体育祭~003
結構な面持ちでヒロは言う。
「槙原が借りもの競争に誘導しただろうが?お前は気にならねえの?」
いや、あんまり…中身も大体想像つくし。
『気になる異性』だろ多分。それとも、もう付き合っている事実が知れ渡っているから『恋人』とかじゃねーの?
「三種目にエントリーしてんのは、E組じゃお前だけなんだよな」
「お前がリレーに推薦しなけりゃ、二種目で済んだんだけど」
「そ、そうだけど、そうじゃねぇだろ。槙原は『自分の彼氏が三冠取った』って自慢したいんだろうと思う」
何だその自慢?小学生か。だから、そもそもお前が推薦しなけりゃ、二種目だけだったんだつうの。
「それはいくらなんでも無い。お前は遥香に何か頼まれたのか?リレーに推薦してくれとか?」
「頼まれちゃいねえけど、読めたんじゃねえの?実際お前って脚速いから」
それが真実だとしたら、読まれたのはお前の思考だろうに。
「それが本当だとして、別にいいだろ?」
「俺が面白くないから嫌だ。お前ばっかりいいカッコすんのは苦痛だ」
だったら推薦すんじゃねーよ。自業自得だそれは。
「だったら俺も三種目に出場して、三冠を取った方がカッコイイか…」
ブツブツと考えるヒロ。いいんじゃねーの別に?100メートルとリレーに出場するんだ。当日欠席者が出たら、代役で出ればいい。
欠席者が出たら、の話だが。
「つうか、そんなくだらねー事をわざわざ話す為に寄ったのかよ」
結構ガチで呆れた。
大体体育祭実行委員に立候補したのも、自分の希望に沿うように運営したいって気持ちが、ちょっとはあったからだろうに。
阻止したかったらお前が運営に回れば済む話だろ。
「くだらねえとはなんだ。俺もくだらねえとは思うが」
思っているんだ?じゃあちょっとは救いがあるな、良かった良かった。
「体育祭、波崎が観に来るんだよ。南女休みだから」
「あー、だからカッコ良い所を見せたいと……」
コレ最後の繰り返しの焼き直しだ。つっても、俺の三冠は二年の時だけれど。
確かに波崎さんが観に来たのは一年の体育祭だったな。俺の話を聞いて、欲が出たか?
「今から出場できる競技ないかな?」
身を乗り出して聞いて来た。俺ん家に寄った本命はこれかよ。
「当日欠席者が出る事を祈るだけだな」
「因みに前回はどうだったんだ?」
「出たよ欠席者。黒木さんが休んだ。朋美の策略によって、阿部に轢かれそうになって、足捻挫して」
「そう…だったな………」
見るも無残にしょぼくれる。黒木さんは今回欠席はしないだろうから、絶望的と読んだのだろう。
素直に明日遥香にどうにかできないか相談した方がいいと思うが。多分できないと思うけど。
さて、話しは飛んで体育祭当日。阿部からの定期連絡でネタは掴んでいないとの事なので、焦らずに体育祭を楽しもうか。
「おい隆、欠席出たか?」
相変わらず三冠に拘っているヒロが何故か俺に訊ねて来る。
あの後、遥香に協議の割り込みの是非を訊ねた所、欠員が出た所ならとお許しを戴いたのだ。
だから素直に遥香に訊ねた方がいいと思うのだが、なんで俺に聞くんだ?
「いや、槙原って何かおっかねえじゃねえか?」
お前が必要以上にビビっているだけだ。波崎さんに何か吹き込まれたんだろうけど。
「欠席が出たかどうか、集合の時に解るだろ」
「それもそうだな」
そんな事をダベっていると、国枝君が合流。
「おはよう二人共。気合入っている様な気がするけれど?」
俺を見ずに、ヒロを見ながら言った。傍目からでも解るのか。ヒロの気合の入り具合が。
「そりゃ、気合が入るだろよ。波崎が観に来るんだぜ?」
「ああ、波崎さんにカッコ良い所を見せたいと。気持ちは解るな。僕も…」
そう言ってBクラスの方に視線を向ける国枝君。
こっちを見ていた春日さんと簡単に目が合ったようで、二人とも赤くなって顔を逸らせた。
今更何を恥ずかしがっているんだ?国枝君と春日さんも学校公認カップルだろうに。俺のとばっちり喰らって。
そして春日さんと言えば、恥ずかしがり屋の大人しい女子との認識。俺達の方に来る度胸は、今はまだ持っていないので。
俺は国枝君とヒロを引っ張ってBクラスに突撃した。つっても春日さんの所にだけど。
「おはよう春日さん」
「……おはよう緒方君」
「オス、春日ちゃん」
「……おはよう大沢君」
「おはよう…春日さん…」
「……おはよう国枝君」
挨拶と同時に見つめ合う、国枝君と春日さん。
なんだこの背景の点描は?キックオフか?ちば拓のマンガかよ?
