文化祭前~008
「はは、緒方君達みたいな付き合いをするには、木村君は硬派過ぎるからね。そこは仕方がないよ」
国枝君が相槌宜しく乗っかって来るが――
「国枝君は春日ちゃんのお家でやっているんでしょーが。あーんとかって」
遥香の突っ込みに赤面して顔を伏せてしまった。
「国枝君もそう言うキャラなのね…」
「さ…流石に外ではやらないよ。恥ずかしいから…」
横井さんの感想に何故か素直に答えてしまう。言わなくてもいいだろうに。家の中じゃ間違いなくやっていると確信を得られただろうに。
「お前…えっと、横井だっけ?河内はそんなキャラだが、催促されたか?」
いきなりの木村の振りに、やや戸惑いながらも答える。
「さっきも言ったけれど、一昨日からの付き合いだから。それに、あまりにもウザすぎて、昨晩から今朝まで着信拒否したし」
「河内も面倒臭そうだな…予想は付いていたけどよ」
木村も流石に呆れた。着信拒否を可哀想と思わせないウザさを、俺達は知っているからだ。
「だけど、ちょっとは優しくしてやってくれよな。一応俺達のダチなんだから、あんま可哀想な所は見たくねえ」
「優しくと言われても…」
困惑の横井さんだった。どう優しくすればいいのか、見当もつかないのだろう。
「例えば、一緒に飯食いに行った時に、飲み物をさりげなく持って来てやるとか。あーんは流石に頼まねえけど。緒方達じゃあるまいし」
なんか俺達がディスられてんだけど?
「そのくらいなら…でも、そうなると、黒木さんの我儘も聞いてもいいんじゃない?」
黒木さんのフォークの手が止まった。聞き耳をビンビン立てているし!!
「そりゃ、できる事と出来ねえ事があるからな。緒方達のようには流石に無理だ。そこは諦めて貰うしかねえ」
だから、いちいち俺達を引き合いに出すな。俺達はちょっと特殊なんだから。
黒木さんもムッとしてドリアをパクつかないで!!熱いから!!火傷しちゃうから!!
「ふうん…でも本当に意外だわ、ちゃんと黒木さんとお付き合いしているのが。西高生は、その…」
横井さんが口ごもった。言い難いんだろう。その先が。何なら俺が代わりに言ってもいいんだけど。
「遊びで付き合っているとか思ったか?そりゃ思われても仕方がねえ。西高の評判はそんなもんだ」
逆に今更感で返す木村。俺が代わりに聞こうとした事を自分で言い切ったとか。
「だけど、西高全部がそうだと思わないでくれ。流石にまっとうな連中が可哀想だからよ」
「うん。そうね。その点に関しては、私の方に非があったわ。ごめんなさい」
素直に謝罪する横井さん。木村が満足に頷く。
「そうしてくれりゃ、有り難い。そして、さっきの頼みも今聞いて貰えるか?」
そう言って通路の方を見る。釣られて全員が其方を向いた。
「あれっ!?河内!?」
そいつは河内。一昨日俺ん家にて彼女をゲットしたが、あんまりウザくて着信拒否を喰らった俺達の友人だった。
「だから、運搬の手配だろ。これでダンボール全部持って帰れるぞ」
木村の弁である。手配したって河内かよ。わざわざ黒潮から呼び出してまで…
「おう河内、こっちだ」
木村が手招きすると、河内が気付いて此方に寄って来た。
「おう、えっと、横井さん?千明さん?えっと、どっちがいいっつったっけ?」
俺達に挨拶無しで横井さんに一直線だった。
「だから、好きに呼べばいいと言ったでしょう……」
うんざりしながら答える。この質問を何度もやり取りしたんだな。そりゃウザいわ。
「えーっと…じゃあ千明」
「呼び捨てはまだごめんとも言った筈だけれど?」
ちょっと怒りが見え隠れする瞳を向けて言う。いきなり呼び捨てにされてイラッと来たのだろう。その教訓を全く生かしていない河内に、またもやイラッとしたのだろう。
「あ、うん。じゃあ千明さん」
そう言って横井さんの隣に無理やり座った。隣の国枝君も若干迷惑そうだった。
