体育祭~002

 結構な時間、喫茶店で喋った。吉田君とは文化祭で縁を持つ予定だったが、前倒しで連絡先をゲットした。

「じゃあな緒方。今日はごっそさん」

「さようなら緒方君。明日DVD持って来るよ」

 赤坂君と吉田君は駅に向かう。

「……私、これからバイトだから…」

「あ、うん。頑張ってね春日さん」

 ぺこりとお辞儀をして商店街に向う春日さん。国枝君は途中まで送ると一緒に向った。

「じゃ、私も帰ろっかな。明人が迎えに来てくれたらいいんだけど」

「あ、じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ。私二学期が始まったらバイトしようと思っててさ、今日面接なんだ」

 黒木さんと楠木さんも駅に向かった。赤坂君達と一緒に行けばいいのに。

「……で、お前等は当然残ると」

 遥香とヒロを観ながら言ったら頷いた。

「つうか俺ん家こっちだろうが。普通に帰るんだよ」

「私の家もある意味こっちでしょ。将来の旦那様の実家なんだし」

 俺は突っ込むのも面倒だからとただ頷いたが、ヒロの慄いた顔は忘れない。

『マジで言ってんのかこいつ?』ってな表情と、『羨ましい、死ねばいいのに』ってな表情が入り混じっていた。

「冗談はさて置いて、麻美さんの家に行くのよ。お誘い受けちゃったから」

 麻美が遥香を呼んだ?修羅場とかになんない?

「私もちょっと先走っちゃったから、ちゃんとごめんも言いたいし」

 言ったんじゃねーの?波崎さん家にお泊りに行った時。言ってねーのかな?だったら言わなきゃな。

「そうか。じゃあヒロ、俺ん家来るか?今日ジムに行くんだろ?」

「そうだな…じゃあ隆、お前ジムまで送ってくれよ。折角バイクもあるんだし、槙原乗せまくって少しは慣れただろ」

 確かに遥香を乗せ捲ったが、今日も麻美にアッシーにされたが、お前を乗せるのはなぁ…

「あはは~。露骨に嫌そうな顔しているねダーリン」

 やべ、顔に出ていたか。俺って素直だから、直ぐ顔に出るらしいからなぁ。

「文句言わずに乗せろ。じゃねえと、緒方隆は女しか乗せないスケベ野郎だと学校中に触れ回るぞ」

「嫌な奴だな…解ったよ」

 いつかは後ろに乗せる事になるんだ。丁度いいと言えば丁度いい。

「あはは~。良かったね大沢君。じゃあ途中まで一緒に行こう」

 ぎゅうぎゅうと腕を絡めながら。俺はいつもの事だから普通に歩いたが、ヒロの慄いた顔は忘れない。

『こいつ等マジか!!羨ましい。死ねばいいのに』と、『俺も波崎とイチャラヴしてえ!!!』ってな表情が入り混じっていたのだから。

 いい感じに汗を掻き、帰路に着く。やっぱりヒロを後ろに乗せて。

 家に着いたが、ヒロも家に入ってくる。なんで帰らねーんだコイツ?