まあ、それはいいとして、取り敢えず話題を振ろう。
「春日さんは長距離なんだよね?」
「……うん」
会話終了。友達だけなら会話が続くが、ここはBクラスの集合場所。あまり目立ちたくないのだろう。
そうは言っても、俺達と一緒なんだから、結局は目立つんだけどな。
「……大沢君の100メートルが最初なんだよね?クラスが違うから応援は出来ないけど…頑張ってね」
「おう、だけど心の中ではワーキャー言ってくれていると信じてる」
「……うん。そう思ってくれていいよ」
ヒロの冗談にも乗っかってくる。社交的にはなったんだよな。国枝君の努力の賜物だ。
「じゃあ国枝君の400メートルはどうすんの?」
意地悪な質問を、ニヤニヤしながら問うてみた。
「……それは……」
真っ赤になって俯いちゃった。いやいや、いいんだよそれで。
違うクラスだからって、自分の彼氏を応援しないなんて、あり得ないだろ?
「お、緒方君も大沢君も、そろそろ戻らないと…点呼が始まっちゃうよ」
何か必死な国枝君。弄られたくないようだ。そりゃそうだって話だが。
ヒロと目配せをして仕方がないと後にする。春日さんは手を振って、ずっと見送ってくれた。
「国枝、点呼の時間はまだあるんじゃねえの?」
ニヤニヤと弄るヒロ。そう言うのが嫌だって話だろうが。
「そ、そうかい?あ、楠木さんだ」
話を逸らそうとしたのが見え見えだったが、実際楠木さんが歩いていたのだから、これは仕方がない。誤魔化されてやるしかない。
「おはよう楠木さん」
「およ?皆さんお揃いで。どしたの?」
「暇だったからブラブラしていただけだよ
Bクラスに突撃したとは言わず、国枝君の面目を保った優しい俺。
ヒロが何か言いそうになるが、それに被せて話したのも、実に気を利かせた事だろう。
「楠木さんこそ何やってんの?」
隣にいた友達と思しき女子に、お辞儀をしながら訊ねる。
「ちょっとお花を摘みに」
あはは、と朗らかに笑いながらの回答。俺も一応デリカシーがあるから、そこでふーんと言うだけに留めた。
「楠木、そっちの女子は友達か?」
ヒロが指を差して訊ねる。それは失礼だからやめろ。
「ああ、うん。同じクラスの沖島弥子さん。ヤコって呼んであげてねー」
紹介すると、ぺこりとお辞儀。ヤコさんって、繰り返しの二年の時に、二人三脚に出場した女子じゃんか。成程、元々友達だったのか。
「沖島です。皆さんの噂はかねがね…」
俺を見ながら。笑いを殺しながら。
「土下座告白か…」
「うん。あ、ううん。あ、いやうん…」
ちょっと項垂れた沖島さんだが、気にする事でもない。クラス中に見られたのだから、隠す事も無いんだし。
「気にしないでいいよ。俺がやりたいからやっただけだから」
「あ、うん。でも、何かごめんなさい」
しかし謝罪して頭を下げられた。そんな事されると、逆に困るのだが。
「今日、生駒君は見に来るのかい?」
俺の心情を察してくれたのか、国枝君が別の話題を振った。
「シロはバイト先に行ったから午前中は来ないよ。そうそう、私のバイト決まったからさ、みんな食べに来てよ?」
そういやバイトの面接がどうのと言っていたな。
「美咲、彼氏をあだ名呼びしているんだ…いいなあ…」
羨ましそうな沖島さん。大丈夫だ、君は二年の体育祭前に彼氏が出来る筈だから。
「別に普通っしょ?ヤコも来てよね。バイト先に」
「あそこ、女子が行くのはちょっとじゃない?」
なんだ?怪しげなバイトじゃねーよな?
