文化祭前~007

 そんな訳で、横井さんを促して座らせた。正面の生徒会長、めっさガンをくれてやがる。

 当然横井さん、脅えて話そうともせず。そんな態度を取られちゃ糞が大っ嫌いな俺は躊躇しない。

「おいお前、か弱い女子を威嚇するんじゃねーよ。ぶち砕くぞ糞が?」

「お、緒方くんっ!?」

 脅えていた横井さん。ひっくり返った声で俺を呼んだ。不安なんだな。

「大丈夫大丈夫。一発で終わらせるから」

「そう言う問題じゃ無くてっ!!!」

 やる気になった俺の腕を掴んでイヤイヤと首を振った。微妙に涙目である。

「おい本間。女子に凄むんじゃねえよ。またやられてえのか?」

 木村がそう言ったら舌打ちをして目を逸らせた。躾けって大事だなぁ…こんな馬鹿野郎共でも、適度にぶん殴れば言う事は聞くんだなぁ…

「緒方、お前もだ。いちいち怒るんじゃねえ。ちょっとは堪えろっつただろ?」

「だって女子にガンくれるような小物、ムカ憑かない筈ないだろ?」

 心の内を正直に話したら仲間全員がいきり立った。全員殺気を俺に向けた。

「言っとくが、俺は隆を止める役目で此処に来たんだがよ、やるっつうなら普通にやるぜ」

 ヒロが戦闘モード一歩手前の状態で前に出る。殺気に反応したのだ。

 木村が呆れて苦言を呈する。

「こいつ等にはやらせねえし、お前等にもやらせねえよ。お前等なんか話があって来たんだろうが?先ずはそれを言え」

 そりゃそうだが、さっきに威嚇で横井さんが委縮しちゃって、話す事が出来なくなったからさー…

 困っている俺達に遥香がここぞとばかりに口を挟んだ。

「木村君の言う通り。先ずは自己紹介から。私は槙原遥香、緒方隆君の彼女です」

 ぺこり、とお辞儀。そして顔を上げて追記する。

「こっちは黒木綾子ちゃん。私の親友で、そっちの木村君の彼女です」

 ついっと黒木さんに手を伸べると、黒木さんも辞儀をした。

「で、この子がその用事がある横井千明さん。美人さんでしょ?」

「そうだな。アンタも負けてねえと思うぜ?」

 いやらしい笑みを遥香に向ける生徒会長。駄目だ、やっぱ殺そう。俺の彼女さんを性的な目で見るような奴は、殺してもいいだろ。

 だが、俺のやる気はここで途切れる事になる。遥香の続く言葉に西高の連中が大人しくなるからだ。

「あはは~。ありがと。でも、そんな事言ったらダーリンに殺されちゃうから言わない方がいいよ。こっちの横井にもさ」

「あ?どういうこった?」

「この横井は、黒潮の河内君の彼女さんだから」

 流石に全員が驚いた。知らなかった黒木さんも、当然木村も。

「え!?横井さん、河内君と付き合っていたの!?」

「え?う、うん…一昨日から…黒木さん、河内君の事知っていたの?意外…でもないか。緒方君繋がりでそうなっちゃうわよね」

「マジか緒方!?河内の女がこいつ!?」

「こいつ呼ばわりすんな。横井さんだ」

「あ、お、おう…そうだな…横井だっけ?マジで河内と付き合ってんのか?」

「え?う、うん…一昨日から…まだメアドしか教えていないけれど、確かに付き合ってはいるわ」

 これには糞共も絶句。そりゃそうだろう、友好関係で五分の協定を結んでいる黒潮の頭の彼女さんだ。粗相は出来ないし、木村が許さない。

 もしふざけた事をしたら、さっきの躾けなんて目じゃない程の制裁を受ける事になる。黒潮への義理の為に。親友の河内の為に。

 ちょっと場がざわめく程度のインパクトを与えた所で、更に遥香が纏めた。

「そんな訳で、横井、頑張って」

 肩を軽く叩いての激励である。その言葉に我に返った西高の面々。さっきのようにガンをくれる奴もいなくなった。

 横井さんも漸く落ち着いて、先ずは辞儀をして話し出す。

「白浜高校、1年E 組、文化祭実行委員の横井です。この度はお忙しい中、お時間を取らせてありがとうございます」

 頷いて返す生徒会長。文句もからかいも一切なかった。河内ってすげえな。この馬鹿共が普通に話しできるくらいまで黙らせるのかよ。

 そして横井さんは西高に来た理由を説明した。優勝の為に極限まで経費を押さえたいから紙コップと紙皿をくれ。簡単に言うと、こうだ。

「……話は解った。去年とおととしの残り物なら倉庫にある。それで良かったら持って行ってもいい。どうせ捨てる物だ」

 簡単に了承したな?つっても要らん物だからそう言うんだろうけど。

「だが、いくらなんでもタダって訳にはいかねえ。それなりに見返りが欲しい」

 見返りと聞いて遥香が前に出る。糞ふざけた要求をしようものなら、俺が飛び出しちゃうからそれを押さえる為に。そして自らが交渉する為に。

「先に言っておきますが、金品の類の要求はお断りさせていただきます。隆君と木村君が交わした約束も違えません。その前提でのお話をお願いします」

 俺と木村との約束って言うと、白浜に近付くな。南女に近付くな。コスプレファミレスに近付くな、だったか。

 これをひっくり返すような要求は聞き入れないと最初に釘を刺したか。流石は遥香。凶悪狂犬の緒方に足りない所を全て補ってくれる彼女さん。めっさ頼りになるぜ!!

「金の類じゃねえし、ウチの頭と緒方の約束の話でもねえ。もう一つ約束をして貰いたいだけだ」

「その約束とはなんですか?」

 ちらり、と俺の方に目を向けて、直ぐに逸らして話す。

「ウチの生徒はその三か所だけじゃねえ、他でも暴れているが、緒方にその現場を見られたら確実にやられる。その前に一回話を聞いて欲しい」

 なんのこっちゃと木村に目を向ける。

「お前はウチと他の学校が揉めていたら、間違いなく西高の奴等をぶん殴るだろ?だけど、こっちの大義名分もあるってこった。海浜の連中がウチのモンの女に手を出した、とかよ」

 あー、そう言う事か。確かにほぼ例外なく、西高生の方が悪いと決めつけてぶん殴ってっているからなぁ…

「それでも、お前と知り合ってからはそんなに無いだろ?なんかあったらお前に言うんだし」

「それでも、あるにはあるだろうが?つまり、ぶん殴る前に少し話を聞けってこった。そんくらいできるだろ?」

 俺が大っ嫌いな糞の話をねえ…

「いいけど、それが嘘だって解った場合、どうすんだよ?」

「そん時は俺が躾けてやる。つまり、以前の条件に話を一回聞くを付け加えてくれりゃいい」

 それでいいならいいけれど、つっても今では見て見ぬ振りをする方が多いんだから、あんま変わらねーような気がするが…

 それでも目に余った奴しかぶち砕いていない筈だし。

 ああ、そのぶち砕く前に話を聞けって事か。

「解った。いいだろう。どうせその現場に居合わせるとしたら、誰かと一緒だろうし」

「それはどういうこった緒方?」

 木村の疑問はみんなの疑問。証拠に全員「?」てな表情で首を傾げている。

 なのでその疑問に真摯に答えよう。

「俺と一緒にいる誰かが話を聞けって言ってくれる筈だから、いいよって事だ」

「要するに一人じゃ自信がない訳ね…やっぱりダーリン、素直だわ…」

 項垂れる遥香。つか、全員。そうだよ、自信が無いから誰かに頼るんだよ。それが悪い事だとは思えない。

「ま、まあ…お前が納得したんならそれでいい…いいな本間?」

 生徒会長も若干呆けながら頷いた。これで取引成立の運びとなった。

「で、では早速戴きたいんですが、倉庫は何処に…?」

「ああ、誰かに校門前に置いて貰うから、帰りに持って行け。つうか、マジで河内の女なのか?」

 やっぱり信じられない様で、横井さんに再度質問する木村。あいつ、見た目チャラいし中身もチャラいから、真面目な感じの横井さんが彼女になったのが信じられないのだろう。

「ええ…一応は…さっきも言ったけれど、メアドしか教えていないけれど」

「やっぱあんま信用できねえか…」

 納得と頷く木村だった。見た目も中身もチャラいから、信用が置けないと考えるも当然の事だ。

 俺達は勿論信用しているが。一応親友のカテゴリー内だし。

 これで話は終わりで、さて帰ろうと思ったが、阿部との約束がまだあった。なので木村に小声で頼む。

「二年のトイレの場所、教えてくれ。阿部と待ち合わせしてんだよ」

「お前を一人っきりにする訳にはいかねえよ。さっきの交渉でより明確に解った」

 え~…俺が悪いのか?絶対に向こうの方が悪いだろ。直ぐぶち砕こうと思っちゃう俺も確かに悪いけど。

「仕方ねえ。俺も付き合ってやる。じゃあついて来い」

 木村がそう言って歩き出す。俺はトイレに寄って行く旨をみんなに伝えて、木村の後を追った。

 二年のトイレは二階。簡単に発見できたが、木村が先陣切って中に入る。

「木村?緒方と一緒か?」

「ああ、お前一人か?」

「緒方を他の奴の前に出せねえよ。解っているだろ?」

「違いない」

 そんな会話が中から聞こえてきた。阿部も一人って事か…

 ともあれ俺も中に入る。

「緒方、遅かったな。何かあったのか?」

 阿部の質問にただ首を横に振って返した。お前等の会話の内容に精神的ダメージを受けて打ちひしがれていたとは言えない。

「んで、トイレなんかに呼び出して、何の話だ?」

 訊ねると窓の方に指を差した。見てみると、そこは下品なバイクが沢山並んでいた。

「駐輪場だ。ウチの学校はバイク通学を許可…していないが、諦めて放置されているからよ。あの駐輪場も勝手に停めているだけだ」

 ふーん…それがなんだ?

「で、あそこの赤い単車、あれを見ろ」

 言われて見てみると、何か古そうなネイキットと呼ばれるバイクが停めてある。

「あれがなんだよ?」

 訊ねると、木村が目を見開いて驚いているのが解った。一体なんだと言うのだ?

「おい木村、どうした?」

「…阿部、あの単車、誰のだ?」

 俺の質問に答えないで、バイクの持ち主を気にするとか。

 だが、阿部にとっては我が意を得たりのようで、したり顔で話した。

「あれは安田のバイクだ。つい最近買ったってよ」

「…そうか…緒方を呼び出したのは、そう言う訳か…」

 何か木村が納得しているが、俺にとってはちんぷんかんぷんだ。

「おい阿部、それが何だって言うんだよ?あれが安田のバイクなら、まだ学校に居るんだろ?安田をどうにかしたいのかよ?」

「安田は神尾に誘われて学校近く家があるダチの所に『連れ出して貰った』。お前にあの単車を見せる為にな」

 バイクを見せる為?それなら写メかなんかで送ってくれりゃいい話なんだが、そこにバイクがあるって事実が大事なのか?

「あの単車はホンダのCB400。確かな年代は解らねえが、1990年前後の単車だ」

 それが何だと言うんだ?ホンダなら国枝君が喜びそうだな。

 全く理解していない俺に苛立ったのか、木村が口を挟んだ。

「意味が解らねえか。じゃあこう言えば解るか?あの単車は100万前後はする。フルレストア物なら200万以上だ」

 ひゃくまんえん!!!??

「え!?安田って金持ちなのか!?そんな大金!?」

 流石の俺でも価値が解った。腰砕けになったから。お金ってやっぱりスゲエよなぁ…こんな俺にでも価値を解らせる事が出来るんだから。

「安田の家は一般だ。親が白浜建設だって、お前も知っているだろ?」

 そ、そうだ、親が白浜建設に勤務しているから、まだ朋美と繋がっていて、俺の情報を朋美に流していると疑っていたから阿部に頼んだんだ。

「因みに安田はバイトもしていない。貯金もそんなに無い。だけど、あの単車は一括で買ったと言っていた。金がねえのにだ」

 100万の買い物をポンと!?え?でもお金がないんだよな?バイトもしていないんだし…

「じゃあ、何処から金を仕度したかって話になるよな?」

「……朋美から、か?」

 頷くが、直ぐに首を横に振った。

「まだ解らねえ。そこまで流石に話しちゃくれねえし。だが、安田には金づるがあるって事だ。証拠も今お前に見せた。あの単車の価値は木村がお前に教えてくれた」

 そこまでしたんだから信用しろと言っているのか?自分がこの先する報告を信用しろと、暗に言っているのか?

 凄く喉がカラカラに渇いていた。

 だが、何とか言葉は出せる。唾を飲み込むのにも一苦労していたが、どうにか…

「…なんでわさわさバイクを俺に見せた?写メでも良かったんじゃ…」

「写メを送ったとして、お前は信用するのか?あの単車がどんなもんか、解るのか?」

 信用云々以前に、あのバイクの価値なんて解らない。「ふーん。安田のバイクって古そうだなぁ」くらいしか思わなかっただろう。

「つってもお前が西高に来るって言うから、渡りに船だった。それこそ写メを見せて、価値を教えなきゃいけなかったからな。木村が俺の代わりにあの単車の価値をお前に教えてくれた事も思わぬ幸運だった。俺よりも木村を信用しているだろうし、もっと言えば、俺は信用されていないと思っているから」

 それはその通り…話半分だっただろう。国枝君か誰かに後で聞いて漸く信用すると思う。

「その手間を省けたから良かった…?」

「いや、多少は信用して貰えるだろうって事だ。神尾の事もな」

 俺が疑う事を前提に、か…

 俺は頭を下げた。阿部に。

 阿部は酷く驚いただろう。「はあああ?」とか素っ頓狂な声を挙げていたから。

「恩に着る。そして、これからも頼む」

 頭を上げずに言う。

「お、おい緒方、確かに信用して貰う為に、この状況を利用したし、それによってお前は信用したんだろうけど、そこまですんなよ…」

「いいじゃねえか。こいつも本当に感謝してんだからよ」

 そう言って俺の肩を叩く木村。顔を上げろと言う事だ。

 そしてその通りにすると、木村が笑いながら俺を見ていた。

「お前はそんなんだから、槙原が必要だ。解るな?」

 やはり笑いながら。俺はそれに頷いて答えた。

 この先阿部が寝返るかもしれないし、神尾が裏切るかもしれない。俺は信用しちゃったから、そうなったら見抜くことが困難だ。

 だが、遥香は違う。石橋を叩いて叩いて叩き捲って渡るタイプだ。阿部の事も、神尾の事も決して信用しない。

 ひょっとすると、今回、阿部が教えてくれた事も、神尾が安田を連れ出した事も、何かの演出とまで考えるかもしれない。

「だが、俺はそんなお前の方がいいと思うぜ?」

 やはり笑いながら。俺も照れ隠しのように笑って返す。

「くせえよお前。甘いし、そんな様で西高を纏めて行けんのか?」

「お前に心配されるこっちゃねえよ。おい阿部、マジで助かったぜ。俺はお前も知っての通り、南高の事でちと忙しい。だから、これからも俺のダチの役に立ってやってくれ」

「あ、ああ…」

 一番驚いているであろう阿部。気のない返事をする。

 そりゃそうだ。見たら殺すの狂犬緒方と、西高初、一年トップの木村に礼を言われたんだ。こんな奇跡、滅多にない。

 若干以上の感動を胸の内に秘めて、俺はみんなの待つ校門に出向いた。何故か木村も一緒に。

「随分長い小便だったな?」

 ヒロがからかうように言って来るが、それどころじゃない。

 このアホみたいに置かれている段ボールの山を見たら、そんな軽口、聞いちゃいられない!!

「なんだこの量!?」

「去年とおととしの残り、ですって。良かったわ、これで買う必要が無くなったもの」

 マジ嬉しそうな横井さんに、多過ぎだろ!!とは、とても言えない!!

「男子が二つ持って、女子が一つ持つとしても、残り三つあるよね…どうしようか…」

 国枝君が困ったように言う。そう、その通り。

 段ボールが12個もある!!

「お前等野郎共が三つ持てばいいだろ」

「木村、お前のバイクで三つ運んでくれよ!!」

「通学に単車は使ってねえんだよ。ガソリン代がもったいねえ」

 なんて不良だ!!ガソリン代を気にして走るなんて!!

