体育祭~008

 柔軟してクラスに戻ると、遥香が慌てて寄って来た。

「もうすぐ始まるよ!!早く準備して!!」

 もう?結構長い時間やっていたのか。

「おう。じゃあ…ちょっとトップ取ってくる」

 自信満々にスタートラインに向かう俺。背中にクラスの声援を一身に受けて。

「ちょ!!遥香っち!!何か緒方君かっこよくなってない!?」

「えー?ダーリンは元々かっこいいけど?」

 つうか里中さんの声が聞こえたぞ。自分のクラスを応援しろよ。

 ともあれ、クラウチングスタートの構えで合図を待つ。

「位置についてー」

 ついてます。既に。


 ぱん!!


 軽いピストルの音ともにダッシュする。俺のダッシュ力に付いて来れる奴は限られてくる。この借りもの競争には出場していなかったようで、余裕で一着で封筒を取った。

 どれどれ中身は………

 かくんと項垂れた。全く予想通り。ちょっと内容が違うけど。


【愛する異性】


 本気で何考えてんだあいつは?学校行事を私利私欲に使うなよ……

 溜息をついていると、後続が次々と封筒を手にした。おっと、落胆している場合じゃない。早速遥香を…

「うええええええ!?なんだこの内容!?」

「えー!!いねえよ彼女なんて!!」

 ………まさか、全員同じ内容?

 ゆっくり遥香の方を向くと、何つうか、勝ち誇ったような笑顔で俺を見ていた。

 まあ、しゃーねえ。これも競技だ。

 俺は遥香の元に駆け寄って手を取る。

「やってくれたな。あれちょっと酷いだろ」

「えー?別に恋人とか書いていないでしょ?片思いでもいいんだから、手を引いてくればいいだけだよ」

 まあ、そう言われたらな。だが、告白するのにもかなりの勇気を必要とするんだが、それはどう考えてんだ?

「隆君と同じく公開告白だと思えばいいよ。評価高かったでしょ?他のクラスでも」

 そうだけどさ。それに俺って土下座だし。ハードルがグンと上がっているぜ。公開告白の。

 ともあれ、手を引いて走る。他の連中も渋々ながら動いているようだが…

「!!Aの奴、彼女いたのか!!」

 Aクラスの男子が、女子の手を引いて俺に迫って来た!!

「うわ!!女子は陸上部の子だ!!しかも短距離の選手!!」

 遥香が青ざめて叫んだ。じゃあ女子の差でちょっとマズイか!!

「遥香!!ぶん回すから付いて来い!!」

「勿論!!がんばる!!」

 殆ど抱きかかえる様な形で遥香をぶん回して走った。一応セーブしたけど、遥香はかなりきつい事だろう。

 結構男子の方も速い!!女子は短距離走者、俺達との差が殆ど無くなった!!

 ヤバい!!負ける!!

 もう少しペースアップしなけりゃ、確実に負ける!!

 脚に力を込める。だが、遥香の方がいっぱいいっぱいで、息を止めて必死に喰らい付いている状態。

 これ以上は無理か…いや、俺達はトップ取らなきゃいけないんだ!!

「ペース上げるぞ!!!」

 叫ぶと遥香が微かに頷く。ならば、と、腰に手を回して背中を押すように、遥香をぶん回して走った。

「うわ!!流石緒方君だ!!アンタもあれくらい頑張って!!」

「えー!!?」

 Aクラスのカップルがそんな事を言いながら喰らいついてくる。向こうも譲れないだろう。カップル同士の戦いは!!

「~~~~~~~~~~!!!!」

 真っ赤な顔をしながらついて来る遥香。こんなに頑張っている彼女だ。これで負けたら……

「男が廃る!!!」

 最後の一押し。ペースアップ。

 しかし、敵も然るもの。ゴール直前で俺達と並んだ――!!

 同時にゴールテープを斬ったと思う。先生方もAとE、どっちが勝ったか解らないだろう。

「遥香!!勝ったと思うか!?」

「はひー!!はひー!!ぜひー!!」

 駄目だ、全身で息をしていて、返事も儘ならねえ。

「ねえ…勝ったと思う?」

「はー!!はー!!はー!!はー!!」

 Aも女子の方はまだ余力があるが、男子の方が大ダメージを負っている。流石に遥香程じゃないにせよ、全身で息をしているのに変わらない。

 仕方がないので、動ける当事者で話す事にした。

「なあ、えーっと、………」

「なに緒方君?因みに飯田って名前だよ」

「そうか、飯田さん、どっちが先にゴールしたと思う?」

「勿論私達…って言いたい所だけど、微妙すぎるよね。同着って言われても、そうだよな、ってしか思わない」

 俺と同じ見解だった。飯田さんは陸上部の短距離選手。スポーツマンシップに乗っ取っての発言だろうけど。

 しかし、なかなかコールがない。やっぱり迷っているんだろう。どっちが一着か。どっちも一着か。

 どうするか…先にクラスに帰って、遥香を休ませるか?

