前~009

 まあいいや。よくないけれど、まあいいや。ここは一旦置いておこう。

「ヒロ、先にシャワー浴びていいよ。今日はマジやめよう。これ以上は調子が狂う」

「そうだな…明日集中してやろうか」

 早々に風呂場に向かったヒロ。俺もみんなを促して部屋に戻る。

 途中、脱衣所で簡単に着替えて部屋に向かう。遥香は実に気が利いている彼女さんなので…

「やっぱアイスコーヒー準備してくれていたか」

 さっきみんなにコーヒーを淹れるよう頼んだ時に、既に俺達用にアイスコーヒーを仕込んでくれていたのだ。淹れたコーヒーを冷蔵庫で冷やしただけだが、実にありがたい。

「シャワーの後に飲む?」

「いや、喉渇いているから、今がいい」

 ステンレス製にカップに注がれているそれを一気に流し込む。実に旨い。本当はコーヒーはカフェインが入っているので利尿作用があるから、練習後はあんまよくないんだが、好きなんだから仕方がない。

「やっぱお前等って仲良いんだな」

 実に羨ましそうに俺と横井さんを交互に見る河内。お前はこんな感じになる事は多分無理だと思うぞ。

「国枝、春日を迎えに行くのか?」

 木村なんか既に関心すら示さずに、国枝君に別の話題を振っているし。

「そうだね。時間も時間だし、そうしようかな」

「お前と春日ちゃんも仲良いよな……」

 実に羨ましそうに国枝君と横井さんを交互に見る河内。お前は国枝君達のようになるのは無理だから早々に諦めろ。せめて嫌われないように努めろ。

「じゃあ国枝が春日を迎えに行くのに付き合いつつ、俺達も帰るか」

「そうだね。メール入れてみたら?帰りに迎えに行くから、その時連絡してくれって」

 木村と黒木さんは国枝君達と一緒に帰るようだ。

「お前等も意外と仲良いんだよな…」

 実に羨ましそうに木村と黒木さんと横井さんをお交互に見る河内。いい加減横井さんの『催促するな』のオーラがパネエ事に気付いたらどうだ?