怪訝に思っていると、ヒロが口を開いた。
「西白浜駅近くのコスプレファミレスだろ?波崎が言っていたから知っている」
「え?楠木さん、あそこでバイトするの?」
ビックリだった。前回は春日さんのホームだったが、今回は楠木さんが絡むのか?
「うん。あそこ時給良いしね」
春日さんもそんな事言っていたな、そう言えば。だけど今回は、融通が利く大山食堂にしたんだった。
ちょっと話をして集合場所に戻った。
普通に時間になったからであって、全く他意はない。
「集合、集合ー」
クラス委員長の中畑君が集合を促すので、従って列を作る。
「えー、競技の出場選手に、ちょっと変更があるので、実行委員の槙原さん。お願いします」
呼ばれて前に出る遥香。
「えっと、100メートルの出場選手の田代君が、昨日万引きで捕まって停学になりました」
万引き!?何やってんだ田代君!!!
流石にざわめくクラス。中畑君が焦りながら口を挟んだ。
「ま、槙原、それはあんまり言わない方がいいんじゃ…」
「別に庇って言わなくてもさ、後で絶対に知れ渡る事でしょ?だったら今言っても同じじゃない?」
まあそうだと頷く俺達。だけど、わざわざ言わなくてもいいんじゃねえ?とも思うが…
「万引きは犯罪です。田代は商品の買い取りをして、停学処分と言うペナルティーを貰いました。なので、この話は終わりです。戻って来ても、自分から話題を振らないようにねー」
ペナを貰ったから罰せられた。なので、自分達からはこの話題を禁ずると。
それもそうだと頷く俺達。話題にしたらネタになっちゃって、反省していない感じになっちゃうからな。
それを見越して今言ったのか。やはり遥香、なかなか解っている。
「それは兎も角さ、田代が欠席した訳だから、100メートルと400メートルリレーの選手が欠場になったんだよね。だから、誰かが代わりに出場しなきゃいけないいんだけど…」
俺は隣のヒロに肘で突いて促した。こいつ、欠員が出る事を望んでいたからな。
「バカ、俺も100メートルとリレーにエントリーしてんだろうが」
「お前こそバカだな。100メートルを二回走って、リレーも二回走ればいいだろが?」
「100メートルは兎も角、リレーをどうやって二回走るんだ」
「最初の走者になって、バトンを渡したら素早くアンカーの位置に付く。お前は最初と最後の走者になればいいって寸法だ」
「お前頭いいな!!」
感心して挙手するヒロ。こいつ本当に馬鹿だ!!
「大沢君はどっちにもエントリーしているじゃない?」
俺が言った説明を遥香に繰り返しているヒロ。
「現実的には出来なくもないけれど、ルールが駄目ってなっているから却下でーす」
我慢できずに大声で笑ってしまった俺。
「テメェ隆!!嵌めやがったな!!」
「いやいやいや!!真に受けてマジで立候補するとは思わなかったんだよ!!」
こんな状況なれど、クラス中が笑いに包まれた。やはりヒロは頼りになるヤツだ。
「まあまあ、大沢君の気持ちは解るけど、100メートルはやっぱり緒方君じゃないかな?」
国枝君の推薦。それに誰も異を唱えず。
「じゃあ隆君、頼めるかな?」
親友と彼女に頼まれちゃ、嫌とは言えん。言う筈もない。
「任せろ」
勢いよく立ち上がった俺に歓声が降り注ぐ。
「緒方が出るんじゃ、勝ちは決まったな!!」
これは吉田君か。そんなに持ち上げないでくれよ。
「緒方君は毎日走っているもんね。体育祭の100メートル程度、なんて事は無いよ!!」
黒木さん。あまりハードルを上げないように。つっても勝つ気満々だけどな。
「まあ、程々に頑張れ。無様を晒さなきゃいいな」
二年の体育祭の時、コケテ途中棄権になったヒロがふざけた事を抜かした。
まあ、それは兎も角だ。
「リレーは誰がやる?」
問題はまだ残っている。最悪100メートルは棄権でも構わないと思うが、リレーは違う。
団体競技だから、棄権はしちゃいけない様に思う。
「このクラスで足の速い奴、手を挙げろ」
偉そうに上からの指示のヒロ。俺だったらぶん殴っていたぞ。
「つっても緒方、大沢、三木谷くらいだろ?脚速いのは?」
「中学の時、陸上部だった人ー」
「あ、俺中学の時サッカー部だったけど、脚遅ぇぞ?」
「だったらわざわざ言うなよ」
なんかワイワイガヤガヤ騒がしくなっちゃった。この状況を打破する為には…
「国枝君、お願いできるか?」
俺の推薦にクラスがざわめく。そして当然面喰らう国枝君。
「ち、ちょっと待ってくれ。僕は瞬発力に自信は無いよ!」
全力でイヤイヤする国枝君。
「国枝は意外と運動が出来るけど、リレーはきついんじゃねえ?」
不安な美木谷君の国枝君擁護。
「そうか。国枝、頑張れ」
何も考えずに激励するヒロ。
そしてざわめきが止まらないクラス。ちょっとしたカオスになった。
「隆君、どうして国枝君を推薦したの?」
カオス収拾の為に質問をしてきた我が彼女さん。おかげで俺の言葉を待つように、静かになった。
「簡単だ。リレーはバトンがキモだから、息が合っている国枝君の方が、俺にとっては都合がいい」
「その理屈だと、大沢君と三木谷君は駄目なんじゃない?」
「だから、作戦を練る。トップはヒロ、お前が走れ」
ヒロの方を見ながら言ったら、ヒロは当然だと頷いた。
「俺が一番目を走って、超独走して次に繋げば、バトン渡しが多少もたついても問題無いっつう事だな」
「そんな無茶苦茶なのが作戦の訳がないじゃな」
「流石だヒロ、その通りだ」
「えええええええええ!!!?」
ヒロに突っ込んだ遥香が、俺のまさかの肯定に慄いた。
「三木谷君、第二走者、頼めるか?」
「大沢が独走するのなら、もたついてもいいのなら、気が楽だしな。それでいいよ」
三木谷君が乗っかってくれた。こんな作戦とも言えない、特攻に。
「で、次は国枝君。喰らいついてくれさえすれば最下位でもいい」
「最下位でもいいって…」
何か言おうとした遥香を制して続けた。
「アンカーは俺。大丈夫だ。ビリからでもぶっちぎってやるから」
ヒロでもない、三木谷君でもない、国枝君でもない、遥香を真っ直ぐ見ながら言い切った。
推薦したのは俺だ。だから、俺が責任を取って、トップでゴールしてやる。
決意つうか責任つうか。
兎も角、俺の言葉に力強く頷く遥香。
「国枝君。お願いね」
「…うん。任せてくれ」
熱が伝わったのが解った程、熱くなった国枝君。
なんか拳を握って厳しい目になっている。メガネの輝きも増している。
様に思った。
「まあなんだ。俺がぶっちぎってバトンを渡す作戦なんだから、心配すんな」
見当違いなヒロが国枝君の肩を叩く。
無茶な作戦だが、つか、作戦ですらないけれど、これでいい。
バトンを落として大幅に順位を落とすよりは、息が合っている国枝君が一番落とすリスクが少ないだろうって程度の提案だったが、なんか全員燃えているし。三木谷君ですらも。
「さあて、先ずは100メートルだ。総合優勝の前哨戦で、全員トップでゴールするぞ!」
「「「おおおお!!!!」」」
このやり取りを見ていたクラスメイトも、なんか燃えている。俺の号令に雄叫びを上げる程。
他のクラスの人達がビクッとしてこっちを見たくらい、気合が入っていた。
そして開会式も終わり。
先ずは100メート走。トップはヒロからだ。三木谷君、俺の順番で走る。
気合が入ったヒロが円陣を組むよう、提案した。
俺は断ろうとしたが、同じく気合いが入った三木谷君が同意したので、仕方なく円陣を組んだ。
「いいか、この100メートル、全員トップ取るぞ…」
「さっき緒方が言ったヤツだな。解っている」
三木谷君は純粋にみんなの熱い思いに当てられて言ったのだろうが、ヒロは違う。
俺はさっき、応援席の方に波崎さんを発見したのだ。
目ざとい(波崎さん限定)のヒロは、簡単に見付けたのだろう。野暮な事は言わないでおいてやるけれど。
「つーかヒロ、お前が最初に走るんだぞ。お前がトップを取らなきゃ、この先のテンションがだだ下がりなんだぞ。全てはお前に掛かっているんだぞ」
程よいプレッシャーを掛ける俺。
「俺より速い奴がこの学校に居るか」
「陸上部の短距離なら普通に速いだろ。俺もお前より若干速いと思うけど」
「うるせえ!!無粋な事言ってんじゃねぇよ!!」
怒鳴られた。円陣組んでいるっつうのに怒鳴られた。
隣の三木谷君がうるせーな!!と、苦情を言うくらい、うるさかった。
「どうでも良いから早く行け。あとスタートラインに立っていないのはお前だけだぞ」
