夏休み~006

 取り敢えず南大洋第四中とやらの学区内に移動する。

 此処でそれらしい奴をとっ捕まえて、大雅って奴の事を聞けばイケるんじゃね?俺とヒロって結構そんな事やって来たから、慣れたもんだし。

「それって喧嘩売りに来たって誤解されるんじゃね?」

 河内の弁である。それは会った時にちゃんと話して誤解を解いてだな…

「緒方君、それはちょっと困るよ。その人から話を聞かなきゃいけないんだし」

 国枝君に却下されたんじゃ、俺は何も言えん。

「で、木村、どうするんだ?」

 俺の代わりに生駒が今後の展開を訊ねた。偉いぞ生駒。

「学区内での人探しは、確かに河内の言った通りになるかもしれねえな。俺達はそれでもいいが、国枝が困るだろ。だから別の手で行こうか」

 流石木村だ。別の手を考えているとは!!

 素直に驚嘆しよう、木村の切れ者っぷりを!!

「第四に行く。今は夏休みだが、部活の連中は居る。当然剣道部もいるだろう?」

「そうか、後輩に住所を聞こうって事か!!」

 後輩がいない俺には考え付かない事だ!!俺も後輩が欲しくなったぞ!!

 …後輩がいたら、こんな感じで捜されんのか…やっぱいらないな。修羅の道はあまり歩みたくないから。うん。

「生駒、第四って知っているんだろ?案内頼むぜ」

 一応カッコつけて生駒に促した。しかし、ヒロがちょっと待てと、それを止める。

「お前を狙っている奴もいるんだろ?しかも、ここはお前の地元に近い」

 ああ、生駒の過去に気を遣ったのか。白い目で見られるんじゃないかと。

「別に?さっきも言っただろ?後悔はしていないって」

「狙っている奴に遭遇したら?」

「そりゃあ…やるだろ」

「お前も大概だな…」

 ジト目のヒロだが、別に止める訳でもなく。

「じゃあ行くか」

 河内の号令で全員バイクに跨った。因みに今回、ヒロは国枝君の後ろだ。

 その第四中には直ぐついた。10分くらい走ったか。

 グランドには野球部と陸上部らしい中学生が、青春宜しく汗を流している。

「剣道なら体育館だが…」

 いくら夏休みだと言っても、勝手に校舎に入るのは憚れる。

「じゃあ俺が行って来る」

 この中では国枝君に次いでまともに見えるであろう河内が名乗り出た。

「じゃあ俺も…」

「お前は駄目だろ木村。強面はビビらせて終わりだ」

 河内の駄目出しだった。納得して大きく頷いたのは俺。

「言う程強面じゃねえだろ」

 苦笑いしながらも退いた。自覚はあるんだな。

「つう訳で緒方、付き合え」

 ……俺?いや、別にいいんだけど、何故俺を指名する?

 目つきめっさキツイんだぞ?中学生を怖がらせないか?

 ともあれ、河内に付いて行き、校内に侵入。ヤベェ。めっさドキドキするんですけど!!

「水泳部も練習しているな…水着の中学生でも見て行くか?」

「本心としては見たいが、早く出て行きたいからいい」

 俺は断った。文面からでも理解して戴けるだろ?断ったと。

 だが、俺は河内に引っ張られて、何故かプールに居る。

「おおー!!見ろよ緒方!!あの子おっぱいすげえぞ!!」

「馬鹿!マジでやめろ!!」

 本心で言った。マジ恥ずかしい!!

「えー?じゃああっちのツインテの子はどうだよ?めちゃ可愛いだろ?」

「何がじゃあなのかは解らんが、確かに可愛いな」

 遥香には劣るけどな。あいつ、俺の心を読むから、常にこう思っていないと。

「おい、プールに用事は無いだろ。もう出よう…って!?」

 吃驚したのなんのって!!河内がプールに乗り込んで、そのツインテちゃんに声をかけたんだから!!

「なあなあ。ちょっと聞きたいんだけどさ、部活終わるの何時?」

「え!?あの、ここ学校のプールで、部外者は立ち入り禁止なんですけど…」

 ナンパしてやがる!!なにやってんのあいつ!?教師に見つかったら警察に通報されるだろ!!!