 さっきから俺の肩に手を置いて、つうか、全体重を預けて息をしまくっているし。

「どうする?アンタ先にクラス行く?」

「はー!!はー!!はー!!」

 Aクラス男子も肩で息をしながら、首を振っての拒否。やっぱ一着取って凱旋したいもんな。


『ただいまの競技の結果をお知らせします~』


 間抜けなアナウンスが漸く来た。俺も飯田さんも集中した。遥香とAの男子はまだ息が荒いけど。

『AとEが同着でゴール。従って、一着、A組、E組~』

 おおおおおおおおお!!と歓声が沸いた。EクラスとAクラスから。

「やっぱり同着か。緒方君速かったもんね」

「いや、焦ったよ、飯田さんの追い込み」

 俺達は互いを称え合い、握手を交わす。遥香とAの男子も、息も絶え絶えながら辞儀をした。

「全く情けないな。槙原さんは女子なのに、あの緒方君に付いて行ったんだよ?」

「はー…はー…」

 ようやく落ち着いてきた呼吸なれど、飯田さんに返す事は出来なかった。

 遥香の疲労具合を見て、何も言えなくなったってのが正解だろう。ホント、よく頑張った。

 クラスに戻ると、やはりクラスメイトの手荒い歓迎。

「緒方!!四冠だって四冠!!」

「槙原も頑張ったよな!!飯田に追いつかれてヤバそうだったけど踏ん張ってさ!!」

「つーか、槙原休ませてあげようよ!!すんごい頑張ったんだから!!」

 そんな訳で、女子に担がれて木陰に移動する遥香。

「ふう、なんとか格好付いたな」

 全部一着とか、出来過ぎだし、クラスも総合優勝の目があってすげえし。まだ一年だぞ俺達?

「ん?実行委員に他のクラスが押し掛けてんな?」

 ヒロの言葉に反応して、実行委員のテントに目を向ける。

 借りもの競争に参加したB、C、Dの選手と他数名が、やんややんやと抗議している。

「誰か不正でもしたのかな?」

 国枝君も不思議そうに言う。俺は選手だったから誰が不正したとか解らないけど、そうなんだろう。

 つうか結構揉めてんな。時間が掛かっているけれど、どんな不正が発覚したんだろう?

 ちょっとして、多分三年の実行委員が俺達のクラスに訪れた。

「あの、Eの実行委員は?」

 遥香なら木陰で休んでいる最中。その旨を伝える。

「まいったな…彼女からも話を聞かなくちゃいけないのに…」

 困ったように頭を掻く。遥香が不正したのか?借りものだぞあいつ?

「遥香は借りものだから、不正する筈がないだろ?」

 三年も俺の評判を知っているようで、一瞬たじろぐ。何もしねーのに警戒すんなよ。傷付くだろうが。

「は、はい……い、今行きます!!」

 いつの間にか遥香が木陰から出てきたようで、自分を捜している事は知っているようだった。

「あ、じゃあ、こっちに」

「は、はい」

 三年の実行委員に連れられてテントに行く遥香。時間も押しているっつうのに、誰だ?不正して迷惑かけた奴は?

「………ああ、そう言う事か……」

 国枝君が何かに気付いたようで、呆れたように溜息をつきながら言った。

「なにか解ったのか国枝君?」

「うん、多分だけどね。最悪一着は取消で、0点になるかもしれないけど、あまり気にしないで」

 一着取り消し!?0点!?気にすんなと言われて、気にしない訳がないじゃないか!!