「ちょっと河内君、席は勿論譲るけど、少し待って貰えないかい?お盆を寄せる時間は欲しいよ」
「あー、うん。ごめんごめん。え?国枝親子丼なの?旨そうだな…」
謝罪しながら他所様の注文の品を見るんじゃねーよ。どっちかにしろ。
ともあれ、国枝君はちゃんと席を譲り、ついでにメニューを滑らせた。
「千明さんはチキンドリア?それも旨そうだな」
「その前に、みんなに挨拶くらいしたらどう?」
横井さんに叱られて、改めて俺達を見る河内。
「木村、久し振り、お前等一昨日振りだな」
「「「もういいから注文しろ」」」
俺とヒロと木村が同時に諦めた。今のこいつにはちゃんと話しても聞いてくれないとの判断だ。
「おう、えっと…緒方、またカツカレーかよ?ホント好きだな?」
「うるせーな。俺は彼女とシェアするんだからいいんだよ」
そう言って見せ付けるように、カレーがたっぷりかかったカツをフォークでぶっ刺して、あーんと。遥香は全く躊躇を見せずにパクンと。
「やっぱり甘いのと辛いのを同時に楽しめるのって良いよね~」
そう言ってホワイトソースがたっぷりかかったハンバーグを、あーんと。俺も躊躇することなく、あーんで迎え撃った。
「俺ビーフカレーにするわ」
「あーんはしないけれど?」
「……だよな。じゃあもうちょっと考える」
全員普通に声に出して笑った。ヒロでさえも。お前は他人の事は笑えない立場だろうが、ここは許してやろう。
「えーっと、大沢のミックスフライ、中身なんだ?」
「カキとエビ、メンチカツだな」
「俺カキ苦手なんだよな。じゃあいらねえか」
河内の弁にムッとしたヒロ。自分が好きなものを否定されたからだが、いいだろ別に。
「木村はミックスグリルか。黒木ちゃんとあーんとかってしねえの?」
「するか。だから綾子、身を乗り出すな」
瞬時に腰を浮かせた黒木さんを制した木村。ちょっと可哀想だから、せめて受けるくらいやってあげて欲しい。
この言動にウザいと思ったのか、横井さんがメニューに指を差す。
「河内君はお肉が好きなんでしょう?このチキンソテーとかはどうなのかしら?」
それを聞いてビックリしたのは俺達。
「え?何かおかしな事を言ったかしら?」
「…いや、河内ってファミレスに来れば、大体はチキンソテーを頼むからさ…」
河内の好みをピンポイントで押すとか、マジ神がかっている。ひょっとしたら横井さんは河内の運命の人……?
「昨晩バカみたいに聞かされたから。メールで」
運命を感じたが却下した。自分で言ってんじゃねーかよ。
「千明さんはチキンソテーが好きなのか?俺と同」
「昨晩メールで何度も聞いたと言った筈だけれど?」
あー、ウザいな。野郎共だけで話すとそうでもないんだが、女子が絡めばウザさが増す。
なんだかんだ言いながら、河内はチキンソテーをオーダー。注文の品が来るまでドリンクバーでお茶を濁す。
「千明さん、マジ美人さんだよな~。俺ってラッキーだな。こんな美人さんと付き合えて」
「昨晩のメールで充分お腹いっぱいなんだから、もう言わないで……」
褒められているのに疲れきった顔での返事。ホントに何回言ったんだ?
「あはは~。ダーリンのお友達って、みんな極端だよね~」
「馬鹿言うな。国枝君は違うだろ。全うな人間の国枝君をこっちのカテゴリーに入れるな」
「そう言われても、どう返答すればいいのか…」
困惑の国枝君だった。国枝君は普通人でいいんだから、それでいいんだよ。
「極端って、隆が一番極端だからだろ」
「まあ、そうだね。ウチのダーリンが一番かっこいいし」
ヒロの返しに全く見当違いの答えを返す遥香。お前なに言っちゃってんの!?
「ちょっと待って。一番かっこいいのは明人でしょ!!」
「お前いきなりなに言ってんだ!?」
木村もビックリの黒木さん。本当に何言ってんだこの人!?