 その後もしつこく外に誘おうとする河内。年上なのは見た目でも解るようなので、他の中学生達も注意をしてこない。

 こいつ、女受けする顔だが、モテない理由が解った。しつこいし空気読まないからだ!!

 つか、マジで此の儘じゃ我が身も危うい。具体的には社会的に。

 なので河内を無理やり引っ張ってプールから出た。

「緒方!!これからだってのに邪魔すんなよ!!」

「黙れ。これ以上迷惑を掛けるな。俺に」

 一応通報されないように謝罪を述べる俺。

「ごめんな、怖かっただろ?悪い奴じゃないんだけど、バカなんだ。許してやってよ?」

「バカってなんだ!!」

「黙れ。ぶち砕くぞ」

 ガチで凄んだ。流石に押し黙った河内。キレる一歩手前なのを察したのだろう。

「…かっこいい…」

 ツインテちゃんが頬を染めて呟いた。

「はぁああああ!!おおおい緒方!!お前ふざけんなよ!!なんでお前にフラグが立つんだ!!!」

 俺の胸倉をつかんで揺さぶる河内。

 好感度っつったって、お前に困っていたのを止めた形になったんだから、勘違いしちゃうのもあるだろうに。

 つうかお前の自業自得だろ。それよりも、通報しないようにお願いしなくちゃだ。

「悪いけど、早々に帰るから、この事は内緒にして貰えるかな?」

「は、はい!!あの、でも、えっと…」

 なんかもじもじしているツインテちゃん。部活仲間と言うか友達と言うか、兎も角女子数名がツインテちゃんにこそっと話した。

「ねえねえ…あの人カッコ良くない?あっちのパーマの人は変態っぽいから嫌だけどさ…」

「そうそう、部活終わるまで待って貰ってさ…」

 ……なんか中学女子に遊びに誘われそうな雰囲気だ。

「あ、あーっと、河内、早く体育館に行こう。教員が来る前にズラかなきゃ」

 早い所プールからバッくれなければ我が身が危うい。具体的には彼女さんに殺される。

「お前ふざっけんな!!なんでお前ばっかがフラグ立つんだ!!行きたきゃ勝手に行け!!」

 ぐずるなよ、糞面倒だなあ…

 なので俺は努めて冷静に言った。

「黙れ。ぶち砕くぞ」

「ああ?やってみろ…あ、いや、うん……」

 結構ガチにキレて来た俺を察したのか、河内が怒りを鎮めた。

「やっぱ凄いよあの人!!かっこいい!!」

「ねえ!?やっぱり部活終わるまで待って貰おうよ!!」

 駄目だ。何もしていないのに、連れが連れだから好感度ばっかり上がってしまう。

 なので早々にバックれた。愚図る河内を置いて。流石に追って来たので、これ以上女子中学生に被害はいかない筈だ。

 体育館は直ぐ目に触れる位置にある。だが、人目を避けなければいけないので、気を窺って接近する事にした。それまでは何かの陰に身を隠してだ。

「緒方ばっかり…こいつ何もしていないのに…俺ばっか努力していたっつうのに…」

 この行動中、このように、さっきからうるせー。

「努力って、あれを努力とは言わねーだろ。嫌がらせだあれは」

「嫌がらせだ?あんなに親しげに、楽しく話していたってのに?」

 こいつ、根本的に間違っている。迷惑だっつってんだろ、それが。

「大体お前、女が居るじゃねえかよ!!なんでお前が…」

「迷惑なお前がしでかした事を謝罪したからだ。要するに、お前の自業自得で、お前があんな事をしなけりゃ、俺は平和だったんだ」

「うるせえ!!絶対お前の女にチクるからな!!浮気したってな!!」

「じゃあ俺は的場にチクる事にする。中学生をナンパして怖がらせたってな」

「……仕方がない…今回は痛み分けにしといてやる。だから言うな」

 痛み訳じゃねーだろ。俺の圧倒的な勝利だろうに。

