体育祭後~002

「……さっきもみんなに話したけど……」

 春日さんは須藤真澄の情報を木村に話した。流石に驚いたようで、目を剥く木村と河内。

「マジかよ…!!そりゃ…ほぼ確定じゃねえのか?」

 木村が身を乗り出して興奮するが、春日さんはいやいやと首を振った。

「……まだ解らない、が正解でしょ?」

「お、おう、そうだな。何つうか、興奮して先走っちまった」

 春日さんに咎められる木村。珍しい光景に、なんかほっこりした。

「そうだな。狭川の後ろと関連があるかもしれねえから、俺も興奮しているけどよ…」

 河内も身を乗り出す。

「河内、そいつって内湾女子の女なのか?」

「いや、女子高じゃねえ。男だ。だけど連山の奴だとか。さっき木村から話が出ていただろ?潮汐の連中が卸しているとか何とか?佐更木は連山のチンピラから薬を仕入れていたようなんだ」

 それは…確かに繋がりがありそうな感じだが、薬関係の事であって、朋美とは関係ないんじゃ?

「そのチンピラだが、須藤組を破門されたチンピラらしい。そのチンピラと一緒に来た女と狭川が親しげに話していたらしい。その女は、俺達と同じくらいの歳」

 破門されたチンピラ!?須藤組を!?

 ヤベェ…なんか興奮して震えている!!まだ解らないが正解だろうが、此処まで繋がって来ていると、嫌でも期待してしまう!!

「河内君、そのネタ、どうやって仕入れたの?」

 遥香が疑問を呈した。そうだな。それが重要だ。

「狭川と同じ悪鬼羅網の新人だ」

 それは…何と言うか…信じていいのか?情報攪乱を狙ってのフェイクとかじゃねーのか?

「それは…ちょっとどうかな…」

 国枝君も俺と同じように疑問を抱いている様子。国枝君だけじゃない、全員か。

「勿論信用しちゃいねえ。だけど、情報攪乱の狙いがあるのなら、全部がフェイクと言う訳でもないと思う。よって多少は事実が含まれると思われると推測している。的場さんが」

「的場がかよ…」

 お前じゃねーのかよ。逆に安心しちゃったけど。

「……じゃあ分ける必要があるね。連山のチンピラから薬を仕入れた事と、狭川君と親しげに話していた女子と」

 遥香の言う通り、二つに分かれるのか?だが、遥香の含み笑いが逆に気になるんだけど。

「…遥香っち、なんか邪悪な笑いを浮かべているんだけど?」

 里中さんの問いに、更に笑う。

「さっき記憶が戻ったって言ったじゃない?それは、やっぱり前回の事件の記憶もちゃんと戻っているのよ。そして、私の性分なら、やっぱり調べていたのよね~」

 この勝利を確信した笑い。こええけど頼もしい!!流石俺の彼女さん、冴えているし、切れている!!

 頭脳労働は遥香に任せた!!俺は腕っぷしで頑張るから、頑張ってくれ!!

「隆君、須藤がくろっきーを狙った時の事、覚えてる?」

 阿部に頼んで轢こうとした時の事か?勿論覚えているが?

「その後、佐伯さんも轢き殺されたじゃない?」

「ああ、須藤組に破門されたチンピラに頼んで、結果死んだってヤツだよな……!!」

 俺がそこまで言うと、全員蒼白になった。

「……その破門されたチンピラが連山に住んでいた…?」

 ビンゴのように破顔して頷き、更に続けた。

「浦田さんだっけ?その人と楠木さんの間には仲介人がいる。それは私達と同じような歳の女、だったよね?」

 河内を見ながら問うと、青い顔のまま頷いた。

「須藤が記憶持ちってのはまだ解らないけど、仮説として、元々連山のチンピラは黒潮に薬のルートを作ろうと考えていた。須藤がそれを知って、先手を打とうと考えていたら?」

「な、なんの先手だよ?」

 おっかなびっくりで訊ねて来る河内。気持ちは解るぞ。

「勿論、隆君を手に入れる為の先手。楠木さんを排除する目的もあるだろうから、楠木さんにもその情報を流した。サイトを経由してね」

「だ、だけど、楠木が確実に買うとは限らねえだろ?その場合は?」

 ヒロの疑問である。だが、その疑問には俺でも答えられる。

「……楠木さんが買わないのなら、それでもいい。黒潮で売買している限り、いつかは楠木さんに当たると踏んだんだろうな…それまでどんだけ被害が広まろうが、知ったこっちゃねえ。目的の為なら他はどうなってもいい。そう言う奴だろ」

「だけど、楠木さんは白浜だよね?どうやって楠木さんだって判断するつもりだったのかな?」

 黒木さんの疑問にも答える事が出来る。

「白浜で女なら誰でも良かったんだろう。それが楠木さんじゃなくても、いつかは楠木さんに当たる。当たるまで繰り返せばいい」

 朋美の性格を熟知している俺ならではの見解。証拠に麻美からもヒロからも反論は無い。しっくりくると頷いて同意するくらいだった。

「ちょっと待って、さっきの話じゃ、黒潮に薬のルートを作る為とか言っていたけど、白浜はどうなの?大洋は?」

 連山から黒潮に流す為には、大洋、白浜と、街がある。そこを避ける意味が解らないと里中さん。

「白浜では売買しないよ。須藤のお父さんが元居た街だから。何かあったら、真っ先にお父さんに疑惑が掛かる。そうなったら自分が疑われて、最悪殺される。だから白浜は避けるでしょ」

 遥香の答えだが、更に続けた。

「これは仮説前提の話なんだけど、大洋は例の須藤真澄がいる街なんだから、手は出せない。須藤と親戚なら尚更ね。で、須藤真澄が東工にちょっと現れた女なら、『縄張りが確定しているから手を引く』発言も納得できる。須藤朋美の縄張りなんだから」

 よって黒潮だと。連山に住んでいるんだから、近隣の街には売っているだろうが、大洋は避けるだろうと。

「……やっぱり確定じゃね?」

 河内がそう呟いた。それを生駒が咎める。

「そう思って行動はしない方がいい。そっち関連にどうしても結び付けてしまうだろうからな」

「だけどよ、佐伯にメールで薬売買を持ちかけて来た事が発端なんだぞ?佐伯のメアドを知っている奴が犯人って事だろ?その須藤朋美が記憶持ちなら、メアド覚えているだろ?」

「それは、お前が緒方の繰り返しの話を信じたって前提ならの話だ。そうじゃないんだろ?」

 生駒に突っ込まれて言葉を失う河内。そりゃそうだ。此処だけ信じるっつうのは都合の良い話。結果おかしな結論の方向に進んでしまうかもしれない。

 生駒も結構切れ者なんだな。感心するわ。

「でも、朋美だとしても、佐伯のメアドを知っているのはちょっと説得力がないな。あの子、そんな面倒なこと覚えないよ?」

 麻美さんの発言である。それを覆す仮説も持っているし、実際行動中なんだが…

 ヒロに目を向けると無言で頷かれた。情報纏めなら余計な隠し事はしないでもいいって事か…

 阿部に安田の事を調べさせている途中だと言う旨を話そうとした所、遥香に遮られた。

「もともと須藤はこっちに居て佐伯さん達を雇っていた訳だから、連絡先を消さない限りはアドレス残っている筈だよ」

 そりゃそうか。神尾達にも連絡してきたんだから、アドレスは残っているとみて妥当か。

「そりゃそうか。隆の話じゃ、神尾達に連絡してきたんだもんね」

 俺と全く同じ事を被せた麻美。実際その通りだし、考える間でもないが、遥香の麻美を見る目が若干変わった…

 敵意じゃないが、見定めている様な…疑いの目のような…

「だが、それはあくまでも河内が俺の話を信じている場合だな。生駒の言う通りに」

 話題チェンジのように話を振る俺。

「お、おう…つか、縋りたくなってきたが…今から乗り換えても大丈夫なのか?」

 そりゃいいけれど、僅かな情報に縋っているって自分でも言っているしなぁ…

 ならば、こういうのはどうだ?

「お前が隠していて、実は俺が知っていた事を話せば、少しは信じるか?」

「俺が何を隠しているんだよ?だけどまあ、そんなモンが本当にあるんなら、少しは信じられるな」

 ある。と思うが、前回と違い、今回はその後も多少絡みがあるからな…どうなのか?

 ともあれ、話してみよう。

「前回も俺は的場に勝った。だけど、その事は隠していた。要するに、俺が的場に勝ったって事は知られていなかった。だけど、その噂は隣県にまで伝わっていた。なんでだ?」

「なんでって、そりゃあ…!!」

 気付いたようで口を押さえる河内だが、もう遅い。俺に今回もそうだったかと確信を抱かせるに充分なジェスチャーだ。

「的場が自分から言い触らしていたんだ。負けたかった的場が解放される唯一の手段が、俺に負けた事を触れ回る事だ。今回もそうなんだな?」

 にやりと笑って指を差しながら言った。

 河内は暫く考え込んでいたが、やがて諦める様にガックリと頷く。

「……その通りだよ。つうか連合全部に通達を出したよ。緒方に負けた事を触れ回れってな。だけど、流石にみんなは頷かず、触れ回る事はしないけど、話のついでになら、まあ…って事で…」

「別に負けた事を触れ回る必要はないと思うけどな。なんでそんな事をしたんだ的場は?」

 ヒロの疑問に、やはり項垂れたまま答える。

「……緒方の言う通りだよ…無敗の自分が辛かったんだよ。負けて楽になりたかった」

「楽になりたいって気持ちも解らなくねえが、じゃあ緒方の話は信じる事になるのか?」

 やや考えて顔を上げる河内。

「……ぶっちゃけて信じらんねえ方がデカい。だけど、緒方がそんな嘘を述べて得する事も無い。的場さんが、つうか俺が黙っていた事も前回にあったような言い方をしていたし…」

 そして生駒の顔を向けて訊ねた。

「お前はどうなんだ生駒?お前も信じちゃいねえんだろ?」

「……いや、流石に全部は無理だが、信じられる所も多々ある。美咲とも充分に話した結果、俺はその話を信じる事にした」

 生駒は楠木さん絡みだから、感じる所は河内以上な筈だからな…その結論に至っても不思議じゃない。

「じゃあ…えっと…里中さんだっけ、アンタはどうなんだ?」

 次に振ったのは里中さん。里中さんはあまり信じちゃいないと思うけど…

 しかし意外や意外、里中さんは迷いなく言い切った。

「信じるよ。って言うか、信じた。さっき遥香っちが遊んでいるSNSを当てたのもそうだし、『爽やかポニー』の事教えてくれて、それを納得したのもそうだけど、助けてくれって言ったんだよ?友達にそう言われちゃ、信じない訳にはいかないよ」

 物凄い腹の座り方だった。ヒロでさえ全部信じない話を、友達に助けてくれと言われたからと言う理由で信じるとは!!

 木村でさえ目を剥いて驚いていた。記憶持ちは自分だと言ったにも拘らず。

「そ、そうか…だったら俺も…」

 信じる、と言いそうなところを、寸でで止める。

「流されるな。雰囲気に負けんな。お前はお前が納得した所で信じてくれればいい。勿論、信じないのも仕方がない。流されての同調は危険だぞ?」

「そ、そうか…うん…その通りだよなぁ…」

 項垂れる河内だが、ちょっとは信じたと思う。的場が言い触らしている事を当てたのだから。

 そして、これからもっと信じる事になるだろう。だから、その時に改めて言ってくれ。信じると。

「……と、まあ、これで仮説も含みだけど、大体現状は纏まったかな?それで、これからどうする?」

 遥香が全員を見て促した。お前が仕切るんじゃねーのか?

「先ずはやっぱ南海を引き込む事を優先する。潮汐とやるとなれば、南海の力が必要になるからな」

 木村の弁に頷く生駒。生駒も引き続き協力すると言う事だ。

「俺はやっぱり狭川の後ろの調査だな。タレコミは話半分としても、真実も混じっている。薬関係は連合の仕事でもあるから、連山のチンピラの方も探っておく。向こうにも連合の息が掛かっているチームがあるし、こっちは的場さんに頼んどくか」

 河内はあくまでも黒潮の頭で、連合とは違うからそうなる。それはそれでいい。的場ならヘマはしないと思うし。

「……引き続き、内湾から情報を探ってみるよ。一応他にも伝手はあるし、私の噂もそうだし」

 春日さんも頑張ると。本当に強くなったよなぁ…流石国枝君だ。

「じゃあ僕は川岸さんの方を。彼女が強気なのが、少しおかしく感じるからね」

 黒木さんも、私も、と名乗り出たが、それを国枝君が止めた。

「黒木さんは川岸さんと絶交したんだから、これ以上は関わらない方がいい。霊感があるのは本当なんだから、僕達が何をしているのか、勘付いちゃう可能性もある」

 しょぼくれて項垂れる黒木さん。責任を感じているのだろうが、木村がそのフォローを入れた。

「国枝の言う通りだ。お前はお前で別の仕事をしろ。その女と縁切ったって事は、お前等と共通のダチにも知れるだろう。そいつ等から何かしらの情報を引っ張れ」

「う、うん。解った」

 彼氏に仕事を与えられて、決意を露わに頷く。

「さとちゃんは爽やかポニーとの友好度を上げて。だけど、さり気なく。まあ、言う必要はないか」

 前回、春日さんの噂を流したサイトでの活躍も思い出したのだろう。その点に関しては信頼しているようだ。

「じゃあ俺は…」

「じゃあ私は…」

 ヒロと麻美も何かやろうとしたが、それを止められる。

「大沢君と麻美さんは今まで通りでお願い。変化が現れたのを極力欺く為に」

 一気に変化が起これば勘ぐるかもしれないと。流石は遥香、石橋を叩いて叩いて叩き捲ってから渡る用心深さだ!!

「じゃあ俺は?」

「大将はドンと構えて貰わないと」

 大将!?俺が!?お前等の大将だと言うのか!?

「ああ、緒方は下手に動かない方がいいな。お前直情バカだから、情報収集中にぶん殴っちまうだろ」

「そうだな。そうじゃなくてもお前は目立つから。悪目立ちだけど」

 河内と生駒の言葉に全員頷く。大将じゃねーよそれ!!足手纏いだから動くなっつってるだけだろ!!

 ともあれ、情報纏めも今後も粗方だが決まった。

 じゃあ今日の所は解散…と言う訳もなく、其の儘雑談に興じる。

 そこそこの時間が経過した頃、気になっていたのか、木村が遥香に訊ねて来た。

「槙原、記憶が戻るって、どんな感じなんだ?」

「うん、それぞれに該当するか解らないけど、私の場合は今までのデジャヴが鮮明になって、記憶になったって感じ。何となくが無くなったって言うか…」

「緒方が知らねえ、お前自身の過去も甦った、でいいのか?」

「うん。最後の繰り返しの事件の時の悔しさなんか、鮮明に甦ったしね」

 そうかと頷く木村。自分にはまだそこまで至っていないから納得したのだろう、記憶持ちにになったのだと。

「ん?悔しさって?」

 訊ねたのは麻美。午後ティーをごくごく飲みながら。

「うん。えっと、最後の修旅の時なんだけど、隆君須藤に刺されて亡くなったでしょ?その時の喪失感とか、怒りとか」

「それなんだけど、俺ってその後の記憶がないんだよ。国枝君が教えてくれたけど、少しだけだったからさ」

 頷く遥香。俺が話してくれと言った事を理解してくれたようだった。

 ヒロから出掛けた俺が帰って来ないと言われて、心配して、何回も電話したけれど繋がらず。繋がったと思ったら出たのは俺じゃなく、救急隊員。そこで事件を知ったそうだ。

 ヒロと国枝君は言うに及ばず、春日さん、里中さんや黒木さん、蟹江君や吉田君、赤坂君が悲しんでくれたし、泣いてもくれた。

 当然修旅は中止になり、全員帰宅。だけど、俺のせいで修旅が中止になった感が否めず、一部の生徒から不満とバッシングが起こったらしい。そいつらをヒロがぶち砕いたと。

 その事件を黒木さんから聞いて(事件発覚後、超号泣して連絡したそうな。黒木さん、すまん)木村が放心状態。そして復活後、今まで以上に西高生の躾けをしたらしい。その時の黒木さん曰く、緒方君の代わりに自分がやると言っていたと。つう事は、入院コースも続出したって事だ。

 西高生も災難だったろうな。俺が西高で暴れ回っている状況に近いんだから。

 楠木さんの策略が発覚したのも、俺が死んで直ぐの後、春日さんが楠木さんに連絡を入れた所、号泣したまではよかったが、もうちょっとで手に入ったのにと本音を晒したと。

 春日さんが問い詰めた所、ぶっちゃけたそうな。もう死んでいないんだから、固執しても仕方がないと言った体で。

 それはそのとおりだけど、気持ち的には『何だこいつ?』みたいにみんなに思われて、居た堪れなくなって、俺の葬儀後に中退して失踪。誰も捜さなかったらしい。楠木さんの事よりも、俺が亡くなった事の方がデカ過ぎて、動く気にすらならなかったと。

 で、当の遥香だが、後追い宜しく自殺未遂を繰り返したそうだ。リスカも勿論、睡眠薬も大量に飲んだり、首吊ろうとしたり。それを悉くご両親に見つかって止められたと。時にはぶん殴られて止められたと。マジ良かった。後追い成功しないで。

 春日さんは敵討ち的に朋美をぶっ殺そうとして、ナイフやらボウガンやらを購入。朋美に面会を申し込むも、オール却下で顔も見られなかったと。だから出所後を狙ったんだけど、その前に朋美が死んでそれも叶わなくなったと。良かった朋美がくたばって。そのままなら春日さんも人殺しになっていた所だ。マジ良かった。

 で、更にショッキングな事が。

 国枝君が川岸さんに俺が死んだ事を告げたそうだ。一応俺と絡みがあったから、義理的な感じで話したと。

 そしたら川岸さん、笑ながら良かった良かったと。これで脅えて過ごさなくても良くなると。でも、悪霊になって仕返しに来られたら困るかな?とケラケラ笑ったと。

 国枝君、超激怒して、こんな奴に死者の云々を語られたくない、理云々を語られたくないと、霊能者を目指したと。だが細かい所は解らないと。そりゃそうだ、国枝君の事なんだし。

 結構端折ったとは言え一通り聞いた俺達は、何とも言えないどんより感に支配された。

 そりゃそうだ。その後も大変だったんだな、とは思ってはいたけど、予想以上に酷かったんだから。

 特に川岸さんが。

「……そっか、結局殺せなかったのか…良かった…」

 その話を聞いた春日さんが、心底安堵したように脱力した。

「そりゃそうだけど、なんでそんなに安心してんだ?それに、こっちの世界の話じゃ無いし…」

 俺の言葉をフルフル首を振って遮った。

「……殺さなかったから、国枝君とえっと…け、けけけけ…結婚できたんだから………」

 真っ赤になって俯いて、最後まで喋る事は不可能になった。

 だが、そうか、殺したら国枝君と一緒になれなかったよな。やっぱ人殺しは駄目だな、うん。

「もう結婚しろお前等」

 浮気して振られたヒロが面白くなさそうに言う。

「え?ま、まだ早いよ…法律的にも…」

 軽口を真に受けて真面目に返した国枝君に、全員のニヤニヤが炸裂した。ヒロと河内は除く。

「まあ、その事は置いといて、緒方、お前に頼みがある」

 一旦区切るように木村が俺に目を向けた。

「なんだ?出来る事なら何でもやるから、遠慮なく行ってくれ」

「大雅がよ、お前と一回会いたいそうだ。猪原に繋ぐにしても、発端のお前がどんな奴か、一回会って話してから決めたいと」

 そりゃ構わないけど、わざわざ俺に会わなくてもいいだろうに。木村で充分事足りると思が。

「要するに、興味があるんだよ、お前に。繋ぐ云々は口実だ。南海も西高と協力できるんだから、基本的には渡りに船なんだからよ」

 それは興味を覚える事を言ったからだろうが。だけど、大洋に知り合いを作るチャンスだからな。その申し出は俺にとってもいい話だ。

 その申し出を快く受けて、その後暫し雑談。電車時間の関係でお開きになったのは、結構遅い時間。

 遥香を送らなきゃと思ったが、途中まで里中さんと一緒に帰るからと、あっさりと帰ったのには少しビビった。絶対に泊まるとかごねると思ったのに。

 なので、部屋には俺しかいない。

 訳ではない。

「隆ーシャワー貸してくれー」

 差し入れのサイダーを飲みながら、ヒロの催促であった。

「自分ちで好きなだけ浴びればいいだろうに……」

 言いながらタオルまで貸してやると言う、俺の心配りの素晴らしさよ。

 つうか俺もシャワー浴びたい。体育祭で汗まみれだし。と言う事は、遥香もだ。だから素直に帰ったのか、納得だ。

 で、就寝時間。だが、ヒロは帰らず。

「泊まって行くの?」

「いや、帰るけど、少し話があって」

 なんだ?とヒロと向かい合う。

「…槙原が記憶戻ったって事は、波崎と俺の事も知っている、って事だよな?」

「そうなるな。んで?」

「つまり、俺が誰と浮気したかが解る訳だ。それなら事前に手が打てる。その女に極力近付かないようにして……」

 呆れかえって頭を振った。

「気になるなら遥香に直接聞けばいいけど、その時点で意識しているって事になるだろが」

「あ」

 あ、じゃねーよ。お前はアホなんだから、それを気にした時点で負けになるじゃねーか。

 波崎さんと別れたくなきゃ、ちゃんとしたお付き合いをすればいいだけだ。おかしな気負いすんじゃねーよ。

「い、いやいや、その話はついでだ。俺は北商の女の話をしたかったんだよ」

 頭を振って否定するヒロだが、今取って付けたような感じだ。

 だが、川岸さんは確かにそうだ。気にもなっていた。

「国枝君が情報を持って来るだろうから、それまでに少し考えようと思っていたんだ。なんで俺の繰り返しの話を知ったのか?そして、それをなんで信じたのか?」

「そ、そうだ、その通りだ」

 誤魔化した事に安堵したようにリラックスするヒロ。いや、誤魔化された振りをしてやっただけだから。

 だが、ヒロも気なっていた事は事実のようで、一転真剣な顔になった。

「……生駒も不思議がっていたよな?繰り返しの話を、何で信じたか?」

「多分だが、川岸さんは『そっち系の話』は有無を言わさず信じるんだろう。なんせ、『そっち系』の人だから」

 霊能関係は寧ろ領域だろう。だから比較的簡単に信じた。

 それは納得してもいい。何故知ったのかが問題だ。

「……安直だが、言っていいか?」

 頷く俺。続きを促した。

「須藤が絡んでんじゃねえか?」

「……それ俺も思った。だけど、朋美と川岸さんは接点がない。朋美が記憶持ちだとしても、絡みが無い川岸さんの事が印象に残っているとは思えない」

 顔は見た事があると思う。あのクリパの会場に川岸さんも居たのだから。

 だが、川岸さんとは話もした事が無い。そんな川岸さんに接触するとは思えない。

 暫く考えた。ヒロと頭を突き合わせて。

 その時、階段をあがってくる軽快な一つの足音。

「槙原か?泊まるって駄々捏ねなかったしな」

「いや、流石に一回帰ってまた来るとかしないだろ…」

 そんな面倒な真似をするくらいなら、最初から泊まると言う筈だ。それにこの足音は…

 静かにドアが開く。

「やっぱ麻美か」

「うん、気になった事があってね。大沢もそうなの?」

 まさか誤魔化した結果とは言えず、大人しく頷くヒロ。

「そっか。あ、あたしお茶ね」

 ペタンと座って飲み物の催促。いや、いいんだけどさ、河内と木村の差し入れの残りだから、いいんだけどさ。

 袋からお茶を出して麻美に手渡す。その時唇に目が行った。そういやこいつとキスしたんだよな…こっちの緒方君は…

 ありがとうも言わずにプルトップを開けてごくごくと。こいつも俺をぞんざいに扱うよなぁ…

 ふう、と軽い息を吐き、一転真剣な顔にチェンジ。

「隆、川岸さんってどんな子?」

「え?あ、ああ、自分勝手な子なのは、改めて思ったな…」

 前回の川岸さんもそうだったが、今回はそれが如実に現れていた。

 自分が興味がある事以外は知ったこっちゃねえ。例え、他の人がそれを不快に感じようが、知ったこっちゃねえ。

 前回はそれを善意に置き換えていたが、実際善意なんだろうが、今回はそれが全く見えなかった。

 麻美は頷く。

「さっきそれは聞いたから、それはいいし、納得もした。そんなに凄い霊感の持ち主なの?隆が繰り返していた事が解るくらい?」

「それは…国枝君も言っていたけど、そこまでの力は無い筈だって……」

 これまた頷く。

「そんなに強い力があったのなら勝手に視る事が出来るんだろうし、私もそう思う。なのに、わざわざ友達を使ってまで隆を霊視しようとした。なんで?」

「……そんなに強い力は無いって、自分から証明しているよな?」

「つまり、なんだかんだ理屈付けて近付いて来ても、そう言って追っ払える。でしょ?」

 それはその通り。

「で、ここからなんだけど、なんで知ったの?隆が繰り返している事?」

 麻美もこっちが本題か。

「さっきヒロにも話したけど、川岸さんと朋美の接点は無いんだ。だから朋美から流れたとは考えにくい」

「……大沢も朋美が絡んでいるって考えたんだね?」

「おう。つっても、流れから言ってそう思っちまったってのが正しいけどな。須藤が黒幕だって話していただろ?」

 あの状況じゃ、そう思っても不思議じゃない。全員がそう思った筈だ。

「麻美、お前は違うのか?」

「いや、私も朋美だと思う。だけど接点がないんじゃ、違うのかなと。あの子、接点がない、ちょっと会った程度の人なんか眼中にないからね。だからこその迂闊って言うか」

 麻美も朋美の性格を熟知しているからこその発言だ。その眼中にない人間に足元を掬われる事もあるんだぞ。ぜひ掬われて欲しいけども。

 ペタン座りから足を伸ばして、両手を突っ張って天井を見る麻美。

「そこまでの霊感は無い。朋美絡みじゃない。じゃあなんで知ったのか……」

 考えているようだ。ヒロも考えてくれているけど、頭のスペックが違うから頼もしい事この上ない。

 ならば俺も考えよう。俺ならば活路を見いだせる。

「ところでさ、遥香ちゃんって、どうやって記憶持ちになったの?」

 いきなりの話題チェンジかよ!!つか言えないよ!!恥ずかしすぎる!!

「おう、そうだそうだ。俺もそれが聞きたかった」

 だから言えねーってば!キスして戻ったとか、何処の童話だよ!!

 大体、麻美ともキスしたんだよな?何でお前はそんなに普通にしていられるんだ?気にもならねーのかよ?

 ………ん?麻美とキスしたのは…俺が見た夢で知ったな……

 夢…夢……

 勢いよく立ち上がる俺。麻美とヒロは、咄嗟の事も手伝って、マジビックリして身体を引いていた。

「……あった…接点!!!!」

 麻美を見ながら、力強く言った。やはり麻美は慄いていたが、聞くべき所はちゃんと聞く。

「接点があった?」

「おう、お前の夢の中でだけどな!!」

 なんのこっちゃか解らんと首を捻る二人。ならば得意気に語ろう、俺の仮説を!!

「麻美、お前は繰り返し中、俺と夢でも話した事がある。そう言ったよな?」

「う、うん。でも、幽霊として出て来ているのに、夢で話する意味がない様に思うんだけど…」

 確かに、そう言われてみればそうだ。だが、俺と話したのは、悪霊化するから出て来られなくなったからであって…

 いやいや、最初から立派な悪霊だったか。悪気は無いだけで、俺を無間地獄に叩き込んで彷徨わせたんだから。

 いやいやいやいや、それは兎も角置いといて。

「その夢でお前は川岸さんや朋美とも話してんだよ」

「はあ……それが接点?私を介しての接点じゃんか?本人達が一緒に話しした訳じゃないんでしょ?」

 確かにその通り。その夢でも直接話した事は無い。だけど!!

「川岸さんは知っていたんだ。俺とお前が夢で話していたのを。リンクがどうのとか言っていたような気がするが、要するに、お前を介して夢とは言え、俺と川岸さんは繋がっていたんだよ!!」

 俺も麻美と川岸さんが話していたのを見た事があるし、麻美と朋美が話していたのも見た事がある。

 逆も然りで、川岸さんも俺と麻美が、麻美と朋美が話していたのを見た事がある。

「つまり、朋美も見た事があるんだ!!俺とお前が話していた事、お前と川岸さんが話していた事を!!」

 興奮して拳を握っての力説。麻美もヒロも若干引いていたが、成程と頷く。

「夢で北商の女を知っていたって事か…つまり、こう言う事だな…」

 ヒロの言葉の前に、麻美が発した。

「やっぱり須藤が記憶持ちだって事だよね!!その記憶を持っていたから、川岸さんに接触出来た!!」

 決め台詞を奪われたように、抗議の視線を麻美に向けるヒロ。お前もその考えに至ったんなら、いいだろうに。大人気ないって言うか、小さいって言うか…

 そんな小さなヒロは置いといて、先に進むぞ。

「仮説とは言え、コレで繋がったな。次は、どうやって川岸さんに接触したか。どうやって俺の繰り返しの事を伝えたかだ」

「それなんだけど、朋美は隆が繰り返しているのをなんで知ったの?」

 ………言われてみれば…

 朋美が『知っている』って前提で話を進めていたからな…改めて疑問にすると、なんでだ?

「そんなの簡単じゃねえか。記憶持ちだからだろ」

 ヒロが物調ズラで言うが…

「朋美が記憶持ちでも、隆の繰り返しの事は知らないでしょ?」

「いや、槙原も言っていたじゃねえか。最後の繰り返しだけじゃない、楠木と付き合った一年の夏や、春日ちゃんに殺された一年の冬の記憶も持っているって」

 つまり、違う未来が沢山甦ったと。納得だが、それを良く受け入れたよな?単なる気のせいだって思わなかったのだろうか?

 俺の疑問は麻美も思ったようで、同じ質問をヒロにぶつけた。

「そうだとしても、遥香ちゃんとは状況が違うんだよ?隆も繰り返しの事を話していないんだから、そこに至るとは思えないんだけど?単なる気のせいでゴリ押しするよ、あの子なら」

「そこに至る理由が明確にあったんだろ。お前が生きているとかさ」

 射殺す様なヒロの視線。それが麻美に向けられた。

「……私が生きているのが、そんなにおかしい事なの?」

「それ自体はおかしくねえ。違う未来もあるんだからな。問題は、何故生きていたかって事だ。お前…隆が死なない様に、自分が死なない様に、先手先手で動いていただろ?俺が思ったくらいだ、須藤だってそう思うさ」

 強烈な見極める『目』……そうか…ヒロは麻美も記憶持ちだと思っているから、先手で動けたと思っているんだったな…

 要するに、見極めは記憶持ちかどうか…

 しかし、麻美はあっけらかんと。

「元々朋美を全く信じていなかったからね。先手で動いたように見えたのは、他の人達に比べてそう見えるのであって、実際気は全く許していなかったしね」

「……そう言われちゃ、そうなのかもしんねえけど…」

 説得力があったのだろう。ヒロが元気なくなる程には。

「あ、でも、朋美もそう思ったからなのかな?だから繰り返しに辿り着けた?」

「…そう…なのか?」

 ヒロの引き出しは少ないので、簡単に手詰まりになった。もうちょっと頑張ってくれよと言いたい。

「だが、繰り返しに気付いたのも、夢での事が記憶にあったとしたらどうだ?俺と話した時に今回が最後とか言った事もあるし」

「う~ん…その程度であの子がこの結論に達するかな?」

 それも確かにそうだが、そもそも朋美が黒幕だって前提で話を進めているからな…

「それとも、他に記憶持ちがいて、その人と意思の疎通できるとか?」

 麻美の仮説に被せるヒロ。

「あの女と疎通できる奴がいるか。そもそも、隆の繰り返しでの親しい奴は、須藤と敵なんだろ?」

「それもそうか…」

 ヒロが麻美を論破すると言う、とても珍しい光景に目を奪われた。

 こいつ、アホなりに考えているんだなぁ…妙に感心した。

 でも、と俺は言葉を発する。

「一連の騒動は朋美が絡んでいると思っているんだよな?」

 麻美とヒロが頷く。

「遥香も木村もそう考えている。俺が繰り返している事にどうやって辿り着いたか、それも確かに重要な気もするが、前回俺と親しかった人が全員その考えに至っているのなら、俺も間違いは無いと思う」

「そうだな…隆が繰り返しているのを知った理由も追々解って来るだろう。あの女がどこかでヘマして」

 ヒロの弁に納得だ。朋美は詰めが甘いから。

「そうだね。多分どこかで確信するだろうね。朋美はちょろいから」

 あいつをちょろいと断言するとは、流石麻美だ。ちょろいのベクトルが違うような気もするが。

「まあ、遥香ちゃんから行動制限された身としては、ここでこうやって話す事くらいしか出来無いしね」

 つまんないと嘯く麻美。それには同感だ、俺もヒロも。

 だが、変化を極力見せないってのも納得だから、文句を言う事も無いが。

 俺の事なのに他の人に丸投げ感がして、モヤモヤがパネエが仕方がない。

「んじゃ帰るね。そろそろ明日になりそうな日付だし」

 言われて時計を見ると、11時30分ちょい前。

「んじゃ送ってく。ご近所さんとは言え、女子を夜遅く一人で帰らせる訳にもいかねーし」

 そう言って腰を上げた。

「うん。大沢に送って貰ったら、優ちゃんに悪いしね。隆、お願いね」

「槙原には悪くねえのか……」

 俺もそう思うが、遥香と麻美は何やらそんな話を結構しているから、今更だろ。

 南女まで送って貰うとか、俺に断りも無く、勝手に決めちゃっていたし。

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