体育祭~007

 結構歩いた。具体的には中庭まで歩いた。

「わざわざ中庭に来る事も無かろうに…」

「人目が付かない所を選んでって言ったからね」

 中庭はバリバリ人目に付くのでは?校舎内だぞ?

「今日は体育祭で、殆どの生徒はグランドでご飯食べるだろうからね。校内の方が人は来ないよ」

 国枝君の解説だった。成程そうか。つっても、繰り返し中の体育祭で、俺とヒロは教室で昼飯食った時もあるんだけど。

 ともあれ、ヒロはいた。中庭のど真ん中、先輩達を視線で威嚇して、近づけないようにしているヒロがいた。

 しかし、でっかいシートだな…ブルーシートじゃねーかコレ?工事現場で見掛けるシートだよ。

 まあいいやと上がり込む。ヒロは咎める視線を俺にぶつけた。

「おい、俺が場所取ってやったんだから、労いの言葉くらいあってもいいだろ?」

「おう、ご苦労」

「上から言うんじゃねえよ!!」

 労ったらキレられた。何なんだこいつは?面倒くせーな。

「大沢君、ありがとね」

「いや?当然の事をしただけだ」

 波崎さんが労ったら、だらしない顔で当然だと抜かした。ムカつくなこいつは。

 その他、全員ヒロに礼を言ってシートに上がる。ヒロは当然のことを連呼していて、ご機嫌だった。だったら俺に労いの言葉をねだるなよな。

「さあさあ!食べよう食べよう!!」

 張り切って遥香がバスケットを開けると、「おお~」と感嘆の声が。

 でっかいバスケットぎちぎちに詰められた、数種のサンドイッチが実に旨そう!!

「待ってよ。まだ私の来てない」

「そうそう。お店からデリバリ来てないから、ちょっと待ってね」

 楠木さんと波崎さんからストップが入った。折角タマゴサンドに手を伸ばしたってのに。

「……でも、こうなると、私も用意してくれば良かったね…」

 残念そうに呟く春日さん。あの時の手巻き寿司も実に美味だったから、また食いたい。

「遥香の手作りなんだよね、このサンドイッチ。美味しそうだな……」

 羨ましそうな黒木さん。黒木さんは料理音痴で嫉妬深いんだったな。前回川岸さんがそう言っていたから間違いない。

「でも、僕弁当持ってきたんだけど…」

「おう、俺も。だけどサンドイッチ旨そうだよな…」

 自分の弁当があるから葛藤しているヒロと国枝君。みんなで食えば大した量じゃないから問題無いだろ。

 そんな雑談をしていると、紙袋を持った女子三人程が、こっちに向かって歩いて来た。

「あ!!きたきた!!」

 波崎さんが立ち上がって手招きすると、その女子達が小走りに向かって来る。

「やほー優ちゃん。デリバリ来たよー」

 紙袋をプラプラ見せながら。それを見た楠木さんが「あ」とか漏らした。

「あれ?お店の…?」

「やほー。楠木さんだよね。仕事慣れた?」

 そう言えば楠木さんはあのファミレスでバイトを始めたんだったな。顔見知りっつうか、バイト仲間か。

「えー!!波崎さんデリバリ頼んだの!?その手があったかー!!!だけど、あのお店ってデリバリあったっけ?」

「無いよ?報酬は自腹。具体的には、シフト一回交換」

「あー!!その手があったか!!」

 なんかファミレス軍団で盛り上がっている。どうでも良いが、腹減ってんだが…

「ねえ波崎さん、私、お腹減ってんだけど」

 御馳走を食べる為だけに来た里中さんがアピった。飯食わせろと。

「あ、うん。ごめんね。みんなもありがとねー」

 波崎さんが御礼を言うと、女子達が帰って行った。ホントにただデリバリしただけかよ?そんなにシフト一回交換って魅力があるのか?

 そしてその直ぐ後、一台のバイクが門の所に停まった。

「あ、来た!!」

 遠い中庭からよく解ったなと感心する程の、楠木さんの聴覚。

「中庭解んないよね」

 ピコピコとラインを送る。

 少しして、遥香が持ってきたサイズよりも、やや小さめのバスケットを持って生駒が現れた。

「えー?楠木さんの彼氏?結構イケてるねー」

 食いついたのは里中さん。入谷さんもイケてるから、良いじゃねーかと言いたい。

「遅いー!!お腹へったー!!お昼終わるー!!」

 ぶーぶー文句を言う楠木さんに、苦笑いで返すだけの生駒。出来た奴だよな。俺だったらキレるぞ?

「生駒、お前バイトじゃねーのか?」

「緒方か。大沢と国枝もいるのか。だからこの量か……」

 バスケットをシートに置いて広げる生駒。中身はハンバーガー?

「ん?バンズが違うような?」

 遥香が異変に気付いて、一つ手に取る。

「ああ。鬼斬の新商品、ラーメンバーガーだ」

 ラーメンバーガー?おにぎりが売りのラーメン屋なのに?

 つうか、お前のバイト先はどこに進もうとしてんだよ!?普通にラーメンやれよ!!旨かったんだからさ!!

「朝、美咲から連絡が来てさ。運べるメニューなんかないかって」

「つう事は、今日はラーメン屋でバイトだったのか……」

「いや、今日は休みだけど、これを作って貰う為に店に行っただけだよ。勿論おにぎりもあるぞ」

 確かに、多種多様の具が入っているであろうおにぎりもいっぱい入っている。

「お前結構お金使ったな…」

「俺じゃない。美咲のオゴリだ」

 驚いて楠木さんを見た。俺だけじゃない、全員が。

 楠木さんは頭を掻いて照れ笑い。

「いや~。迷惑かけちったからね。バイトも始めたし、お礼とお詫びも兼ねてね」

 てへへ。と笑う。マジ可愛い。

「いいから食べよう!!お腹空いた!!」

 俺達の事情なんか知らない里中さん。これ以上おあずけは勘弁と、ラーメンバーガーに手を伸ばす。

「そうだな。食おう。波崎、なに持ってきてもらったんだ?」

「お店からはハンバーガーでーす。食べて食べて」

 紙袋を開けて広げる波崎さん。俺は遥香のサンドイッチを取る。

「んじゃ、いただきます!」

 ヒロの号令で漸く昼飯にありついた。サンドイッチ旨い。夢中でがっつく程。

「あはは~。慌てない慌てない。いっぱいあるからね~」

 嬉しそうに笑いながら、遥香がスープを渡してくれた。つか、スープまで持ってきたのか。流石だ。

「ほほう。このラーメンバーガー、ちゃんとラーメンしているね。ネット通販で買った喜多方ラーメンバーガー食べたけど、負けずとも劣らないよ。喜多方はラーメンの本場だしね」

 料理のうんちく里中さんは、生駒が持ってきたラーメンバーガーに夢中だった。言っても詳しいだけで、味自体そんなにうるさく言わないんだよな。

 喜多方連呼しているのは、聞いてくれと言っているんだろうが、俺は聞かん。鬱陶しくなるし、遥香も聞こうともしない。以前一度鬱陶しくなったから。

「……このおにぎり、美味しいね、国枝君」

「うん。でも困ったな。お昼の弁当、どうしようか…」

「……何なら夜家に来て食べる?アレンジして作り直すよ?」

 こっちはもうそこまでの仲になったか…ひょっとして、もう経験済みなのか?聞きたいが聞けないしな。モヤモヤするが、諦めよう。

「美味いな。流石波崎だ」

「コレお店のバーガーだってば。食べた事あるでしょ?大体大沢君に手作りご飯食べさせた事ないでしょ」

「…………解っているけどな……」

 楽しい昼食会で落ち込むんじゃねーよ。いいじゃねーかよ、波崎さんと付き合えているだけでもよー。

「これ、えっと、槙原…さんの手作りか?美味いな」

「そうだねー。槙原さんもけっこうやるねー」

 遥香のサンドイッチを食べている生駒と楠木さんは絶賛中だった。彼女さん、鼻高々になっちゃっているし。

 黒木さんは…なんか片っ端から食べ散らかしているな。やけ食いみたいな感じだ。

 だから、大洋の事は無くても、木村は来ないから。キャラじゃないし。

 それにしても、かなりの量だな…消費しきれる自信がない…

「残ったらダーリンの家に持って帰ろうか?」

「うん。そうしようか。親父とお袋も喜ぶしな」

 俺達の会話をお隣りにいた楠木さんがキャッチして、顔を接近させて来る。

「じゃあシロが持って来たのも持って帰ってよ?捨てるのも勿体ないしさ」

「え?生駒は一人暮らしなんだから、夜ご飯とかに重宝するんじゃないのか?」

 生駒が首を振って否定する。

「毎日…って訳じゃないけど、殆どこんなメニューだからな。正直飽きが来ている。持って帰ってくれたら逆に有り難いな」

 まかないってヤツか。大洋に行ったときも、ラーメンばっかだから別の食いたいとか言っていたからな。

「あ、じゃあ楠木さんと生駒君もダーリンの家においでよ?夕食会しよう」

 俺の家なのに、勝手に友達を招待すんな。楠木さんは兎も角、生駒が面食らってんじゃねーか。

「え?だけど迷惑だろ?」

 流石に生駒が困ったように言う。

「迷惑って事は全く無い。俺の親は友達連れて来る事を喜ぶからな。当然晩飯も作るだろうし、俺はサンドイッチとか食うから、お前俺の晩飯食ってくれたら有り難いかな?」

「そ、そうなのか?」

 戸惑いがパネエな。俺の飯を食うってのが引っ掛かりまくりなんだろうが、有り難いのは事実だから。是非そうして貰いたい。

 俺達の会話を聞いたのか、ヒロが波崎さんに振った。

「じゃあ俺達も隆の家に行こうぜ」

「私、夕方からシフトに入っているんだけど。だから、行くんなら大沢君だけ行ってね」

「………そう…だったな……」

 少しでも長い時間一緒にいたいって事なんだろうが、哀れすぎる程しょぼくれてんな。

 シフトなら仕方がねーだろ。我慢しろよ。

「あ、私もバイトのシフト入っているから。シロだけお邪魔してね」

「え!?俺だけ!?いや…まあ…いいけどさ……」

 生駒の方は戸惑いがパネエから、心細いから楠木さんがいてくれた方が有り難いんだな。

「いいじゃねーかよ生駒。来いよ」

「う、うん…解ったよ…」

 なんか緊張して、汗がおかしなことになっているが、了承した。

「そっか~…じゃあ私も明人誘って行こうかな…」

「木村は大洋に行ったんだろ?じゃあ遅くなるだろ」

「それもそうか…じゃあいかない」

 こっちは解りやすい。木村をどうにかして呼べればいいって現れだ。やっぱ今回も束縛しているっぽいな…忠告したんだけどなぁ…

「じゃあ国枝は…」

 生駒が国枝君をチラ見すると、ちょっと困ったように俯いた。

「国枝君は春日さんの家に行くんだよ。さっき言ってただろ?」

「そ、そうだったな…何か…すまん…」

「い、いや、いいんだよ…」

「……なんか…ごめんね?」

 謝罪しておきながら、あんま悪いと思っていない様子の春日さんだった。ハッキリするようになったな。最後の繰り返しの時もそんなだったから、元々そう言う性格なんだろう。

「あ、んじゃ私が行くよ。いいよね緒方君?」

 なんか代表で行くような雰囲気で発したのは里中さんだった。

 そういや前回、里中さんと仲良くなったけど、家に来た事は無かったな。

「いいよ。ついでに入谷さんも呼べば?」

「それはいいや。私だけ。遥香っちとガールズトークする為だから~」

「あ、いいね~。じゃあ帰りにお菓子買って帰ろう」

 いちいち菓子食わなきゃガールズトークってやれないのか?無けりゃ我慢しろってのが俺の意見なんだが。

 物凄い腹いっぱいになってシートに倒れ込んだ。残ったら持って行くと言ったが、やっぱり気分的にお残しはしたくないから頑張ったのだ。

 そうは言っても、三分の二程度しか消費できず。

「午後の部、大丈夫?」

 心配そうに、倒れた俺の上から覗き込む遥香。上から。うん。膝枕して貰っているから、その視線なのだ。

「お前等学校でなにやってんだ」

 物調ズラで言うヒロも仰向けで倒れている。こっちは波崎さんの膝枕なし。可哀想だが、波崎さんはそんなキャラじゃない。

「はは。緒方君も大沢君も、沢山食べていたからね」

 余裕の国枝君は座っている。国枝君もそんなキャラじゃないしな。春日さんはそんなキャラだけど。

「残ったヤツは遥香のバスケットに全部入れておくから、あとはよろしくね」

 テキパキ片付ける波崎さんと楠木さん。楠木さんは掃除も片付けも文句なしだ。女子力高い。

 そして紙コップに全員分のお茶を煎れてくれているのが春日さん。今倒れているから、もうちょっと後で貰おう。

 黒木さんと里中さんは談笑中。黒木さんは家事全般苦手らしいが、里中さんはどうなんだろう?後で入谷さんに聞いてみようか。

 里中さんと黒木さんは二年の時に大の仲良しになったんだよな。春日さんと三人で修学旅行のチームを組んだんだった。俺そのちょっと後で死んじゃったから、その後の事は解らんけど。

 生駒はやっぱり居心地悪そうにそわそわしている。お前もあんま食わなかったよな?気を遣ったのか?