「ほう?じゃあ横井に、この中で一番かっこいい男子を決めて貰おうよ」
「「「え!?」」」
俺と横井さん、河内が同時に声を漏らす。本気で何を考えているんだお前は!?立場上河内と言わなきゃなんねーだろが。
……あ、そういう事か。河内に少しでもって事な。さっき木村がお願いした事を実際やって貰おうと。
超期待の眼差しを横井さんに向ける河内。横井さんもこんな質問に真面目に答えようとしなくていいから。真剣に考えちゃっているけども。
「チキンソテー、お待たせしましたー」
注文の品が届いたところで安堵する横井さんだが…
「波崎が持ってきたのね…」
「そうだよ。面白そうな話、しているじゃない」
河内の前にチキンソテーを滑らせてニヤニヤと。
「波崎はどう思うんだ?やっぱ俺だろ?」
当然だよなとのヒロの問い。
「う~ん…大沢君もイケているけども、人によって好みが分かれる様な感じじゃないかな?」
あの髪形のせいでな。波崎さんはその髪形にシンパシーを感じたらしいが。普段着がロッカーみたいな恰好だからだろう。ヒロの髪形もどこかのバンドに居そうな髪型だから。
本人は音楽ってガラじゃないのは十分承知だろうけど。
「え?じゃあ波崎は俺が一番とは思っていない……?」
顔色が土色になったヒロ。波崎さんはヒロを冷遇しているからなぁ…
「いやいや、勿論私は大沢君が一番だよ。自分の彼氏を一番と思えないのはオカシイでしょ」
この弁に一気に上機嫌になる。やっぱヒロは単純だ。だが、この言葉によって、河内のそわそわが激しくなった。
しかし、逆に冷静になる横井さん。
「……成程、さっき木村君が言った事か…」
この意図を見切ったようで、オナ中二人に咎める視線をぶつけた。
「あはは~流石横井、切れ者だね。だけど、言った事は本当だよ。私は当然ダーリンが一番だと思っているし、くろっきーだって木村君が一番だと思っている。波崎のだって本心だよ」
そりゃそうだ。自分の彼氏が一番だと思うのは。俺だって遥香が一番かわいいと思っているんだから。
それには同感のようで、普通に頷く。
「だけど、私の場合は一昨日からの付き合いなのよ?性格は…何となく掴んでは来たけれど」
それもその通り。性格はヒロと同じく解り易かったし。
「おい河内、聞き耳立てるのもいいが早いとこ食え。冷めたら不味くなる」
「え?お、おう」
さっきから聞き耳ビンビンの河内に食事を勧めて、波崎さんを見る俺。
「追加で山盛りポテトフライ」
「追加なんて緒方君にしては珍しいね?お腹減っていたの?」
「いや、俺達はほぼ食い終るけど、河内はこれからだろ。サラダとドリンクだけで持たせるのもなんだと思って」
「ああ、河内君の食事が終わるまでの繋ぎね。かしこまりましたー」
何とか体の良い言い訳で追い払えた。そして俺は遥香をジト目で咎める
「お前、そう言う事はすんなよ。こう言うのは自然に、だろ」
俺の言葉に木村も頷く。
「俺も悪かった。河内があんまり不憫でよ」
「そうだね。ちょっと焦っちゃったかな」
木村は単純に友情からだろうが、遥香が焦る意味が解らない。二年の伏線とやらに関係しているんだろうけど…
「あんまり煽るな。お前だってあんな感じで茶化されたら嫌だろ」
「私は別に……」
カクッと項垂れた俺。こいつは寧ろウェルカムだった!!
「そうだな。俺だったらキレる可能性がデカい」
「木村君の場合はくろっきーの方がウェルカムでしょ」
「ああ…お前、綾子におかしな事吹き込んでねえよな?」
「いや、何も?くろっきーが何かしてきたの?」
「………いや、別に………」
黙っちゃった木村。絶対に何かされたんだ!!スゲー気になる!!
ともあれ、チキンソテーを食べながらも横井さんにしつこく言い寄る(?)河内に、俺は話題を振った。
これは横井さんを救出する為でもある。このままうぜー真似したら、嫌われて振られてしまうから、河内の為でもある。
「河内、バイクで来たのか?」
「うん?おう、そうだ。ちゃんと千明さんのヘルメットも持ってきたから心配いらねえぜ」
凄いドヤ顔で返してきた河内。横井さんと木村が物凄い呆れ顔だった。寧ろ諦めたように溜息をついた。
「………お前、なんでここに呼ばれたんだっけ?」
横井さんと木村の諦め顔の理由を俺が訊ねてやった。
「え?なんか荷物を持つとか何とか?」
「で、ヘルメットが何だって?」
「だから、千明さんの分だろ。ノーヘルは危ないからな」
「横井さんの後ろに乗せたとなると、その荷物はどうなるんだ?」
「………あ、そうか。悪いけど荷物は諦めてくれ」
「「「もう帰れ!!!!」」」
俺も木村も、流石の横井さんも突っ込んだ。
マジで何しに来たんだこいつ?ただ遊びに来ただけかよ!!