 そしてテントの中で何やら話し込んでいる遥香が、ちょっと怒ったように声を張った。

「だから、居ないんなら告白できたチャンスじゃない!!負けたからって言いがかりはよしてよ!!」

 言いがかりと聞いちゃ、黙っていられない。なので俺も参戦するべく立ち上がる。

「待って緒方君。僕も行くよ」

「え?別に暴れたりしないよ?」

 苦笑する国枝君。

「緒方君が参加して、あの状況をどうにかできるのかい?」

 ………まったく自信がないな…

「まあ、僕も無いけどね」

 おい。と思った。じゃあなんで来るんだ?心強いけど。

「だけど一言二言は言えるよ。緒方君の代わりにね」

 俺の代わりに文句を言ってくれるのか。俺って意外と口下手だからな。ボキャブラリーが無いとも言うけど。

 ともあれ、揉めている実行委員のテントに着いた。

 俺登場で遥香以外の生徒が強張ったが、つうか、俺がおっかねえなら難癖付けんなよと言いたい。正当性があるから遥香が頑張っている訳だし。

「一応参加選手だから来てみたけど、一体どうしたんだ?」

 クレームを言いに来たB、C、Dの選手を見ながら言った。一斉にそっぽを向いた。だから傷付くんだけど。そんな事されちゃ。

 だんまりである。話を聞きに来たっつうのに。

 だから二年と三年の実行委員に目を向けた。説明を促す為に。

 視線を向けたと同時に逸らされた。傷付くっつうの。

「さっきの借りもの競争、私達のクラスが優位になるように仕向けたものだから、無効だって言うんだよ!!」

 焦れたのか、遥香が言う。抗議の強い口調で。

「え?愛する異性だろ?実際Aクラスと競ったんだから、問題無いだろ?」

「そうだね。愛する異性がいないんなら、それこそ陸上部の女子に協力を求めてもいいだろうし、片思いの相手がいるのなら、またとないチャンスだろうし」

 国枝君が乗っかって援護してくれた。いや、マジで有り難い。

「……俺は土下座で女口説く奴とは違うんだよ……」

 誰かがボソッと言った。それを聞いた遥香が怒る。

「どれだけ私と恋仲になりたかったのか、それだけで充分伝わるでしょ!!他人にあれこれ言われる筋合いは無い!!」

 …いや、そんな言い方されちゃ…あれはお前との約束を守る為にやった事だし…

「だけどまあ、解った。要するに、お前等が負けたのは遥香が仕組んだからだって言いたいんだな」

 言ったらまた黙った。だから、何もしねーってば。ちょっと悲しいだろが。

「じゃあいいよ、失格でもさ。その場合Aクラスはどうなる?お前等が言った『仕組まれた事』でも正々堂々戦って、同着一位のAクラスは?まさかAもお前等の言う『仕組み』に噛んでいるって言うのか?」

 戦ってもいない他クラスが、戦って勝ち取ったAクラスの一着を奪う権利があるのか?あるんならぜひ聞かせて貰いたい。

「……そんな事言ったって、Eの実行委員が槙原で、選手が緒方なら、不正を勘ぐるのも仕方がないだろ…」

 Bの選手がボソッと言う。理由も何も言わないでただ騒ぎ立てるとか、クズだなこいつ。そういや大和田君や花村さんも元Bクラスだったな。Bはクズしかいないのか?春日さんは勿論違うけど。

「じゃあ不正の証拠を出してよ。ウチのクラスが自分に有利にした証拠を」

 此処で国枝君が参戦。俺を押し退けて。なんかウインクまでしたし。

 俺がムカついて来ているのを察したんだろう。最悪を考えて、俺の代わりに出てきたんだ。

 やっぱ親友、有り難い。もう一人の親友は何をやっているのか、さっきから姿が見えないけれど。

「だから、緒方の有利になるように、借りものを愛する異性にしたから…」

「だから、その借りものでもAの選手は同着一位だよね?」

「……………」

 反論できない。だんまりだった。浅い難癖付けて来るからそうなるんだ。

 実行委員に目を向けると、こちらも困った様子。遥香が借りものを決めたとして、それを通したのは実行委員。これが不正だと言うのなら、実行委員は仕事をしていなかった事になる。

「…時間も押しているんだろ?こうなれば仕方がない。Aに迷惑を掛けないように、速やかに判定してくれ」

 三年の実行委員に向かって言った。国枝君と遥香が目を剥いたのが解った。

 恐らく、この結末を察知したからだろう。

「お、緒方君、みんなに迷惑を掛けない様にって気持ちは解るけど、こんなつまらないクレームに折れる事はないよ」

「そ、そうだよ隆君。実力が無い奴等が、彼女もいなくて頭も無いだけなんだから」

 辛辣だな遥香。B、C、Dの奴等の形相がとんでもない事になっているんだが。

「いいんだよ。こんなくだらねー事で時間を潰すのは惜しい。どんな判定でも受け入れるさ」

 ぶっちゃけ面倒くさい。穏便に済ませようとするなら、悪役が必要なんだろ?