「あー、今日もしごかれたなー。隆ー、茶くれー」

 座布団にどっかと腰を降ろしての催促であった。

「帰って家で死ぬほど飲めばいいだろうに…」

 ブチブチ言いながらも用意する優しい俺。

「おら、お茶でいいだろ」

「おう」

 受け取って、まさに流し込むように一気飲みするヒロ。相当喉が渇いていたんだな。

「はあ~……じゃ、行くか」

 飲んだら速攻で帰るのかよ。やっぱ家で飲めばよかっただろうに。

 腰を上げたヒロが、俺を怪訝な目で見つめる。

「何やってんだ隆?早く行くぞ」

「はあ?お前まさか家まで送れとか言うのかよ?」

 ふざけんなよ。近いんだから、歩いて帰れよ。

 そう思ったが、逆にヒロが「はあ?」と不快に返した。

「阿部の所に行くんだろうが?お前、休み明けに速攻で動くとか言ってなかったか?」

 ………言ったような気がするが…え?お前も来るの?俺は一人で行こうとしていたんだけど………

「……その顔はなんでお前も来るんだ?って顔だな?」

 そう思ったので、素直に頷いた。

「お前、阿部を目の前にして、まともに話せるのか?」

「………多分大丈夫…」

 神尾と武蔵野相手にもちゃんとやれたんだ。阿部相手でも大丈夫だろう。多分。

「じゃあ、万が一、阿部が協力を断ったら、お前どうするつもりだ?」

「そんなモン、ぶち砕いてスッキリするに決まってんだろ」

 はあ~~~~~…と、大袈裟過ぎる程の溜息をついて、これまた大袈裟過ぎる程肩を落としたヒロ。

「お前がそんな様だから付いて行くっつってんだ」

「はあ…いや、有り難いっちゃー有り難いが、逆にお前はどうなんだよ?阿部が協力を断ったらどうすんだ?」

「程よく痛めつけて気を変わらせる」

「同じじゃねーか!!」

 いや、俺よりも若干マイルドだけど、結局は同じ!!!

「馬鹿。全然ちげーよ。お前はスッキリする為に、俺は協力を力付くでさせる為にだ」

 そう言われると………そう………なのか?

 多分全く同じなんだろうが、ヒロの言う通り、違うような気もするし……これは悩むところだな…

 ともあれ、阿部の家の前に向かう、中学時代乗り込んでぶち砕いたから、楽勝で家は解るし。

「つうか久し振りだな。阿部の家もよ」

 感慨深いとヒロ。どう考えてもいい思い出は無いと思うのだが。

 ところで阿部の家は一戸建てなのだが、近くに墓地があり、なかなか雰囲気がある。

 こっちの俺もそうだろうが、よくその墓地に引っ張り込んでぶち砕いたもんだ。

 ともあれ、阿部の部屋を観察する俺達。電気が点いていないので、まだ帰っていない。

 いないと言う事は、普通に夜遊びで帰って来ない事も予想される。

「どうする?張るか?」

「う~ん………慣れっことはいえ、怠いのには変わらないからなあ…」

 付け狙っている時は、それこそ何時間でも張っていたが、今はなぁ…修羅道脱却に勤しんでいる訳だし。

「今日の所は帰るか………」

「おう。いや、ちょっと待て。此処の近所に確か……」

 俺より先に歩き出すヒロ。俺は当然後を追った。

 その家は阿部の家から数件隣りの家。番犬にもならないレットリバーが尻尾をパタパタ振ってのお出迎えだ。

「ヒロ、ここは?」

「いっこ上の友坂の家だ」

 友坂?はて?誰だそれ?

 首を捻っている俺にヒロが呆れて喋った。

「中学時代、お前のボコッていたのは、阿部達だけじゃねえだろ」

「ああ、その他の糞か。つってもあの5人以外に興味が向かなくなったから、他の糞はどうでもよくなったんだけどな。少なくとも俺は。こっちの俺はどうか解らないが」

 麻美がそれとなくそう誘導したような感じだったが、そこはまだ触れないでおこう。

「んで、その他の糞がどうした?ぶち砕けばいいのか?」

「他の奴等は俺がやったからもういいだろが。友坂にも話が来ているかもって思ってよ」

 成程、ついでに情報収集しようと。ヒロの分際で結構な頭の回転だ。

 ヒロが何の躊躇いもなく呼び鈴を押すと、ドアが開いた。

「はい。あら?」

「こんばんは。友坂君いますか?」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 普通に呼びに行くお母さんらしき人。この光景も最初阿部達の家を訪れた時に、俺がよくやった手だ。真正面から親に呼んでもらうと。

 虐めしている連中だから、親にはバレたくないと、渋々ながら素直の応じてくれたもんだ。

 回数を重ねるごとに、親御さんにも警戒されて居留守を使われるようになったが。

 帰ってきた息子がボロボロになっていれば、そりゃそうなるよな。

 暫く待って出てきた友坂先輩。ヒロの顔を見て非常に吃驚していた。

「お、大沢じゃねえか…な、なんか用事か?」

 此処でヒロが身体を避けて俺を見せる。友坂先輩の顔色が瞬時に悪くなった。

「お、緒方まで………!!」

 ガクガクと震えちゃった。もうちょっとで膝が付きそうになるくらい。

「友坂先輩、久し振りに話さねえ?コーラくらいは奢るからよ」

 後ろから外の方に親指を向けて言うヒロ。

「え!?お、おお……い、いいけど………」

 俺をチラチラと見ながらの了承だった。断ればこの先どうなるかを予想しての了承だろう。

 そんで俺達は友坂先輩を挟んで(逃げられない様にだ)墓地に向かう。途中、約束のコーラをヒロが買った。俺のコーヒーは自腹だ。

 墓地のちょっとした芝生に腰を降ろすヒロ。友坂先輩にコーラを投げ渡す。

「大沢…な、何の用事なんだ?お、緒方…ひ、久し振りだな……つっても、お前に名前はちょくちょく聞くから久し振りって感じはしねえけど………」

 ビクビクしながら訊ねてきた。なんもしねーし、する気も無いんだけど、まあいいや。

「つうか、俺の名前をちょくちょく聞くのは何となく想像できるけど、ヒロはどうなんだよ?こいつも俺に負けず劣らず暴れているんだけど」

「え?あ、うん……俺東工だからよ………その…佐伯の事とか、生駒の事とか……」

 ああ、東工関係は確かに俺がメインだな。そりゃ名前を聞く機会が増える筈だ。

「つうか佐伯はどうなったんだ?今までの仕返しの連中とか、暇つぶしの西高生がいっぱい見舞いに行っている筈だけど?」

「俺もよく知らねえ…関わりたくないからな…佐伯だけじゃねえ、安田にも阿部にも………」

「関われば俺にぶち砕かれるからか?賢明な判断だな糞」

 嫌味を言ってやったら項垂れた。どう転んでもお前も俺の敵だっつうのに、関わらない様にとか、アホだなこいつ。

「まあいいだろ隆。友坂、折角買ってやったんだからコーラ飲めよ。温くなったら不味くなるだろ」

 コーラを勧める優しいヒロ。俺にもコーヒーを奢ってくれても良かろうものだが。

「あ、ああ…うん。用事を聞いてから飲むよ…」

 とてもじゃないが、コーラなんか喉を通る状況じゃないからな。そこは納得してもいい。

「じゃあ本題に入らせて貰うか。お前等の中で、未だに須藤と連絡を取っている奴いるか?」

 若干だが安堵したように緊張がほぐれた。ぶち砕きに来た訳じゃないと此処で知ったようだ。

「須藤と?少なくとも俺とダチは知らねえ。他の連中はどうか解らねえけど…」

「東工でちょっと前におかしな女が現れたらしいじゃねえか?」

「え?一瞬だけ出てきた女の事か?ヤバイ奴等が後ろに居るっつう?」

 此処までは佐伯の証言と一致する。そこからは踏み込んだ話は出て来なかったが……

「薬の売人まがいしていた女だろ?宮城の女だっけ?」

「宮城?なんでそう思った?」

「思ったつうか…東北から越してきた奴が言っていたんだよ。あの方言は宮城に似ているって。新潟にも似ているっつったか?」

 語尾に『ちゃ』が付くとか何とかの方言だったか。そうか、遥香も東北とか言っていたからな。宮城は東北だ。新潟は違うけど、近いから方言も似ているのか?

 じゃあ次の質問だとヒロが続ける。

「その女と一緒に来たヤバい奴等ってのは、ヤクザとか?」

「そこまでは…見た目がヤバい奴っているだろ?だから何とも……」

 まあそうだな。ただのチンピラかもしれないし。

「あの、俺からもいいか?お前等って隣町の黒潮の頭とも仲良いのか?」

「河内か?仲がいいってもんじゃねえな。なぁ隆?」

 振られて普通に頷いた。普通に友達だし。

「西高の頭とも…?」

「木村だろ。仲いいよ。なぁ隆?」

 また振られて普通に頷いた。普通に友達だし。

「大沢の方は解るけど…その、緒方は……」

 ああ、俺ってあんな奴等は見ただけでぶち砕いて来たからな。友達になったのが不思議なんだろ。

「お前等みたいな連中の中にも、まともでいい奴はちゃんと居る。勿論友坂さん、アンタは違うから馴れ馴れしくすんなよ?」

 取り入ろうと言う気配がしたので突き放した。これは友坂だけに限った事じゃない、木村にも河内にも言った事。

 俺はやっぱりどこまで行っても、この手の輩は大っ嫌いなのだから。

「解っているから心配しないでくれ…昔、お前に取り入ろうとして病院送りになった連中の中にも、俺のダチは居たんだから……」

 ほう、じゃあ見せしめは功を奏した訳か。良かった良かった。

「そりゃ良かった。つっても必要以上に脅える事は無いから。俺も言い加減お前等糞共を見かけただけでぶち砕くのにも面倒になったし、俺の前で糞ふざけた真似さえしなけりゃ何でもいい」

「お、おう…」

「ところで、他になんかないか?白浜に関わる事でも俺の事でもなんでもいい」

 聞いたら腕を組んで考え込んだ。一応真剣に話は聞いてくれてんだな、と感心する。

「う~ん………特にはなぁ…つうか、お前を知っている奴等は極力関わらないようにしているだろうから、どんな噂が流れようとスルーする筈だから…」

 込み入って聞かないし首も突っ込まないと。成程、納得だ。非常に納得だ。

「それに、稲田もあんま関わるなって言っていたし」

「稲田って?」

「えっと、佐伯がお前の女を拉致った時に協力した奴だよ。黒潮の頭に協力した流れでだったか?」

 ああ、過度の期待はすんなと言ったからな。お互い関わらない方が平和でいいのは違いないし。

「そうか。聞きたい事はもう無いから、帰っていいぞ。コーラは持って行け」

 呼び出して随分な言い方だなと思ったが、わざわざ送って行くこともあるまいと、ヒロの言葉に同意した。

「あ、うん。解った。緒方、あの時は…」

 謝罪しようとしたので、手を翳して制した。

「いい。俺は許すつもりは無いから。だけど、謝罪の意志はあったと、ちゃんと覚えておくよ」

「………そうか…じゃあ…また何か聞きたい事があったら、家に来てくれても構わないから…」

 そう言って友坂は帰って行った。俺達はその後ろ姿を見送る形を取った。

 完全に姿が見えなくなった頃、ヒロが腰を上げた。

「また阿部の家に行ってみようぜ。帰っているかもしれねえからな」

 それに同意して阿部の家を目指す。

 だが、俺達は墓地から出る事は無かった。

 阿部が墓地の入り口で立っていたのだから。

「お、おい隆。これは思わぬ展開だぜ」

 全く予想していなかった展開に、ヒロがちょっとパニックになっている。持っているコーラが噴き出しているのがその証拠だ。

 だが、ヒロの気持ちは解る。阿部は完全に俺達を待っている体だったのだから。

「……取り敢えず行ってみよう」

 ヒロの同意を待たずに、阿部に向かって歩く俺。そしてパンチの間合いで足を止める。

「……久しぶりだな緒方。俺に何か用事か?」

 強気な口調だが、ビビっているのが解る。若干腰が引けているから。

「…用事があるのは確かだが、なんでお前が此処にいる?」

「さっき俺ん家に来ただろ?擦れ違いで帰って来ていたんだよ。で、ちょっと後を付けさせて貰ったって事だ」

 なんだ、じゃあちょっと待てばよかったな。友坂から話も聞けたから別にいいんだけど。

「で?用事は須藤と連絡を取っているか、か?俺は取っちゃいない。それとも、東工に現れた女の事か?それは全く知らない」

 軽く言ったが、確かにそうだろう。その件に関しては阿部を疑う必要はない。なので普通に頷いた。

「……簡単に信用していいのか?お前が嫌いな奴だぜ俺は?」

「それは既に木村にも聞かれたんだろ。木村が俺に何も言わないって事は、本当だって事だ」

 驚愕した表情に変わったのが解った。

「今でもちょっと信じらんねえけど…ホントに木村とダチになったんだな」

 そう言って入り口付近の歩車道ブロックに座る阿部。

「じゃあ何の用事だ?殆どは神尾から聞ける筈だから、わざわざ俺の所に来た理由も教えて貰いたいもんだが」

 座ったと言う事は、逃げも隠れもしないとの意思表示。それをわざわざ示しての質問。

 俺相手に下手を打つと碌な事にならないからか?それとも、真面目に、真摯に協力しようと言う事か?

 最後の繰り返しの時、阿部は他の連中よりも協力してくれた。わざわざ俺にメモを渡しにも来てくれた。

 そこそこ信用してもいいか?いや、あの時は麻美が死んでいたから、自責の念に苦しめられていた。今とは状況が違う。

 なので、一番聞きたい事を訊ねる。

「お前、俺と朋美、どっちに付く?」

「はあ?須藤は京都に行ったんだろ?どっちに付くも何も……」

 流石に面喰った阿部。そりゃそうだ。意味が解らないだろうから。だが、ここを答えて貰わないと、先には進めない。

「いいから答えろ。俺と朋美、どっちに付く?」

 凄みを利かせて訊ねた。阿部が若干退く程度だが。

「おい隆、そんな事言ってもよ、何の事かさっぱりだろ?」

 ヒロの言う事も百も承知だが、阿部に繰り返しの事を言う必要も無いし、言いたくない。

「……朋美が遠い京都から何やら仕掛けてきている様な気がするんだよ」

「うん?それが本当だとしても、結局は京都に居るんだろ?何が出来るって言うんだ?」

「勿論報復の為だろ。あいつは狂人なんだぞ。どんな手を使っても何かしようとする」

 考え込む阿部。俺の言った事に共感しているようだ。

「で、お前は俺と朋美、どっちに付く?」

「……お前は地元で須藤は京都。考えるまでも無い。ぶっ叩かれて何度も土下座したトラウマもある。これ以上お前を敵に回す度胸は、俺には無いよ」

 やや軽い感じがしたが、それは本心だろう。俺を敵に回せばどうなるか、身を持って知っている連中の一人だ。

「そうか。じゃあ俺に付くんだな?」

「わざわざ確認を取るか?信用できないだろうからな。だが、して貰う。お前は木村とも繋がっちまったし、東工の人殺しともダチ、黒潮の頭ともダチ。向こうに付いてもメリットが乏しいばかりか、デメリットばかりが目立つからな」