俺達の突っ込みは兎も角、横井さんのはダメージがあったらしく。
「帰れって…ちょ!千明さん、俺なんかおかしな事言った!?改めるから!!ちょっと考え直して!!」
振られると思ったのか、まさに縋りついた河内。微妙に涙目になっているし。
「先ずは腕を放しなさい。セクハラで訴えるわよ。準強姦罪でもいいけれど。だから鼻を啜らないで!!なんで泣くの!?」
涙目じゃ無くて泣いていたのか……こんなみっともない姿、的場に見られたらどうすんだろ?的場はどう思うんだろうか?
「………お前は何をしているんだ?」
隣の遥香を何気なしに見たら、スマホを二人に向けていたので聞いてみた。
「動画撮っているんだよ。後でみんなにも観せてあげようと思って」
「悪趣味な事すんな!!だけど俺にも送ってくれ」
削除しろとは言わないで、寧ろ寄越せと言った。
それは兎も角、横井さんは掴まれた腕を必死に振り解き、酷く落胆した表情で荷物持ちが必要な理由を述べた。
「西高から文化祭で使う紙コップや紙皿を戴いたのよ。私、文化祭実行委員になったから、少しでも経費を節約しようと……」
「その文化祭、俺も招待してくれんのか!?」
「荷物持ちが必要な理由を述べている最中でしょう!?と、言うか、一昨日お客を連れてくると言ったでしょう!!最後まで聞きなさい!!」
なんか横井さんが出来の悪い弟を叱るように見えて来たが……
つうか河内、一昨日も昨晩もこんな調子でメールラッシュしていたのかよ…こりゃ、ツインテちゃんも無視するわ……
「フライドポテト、お待ち~」
注文した品が届いた。しかし、河内のチキンソテーがちっとも減っていない。
「……ちょっとすごい事になってんね」
持ってきた楠木さんが若干引く程のカオスだった。
なので、俺があれこれそうよと経緯を説明。
「……ふ~ん……河内君って面倒臭いんだね~。パッと見はモテそうだけど、長続きしないね」
長続きも何も、速攻で振られると思うんだが…
「悪いが楠木、頼りの荷物持ちはこんな様だ。最悪三箱このまま預かってくれねえか?」
木村の頼みに意外そうに。つうか俺も意外だった。繰り返し中は険悪だったのに。今回は利用されていないからだろうけど。
「木村君が持って行ってくれるんじゃないの?」
「いや、俺は帰り道が逆だから」
そういや家は外れの方だったな。どっちかって言うと、春日さんのアパートの方に近いんだったか?
「いいけど、それでいい?」
俺を見て訊ねる楠木さん。持って帰れないのなら仕方がないので頷いた。
「シロが時間大丈夫なら、シロに頼むけど、どうする?」
生駒は今忙しいんだろ?バイトが入っていないのなら身体も休めたいだろうし、頼むのは憚れるなぁ…
「生駒は今忙しいんだろ?だったら悪い「生駒もくんのか?俺の彼女を紹介したい!!呼んでくれ!!」ええええ~……」
バイトで疲れているんだろうから遠慮しようとしたが、河内が被せてきやがった。
そもそもお前は荷物持ちで呼ばれたんだろうが?生駒に頼めるんなら最初から頼むよ!!
「河内君は…なにしに此処に来たのかしら?」
「何ってそりゃ…千明さんに会いに…」
「「「違うだろ!!荷物持ちだろ!!」」」
俺とヒロ、そして木村がやはり同時に突っ込んだ。
横井さんは眉間に人差指を当てて頭痛を堪えるように首を振っているし、黒木さんと遥香は唖然としているし…
「……河内君って…なんか凄いよね…」
国枝君なんて戦慄しちゃっているし。
「え、えーっと、取り敢えずシロに連絡してみたら?私からしてもいいけど、流石にバイト中だしさ」
これ以上関わりたくない様で、早々に脱出した楠木さん。いい判断だ。
「おいどうする緒方?生駒を呼ぶか?」
小声で木村が訪ねて来る。
「……やめとくよ。バイトが休みなら身体を休めたいだろうし」
「だよな……じゃあ三箱、後で取りに来いよ」
そうなるよな…本当に何しに来たんだ?マジで来なくても良かったのに。
その後もやいのやいのとやったが、俺達は文化祭の事で忙しい。あと文化祭後の練習試合で忙しい。
だから河内を置いて帰ろうとしたが、なぜかついてくる。バイクを押して。
「お前、俺達と一緒に帰るんなら荷物持ってくれよ!!」
「千明さんの席が無くなるじゃねえかよ」
「私もひと箱持っているんだけれど、それは見えていないのかしら……」
「そう思ったが気が変わった。俺のZXRに括り付けろ!!」
全く以て適当な奴だな…だが、有り難くダンボールを乗せた。
「ちょっと待て、三つは多過ぎだ。せめて一つ…」
だよな。流石に三つは多いよな。いくらバイクとは言え。
「ち、仕方ねえな…じゃあ俺が二つ持ってやる」
有り難い木村の申し出。
「見ろ河内、木村は家が逆方向なのに、俺ん家に荷物を持ってきてくれるって言うんだぞ!!」
「俺も一つ持つって言ったよな!?」
言ったっけ?どうだったか?まあ、持つのなら何でもいい。
「じゃあお前は先に俺ん家に行け。俺達は電車だから」
「え?千明さんは?」
「私も一つ持っていると言った筈だけれど!?」
何でたかが紙コップと紙皿を運ぶのに、こんなに疲労しなきゃらならんのか?
呼んだ木村が恨めしい!!
ともあれ、どうにかこうにか家に着いた、河内も既に到着していて、庭先で待っていた。
そして、俺達を目ざとく発見して小走りで近寄ってくる。
「おい、あれリングじゃねえか?何でそんなモンが此処に?」
マジで面倒だが、仕方なしに経緯を教える。つうか昨日目に入らなかったのかよ。
「……大洋にあるジムと対抗戦なあ…」
「なんならお前もジムに入って月謝払ってオッチャンを喜ばせてやってくれ」
ヒロの冗談とも本気とも取り難い言葉。
「え?俺は蹴りの方がメインだし…」
困った顔を拵えながらの拒否。確かに河内は拳よりも蹴りだよな。
「遥香、先に部屋に行って、お茶用意して」
「はあい。ダーリンはどうするの?」
「柔軟するよ。スパーはしなくちゃいけないしな。幾ら疲れていようとも」
「スパー?お前等試合すんのか?疲れているように見えるのに?」
その疲労を呼び込んだのはお前だ。
「って言うか、遥香がお茶の準備をするんだ……」
慄く黒木さん。だって普通に朝飯食ったりしているし…その時給仕もするし…
「あはは~。お嫁さん候補だからね~。当然当然」
こっちは上機嫌だった。マジで嫁に来そうだが、そうなったらそうなったでいい。
横井さんが親父にお願いして、ダンボールを車庫の中に一時預かり、其の儘俺の部屋に。
「じゃあヒロ、柔軟すっか」
「おう。つか河内ってあんなんだったか?もっと硬派っぽかったような気もするが…」
あんなだよ。大洋に行った時、中学に潜入した時、プールに行ってナンパしただろ。
「詳しくは的場に聞いたら面白いかもな」
「逆にキレるんじゃねえか?自分の後釜があんなんじゃ…」
そうなったらそうなったで面白いじゃねーかよ。それは兎も角、柔軟開始だ。その間も雑談する。
「レフェリーは国枝に頼むとして、俺のセコンドは?」
「木村でも黒木さんでも好きな奴に頼めば?」
「黒木はやんねえだろ…波崎呼ぶかな…」
絶対に来ないと思うけど、気が済むようにすれば?
シャドーなんかもして、程よくあったまった頃、遥香達がぞろぞろと庭に集合する。全員疲れたような顔をして。
「……河内か?」
「…うん」
国枝君もうんざりと言った体だった。国枝君にこんな表情をさせるとは、すげえぞ河内!!