他のクラスは既にスタンバっていて、こっちを冷ややかに見ていた。
何熱くなってんの?体育祭程度の事に?ってな具合で。
そのテンションの儘体育祭を終えてくれたら楽なんだけど、他クラスも意地があるだろうからな。途中で熱くなって勝ちに来る場面が出て来るかもだ。
漸くヒロがスタートラインに立つと、息を付かせるまもなくピストルを上げたスターター。
ちょっとムッとしたが、遅延行為で失格になるよりはマシか。
パン!!とピストルが鳴ったと同時にダッシュをかますヒロ。
「大沢!!押さえろ!!逸り過ぎだろ!!」
三木谷君が真っ青になって助言するが、聞こえる筈も無く。
「三木谷君、ヒロの組で警戒する奴いるか?」
「陸上部は規定上いないけど、運動部なら全員だよ!!」
ABCD全て運動部!?そりゃちょっとやばいんじゃねーの!?
だ、だけどヒロもボクシングジムに通っている練習生。運動部連中に負ける筈がない…と思いたい!!
「そ、そうか。それじゃ仕方がない。三木谷君の組に警戒する奴は?」
ヒロは諦めよう。つうか、多分トップを取るからいいだろ。波崎さんも観ているし。
問題は三木谷君と俺の組だ。
「俺の組には運動部は居ないな…中学まで運動やっていた奴もいるだろうけど、解らないな…」
「じゃあ俺の組は?」
「……あー!!Cの奴!!サッカー部のフォワードだ!!俊足だぞあいつ!!」
「ほう、フォワードね…レギュラーなのか?」
「流石にレギュラーじゃないと思うけど、滅茶苦茶足が速かった筈だ!!」
じゃあそいつを警戒すればいいのか。
つうか、ヒロも最初のスタートダッシュを詰められて来ているな…
「逃げ切れヒロ!!じゃねーと、波崎さんにカッコ悪い所を見られる事になるぞ!!!」
俺の激が届いたのか、はたまた自分でもそう思ったのか、歯を食いしばり、腕を振る!!
そしてゴールのテープを一番で切ったのは、ヒロだった!!
「よっしゃあああああ!!!よくやったヒロおおおおおお!!!」
ハイタッチ宜しく、駆け寄る俺と三木谷君。ヒロはゼーゼー言いながらも応じた。
「ぜー!!ぜー!!楽勝だこんなもん!!」
パチンパチンとタッチの音に混じっての強がりだった。
「すげえぞ大沢!!運動部だらけの第一走者でトップとか!!」
興奮しながらの三木谷君の称賛。やはりヒロはゼーゼー言いながら答えた。
「ぜー!!ぜー!!超絶可愛い大天使の彼女に、無様は見せられねえからな!!」
言って観客席に目を向けて手を振るヒロ。それを視線で追う俺達。
そこには立ち上がって両手を振っている波崎さんの姿があった。
「………大沢、あれ彼女か?」
「ぜー!!ぜー!!その通りだあ!!滅茶苦茶可愛いだろ!!!」
三木谷君の肩を組んだヒロだが、力任せに払い除けた。
「な、なんだ三木谷?一緒に波崎に手を振ろうぜ」
「……大沢、お前あんな可愛い彼女がいたのかよ…」
俯いて、打ち震える。三木谷君って恋人いないのか…ヒロよりいい男だと思うけど…
そして其の儘、独り言のように呟いた。
「緒方も槙原と付き合っているんだよな…あの巨乳、お前のなんだよな…」
「い、いや、確かに俺のだけど……」
「槙原も結構可愛いよな…なんだお前等?勝ち組か?バレー部には彼女は必要ないって言うのかよ……」
肩を落としてブルブル震え出したぞ……三木谷君も面倒臭い部類だったのか…
「ち、ちょ、三木谷、そろそろ二組目だからよ…」
「そ、そうだよ三木谷君、気持ちを切り替えてさ…」
言うと、肩を落としながらも、スタートラインに並んだ。
「……三木谷は駄目かもしんねえな…」
「……三木谷君、背が高いから、モテそうなんだけどな…」
あんま期待せず、つうか諦めて成り行きを見守る事にした。あの状態じゃなあ…
全く力強さが見えないし、相変わらずブルブル震えているしで……
しかし、俺達は誤った。
人間は時として、負のエネルギーで爆発的な身体能力を発揮する事がある。俺が復讐でボクシングを始めた結果を見れば解るだろう。
この時の三木谷君もそうだった。俺達は奇跡を見る事になった。
「マジか三木谷!!!」
ヒロが仰天して叫んだ。
「スゲェ三木谷君!!!」
俺も興奮して、グーを握って腕を振りまくった。
三木谷君が号泣しながら、トップでゴールを切った!!
そこまでならまあいい。問題は二位との差。
「5馬身差じゃねーか!三木谷君!!圧倒的だったぞ!!」
称える為に駆け寄った俺達。クラス中からの歓声も凄かった!!
「ぜー!!ぜー!!ぜー!!」
ゼーゼー言いながら涙を拭う。ちょっと締まらないが、充分カッコ良かったぞ!!
つうか彼女がいないだけで、此処まで身体能力が爆発するもんなのか?
「ぜー!!ぜー!!緒方ぁ!!次はお前だぁ!!精々無様は晒すなよ!!!」
「え?う、うん…」
なんか物凄い形相で睨まれながら言われたが…
まあいい。兎も角、俺もトップを取って来るか…
なんてったって、言いだしっぺだしな!!
スタートラインに立つ俺。
「ダーリンがんばってー!!!」
遥香の応援がやけに通る。
「緒方君!!全員トップだよ!!!」
任せとけ、国枝君。
「緒方くーん!!明人がくだらねえ事でも負けんなって!!!」
これは黒木さんか。つうか木村がそんな事言うのか?
「頑張れー緒方くーん!!!」
この声援に吃驚して振り向いた。俺だけじゃない、Cクラスのサッカー部のフォワードとやらも。
「おい楠木!!!同じクラスの俺を応援しろよ!!!」
そう、声援は楠木さんだった。気持ちは嬉しいけれど、マズイだろ!!
「えー!?だってアンタ、付き合え付き合え鬱陶しいから、同じクラスでも応援したくない!!私って彼氏いるっつってんのに!!!」
「この場ででかい声出して言う事じゃねえだろ!?」
なんか公衆の面前で振られている。気の毒だ、心からそう思う。
「隆ー!!振られ野郎に負けんなよー!!!」
ヒロの煽りで会場が笑いに包まれた。そして、当然のようにCクラス走者が、顔を真っ赤にして怒りを堪えた。
「…緒方…有名だぜ、お前。不良を見たら、問答無用でぶっ叩く狂犬だってな…」
煽ろうとしているのか何なのかよく解らないが、「そう?」と逆に訊ねる形を取った。
「その調子で俺もぶん殴ってくれれば、俺の不戦勝になるんだけどなぁ?」
「いや、この競技ってクラス対抗戦だろ?俺が失格になっても、他のクラスの選手がいるじゃねーか?」
「………」
なんか俯いちゃった。煽ろうと思って発したが、超正論で論破されて、何も言えなくなったって事だ。
「あー、えーっと、お前、楠木に告られただろ?中庭で。あいつって、目的の為なら簡単に股開く…」
「そんな女に告ったって事は、バリバリ身体目当てって事か?」
「………」
真っ赤になって俯いちゃった。図星を突いたようだ。
「言っておくけど、楠木さんには、ちゃんとした彼氏が居てだな…」
「……うん、聞いてる…東工生だろ…」
聞いていながらも何回も付き合えって言ってんの?隙あらばって事なのか?