「朋美に付いたとして、メリットは何だと思う?」

「金だろ。それ以外あの女に提示できるメリットは無い」

 そこまでハッキリ示したか。じゃあそこそこ信用していいだろう。

「じゃあ頼みがある」

 言おうとしたが、それより先に、手を翳して続きを止めた。

「なんだ?」

「ヤバい事はごめんだぜ?須藤は居ないが、それ以外はまだあるからな」

「それ以外ってなんだ?」

「須藤建設にパチンコ屋。あとレストランもあったか?須藤組は確かに解体したが、未だに須藤の親父の財源だ」

 そうか。お前は用心深かったからな。そこまで心配してんのか。

「……頼みと言うのは、安田から情報を引き出す事だ」

「……親父が須藤建設だったな、そう言えば。成程、お前の現在の情報を須藤に流しているのが安田だと」

 頷く。そして付け加える。

「まだ疑惑も疑惑。全く根拠も無い、単なる可能性だけどな」

「……だけど、心当たりがある。そうだろ?」

「気のせいかもしれないけどな」

 また考え出す阿部。あっちウロウロ、こっちウロウロと歩き出す。

 そしてピタリと止まって俺を見た。

「いいだろう。安田の件、引き受けた。だが、タダじゃ勘弁だな」

 阿部がそう言ったと同時にヒロが胸倉を掴んだ。結構なキレ顔で。

「おい阿部…お前、隆から金取ろうってのか?中学時代、あんなふざけた事をしておいてよぉ…」

 阿部は苦しそうな顔をして、締めつけられた胸倉を強引に振り解いた。

 ヒロも一応手加減してやってんだな、と感心した。じゃなきゃ、阿部如きがヒロの力を振る解ける訳がない。

「金を取ろうなんて思っちゃいねえよ。神尾のように安全な場所に居させてほしいだけだ」

 咳をしながら、涙目で。結構強く締め付けていたのかよ。

「安全な場所って言ったって、木村の下に付いているんだったら問題は無いだろ?それとも木村の言葉を無視するつもりなのかよ?」

「そうは言わねえし、思ってもいない。ただ保険が欲しいだけだ。俺のトラウマは知っているだろ?」

 俺にやられない為の保険?そんな保険掛けなくても、やる気は無いんだけど。

「それでいいのならいいけど、最低限の条件は……」

「南女にちょっかい出すな。コスプレファミレスに近寄るな。お前の前でふざけた真似はするな。だろ?」

 既に神尾から聞いているのか。だろうな。恐らく安田も聞いているんだろう。

「じゃあ取引成立だ」

 快く……かは解らないが、一応了承した。

「そうか。そりゃ助かる。これで脅えて過ごさなくても良くなったんだからな。わざわざ連休に地元から離れる必要も無くなった訳だ」

 マジで安堵して胸を撫で下ろした阿部。つうか、ちょっと待て。

「お前夏休みにツーリングで居なかったのは、俺とかち合わないようにする為か?」

「半分はそうだ。神尾も連休にかち合っただろ?尤も、神尾にとっても俺達にとっても、それは僥倖だったけど、俺は用心深いんだよ」

 確かにそうだったな。臆病とも取れるが、リスクを激減させる為に地元に居ないってのはいい手だ。俺相手には。

「安田にはさり気なく聞いておく。解った時の為に連絡先交換しておくか?」

 むーん……既に神尾と武蔵野の連絡先をゲットしているからいいんだが、何となく面白くないな…

 とは言え、このまま駄々をこねる訳にもいかないので、素直に交換に応じた。

「えっと…大沢、お前は?」

「ああ?まあ…いいか…」

 ヒロとは別に必要ないと思うが、ヒロ自身もそう思っているのだろうが、一応交換した。

「確かに。じゃあ今日の所は……」

「だな。解ったら連絡してくれ」

 そう言って別れた。友達じゃねーんだから、雑談の必要は無いし。

 そして俺ん家に………って。

「お前帰らねーのかよ?」

 何故かヒロが家に付いて来た。普通に帰ってもいいだろうに。

「なんとなく、気持ちが急いでいるっつうか…」

 その気持ちは何となく解るけど!!安田から情報を引き出してからの連絡待ちだろ!!今から逸ってどうすんだ!!

「それに、体育祭も気になるしな」

「なんで体育祭が気になるんだ?」

 お前がコケて無様を晒してくれるのなら俺も気になるけれど、普通に楽しめばいいじゃねーかよ。

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