「えっと、お疲れのところ悪いけど、レフェリー頼める?」
「うん、それは勿論」
疲れているのに快く引き受けてくれた。やっぱ国枝君は聖者だ。
「よっし!!じゃあ俺が大沢のセコンドやってやる!!二人で緒方をぶっ殺そうぜ!!」
頼んでもいないのに河内がヒロのセコンドに名乗り出た。ヒロが若干迷惑そうな顔をしたのは見逃さなかったぞ。
「当然ダーリンのセコンドは私」
こっちはドヤ顔で宣言した。そりゃ勿論だが、改めて言わなくてもだ。
「どうでもいいから早く始めろ。こっちは待ってんだよ」
観戦する気満々の木村が苛立ちをアピりながら促す。
まあ、やるけども。
「じゃあヒロ、5ラウンドでいいか?」
「いや、対抗戦は多分3ラウンドだろ?身体を慣れさせる為にも、3ラウンドにしようぜ。足りなかったら1セット追加すりゃいいんだし」
それもそうかと3ラウンドにしようとした所―
「3ラウンドって9分だろ?物足りねえだろ。俺達が」
木村がもっとやれと言って来た。
なのでこう言って返す。
「終わったらお前と河内でスパーやれは物足りなくなんねーぞ」
「グローブなんてつけた事ねえよ」
「俺も蹴りが主体だし」
どっちも暗にやりたくないと言いやがった。勝っても負けても嫌なんだろう。親友だし。
「隆、ガヤの戯言なんかにかまうな。俺達の練習だ」
それもその通り。国枝君に3分3ラウンドの申請をして、リング中央に向かう。
「最初は流すか?」
「絶対に流せねえだろ」
そうだな。だったら普通にやろうか。
右拳を翳すと、ヒロがそこにグローブを当てた。
そこに国枝君のホイッスル。同時に拳を引き、左ジャブ。
「やっぱ速い!!」
昨日観戦して見た筈だが、改めて左ジャブの速さに驚いてくれた。
「大沢!!殺せって!!そこで蹴りだ!!」
河内は全くセコンドの役割を行っていなかった。ただ殺せとばかり喚いている。
それに応えた訳じゃないだろうが、左ジャブからのワンツー。全く力が入っていない、牽制目的のワンツー。
それをブロックで弾いて前に出る。
そこに、横っ面を叩くような左フックが飛んできたが、ここは俺の間合い。リバー狙いの左ボディで相討ちを狙う。
ヒロもフックを出している途中なので、諦めて耐える選択を取ったようで。
俺の横っ面が吹っ飛んでからやや遅れて、リバーにめり込む拳の感覚。
「く!!」
「ぐ!!」
俺達はほぼ同時にたたらを踏んだ。
「いまだ行け大沢!!殺せ!!蹴り殺せ!!」
興奮して腕を振り回している河内が目に映るが、蹴りは駄目だっつってんだろ。つうか殺せって!!
「あいつうるせえな…!!」
どうにかこうにかダウンを拒否した体のヒロが苛立ちを以て呟いた。
俺もダウンを拒んで、スタンスを広げてインファイトの催促。
「おい!!大沢!!今がチャンスだって言ってんだろ!!ミドルの蹴りだ!!」
「これはボクシングだっつってんだろバカ!!」
アホのヒロにバカと言われた河内。実際にバカだからしょうがない。
「お前、セコンドにそんな言葉を…」
「だったらセコンドらしく、アドバイスしろよ!!」
「してんだろ!!蹴り殺せって!!」
「だからボクシングだっつってんだろ!!」
俺を置いてやんややんやと言い合う。こりゃ、今日は駄目だな……
実際俺達は1ラウンドでスパーを終えた。やる気が失せたからだ。
「なんだよお前等、もっと気合い入れろ」
「「お前のせいだろ!!」」
河内に同時に突っ込んだ俺達。本気で邪魔だこいつ!!
「まあ、こんなガヤがいたんじゃ、やる気が失せてもしょうがねえ。横井だっけ?考え直した方がいいんじゃねえか?」
「……言われなくてもそう思っている所よ……」
木村はさっきまで河内とどうにか仲良くさせようとしていたが、諦めたようだ。
「大体だな、あの腹にパンチ貰った時、緒方の方も前のめりになっていただろ?あの時顔面にミドルを入れりゃ勝てたんだ」
ほう…俺に勝てたと…
一度降りたリングだが、再び上がった俺。そして河内に向かって人差し指で来い来いとやる。
「異種格闘技戦でもしようか河内。時間無制限、完全ノックアウト制。どうだ?」
真っ青になったのはヒロ。俺が多少なりとも本気になったのが解ったようで。
「おい河内、あいつ、ちょっとキレてんぞ」
「ええ~…ホント冗談が通じねえんだな、緒方って…」
お前が煽ったんだろうが!!まあ、俺も友達とマジでやるのは憚れるし、したくは無いが。
なのでその冗談に乗っかる事にする。
「俺も冗談だバカ。お前があんまり空気読めないからムカついたのは事実だが」
「言う程空気読めない訳じゃねえだろ」
自覚がないってのは本当に困るな…どうやって自覚させたらいいんだこう言う奴には?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます