体育祭~005

 ともあれ、障害物競走の時間だ。ウチのクラスからは黒木さんが出走する。

 障害物競争は男女混合競技。女子には1分のハンデが与えられている為、全体的に女子の参加者が多い。

「さあーって、五十嵐さんに続いて、ちょっとトップ取って来るかな!!」

 腕を回しながらスタートラインに立つ黒木さん。ラクロス同好会所属なのだから、運動は勿論できる。遥香よりも脚も早い。

 気合の入り方も他のクラスとちょっと違う。まだ熱が蔓延している証拠でもある。

 パン、とピストルが鳴り、先ずは網を潜る。うんしょ、うんしょと一生懸命に。可愛い。

 ふと隣に気配を感じ、見てみると、遥香が動画を取っていた。

「黒木さんの動画?」

「うん。木村君に見せてあげようかと思って」

 木村はそんなに興味ないんじゃないかな…まあ、善意だから、何も言わずに観ると思うけど。

 続いて平均台。バランスを取って慎重に進んで行く。落下したら最初からだから、慎重に。

「黒木さん、現在二位か。男子も混じっているのに、大したもんだ」

「更に一分のハンデがあるからね。このまま行っても、一位は取れるかも」

 その可能性が見えてきた。若干興奮して、手が汗ばんできている。

 次は跳び箱、跳び越えるまで何度もチャレンジできるが、黒木さんは一発でクリア。

 そして最後の50メートル走………

 Aクラスの男子がトップなれど、喰らいついて其の儘二着でゴールだが……

「一分のハンデがあるから一着だ!!!」

 歓喜する我がクラス!!またまた5点獲得で、現在57点!!

「総合優勝マジで見えて来た―――!!!」

 誰かがそう叫んだ。それに呼応する様に、帰ってくる黒木さんを、みんなで出迎えた。

「やったぜ黒木さん!!一着だ!!」

「ぜひー!!ぜひー!!ぜひー!!」

 全身で息をしながらも、笑いながらVサインを向ける黒木さん。

「動画撮ったよ!!木村君に送っておくね!!」

 遥香も興奮しながらスマホを操作する。黒木さんはやはり全身で息をしながら何度も頷いた。

「黒木もすげえな!!男女混合で二位、ハンデがあるから一着ってよ!!」

 ヒロも国枝君とハイタッチしながら喜んでいる。男女混合で、実力で二着はマジスゲーと思う!!

 何の為に一分のハンデがあるか。体力がある方が有利だからだ。

 一度もミスせず、焦らず進んだのが良かったんだろう。

 黒木さんはクラスの女子に肩を貸してもらって、木陰に移動。そのまま倒れ込むように寝ころんだ。

「よっしゃ!!!黒木に続け!!次は何だ!?」

 ヒロが偉そうに激を飛ばすが、みんなスルーした。だが、それは静かに気合が入っているって事で、やる気がない訳じゃない。まだ熱が逃げていない。それどころか、黒木さんの一着で、更に火が点いたような。

「次は玉入れだね。男女混合だね、この競技も。男女5名の選手が、一つのカゴに玉を入れるんだね。E組は黒い玉だ」

 国枝君が解り易く解説してくれた。補足すると、Aは赤玉、Bは白玉、Cは青玉、Dは黄玉だ。集計がやり易い。

 ともあれ、Eクラス玉入れチームも熱くなって出陣。玉入れにそこまで気合が必要かと思う程の気迫だった。

 玉入れの結果、Eクラスは三位。上出来上出来。

 玉入れチームは悔しくて号泣していたが、三位で3点。現在60点!!

 何がすげーって、三着以下が無いって事だ。これは今まで体育祭をやってきた中で一番点数が高い!!