 その生駒は俺達の方を見て、ボソッと一言。

「やっぱ仲良いんだな…佐伯さんを殺そうと思うのも納得だ」

 遥香の件が無くても、佐伯は顔見たら殺すかもしれないけれども。

「その佐伯はどうなった?」

 雑談として訊ねてみる。膝枕をして貰ったまま。

「佐伯さんはまだ入院中だ。そう言っても、病院を変わったらしいが。移った病院は知らない。知っていたら、東工生が見舞いに行くだろうから耳に入ると思うし」

 流石に根負けして転院したか。阿部はしょっちゅう転院していたけど。佐伯の場合、糞みたいなプライドが邪魔をして、結局被害がデカくなるんだよなぁ。

「どうでもいいからジムに入れ生駒。オッチャンに話したら連れてこいってうるせんだよ」

「いやだから、バイトで忙しいから無理だって言ったよな?」

 勝手に決められている生駒が可哀想だが、会長のテンションを見るとなぁ…

 俺も無理だって言っておいたが、諦めてくれるかなぁ…

「大沢君、生駒君がそんなに買われている理由はなんだい?」

 国枝君が雑談に乗っかって来た。ヒロは面倒そうに答えたが。腹いっぱいで話す事もしんどいんだろう。

「買われているっつうか、ウチのジムは常に練習生を募集しているからな。つってもやっぱ期待してんだろうな。隆とまともにやり合える奴はそうはいないから」

「だから、やれないって言ったよな?ちゃんと断ってくれよホント…」

 げんなりする生駒。こいつの場合は本当に生活の為に働いているから、バイトをおろそかにする訳にもいかないから、当然だ。

 さて、午後の部だ。早速俺達の出番だな。

 遥香と共にコースに向かう。その時呟いた。

「しかし、体育祭も若干違ったなぁ…」

「うん?何が?」

 可愛らしい顔を超接近で向ける彼女さん。余裕でチューが出来そうな距離だった。

「繰り返し中の体育祭は、障害物は全クラス混合だったし、応援演舞も必ず1点入っていたんだよ」

「ふーん…微妙に違うのか…」

「おう。一番違うのは、可愛い可愛い彼女さんの遥香と、二人三脚する事だが」

 持ち上げたら頬を染めてはにかんだ。可愛い。

「だけどお前は常に借りもの競争にエントリーさせようと画策していた。今回もそうだが」

「あう………」

 一転しゅんとする彼女さん。この困ったような顔も可愛いのだ。

「それは兎も角、二人三脚も絶対トップ取るんだ。このまま総合一位を取るんだよ」

「うん。ダーリンも言っていたけど、二人三脚は何より呼吸が大事だからね。此処で無様を晒したら、緒方と槙原って案外仲悪いんじゃね?って思われちゃう」

「そこまでは誰も思わないと思うけど……」

 心配の方向が違うが、やる気があるのはいい事だ。

 俺は早速右脚を遥香の左脚に、紐で括りつけた。練習の時と同じポジション。

 因みに、と、聞いてみる。

「遥香、肩と腰、どっちがいい?」

「腰」

 言われたので腰に手を回す。観客から「おおお~…」と、冷やかしの歓声が挙がった。

「肩よりもしっくりくるか?」

「うん。抱かれている感が堪らない」

 お前、そんな事言うなよ!!一応競技の為って免罪符があるんだから!!

 と、ともあれ、スタートラインに向かおう…

「隆君、若干前屈みになってない?」

「なってない。絶対になってない」

 認めてたまるか。何が何でも認めるか。そして、柔らかくて気持ちいいとか、絶対に思っちゃ駄目だ!!

「おっぱいぷにょもあるし、役得だねえ」

「俺のおっぱいなんだから、役得も何もあるか」

 からかって来たのでからかい返したら、黙った。勝ったぜ!!いつ勝負になったのか解らないけども。

「位置に付いてー」

 コールが掛かる。俺と遥香は、顔を見せ合いながら頷き、そして真正面を向いた。

 競技前に言った事。俺に振り回されても着いて来る事。そして、常に前を向いて走る事だ。

 前回の体育祭は楠木さんと組んで、その作戦で一着を取った。今回はそれの焼き直しだ。

 不安は遥香の方が楠木さんより体力がない事だが、それもなんとかなるだろう。

 ぱあん!!と、ピストルの乾いた音。それと共に足を前に出す。

「いち、に!!いち、に!!」

「いち、に!!いち、に!!」

 このかけ声は、誰と組んでも変わらないんだなぁ…

 そんなおかしな感心をしながら進んで行く。

 正直言って、他を気にする余裕はない、しかも俺達は常に前を向いて走る事を心掛けている。

 よって他クラスのコンビがどの位置に付いているのか解らない。だが、少なくとも、俺の視界に他クラスはいない。

「いち、に!!いち、に!!」

「いち、に!!いち、に!!」

 掛け声と共に速くなって行くペース。懸命に付いて来る遥香。

 やはり俺達の前には誰もいない。視えるのは、ゴールテープのみ。

「あとちょっと!!」

 遥香が掛け声を忘れて、そう言った。その途端にバランスを崩した!!

「あっ!?」

 つんのめる遥香。その荷重が俺の右脚にモロにかかった。

 転倒するのか!?いや、冗談じゃねーよ!!

 此処でコケたら順位が落ちる。そうなったら遥香が責任を感じてしまうだろ。

 そんな悲しい顔を、彼氏の俺がさせるかっての!!

 抱いていた腰を腕力のみで無理やり起こし、でっかい声で「いち!!」と言う。

 焦ったように左脚を踏み出す遥香。よし、不格好だが、持ち直した!!