「おう隆、上がったから、入れ」

 ヒロがシャワーから出たようで、俺も風呂場に向かう。

 そして烏の行水宜しく早々に済ませて部屋に戻ると、木村と黒木さん、国枝君が立ち上がった。

「春日さんの仕事がさっき終わったそうだから、迎えに行ってそのまま帰るよ」

「俺達もそれに付き合って帰る。じゃあな緒方」

「じゃね緒方君、遥香。明日学校で」

 そうか、もうそんな時間か…頷いて玄関まで見送ろうとしたが、それを止められた。

「見送りはいいから、休んどけ。ある種の疲労が溜まっているだろ」

「そりゃお前等もじゃねーの?」

 こっそり河内を見る俺と木村。あいつはしつこく横井さんに何か語っていた。横井さんの方は無視していたが。

「ま、まあまあ、あとは宜しく、緒方君」

 あんま関わりたくないように、木村の背中をグイグイ押す黒木さんだった。

「申し訳ないけど、後は頼むよ緒方君…」

 国枝君は本気で申し訳なさそうに退場した。

「じゃあ私も…」

 腰を浮かせた横井さんにすかさず反応した河内。

「俺が送って行くよ」

「いえ、結構」

「いいから。遠慮すんな」

「いえ。本気で結構」

「だから遠慮すんなって。俺達の仲だろ」

「ちょっと!!馴れ馴れしく肩を抱かないで!!セクハラで訴えるわよ!!」

「え?俺達の仲なのに!?」

「どんな仲なのよ!?なんならお付き合いをやめても結構よ!!」

 ………俺達、このやり取りをいつまで見ていればいいんだ?なんか河内、涙目で必死に食い下がっているし、横井さんは解ったから離れてと怒っているし……

「お、俺もそろそろ…」

 ヒロが逃亡を謀ろうとしたが、腕を掴んでそれを阻止した。

「お前逃げんじゃねーよ。逃げるんならあいつをどうにかしてからにしろ」

「どうにかって…どうやって…?」

 それは俺が聞きたいよ。解らねーからお前に丸投げしているんじゃねーか。

 やがて遥香は重く溜息をつく。

「仕方ない…今日はダーリンのお家に遅くまでお邪魔してバイクで送って貰おうと思ったけど…横井、一緒に帰ろう」

 横井さんの救世主を見る様な眼差しが遥香に向けられた。逆に河内は邪魔者を見るような形相になったが。

「あ、ありがとう槙原…」

 この様にお礼まで言って縋る程である。

「…緒方、お前の女って空気読まねえな」

「「お前だ読まねえのは!!!」」

 ヒロと俺に同時突っ込み。河内は逆に何で?って表情をしたが。

「……解らないならいい。的場に相談するから…」

「別に悪い事しちゃいねえからいいけど、なんか怒られそうだからやめろ」

 何かの勘が働いたようだ。意外と鋭いのかもな。勿論相談するのは冗談だけど。

「河内君、自分の事だけを考えていると、失うよ?そうなったら、多分誰も君をフォローしないで切り捨てると思うよ。自業自得だって」

 真顔で河内を見て言う遥香。その妙な迫力に河内は咄嗟だろうが、頷いた。

「……今日も着信拒否させて貰うわ。明日の朝解除するから、今日はもう連絡しいないで」

 面と向ってそれを言っちゃうか…文句は言わせないとの事だろう。

 流石に河内も抗議(と言うか涙目の懇願)をしたが、電車時間の関係で、聞かれなかった。

「……帰っちゃった…俺の千明さん……」

 玄関先で見送っていた河内が、ガックリと膝を付いた。

「お前ももう帰れよ…」

 本心で言った。本気で何しに来たんだこいつ…

「いや、なんで?」

「なんでって…明日も学校があるだろうが?」

「ああ、うん」

 そう言いながら俺の部屋に向かった。なんで帰らねーの!?

「隆、俺もこの儘帰るわ」

「お前ふざけんな。あの鬱陶しいテンションの河内と二人っきりにさせる気か」

 本気で嫌そうなヒロを引き摺って部屋に行く。河内は残っていたコーヒーを、すっかり冷めきったコーヒーを啜って寛いでいた。

「新しいの淹れてくるから、それ捨てろ」

「ああ、うん。その前に、千明さんって、お前のあの話を知ってんのか?」

 あの話ってのは繰り返しの事か?

「いや、話してない。前回そんなに絡みも無かったからな」

「そうか…じゃ、迂闊に話さないように気を付けなきゃな…」

 こいつも一応気にしてはくれていたのか…

 意外だったが有り難い。今度はお持て成しの精神でコーヒーを淹れてやる事にした。

 コーヒーを淹れて部屋に戻ると、ヒロと何やらごちゃごちゃと話し中だった。単なる雑談だ。よってすぐに話を辞めた。

「別に雑談の続きしてもいいだろ?」

「いや、こっからはマジ話だからな。切り替えないと」

 コーヒーに角砂糖一個入れてフーフーしながら。

「マジ話って?」

「狭川の事だよ」

 ……成程、マジ話だな、確かに。

「悪鬼羅網の奴がスパイみたいなことしているんだったよな?」

「おう。話半分だが、そこそこは使えるネタも持って来たな。俺以外にはどうでも良かっただろうが」

 河内以外はどうでもいい話?俺達も該当するのかそれ?

「じゃあ俺達に話しても仕方がないんじゃねーか?」

「違う。寧ろお前に話さなきゃならねえ」

 マグカップを置いて、真剣なまなざしで。

 そんな目で見られちゃ、こっちも気を引き締めなきゃならねーじゃねーか。

 よって俺もヒロもカップを置いて河内に話を待った。そして、河内は一つ息を吐いた。

「……最初に言っとく。俺はお前の話を信じる事にした」

 それは有り難い話だが…なんでいきなり?