「まあ待て、ちょっと考えがある」

 木村はそう言ってスマホをピコピコ。誰かと数回やり取りしていた。

「よし、運搬は手配が付いた。だけど、一時間待たなきゃいけねえ。どうする?此処で待つか?」

 誰かが運搬の手伝いをしてくれるとな!?そりゃ願っても無い!!

 だけど、西高の前で待つとかは無理だ。なんて事ないだろうが、気分的によろしくない。さっき阿部に感動したとしても、気分は良くない。

「あ、じゃあ波崎がバイトしているファミレスに行こうよ。そこの近くまでバスで移動してさ」

 遥香の提案である。

「それいいけどさ、このダンボール預かってくれるの?優と美咲がいるから、多少の融通は利かせてくれるとは思うけどさ」

 優!?美咲!?いつの間にそんなに仲良くなったんだ黒木さん!?

「いいだろ、大丈夫だ、多分。俺は賛成だぜ」

「大沢君は波崎さんに会いたいから賛成なんじゃないかい?」

 国枝君の真実の突っ込みになにも返せないヒロだった。大丈夫だ、みんな知っているから。

「だがまあ、時間を潰すにはもってこいの場所だな。そうしてみようぜ」

「お前も行くの!?」

 何故かついて来る木村。だったらお前が俺ん家まで三箱持って来いよ!!

