文化祭前~006

 ドライバー等を使い、窓枠をバラし、束にしてロープで固定する。それをバイクの後ろに括りつけて、スクラップ場を後にした。

 そして、休憩も取らずに俺ん家に直行。

「結構遅くなっちゃったね」

「窓枠をバラしたんだからな。バイクに積んで走るから、ヒロを手伝わす訳にもいかないし。仕方ないよ」

 流石に電車で来いとは言えないだろう。本音としては、とても言いたかったけど。

「ん?緒方君の部屋に明かりが点いているね?」

「ヒロと遥香だろ。荷物降ろして晩飯食おう。腹減っちゃったよ」

「僕もかい?そろそろ申し訳なくなってきたんだけど…お邪魔する度に御馳走になっているからね」

 いいんだよ。俺の親も何も言わねーし、寧ろ食えって言っているし。

 ともあれ、テキパキと荷物を降ろして部屋に行く。

 玄関の靴を見て、今日の来客は3人だと解っていたので、何の気負いも無しに部屋に入る。

「おう隆、御苦労」

 お袋が淹れたであろうコーヒーを優雅に飲みながら労うのはヒロ。

「お疲れ様。結構遅かったね」

 座っていたのをわざわざ立って、労ってくれたのは遥香。

「申し訳ないわね緒方君、国枝君。こんな遅くまでこき使っちゃって」

 俺達に差し入れであろうジュースの缶を渡して労ってくれたのは、まさかの横井さん。

 意外だったが、文化祭実行委員としてはやっぱ気になるのだろう。前回はそんな事無かったんだが、より仲良くなった証と、ポジティブに受け取った。

有り難くジュースを受け取ってプルトップを開けながら訊ねた。

「横井さん、河内はどうだ?」

 やや複雑な顔を拵えて。

「メールがとてもウザい」

 やっぱそうか。ツインテちゃんにもそんな感じだったのだろう。よって振られたと。

「なんだっけ?ツインテちゃん?その子の気持ちが解ったわ」

「どんなメール送って来たんだあいつ?」

 ヒロが身を乗り出して聞いてくる。俺達も興味があったので、大人しく話してくれるのを待つ。

「そうね…まず、昨日別れた後に、数秒でメールが来たわね。今日は楽しかったから始まって…」

 楽しかったのか…そんなに話が弾んでいなかったように思うんだが…

「週末遊ぼうとか、明日暇かとか、明後日そっちに行こうかとか…」

 会う会うばっか言っているようだな…

「返信しなかったらしなかったで、どうした?とか、具合でも悪いのか?とか…兎に角休む暇がない程、送られてきたわね」

「河内君って面倒臭いんだね…」

 国枝君ですら呆れたようだ。そりゃ振られるわ。

 横井さんはそれに何の躊躇いも無く、同意の頷きを返した。

「しつこいとか、ウザいとか、何度も返したけれど、俺なんかした?とか、改めるから言ってくれ、とか…」

 うわ…本気で面倒くせえ…

 女受けする顔だが、ウザさと面倒臭さで帳消しどころか、かなりのマイナスだ。

「人生で初めて迷惑メール設定をしたわよ。可哀想だから今朝解除したけれど」

 そこまでかよ…ツインテちゃんにもそんな設定されたんだろうな…

「で、ウザいからとか、しつこいから、とか、面倒臭いから、メールはいいけれど、似たような内容のメールを何度も送って来ないでって返したら、「はい」って」

 はいって…あいつも尻に敷かれるタイプなのか。そっちの方が平和だろうけど。

「そうか。河内に言っとく。あんま面倒な真似すんなって」

「大沢君が言って納得するものなのかしら…」

 しねーだろ。なんでお前がそんな事言うんだって、逆に文句を言われるだろう。

 二人の問題は二人で解決すればいいんだし、相談を受けたら、その時に答えればいいだけだ。

「だけど一応恋人なんだから、あんま邪険にすることはねえだろ?」

「今は文化祭の方に集中したいしね。その旨を言ったら、手伝うって」

 隣町の黒潮に河内に手伝える事なんてあるのか?

「当日、沢山お客さんを連れて来るって」

「……それって俺が平穏で居られる奴かな……」

 糞が来たらぶち砕いちゃうぞ、間違いなく。黒潮の奴等が白浜でオラついたりでもしたら、河内もぶち砕く事になるんだが…

「緒方君の手前、派手な人は連れて来られないから、全校生徒って訳にはいかないけれど、って言っていたわ」

 だったらいいんだけど…あいつ、ヒロに劣らずバカだからなぁ…

「でも、そうなると、他にお客が流れる事にならないかい?占いブースは三つあるけれど、多分行列ができると思うし…と言うか、出来なければ困るから…」

 国枝君の懸念。俺が繰り返し中の情報を言った事により、占いは沢山の人が集まる事を既に知っているからの苦言だ。

「そこまではね…流石に他のクラスに行くなとは言えないから…」

 そりゃそうだ。寧ろ他のクラスにも行って文化祭を楽しんでほしいくらいだ。

「横井、売上金はお守りとおみくじ、ハーブティーと薬膳クッキーだけだよね?」

 横から遥香が口を出してくる。

「そうね。だからひょっとすると…」

「食べ物屋さんにお客、と言うか、お金が流れて行っちゃうか…」

 そうなるよな。そうじゃなくともCクラスはネコミミメイド喫茶だし、男子ならそっちの方に行っちゃうだろう。

「……ちょっと改めてみましょうか」

 そう言って横井さんはノートを出して書き記す。

「見料100円、おみくじ100円、ハーブティー100円、お守り300円、薬膳クッキー100円…仮に一人のお客が全部使ったとしても700円か…」

 お客全てが全部にお金を出す筈も無い。集客数と一致するのは見料くらいか?

「だけどよ、経費は殆どタダだろ?経費は他のクラスは普通に使うんだから…」

 ヒロの言いたい事も解るが、それでも…

「仮に経費全てを売上金に回したとしても、5万が限界なのよ、そもそも1クラス5万が最低経費なんだから」

「そうなのかい?じゃあ屋台の経費はどうなるんだい?機材のレンタルだけでも5万じゃ足りないんじゃないかい?」

「その場合は追加経費を要求できるけど、所詮経費になるのだから後で清算はされる訳。最低5万の経費は消える経費。食材や紙コップ、ナプキン等」

「じゃあ繁盛店なんかどうすんだ?食材が無くなるって事もあるんだろ?」

「その場合は売上金から買い出しに出るケースが殆どね。領収書を貰っておけばいいんだから」

 どう転んでも経費は5万だって事か…そして、それ以上は増やす事は出来ない。売り上げに上乗せは出来ないと。

「ウチのクラスは紙コップと紙皿がその中から捻出される事になる訳よね。ブースの材料は無料で手に入った訳だし」

 それを浮かせたところで微々たるものだが、そこまでしないと優勝はキツイか…

 じゃあ紙コップと紙皿をどうにかしなきゃならないが…

「でも、それはしょうがないんじゃないかな?紙コップと紙皿を沢山持っている人なんていないから、どうしても買わなきゃいけないんじゃない?」

 遥香の言う通り、これはまさしく必要経費。これを裂く訳にはいかない。

 ………ん?ちょっと待て。

 俺はスマホを取り出した。目ざとい遥香に簡単に発見され、質問される。

「どこかに電話するの?」

「うん。もしかしたらと思ってね」

 そしてコールする事暫し、『はい』と電話向こうからの応答。

「おう木村、ちょっといいか?」

 俺が掛けたのは木村だ。木村と聞いて横井さんが若干青ざめたが。

『なんだ?言っとくが、金はねえぜ』

 冗談で返す木村だが、ちょっと近いんだけどな…

「お前の学校って紙コップと紙皿あるよな?去年文化祭で使った残りが」

『あん?倉庫だったかに段ボールに入ってそのまま放置されている筈だな。それがどうした?』

 良かった、読み通り。西高の文化祭のメインは屋台だった筈だから、残っている食器があると思っていたんだ。

「それ、全部譲ってくれ」

『いい…とは言えねえが…なにせ、一応学校の備品扱いになっている筈だからよ…』

 確かに木村は西高のトップだが、生徒会長って訳じゃない。勝手に去年の残りとは言え、備品をくれてやることはできないか…

『だけど毎年新しく買う筈だから、結局は捨てる事になるとは思う。何ならウチの生徒会と交渉したらどうだ?口添えくらいはしてやるぜ』

 交渉か…俺がアホの西高に言って、まともに話が出来るとは思えないが…

『それが必要って事は、白浜の文化祭で使うって事だろ。何だっけ?占いだっけ?なんで占いで食器が必要か解んねえけど。お前相手ならウチの生徒会も渋らねえと思うが、言っとくが、ぶん殴るんじゃねえぞ?』