 つか、怖がらせたって自覚はあるのか。的場はそんなの嫌だろうから、間違いなく怒られるだろうし、下手すりゃぶん殴られるだろうな。

 今度からおかしな真似をしたら、的場にチクると言おう。そっちの方が絶対に平和だ。

 つうか、結構人が居て体育館に近付けない。

「もう強行で突っ切ろうぜ、面倒くせえ…」

 げんなりして進言する河内だが、お前はそれでもいいんだろうが、俺は嫌なんだよ。

 大体校内に侵入するのも嫌だったってのに。

 しかし、このままここで時間を潰す訳にもいかず。どうにかしないとなぁ………

「…向こうから来る生徒に頼んでみるか?」

 ジャージを着ている生徒が、飲みのもを大量に買ってこっちに向かって歩いて来ていた。多分パシリなんだろう。部活の先輩達の。

 そいつに頼んで一緒に体育館に行ってもらう。ジュースを半分持ってやれば、後輩を激励しに来た先輩と勘違いされるかもだ。

「じゃあ緒方、行って来い」

 座って動こうとしない河内、ダレて来てやがる。

 仕方がない、俺が行くしかないか。国枝君の為だし。

 なので恐る恐るその中学生の前に向かう。

「あ、あの、ちょっといいかな?」

 真正面から年上に話し掛けられた中学生は嫌とは言えず、無言で頷いた。

「あの体育館って、剣道部が使っているんだよね?」

「あ、はい。そうですが、今日はバレー部が使っている筈です」

 バレー部?体育館の使用は共同、もしくは交代なのか。そりゃそうか。体育館は一つしかないからな。

「剣道部は昨日から一週間の合宿に行ったので、学校にも居ないです」

 ……そうか、合宿にな…それじゃ仕方がないな………

 物凄い疲労を感じ、中学生にお礼を言って河内の元に戻った……

「遅かったなお前等……隆、お前何でそんなに疲れてんだ?」

 ヒロが疑問を呈する程、俺の疲労は色濃いようだ。

「それがよー、こいつ、中学生によー…」

 河内が最初のプールから剣道部の合宿の事まで細かく話す。脚色なく。あったら俺がキレるからだろう。

「……お前、よく緒方にやられなかったな?」

 木村が感心した風に言う。

「やる、やらねえじゃねえだろ?俺達マブダチなんだから」

 だから融通を利かせた程度の話しなんだぞ、言っておくけど。

「お前、緒方だけじゃなく、槙原まで敵に回す事になっていたぞ?そうなったら俺は庇えねえ」

「え?そんな大袈裟な話になるのか?」

 国枝君に確認を取る様、視線を向けると、無言で頷いた。

「ちょっと待て。俺はただ中学生、つうか、ツインテちゃんと仲良くなろうと…そ、それに別に緒方をダシにしてねえし…」

「隆と一緒の時にナンパしたっつう事が、どんな事か知らねえだろ。こいつ、ツラはいいから簡単に好感度が上がるんだぞ?槙原って嫉妬深いんだぞ?」

「緒方君は殆ど無敵で、白浜や西高、いや、地元の高校生から恐れられているけど、頭が上がらない、数少ない一人が槙原さんなんだよ?」

 国枝君の言葉は結構傷付くが…確かに俺に喧嘩を売って来る奴は居なくなったな…遥香に頭が上がらないのも本当だし。

「ナンパもそうだが、俺達を待たせて何をやっているんだお前は?ってのが、率直な意見だ」

 ジト目で咎める生駒。そりゃそうだと全員頷いた。

「………悪かった………………」

 謝罪して頭を下げた。こいつの良い所はこう言う所だよな。

「まあいい。兎に角剣道部は居ないっつう事だな。じゃあ張っても無駄だ」

 木村もこれ言以上責めはせず、次なる手を考える。

「別に剣道部に聞かなくてもいいだろ。地元なんだろ此処?じゃあ知っている中学生を捜して…」