「実行委員さん、決めてくれよ。ちゃんと従うからさ」

 三年と二年の実行委員は顔を見合わせ、他一年の実行委員とも顔を見合わせ。

 遥香の顔を見て、申し訳なさそうに顔を伏せ、そして漸く絞り出すように言った。

「……1-Eは不正疑惑のため失格。よって0点…」

 大きく頷く俺。そしてB、C、Dの奴等に目を向ける。瞬時に目を逸らせたが、俺は俺の言いたい事を言うだけだ。

「これで満足したか?良かったな、念願叶って」

「「「…………………」」」

 顔を伏せてのだんまりである。まあいいさ。まともな返事は期待していなかったから。

 俺は遥香と国枝君の背中を叩いで退出を促した。二人とも、苦い顔をしながらも頷いた。

「……緒方…悪い……」

 実行委員全員が頭を下げて謝罪した。勿論一年の実行委員も。

「いいよ。いや、良くないけど、仕方がない。Aが助かっただけでもいい」

 あのままだったら、時間切れ的なヤツで、折角一着を取ったAも巻き込んでしまう。だから、これでいい。

 クラスに戻った俺達は、さっきの事をみんなに告げた。

 最初は大人しく聞いていたが、やっぱり納得できるところが無い訳で。

「ふざけんなよ!!なんで緒方が失格になるんだよ!!」

「そうだよ!!槙原さんが仕組んだって言っても、実際Aも一着取ったじゃん!!」

 もう、怒りで他クラスと実行委員のテントに乗り込む勢いだった。

「みんな……ゴメン」

 遥香が謝罪して頭を下げるも――

「槙原は悪くねえだろ!!何も出来ないで競技を放棄したB、C、Dが悪いだろ!!」

「その抗議を聞き入れた実行委員も悪いよな!!槙原も実行委員なんだから、ちゃんと話して決めた借りものなんだろ!!それなのに、不正疑惑で失格って!!」

 火に油を注いでしまった感じになった。

 なので俺が一歩前に出て話を遮る。

「いいんだよ。俺は兎も角、同じ一着のAに迷惑は掛けたくないし」

「迷惑ってなんだよ!!クラスの総合優勝が掛かっているんだぞ!!」

 そうだ。俺の判断でクラスに迷惑が掛かった事は否めない。しかし、俺は謝罪しない。代わりに思っていた事を言う。

「俺の失格0点なんで大した事は無い。だってこれから2000メートルでトップ取って、5点追加してくれるんだからな」

 そう言って和久井君を見た。

 和久井君は力強く頷いて応える。

「緒方の0点なんで大した事じゃねえ。2000メートルは男女ともにトップ取るんだからな」

 そう言って女子2000メートルの走者、米倉さんを見た。

「まあね。昔取った杵柄だけど、体育祭だったら通用するかもだしね」

 不敵に笑う米倉さんだが、ちょっと待て。

「その言い方だと、中学時代に長距離選手だったのか?」

「まあね。選手としては大した事が無かったから高校じゃ陸上部に入らなかったけど、そこそこはやれるんじゃない?」

 米倉さんが言い終えたと同時に、遥香が手を取って頭を下げた。

「ごめん米倉さん。責任を押し付ける形になっちゃけど、勝って…」

「槙原の責任じゃないよ。緒方君も言った通り、2000メートルは男女ともトップを取る。それは別に、2000メートルだけの話じゃないよね?」

 そう言ってクラスを見る米倉さん。スプーンリレー選手の吉田君達が力強く頷いた。

「そう言うこった槙原。お前の彼氏が今まで頑張ってくれた事を、今度は俺達がやるだけだ、気にすんな。だけど緒方はちょっとは気にしろ」

 いきなり俺に振った和久井君。流石に面喰って訊ねた。

「え?な、なんでさ?」

「お前がAに義理立てしたおかげで、槙原が自分を責めてんだ。彼氏なら彼女にそんな顔させんな。つうか単純に槙原と付き合っているお前が羨ましくて、ムカついているだけだが」

「うえ!?そう来るか和久井君!!」

 ははは、とクラスから笑い声が出た。これからの種目での事でクラスが団結した瞬間だった。やるな和久井君。感謝しかない。俺を悪者に仕立て上げたとしても、感謝しかない。

 なんか和気藹々と、だけど白熱しているクラスを余所に、俺達は隅っこに座った。

 隣の遥香がしょんぼりしているので、頭を撫でた。

「俺が決めた事だから、お前に非は無い。だから気にすんなよ」

「……絶対に不正じゃないのに…折角トップ取ったのに、ダーリンに余計な罪悪感与えただけになっちゃった……」

 もう泣きそうであった。堂々としてくれってば。いつものように、自信たっぷりでいてくれ。

「槙原さんのせいじゃないよ。それにほら、面白い事になっているよ」

 国枝君が寄ってきて、クラスが固まっている場所に指を差す。

「信じらんない!!何あの判定!!残りの競技、絶対勝ってよね!!緒方君が可哀想過ぎるから!!」

 同着一位の飯田さんと、同じAの里中さんがEに混じって檄を飛ばしていた。

「……遥香ちゃん、何も悪くないのに…自分のクラスも、結局放棄で0点なのに……」

 Bの春日さんも、その輪に入って憤っている。

「ばっかじゃないの!!モテない男の僻みって汚くて醜いよね!!ヤコ!!」

「そうだよ!!こうなったら残りの競技全部一位とって、緒方君と槙原さんの仇とってよ!!」

 Cの楠さんが、友達の沖島弥子さんと一緒に自分のクラスを含めたクラスをディスった。

「……捨てたもんじゃないなぁ…なあ遥香」

 黙って頷く遥香。俺達も捨てたもんじゃない。こんなに沢山の友達が庇ってくれるからな。

 借りもの競争、終了。俺達のクラスは90点の儘。まだ一位だ。

 このまま逃げ切れればいい。まあ、負けても…

「二位でもいいのかな」

「それは駄目だよ」

 呟いた俺に反論の国枝君。

「来年も同じメンバーで体育祭に臨めるのならそれでもいいけど、クラス替えがあるからね。このメンバーで一位を取る事に意味がある」

 此処まで纏まったクラスは無いだろうからな。だから俺は無言で頷いた。

「2000メートルだよ。近くに行って応援しようよ」

 遥香の提案に乗っかり、立ち上がる。

 和久井君は既にスタンバっていた。めっさ気合を入れながら。

「和久井ー!!勝たなきゃカッコ悪いぞー!!」

 女子2000メートル出場選手の米倉さんが、通る声で檄を飛ばす。

「…和久井君の相手って速いのかな?」

「どうだろ?中学時代の事は解らないけど、少なくとも運動部在籍の選手はいないね」

 国枝君が俺の問いに答える形を取った。運動部が居ないのなら、現在同好会と言えど、運動している和久井君の分があるように思えるが…

 そしてピストルの音。序盤は団子状態。後半に勝負をかけるか……

「……緒方君」

「ん?どうしたの春日さん?」

「……B組の選手、中学時代、趣味でジョギングしていたって」

 ジョギングか……マラソン同好会と比べて、どうなんだろうな?

「……因みに中学校のマラソン大会で、三年の時に31位だって言ってたよ」

 ……31位って微妙だな…上位なら警戒もするべきだが…

「……微妙だよね。だけど、自信があるって」

 …俺の記憶じゃ、マラソン同好会の長距離は3位。トップは厳しいと思うが……

「……だけど、Eには頑張ってほしい。あんな難癖付けて…本当に馬鹿みたい…!!」

 静かな春日さんの怒り。珍しいな。春日さんがこんなに怒っているのは、結構レアだぞ?

 繰り返しの時、アパートに行った時に、俺も怒らせちゃったけど。だけどあれは無理だしなぁ…なし崩しに付き合っちゃう事になるから。

 結構惜しい事をしたと後悔もしたが、あれで良かったな、うん。その後、国枝君とラブラブになったんだし。

 そして後半戦、和久井君は何と最後尾!!

「……やっぱりBがトップなんだね…悔しいなぁ………」

 本気で悔しそうに顔を歪めた。いやいや、春日さんのクラスでしょ?一応ながらでも、喜ばなきゃ。

 しかし、ここからが凄かった!!

 まだ勝負を仕掛けるタイミングじゃないのに、和久井君、まさかのスパート!!

「うおおおおおお!!和久井君、ちょっと不味いけどすげー!!」

「…………!!!」

 俺は、いや、クラスと他クラス数名は普通に絶叫したが、春日さんはグーを握って興奮を露わに!!

 しかし、冷静なのがチラホラ。

「スパーと早すぎじゃねえか?あれ、ゴール前に失速するぞ……」

「和久井って、言う程スタミナ無かったような……本当なら1200に出たかった、みたいな事言っていたし……」

「じゃあ尚更駄目じゃん……あーあ…1点か……」

 冷静なのはいいけれど、諦めるのは全然違う。他ならない和久井君が諦めていないのだから。

 なので俺はあらん限りの大声を出した。

「和久井君!!!!ぶっちぎれ!!!!!!」

 他のガヤが静まるほどの大声。隣の春日さんが耳を塞いで、吃驚した表情をした程だった。

 しかし、それは一瞬の静寂だった。

 俺の大声に呼応したのだ。クラスと他クラスの女子達が。

「「「「「おおおおおおおお!!イケイケ和久井!!!!!」」」」」

 特に示し合せた訳でもないが、同じセリフがほぼ全員から出た。結果それは大音響となり、和久井君に届く。

 和久井君、決死の激走!!

 途中、やはりペースが落ちたが、後続を振り切って、見事トップでゴールした!!

「よっしゃああああああ!!やったぜっ和久井君!!!」

 ガッツポーズを作って絶叫した俺。隣の春日さんも絶叫こそしなかったが、両手をグーに握って、何回も振っていた。興奮しすぎだ。珍しいから面白くていいけれど。

 これで95点!!俯き加減の遥香が立ち上がって目を見開いて言った。

「絶対総合一位取れるよ!!」

 俺と春日さんは同調して頷く。

 そしてクラスに帰ってきた和久井君が、男子に手荒い歓迎を受けた。要するに、ビシバシ叩かれたのだ。

「やったじゃん和久井。こうなりゃ私も負けてらんないよね」

 その様子を見た米倉さんが、満足そうにクラスから離れて行く。

「どこ行くんだい米倉さん?」

 それを発見したのは国枝君だ。国枝君の問いに答える米倉さん。

「ウォーミングアップしとこうと思って。柔軟とかね」

 思えばウォーミングアップとかしていたのは俺達のクラスだけだった。米倉さんも万全で臨もうとしている。この勝負、絶対に俺達が勝つだろう。

「よし、お前等ちょっと来い」

 吉田君が蒲田さんと富沢さんを連れて、クラスから外れて行く。スプーンとピンポン玉を持って。

 練習するつもりだ。スプーンリレーは全校対抗。一年も二年も三年も同時に走る。

 どうしようか…スタートでカオスになるから、敢えて最後尾でのスタートでもいいと助言しに行くか?

 しかし、そうなると、俺がスプーンリレーの事を知っている様に思われるかもしれないしな…

 ただでさえ不正疑惑が掛けられているんだから、あんま目だった事はしたくないな…

 考えていると、国枝君が吉田君に寄って行く。

「吉田君、第一走者は誰なんだい?」

「うん?富沢だけど…」

「富沢さんか…富沢さんって脚はどうなんだい?」

 ちょっと言い難そうに、富沢さんが答えた。

「実は、あんま速くない…つうか遅い……」

 それを聞いた国枝君、大きく頷く。

「好都合かもしれないよ。スプーンリレーは全校対抗だから、スタートがカオスになりそうだ。あの多過ぎる人数も障害物扱いなんだろうね」

「…だから、脚が遅くて好都合って?」

 怪訝な富沢さん。

「逆にちょっと遅れてスタートした方が、巻き揉まれなくて済むって事だよ。多分ピンポン玉が他の選手と接触した際にポロポロ零れるからね」

 目からうろこの富沢さん達。期待を眼差しで、国枝君の続く言葉を待っていた。

「だから、練習はピンポン球をうまく、早く渡す方を心掛けた練習がいいよ」

 リレーはバトン渡しが肝心だ。俺達の400メートルリレーはバトン渡しの練習を沢山した。

 だから国枝君の案は正解だ。問題は吉田君達が是とするかだが…

「そうだな!国枝の言う通りだな!」

 あっさりと了解した吉田君。あんまり軽かったので、蒲田さんと富沢さんがどう思っていたのか気になって視線を向けた。

「そうだね。今更じたばたしても仕方ないもんね」

「そう考えると、国枝君の案は正しいね」

 女子二人もあっさりと籠絡。まあ、いいんだけど、何つうか、もっと、こう……

「じゃあピンポン玉渡しを重点に練習すっか」

 そう言って女子二人を引き連れて、どこかに向かった。

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