 それは俺に交渉に来い、って言っているのか?やべーじゃん。ぶん殴っちゃう可能性デカいじゃん。

「因みに段ボール何個あるんだ?」

『そこまでは把握してねえな。何せ、俺は去年西高生じゃ無かったからよ。そう言うのがあったって記憶程度だ』

 確かに木村は今年入学して来た訳だから、去年の文化祭なんて把握している筈も無い。

「じゃあ…明日行くから、生徒会への面通し、頼むよ」

『明日?また急だが、まあいいさ。放課後だろ。言っとくし、逃げんなとも釘を刺しておく』

 俺相手なら逃亡の可能性もあるからな…木村の忠告は結構渡りに船かもだ。

 ともあれ、明日西高に行く事が決定した訳だ。電話を終えてみんなに目を向けて、今の事を説明した。

「西高に食器があるって事がビックリだが、確かに、あそこは屋台ばっかだったな…」

 ヒロが意外そうに感想を述べる。

「緒方君が言ったら、って事は、やっぱり緒方君相手なら西高生も交渉に応じる、って事なのかな?例えば僕が行った場合、文句ばかり言われて交渉できないとか、おかしな条件を飲ませられるとか…」

 そのリスクが無いのが俺って事だ。ヒロもそうなんだろうけど。

「じゃあ明日は私も行こうか?交渉なら私の出番でしょ」

 遥香が名乗りを上げたが、丁重に断る。

「なんで?」

「お前もある意味有名だからだ。あのアホ共の事だから、突発的に人質に取ろうとするかもだし」

「木村君が一緒なんだから、そんな心配はないんじゃないかなぁ…」

 確かにそうだけど、俺は糞は信じないから。アホは簡単に安直な行動に出るかもだし。

「じゃあ俺も行ってやる。段ボール何個あるか知らねえけど、大量にあるんなら人手は必要だろ」

「じゃあ僕も行くよ」

 確かに段ボールの数によっては往復しなきゃならない場合も出てくる。その手間を省く為にはそっちの方がいいか?

 その時、俯いていた横井さんが顔を上げた。そして決死の表情で――

「わ、私も行くわ!!」

 いや、文化祭実行委員の責任で、交渉に参加しようって事なんだろうけど、あそこの学校は欲求不満の連中ばっかなんだから…

「いいよ、俺達男子だ「そうだね。そうしなよ。私も行くから」ええええ~……」

 お断りを入れようとしたが、遥香によって被せられてご破算になった。

 やっぱどうしても着いてくるのか…西高生は危ないから近付けさせたくないんだけど…

 飯の時間になったので晩飯食って(横井さんは最後まで遠慮していたが、やっぱり折れた)スパーやってこの日は終了。

 遥香も横井さんの手前、泊まっていくとは言わず大人しく帰った。本命は土曜日だと思われるから、油断は禁物だが。

 んで次の日…

 駅に集まったのは俺、ヒロ、国枝君、遥香、横井さん、そして…

「なんで来たの?黒木さん?」

 全員が全員「?」だった。黒木さんはラクロス同好会の似顔絵の為に忙しかった筈。

「いや、西高に行くんなら、私が必要かと思って」

 何でそんなにドヤ顔をするのか解らん。

「ほら、明人が面通しするんなら、こっちは私が面通ししなきゃって。トップの彼氏を持つ女の宿命って言うか」

 それって極妻のポジでは…

「うん…だけど、くろっきーが来てくれるんなら、ちょっとした争いも起こらないからいいと思うけど…」

「でしょ?」

「だが、西高の糞共がちょっとでもふざけた事を抜かしたら、迷わずにぶち砕くんだけど」

「緒方君にそうさせない為の私なんでしょ!?」

 そうかな…勿論堪えるけど、やる時はやるんだぞ、俺は?木村もそれを承知なんだが…

 ともあれ、西高御用達の駅に着いた。西白浜駅だ。白浜で一番栄えている駅だ。

 この駅は西高生は勿論、他校の生徒も利用しているから、当然ながら東工生も北商生もいる。

 そんな他校の生徒がいっぱいいる中で、西高生の一人が目ざとく俺達を発見して礼をするもんだから堪らない。

 俺もお前等の仲間だと思われるから、そんな事はマジでやめてほしい。

「あ、明人が寄越した迎え?」

 黒木さんが礼をした西高生にそう言ったせいで、場に居る他校生がざわめいた。勿論俺達も目が点になった。

「っす、緒方君達が来るから迎えに行けと。黒木さんも来るとは想定外でしたが」

 場の視線が俺と黒木さんに注がれた!!