「一人一人声を掛けるのかい?非効率なような気もするけど…」

「そう言うけどさ、俺とヒロは結構こういうのやって来たからさ」

 わいわいガヤガヤ案を出し合う。その時、俺に声を掛けてきた中学生の女子。

「やっぱり!!さっきプールに来た人ですよね!!」

 ツインテちゃんだった。部活が終わったのか、友達も沢山集まり、俺達を囲ってきゃいきゃいはしゃいだ。

「えー!!皆さん友達なんですかぁ!!イケメンぞろいだし!!」

 その言葉を聞いて、ヒロが何かカッコつけた。「ふっ」とか言いやがった。

「私達部活終わったんですけど、どこかでちょっと話しません?」

 生駒が腕を引っ張られる。ちょっと困った表情ながらも、一応笑って濁している。

「ち、ちょっと待って。僕達は人捜しを…」

「この中学の人ですかぁ?協力しちゃいますよ?」

 国枝君も引っ張られて困惑している。

 つうか全員満更でもないようだ。あの木村でさえも、苦笑いしながらも相手をしているし。

「じゃあみんなでどこかに移動するか。此処じゃなんだし」

「「「……………」」」

 河内の提案に言葉を発する中学生女子は居らず。全員あのプールの出来事を見ているからの反応なんだろうが。

「じゃあ、何処か涼しい所、知らねえか?案内してくれりゃ、茶くらいは奢ってやる」

「「「はーい!!」」」

 木村が言ったら全員弾んだ声で返事をした。

「じゃあ俺の後ろ」

「バイクはどこかに隠そうか。この子達が不良と勘違いされちゃ可哀想だ」

 河内の後ろに乗れに被せて俺が打ち消す。二人乗りこええっつってんだろ。

 つうか行く事は確定なのかよ?俺あんまりそう言うの好きじゃないんだけど…

「行くのは決定なのか?俺の地元みたいなもんだから、知り合いに見られちゃ、この子達がなぁ…」

 そうか、生駒はアレだったんだ。

 中学生でも知っているかもしれないし、何より地元だからおかしな噂がはびこっているだろうし。

 その旨を木村にこそっと伝える。

「そうだったな。その心配があったか。じゃあどうすっかな……」

 木村が考えている間、ツインテちゃん達が校舎裏の公園がどうたらと話しているのが耳に入った。

「じゃあ、こっちに来て貰えますか?」

 返事をする間もなく、俺の手を引っ張って歩くツインテちゃん。他の子達もそれに倣う。当然木村達も。

 河内は愚図っていたが、やはりついてきた。

 案内されたのは、校舎にほど近い、薄暗い公園。一応手入れはされているようだが、何とも寂しい公園だ。

「ここ?」

 頷くツインテちゃん。

「夜は怖い人達が来るんですけど、お昼は誰も来ないんです」

 いや、その怖い人達が来ようが知ったこっちゃ無いけれど。なんならぶち砕いてやるけれど。

 んじゃまあ、と、備え付けてあるベンチに女の子達を座らせる。俺達野郎は当然ながら立つ。

 女子達は7人。俺達を見てキャッキャキャッキャと小声ではしゃいでいる。

「河内、ジュースでも買ってきてくれ。何がいい?奢るから」

 パシリに使おうとしたが、河内が抗議の姿勢を取ったので、肩を組んで耳元で囁いた。

「お前がジュースでも奢ったら、株が急上昇だぞ?好感度大幅アップだ」

「………それもそうだな」

 河内が一応はかっこいい表情をして(なんかキリッとした感じになっていた)ジュースのオーダーを取る。

 最初は躊躇していたが、木村が甘えとけと言ったので、頷いて思い思いのジュースを頼んでいた。

「あ、俺コーヒー。ブラックな」

 小銭を河内に渡して注文した所、俺も俺もと河内の元にオーダーが入った。

「お前等酷過ぎじゃねぇ?誰か付き合えよ!!」