 さて、次は大玉転がし。これは男子と女子に別れる。ウチのクラスは、男子は赤坂君。女子は蛯名さんだ。

「男女とも一着取らなきゃ駄目だぞ!!特に蛯名!!」

 蛯名さんをビシッと指差したのは、学級委員書記の御子柴さん。同じ学級委員で、副会長の蛯名さんと仲がいいからの台詞だろう。

「任せて!!御子柴の仇は取ってくるから!!」

 御子柴さんは先の玉入れの選手だったので、言われた瞬間、ズーンと項垂れた。

「ブフフ~大丈夫だよ御子柴さん…僕も一着取って来るから、仇は取るよ~。ブフフ~」

「うるさい赤坂!!黙れ赤坂!!」

 赤坂君にはキレるのか…ならば俺は逆に激励してやろう。

「赤坂君!トップ取ってくれ!!!」

 俺の激例に呼応したのか、何故か赤坂コールが起こる。「赤坂!!赤坂!!赤坂!!」と。

 他のクラスが何事かと覗きに来るくらいのコールだった。

 そのコールに気を良くしたのか、赤坂君が肩を揺らしながらスタートラインに立った。

 そして何度も大玉を触り、大玉から顔を覗かせてコースを見たり。

「赤坂君は何をやってんだ?」

「シュミレーションしてんだろ。実は練習もしていたからな」

 それは俺も見た事がある。大玉転がしの練習しているのは赤坂君だけだったので、妙に印象深かった。

「なんでそんなに気合入ってんの?」

 今時点での気合いなら解る。みんな熱に侵されている状態だから。だが、数日前から準備する程の気合を、なんで持った?

「赤坂君なりに、好感度アップを目論んでいるようだね」

 国枝君がスマホを構えながら言った。赤坂君の競技を動画に撮るのか?

 ともあれ、意味が解らないので聞いてみた。

「好感度アップって誰の?」

「文化祭に招待する、大洋の中学生のだよ。この動画も撮ってくれって頼まれたんだ。文化祭に彼女達に見せるからって」

 果たして大玉転がしで一着を取ったとして、好感度アップに繋がるのだろうか?

 ともあれ、文化祭に置ける赤坂君の気構えは本物だ。こっちが引くくらい本物だ。

 ピストルが鳴ると同時に、赤坂君のダッシュ。

 直線の50メートルだけとはいえ、コースを外す選手が多い中、赤坂君だけは真っ直ぐ進んだ!!

「おおおおおおおおおお!!マジか赤坂!!」

 思ってもみなかった赤坂君の独走に、今度はクラス中から赤坂コール。

「赤坂!!赤坂!!赤坂!!赤坂!!」と、二年、三年がこっちを見るくらいのコールだった。

 その甲斐あって、赤坂君まさかのぶっちぎりでのトップ!!これは驚いた!!

 前回はスカラベ研究会が大玉転がしを取ったのだが、確か最下位だった筈。今回の赤坂君は、転がしのスペシャリストを超えたのだ!!

 クラスに戻って来た赤坂君に、みんなが手荒い歓迎。

「赤坂!!すげえぞお前!!一着だ!!」

「はは…痛い痛い痛い!!」

「マジすげえ!!練習していたのお前だけだったから引いていたけど、やっぱ練習の賜物だよな!!」

「はは……だから痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

「流石赤坂!!クラスの顔だ!!」

「はは………クラスの顔は僕じゃ無く緒方君じゃ…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 なんで俺がクラスの顔になるのか解らんが、ともあれ、解放された時、赤坂君がボロボロだったのは報告しておこう。

 保健委員の彼女さんが保健室に連れて行くくらい、ボロボロだったのも付け加えておこう。

「赤坂に負けてらんないわ!!」

 まさかの赤坂君の一位に対抗意識を燃やした蛯名さん。轟々と燃えてレーンに向かう。

「蛯名!!ちょっと気負い過ぎだぞ!!深呼吸しろ!!」

 クラス委員長の中畑君に注意されて我に返ったか、大きく深呼吸をする。

「蛯名はどうだろうな?」

 ヒロがボソッと呟いた。大玉転がしを練習していたのは赤坂君一人。よって他の選手と蛯名さんは変わらない。

「どうだろ?意外とみんなコースから外れていたからな。蛯名さんもそうなるとは思うけど」

「だよな。つまり、コースから外れなきゃいいって事だ。遅くても堅実にコースを走った方がいい」

 それに同感する俺。それを確認したのか、国枝君が蛯名さんに向かって行った。そして何やらこしょこしょと話して帰ってくる。

「なにを話したのさ?アドバイス?」

「アドバイスって程じゃないけど、緒方君と大沢君がコースから外れないで走った方がいいって言ったじゃないか。それを伝えたんだよ」

 それをアドバイスと言うんだが。

 ともあれ、手に汗握って蛯名さんのレースを観戦する俺達。

 ヒロの手にはコーヒー牛乳が握られていたが。波崎さんから貰ったんだろう。その波崎さんは他の女子と話してヒロを放置しているが。

 そしてピストルが鳴る。

 アドバイスに従い、コースを外れないように、慎重に走る蛯名さん。当然ながら出遅れる形になって最下位だ。

「ヤバいぞ蛯名!!ペース上げろ!!」

 絶叫する中畑君を宥める俺達。

「コースアウトなら、コースにいったん戻ってからの走り直しだ。だからあれでいいと思うよ?」

「そうだぜ。確実にコースを走った方が、結果的にはいい。慎重に走っている蛯名以外、コースアウト続出するだろうし」

「緒方がそう言うのなら…まあ……」

「俺もそう言ってんだが!?」

 実際ヒロが気付いた事なんだが、不憫すぎるな…

 だからフォローと言う訳じゃないが、事実を述べよう。

 と、する前に――

「蛯名がトップだ!!」

 中畑君が興奮して発した言葉に遮られた。実際全員コースアウトで何回か仕切り直しているが、蛯名さんだけは外れていない。

「やっぱり緒方の言った事が功を奏したんだ!!」

「だから俺が提案したんだぞ!!」

 応援よりもでかい声を上げるヒロ。

 こういう所か。ヒロをイマイチ素直に褒められない所はと、他人事のように思った。実際他人事だけど。

 そして蛯名さんは危なげなく、そのままゴール!!

「やったぜえええ!!!大玉転がしアベック優勝だー!!!」

 歓喜する我がクラスだが、蛯名さんは複雑な表情。

 アベックとの単語に反応したと思われる。赤坂君はいい奴なんだよ!?そんなに嫌わなくても!!

「やったな蛯名!!一着だ!!」

 クラス委員として友達として、勝利を称える中畑君。

「…はあー…はあー…お…緒方君のアドバイスに従ったら、いい結果出せたよ…」

「だからそれ俺が提案したんだよ!!」

 蛯名さんにもスルーされたヒロ。ガチで可哀想だ。

「はは。緒方君はギャップがあったからね。高評価なんだよね」

「国枝君、ギャップって?」

「緒方君は有名人だっただろう?触る者、見た者もれなく病院送りにする狂犬。そのイメージがあったけど、土下座告白や今までの事で覆ったんだよ」

 まあ、イメージは大事だからな…土下座告白で、今までのイメージが覆ったのは僥倖だ。

 ……僥倖なのか?ほんとに?

 ま、まあまあ、俺の苦悩は兎も角、これでEクラスは70点。もうこれ決まりじゃねえ!?総合優勝!!

 さて次は長距離。1200メートルだ。 

 因みに長距離は午後の部にもあって、そちらは2000メートル。春日さんが出場するのはこっちの1200メートルだ。

 ともあれ、1200メートル出走者は、マラソン同好会の玉久君。女子は美化委員の上沼さん。おさげを揺らしてメガネをキランと輝かせている。

「玉久ー!!マラソン同好会の意地に掛けて負けんなよー!!」

「おーう!!」

 同じマラソン同好会所属の和久井君も激励している。因みに和久井君は午後の部の2000メートル出走者だ。

 意気揚々とスタートラインに向かう玉久君。自信があるようだ。

 隣で腕を組んで観戦している上沼さんに話し掛けてみる。

「上沼さん、マラソン同好会って何人いるんだ?」

「うん?解んないや。同級生ならなんとかだけどさ」

 テヘヘ、と頭を掻いて照れ笑い。なんか可愛いぞ。

「うん。上級生とは当たらないから、同級生のだけでいいよ」

「だよね。その前に、先ずマラソン同好会なる物が、なんで出来たか解る?」

 言われてみればそうだよな。マラソンしたかったら陸上部に入れば済む話だし。

「解らないな」

 素直に答えを求めた俺、上沼さんは笑いながら答える。

「単純に遅いから。陸上部でやるには戦力外だからだよ。まあ、落ちこぼれの集まりって所」

 戦力外って…それで諦めて辞めたのか?それとも嫌がらせでもされて、クビにされたのか?

 なんか面白くないなぁ…

「まあ、そうは言っても、そんなに深刻な話じゃ無くて。元々趣味でジョギンクしていた人とかもいて。部活みたいにガッチリやりたくない人達が集まって…で、マラソン同好会誕生って訳」

 諦めた訳でもなく、嫌がらせさられた訳でもなく、単に趣味人の集まりって事か…

「だから、体育祭じゃ、そこそこは期待できるんじゃない?部活の人達は出られないからさ」

「成程そうか!!本職がいないんだったら可能性があると!!」

 上沼さんは肯定の意味で頷いて続ける。

「そんで、ウチのクラスには玉久と和久井が同好会に所属しているけれど、他のクラスはDに一人。これはもう貰ったも同然でしょ!!」

 グーを握って灼熱する上沼さん。俺も思わず頷いて賛同した。

 したが…

 確か、前回マラソン同好会の二人は3着だった筈だ。

「で、でも、油断は禁物じゃない?中学の時に長距離やっていた人が出走するかもしれないんだから…」

「あ、そうか。それもそうだね。おーい、玉久ー、油断は駄目だぞー!緒方君がそう言っているからさー!」

 なんか知らんが。俺の言葉として忠告を発してくれた。いや、別に構わないんだけど、何かなぁ…

「緒方が!?そうか…確かに油断は駄目だな!!」

 なんか気が引き締まった表情になった玉久君だが、俺の忠告って訳じゃ無いし、なんで俺の言葉に素直になるのか。本気で意味不明だ。

 そしてスタート。序盤は真ん中をキープしながら、様子見をしながら走っているのが窺えた。

 他のクラスはちょっと解らないが、Dクラスは……

「上沼さん、Dが現在トップなんだけど、あの人がマラソン同好会?」

「違う。2000メートルの方にエントリーしているから。緒方君みたいに掛け持ちしている人も少ないし」

 俺の掛け持ちは遥香が勝手に決めた事なんだけど。

 因みに、と聞いてみる。

「上沼さんは長距離得意なの?」

「いや別に。走っていれば終るから楽かなって」

 淡々と走っていれば終るからいいって人、結構いるな…春日さんもそうだった筈だ。

「緒方君は長距離にも挙手していたよね?ボクシングの練習で、毎日ランニングしているから苦じゃないから?」

「うん。短距離も長距離も、ランなら得意だよ。短距離の方が得意っちゃー得意かな」

 インファイトメインの俺はダッシュ命の所があるからな。スタミナを付ける為に長距離も走るけど。

「雑談している間に、もう終盤か…玉久はまだ3着に着いているね」

 終盤になり、ハラハラした表情になる上沼さん。

 俺もグーを握って歯を食いしばった。

 ラストスパート!!玉久君の腕の振りが激しくなる。

 だけど、二位との差を詰める事が出来ずに――

「ああああああ~……」

 結果、三着でゴール。上等上等。俺は拍手で出迎えた。

「ちくしょう!!三着かよ!!今までの練習はなんだったんだよ!!」

 四つん這いになって地面を叩く玉久君。悔しいのは解るけど、他のクラスが「体育祭にそこまでかよ」との目を向けているから、やめてほしい。

「大丈夫!!仇は取ってやるから!!」

 悔しさ全開の玉久君の肩を叩いたのは上沼さんだった。

「上沼さん。頑張って」

 国枝君が激励するも――

「国枝君はB組の彼女の応援するんじゃないの?」

 意地悪そうに笑って返した。国枝君、顔真っ赤だぞ。

「緒方君は?春日さんは友達でしょ?クラスメイトと友達、どっちを応援するの?」

 俺にも意地悪な質問を…結構Sだな、上沼さん。

「俺は上沼さんを応援するよ。総合優勝しようぜ!!」

 グーを出すと、笑ながらグーを当てて来た。なんだこの熱血加減?

 俺が炊き付けた熱なんだけど、我ながら暑苦しいな、と思ってしまう。

 上沼さんがスタートラインに立った頃、赤坂君を保健室に送って行った我が彼女さんが帰って来た。

「もう1200の女子?意外と時間かかったな…」

「赤坂君の怪我の具合、意外と酷かったのか?」

 クラスメイトにフルボッコ喰らって保健室行になったのもどうかと思うが、そんな結構な怪我を負わせたとなるとなぁ…

「違う違う。私実行委員だからさ、他クラスの委員の打ち合わせだよ」

 そういやそうだったな。どっちかって言うと、赤坂君の方がついでか。

「そういや、上沼さんって運動できるのか?」

 基本脳筋の俺は、体育の時は女子の方をあんま見ないで熱中してしまうから、女子の運動神経がどんなものか、全く解らない。

「上沼さん?あの構えを見たら想像つくんじゃない?」

 言われて上沼さんの構えを見ると、クラウチングスタートじゃない、今から走りますよとの構えだった。しかも妙にへっぴり腰の。

「……運動できない子の構えだな…」

「足も私よりも遅いし、スタミナも無かった筈だけど」

 ……ここいらで最下位取ってもいいか。今までが出来過ぎだったんだ。

 そしてスタート。案の定出遅れた。ただでさえ足が遅いのに出遅れた。

 だけど一生懸命走っているのは伝わる。歯を食いしばって、懸命に付いて行っている。

「上沼は駄目だな」

「次は何だっけ?応援合戦?綱引きだっけ課?」

 クラスも諦めムードだった。次の競技に向けて話している奴が多数いる。

 だが、俺は諦めないぞ。5位なら1点だが、4位なら2点。なるべく順位が上の方がいい。

「上沼さん!!がんばれー!!!」

 なので声を張って応援した。クラス中、目がまん丸になる。

「おい隆、上沼はもう無理だろ?」

 ヒロが諦めろと暗に言ってくる。

「順位が一つ上なら1点多くなるんだぞ?最下位よりも4位だろうが?」

「だからって…ほら、春日ちゃんも出場しているし、その春日ちゃんが4位だし…」

 春日さんを抜けば、春日さんが最下位になるからか?

「だからなんだ。俺達はEクラス。総合優勝目指しているんだぞ!?」

 他のクラスは全部敵。総合優勝を目指すのだから、上級生も敵!!

 なんだかんだ言って、やっぱり俺が一番熱を持っているな。言い出しっぺだからしょうがない部分もあるが。

 ともあれ、俺の言葉に国枝君が決意した顔。そして大声を張った。

「上沼さん!!!がんばれ!!!」

 ヒロが目を剥いて国枝君を見た。春日さんを応援すると思っていたのだろう。相当吃驚したようだった。

 俺の応援と国枝君の応援に目が覚めたように、声を張るクラスメイト。

「上沼ああああ!!抜けえええ!!!」

「トップ取れええええ!!ぶっちぎれええええ!!!」

 その応援が耳に入ったのか、中盤だと言うのに、ラストスパートのように足を速めた。

「駄目だ!!保たねえぞありゃあ!!」

 ヒロの言う通り、体力が続かない。途中失速して最下位になるかもしれない。

 だけど、それでいいんだ。上沼さんなりに勝負どころとして仕掛けたのだから。

 春日さんを抜く。4位に浮上。その春日さんも懸命に喰らい付いて、抜きつ抜かれつを続ける。

 その状態で3位に付けているAクラスを抜く。この時Aクラスの女子が失速!!

 春日さんと上沼さんの3位争い!!どっちも中盤でのスパーとなので、絶対に体力が続かないと思うが、異様に盛り上がった!!

 Bクラスからも声援が飛ぶ。春日さん頑張れと。俺達も飛ばす。上沼さん頑張れと。

 だが、やはりペースが落ちて、失速するも――

「Dクラスも失速した!つーか、明らかにスタミナ切れだあれ!」

 なんと、上沼さん、春日さんよりも先に限界に来たDクラス!!一気に最下位に転落した!!

 その間、Aクラスが盛り返す!!A、B、Eの三つ巴だ!!2着を掛けての勝負だ!!

 そして、トップのCクラスがゴールして間もなく、殆ど同時に、3クラスがゴールに飛びこんだ!!

 ゴールした上沼さんは、全身で息と言うレベルじゃない、まさにその場で倒れた。

 保健委員の遥香と学級委員の中畑君が肩を貸してクラスに戻ってくる。

「上沼すげえぞ!!」

 称えるクラスメイトに反応もせず、ただ全身を使って呼吸をするのみ。限界以上に頑張った証拠だ。

「よくやったな、上沼」

 ヒロが誰にも聞こえないような小声で、ボソッと言う。俺も微かに頷いて、それに答える。

 よくやった。本当にそう思う。どんな結果になろうとも、上沼さんは自分の限界以上の事をやった。

「結果のアナウンスが入るぞ!!」

 あの独特のマイク音が聞こえて大人しくなる我がクラス。全員2着を切望していたのだが…

『ただいまの競技~、1年女子1200メートル~…1着、C~』

 歓喜に沸くのはCクラス。それはいい。誰の目にも明らかだから。

『2着~……』

 ごくりと唾を飲み込むEクラス。だが、俺とヒロは知っている。2着に上沼さんの名前が挙がらない事を。

『B~』

 そう、春日さんが2着を取った。上沼さんも解っていたようで、やはり全身で呼吸しながら、微かに頷いた。

「あああああああ~…」

 落胆するクラスメイトだが、俺はBクラスに惜しみない拍手を送った。

 やや戸惑っていたが、国枝君も、波崎さんも、遥香も続いた。

『3着~…』

 拍手途中で3着の発表。祈るように結果を待つ…

『E~』

 此処で漸く歓声に沸いた我がクラス。上沼さんも笑いながら、ただし全身で息をしながら答えていた。具体的には手をちょいと挙げて。

 そして、Bクラスからも拍手が。さっきの拍手のお返しと言った所だろう。こんなのもいいもんだな。

 なんか正々堂々勝負したって感じでさ。

 ともあれ、1200メートルの結果、Eクラスは76点。上等すぎるだろ。3着以下が今までないってのが驚愕だろう。

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