「ちょ、あの女、木村の女か?」

「つか、緒方だアレ…本当に西高の木村とダチなのかよ…」

「なんの用事で西高に行くんだよ…デカい喧嘩になるのかな…」

 ひそひそと聞こえる様に話すな。紙コップと紙皿を貰いに行くだけで、なんでこんなに大袈裟になるんだ…

 居た堪まれずに割って入る俺。

「わざわざ迎えなんか寄越して何考えてんだ木村は?もういいから早く行こう」

「いや、緒方君って、俺達みたいなの、見たらぶん殴るじゃねーっすか?だから俺が水戸に言われてきたんすよ。余計な火種を点けないようにって」

「だから私が来たんでしょ。明人も同じ事、懸念していたみたいだね」

 いや、確かに俺は危険人物に特定されているけどさ…流石に空気は読むよ…喧嘩売ってきたら、どうなるか解らねーけどさ。

 つうか、こいつの名前が解らん。いつだったか、木村に福岡派の写メを見せて貰ったから顔は解るんだが。

「お前、名前は?」

「石田っす」

「石田君だよ」

 いや、黒木さんには聞いてないんだけど…まあいいや。

「えっと、石田、俺は確かに有名人で、狂犬で、危険人物指定されているとは思うんだけど、そこまで気を回さなくてもいいんじゃねーかな、って思うんだが…」

「いや、水戸から言われただけっすから」

「だから、その微妙な敬語はやめろ。同じ歳なんだろ?タメ口でいーよ。俺をそっちの世界の人間みたいな扱いするんじゃねーよ」

「いや…普通におっかねえっすから…つい…つか、気にせんでください。じゃあ行くっすか」

 この好奇な視線から逃れる為には、一刻も早く西高に行った方が良さそうだ…

 なのでもう突っ込まないで後を追う。西高の場所は知っているから、追う必要も無いんだが、後ろに着く。

「西高も歩くと結構遠いんだよな」

 ヒロがぼやく。全く同感だ。用事なんて無いけども。

「バスで行こうか?西高行も当然出ているよ」

「バスは危険ですけど、良いっすか?基本三年しか使わないんで。伝統っすかね?」

 知らねーよ。文句言ってきたらぶち砕くだけだ。

 そんな訳でバスに乗る事にした。バス停に居は丁度西高行が停車していたので、少し慌てて駆けた。

 西高とは言え、今は放課後、つまり、殆ど帰宅する筈。よって今時間、西高行のバスには西高生は乗っていない筈。

 だが、乗っていた。後ろの座席に6人ほど陣取って、糞くだらない話で盛り上がっていた。

「緒方君、堪えてくださいよ?三年っすよ、あれ」

 こそっと耳打ちして来るのは当然石田。つか、俺達はその三年の派閥を潰したのに貢献したんだが。だから木村が頭になったんだが。

 ともあれ、あんな迷惑極まりない糞を目にして、俺が止まる筈も無く。

 そいつ等の所にずんずん進んで、めっさガンをくれてやった。

「…何だこいつ?白浜…つか、緒方!?」

 一瞬で俺だと解ったようで、全員及び腰ながら立ち上がった。

「お前等うるせーんだよ。静かに乗れ」

 揉めないと誓った(?)から、注意だけに留めた。

「お、お前…何しに来た…?喧嘩売りに来たのか…?」

 なんで俺がお前等みたいなアホに、いちいち喧嘩を売らなきゃいけねーんだよ。毎日拳を血で濡らす事になるだろうが。

「お前等に関係…あるな…」

 こいつ等が使った残りを貰おうって交渉に行く訳だから、関係はバリバリある。

「まあ、うるせーから、ちょっと静かにしてくれって事だ」

 そう言って敢えてこいつ等の前に陣取る。ヒロも俺に続いて隣に座った。

「緒方君…敢えて揉める様な事、しなくてもいいいんじゃない…?」

 俺達の前に陣取った横井さんが超不安顔で訊ねて来た。

「揉める?何もしてねえのに、なんで揉めるんだ?なぁ?」

 威嚇のように凄んで西高生に訊ねるヒロ。面白くなさそうに、そいつらも一応同意の形で頷いた。

「緒方君もそうっすけど、大沢君もなかなかっすね…」

 石田が慄いて呟く。

「こいつアホだから」

「狂犬緒方に言われちゃ、俺もおしまいだ」

 違いないな。これ以上は傷が深まるばかりだ。お互いに。

 なので大人しく目的地までバスで揺られる。西高生は途中で降りた。此処住宅街なんだが、何の用事があるのだろう?

「多分隆君とこれ以上一緒に居たくないから降りたんだよ」

「心を読むなと言うのに…」

 何も考えられない。考えてはいけない。俺の心が丸裸になっちまう。

 ともあれ、目的の西高前でバスが停まる。

 降りたら降りたで驚いた。木村…と言うか、福岡派が、校門前で勢揃いしていたからだ。

「福岡?なんだこれは?」

「福岡君、これなに?」

 俺と黒木さんがほぼ同時に発した。福岡は女子が一緒に来ている事に若干驚きながらも答える。

「いや、ほら、アンタウチのモンぶん殴っちゃうだろ?だからやらせないために…つーか、黒木ちゃんもくんのかよ…」

「いや、緒方君と大沢君が暴れないように監視って言うか」

「黒木さんは木村に会いに来ただけだろ」

 全くその通りのようで、言葉が出せなかった黒木さん。その木村は?

「木村はいないのか?帰ったのか?」

「いや、いるよ。生徒会に用事があるんだろ?生徒会室で待ってるよ。何の用事か知らねえけど」

「ふーん。じゃあ早速案内頼むぜ。あんまうろちょろしねえ方がいいんだろうから」

 ヒロの弁に頷く福岡。つか、こんな所でうろちょろなんかしないわ。間違いなくぶん殴っちまうだろ。誰かを。

「あ、ちょっと待って、メール来た」

 いざ行かんとした所、メールが入り足を止める。

 ……阿部からだな…用事が終わったら二年のトイレに来てくれってか…

 なんか掴んだか?安田と朋美の繋がりを…

 了承の旨をメールで返して、福岡の後を追おう。

 国枝君、横井さんは凄く居心地が悪そうだったが、遥香と黒木さんは平然とした物だった。

 遥香の方は何となく納得できるが、黒木さんが余裕なのが驚きだった。木村の彼女のポジで調子に乗っている訳でもなさそうだが…

「福岡も気ぃ遣っているようだな。さっきの石田もそうだけどよ」

 ヒロが小声でそう話す。

「木村の手前か?」

「それもあるだろうが、俺とお前が西高に来たのが相当な事件なんだろ。黒木にも気を遣っているみたいだし」

「つっても黒木さんは荒磯の糞女子みたいに、強い奴と付き合っているからって調子に乗っている訳じゃないだろ」

 荒磯の糞女子はホント酷い。不良と付き合っているからって、一般人を平気で殴ったり、脅したり。

 強くて有名な奴に馴れ馴れしくしてくるし。まるで友人のように。

「荒磯の馬鹿女と比べちゃ、黒木も可哀想だろ。黒木はあくまでも木村のダチとして接しているんだろうよ。深く関わらないようにしているみたいだし」

 会えば話す程度か?結構親しげだったような気もするが…

「その木村もダチを限定しているしな。福岡もダチなんだろうけど、俺達とはちょっと違うっつうか、あくまでもピラミットの頂点っつうか。俺達は木村の下じゃねえから、やっぱ違うだろ」