 まあ、そうだな。ジュースの量が沢山になり過ぎたし。

「じゃあ僕が行くよ」

 国枝君が名乗りを上げた所―

「お前は当事者だから駄目だろ」

 と、木村からダメ出しが入った。

「じゃあ俺が付き合うよ」

 生駒が腰を上げた所―

「お前はなるべく見られねえ方がいいんじゃねえのか?」

 と、木村から忠告が入ったので、浮かした腰を下ろした。

「大沢、お前行け」

 指名する木村。ヒロも仕方がないと言った感じで腰を浮かす。

「ええー!?行っちゃうんですかあ!?」

 ショートちゃんの抗議で浮かした腰を下ろした。目をだらしなく垂れ下げて。

 木村はこの先の話を絶対に聞いた方がいいと思うので(一番キレるから)じゃあ、俺しかいないじゃねーかと思った所―

「……いい。コンビニに行けば、袋に入れてくれんだろ……」

 凄く元気がなくなった河内が一人で行く事になった。因みに中学生からは何も無かった。

 自業自得だろうに。この状況を作ったのはお前の手柄でもあるけれど、女子達が誰も寂しがらないのは、お前がチャラいナンパ男でとして見られたからだろうに。

 ツインテちゃんが俺をチラチラと見ながら聞いて来た。

「あの、何処の高校ですか?」

「え?白浜だけど」

「えー!!隣町ですか!?電車で遊びに来たんですか!?」

「いや、バイクで調べものに来たんだよ」

「バイクですか!!乗りたいー!!」

 まあ、言うと思ったけどさ。それは兎も角。

「調べものって、今年卒業した大雅って奴の事なんだけど、何か知ってる?」

「え?えーっと…まさか喧嘩しに来たんですか?」

 そのワードが出ると言う事は、大雅って奴も危険人物なのか?常に喧嘩しまくっているっつーのか?

「喧嘩しに来た訳じゃないけどさ。ちょっと聞きたい事があってさ」

 その聞きたい事も彼女達に聞けばいいのだろうが、巻き込む可能性があるからな。最悪敵に回られると困るし。

「それならいいんですけど…大雅先輩は、南中出身の生駒って人と同じくらい強いって、クラスの男子から聞いていたから…」

「それならこいつが生駒だ」

 言って生駒に指を差す。一瞬キョトンとしたが、明らかに脅えた表情をした。

「大丈夫大丈夫。こいつの話、聞いた事あるんだろうけど、正当防衛だから。みんなに迷惑をかけていたバカが勝手に死んだだけだよ」

「で、でも、だけど………」

 やっぱ人殺しした奴が近くにいるのは怖いか。女子達全員震えて蒼白になっちゃったし。

 その様子を見た木村がフォローを入れた。

「問題無い。そいつに勝った奴がこいつだ。なんかあってもこいつがいるから大丈夫だ。だからそんなに脅えてやるなよ」

 俺を指差して物騒な事を…

 と、思ったが、女子達が何故か羨望の眼で俺を見始めた。

「かっこいいだけじゃなく、強いんですかー!!」

「それは何となく解っていたじゃん。あのパーマの人も大人しくなったし」

「じゃあ絶対に彼女いるよー」

 再びキャッキャキャッキャとはしゃいでしまう。しかし、ツインテちゃんが意を決したように質問してくる。

「あの、彼女はいる…んですよね?」

 超オズオズと。しかし、余計な希望は与えてはいけない。俺は遥香一筋なんだから。

 無言でスマホを滑らせる。待ち受けは遥香だから、簡単に見せられるのだ。

「うわ…綺麗」

「かわいいー…スタイルいいー…」

 彼女さんが高評価なので、鼻高々の俺は調子に乗って喋ってしまう。

「あのオールバックの奴も彼女がいてさ、この髪をアップしている子。あのツンツンの彼女がメイドコスの子で、眼鏡の彼の彼女さんがこの可愛らしい子だよ。因みに生駒も彼女がいるぞ」

 写メをバンバン見せながらの解説。女子達のテンションが落ちて行くのが解る。

「……年上の彼が出来るかもと思ったのに…」

「さっきのパーマは彼女いないよ?あいついい奴だよ。馬鹿だけど」

「あの人はいいです」

 自分の知らない所で振られた河内。哀れで仕方がないが、木村達が声を殺して笑ったので良しとした。ウケ狙いは成功したのだから。

 それは兎も角、仕切り直しだ。

「さっきも聞いたけど、大雅って奴の家ってどこにある?ちょっと聞きたい事があるんだ」

 顔を見合わせる女子中学生達。うーむ、可愛い。別の意味で。あらゆる意味で。

「…知っているには知っているけど…家が近所だし…」

 リストバンドちゃんが俯きながら、躊躇いながらも発した。

「流石に今日知り合ったばっかの野郎には軽々しく教えたくねえか?」

 木村が前に出て訊ねると、顔を真っ赤にして頷いた。

「近所っつう事は?大雅と仲はいいのか?幼馴染みたいな感じで?」

「い、いえ。勿論あいさつ程度はしますけど、そんなに親密じゃないです…」

 やはり真っ赤になりながら、俯いて答えた。

「木村、連絡先交換してやれよ。んで、大雅に連絡取って貰うとかしたらどうだ?ご近所で挨拶もしているんだから、駄目と言われるかもしんねえけど、聞くくらいはいいんじゃねえ?」

 ヒロが偉い無茶振りをした。黒木さんに知れたらどうなると思ってんだ!?

 それにいきなり連絡先なんて教えてくれないだろ…

「いいんですか!?お願いします!!」

「いいの!?」

 ビックリして裏返った声で突っ込んだ。だけど木村には黒木さんが…

「俺は構わねえが、綾子がうるせえ。大沢、お前がやれ」

 木村の振りにショートちゃんがスマホを出した。光の速さで。

「俺?勿論いい…と言いたい所だが、波崎がなぁ……」

 光の速さでスマホを引っ込めたショートちゃん。ちょっと悲しそうだ、かわいそう。

「国枝…」

「馬鹿、春日さんだぞ?」

 春日さんは依存体質なんだぞ?他の女子、しかも今日知り合ったばかりの中学生と連絡先を交換したと知ったら…

「あ、そっか。じゃあ生駒…」

「俺は何つうか、招かれざる客っつうか…」

 どいつもこいつも無理なんだよなぁ…んじゃあ仕方がない。俺が…

「お前が一番駄目だからな」

 行動する前に木村に駄目出しされた。遥香の事を懸念しているんだろうけど、話せば解ってくれるんだぞ彼女さんは。

 ん?ちょっと待て。じゃあ話してから連絡先を交換すれば…

 俺はスマホを取り出してコールした。勿論遥香に。

『はいはいー。どうしたのダーリン?不慮の事態?』

 俺が連絡する時は厄介な時だと思ってんのか?似たようなもんだけど。

 一応包み隠さず、あれこれそうよと話した。嘘とか言って後でバレたら大変だからな。

『あはは~。流石ダーリン。モテモテだねぇ』

「なんか知らんが河内以外好感度が高い。そんな事はどうでも良くてな、だから連絡先を教えて貰う事はいいか?」

 俺の行動に中学生達は勿論、木村達も面食らった様子。そりゃそうだ、女子の連絡先を聞いてもいいかと彼女に訊ねているんだから、傍から見れば異様だろう。

『勿論いいよ~。なに?浮気と疑われると思っちゃったとか?』

「みんなお前をおっかねえって言うからだ。話せば解ってくれるっつーのに」

 いや、抵抗もあったからだが。これって河内のナンパ(迷惑好意)の副産物だし。

『あはは~。まあ、狂犬緒方の彼女ですから。怖がられるのも仕方がないかな?』

「ん?ちょっとうるせーな?外か?」

『うん、出先。ああ、木村君に伝えてくれる?くろっきーも交換していいよ、って』

 あん?黒木さんと遊びに出てんのか?

『え?うん。えーっと、生駒君もいいよ、交換しても』

「はあ?生駒?お前が生駒の事決めるのは、筋違いだろ?」

『だから、良いんだって。詳しい事は夜にね。愛してるダーリン。ちゅっ』

 ……切りやがった。なんだ最後の。可愛過ぎんだろが。

 兎も角、木村と生駒に遥香の言葉を伝えた。

「槙原が?何企んでやがんだろうな…」

「俺も?何で俺?大沢や国枝じゃなくて俺?」

「解んねーけど、いいっつうんだからいいんだろ。何が良いのかは全く解らんが」

 ともあれお許しが出たので、俺はツインテちゃんに連絡先を訊ねた。

「えっと、ケー番メアド、いい?」

「はあ…全く望みが無くなったのが解ってテンションガタ落ちですが、まあ…」

 つうかツインテちゃんだけじゃなく、全員のを聞く事にした。全員微妙ながらも、交換に応じてくれた。隣町の女子中学生の連絡先ゲットだぜ!!しかも7人。

 木村と生駒も全員と交換していた。木村は後に使えるかもしれないから、結構渡りに船だと思うが、生駒はマジで意味不明だ。

 生駒自身もしきりに首を捻って交換していたし。

 しかし、やはり年上彼氏ゲットを目論んでいた中学生女子達のテンション下降が著しく。

 このままでは、ただ交換しただけになってしまうかもと、提案した。

「よし解った。どうなるかは未定だが、君達に出会いの場を提供しよう」

 ヒロが慌てて首根っこを掴んで振り向かせる。

「おい隆、出会いの場って、誰をどこでどうすんだ!?」

 小声で怒鳴るとか、器用な奴だな。

「文化祭に俺とお前で公開スパーした話、したよな?蟹江君と吉田君と縁を持った時の話だ」

「お前、この子達を文化祭に招待するつもりかよ?」

 察しがいいな。その通り。

「だけど、国枝の占いは確定なのか?最後の繰り返しの時の文化祭しか知らねえんだろ?他の出し物だったらどうすんだよ?」

「その時はその時で普通に文化祭を楽しんでもらえばいい。つうか赤坂君とは結構話してんだぞ俺は?」

「赤坂は河内よりも駄目じゃねえかな……」

 俺もそうは思うが、世の中どう転ぶか解らないだろ。赤坂君も悪い奴じゃないんだぞ。ちょっとアレなだけだ。

「つう訳でお前も協力しろ。このままだったら彼女達と円滑なコミュニケーションが取れない。こっちの味方に引き込んでおいて、損は無いだろ」

「まあ…春日ちゃんと国枝の為だしな……」

 この様に、ヒロは非常に人情に厚いのだ。アホだけど良い奴なのだ。河内も赤坂君も良い奴なのだけど。

 ヒロも彼女達のご機嫌伺いを頑張ってくれた。笑いを誘う発言をバンバンしたのだ。痛々しかったが、心は伝わったぞヒロ……

「あはは…えっと、さっきの話しですけど、出会いの場を提供するって?」

 おっと、ヒロのトークよりもそっちの方に夢中だったか。なので俺は文化祭に招待する旨を伝えた。

「はあ、白浜の文化祭……」

 イマイチ乗り気じゃないようだな。隣町の文化祭なんて興味がないのかな?

「緒方君、彼女達は今年受験で、文化祭の頃は追い込みなんじゃないかな?」

 国枝君がこそっと言った。だがそうか。そうだな。

「そ、そうか。じゃあこの話は無かった事に…」

「あ、いえ、大丈夫です。寧ろ行きたいです。地元の高校じゃない、隣町の高校の文化祭なんて、結構レアな体験じゃないですか」

 そうなのか?じゃあなんで微妙な感じなんだ?

「えっと…その文化祭は、えっと、木村さん達も来るんですか?」

 ポニテちゃんが頬を染めて訊ねて来た。

「ああ、行かざるを得ねえだろうな。綾子…俺の女が、こいつと同じ学校なんだから」

「……そ、そうですか……」

 しゅんとするポニテちゃん。木村狙いでガッカリしたのは解るが、強面が好みなのか?

 だが、木村はピンと来た様で。

「俺も行くし、俺の連れも連れて行く。女が居ない、フリーな連中をな」

 それを聞いて明るくなった女子達。要するに『フリーな男』と知り合えるのかが重要なのか。

 それにしてもだと木村の肩を組んで後ろに向かせる。

「おい。西高生が白浜に来るっつう事が、どう言う事か知ってんだろうな?」

「大丈夫だ。お前の嫌いな連中は連れて行かねえから。福岡と水戸だけだ」

 あの二人なら、まあ…

「そうだ。ついでに聞いとくが、福岡と水戸の仲間って何人いる?」

「それを言うなら西高全部がそうなるんだが、お前が言ってんのは親しい連中って事だな?10人くらいか?」

 繰り返しの時、建設現場に来た人数と同じくらいか。多分そいつ等の事だな。

「そいつ等も特別扱いにしてやるから、後で顔教えてくれ」

「珍しいな?お前からそんな事言うとはよ?」

 糞じゃないならいいんだよ。隠れ糞も白浜に居るんだし。

「だけど解った。その申し出は結構有り難いからな」

 これで福岡派の行動範囲が広がった。木村もいろいろ重宝する事だろう。

 丁度その時、河内が帰ってきた。袋一杯のジュースを持って。

「お待ち。ほい、女の子から」

 袋を広げてジュースを取らせる。女子からなのは当たり前だが、こいつも空気読むんだなぁ。

「ほら、お前等の分だ」

 俺達相手にはぶん投げてキャッチさせるとか、極悪非道だな。

 河内は自分のスプライトを開けて訊ねて来た。

「んで、どう言う話になった?」

 なので、あれこれそうよと。河内が真っ青になって突っかかって来る。

「おま!!お前等!!お、俺がいない間にちゃっかり連絡先ゲットしちゃいやがって!!!」

 俺の肩を掴んで、ガックンガックン揺さぶる。

「お、落ち着け!スプライト泡吹き捲ってんだろ!つうかお前、さっきもスプライト飲んでいたよな!?どんだけ好きなんだよ!!」

「いつでもどこでもコーヒーばっか飲んでいるお前に言われたかねえ!!」

 まあ、確かにそうかも。

 取り敢えず腕を払って女子達に視線を向ける。

「えーっと…こいつの連絡先いらない?」

「「「……………」」」

「いらないって」

「追い打ちをかけるんじゃねえよ!!!」

 これは流石に俺が悪かった。だから素直に頭を下げた。

「河内って黒潮なんだよ。知っているか?黒潮」

 木村が意味深に女子達に訊ねた。

「黒潮って、県境の?海が近くにあるところですか?」

 いや、大洋にも海はあるだろうに。

「おう。そんでこいつって黒潮で顔が広いんだよな。その関係で俺達と知り合ったと言ってもいい」

「そうなんですか?」

 お?なんか空気が変わったぞ?

「…ひょっとして、意外とミーハーなのかもね…」

「国枝君、それってどういう事?」

「うん。彼女達はなんて言うか、普通以上の事を男に求めているんじゃないかな。河内君は顔が広い事に食い付いたじゃないか?言い方を変えれば有名人でしょ?」

 ああ、何となく解かった。他とちょっと違う、プレミア感を味わいたいと。

「…じゃあ生駒も該当するだろ?人殺しだし」

「それはちょっと怖いんだろうね。つか、人殺しって…事故でしょあれは」

 国枝君に咎められたら、俺には何も言えん。実際俺もそう思うし、そう言ったし。

 それはそうと、彼女達は河内と連絡先を交換し始めた。

 国枝君の言う通り、ミーハーなんだな。ちょっと危ういかも。

 兎に角伝手はゲットした訳だし、帰ろう。

 と、思ったが、それじゃあまりにも冷たいとの事で、暫く雑談に付き合った。

 そして程よい時間になったので、彼女達を見送ってバイクに跨る。

「いや~…ツインテちゃん、やっぱ可愛いな……」

 有名人ポジで河内の株が少し上がり、目当てのツインテちゃんと多少仲良くなれたようだ。さっきからこの様にだらしなく、うるせー。

「今何時だ?」

「えっと…5時ちょっと過ぎたあたりだよ」

 じゃあどこかで晩飯を食っていくか。

 そう提案した所、誰も異を唱えず。

 朝飯を食ったあのファミレスでもいいかな?と思ったが、それは嫌だとヒロが。

「俺ラーメン食いたい」

「俺はいつもまかないでラーメン食っているから別のがいい」

 ヒロと生駒の主張であった。

「国道を走ってりゃ、ドライブインでもあるだろうが。そこでいいだろ」

 面倒くさくなったのか、木村が決定してしまった。

 ドライブインならラーメンもあるし、他の定食もある。

 なのでヒロと生駒も異を唱える事無く、それに従った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る