「えっと、言っておくけど、彼氏の生駒は、西高の木村と同じくらい強いぞ?楠木さんにストーカー認定されたら、間違いなく死んじゃうぞ?」
「え!?西高の木村と同じくらい!?」
今度は真っ青になった。ホント木村って名前は抑止力になるよな。緒方もだけどさ。
「ついでに言っとくと、ウチのクラスの黒木さん…」
「う、うん…その木村と付き合っているとか何とか…」
頷いて、次に進む。
「その黒木さんと楠木さんって友達になったんだよな。だから、簡単に話は通っちゃう」
真っ青からガクブルになった。マジで隙あらばを狙っていたのか?だったら普通に俺がぶち砕くんだけど。
「緒方くーん!!そいつって槙原さんにも声かけた事あるんだってー!!!」
Cクラスから楠木さんの通る声。ガクブルがより一層激しくなった。
「遥香は可愛いからな。俺からかっさらおうって考える奴がいても不思議じゃない」
「へ、へえ…ず、随分余裕だな…俺も結構モテるんだぜ?取られるかもって思わないのか?」
やはりガクブルしながら聞いてくる。つか、自分でモテるって。確かにイケメンの部類に入るんだろうけどさ。
「遥香が俺より好きになる奴がいる筈がない」
生涯処女を通して死んでいったんだぞ?そんな重い愛を捧げられる奴が他にいると思うかよ。
言い切った俺に面食らうCクラス走者。だが、これ以上構ってられない。スターターがピストルを頭上に掲げたのだから。
「せ、せめてこいつに100メートルに勝つって…」
クラウチングスタートの構えを取る。勿論俺も。
勝ってカッコ良い所を見せたい、もしくは俺を負かしたい、か?
残念だけど、それは無理だな。
100メートルは全勝と、みんなに誓ったんだからな!!
パン!!と渇いた音が鳴ったと同時に、俺は地を蹴った。
Cクラスが一番警戒すべきなのは聞いたけど、これはクラス対抗。全員敵だ。
なので脇目も振らずに腿を上げる。腕を振る。
「おおおおおおおお!!!」と、やけに歓声が耳に入るが、気に留める事無く、ゴールテープをただ目指す。
俺の前には誰もいない。影すら見えない。
よって、目標通りに、一番にゴールした!!
「おおおおおおおおお!!緒方すげええええ!!!」
スゲエってなんだ?結構な差を付けたのか?
肩で息をして振り替える。
ちょっと解らなかったが、二位以下を引き離してのゴール。最も警戒するべき筈のCクラスは、何と最下位。
なんでそうなった?不思議に思いながらも自分のクラスに帰ると、頭やら肩やらを叩かれて、手荒い歓迎を受けた。
「スゲエよ緒方!!圧倒的じゃねえか!?」
「はー!!はー!!三木谷君、圧倒的って、どのくらい離していたんだ?」
「7馬身差だ!!マジすげえよ!!」
なな?そりゃあ…自分でも出来過ぎだが…
「Cクラスは?なんで最下位?」
「あー…あいつ、スタートでコケてさ。すぐ立って走ったけど……」
………なんかコメントに困った。だから「そう…」とだけ言った。
もみくちゃになりながら、状況を三木谷君に説明して貰っている最中、人垣を押し退けて前に来たのは、我が彼女さん。
「凄いじゃない!!圧倒的な大勝利じゃないー!!!」
なんか抱き付いて来たー!!
おっぱい当たって気持ちいー!!周りから「おおー!!」とか「きゃー!!」とか聞こえて来るから、恥ずかしいんだけれども!!
「しかも原井田、コケちゃったし!!」
Cクラスのサッカー部は原井田と言うのか。
気になってCクラスをチラ見する。
原井田君は、誰からも話し掛けられず、何と言うか無視されて、隅っこで体育座りをしていた。
「コケたからって、あんな仕打ちしなくてもいいだろうに…」
未だ抱き付いて離れない彼女さんが違う違うと教えてくれた。
「原井田はね、自分はモテるって勘違いしてね。まあ、部活でキャーキャー言われたからなんだろうけど、それで鼻高々になって」
ああ…調子に乗ってしまったのか…
「私にもさ、いきなり腕を掴んでさ、「俺と付き合えよ」とか、カッコつけて言っちゃって」
「そりゃ…痛いが、だからって、あそこまでハブにする事は…」
「カッコ良い感じで私に言った時に、二股かけていたのよねー。私を三人目にしようとしたらしいのよねー」
ああ、クズ野郎か。だったらいいや。何でも。
「クラスの男子をあからさまに見下しているしね。「ブサメンが学校くんなよ」とかさ」
ああ、どうしようもないくらいなクズ野郎か。だったらいいや。どうでも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます