文化祭前~005
で、晩飯食って再び俺の部屋。食後のコーヒーをみんなに振る舞っている最中だ。
「しかし、槙原、飯の最中もべったりとか、あーんとか、見ているこっちが恥ずかしいんだから自重しろよな」
べったりもあーんも無かったヒロがぼやく。
「あはは~。いつもの事、気にしない気にしない」
「いつもあんな感じなの槙原!?」
横井さんがコーヒーを零す勢いで腰を浮かせた。
「槙原さんはいつもあんな感じだよ。緒方君も別に不快に思っていないんだから、いいんじゃないかな?」
「春日ちゃんのお家では国枝君もそうらしいよね」
真っ赤になって俯いちゃった。春日さんのキャラはあーんもやるからな。外では恥ずかしがってやらないけれど。
「国枝まで……!!」
悔しさのあまりにつっ伏して床を叩くヒロ。下では親父がマッタリしているんだが。
「波崎はしていないんだ…」
「うん。家に入れた事も無いし、行った事も無い。貞操の危機を常に感じるから」
「ああ…」
納得したと簡単に引き下がった。つっ伏したヒロがそのままの姿勢で固まっているけど、それすらもスルーして。
そんな折に、チャイムの音、誰か客が来たんだ。
お袋が出迎えて、あらあらまあまあとかゴチャゴチャやっているな…
そして二階に軽快に上がってくる足音。
「麻美さんかな?」
「あいつは呼び鈴なんか押さねーよ」
勝手に入って来るんだもん。冷蔵庫も勝手に開けて飲み物をパクるし。
「木村か?」
「足音は似ているが、落ち着きない歩き方だな…」
そしてドアが開く。
「おう緒方、こっちまで流しに来たついでに寄ってみたぜ!!!」
河内だった。平日に隣町からわざわざバイク走らせるなよな。俺なんか用事がある時以外は乗らないのに。
「ん?んん?んん?こっちの美人さんは?」
目ざとく横井さんを発見して指を差す。それ失礼だからやめろってば。
ん?そう言えば…
「横井さん、こいつ、隣町の黒潮の河内ってんだ。筋肉質で顔も…若干ジャニーズっぽいような気もするし、格闘技ってか蹴りが上手いんだ」
横井さんのタイプに若干近いような気がしたので、それとなく紹介してみた。
横井さんはとくに気にした風も無く、立ち上がって辞儀をして挨拶をしようとしたが、河内の姿が視線上には無かった。
そりゃそうだ。河内はいきなり土下座の形を取ったのだから。
何が何だか全員ポカン状態。当の横井さんもそうだった。
一応、家主である俺が勇気を出して訊ねる。
「か、河内?いきなり何してんだ?」
しかし、俺の言葉を聞かずに発する河内。
「俺と付き合ってくれ!!!」
………
…………
……………
「「「はああああああああ!!??」」」
流石に全員が静かに叫んだ。夜だからご近所さんに配慮したのだ。こんな状況であれ。
「いや、マジにアンタ俺のタイプだ!!美人だし、頭良さそうだし!!」
そ、そりゃ横井さんは確かに美人さんで頭もいいが…
「お前、大洋のツインテちゃんはどうした!?いい感じだったんじゃ無かったか!?」
「とっくに振られた。メールしかしてねえのに、やっぱガキは駄目だよな」
振られたって…付き合っていた訳じゃないだろうに…つか、ただでさえウザがられていたのに、メールでもウザったい真似をしたんだろ?多分だけど。
だが、ちょっと待ってくれ。横井さんのタイプに結構被っている筈だ。これはひょっとしてひょっとするか?
「横井さん、こいつ河」
「嫌です」
俺がフォローを入れる前にお断りを示した!!しかも真顔で!!
「なんでだ!?なんで嫌なんだ!!理由を言ってくれ!!」
土下座の儘詰め寄る河内。ヒロのつぶやきが聞こえる。俺もこんなだったのかよ…よ。
「じゃあ、なんで土下座で告白?」
「緒方がそれで成功したって…大沢もそれで彼女ゲットしたって…」
俺のパクリかよ!!ヒロと同じ思考かよ!!
「……緒方君、まさか土下座告白を推進しているんじゃないでしょうね?」
「バカ言うな!!そんな事するか!!遥香に告ったのは約束があったからで…」
「約束?」
「ああ、うん。気にしないで」
「そう?」
やばいやばい。自分で迂闊な事言ってどうすんだ。遥香が声を殺して笑っているけれど。
「だけど、断る理由がそれ。波崎の言った通りだわ。脅迫よね、これって」
「脅迫じゃない!!誠意だ!!」
横井さんの言葉に大きく頷く波崎さんと、河内の言葉に大きく頷くヒロ。男女の温度差が激しくて風邪を引きそうだ。
こそっと遥香が耳打ちをする。
「横井って結構面食いなんだよね。ダーリンのお友達ってイケている人多いから、上手くいくとは思うんだけど…」
今度は国枝君が耳打ち。
「横井さんって真面目と言うか、きちんとしている人が好きなんだよ。以前そう聞いた覚えがあるんだ」
う~ん…容姿的には合格だが、性格的には不合格ってところか?と、言うか、友達の土下座告白を二度もライブで見せられているこっちの身にもなって欲しい。
「ダーリン含めてのお友達が土下座で告白したのって川上中ばかりだね」
俺繋がりの男子が全員土下座して、お前繋がりの女子が全員土下座告白されたってか?おかしな縁だなぁ…
じゃあ先ずは、と、河内と横井さんを座らせる。間に俺が入って、一定の間合いを取りつつ。
「えっと、こういう事になったんだけど、河内、横井さんのどんなところが気に入ったんだ?」
「顔」
………清々しい程言い切るんじゃねーよ。ヒロが共感宜しく激しく頷いているけれど。
「えっと、横井さん、河内はこう言っているんだけどさ、素直に自分を曝け出しているって事で、評価のプラスポイントにならない?」
「そう言われてみればそうかもね…物はいいような気がするけれど。素直と言うより考え無しって言った方がいいんじゃない?」
全く以てその通りだ。波崎さんも激しく同意で頷いているし。
「横井、河内はな、隆と張るくらい強えんだぞ?黒潮の頭だぞ?」
援護宜しくなヒロ、感激の瞳をヒロに向ける河内だが…
「え?私は別に彼氏の条件に喧嘩の強さを求めてはいないけれど?」
全く以てその通りだった。格闘技云々は今日スパー観たからそう思ったのであって、喧嘩の強さを求めちゃいない。初めから。
「じゃあさ、横井的な好みのタイプを言ってみたら?河内君がいくつ該当するか、みんなでジャッジしてみよう」
遥香が横から会話に参加する。さっき好みのタイプを言っていた筈だけど…
「そうね…外見はあまり拘らないけれど、誠実で優しい人がいいかしら。正義感があったらもっと良いわね。勉強の方も授業に付いて行ければいいかな?解らない所があったら教えてあげるっていうのにも憧れがあったしね」
いや、外見に滅茶苦茶拘っていたじゃねーか。面倒だから突っ込まないけど。
「…それってダーリンの事じゃない?」
全員が一斉に俺に視線を向けた。俺!?
「確かに緒方君はカッコイイし、ボクシング強いし、優しいし、誠実だし、正義感があるよね。勉強の方も苦手って訳じゃ無いし」
俺を持ち上げてどうすんだよ国枝くうん!!河内の事を気にしてあげて!!
「言われてみれば…さっきも言ったけれど、槙原と緒方君を見て、彼氏がいてもいいと思ったくらいだからね」
肯定すんなよ横井さん!!遥香の笑顔が引き攣っているじゃねーか!!!
「河内だって正義感があるぞ!!誠実かって言われりゃ返答に困るけど!!」
「大沢!!俺の味方じゃねえのかよ!!」
いや、正義感はあると俺も思うよ?誠実ではないと思うけど。勉強の方はどうか知らないが。
んじゃ、まあ、正義感の方で押してみようか。
「河内って、俺達と仲良くなったのは、とある事件が切っ掛けなんだよ。一人で沢山の糞先輩をぶち砕こうとしていた所を、俺達と共闘したんだ」
「へえ?じゃあ大沢君の言っている、緒方君と互角くらいなのも本当の事なのね」
ちょっと興味を引いたぞ。俺基準で話を進められている感があるが。
「いや、あれは俺的に許せなかっただけで、正義感云々の話じゃねえし。佐更木が的場さんを騙していたからであって、的場さんのダチじゃ無かったら多分シカトして普通にぶっ叩いていたいたと思うぜ」
折角のアシストを台無しにするとか!!だけど、そうだよ。こいつ、嘘は付けない
「え、えっと、河内君は僕の為に一緒に大洋に行ってくれたんだよ。朝早かったのに、あの時は本当に助かったよ」
おお!!友情に熱いアピールか!!やるな国枝君!!
「ああ、緒方の女に暇だったらって言われたからな。忙しかったら多分行かなかったけど」
国枝君ですら俯いちゃったぞ!?打つ手なし状態だコレ!!
「……素直と言うより、考え無しと言うより、裏表がない、のかしら?」
意外と肯定的に受け取った!?此処から逆転の目があるのかも…
「だけど、その調子で面と向かって言われたら、悲しくなっちゃうわね」
その通りだ。遥香も波崎さんも頷いているし。
「ところで、さっき話に出ていた大洋に行ったって言うのは、えっと、ツインテちゃん?と関連があるのかしら?」
覚えていたのか…他ならぬ俺は口にしちゃった事だけど……
「ああ、大洋には人捜しに行ったんだよ。その時情報をくれたツインテちゃん他数名と仲良くなって…」
「お前変態っぽいとか言われて敬遠されていたじゃねーか」
「お前等がみんな美味しい所を持って行ったんだろ!!」
突っ込む河内だが、横井さんの目が厳しくなった。
「……大洋にはナンパに行ったのかしら?」
「「「いやいやいやいや!!人捜しだよ!!!」」」
俺とヒロ、国枝君が同時に否定する。彼女持ちの身でナンパとかしちゃ、俺達の命が確実に無くなるから、おかしな誤解を打ち消す為に。
「横井、それは本当に人捜しだよ。ダーリンがわざわざ電話で聞いてくれたから。情報の為に連絡先交換していいか、って」
「それでいいって言ったの槙原は!?」
逆に驚いた表情した。いいと言う女子ってあんまいないと思うし、納得だ。
「そりゃそうでしょ?ダーリンが必要だって判断したんだし。彼氏を信じるのも彼女の努めでしょ?」
全く迷い無しに言い切った。これには波崎さんも目を剥いた。
「流石の私もいいとは言えないなぁ…」
「うん。それでいいと思うよ。これはあくまでも私と隆君の問題だからね。嫌だって気持ちの方が理解できるし」
凄い腹の決め方だよなぁ…他人は口出し無用ってハッキリ言っちゃっているよ…
「つうか槙原、お前生駒にも聞いていいって言ったじゃねえかよ?木村にもよ?」
ヒロの問いに当たり前だと頷く遥香。
「だってあれは美咲ちゃんの判断だし。くろっきーだって、くろっきーの判断でいいって言ったんだし、私は何も強要していないよ」
確かにそうだろうけど、流れってもんがあったんだろうが。お前がいいって言ったからいいって事になったんだろうに。
「と、兎に角、私はそう言うのは御免だわ」
「大丈夫だ。俺は浮気しないから」
胸を張る河内だが…
「それは当然の事でしょう?当然の事を得意気に言われてもね」
全く以てその通り。彼女の嫌がる事をしないのもその通り。まさにぐうの音も出ないってこの事だなぁ…
つか、俺達が河内を応援する必要も無いんだが…
当人同士で決めろと口を開こうとしたが、遥香が察知してそれを止める。
「横井は二年になったら必ず必要な人材になるから、友好度を高めようよ」
…それもハッキリ言って俺的には嫌な事なんだが…
「友達を損得で選びたくねーよ」
「ダーリンがそんな考えだからこそ、河内君や生駒君が親友になったんでしょ。さっきも言ったよね?私はこんなだからどうしてもそう考えちゃうって」
……じゃあ俺の気持ち次第って事になるじゃねーか。
横井さんとはあんま絡みが無いけれど、最後の繰り返しの時、一年の時は確かに文化祭で多少仲良くはなったよな…
二年の時はあいさつ程度のクラスメイトだったっけ…
……二年の時は、麻美を成仏させる事に神経を尖らせていたからな…他クラスメイトとの交友にあんま気持ちが向かわなかったのもあるか…朋美もアレだったし…
ならば今回は普通以上の友達を目指してみようか。一緒に晩飯を食った仲だ。踏み込んでもいいだろ。
じゃあ河内と横井さんの仲を応援したいかって事だが…
「河内、本当に横井さんに惚れたのか?」
いつものようなノリならば絶対に応援しない。横井さんとはもう一段階、親密になると決めたのだ。
友達に迷惑を掛ける様な事はしないし、させない。そして、友達が迷惑を掛ける様な事もさせない。
「俺は確かに顔で選んだ。だからぶっちゃけふざけんなって思われても仕方ねえと思う。だけど惚れたのは本当だ。軽いと思われても仕方ねえとは思うけど…」
髪を掻く。言いたい事が上手く言えないって感じだ。だけど、解った。
そして俺は横井さんの方を向く。
「横井さん、こいつ、見た目のようにチャラいし、中学生をナンパして怖がらせるような奴だけど嘘はつかない。だから、惚れたって言うのも本当だと思う」
真っ直ぐ横井さんの目を見ながら言った。
「そ、そうだぜ。河内は的場の後輩で、俺達と互角…」
「そっち系の話はどうでもいい」
的外れなヒロの援護をバッサリと切る横井さん。そして俺を真っ直ぐに見返す。
「……緒方君はこの人の事を信じている、のね?」
「親友だと思っているよ」
大きく頷く横井さん。
「えっと、君、河内君だったかしら?」
「お、おう…」
何を言われるか解らない恐怖で身構える河内。横井さんは美人さんだが、凄むと怖そうな顔立ちをしているから納得の反応だ。
「君の事、全く知らない。今言った事も出任せかもしれない。要するに、今は何も信用できない」
初めて会ったばっかであの行動だもんな。そう思っても無理はない。
しかし、河内なりに嘘は言っていない、真実の告白をしたつもりなのは、何となく理解はしてくれたんだろう。さっきのように、発する言葉に棘が無いからだ。
「一つだけ教えて。君は緒方君や大沢君、国枝君の事をどう捉えているの?」
「マブダチ…親友だと思っている」
軽く頷く横井さん。
「じゃあお友達から始めましょう。君の事を信用する期間を頂戴」
友達からか…無難だが、それはまあ…
「ダチなんて嫌に決まってんだろ。俺はアンタに惚れたんだから」
譲歩案をバッサリ切り捨てた!!こいつ、二択しか考えてねーのか!!付き合うか振られるかの二択しか!!
「それでいいと思うよ。友達からなんて、抜け出すのに時間が掛かり過ぎちゃう」
こっそり耳打ちする遥香。そういうもんなのか?
「ダチなら其の儘ズルズル行っちまう可能性がデカい。その間横井が他に好きな男が出来たと言っても文句は言えねえし」
そう言う考え方もあるのか…ヒロは恋愛ビギナーな筈なのに、そう言う事よく知っていたな…
「そう。じゃあどうする?此処でお流れになっても、私は別に困らないけれど」
「流さねえよ。俺はアンタと付き合うんだよ!!」
どうでも良さそうな横井さんに対して、必死、いや、決死に食い下がる河内。
此処からは部外者は口を打出さない方が良さそうだな。河内の覚悟を見る為にも。玉砕したら、慰めてやろうか…
「そう。じゃあいいわよ」
横井さん、今度はどう言った手で攻めるのか…いいわよって…
…………ん?
「……横井、今いいわよって言ったような?」
恐る恐る訊ねる遥香。横井さんは簡単に頷いて返した。
「緒方君が信用しているのなら、大沢君と国枝君とも親友だと思っているのなら、誠実…かは解らないけれど、本気なんでしょう」
「大沢君達と親友なのがポイントなの?」
波崎さんの質問にも頷く。
「白浜の同級生の私を馬鹿にしようものなら、緒方君も大沢君もタダじゃおかないでしょう?でも、二人とも応援している節が見られた。国枝君もね。河内君は本当に良い人なんでしょう。応援したくなるほどに。私を馬鹿にしていないと信じていると言う事よね」
な、成程…ここで俺の評判が生きて来たのか…
「でも、言っちゃなんだけど、河内君は見た目が軽いじゃないか?緒方君達の事を踏まえても、それを踏みにじるような軽さがあると思っても不思議じゃないんじゃないかい?腕力なら河内君だって黒潮を率いているんだから…」
国枝君の質問にいやいやと首を振る。
「緒方君は外見で友達を選ぶ人じゃないでしょう。赤坂と友達でもあるんだし、国枝君のような真面目な親友もいるんだし。見た目が派手な大沢君とは中学からの友達なんだし」
やっぱり俺の評判が大きく寄与したようだ…確かに俺は外見で友達は選ばないし。過去は糞に見えた奴等全員ぶち砕いていたけれど。
「だけど、よく知らないのは本当の事だから、まだ気は許せない。それは理解して貰えるわよね?」
横井さんの問いに何度も頷く河内。続く言葉にも信じられんと言った感情が見える。
「ま、マジで俺と付き合ってくれんのか?」
「ええ。でも、君は黒潮でしょう?会いに行けるのも意外と制約が在るかもしれないわ。その辺を理解してくれれば」
「しょっちゅう緒方ん家に来ているから、俺の方はあんま心配いらねえけど…」
横井さんの方はあんまり会いに行くつもりはないようだ。少なくとも今のところは。
それは、これからの事だろう。ヒロの仮彼氏のような物で、追々違って来るのだろう。
「でも、今は文化祭の準備で忙しいからね。少なくとも、準備が終わるまでは会えないわ」
「だ、大丈夫だ。緒方ん家に来るから!!」
「私はしょっちゅうお邪魔するつもりはないんだけれど…」
単純に悪いって事だ。俺やお袋、親父に。そして遥香に。それはあんま気にしなくてもいいのに。
「よし、じゃあお付き合いしたって事で、お祝いしようぜ」
ヒロが立ち上がって部屋のドアを開ける。
「どこ行くんだよ?」
「コンビニにジュースでも買いに行くんだよ」
「いや、コーヒーあるから、いらないだろ…」
俺のおもてなしのコーヒーを無視すんじゃねーよ。まだあんま減ってねーじゃねーか。
「あ、じゃあ俺が何か奢る…ピザのデリバリー頼めるか?」
河内が財布を出してお金を取り出す。
「お祝いなんて必要ないわ。これからなんだから」
冷淡な横井さんだった。気を許していないって現れか。だが、俺は違う。少なくともお祝いしたい気持ちはある。
「じゃあ俺もコンビニに付き合うか…適当に何か買って来るよ。行くぞヒロ」
「おう」
「あ、河内君、これがピザの電話番号ね」
遥香のこの言葉を背に、部屋を出る。遥香は河内にピザを買わせるようだった。国枝君と春日さんの時は奢ったのに。
つか、国枝君と春日さんの時よりも、みんなテンションが控えめだった。かく言う俺もそうだ。ケーキを買おうと言う気になれないのだから。コンビニスイーツでいいだろってMAXで思っているし。
「ちょっと待って、僕も行くよ」
国枝君が後を追って来た。
「俺とヒロだけでいいのに…」
「いや、僕達の時も盛大に祝って貰ったからね。僕もお返しと言っちゃなんだけど、そうしたいんだ」
「お前と春日ちゃんの時は、河内と絡んでねえだろ?」
だから関係ないだろとヒロ。
「いや、僕だけ祝って貰いっぱなしなのが気が引けるだけだよ」
そう言っても軽めにね。と国枝君は笑う。明日も学校があるんだから、遅い時間まで騒げない。
河内は兎も角、横井さんは電車に乗らなきゃいけないんだし。終電は流石に困るだろうし。
翌日、全く普通に登校した。
河内と横井さんが付き合う事になってお祝いしたのはいいが、なぜか国枝君と春日さんの時程盛り上がらず。
それは俺だけじゃない、みんなだった。
ヒロと波崎さんのようなお試しに近い感じだからだろう。横井さんは全く心を許していなかったし(会話しても相槌のみだった)、河内はやっぱり軽い発言しかしなかったし(マジタイプばっか言っていた)。
更に言うのなら、横井さん、メアドしか教えなかったし(当然俺達はケー番も知っている)、慎重つうか、何つうか。
そんな事を考えながら、教室に入る。
「おはよーダーリン、今日もカッコイイね」
「おはよう愛氏のハニー。毎日可愛過ぎて辛い」
もはや恥じらいなんか微塵も見せずに、単なる挨拶と化したお互い褒めを交わして席に着く。
「今日から部材作り?」
「どうだろ?釘とかはまだ仕度していないから、今日も道具集めじゃないか?女子の方は裁縫だっけ?」
「うん。占い師のコスプレね」
このあたりも前回と変わらないな。横井さんと親密度が増したくらいか?
まあ兎に角、忙しくなるのは曜日をまたいでからの筈だ。それまでマッタリさせて貰おうか。
だが、多少の時間の拘束はある訳で。
「緒方ー、お前バイクに乗っているんだって?」
蟹江君が訊ねてきたので頷いた。
「東白浜の外れにあるスクラップ場、知っているだろ?あそこ、三木谷の親戚がやっているんだって。そこからアルミサッシのフレーム貰う事になったからさ、放課後国枝と一緒に取りに行ってくんねえか?」
「アルミサッシ?何に使うんだ?」
「ブースの骨組みだよ。アルミなら軽いから、持ち運びに便利だからな」
成程、前回はこんな事は無かったが、今回は総合優勝を狙うから、極限まで経費削減をするって事で、多少変わってきてはいるのか。
「解った。国枝君にも話は通したの?」
「おう、国枝もバイク持っているからな。有り難いこった」
機動力がプラスされた我がクラス。こんなお使いも頼まれる。絶対に総合優勝すると言う気構えが伝わってくる。
「材料は俺ん家に運んでおけばいいのか?」
「お?じゃあお前ん家を使ってもいい、って事か?」
頷くと、蟹江君が肩を組んできた。
「お前ってほんっとうにいい奴だな!!」
「総合優勝取って、一年初の二冠を狙うんだ。出来ない事は勿論あるけど、出来る事は協力するよ」
「おう!!体育祭はお前のおかげで優勝したんだからな!!文化祭もこの調子で頑張ろうぜ!!」
勿論だ。二冠を取る為だ、目いっぱい頑張るさ。
放課後、一旦帰った国枝君が、バイクに乗って俺ん家にやって来た。
「待ったかい緒方君?」
「いや、大丈夫。つか、俺そのスクラップ場知らないんだけど…」
「ああ、それなら大丈夫だよ。僕が聞いているから」
なら安心だ。国枝君の後ろに付いて行けばいいんだからな。
俺は自慢の外車に火を入れる。いつ自慢になったかっつう話だが。
「調子いいみたいだね、ドゥカティ」
「調子が解る程乗っちゃいないけどね」
なるべく乗らないよう心掛けている…訳では無いが、本気で必要な時以外は乗っていない。
どうしても曲がらない事がネックになっているからだ。だいぶ慣れては来たけれど。
「じゃあ行こうか。今日もスパーリングするんだろう?それまでには帰って来なくちゃ」
それもその通りなので、素直に従う。
俺達は程よいスピードで走る事にした。単に俺の運転技術が未熟すぎるのが原因だが。
しかし東工か…生駒に連絡取っておけばよかったか?あいつもバイクを持っているんだから、部材運搬を手伝って貰えるのに。
国枝君に喰らい付いて行く事暫し、漸く目的のスクラップ場に着いた。
家を解体した時に出たであろう、アルミサッシが大量に置かれている場所に案内される。
「ガラスはみんな取ったけど、ご覧のとおり嵩張るから、バラして持って行った方がいいよ」
スクラップ場のおじさんが、人懐っこそうな顔でそう忠告してくれた。
「ありがとうございます。無理を聞いて貰って」
頭を下げる国枝君。俺もそれに倣う。
「いいんだよ。だけど、終わったら返して貰うからね」
ははは、と笑う。こんな状況で冗談も言えるんだな。なかなかユーモアのあるおじさんだ。
「勿論です。じゃあ緒方君、早速バラそうか」
「え!?本当に返すの!?」
マジビックリして訊ねた。
「そりゃそうでしょう?このアルミサッシは商品なんだから」
「だ、だけど、ガラスが無いとは言え、バラすって事は真四角じゃなくなるだろ?なんで商品になるんだ?」
「窓枠が必要な訳じゃない、アルミが必要なんだよ。だから普通に加工しても問題無いんだ。欲しいのはアルミなんだから。リサイクルって知っているよね?」
そ、そう言う事か…アルミ自体が商品になるんだから、加工しても、なんなら丸めても問題無いのか…
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