「に!!いち、に!!」

 流れに乗って続ける俺。ペースがもろに崩れて遅くなったが、まだ挽回は出来る。

 だって俺達の前に他クラスは居ないんだからな!!

「いち、に!!いち、に!!」

「いち、に!!いち、に!!」

 今度は微塵たりとも油断せず。黙々と掛け声とともに走った結果―――

 俺と遥香が、一着でゴールテープを切った―!!

 その一瞬遅れに、隣のクラスがゴールした。Dクラスか?結構ヤバかったんだな…

 ともあれ、遥香を労う。

「頑張ったな遥香。終盤の俺のペースに、よくついて来てくれた」

「ぜー!!ぜー!!わ…私のヘマで…危なかったし…彼氏に付いて行くのは当然だし…!!」

 膝に手をついて全身で息をしながら答えた。ウンウン。マジでよくやったよ。

 やはり俺は腰を抱きながらクラスに戻った。一人で歩けそうも無かったからだが。

 クラスに戻ったら、でっかい歓声と手荒い歓迎が待っていた。

「緒方この野郎!!冷や冷やさせやがって!!」

 吉田君がバンバンと俺の背中を叩く。

「焦ったけど、流石だね緒方君!!」

 国枝君がグーを握って称えてくれる。

 俺は笑いながら、ここで漸く遥香の腰から手を放した。

「おっと!!」

 倒れそうになった遥香の手を取って、立たせる。

「大丈夫か?」

「ぜー!!ぜー!!」

 頷いてはいるが、あんま大丈夫そうじゃない。

「槙原、日影に行きましょう」

「そうだね。私も肩を貸すよ」

 横井さんと黒木さんが肩を貸して、遥香を連れて行く。その後ろ姿を見て、改めて頑張ったな、と頷いた。

 ともあれ、トップを取れた。マジ良かった。あのままコケていたら、最下位になって1点しか貰えなかったからな。

 遥香も引き摺るだろうし、今後の士気にも影響を及ぼすだろうし。

 これで86点。まだまだ総合一位。このままぶっちぎりたい所だ。

「おう隆。よくやった。女に恥を掻かせなかったところが、俺的に高ポイントだ」

 偉そうに言いながら、ポカリの差し入れをしてくれたヒロ。ポカリは有り難く受取るからいいが、俺的高ポイントってなんだ?

 ともあれ、プルトップを開けながら訊ねた。

「波崎さんと生駒は?」

「波崎はまだクラスに紛れ込んでいる。今の一着を喜んでいる最中だ。生駒は観客席にいるんじゃねえか?」

 生駒は流石に紛れ込もうとはしないか。ジャージも無いんだしな。

 生駒を捜そうと観客席を眺める。

「……………おいヒロ…」

 小声でヒロを呼び、目線で促す。

「…ビデオカメラを回している女子がいるな。だけど珍しい事じゃねえだろ?誰かの彼女が撮っているだけじゃねえの?」

「…今は他に向いているけど、さっきまで俺達のクラスを撮っていた」

「………隠し撮りか?考え過ぎじゃねえ?っつってもなぁ…」

 ヒロが難しい顔を拵えた。朋美が絡んでいるのでは?と思ったのだろう。かく言う俺もそうだ。

 朋美が何か絡んでいるのなら、俺達を撮っている可能性は充分にある。だが、全く証拠も根拠も無い。取り押さえる事は出来そうもないが……

「……生駒に張り付いて貰おう」

 言ってヒロはメールをピコピコ。その数分後、意味が解らないが解ったとの返事が。

「張り付いて貰ってどーすんだよ?」

「俺達を撮っているっつうなら、そこで取り押さえて貰う。んで、目的を吐かせる。気のせいだったら、それはそれでいい」

 俺達を隠し撮りしているのが確定したら、生駒に取り押さえて貰うって事か。だが、それをどうやって見極める?

「あの女の後ろに回って貰うんだよ。ついでに女の写メも撮ってくれるように頼んだ」

「写メなんてなんに使うんだ?」

「あの後警戒して、一切こっちを撮らなくなったら、無罪確定なのか?」

 ………警戒を警戒してか。ちょっと言葉の意味が解らなくなったが、何となあく雰囲気で理解して貰えるだろう。

「お前の言う通り、須藤は狂っているからな。何も無ければそれでいいが、そうじゃない場合は、後手に回るのはキツイだろ」

 ヒロにしては慎重だな…なんか、らしくないが…

 だが、言い分は尤もだ。朋美相手に、これで安心は無い。だから遥香みたいに病的に用心深い奴じゃなければ、対峙できない。

 …何と言うか、あの繰り返しの時の知り合い…つうか、朋美を知っている連中は、全員慎重なんだよな…朋美を危険視しているのが解るって言うか…

 この感じが記憶持ちの可能性があるって事なんだよなぁ…つまり全員。

 ともあれ、次の競技だ。

「よっしゃあ!!一着取ってくるぜえ!!」

 立ち上がったのは蟹江君。競技は八方綱引き。これも前回の体育祭に無かった競技だ。

 通常綱引きとは、大人数で綱を引っ張って、時間切れまで、どれだげ自陣に引っ張れるか競う競技だが、この八方綱引きは、各クラスの男子限定で一人。

 中心から八方に広がっている5本のロープを引っ張って、自陣をどれだけ広げられるかと言う競技だ。力自慢じゃなけれなば辛い競技だが…

 ピストルが鳴る。

 他クラスが力任せに引っ張る中、蟹江君はただ綱を持っている程度。だが、そんなに自陣が崩れていない。力が分散しているからの結果だ。

 これって競技としてどうなんだ?見ている分には意外と面白うけど…

 やがて疲れたのか、Cクラスが脱力する。その隙をついて蟹江君がちょいと引っ張った。

「うわ!?」

 同じく、隙をついて引っ張ったDクラスが綱を離してすっ転んだ。力み過ぎて力が余っちゃった感じだ。

 慌てて綱を握り直すCクラス。そしてさらに慌てて立ち上がったDクラス。だが、どっちも自陣が乏しくなっている。

 見た目、一番自陣が広がっているのはBクラスか?全体重を乗せて引っ張っている。綱に体重を預けている感じ。

 蟹江君はと言うと、やはり自陣は広がってはいない。縮まってもいないが。

 BとDは挽回が難しい。ってか、不可能だ。

 あの状態から盛り返すのは難しい。他クラスは力自慢を擁しているんだ。拮抗状態がこれから続くんだろう。

 そう考えると、蟹江君すげーな!!殆ど力を使わないで、最初の距離をキープしているんだから!!

 そして、これはタイムリミットがある。永遠に引っ張り続けるんなら、あまり力が無い蟹江君は負けるだろうが……

 そんな事を考えていると、終了を告げるピストルが鳴った―

「ちくしょう!!結局二番目かよ!!」

 悔しそうにクラスに戻って来る蟹江君だが、二番目に自陣を持っているって事は、2着と同じって事だから…

「90点だぞ!!この終盤で!!」

 歓喜に湧くEクラス。だけどやっぱり蟹江君は悔しそうで。

「一着取るつもりだったのに!!」

 四つん這いになって地面を叩き捲って悔しがっていた。

 相当自身があったんだな。駆け引きが上手だと自負していたんだろう。

 とにかく宥めようとする俺だが、吉田君がそれを止める。

「お前、次の借りもの競争に出るんだろ?今から集中しとけ」

 借りもの競争に集中も何もだが…

「お前って全部一着取っているんだから、期待されてんのは解るだろ?蟹江も当然期待しているんだよ」

 それは…蟹江君の仇を俺に取れって言う事か?

 競技違いで仇も何もだが…

「解った。そうするよ」

 お言葉に甘えて軽い柔軟でもしておこう。さっきから何度もやっている様な気がするけど。

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