体育祭~009

「……流石国枝君だね…」

 なんか赤くなって国枝君褒めをする春日さん。つうか、気になったので聞いてみるか。

「春日さん達は名前で呼びあったりしないの?」

 聞いたと同時に、超真っ赤っかになって俯いた。恥ずかしいのか。気持ちは解るけど。

「二人っきりの時とか、呼び合ってないの?」

 追い打ちをかける俺。いや、別にからかう目的なんかない。普通に、もっと親密になったらいいのにって思ったからだ。

 超真っ赤っかなれど、絞り出すように言う春日さん。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うん……………………………………………………………よ………………………………………………………………呼んでるよ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 すげえ三点リーダーの数だったそんなに恥ずかしいのかよ…

「普通に学校でも呼び合えばいいのに。遥香なんて付き合った後直ぐだったぞ。俺にも直ぐに名前で呼べみたいな事言われたし」

「……遥香ちゃんは…何と言うか…積極的だからじゃないかな?」

 積極的だな、確かに。付き合った今回は言うまでもないが、繰り返し中も積極的だったしな。

「んじゃ、なんて呼んでんの?宗近とか?」

「…………………呼び捨ては………む、むむむ、宗近君……………だよ…………………………………」

 まあ、呼び捨ては春日さんのキャラじゃねーな。国枝君のキャラでもないから…

「国枝君は響子さん、なのか?」

 更に真っ赤っかになって、物凄い微かに頷く。

「いいじゃんか、宗近君と響子さん。俺達の前だけでもそう呼び合ってよ。ヒロに悔し涙ならぬ、悔し血涙出させてやろうぜ」

 波崎さんとは未だに苗字呼び。あいつ等も早く親密度アップすりゃいいのに。

「……大沢君と優ちゃんもお似合いなのにね。遠慮は行けないよね」

 お似合いかどうかは別として、確かに遠慮はいけないと思う。

 配慮は必要だが、おかしな遠慮は距離がなかなか縮まらないからな。

 と、言う訳で、遥香を召喚。当然のように速攻で呼び出しに応える。つっても、すぐ傍にいたから当然ではあるが。

「遥香、ヒロと波崎さんって、名前呼びとかしていないのか?」

「え?多分していないんじゃない?波崎って結構用心深いから」

 用心深けりゃ名前呼び駄目なのか?理屈がよく解らん。

「……用心深いって…せめて、恥ずかしいって言ってあげて」

 春日さんの突っ込み。だが、遥香はいやいやと首を振る。

「用心深いのはホントだよ。下手に懐かれて身体を求めて来ない様に、一定の距離を保つんだって」

 あー、そっちの用心深いか。それなら納得だ。前回も思春期全開で盛りがついていたからな、ヒロは。

「ウチのダーリンなんかヘタレだからねー。私はいつでもウェルカムなんだけど、求めて来なくて困っているんだよねー」

 マジ不満顔で、組んだ腕に頭を乗せて仰け反って言う。非難の瞳を俺に向けながら。

 それを聞いた春日さん。真っ赤っか状態の儘、俯いた。

「俺は健全なお付き合いを目指しているんだからいいんだよ。つか、お前人前でそんな事言うなよ」

「だって、付き合っているのならそれは必然な事でしょ?ねえ春日ちゃん?」

 やはり真っ赤っかのまま俯いている春日さんに、遥香がからかうように追い打ちをかけた。

「春日ちゃんの所は、その所どうなの?国枝君は迫っちゃって来たりするの?」

 もう、嫌らしく笑みを浮かべながら。国枝君のキャラじゃ無い事は解っているんだろうに。

「……………………ま、まだ………キス…………しか……………」

 普通に答えちゃったよ。言わなくてもいいのにな……って!!

「え!?キスしたの!?」

 俺よりも遥香が目を剥いて、春日さんの肩を掴んだ。両腕で。

「……う、うん………こ、恋人だから当たり前なんじゃないかな…?」

 えー!?春日さんがそんな事言っちゃうの!?キャラじゃねーよ絶対に!!

 い、いや、春日さんは結構大胆だからな…俺の時も裸になって挑発してきたりしていたから…

「舌は!?濃厚なキスは!?」

 なんか必死な遥香だった。せめて俺がいない時に聞いて欲しいんだけど…異性の前でそんな話しをしたくないだろうに」

「……う、うん……した…よ?遥香ちゃんもそのくらいはするでしょ?」

 べろちゅーカミングアウトしやがった!!俺がいるってのに!!そんな話は女子会でやってくれよ!!

 遥香はがっくりと膝を付き、力無く言う。

「………唇がちょっと触れた程度のキスしかして貰ってない………」

 春日さんの咎める視線が俺を貫いた。

 え?俺が悪いの?いやいや、それよりも、この話は俺がいない所でやってくんない?すごい居た堪れないんだけど……

 その視線は超居心地悪い!!

 なので、俺は逃走を決意する。

「さ、さーって、そろそろ女子の2000メートルかなあ?」

 くるんと身体を回してグランド方向のクラスに戻ろうとしたが、遥香が服を引っ張って、それを阻止した。

「な、何かな?」

「……春日ちゃん達は大人の階段を昇ったんだよ?」

 いや、そこまでじゃねーだろ…べろちゅーも結構な階段だとは思うけど。

「……隆君は超ニブチンで、超ヘタレだからハッキリ言うね。羨ましい…物凄く羨ましい……」

 うおお~…その呪うような目を向けるのはやめろ…

 なんだよ?しなきゃ呪い殺すよってな訴える瞳は?

「……は、遥香ちゃん、こういうのは、人それぞれ……ひ?」

 一応フォローを入れてくれた春日さんにも、呪うような瞳を向けた。

「妬ましい…春日ちゃんが妬ましい………」

 脅えた春日さん。俺にそろーっと近寄って、耳打ちをする。

「……緒方君、ヘタレなのもいいけれど、あれじゃ、遥香ちゃん可哀想だよ?」

 …ヘタレなのは否定しないが、彼女が可哀想レベルのヘタレなの!?それって色々ヤバくない!?人として、男として!!

 俺が狼狽しているその時、幸か不幸か、俺達の姿が無いと捜しに来た女子。

「あーいたいた。どこ行ったか捜しちゃったよ」

 里中さんだった。これ幸いと話を聞く。

「さ、里中さん、なんか用事か?そろそろ女子2000メートルが始まるとか?」

「うん。今男子三年の2000メートルが始まったからね。是が非でもEには勝って貰わないと!!」

 グーを掲げて灼熱する。いや、君はAクラスなんだから、自分のクラスを応援しなきゃじゃないか?

 そんな里中さんの肩を掴んで自分の方に振り向かせる遥香。鬼気迫る形相に、流石の里中さんも怯んだ。

「え?な、なに遥香っち?」

「……さとちゃん、入谷さんとちゅーはしたよね?」

「うん?そりゃ…」

「恋人的な濃厚なヤツ、した?」

「うん!?いきなり何言ってんの!?」

 流石の里中さんも仰け反った。意味不明なんだろう。

 そんな里中さんの裾をちょいちょい引っ張って、なんでこんな事になったのかを話す春日さん。一応耳打ちで小声だった。

 全てを聞き終えた里中さんは、俺をやはり非難の目で見た。え?俺が悪いのか!?いや、悪いっちゃーそうかもしれないが……

 だけど、ここで俺の非難は口にせず。

「だから、そろそろ女子2000メートルだから。早くクラスに戻って」

 そりゃそうだと遥香が立ち上がる。結構立ち直りはえーよな。

 そしてぞろぞろとクラスに戻った。

 訳ではなく、遥香が俺の背中をグインと引っ張って動きを止めた。

「な、何かな?」

「………濃厚なヤツしたい」

 ……うん。いや、俺もしたいけどね?

 今学校で体育祭真っ只中だよ?少なくとも、今する事じゃないよね?

「………あんな虫が触れたようなキスじゃなくて、本物がしたい」

 虫が触れたって…あんまりな言い方じゃないかな?俺もついとは言え、結構根性出したつもりなんだよ?

「………ついでに処女あげたい」

「ついでにくれてやるもんじゃねーだろ!!」

 しまった。つい突っ込んでしまった。つか、ついでじゃないのは明白だし。

「じゃあしてくれる?」

 ずずいと顔を近付けてくる。当然ながら、俺はその分身体を引かせた。

 視線を逸らそうとしたが、それを許さず。

 両手で頬を挟んで、グインと自分に向けた。

「キ、キスな。うん。俺もそろそろ頑張ろうかな、と思っていた所だ」

 嘘だけど。いや、したいんだよ?切実に。だけど俺ってヘタレなんだよ?だけど、男のチンケなプライドってのがあってね、女子の方からそれを言わせちゃうのはちょっとなあ、ってのがあってね?

「じゃあ今しよう」

 ついっと唇を突きだしてくる。目なんかも瞑っちゃったり。

 …これって逃げ道ないよな…国枝君も入谷さんもしたのを聞いちゃったしなぁ…

 遥香が羨ましくなった気持ちも解るしなぁ……

 …………しゃーねえ…いや、俺もそろそろ覚悟を決めなきゃと思っていた所だ。

 俺は遥香のぷりっぷりの唇に、自分の唇を重ねようと、顔を近付け――

 あ、あれ?なんか目が回っているんだけど?

 なんで?眩暈?いきなり?

 思案最中、身体中に伝わる、地面の冷たい感覚。

 遥香の悲鳴が、やけに遠くに聞こえた………


 ………俺は今、5、6人相手に拳を振るっている最中だった。

 中学の制服を着て。その制服が返り血で濡れているのを、気にも留めずに殴っている。

 その一人が、恐らく逃げようとしたのだろう。地面にケツが付いている状態だったが、立ち上がり、背中を向けた。

 他の糞をぶち砕いていた俺は、それを発見して飛び蹴りを喰らわせた。

「ぎゃっ!!」

 無様に倒れた糞に跨ってぶち砕く。何度も。

「逃げんなよ糞が!!お前等から売ってきた喧嘩だろうが!!全員分買ってやるから感謝しろよ糞!!!」

 マウント状態でぶち砕いた。最初は許しを乞うていた糞が、やがて悲鳴しか出さなくなり、その悲鳴すらも出なくなってきた。

 他の糞がそいつから俺を引き剥がそうと、必死になっていた。そうだろう。このままだったらあいつは死ぬ。間違いなく。

 後ろから羽交い絞めしようとしたり、腕を取ろうとしたり、必死なのが窺えた。

「うるせえな糞共がぁ!!じゃあお前等からぶち砕いてやる!!」

 ぐったりして動かなくなった糞から離れて、他の糞を襲う俺。

 いや、俺自身も昔はこうだったが、客観的に見ると、本気であぶねぇ…

 自分でやっている事なのに、自分が恐ろしくなってくる……

「それ以上は駄目!!死んじゃうよ!!」

 息を切らせて飛び込んできたのは、麻美。何処からか聞きつけて来たのだろう。決死の覚悟で拳を振っていた俺の前に飛び出してきた。

 一気に覚醒する感覚を覚えて、麻美に当たる寸前で拳を止める。ほぼ同時に麻美は俺にしがみ付いて来た。

「早く消えて!!早く!!」

 糞共に逃げ出すように叫んだ麻美。ぶっ倒れていた糞を担いで、一目散に逃走した糞共。

「おらああ!!逃げるな糞が!!付け狙ってやるからな!!顔覚えたぞ!!絶対にぶっ殺してやる!!」

 マジで切れ捲っている俺だが、麻美がしがみついているからか、本気の馬力で振り払っていない。良かった、そこそこ理性はあるようで。

 やがて姿が見えなくなった糞に安堵したようで、麻美が漸く離れた。

「殴るな、とは言わないけどさ、やり過ぎは良くないよ隆…」

 泣きそうな顔だった。それでも真っ直ぐに俺を見ながら、そう言った。

 対して俺は憎悪を以て麻美を睨んだ。

「ふざけんなよ!!なんで邪魔すんだ!!あいつ等は数で俺を襲って来たんだ!!殺しても誰も咎めねえよ!!!」

「あー。煩いな。鼓膜破れたらどうすんのよ」

 叫んでいた俺に対抗するように、静かに言って耳を塞ぐ麻美。今の俺なら毒気を抜かれようものだが、当時の…いや、『こっちの俺』はそんな事は無いようで。

「だったら消えろ!!俺の前から消えろ!!声も聞きたくねえんなら!!!」

「誰が声も聞きたくないって言ったってのよ。煩いって言ったの。ちょっとは大人しくなんないもんかな?本当に末期だね、頭が。」

 ケラケラと。この俺を前にして、この余裕…

 怖くないのか?傍から見たら、立派な狂人だぞ?その俺を前に、いつもの調子で……

 俺は本気で面白くなさそうに、落ちていた空き缶を蹴った。

「ゴミにあたるな。ゴミはゴミ箱に。だよ」

 その空き缶をわざわざ拾ってゴミ箱に放り込む麻美。

 その様子を、とってもイライラして眺めている俺がいる……

「ヒロの野郎も、俺をぶん殴って糞佐伯共から逃がしたし、お前も俺の邪魔すんのかよ…」

「大沢とガチバトルで負けたんだよね。まあ仕方ないか。大沢の方がボクシング歴が長いから。だけど、いつかは勝てるから、ふて腐っちゃ駄目だよ」

「ふて腐れてねえ。ヒロは俺の師匠みたいなもんだからな。仕方がない部分もある。だけど、糞佐伯共を庇う理由でってのがイラつくしムカつくんだよ」

「庇ったのは隆をでしょーが。あのままだったら、佐伯達を殺しちゃうよ?」

「俺はぶっ殺したいんだよ!!余計な気遣いだってんだ!!!」

「だから、煩いって。ちょっと静かに喋ってよ」

 耳に人差し指を入れて、煩いアピールの麻美。そんな麻美に、やはり怒号で返そうとした俺だが、それは叶わなかった。

 麻美が俺にキスしてきたからだ………!!

 この光景を、信じられない気持ちで眺めているのは俺…こっちの俺も、同じ気持ちだろう。

 麻美が俺に…キスをした………

 暫くして、麻美が口を離した。微妙に頬を赤く染めて………

「ふう、やっと静かになった」

 その言葉で我に返ったのか、俺も頬を真っ赤に染めた。

「お、おま……いきなり………舌まで入れやがって………」

 舌!?べろちゅーして来たのか麻美は!?

「口の中、鉄の味がした。さっきの喧嘩で口の中切った?」

「生々しい事言うな!!」

「だから、静かに喋れってーの。もう一回口塞がれたいの?」

 それ、女子の麻美の台詞じゃねーだろ!!どっちかって言うと男子の台詞!!俺の台詞には間違ってもならないだろうけども…

 だが、それが功を奏したようで、俺は怒鳴るのをやめた。唖然の続きと言った方が正しいか。

「………お前、その……俺にそんなことしていいのか?こういうのは好きな人と……」

 何つう馬鹿な事を聞いているんだ俺は!!恥ずかしいだろうが我ながら!!

「隆の分際でいっちょ前に意識してんの?弟分の分際で」

「俺の方が早く生まれたんだけど…」

「初めてだかんね?感謝するように」

「お、おう…………」

 初めてか……そうだろうな。その初めてのキスを、俺を止める為に使ったのか………

 本気で……何なんだ俺は……いろいろ最低すぎるだろ………

 ………

 落ち込んでいる内に、さっきまでの風景が消えて、黒と灰色が渦巻いている景色になる。

 そして、その風景に溶け込んでいるもう一人の俺。

「……よう俺。また見せてくれたのか」

 それはこっちの俺。今の俺よりも若干若く、今の俺よりも遙かに危険な気配を纏っている俺。

「知りたがっていたからな。何故彼女とのキスに臆病なのかをさ」

 俺は俺に向かって渇いたような笑顔を向けていた。

 何と言うか…気持ちは解るが、どうしようもないな、と言った感じだった。

「……俺は麻美とキスしたのか…」

「そうだよ。だから引け目に感じているんだ。俺がな。だからアンタもその意志を汲んで引け目に感じてくれている。無意識にな」

 無意識で…そうだな。そりゃそうだ。俺自身はそんな経験がないから。

「以前も言ったけど、確かにアンタは俺だが、別人だ。だから気にすんな…っつっても、気にするよな。アンタなら。俺なら」

 困ったように頭を掻いて。自分だったら気にするから、俺もそうなんだろうと。

 つーか、気にするだろ、普通。お前もそうだろうが、俺も麻美に凄い世話になったんだから。

 生前も、死後も。

 だけど、俺的には、単にヘタレが高じて一歩引いてしまっているって感じなんだが、こうして見ると、全く違うな…

 俺は…間違いなく麻美が好きなんだろう。根本的に、それがある。それありきで進んでいる。

「それはその通り。でも、前も言ったけど気にすんな。本当に気にすんな。俺は確かにアンタだが、アンタは確かに俺だが、目的がまるで違う。アンタは彼女を助ける為に戻って来たんだから」

 目的とは、麻美と恋人になりたいとか…?

 やはり心を読まれたようで、違うと苦笑いされる。

「俺の目的は、俺を止めて欲しいって事だよ。言っただろ?麻美を悲しませるよりは遥かにマシだって」

「それが恋人になりたいって意味じゃないのかよ?」

 苛立つように頭を掻く仕草を見せるこっちの俺。

「……そこまで見せられないのかよ…参ったな…だけど、所詮俺だからこんなもんか…」

「なにを見せられないって言うんだ?何なら今言えよ。話す事は出来るんだ」

「……まあ、追々な。俺は凄くないから、色々限界があるようだし。アンタも知っているだろ?俺は不器用なんだよ」

 知っているってもんじゃない。俺もまさしくそうだから。

 その限界も理解できる。俺は全然凄くないからな……

 

 ………


 ……………


 …………………


 うっすらと目を開けると、そこには涙ボロボロの愛しい愛しい彼女さんの顔がドアップであった。

「よかった!!いきなり倒れたから……」

 グシグシと涙を腕で払う。つうか、遥香の膝枕状態か、これ。

 ゆっくり起き上がって、取り敢えず今一番気になった事を聞いてみた。

「俺はどのくらい気を失っていた?」

「1分も無いけど…本当に大丈夫?なんなら病院に行く?」

 1分も倒れていなかったか。結構な時間倒れていたように思えたが。

 だけど、良かった。まだ2000メートルには間に合うな。

「病院はいいや。疲れが出ただけだからな」

「それならいいけど…違うかもしれないでしょ?ちゃんと検査した方が…」

 検査しても異常なしって出るだろう。俺が俺に見せる為に、一時眠らせただけなんだから。

 そして、それで思い起す。俺は気にすんなと言われた。俺も気にしない方がいいと思う。何故なら、俺の目の前にいる女子の為に、俺は俺の身体を乗っ取って戻って来たのだから。

 だったら、俺は俺を好いてくれている、この可愛くて巨乳な彼女さんを悲しませてはいけない。

 義務とか義理じゃない、俺自身も遥香が好きなんだから。

 だから、立ち上がって遥香の腕を取って、遥香も立ち上がらせた。

「もうちょっと休んで言った方がいいんじゃ………!!?」

 続く言葉が出ない遥香。と言うか出せないようにした。

 遥香の腰に腕を回して、身体を引き寄せて、その唇に自分の唇を重ねたのだから。

 硬直していた遥香の身体。だけど、それは一瞬でほぐれて。

 より一層密着するように、俺の背中に腕を回して。

 華奢で力が無い筈なのに、振り解けそうも無い程の力を込めて………

 つうか、おいおいおいおい!!!

 舌入れてくんな!!目を瞑っていて泣いている状態なのに、舌搦めてくんな!!

 そこまでディープなのは流石に求めちゃいない!!つうか、そこまでするつもりも無かったのに!!何してんのこいつ!?

 俺はわちゃわちゃと身体を動かして、どうにかこうにか遥香から逃れた。逃れた。うん、その表現がしっくりくる。

「お、お前!!何やってんだ!?折角のシリアス描写が台無しじゃねーか!!」

 流石に苦情を出した俺。こういうのは俺からするもんなんだよ!!折角雰囲気と根性でまともなキスが出来たってのに、余計なトラウマを与えるつもりかお前は!!

「だってヘタレの隆君がキスしてくれたから、感極まって…」

 感極まれば舌入れてくんの!?女子ってわからねーなあ!!

「ねえ?ここ学校だよ?こんな事して……」

 目を伏せながら、咎めるように。だけど頬は染まっている。やっぱ俺の彼女さん、可愛いなぁ。恥じらいがある遥香は最高だ。

 そりゃ、舌は兎も角、学校でキスしたんだから、恥ずかしいのは当たり前か。

「悪かったけど、したか」

「幸いな事に、保健室のはベッドもあるし、今時間なら中庭には人が来ないから大丈夫だよ」

「お前は本当に何を考えているんだ!?」

 たった今キスしたばっかなのに、先に進もうと考えるな!!しかも学校だここ!!

「え?中庭は芝生だから、身体痛くならないと思うけど…外が嫌って事なら、そうなると保健室一択になるよね」

「だからやんねーよ!!保健室だろうが中庭だろうがやんねーよ!!」

 ちくしょう!!俺的には感動もんのイベントだった筈なのに、なんだこれは!?

 いつもと変わんねーじゃねーか!!もっとラブラブになるんだろうな、とか漠然と思っていたのに肩透しだ!!

「あ、ねえねえ」

 返事するのも面倒だったが、話し掛けられて無視はあり得ない。なので視線だけ遥香に向けた。

「今のキスで記憶戻っちゃった」

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