「なんか気が変わる事があったのか?」

 ヒロの問いに頷く。

「その悪鬼羅網の奴から仕入れた話だ、気が変わったのは」

 薬関係で朋美の事を聞き出せたのか?これは遥香と木村も居て欲しかったな…

 だが、居ないのなら仕方がない。なので、脳筋の俺とヒロで迎え撃とう。

「狭川がなんだ?」

 促して先を進めさせる。河内も特にもったいぶった様子を見せずに。

「これは俺も知っていたんだけど、狭川って小さい頃にこっちに越してきたんだよ。マジガキの頃だから地元とは言えねえけど、兎も角、生まれは黒潮じゃねえ」

「別にそのくらいおかしな事じゃないだろ?父親の転勤でそうなったと言う話も沢山ある事だし」

「まあそうだ。だから、これは重要じゃねえ。今言った事は前振りみたいなもんだ」

 みたいじゃなくて、まんまじゃねーか。前振りもいいとこだろ。

「じゃあ何処から来たかって言うと、京都だそうだ」

 京都と聞いて心臓が跳ね上がった。狭川は朋美と何かしら関係がある……?

 そう期待した俺だが、ヒロにしては冷静な問いに、跳ねた鼓動が鎮まった。

「京都イコール須藤、って事はねえだろ。しかも黒潮に来たのはガキの頃だろ?その頃繋がっていたとして、今まで付き合いがある筈がねえ。更に須藤は生まれも育ちも白浜だ。接点なんかねえだろ」

 その通り。どう転んでも接点は感じられない。京都ですっかり舞い上がる体質になっちゃったな…

「そりゃそうだ。俺もその通りだと思う。だが、今現在も接点があるんだよ。しかも濃い接点が」

「その接点は何だ?京都だけじゃ話にもなんねえぞ」

 ヒロの分際で的確だな…俺がこんな様だから、頼りになるように見えちゃう…

「で、更に前振り。この話を聞いた時、俺も他の連中同様になんのこっちゃって表情をした。探りを入れる為に話したのかもしれねえから。と言うか、まんまそうだろうと思ったからだ」

「なんの探りだ?」

 そこで大きく息を吸い、溜めた。

 そして息を吐き出して―――


「狭川のお袋の旧姓は須藤だと」


 ―――!!!


 俺もヒロも喉を鳴らした。成程、探りを入れる為に話したんだろうと思う訳だ…

 こんな情報、他の連中にとっちゃ、確かにどうでもいい情報だが、河内の反応を確かめる為に話したんだろう。聞いているか否かを。

 河内に、いや、俺に遠回りに知らせる為かもしれない…俺がそこに至っているか否かを知る為に…

 絞り出した声。それは俺じゃなく、ヒロだった。

「……なんで狭川のお袋の旧姓を出したんだ?」

「話の流れ、って言う程流れちゃいねえが、強引にそっちの話の舵を切った感じだった」

 つまり、やはり反応を見る為か……

「そう言う事なら、やっぱ話半分以下に聞いた方がいいな…なにせ、狭川を裏切っちゃいないんだから」

 俺の弁に頷くヒロと河内。ひょっとしたら逆スパイの可能性だってあるし。

「的場さんはハナから信じちゃいなかったしな。だけど真実もあるだろうから話半分だと…これ前も言ったっけ」

「じゃあなんで狭川はそんな真似をしたんだ?裏切り者を演出してまで?」

「連合の攪乱、だろうな。偽情報で踊らされて自滅させるとか、いろいろ戦略は組んでいるだろうぜ。的場さんが居る間は大っぴらに喧嘩売れねえし、こんな程度の事しか出来ないんだろ。的場さん曰く」

「結局は的場かよ」

 的場が完璧に身を引いた時、どうなるのか。考えただけでも恐ろしいな……

「いっそのこと、今やっちまったらどうなんだ?お前も頭なんだし、学校動かして悪鬼羅網潰せばいいんじゃねえ?そしたら、煩わしい真似も出来なくなるだろ」

 ヒロの弁である。俺だったら関係なくやるけど、河内の場合一応トップのメンツもある訳だし。

「こっちが悪者になってもいいって覚悟があるのなら、それでもいいが、黒潮は的場さんの母校でもあるから、そう言うので悪評が立つのは困る」

 大義名分が薄いって奴だ。だから仕掛けたら黒潮が悪くなる。的場への義理もあるので、簡単には行動に移せないってのもある。

 狭川がそこまで読んでいての演出なら、狭川も相当なキレ者って事になるが…

 で、と、豪快に話を切り替える河内。

「お前等の学校の文化祭っていつ?俺も顔出してやるよ」

「お前は横井さんに会いたいだけだろ」

 なんだ「出してやる」って。上からの物言いだろそれ。

「いやいや、そうじゃない。逆に黒潮の文化祭に招待してやるし。礼代わりに」

 いや、ぶっちゃけ面倒臭い。わざわざ隣町の学校の文化祭に行くのは。

「まあいいや。大体の事は聞いただろうが、俺達のクラスって総合優勝目指しているんだよ。だから客が来れば来るだけでもありがたい。よってお前が文化祭に来るのは賛成だ」

「そうだな。そして、お前が文化祭に来るにあたっての条件がある。それは、他のクラスの出し物に顔を出さずに、食い物も買わないって事だ」

 ヒロの弁は些かアレだが、本音はそれに近い。俺達のクラスだけ潤って欲しいなー、みたいな。

「そりゃちょっと…折角行くんだから、そこそこ楽しみたいし…」

「だって横井さんが実行委員なんだから、彼氏のお前が協力しなきゃなんねーじゃねーか?」

「……千明さんがその方がいいっつうなら、そうするけど…」

 なんかしょぼくれて俯いてしまった。いやいや、冗談だから。8割以上は本音だけど。

「だけど、客が来るのは歓迎だな。黒潮の糞以外の友達を呼んでくれたら有り難い。勿論俺達のクラスには絶対に顔を出して金を使ってくれ」

「おう。何なら的場さんに頼んで連合も呼ぶか?」

「糞以外っつったろ」

 暴走族の連中がウチの学校に来たら、もれなく俺が修羅と化しちゃうだろ。楽しい文化祭に修羅場は駄目だろ。論理的に。


 その後もなんやかんやと居続けて、漸く帰ったのは、日付が変わるちょっと前。

「明日も学校だっつうのに…」

「だよなぁ…そうじゃなくても、俺達はロードワークがあるっつうのに」

「お前もなんで帰らねーの!?」

 ヒロもなんやかんやで居続けた。実に付き合いの良い奴だな。

「お前が河内と二人にすんなっつったからかだろうが」

 そうだった。俺が引き止めたんだった。

 真摯に反省して言う。

「じゃあもう帰っていいよ。バイバイ、また明日」

「ふざけんなよお前。今まで付き合った親友に言っていい台詞じゃねえだろ」

 まあ確かにな。だけどもう寝なくちゃだし。

「おい隆、俺の布団」

「え?泊まっていくのかよ?」

「帰るの面倒だし、ちょっと話もあるし」

 話があるのなら仕方がない。嫌々ながらも布団を敷いてあげようか。

 布団を敷いてごろんと横になるヒロ。

「お前、前回は河内と知り合っちゃいねえんだろ?当然狭川ともだろ?」

 唐突に話を振られた。だけど、そっちの話か。ならば乗っかるしかない。

「うん。狭川とも絡みは無かった。どこかでぶち砕いた雑魚の一人とも考えにくいから、恐らく初めての絡みだ」

 狭川も結構な所に居る奴だ。そいつとやった事があるのなら、何処か印象に残る筈。しかし、それが無い。だから初絡みなのは間違いないと思う。

「狭川の母親の旧姓が須藤ってのは信じられるか?」

「……朋美が記憶持ちなら、狭川にその話をしたのなら、妙に事情通なのには納得が出来る。だけど…」

「狭川がそんな話を信じた事が信じられねえんだろ?」

 頷く俺。全くその通りで、俺なら信じない自信があるからだ。

 発信元が朋美なら尚更だ。あいつの何を信じろと言うのだ?

「俺もお前と同じ感想だ。だけど、狭川は信じた。だから乗っかった」

 そうなんだよな……親戚だから信じたのか?俺達との付き合いとはまた違う付き合いだろうし。

「狭川が須藤の親戚となると、大洋の須藤真澄と同様、親戚二人が白浜の近くにいる事になる」

「……監視もしているかもしれない、か」

 俺達の予想通りだったとして、なんで俺にそこまで固執する?本気でうんざりだ。殺して全部終わりにしたいくらい、うんざりだ。

 しかし、ここでこうやって考えるのが関の山とか…何とも不甲斐無い…

「…そういや、川岸って女と知り合うのも、文化祭前の公開スパーだって話だよな?そろそろなんだろ?」

「うん。だけど、国枝君がそれとなく釘を刺した訳だから…」

「来ないと思うか?」

「………多分、来る」

 好奇心に負けて、必ず来る。公開スパーかその後の文化祭かは解らないが、絶対に来る。彼女はそう言う人だ。

 勝手に首を突っ込んできて、重要人物扱いされて鼻高々になる。いや、なりたいから首を突っ込む。

 そうなったら学校に通報な訳だが、どうにか誤魔化せると勝手に思って、必ず俺に接触して来る。

「須藤真澄に狭川、そして川岸か…お前の周りってデンジャラスだな」

 茶化すように言うヒロだが、それは誤魔化しだ。

 そこまでする朋美に引いている。寧ろ恐れている。

「他はどうだ?薬の件とか、南海の件とかは?」

「それも繰り返しの時には無かった話だからな…朋美が俺に固執しすぎているために、騒ぎが大きくなったと言うしかない。朋美が全ての黒幕だったとしたらの話だが」

「確定だろ。少なくとも俺はそう確信している」

 迷いなく、きっぱりと言い切る。その表情も実に真剣だ。こんな顔のヒロは珍しいが…

「……なぁ隆、以前、記憶持ちは、槙原、日向、須藤の三人だって話をしたよな」

「うん。みんな漠然とだが、そう思ったって」

「木村は自分が記憶持ちだって主張したよな?」

「そうだな。木村の線もあり得ると思うし。お前もそう思うんだろ?誰が記憶持ちでもおかしくないって」

 これは全員の認識だ。ヒロだって波崎さんの可能性も示唆していた。

「俺の可能性もあるって事だよな?」

「そうだけど…何か確証があるのか?」

「木村も言っていたけど、須藤のやりそうな事がある程度読める。川岸を嗾けたのもそうだろうと思うし」

 ヒロは俺に一番近い所に居たから、勿論可能性はあると思う。木村よりもそうだ。

 よって朋美の仕業と確定したのだろう。言わない所を見ると、自信が持てないからが理由だろうが。自分が記憶持ちだと言う確証が。

 ならば、遥香は確定だとして、朋美がほぼ確定だとして、残るのは麻美、木村、ヒロか…

 麻美なら記憶持ちだと自分から言うだろうし、木村もヒロも確定とは言い難いから、まだ解らないが正解だよな…

 しかしヒロはそれ以上言わず。何も言わずにふて腐れるように、布団に包まった。

 何か言いたかったのだろうが、何を言いたいのか解らない。そんな感じで。

 歯痒い…んだろうな。俺がヒロの立場でもそう思う。

 こればかりはしょうがない。何を言ったらいいのか解らないんだから。ただモヤモヤが凄いってだけで。

 俺も何も言わず、何も言えずに布団に包まった。やはりモヤモヤしながら……


 ………


 此処は…朋美の家?なんで俺の目の前に、今は更地の朋美の家が?