 言いたい事は何となく解った。黒木さんも木村の彼女として福岡達に接しているって事だな。

 俺達はただの友達だから、福岡達とはそりゃ立場が違うから当然か。

 それにしても…

「全然西高生いないよな?なんでだ?」

 校門から此処まで、全くすれ違わない。糞の掃き溜めなんだからアホが沢山いる筈なんだが。

「アンタが来るからって殆どが帰ったんだよ。そうじゃなくても放課後だ。いつもとっとと帰る連中の方が多いんだよ」

 いつの間にか後ろに着いていた水戸が答えた。

「別に喧嘩売って来なきゃ仕掛けないんだが…」

「そうだろうけど、アンタたちは木村君と三年の派閥を潰したじゃねえか。みんなビビってんだよ。触らぬ神に祟りなしだ」

 勝手に脅えてくれたのか。いいんだけど。そっちの方が俺も平和だから。

「つうか西高にも生徒会長っているんだな」

「当たり前だろ。こんな学校とは言え、普通高校だぞ」

 文化祭もあれば修旅もあるんだから、当然と言えば当然か。

「生徒会長ってどうやって決めるんだ?普通に選挙やったりすんのか?」

「ああ、そうだけど、毎年一人生贄を決めてそいつに押し付けるっつうか」

「お前等の学校らしくて安心したよ」

 やっぱり普通の高校じゃねーじゃねーか。なんだ生贄って。黒魔術かなんかか?

 四階の奥まった部屋の前に止まる。

「ここが生徒会室。木村君も中で待っているから心配はしてねえけど、緒方君、絶対にぶん殴るなよな。西高の中で喧嘩なんかされたら、間違いなく戦争になっちまう」

 福岡が神妙な面持ちで忠告を発するが、戦争ってなんだよ?ウチは単なる普通高校だぞ?

「戦争にはならねえよ。なるんなら、俺と隆対西高だろ」

 ヒロの言う通り、果てしなく同感だ。

「大沢君、アンタは止める側なんだからな?言っておくけど」

「俺だけが問答無用のようじゃねーか…」

 実際その通りで文句が出て来ないが。

 ともあれ、紙コップと紙皿が一番欲しいであろう横井さんが、そのドアをノックする。

「どうぞ」

 すんげえ野太い声で「どうぞ」と促さられた。何か噴きそうだったが、根性で堪える。

 入室すると、生徒会長って誰?的な面々がいっぱいいた。すんげえガンを俺達にくれながら。

「よく来たな緒方…は?」

 その馬鹿野郎共を押し退けて前に出て来る木村。黒木さんを発見して、素で驚いていた。

「綾子、なんでお前が来るんだよ?」

「いや、緒方君を暴れさせない為に」

「大沢と国枝が居るじゃねえかよ。俺もこうして待機しているんだ。大事にはなんねえぞ?」

 いざとなったら自分も止めるってか?そうなる状況を作るのは西高次第って事なんだけど。

 ともあれ、一番用事がある筈の横井さんが、怖がって固まって動かないので、俺から切り出す。

「生徒会長は?」

「ああ?顔も知らねえで話に来たってんのか!!ふざけてんのか緒方あ!!」

 あ、もういいや。ぶち砕いちゃおう。そう思って一歩踏み出すと、ヒロと黒木さんが軽く肩に手を振れて、思い留まらせてくれた。

 代わりに糞ふざけた物言いをした奴が、鼻を押さえて蹲った。

「ふざけてんのはお前だろうが?俺のダチに何かあんのか?あ?」

 木村がぶん殴ったのだ。そして、そう言いながらも腹に蹴りを入れ捲る。

 ダルマになって悲鳴を上げる糞。俺は堪らず割って入った。

「おい木村、その辺にしとけよ。俺の出番が無くなるだろ」

「そうさせないように俺が躾けてんだろ」

 呆れて蹴るのをやめた。んじゃ、と、改めて質問する。

「こいつ等は?生徒会って事は無いよな?」

「生徒会長のダチつうか…一応派閥の頭の一人が生徒会長なもんでよ」

 三年の派閥って事か?赤デブやカマキリみたいな奴か?

「んじゃ、その生徒会長、誰?」

 訊ねると、安そうなソファーから立ち上がった、クソみたいな長いリーゼントの厳つい奴。

「…俺が西高生徒会会長、本間だ」

「そうか。ちょっと頼みがあって来たんだ。話、させてもらえるか?」

 頷いてパイプ椅子をソファーの前に出す。そこに座れって事だな。

 じゃあ交渉は…遥香がやるんだろうが…代表は横井さんだから…

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