 ともあれ、大量の段ボールを持って味が普通のファミレスに向かう。とは言っても近くまでバスで行くのだが。

 道中、思い出した事があったので言ってみた。

「そういや、この近くにパスタとハニトーの店、あったよな」

「ああ、バジルか?俺はああいった店はちょっとなぁ…」

 答えたのは木村だった。まあ、こいつはパスタってキャラじゃねーし。どっちかって言ったら焼きそばって感じだし。

「ええー?いいじゃんいいじゃん。美味しいのそこのお店?」

 乗って来たのは黒木さん。木村と対照的なテンションで。

「ちょっと味が濃かったけど、美味かったよ。少なくとも、味はあのファミレスよりは上だ」

「えー!?マジで!?明人、今度連れてってよ!!」

「だから、あんま好きじゃねえって言ってんだろ」

 木村と黒木さんのやり取りを少し意外そうに見ていた横井さん。

「西高生も意外と普通なのね…」

「「いや、バカばっかりだ」」

 俺と木村がハモった。実際馬鹿ばっかだし。

「え?でも、今日お話しした生徒会長さんも普通だったし、その、木村君も…」

「あいつは横井さんが河内の彼女だって知ってから態度変わっただろ?つまりはそう言う事だよ。木村なんかこんな物騒な顔しているし」

「なんだその物騒な顔って!?お前なんか聞く耳持たねえ狂犬じゃねえかよ!!」

 俺と木村のやり取りを見て「やっはり普通だわ…」と、横井さんが呟いた。

「パスタ屋よりも、俺はやっぱりお好み焼きだな。あそこも美味かったよな」

「ああ、おたふくか?俺もどっちかっつったらそっちの方がいいな」

 ヒロのどうでもいい嗜好にちゃんと相槌を返す木村は、実に空気を読む良い奴なのだ。

「ああー。あそこも美味しかったよね?また行こうよ明人」

「ああ、あそこならな」

 横井さんは木村と黒木さんのやり取りをやはり少し意外そうに見て呟いた。

「未だに信じられないけれど…本当に仲良いのね…」

「まあな。俺と優程じゃねえけど」

 今度の的外れな回答には誰も返さなかった。やっぱりヒロは安定しているなぁ。だが、木村はやっぱり優しくて、ちゃんと返した。

「それを言うなら緒方と槙原だろ」

「「バカップルだしね」」

 木村の返しに、黒木さんと横井さんがハモった。いや、そう言われても仕方ないけどさ。

「あはは~。横井も早く河内君とこうなればいいよ」

 そう言って引っ付いてくる。おっぱいが柔らかくてとても良い。

「「「「バカップル…」」」」

 黒木さん、横井さん、ヒロ、木村が、同時に呟いた。国枝君だけだ、頑張って突っ込まなかったのは。

 そして味が普通のファミレスに到着。段ボールを預かってくれとの交渉は遥香が行った。波崎さんに。

「いいよー。って言うか、なんでこんなに大量の紙コップとお皿?」

 それは当然の疑問のようで、普通に訊ねて来る。なのであれこれそうよと横井さん。

「それは…随分気合入っているね…」

「槙原が体育祭実行委員で結果を残したからね。私も頑張らなくちゃいけないじゃない」

「それにしても…西高に行ってよく揉めなかったね?」

 俺とヒロを見ながら、実に意外そうに。

「俺がいるし、国枝もいる。そんな大事な事にはなんねえよ。それより喫煙席」

「木村君、流石にそれは通報するよ?」

「冗談だよ、流石に」

 波崎さん相手にこんな冗談も言うようになるとはな…木村も砕けたよなぁ…

「じゃあ…結構な人数だから、こちらへどうぞ~」

 案内された席は、8人掛けが可能な席。こんな大人数なんだから有り難い。

 そして座って一息つく。

「今日美咲休みなのかな?オレンジ色のコス見なかったよね?」

 黒木さんの疑問であった。つか、楠木さん、オレンジコスなのか。

「どうだろ?厨房の方に居るかもしれないしね」

 お冷をカポカポやりながら遥香の返し。楠木さんもバイト頑張っているから、厨房の方かもな。

 意外と働き者らしいから、結構当てにされているようだし。

「そんな事より注文しようぜ。俺は三種のフライセットだ」

 一人お気楽なヒロは、既に注文の品が決まっているようだ。つか、ここで飯食っていくのか?確かにそんな時間にはなったけど。

「そうだな…折角来たんだし…じゃあ俺はミックスグリル」

 木村はお得感があるミックスグリルか。それもいいな。

「僕は…親子丼にしようかな」

 国枝君は和系で攻めるか。それもいい。俺はいつもカツカレーだが、和系で攻めてみようかな?

「私、チキンドリアー」

「あ、私もそれ」

 黒木さんと横井さんはクリーミー系か。それを聞いちゃ、スパイシー派の俺としては、カレーで攻めたくなっちゃうんだけど…

「んーと、ダーリンはカツカレーでしょ、だったら私もホワイトソース系でいこうかな?ハンバーグのホワイトソースで」

「勝手に決められた!?」

 ビックリだった。あまりビックリして声が裏返った程だ。

「え?カツカレーにするんでしょ?サラダバーが付いてくるからお得だとか言ってさ?」

 いや、確かにそうだし、カレーで行こうかと思ってはいたけれど!!勝手に決めるとか、あんまりだろ!!俺に選択の自由を与えはしないと言う事か!?

「お前、どこに行ってもカツカレーとコーヒーだよな」

 呆れながらヒロが行った。だが、ちょっと待ってくれ!!

「俺はカツカ」

「ダーリンとシェア出来るからと思って、ホワイトソース系にしたんだけど」

 ……それを言われちゃな…

 シェアは魅力だしな…なにより、違う味を楽しみたいってのも当然あるし…

 仕方がない、ここは定番のカツカレーにしよう。

 みんな決まった所で店員さんを呼ぶ。

「おまたせしました~」

 やって来たのはオレンジ色のコスに身を包んだ楠木さんだった。

 普段の楠木さんも可愛いが、このオレンジのメイドコスは、可愛さが二割増しだな…

「皆さんお揃いで。文化祭の買い出しにきたんだって?」

 注文を取る前に雑談に興じるとは。まあいいけれど。みんな普通に雑談に乗っかっているし。

「買い出しとはちょっと違うよ。西高にお願いに行ったの」

「その西高に行っても何も無しってのがねえ。シロもそうだけど、緒方君も相当なんでしょ?」

「だから、俺がいるんだからそんな大事になんねえって。つか、生駒はどうしてる?この頃忙しいらしくて、あんま連絡が取れねえんだよ」

「ああ、引っ越しのヘルプと交通整理のヘルプがひっきりなしに来るらしいよ。ラーメン屋がメインだから、そっちに迷惑を掛けない程度にバイト入れているみたい。私もこの頃ラインでしか連絡してないんだよ」

「そっか、美咲もそうなんじゃ、明人なんか、もっと構って貰えないよね」

 もう、ワイワイガヤガヤである。横井さんの気まずそうな表情がまた…

 なので、俺は横井さんを紹介しよう。

「楠木さん、この人、横井さん。文化祭実行委員で、河内の彼女」

 お辞儀をする横井さんに対して、酷く驚いたように身を引かせる楠木さん。

「え!?河内君と付き合っているの!?」

「え?ええ…一昨日からだけど…」

「横井さん、真面目そうに見えるんだけど、河内君とねえ…」

 やっぱり河内のキャラでそう見られるよな。横井さん、さっきから困惑しているんだけど。

「あ、あの…緒方君、河内君って、どんな人?」

 一昨日納得して付き合ったであろうに、全員意外そうに言うので不安になったか。

 なので真摯に答えよう。

「いい奴だよ。馬鹿だけど」

 俺の弁を受けて、全員を見る横井さん。確認しているんだな、うん。

「確かにいい奴ではあるな。馬鹿でチャラいけど」

 木村の弁に頷く。

「河内君は正直者だからね。良い言い方をすればだけど。悪い言い方をすれば、バカ正直かな?正義感もあるし」

 国枝君の弁に、やはり全員頷く。

「義理堅い所もあるよね。チャラいナンパ男っぽいけどさ」

 遥香の弁にも、やはり全員頷く。

「それより注文だ。俺はミックスフライ」

 流石に空気を読まないヒロは、普通に注文し出した。

 確かに来店したのに注文しないのはおかしな話。なので、ここはヒロに乗っておこう。

「は~い。全員ドリンクバー付きでいいっしょ?」

 頷くと、少々お待ちくださいと店員さんらしくお辞儀をして去って行く。ちょっと砕けた接客だったが、友達同士なので許容範囲だ。

 注文した品が揃った所で、やはりガヤガヤと晩飯にありつく。

「はいダーリン、あーん」

 ホワイトソースをたっぷり乗せたハンバーグを一口大にカッとして、俺の口に運ぶ遥香。

 みんな見ているが、俺はあーんで迎え撃った。

「バカップルだと思ってはいたけれど…こんな場所でも平気でそんな事するのね…」

 感心している風な横井さんだが、平気ではないぞ?ハズいのを我慢しているんだぞ?

 しかし、恥ずかしがってばかりもいられない。遥香が御返杯を待っているのだ。期待に満ちた表情を拵えて。

 なので、カレーがたっぷり乗っているカツをフォークでぶっ刺して、はい、と。

 遥香も簡単に迎え撃つ。そしてモグモグやってぼそりと。

「やっぱり普通だよね」

 頷いて同意を返す俺。ホワイトソースのハンバーグもめっさ普通だったからだ。

「明人、チキンドリアは?」

「いらねえ」

 豪快に断られてちょっとへこんだ黒木さん。木村はあーんってキャラじゃねーから。

 ところで、遥香が頼んだハンバーグはセットで、スープバーが付いてくる。

 それを覗き込むと―――

「今日のスープはトマトスープか…」

「うん、ここってオニオンかトマト、どっちかだよね、いつもさ」

 言いながらカップを滑らせて来る遥香。俺も結構飲んでいるから味を確かめるまでも無いが…

「……いつもの味だな…」

「だよね。サラダバーも生野菜を細かくカットしたものでしょ?」

 そう言って勝手に俺の草をモシャモシャと。

「明人、トマトスープ、どう?」

「俺にもついて来てんだろ」

「………だよね…」

 ……何かさっきから黒木さんとヒロが被って見えるぞ?一体どうした事だこれは?

「…黒木さんって、緒方君達のようなおつきあいをしたいのかしら?」

「木村ともっとイチャイチャしたいんだろ。いつも似たようなことしているし、断られているぞ」

 木村は断じてそんなキャラじゃないから、いつも豪快に断る。そんな木村を、ヒロが窘めるのだ。今のように。

「おい木村、自分の女が誘ってきているんだから、少しは気を遣えってんだ」

「自分の女だからこそ気を遣う必要がねえんじゃねえか。そんなに気ばっか遣っていたんじゃ、安らげねえだろ」

 どっちの言葉にも同感だ。彼女を大事にしたいから彼女の要望になるべく応えてあげたいのか、彼女だからこそ一番自分を見せられるのか。どっちを選択するかって事だ。

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