 疑問に思っている俺の腕を掴んで行かせまいとしているのがヒロと…麻美。

「隆、ちょっと落ち着きなよ。流石にヤバいってば」

「そうだぜ。須藤の親父に文句言っても仕方がねえだろ」

 口調は穏やかだが、二人の顔には明らかに焦りが見えた。俺の視線の先に、あっち系の連中…これは朋美の家の連中か。そいつ等もただならぬ雰囲気を察してか、俺の前に通せんぼ宜しく立ち塞がっている。

「退けよ!!アンタ等に用事はない!!あるのは朋美と親父だ!!ぶち砕くぞ糞が!!!」

「隆、おめぇどうしたんだ?何をそんなに興奮してんだ?」

 組の連中も力付くでどうにかしようとはせず、俺を宥めている。理由は簡単だ。この騒ぎでご近所が野次馬宜しく、朋美の家を覗き見していたからだ。

「なんだ?一体どうしたんだ坊主?」

 漸く念願の親父が顔を出す。ご近所の手前、俺を自ら宥めようとしたんだろう。だが、それは逆効果だった。俺は更に興奮したのだ。

 その後ろに朋美の姿を見付けてしまったから。

 掴みかからんばかりの俺を、ヒロが力で押さえて、麻美が親父の前に出た。

 そして俺の代わりにあれこれそうよと。親父はちょっと驚いた顔をしていた。

「そうかよ…そりゃ怒るよなぁ…オメェを自分の物にしたいからって虐めを頼むとかよぉ…悪かった。娘には金輪際、そんな真似はすんなときつく言っとくから、ここは退いてくれや」

 全く悪いと思っていない言い草に、やはり俺は憤る。

「ふざけんな!!言葉で収まるか!!そのムカつくツラにパンチを入れさせろ!!っち、邪魔すんなよヒロ!!!」

「するに決まってんだろ。こんなくだらねえ事で、お前を犯罪者にできるか」

 この俺は興奮状態で何も目に映らなかったようだが、今は冷静に見ているから解る。

 ヒロの目つきが尋常じゃない…ちょっとした切っ掛けで殺しそうな…そんな危ない目つきに変わっていた。

 その目を向けているのは朋美…ヒロは朋美相手に殺意をぶつけていたのだ。

「…麻美も大沢も一体何やってんの?わざわざウチに来るなんてさ。そうさせない為のアンタ等でしょうが?ホント、使えない…」

 酷く幻滅したように首を振る朋美。その様子に再び向かって行きそうになったが、やはりヒロが力で押さえた。

「……須藤、お前に使われた覚えはねえが、お前の親父がきつく言っとくっつったのを信じて、ここは退く。いいだろ日向?」

「いいも何にも、それしかないでしょーに?ご近所に通報されちゃっているかもしれないから、下手な真似も出来無いし」

 朋美の親父も組の者も、明らかにそれを危惧していた。よって宥めて終わりにするつもりだったのだろう。俺はそんな事はお構いなしに足掻いていたようだが。

 強引に引っ張られる俺。勿論、引っ張っているのはヒロだ。

「大沢、アンタ、隆になにしたの?まさかそこまで強くなるなんてね…ドーピングでもさせたのかしら?」

 呼び止めるような軽口だが、ヒロは止まらず。代わりに振り反る事無く言う。

「薬なんか使うか。お前は実に使いそうだけどな?兎に角約束は守って貰うぜ。俺もそろそろヤベェんだからよ………」

 朋美じゃなく、親父に向かって放った言葉だ。これ以上関わるな。そうなれば、この先は知らないと。

「あははははは!!ヤベェって何!?アンタが私に何が出来る……!!」

 パン。と平手打ちの音がして、朋美が黙った。

「坊主達の希望は俺が責任を持って叶える。お前もこれ以上挑発するんじゃねえ」

 親父が朋美をビンタしたのか。だから黙ったのか。

「…どうせ、そのビンタもポーズだろうが、約束はしたぜ」

 最後にそう言って、一切振り返らずに、朋美の家を後にした―――


 ―――


 うっすらと目を開けると、そこには俺が居た、今の俺よりも若干若い俺が。

「……また見させてくれたのか」

 それは中学の俺。霊夢でこっちの過去を見せてくれる俺。こっちの緒方君。

 こっちの緒方君が薄く笑う。あの危険な香りを纏わせながら…

「アンタが知りたがっているからな。俺の過去を」

 そりゃ知りたいが、どうせなら時系列ごとに、順を追って欲しい。お前も知っての通り、俺は末期なんだから。

「アンタも知っての通り、俺は不器用なんだから、そう都合よくはいかねーだろ」

 まさしくその通り。だが、その時の要所要所は見せてくれるんだから、あながち不可能じゃないような気もするが?

「できないよ。何かのキーワードで夢が見られる、と言うか、俺が出て来られるんだから。今回の場合は、ヒロと朋美の確執か?ヒロが記憶持ちだったらいいと思っている後悔か?」

「なんでヒロが後悔するんだ?」

「そりゃ、記憶を持っていたら、俺をあそこまで鍛えなかったからだ。こんな俺になるとは思わなかっただろうから」

 殴り殺す程までに狂暴になった俺に、多少なりとも責任を感じているのか…

「それに、あの馬鹿女に踊らされていた自分が不甲斐無いとの思いだな。だから確執だ」

 ひょっとして、ヒロは自分が殺したいと思っているのか?朋美を?

「その通り。だけど、俺と違って我慢が利く。だから踏み留まれる。この時俺を引っ張って帰ったのは、実は自分の精神状態がヤバかったからだ。俺より先に殴ろうと思ってしまったから」

 この時のヒロも、実はギリギリだったのか…気持ちは解るな…痛い程…

 その後はどうなった?少しは大人しくなったのか?俺も朋美も?

「どこから漏れたのか、この話が学校中で話題になって、朋美は当然無視されたが、関係なくガンガン話し掛けていたな。傍から見ればハブにさせたとは思われない程には」

 ヒロもそんな事を言っていたな。マジでどんな心臓してんだあいつ?

「俺達はどうなった?朋美は当然無視するとしても、他の奴等からは?」

「どうもこうも。ヒロはそれなりに話す奴もいたし、麻美も朋美にやられてハブにされていたとはいえ、表面上は話す奴もいたから。何もないのは俺だけだ。要するに、何も変わらなかった」

 そ、そうか。俺だけなぁ…まあ…そうだろうなぁ………

 だけど、こうやって色々話を聞ければ……

「……悪いが此処までだ。また出て来るから、その時に……」

「え!?ちょっと待て!!まだ色々聞きたい事があるんだよ!!」

「仕方ねーだろ。俺には限界があるし、その限界がビックリする程低いんだから。俺は大した奴じゃないからな」

 それを言われちゃ、何も返せないが……

「そんな顔するなよ。何かのキーワードが出たら、出て来られる。尤も、中学時代限定の話しか出来ないけど。今起こっている状況には全く役に立たないけど」

 そう、一方的に告げて…

 こっちの緒方君は消えた。闇に飲まれるように、消えた………


 …


 ……


 ………


 ……朝…か…

 半覚醒した目をこすってスマホで時間を確認。ロードワークの時間にはちょっと早いが、まあいい。

 ヒロは…起こそうか。うん、起こそう。

 揺り動かすと、簡単に目を開けたヒロ。

「おう……もう時間か……」

「ちょっと早いけど、許容範囲だろ」

 そう言うと自分のスマホを開いて時間を確認した。

「……まだ20分もあるじゃねえかよ……」

 ぼやくが、上体を起き上がらせた。20分寝るよりも起きた方がいいとの判断だろう。そして、それは20分の雑談時間があると言う事だ。

「なぁヒロ、俺の世界じゃ、お前はボクシングを辞めていた時期があったんだ。こっちのお前はどうなんだ?」

「やめられるわけねえだろ。身体が鈍ったら、お前を止められなくなるからな…」

 こっちのヒロも俺の為にボクシングを続けていたのか。

「だけど、お前の世界の俺の気持ちも解るな。辞めたって気持ちは」

「なんで辞めるんだよ。なんだかんだでボクシング好きなんだろ?」

「……言わねえよ。兎に角着替えよう。折角早起きしたんだから」

 練習時間を多く取るって事か。対抗戦があるから、それもアリだ。

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